怠惰なダメ人間、美少女にするとそれっぽく周囲が補正する説 作:布団の中
自分が魔術を認識したのは、街灯に光を灯す手のひらの炎だと語った。
しかし実のところ、それは魔術でも何でもなかった。
いや、魔術の産物ではあるんだけど、それは魔術ではなく魔法具――マジックアイテムの効果だった。
炎を生み出す腕輪みたいなものらしい。
何故それが魔術ではないと言えるのか?
実際はその時はたまたま魔術だったんじゃないか?
それはない。
絶対に、とは言わないが。
そう、この世界の魔術は貴族しか使えないのだ。
正確には、貴族の血を引く人間にしか使えない。
それっておかしくない? と思った人は正解。
自分は親が誰かも解らない孤児だ。
貴族の血を引いている落胤という可能性もなくはないが、限りなく低い。
そうでなくとも、そういう落胤が下野して庶民に貴族の血が広がることだってあるだろう、と。
ちなみにじゃあ炎を生み出す腕輪の魔法具はどうなんだと言えば、こっちは別口で広まった技術だ。
魔法具はダンジョンから出土する。
そしてその原理を解析して、量産することは可能だ。
この世界で一般的に使われる魔術的なあれこれは、こっちが主流だな。
では、何故魔術を貴族しか使えないか。
答えは簡単で、人間は自力で魔力を操作する能力を会得できないからである。
魔力というのはこの世界の人間の中に流れている特殊な感覚器官のようなもの。
それを認識することは、この世界の人間には不可能なのだ。
認識するためには、特別な儀式で体内の魔力を認識する必要があり、これには非常に複雑な手順が必要になる。
庶民にまで普及するには、その手順を何度も行うのは手間がかかりすぎるのだ。
だから、結果的に貴族の特権となっているというわけ。
ここまで話したところで、自分の過去話を思い出すとどうして自分が魔力を扱えるかは解るだろう。
自分は前世と今の自分の感覚を比較して、魔力という違いを認識した。
これが可能だったのは、転生した直後で前世の感覚がまだ鮮明にあり、かつ死にかけの状態で極限まで集中していたからこそ。
この世界の人間では再現不可能な方法であった。
結果として、それが自分の転生チートとなったわけだけど。
魔術が使える出自不明の平民というのは、この世界においても異物だ。
生きるためにはこれしかなかったとは言え、みすぼらしい孤児がいきなり魔術を使い出した時、娼館の店番をしていた姐さんは焦ったはずだ。
貴族の子供、それも女児がどうしてこんなところに――? と。
まぁ、実際には勘違いなんだけど。
理屈で言えば勘違いなんてことはありえないわけで。
では、どういうことになったか?
これもまた、非常にシンプルな処理の仕方をされた。
####
「――アルシルル・プラスゲート様ですね?」
その日、自分は冒険者としてギルドで酒を呑みながら管を巻いていた。
前に上げた三種類の冒険者の一つ。
つまり正しい冒険者としての日常を謳歌していたわけだ。
ちなみに、こういうことをしている冒険者は一般的にロクでなしと呼ばれる。
いや、休暇中にこうしてギルドの食堂で酒を呑みながら過ごすってのは普通のことなんだけど。
そもそも冒険者ってのがチンピラ以上一般人未満の厄介者みたいなところがあるのは否定できない。
で、そんな自分ののどかな昼下がり、突如として執事服のおじいさんが声をかけてきたのだ。
明らかに貴族に仕える老執事である。
服というのはこの世界において、最も単純に身分を示す手段なので、このお爺さんは本当にどこかの貴族に仕えているんだろう。
貴族ってのはこの世界において絶対的な権力を有する。
無礼なことを言えば、その場で手打ちを申し付けられても文句は言えない。
なので自分は――
「違いますけど」
バッサリ切り捨てた。
執事のお爺さんは、それを無視して自分が座る席に腰掛ける。
自分はつまんでいたポテトと酒を脇に除けて、話を聞く態勢に入る。
ちなみに今のやり取りは符号みたいなものだ。
いや、実際には本気で否定してるんだけど、いつの間にか符号ってことにされた。
席に着く、って部分までが符号ね。
「では、アルシルル様、本題をよろしいでしょうか」
「いいですけど……」
できればやりたくねぇなー、みたいな感情を声に出しつつ。
当然ながらこれも無視される。
なんて野郎だ。
「まずは、こちらを……」
懐から、老執事さんはあるものを取り出した。
それは櫛だった。
貴族の女性が使うような、キレイな宝石とかはめ込まれた高級なもの。
そして……
「うわ、呪われてる……」
「はい」
呪物だった。
一見すると普通の櫛だが、これで髪の手入れをすると呪われる。
髪の毛がどんどん抜けていって、最終的には一本も残らない上に体調不良までついてくるぞ。
「ええと、必要なのは解呪の魔術ですか、育毛の魔術ですか?」
「さすがアルシルル様、慧眼でございます……前者を所望したく」
この呪物を見れば何となく話も見えてくるというものだ。
こいつは多分何かしらの贈り物に紛れ込んでいたのだろう。
貴族女性にとって髪は命の次くらいに大事な物。
その髪がごっそり抜け落ちるとなれば、精神的なショックも凄まじかろう。
かといって、命までは取るわけではない。
完全な嫌がらせとして、どこか別の貴族女子が送りつけたものだ。
なので、自分に解呪の依頼が持ち込まれたわけだな。
否、正確には違う。
「解りました、じゃあ今から――
「どうぞ、そちらで処分していただいても構いません」
「埋め込まれた宝石を、取り外して売れと……」
自分は今から、この呪いを解除するための魔術を作るのだ。
話が見えてこないと思うので解説すると、こういう依頼は結構自分のところまでやってくる。
自分が、かつて没落した貴族の生き残りだからだ。
え? いきなり何の話だって?
ある日突然現れた、魔術を使える出自不明の女児。
その正体は、没落貴族の生き残り。
今はシルルと名乗っているけれど、本名はアルシルル・プラスゲート。
今はなきプラスゲート家の子女。
ということに
だってそういうことにしないと説明がつかないからね。
実際には、そもそもその貴族――プラスゲート家が存在しないせいで説明なんてついてないんだけど。
この国ではかつてプラスゲートが存在することに後からなったので、この辺りは問題ない。
いやぁすごいね、国家権力。
歴史すら後から創ってしまえるのだから。
何故こんな事になったかといえば、自分が娼館で保護されていた時に起きたある貴族と娼館の間のいざこざが原因だ。
そのせいで、国に自分の存在が知られて、事件の後始末も兼ねて自分は貴族の生き残りであると捏造されてしまったのだ。
この辺りの話はいずれ話すとして、以来自分には存在しない貴族としての名前が与えられてしまったわけなのだけど。
ぶっちゃけ没落貴族はただの平民なので、政治的な権力は何もない。
そりゃあ、お偉いさんとのコネがあるので皆無ではないが、大したものではない。
自分の名前が主に使われるのは今回のような魔術を“作って欲しい”という依頼を受けてのものだ。
いやあ、面倒だから断れるなら断りたいけど、それが無理なのはこの世界の常識で。
というか実際断っても、それが符号って事になって勝手に強制で依頼を受けさせられるようになっちゃったしね。
心底面倒ではあるし、本当に面倒ではあるんだけど、まぁいいやの精神で自分は流していた。
仕事なんてそんなものである。
「如何ですかな、アルシルル様」
「んー、もう少し待ってください」
「しかし……何度聞いても信じがたいものですな。魔術を“即興”で作り出してしまう、とは」
不意に、櫛を手で弄っていた自分に老執事が声をかけてくる。
内容はいつものこと、ではある。
貴族ってのは勿体ぶった言い回しがデフォルトなので、こういうのは基本的に相手に探りを入れるためのものなのだが。
まぁ、どういう意図かは言葉通りのものだろう。
常識的なことではないからね、魔術を作るって。
「まぁ、こればかりは才能ですから。自分で言うのはアレですけど」
「いやいや失礼、疑っているわけではないのですが……」
そう言いながら、老執事が自分を“噂通りの人間”か見極めているのを肌に感じる。
しかし、見極めても底なんてなにもないよ、自分は根っからのダメ人間だからね。
転生したせいで、たまたまそういうことができるようになってしまっただけで。
そういうこと、すなわち魔術の創作だ。
実を言うと自分の魔術はそのほとんどが自分オリジナルのものである。
特に戦闘に使用する基本の三つ。
聖弾、聖刃、抜刀は完全に一から組み上げている。
なんでそんなことができるかというと、自分は他人よりも魔力を練り上げるのが抜群に上手いからだ。
魔術というのは、体内で練り上げた魔力を外部に変換して放出する行動を指す。
この世界の人々はそれを、過去から受け継がれてきた反復行動で体に覚えさせることで魔術を覚える。
詠唱、魔法陣、杖などの補助具は、体に覚えさせた魔力の変換を実行させるためのトリガーみたいなもの。
創作でよくある、魔術はイメージが大事というのを、より感覚的にしたのがこの世界の魔術というわけ。
そして、自分はこの魔術のイメージを自在にその場で組み上げることができる。
というか、自分は生きるために自力でその技術を会得する必要があったので、結果的にできるようになったのだ。
才能、とはいうけれどこの場合の才能は、その技術を会得する環境を手に入れる才能だ。
転生と死の危険。
後者だけでも希少なのに、前者はほとんど例がないからね。
「――よし、できた。“解呪”」
自分が起動詞を口にすると、途端に手にしていた櫛が黒く禍々しい光を帯びて、そしてその光が弾ける。
後には、何もない普通の櫛だけが残った……ように、周りには見える。
実際には櫛の中にあった魔術がすーっと消えただけなのだけど。
これは視覚的にそう見せた方が納得しやすいので、敢えてそういう効果を付与している。
「おお……」
実際、それを見たことで老執事さんも納得した様子だ。
失礼と一言断って、櫛を手にとって眺める。
「これで呪いは解呪されたわけなのですな?」
「はい、そのまま自分の髪を梳いてみても大丈夫ですよ」
「そ、それは流石に……」
冷静に振る舞っていた老執事が、ガチで遠慮した。
まぁうん、呪われるのは怖いし、何より主人の持ち物だろうしね。
自分にあげるってさっきは言ったけど、それでもだ。
「後はこれを、なにかに込めて魔法具にすれば完成なんですが……」
「それでしたら、こちらに――」
「――その櫛でいいですか?」
「はぁ!?」
うわっ。
そのまま何気なく会話を続けたら、ガチで驚かれた。
思わず周囲の視線もこちらに向いてしまう。
こほん、と咳払いをすると、すぐにそれも掃ける。
うむ、物分かりの良い同僚たちで助かるよ。
名前も知らないくらい、交流は殆ど無いけど。
「し、失礼いたしました。……可能なのですか?」
「……可能ですよ? そもそもその櫛だって、元は魔術が込められた魔法具なわけですし」
「は、はぁ……」
何だか納得いっていない様子。
ううむ、魔法具に魔術を込めること自体は自分の特別なスキルではないんだけどな。
知り合いの貴族だってできるし。
「と、とにかく。そちらの櫛は報酬として受け取っていただきたく。こちらに、魔術保存用の魔法具がございますので」
「ああ、でしたらそちらに。櫛はありがとうございます」
売れば多分、庶民なら一ヶ月は遊んで暮らせる。
自分の場合は……遠出でもするかな。
自分は、オタクだけど遠出は好きなのだ。
いや、一人での遠出なら、だけどね。
後この世界、遠出しないと娯楽が少ないし。
ともあれ、老執事が取り出したペンダントの魔法具を手渡されて、自分はそっちに解呪の魔術を込める。
魔力を込めるのはそれほど大変な作業ではない。
ちょっと特殊な感覚的作業が必要だけど、これも魔力操作の範疇だからね。
少しペンダントをイジると、ペンダントにはめ込まれた宝石に光が灯る。
これはペンダント自体の効果だろう、貴族が魔術を造ってくれと依頼してきた時に手渡されるアイテムは、だいたいこういう効果がある。
わかりやすさ重視なんだろうなぁ。
「はい、完成です」
「……素晴らしい」
「いや、これは別に……」
何か、感極まられてしまった。
魔術の創作はともかく、魔術をペンダントに込めるのは魔術師なら誰でもできる作業のはずだ。
そういう効果の魔法具なんだし。
「いえ、このご恩はお忘れしませぬ! アルシルル・プラスゲート様! いずれ、貴方様が困難に見舞われた際は、必ずや我がロアシーラ家をお便りくだされ!」
「ろ、ロアシーラ家の方でしたか……」
ロアシーラって行ったら、公爵家じゃん、この国で一番えらい貴族の一角じゃん!
ちょっとびっくりした。
どっちかというと、そんな大きい家に喧嘩売るとか、どこの貴族だよって驚きの方が大きいけど。
ともあれ、老執事さんはそれはもう嬉しそうに感謝して去っていった。
貰った櫛を眺めながら、自分は緊張をほぐすために一つ息を吐く。
毎度のことながら、貴族を相手にすると緊張する。
非常に自然体……どころか、普通なら無礼に当たるような言動で相手をしていたけど。
アレは一種の商売文句というか、自分を強く見せるための方便みたいなものだ。
娼館時代の大立ち回りで、自分は貴族へのコネとプラスゲート家という謎の経歴を手に入れた。
しかしだからといって、実際に貴族になったわけではなく、あくまでそれで自分の存在が保証されただけ。
それと同時に、自分の魔術の才能は貴族たちへと広がった。
結果が今の魔術創作請負の仕事だ。
貴族でないのに魔術を使えるという経歴を、周囲から隠すことの対価として、この仕事を請け負うことを義務付けられている。
まぁ、面倒だけどやらないと色々角が立つので仕方がない。
こうして、感謝されて報酬を受け取ることも決して嫌というわけではないしね。
……いや、今回は何かいつもよりさらに感謝されたな。
何がそんなに琴線に触れたんだろう。
不思議だ……
勘違いによるアンジャッシュはあまり起こりませんが、たまに起こります。