怠惰なダメ人間、美少女にするとそれっぽく周囲が補正する説   作:布団の中

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偉大なる錬金の技術を雑にこなすダメ人間

 錬金。

 その歴史は長く、この世界で人の文明が成立した頃には、錬金術師が歴史の中に登場したという。

 そりゃそうだ、この世界はダンジョンから無数の魔法具が出土して、それらは人の生活を大いに豊かにするのだから。

 それら魔法具は神の恩寵とされ、錬金術師はその恩寵を人々に広める伝道者と言えた。

 

 たいして、魔術師とは歴史の中で神と同一視される存在だった。

 とにかく魔力を認識する方法が困難で、かつそうそう何度も行えるものではない以上、そこには希少価値が発生する。

 今も昔も、魔術とは権力の象徴。

 絶対的な権威の証に他ならなかった。

 

 まぁ、難しい話をしているけれど、かつて人類は魔法具と魔術師に信仰を見出した。

 魔術師イコール神、魔法具イコール神の恩寵。

 こいつらすごい、錬金術師はあくまで恩寵を使っているだけだからすごくない、といった具合。

 

 そこら辺の政治的意義はともかく、魔術と錬金術はイコールではない。

 だってのに自分は錬金ができる。

 そいつは一体どういうことだい、という話だ。

 

「というわけで、三分錬金クッキングー」

 

 自室。

 一人で自分は錬金術の準備をしていた。

 といっても、やることはごくごく単純。

 素材を窯に放り込んでぐつぐつ煮込むのである。

 これ、マジでそういう作り方なんだよな。

 たまにこの世界、ほぼゲームじゃんみたいな代物が真顔で飛び出してくる。

 まぁわかりやすいので、自分は当然深く気にしない。

 

 それはそれとして、現在自分は買ってきた素材を自室においてある窯に放り込んでそれを煮ている状態だ。

 見た目は、光を帯びて浮遊する石の上に置いてある窯がコトコト煮込まれている変な絵図が展開されていて。

 怪しい宗教みたいだが、実際にはIHみたいに火がなくても焼けるようにした魔術を込めた魔法具だ。

 当然これも、錬金術の産物。

 自分の拠点は宿の一室なので、仮にそこで火事なんて起こしたらおかみさんに悪いからね。

 ところで、炎以外の方法で料理したり水を沸騰させるっていうアイデア、転生モノらしく周りから驚かれたりしないかな。

 まあそういうのは披露すること自体が面倒なので、自分は基本周りには見せないけど。

 

「そろそろいいかなぁ」

 

 ことことと煮込まれていく素材。

 正直、なんかいい感じに窯がぐつぐつ言い出したらそれでよし、ということに自分はしている。

 はっきりいって、これで素材にどんな変化があるのかはよくわからない。

 錬金術師にそういうと、めちゃくちゃ怒られるので普段は黙っているけれども。

 要するに、自分の錬金はすさまじく適当だった。

 

 本来ならここから、素材を錬金するために、いくつかの薬を窯の中に入れていくらしい。

 その材料、分量、そして投入する時間は事細かに決まっていて、少しでもズレたら錬金は失敗する。

 しかもその正しい分量、時間は素材の質や量によって逐一変化するため見極めは困難だそうだ。

 

 が、自分にそんな細かい作業はできないのでこうする。

 

 

「“()()”」

 

 

 魔術である。

 身もふたもない話だが、自分は錬金の工程を魔術で再現することにしていた。

 そもそも錬金で魔法具を生み出すという行為自体が、魔術の再現みたいなものなのだ。

 なので自分はある意味で錬金の原点に回帰しているのである。

 

 ことことと煮込まれた窯の中が、光でおおわれていく。

 実際の錬金がどうだかは知らないが、これからしばらく、自分の魔術が素材を魔法具へ変換していく。

 この作業は結構かかるので、しばらく布団の中で温もるとしよう。

 

 怠惰に満ちた昼下がり。

 金の生る木であるところの錬金窯をながめながら、自分は昼寝へといざなわれる。

 そういえば金の生る木とはいうけれど、素材を金で買って報酬に足は出ないのかという話。

 錬金代行は、基本的に割のいいクエストだ。

 何せ、代行を頼むくらい相手は切羽詰まっている。

 なので報酬は相場より高い。

 

 今回の『三倍速の靴』の報酬はだいたい12000、たいして素材の価格は3000だから、都合8000の儲けになる。

 これが普通のクエストは、常駐クエストがだいたい1000とか2000だから、割の良さは相当なものだ。

 で、じゃあそれを利用して錬金が使えない冒険者も代行で稼げるのでは?

 つまり素材を店から買って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これをクエストに納品したらどうか。

 残念ながらそれでは儲けにならない。

 何故ならこの場合、錬金術師の店で錬金を依頼した場合、錬金にかかる費用が10000かかる。

 ぼったくりじゃないか? 残念ながらそうでもない。

 仮にもオーダーメイドの魔法具だ、錬金には相応に時間と技術が必要になる。

 これが量産型の魔法具ならば、それこそ1000もしない値段で買えるのだけどね。

 

 というわけで、素材を買って儲けが出せるのは錬金術師と自分だけだ。

 こういうところで特別感が出ると、なんというか転生チートをしてるって気になるよねぇ。

 うつらうつらと眠気に負ける意識の中で、自分はそんなことを考えるのだった。

 

 

 ####

 

 

 錬金都市アクエリア。

 そこはアストロ王国が誇る二大学術都市のひとつ。

 主に錬金術に関する様々な研究を行う、錬金術の聖地。

 もう一つの学術都市ライブラでも、錬金術の研究は行われているが、本場の錬金術を学ぶにはやはりアクエリアしかない。

 

 そんなアクエリアにあるアストロ王立メギストス錬金学院の教授、ファルススは今か今かと“それ”の到着を待ちわびていた。

 ファルススが待っているのは『三倍速の靴』だ。

 先日、とある事情からこれが必要になったファルススだったが、生憎と今の彼にそれを錬金する時間はなかった。

 そのためダメ元で錬金代行のクエストをギルドに投げたのだがなんと納品があったというのだ。

 天の幸いに感謝したファルススは、ようやくこれで目的を達成できると喜んだ。

 しかし……

 

「た、大変ですファルスス教授! 例の三倍速の靴が届いたのですが!」

「なんだね! むしろ届いたのなら大変喜ばしいではないか!」

「そ、それがその……クエストの達成者の名前が“シルル”となっておりまして」

「なっ……!」

 

 その時、喜びに破顔していたファルスス教授の顔が驚愕に染まる。

 それから数秒間、彼はそのまま停止した。

 

「……そのシルルとは、“あの”シルルか?」

「…………はい、三倍速の靴は森林都市カプリコから送られてきたので、ほぼ間違いなく」

 

 何とか絞りだした声に、学院の生徒である青年は苦々しい顔をして返答した。

 ファルススは、さらに数秒停止する。

 そして――

 

 

「またあの小娘かぁああああああ!」

 

 

 その日一番の絶叫が、ファルススの研究室内に響き渡った。

 

「モノはあるかね、見せてみたまえ!」

「は、はい! こちらに!」

 

 おそらく、メギストス錬金学院でシルルの名を知らないものはいない。

 曰く、“異才”。

 

「……やはり、完璧な三倍速の靴だ。錬金学院を卒業していない者が、これほどの精度の錬金。()()()()()()()()

 

 おそらく、この世界で唯一錬金術師に師事を受けず、錬金学院を卒業せずに錬金を行うことができる人間。

 ありえないことだ。

 

「教授、ここに来るまで何度か自分もこの三倍速の靴を観察したのですが」

「ふむ……人の荷物を覗き見するのは悪癖だが、その探究心は素晴らしい、所感を述べたまえ」

 

 荷物を持ってきた学生が、ファルススへと口を開く。

 気まずそうな、申し訳なさに満ちた顔。

 それでも、口に出さずにはいられなかった顔。

 ファルススはそれを、注意はしても咎めなかった。

 彼の探求心は正しいものだとファルススは知っているからだ。

 

「……正直、これほどの魔法具を齢15の少女が作り上げたことに、思うところがないわけではありません」

 

 それはそうだろう、とファルススは内心同意する。

 錬金術は非常に複雑な学問だ。

 一人の人間が錬金術師として一人前になるのは二十年から三十年の時間が必要になるといわれている。

 故に本来、シルルが今の年齢で錬金術を習得することは不可能。

 それに対する羨望は、学生にもファルススにもなくはない。

 ファルススの小娘という呼称も、それに由来する部分はある。

 だが、しかし。

 

「ですが――」

 

 ()()()()()()()()

 

 

「正直、高揚を抑えきれません!!」

 

 

 何故か。

 

「うむ、うむ、錬金術を志したものならば、あの小娘の作り出した魔法具に心躍らないものはいないだろう」

 

 この魔法具は、それほどまでに価値のあるものだからだ。

 故に、ファルススは肯定する。

 それもこれも、すべては錬金術とその発展の歴史を鑑みれば無理からぬことだった。

 

 錬金術。

 その始まりは、神の力とされた魔術を人の力として活用することを目的として始まった技術だ。

 神をその身に起こす「開放の儀」によって人は魔術の根源、魔力の存在を自覚する。

 ゆえに魔術師は特別であり、そうでない人間は特別ではない。

 この世界の常識だった。

 

 しかし、ある時誰かがこういった。

 この世界には、魔術などに頼らずとも神の神秘に触れる手段がある。

 魔法具だ。

 神の恩寵ともいわれるそれは、しかしその原理を解明することができた。

 人が自然現象の中で発火した炎を、いずれ自身の手で再現したように。

 人間は神の力を、魔法具を通して再現しようと考えた。

 これが、錬金術の始まり。

 

 だが、錬金術の習熟には非常に長い時間がかかる。

 ゆえに錬金術は繊細な技術であり、学問だ。

 

 錬金術師を志す者は最初、幼いころから錬金術師の元へ奉公に出る。

 そこで錬金術師の仕事を間近で見ながら、素質を認められると面倒を見ていた錬金術師の推薦で錬金学院に通うことができる。

 そうして錬金の基礎をしっかりと学び、卒業する。

 これが早ければ15歳、平均して20歳の頃。

 

 もちろんそれで錬金術師として一人前になれるわけではなく、どこかの錬金術師の工房に所属して、その技を学びながら実践を積み重ねていく。

 そうして、一人前と認められるほどに成長すれば、大体の人間は30をとうの昔にこえている。

 シルルのように、15で完璧な錬金をこなすことは、学習の制度から言っても不可能だ。

 

 しかし、もしもそれが可能ならば。

 可能になるとするならば。

 

「誰もが当たり前に、錬金で魔法具を生み出す……魔術が当たり前になる時代が来る」

 

 学生が、熱に浮かされたように言った。

 それは錬金術の始まり、だれもが魔術を当たり前に使える世界。

 その実現に近づくことができるかもしれない手がかりが、今ファルススと学生の前には存在しているのだ。

 

「……シルル殿はどのように、この三倍速の靴を作り上げたのでしょう」

「魔術によるものだ」

「……魔術!」

 

 やはり、と学生は思わず膝を叩きそうになった。

 森林都市カプリコの冒険者シルル、その正体が実は没落した貴族の令嬢だという話は有名だ。

 一応、公には認められていないのだが、半ば公然の秘密とされているそれを当然学生は耳にしていた。

 ゆえにシルルが錬金術以外の方法で錬金を行うなら、魔術しかないと思っていた。

 

 普通、魔術では錬金を行うことはできない。

 錬金の工程は魔術で再現するには複雑すぎるからだ。

 しかしシルルの場合は違う。

 シルルの天才的な魔力操作の才能は、魔術で錬金を再現することすら可能なほどだった。

 そして魔術で錬金が再現可能であるということはつまり、逆もまた。

 

「これが存在するという事実が、錬金と魔術を結びつける証明そのものだ。ゆえに、こいつの正体を解き明かすことは、錬金術の歴史をひっくり返すことにつながる」

「……はい、教授」

「そいつは専門の研究室に引き渡せ。……本来の目的に使用するには、あまりに価値が高すぎる。それに、ダメで元々だったのだ、実験は本来の予定通り行うとしよう」

「わ、わかりました!」

 

 学生の顔が緊張でこわばる。

 ただでさえここにくるまで、持っている靴に何かあればどうしようかと思っていたところだ。

 さらにもう一度これを別の研究室に持っていくとなると、気苦労は単純計算で二倍である。

 

 とはいえ、言い渡されてしまったものはしょうがない。

 すぐにでもこの大任を終え、一息つくほかない。

 そう考え、学生はファルススの研究室を後にしようとするのだが……

 

「そういえば、教授」

「なんだね?」

 

 ふいに、気になったので聞いてみることにした。

 

「シルル殿の錬金アイテムの解析……本人に協力を仰ぐことは不可能なのですか?」

「……………………それか」

 

 ただでさえ気苦労が多いことで知られるファルスス教授の顔が、その日一番大きくゆがんだ。

 学生は、自分が突っついてはいけない藪をつっついてしまったことを悟る。

 だが、もう遅い。

 大きく大きくため息をついて、それからファルススは苦々しい顔で言う。

 

「まず、そうはいっても、すでにあの娘の錬金した魔法具は学院内に相当数ある」

 

 だから、わざわざシルルに直接魔法具の作成を依頼する必要はない。

 しかし、

 

「でも、こういうのは運良く転がってくるととても興奮しますし……」

「そうだな、とても興奮するな」

 

 錬金術師は、ダンジョンから出土する魔法具に魅入られた者たち。

 故に、シルルが錬金代行で魔法具を送ってくること自体は喜ばしいことだ。

 それはそれとして、思うところもあるというだけで。

 そして、何より。

 

「あの娘には、致命的なものがない」

「致命的な……もの、ですか」

 

 ファルススとシルルは面識がある。

 たった一度、学術都市ライブラで、共通の知り合い(ミルフェリア・アラジアンタ)を介して顔を合わせた。

 その時、ファルススは見抜いた。

 長年錬金術に携わってきたファルススにとって、それはあまりにも衝撃的な事実だった。

 

 

「錬金術の才能が、ない」

 

 

 おそらく、ファルススの長い錬金術師人生において。

 あれほどまでに才能のない人間を、彼は初めて知ったのだ。




錬金術師はロマンを愛する生き物です。
シルルは惰眠を愛しています。

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