奴隷を買おうと、袋一杯に詰まった金貨をジャラジャラ鳴らし、奴隷市場へと向かった。
喧騒で騒がしい大通り。そこから脇に外れた路地を潜り、歩くこと数分。
人気(ひとけ)のない不気味な雰囲気が漂う裏路地に不安になりながらも、目的の人物を探してキョロキョロと辺りを見回す。
そうして、ようやく見付けたその人は、暗闇が広がる道の奥。
昼間にも関わらず辺りが夜中の闇のような路地裏で、フードを被った人物が静かに立っていた。
「ようこそ、おいで下さいました。どうぞ、こちらへ」
男か女かも分からぬ、不思議な声。
そんな声の主の手招きに従い駆け寄ると、フードの裾が何倍にも広がり、抵抗する間もなく僕を包み込む。
僅かにあった陽の光さえも遮る暗いフードの中、誰かに抱き寄せられるような感覚に、甘い香りと柔らかな感触と共に浮遊感が全身を襲ったかと思えば、はらりと僕を包んでいたフードが開く。
突然の明かりに少し目を擦って。
もう一度開けてみると、僕は思わず息を呑んだ。
「・・・ッ!?」
先の路地裏ほどでは無いにしろ、暗い部屋。
そこへ、一生掛けてもお目にかかれないような美女の数々、しかもそのどれもが希少な魔族の女達。
そんな彼女達が、硝子なんかよりも頑丈そうで透明な壁を隔てて、こちらを凝視していた。
「・・・ッ」
息を呑んだ。
恐怖を、感じた。
ただ、見られてるだけなのに。
あちらから危害を加えることは出来ないのに。
何故だか、檻にいるのは自分の方で、静かにこちらを見詰める美女達が恐ろしい肉食獣のように見えて・・・僕は、僕は・・・。
「お客様、どうされましたか?」
「ッ!?」
耳元で囁かれる中性的な声に、背筋がゾクゾクとした。
振り返るまでもなく、それはフードの人で。
僕はなんでもない風を装って、必死に愛想笑いをして誤魔化した。
そうだ、何を恐れる必要がある。
魔族。例え、彼女たちが個人で軍隊に匹敵するほどの力を持っていたとしても、所詮は奴隷。その首と両手足、そして下腹部に刻まれた刻印が、彼女達の自由を奪う。
どれだけ強くとも、どれだけ凶暴であろうとも、彼女らは最早牙を折られたペット。お金で買えてしまう、高級な玩具に他ならない。
僕はもう一度、彼女達に目を向けた。
翼のある者、人間に近しい姿の者、色が緑色の者、不定形のナニカ。
彼女ら一人一人をじっくり舐め回すように見て、吟味しながら部屋の中を歩いていく。
魔族というものは、誰もが傲慢でプライドが高い上位種と聞く。
事実、人間よりも優れた膂力、強力な魔力、長い寿命に、不死の如き生命力。それら全ては人間という種を生物として大きく上回り、見下すに足る要素となる。
しかし、そんな魔族様が、今こうして下等生物と見下すちっぽけな人間に品定めをされているのだ。
買われるのも屈辱、買われぬのも屈辱。
抵抗など出来ないから、どっちに転んでもいい事なんて無い。
だからか、せめてもの抵抗とばかりに誰もが僕のことを凄い目で睨んでくる。睨んでくるが・・・それだけだ。中には低く這うような唸り声を上げる者も居たし、歯茎を剥き出しすぎて涎を垂らしてる者まで居た。
けれど、それだけ。その鋭利な牙で噛み付くことも、その剛腕で殴り飛ばすことも出来ない。
こうして見ると、どれだけ美しくとも獣となんら変わらないように見える。
檻に入れられ、言葉を話せず、自由意志もなく、枷から逃れることも出来ない。
なんだか少しだけ憐れに思えてきて、全員買ってしまおうかと思った。けれどもお金には限りがあると思い直して、もう一度よく見て回る。
・・・いや、見れば見るほどに本当に美女しかいない。
少々人間の姿から離れた者も居るが、それでも感じさせる美しさ、そしてエロスが、僕の股間をムズムズさせる。
ちょっと前屈みになりながらも、一つ一つ丁寧に見て回っていると、部屋の奥。 にあった檻のひとつ。他と変わらぬ透明な壁の向こうに、その人は居た。
簡素なボロ布一枚に覆われた隙間から顕になる、古傷が目立つ鋼鉄のような肉体。
両手足は獣のような毛皮に覆われ、頭部には僕の顔くらいある大きな獣耳に、腰部(ようぶ)には僕の身体を簡単に包めてしまいそうな大きくてふさふさな尻尾。
魔獣族と、そう呼ばれる彼女も他と同じ。体を横にして顔だけ起こして、視線で人を殺せそうなほど、僕のことをジッと睨んでいた。
けれど、他と違ったのは彼女が血塗れだったこと。
痛々しいまでに目立つ、既に完治しているであろう古傷が全身に刻まれているにも関わらず。一体、何処から出ているのか不思議な程に、彼女は血塗れのまま、そこに横たわっていた。
「・・・この人にします」
気付けば、そう口に出していた。
瞬間、全方位から感じる無数の視線の重圧が、何倍にも増した気がした。
・・・恐らく、これが殺気という奴なのだろう。見なくても分かる。視線が質量を持ったと言われても納得してしまう程の重圧が、部屋中から全身に重く伸し掛かる(のしかかる)。
「よろしいのですね?」
でも、それも一瞬のこと。
フードの人の声が聞こえると、その重みはフッと消え、僕は酸素を求めるように大きく息を吸った。
「はぁーっ・・・ぁッ・・・・・・は、はひぃ・・・」
・・・我ながら、かなり情けない感じになったと言うか、もう周りを見るのも恐ろしくて。
振り絞った声で返事をしつつも、せめて、自分が買うと決めた子からは目を逸らさないようにしようと顔を上げれば、目の前に巨人が居た。
「ぴぃッ!!?」
あまりの恐怖に、今度こそ悲鳴を上げてしまった。
いや、よく見れば巨人ではなく、血塗れの、僕が買うと決めた魔獣族の人だった。
その人が、瀕死というにはあまりにしっかりとその両足で床を踏み締め、僕の倍以上もある巨躯でこちらをジィーッと見下ろしていた。
「それでは、こちらの部屋へどうぞ。契約の手続きを行いますので」
「ぇ・・・ぁ、ぁ・・・」
やっぱチェンジで、と断ろうとして。
けれども、あまりの恐怖と、一度買うと宣言してしまったが故の罪悪感で声が出なくて、そのままあれよあれよと奥の部屋に通される。
部屋に入ると、フードの人はいつの間にか姿を消してて。
振り向くと、そこに既に通って来た扉は無く、平坦な壁だけがあった。
驚いて壁に近寄り、ペタペタと触ってみるが隠し扉のように開く訳でも無い。
何がどうなってるんだと不思議に思うも、どうすることも出来ないので、手持ち無沙汰になって部屋の中にあった高級そうなソファに大人しく座っていた。
すると、いつの間にか出現していた別の扉からフードの人と、さっきとはまるで別人のようになった魔獣族の人が入って来た。
血もなければ新しい傷も無い。
古傷だらけのその身体と、それに相応しい磨き抜かれた肉体。そして、何者にも屈しない百戦錬磨の王者としての佇まいは、容姿とはまた別の生物の在り方としての美しさをヒシヒシと感じさせた。
そんな魔獣族の人に見惚れていると言うか、圧倒されていたと言うか。
この人の主人に今からなるのだと言うことすら忘れて、呆然としていると、フードの人からまた心配されてしまった。
正気に戻って机に向かい合って座り、フードの人から契約内容を聞かされていく。
その間、魔獣族の人がどうしていたかと言うと、僕の隣に座っていた。
隣と言うか、真横と言うか。ほぼ同一座標に居るのではと思ってしまう程、ミチミチに全身を密着させて、ちょっと押し潰されそうになりながらも、フードの人はまるで気にせず、淡々と説明をしていく。
その内容が頭に入ったかと言われると、九割くらい全く入っていないのが事実だった。
だって、全人類を見渡してもまずお目にかかれないような鍛え抜かれた肉体が僕にこれでもかと密着してて、さぞかし固くてゴツゴツしてるんだろうなって思ったら、きちんと柔らかい部分は柔らかいままで。
赤面して、縮こまってる間にどうやら説明は一段落したみたいで、指を出して欲しいと言われ、奴隷との正式な契約を結ぶことになった。
ナイフの刃先でほんのちょっぴり指先を切ろうとする僕の横で、自身の手首を手刀で半分くらいまで豪快にぶった斬る魔獣族の人。
色々と勢いが良過ぎる光景に度肝を抜かれていると、いくらなんでも出し過ぎだとフードの人に普通に注意されていた。
治療をしなければとアタフタする僕を他所に、涼しい顔の魔獣族の人は、ギュッと拳を握り込むと丸太のような腕がさらに膨張し、傷口を筋肉で封じ込めて血を止めた。
「・・・どのくらいだ」
「一滴で十分です」
「それでは足りんだろう。なんなら今から抜き取った心臓を搾り取って・・・」
「一滴で十分です」
さも当然のように行われた人智を超えた所業に呆然としていると、何やら言い合っていた二人が不思議そうな顔でこちらを向いた。
まるで、そう言えばなんで騒いでいたんだ? とでも言いたげな様子で。
・・・え、これ僕がおかしいの?
「ささ、早く契約をしてしまいましょう。こちらの契約書の魔法陣の中へ、血を垂らして下さい」
何事も無かったかのように進められるものだから、不承不承と言った感じで、改めて指へとナイフを当てる。
つー、と染み出てきた赤い液体を見て、指を紙の上へと差し出す。
魔獣族の人も僕の指を見て・・・見て・・・見続けて。
微動だにしない彼女に、どうしたのかと目を向けると、何やら、グルルルル・・・♡ と低く唸るような声が聞こえて来た。
困惑している僕を他所に、フードの人に声を掛けられ正気に戻ったのか、魔獣族の人は僕が持ってたナイフを手に取ると、それで自身の指を切り、同じように紙の上へと差し出した。
「―――わわっ!?」
赤い液体が二滴落ちて、紙から光が発せられる。
光が止んだ時、既にそこに紙はなく、フードの人が鏡を持って立っており、そこには僕の背中と思われる景色が映っていた。
正面に鏡があるのに背中が見えるとはどういう事だと首を傾げるが、今更そんな事で驚かなくなった僕は、フードの人の脱いで見てくださいという言葉に従って服を脱いだ。
すると、鏡に映る自身の背中には何やら古代文字のような、見たこともない文字の羅列が刻まれていた。
「どうやら無事に契約は成立のようですね。おめでとうございます。今日から貴方がご主人様です」
フードの人がそう言うや否や、僕の視界が反転した。
背中に感じる柔らかな感触。眼前に広がる、呼吸を荒らげてこちらを見下ろす魔獣族の人。
どうやら僕は、この人にソファに押し倒されたらしい。
一拍遅れて奴隷に反逆されてしまっていることに気付いた僕は、慌てて抵抗を試みようとして、その前に魔獣族の人が口を開いた。
「主の怪我を心配するのは、奴隷として当然だ。だから、な? ほら、早く、指を出せ。治療、私が治療してやる」
こちらの返事も待たず、気付けば僕の指は食べられていた。いや、指だけじゃなく、腕を丸ごとパックリと。
歯は立ててないけど、口をしっかり閉じて、引き抜こうとしてもビクともしない。
中が見えないけど、何やら生暖かい空気に、ザラザラでヌメヌメとした何か・・・きっと、魔獣属の人の舌が僕の手を舐め回していた。
「ひぅ、ぃや・・・ぁ・・・」
正直、マジで喰われると思って怯えていたのと、傷口に当たるぺろぺろとした愛撫で、痛みと妙な感じになっちゃって、感情がぐちゃぐちゃになった僕は抵抗しようとする意思すらも持てなかった。
ただひたすらに、骨付き肉にしゃぶり着くように、丹念に隅から隅へと舐め上げられ、そして・・・。
「んっ・・・ぷはぁ、これで・・・・・・ぃ゛イッ ゛ぃ゛ィぎぁ゛ッ っ゛♡♡♡♡」
「あ、作動しましたね」
仰け反った。あの、魔獣族の人が。
目にも止まらぬ速さでソファの上から床の下まで体を反対方向に折り曲げて、頭を付けたままビックんビックンと痙攣しだした。
状況が二転三転し過ぎててまるで追い付けていない僕を他所に、静観していたフードの人が良かった良かったとまるで他人事のように零していた。
「奴隷の本心に関わらず、主人への危害を加えたと判断された場合、このように強制的に罰が与えられ、奴隷は暫くの間、碌に立つことも出来なくなります。また、主人であれば、任意で罰を与えることも可能ですので、躾の際は存分にご活用下さい」
「ぇ・・・ぁ、はい・・・」
「それでは、本日はこれで手続きを終了とさせていただきます。またのご来店を、お待ちしております」
仰け反ったまま戻らない魔獣族の人。
まだ頭の中を処理し切れていない僕。
そして、商談が成立して何処か満足そうなフードの人が、着ていたフードを翻し、その布が部屋全体を覆って光を遮ると、そのまま僕の意識は闇に落ちていった。
掲示板については、世界観の説明も含めた魔族視点で行う予定です。
なので、基本的に小説形式となります。