朝、外から聞こえる足音に目を覚ました。
廊下ではなく、窓の外からドスン、ドスンと。まるで巨人のような足音が近付いてくる。
ベッドから出て、身支度とこれから行う大仕事の準備をする。汚れても良い作業着に、当たった宝くじの残りのお金で買った刀みたいな包丁。
それを持って家を出ると、そこには見上げるほどの黒い影が。
「お疲れ様。相変わらず、凄い大きいね」
「・・・」
既に絶命しているが、それでも威圧感が半端じゃない化け物みたいに巨大な猪を、片手で軽々と持ち上げている魔獣族の人━━━先日、僕が購入した奴隷は、特に反応を示すことなくこちらをジッと見詰めてくる。
反応が無い、あるいは反応が薄いのはいつもの事なので、鞘に納まった刀みたいな包丁を抜いて作業に取り掛かっていく。
こうして捌くのも慣れたもので。僕が奴隷を購入して、早一ヶ月が過ぎようとしていた。
あの時、僕が彼女を購入してフードに包まれた後、そこは見知った我が家の中だった。
どうやって運んだのか、どうして家を知ってるのか。
そういうのが気にならない程度には、あのフードの人が僕の想像の埒外の存在であることは嫌という程分かってたので、取り敢えず魔獣族の人をベッドまで頑張って運・・・ぼうとして体格差的に普通に無理だったので、シーツを掛けて家の確認を行うことにした。
いくらそういうモノだと思っても、やはり不安にはなる訳で。本当に我が家なのかを確認して回って、戻って来た頃には既に魔獣族の人は目覚めていた。
目覚めて、シーツにくるまり、お尻だけ出して尻尾をフリフリ。フリフリと言うか、ブンブンと勢い良く。
あの、と声を掛けると尻尾がビクンッ!!? てなったかと思うと、僕は気付けば天井を向いていた。
何をされたのか全く認識出来なかったが、似たようなことを直前にやられてたので押し倒されたことだけは分かった。
いや、そうだ。僕は彼女のご主人様。彼女は僕の奴隷になったのだ。殺したいと思うほどに憎まれていても不思議ではなかった。
そんな当たり前のことに気付いてももう手遅れ。せめて衝撃に備えようと身構えて・・・けれど、目を瞑っても想像していたような衝撃は終ぞやって来なかった。
代わりに、耳へと響く獣のような嬌声。
その声を聞いて、そう言えばフードの人が危害を加ようとするとどうたらこうたらと言っていたな、と思い出した僕は目を開けると、そこには身体の紋様を怪しく光らせ、ついさっきと同じ体勢で仰け反る魔獣族の人が居た。
・・・で、その後も同じようなやり取りを丸一日程やって。
漸く収まりが着いたのか、或いは自身の境遇を受け入れたのか。
魔獣族の人は目を覚ましても僕へ襲いかかって来ることはせず、喉をグルルルルと鳴らしながらも、漸く落ち着いて話し合うことが出来るようになった。
話し合うって言っても、魔獣族の人は相槌すら打たず、こちらを捕食者のような目で睨み続け、僕がチビりながらも頑張って現状説明とこれからのことを一方的に話しただけなのだが。
そんな話の中で、呼び名の話題になった。
魔獣族の人では不便だし、しかし名前で呼ぼうにもどうやら魔獣族の人にはそもそも名前が無いらしく、ならばとご主人様となった僕が決める事となった。
考えて、考えて・・・考え抜いた結果、ポチで決まった。
いや、一応他にも色々と考えはしたものの、そもそも名付けの経験が無く、しかも初めてがこんな美女とか下手な名前をつける訳にもいかず。
ポチ、ポチ・・・他には・・・、みたいな感じで呟いてたら、なんか気に入られたので、これで決まってしまった。
まぁ、呼びやすいし、僕と彼女の関係性は主人とペットみたいなものだから別に良いかと切り替える。
そんな訳で、僕とポチとの共同生活が始まった訳だけど・・・。
やはり根本的に種族が違い過ぎるからか。奴隷とは言え、魔族との生活は、僕に多大なカルチャーショックを与えた。
中でも一番ショックを受けたというか、普通にビックリしたのが今解体しているこの猪もといポチの餌。
実はこれ、ポチの一日分の食事である。最初、朝起きて居なかったから慌てたが、朝日をバックにこれと共に帰ってきた時は腰を抜かせてしまったものだ。
しかも、特に何かしらの処理を施す訳でもなく、そのままカブり付いていたので、もう血とか臭いとかで大変なことに。
どうやらこれは魔獣族全般に言えることらしく、種族柄その辺をあまり頓着しない性格なのだそうな。
だからと言って、はいそうですか、と受け入れられる訳もなく。解体作業をした事がないポチの代わりに、こうして僕が捌くことになった。
ポチの餌なんだから、最初はポチも率先して手伝おうとしたけど、生憎とかなり不器用というか、余計に散らかしてしまうし、何より解体して調理した料理が大層気に入ったのか、こうして僕が解体してる傍で何をするでもなく、ジッと眺めるようになった。お腹と喉をグルルルルと鳴らして。
「待ってね、もう少し掛かるから」
サイズがサイズだから血抜きをするにも一苦労。
一時間くらい掛かるので、その間に昨日処理を終えて保存していた分で朝食を作ることにする。
その間、ポチには狩りで汚れてるだろうからお風呂に・・・と行きたい所だが、どうやら魔獣族にはそういう文化もあまり馴染みが無いらしく、強いて言えば池や川に軽く潜って洗い流す程度。
お風呂と言うより水遊びみたいな事になってしまうので、奴隷の身嗜みを整えるのもご主人様の責務ということで一緒にお風呂へと入ることに。
最初の頃はポチがシーツを脱ぐのを嫌がったり、濡れないように僕が自分の袖を腕捲りしてたところを襲って来たりと何かと大変だったが、念じれば起動する紋様で躾けることで、今では割と大人しくお風呂に入ってくれるようになった。
まぁ、頑なに自分で洗おうとはしないから、こうして僕が洗ってあげないといけないのは今でも変わらないけどね。
全裸の長身美女というのは色々と目に毒だから、出来れば身体も自分で洗って欲しいのだが。
それでも暖かいお風呂というのを気に入ってくれたのか、身体を洗い終え、大人しく湯に浸かるポチを置いて、僕は浴室を出て朝食の準備に取り掛かる。
ある程度出来上がると同時に、匂いに気付いたポチがずぶ濡れで上がってくるので、すかさずタオルで拭きまくる。
そして新品の服・・・は嫌がるので、昨夜僕が使ったシーツを渡して身体に巻かせる。
テーブルにポチが着き、僕も椅子に座る・・・なんてことはせず、ポチにエプロンを付けて料理が乗ったお皿を手にポチの横に座る。
そして、匂いに釣られて尻尾をブンブンさせるポチへとあーんをすると大口を開けて一口でパクリといった。
出来れば自分で食べて欲しいのだが、これまた魔獣族にはテーブルマナー的なものが無いらしく。まぁ、獲物を丸かじりの時点で大体察してはいたのだが、箸やスプーンが上手く使えず、食器を握り潰したり、食器ごと食べてしまったりと破壊活動が重なり、最終的に僕が食べさせることになった。
別に奴隷なのだから犬猫のように食べさせればいいじゃない、と最初は思ったものの、見た目はほぼ人なのだから、本当に犬のように食べさせるのも気が引けた。
そんな訳で次から次へと吸い込んでいくポチにご飯をやり、ヘトヘトになりながらも自分の分を食べて、それから食器を洗って、猪の解体作業を再開する。
そのままぶっ通しで夕方までこれを続け、その間ポチは邪魔にならない所でずっと僕のことを見続けている。
何が楽しいのか全く分からないが、正直構ってやる暇が無いので有難かった。
そうして一日を解体作業に費やし、次に晩御飯の準備を始める。
朝よりも夜の方が多く食べるので、あっちの調理をしながらこっちの調理を、と。変わらず邪魔にならないところで見詰めてくるポチの視線を背に、全ての工程を同時並行で行い、忙しなくキッチンを駆け回る。
そうして出来上がったのは、明日の朝食用以外の全ての部位をふんだんに使った猪肉のフルコース。
疲れた・・・凄く疲れた・・・。
でも残念、まだ終わった訳じゃない。
これから全ての料理をポチへと食べさせながら、テーブルに乗り切らないお皿と随時交換し、そして食べさせ続けなければならない。
ヘロヘロではあるが、これもまたご主人様としての責務。
無表情ながらも尻尾をブンブンして次から次へとパクパク食べるポチに癒されつつ、料理を口に運んでいく。
そうして漸く食べ終わると、次はお風呂である。なんか同じことしかしてない気もするが、だからと言って今日一日の汚れを落とさない訳にもいかない。
一緒に入ってしまいたいが、そうすると襲われるので朝と同じようにポチを先に洗い、お湯に浸かってる間に皿洗いを済ませ、上がって来た所で僕もお風呂に入る。
僕が入ってる時、ポチはいつも脱衣所の所で待機してる。
それにどういった意図があるかは不明だし、出来れば先に寝てて欲しいのだが、まぁ暴れる訳でも、何かを壊す訳でも無いので容認している。
強いて言えば、僕がお風呂に入ってる間に、いつも脱衣所で僕が脱いだ後の服に悪戯をするのはやめて欲しい。
例えすぐに洗濯するとしても、ポチ程の美女の唾液とかは色々とクるものがあるから。
でもこればっかりは、あまり強く言えないんだよな。
紋様での躾は、僕は体験したことはないけど、傍から見るだけでも相当辛そうだから、基本的にやらないようにしてる。
襲って来て被害が出るとか、服を破ってるとかならまだしも、それで紋様を使うのはちょっとやり過ぎな気がするし。
だから体罰ではなく、言葉で諭そうと思ってるんだけど・・・これが中々上手くいかない。
案の定、今日も悪戯していたポチにメッてして、全く口から離す気が無いのか微動だにしないポチから服を引っこ抜こうと暫く格闘して、漸く離してくれたと同時に襲いかかって来てそのまま紋様が反応して悶絶するポチを放置して寝巻きに着替える。
着替えて、ポチが復活するのを待って、それからポチのベッドに向かう。
後は寝るだけなのだが、これまた一苦労あるのが我が家の大型犬ポチである。
ポチは、驚く程に寝付きが悪い。いや寝付きというと僅か語弊がある。やはり、今でも奴隷という立場が許せないのか、毎晩のように寝込みを襲って来るのだ。
ただ襲ってくるだけなら紋様が発動するので問題は無いのだが。
寝ている僕に覆い被さり、紋様が発動し悶絶して、その声と倒れて来た巨体に起こされ、そのまま巨体を動かすことも出来ず、半強制的に添い寝になってしまうのだ。
しかし、慣れない肉体労働の日々に、これでは流石に体が持たない訳で。
だから、こと寝ることに置いては少々強引にいくことにした。
「ポチ、おいで」
枕元で正座し、ポンポンと膝を叩くと、太腿の谷間にポチが吸い込まれるようにうつ伏せで頭を置く。股辺りに鼻を押し付けて来るから擽ったいが、それを我慢して頭を撫でる。
撫でつつ、そのピコピコ動く獣耳をフニフニとマッサージしてやれば、次第に地を這うようなグルルルルという唸り声が大きくなっていく。
この唸り声は、基本的にポチのイラつき度だと思ってもらえればいい。この音が大きくなるほど、ポチが襲ってくる確率が高くなり、ある一定の大きさまで行くと我慢出来ずに襲ってくるようになる。
「よーしよーし」
「グルルルッッ゛ッ・・・!! グルルルルァァ゛ッ・・・!!」
ほら、段々とヤバい感じの声になって来た。
うつ伏せで寝るような体勢だったポチの、大きなお尻と筋肉に包まれた腰が徐々に浮き、四つん這いのまま顔だけはしっかり太腿に埋もれて。大きな尻尾が苛立つように何度もベッドに叩き付けられ。
唸り声もいつの間にか咆哮のように荒々しいものへと代わり、遂に我慢の限界を迎えたポチが僕へと襲いかかろうとして、紋様の効果が発動し、勢い良く反り返った。
まるで海老のように、普段とは比べ物にならないくらい、それはもう勢い良く。
と言うのも、どうやらこの紋様、対象の反骨心が強い程に効果を増すらしく、こうしてポチのプライドを刺激してイラつかせることで、いつも以上に深い気絶もとい眠りに着かせることができるのだ。
そこへさらに駄目押しの手動による紋様の追撃を行い、これで夜のお仕事は完了。
お腹を下に海老反りしてるポチに申し訳程度のお布団をかけて、僕は自分の寝室へと向かい、布団の中へと入る。
夢にまで見た美女奴隷との共同生活。
なんか、思ってたのと違うな、なんて。そんなことを思いながらも、僕は誰に聞かせるまでもなく、おやすみと一言残して、夢の世界へと落ちていった。
この世界の上位存在(奴隷)にはきちんと首輪が着いております。