今日も今日とて残業に勤しむ秋川やよいと、その秘書駿川たづな。さてそろそろ切り上げようと言うタイミングで、遅くだと言うのに電話が鳴る。しかも外線ではなく内線なのだから、思わず顔を見合わせてしまう。何かあったのかと一抹の不安を感じながら、たづなは受話器を取る。
「もしもし、たづなですが」
『良かった。まだいてくれて』
「フジキセキさん? どうされたんですかこんな遅くに」
『申し訳ないんだけど、理事長と一緒に寮に来てくれないかな』
「やはり何かトラブルですか?」
『うん……トラブルである事は間違いないんだけど。どう対処すれば良いのか皆目見当がつかなくて』
どうにも歯切れが悪い。電話越しの声の調子から重大なトラブルではない事は分かるが、普段から瞭然とした態度を取る彼女がそうなっている事で却って予想を難しくさせた。しかしいずれにせよ、生徒では対処できないレベルなのだから、早急に動くべきだろう。
「分かりました。これから理事長と向かいますので、少々お待ち下さい」
受話器を置くと、理事長はすでに外出の用意を終えていた。
「と言う訳で残業続行ですが、すぐに行きましょう」
「承知っ! 生徒のためなら完徹など恐るるに足らず!」
・
押っ取り刀で栗東寮に到着。玄関前にフジキセキが立っている。寮長である彼女が席を外しても大丈夫だが、理事長を呼ばなくてはならないレベルである事にますます疑問が深くなる。
「到着っ! して、どんなトラブルなのか?」
疑問、と書かれた扇子で口元を隠す理事長。しかしその問いにやはり難しい顔を浮かべるフジキセキ。
「口では説明しづらくて。ともかく当事者と話してもらいたくて」
玄関扉を開き中へと促す。中に入ると、リビングの方から遅い時間にしては人数の多い、と言うか多過ぎる談笑が聞こえて来る。しかもその中には中等組であろう生徒の歓声染みたモノも聞こえて来る。訳が分からず思わずフジキセキを凝視するも、彼女は肩をすくめるだけ。
「そうだ1つだけ言っておく事が」
何事、と振り返る理事長。
「彼女が言う事は全部本当の事なので」
殊更強調すべき事なのか、と首を傾げつつ、リビングのドアを開ける。
『あははははすごーい!』
そこには赤服を着た偉丈夫の腕に掴まり、メリーゴーランドのように振り回されているハルウララとビコーペガサスの姿があった。予想の遥か上、と言うよりバットを構えていたらサッカーボールが飛んで来たようなレベルの予想外の光景に、理事長は「楽しそう」と、そしてたづなは「凄い体幹」と言う感想しか抱けなかった。
ふと、回転中の偉丈夫と目が合うと、速度を緩やかに落とし、2人を床に下ろす。
「どうやら待ち人が来たようだ。さて私はこれから話し合いをするから、2人はもう部屋に戻るんだ」
目線を合わせて言う偉丈夫の言葉にはーいと返事をし、各々の保護者の下へと帰って行く。そこで漸く理事長とたづなが我に返る。
「すわっ、不審者?!」
と言う理事長に、思わぬ方向から否定の言葉が投げられた。腰に手を当て、精一杯胸を張ったスイープである。
「違うわ! そいつはアタシの、魔法少女スイーピーの使い魔よ!」
「使い魔だと?!」
驚愕と書かれた扇子が床に落ちる。理事長は素直過ぎて却って話が進まないタイプだったので、たづなが事の真偽は兎も角として、状況の説明をフジキセキに求めた。しかしそれに対して明確な答えを返さず、偉丈夫に何かを促した。
「アレを見ればすぐにスイープの言ってる事が本当だと分かるよ」
何がと問い返そうとした瞬間、目の前の偉丈夫が空間に解けるように姿を消してしまった。その現実離れした現象を、2人はたっぷりと時間を掛けて咀嚼し、そしてお互いを抱き締めながら叫んだ。
『幽霊?!』
「使い魔よ!」
・
場所は移り理事長室。応接用のソファーに座った偉丈夫に、お茶を出すたづな。
「ありがとう」
その隣に座っているスイープの瞳は、生涯で最もと形容して良いほどに輝いていた。魔法の証明と使い魔の入手。盆とクリスマスと正月と誕生日が一度に来たかのような気分なのだ。それはもう尻尾も制御不能になろうもの。偉丈夫、使い魔にバシバシと当たっていても何のその。
「その、もう少々お待ち下さい。情報を共有しておきたい方達がいるので」
「手間を掛ける」
ややすると、扉がノックされた。
『理事長遅くなりました。シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアン到着しました』
「入ってくれ!」
3人は入室すると、すぐに奇妙な出立ちの男に気付く。こんな夜分遅くに来客? と少々の不審感を持ちつつ、理事長に尋ねると、スイープが元気良く答えた。
「違う(ry」
「使い(ry」
「ゆうれ(ry」
「使い(ry」
と言うデジャブを感じさせる遣り取りを経て、漸く本題へと辿り着く。
「さて皆の衆、夜分遅くに集まってもらって感謝する。見ての通り彼は、そうだ、何と呼べば」
「そうだな、ひとまずはアーチャーと呼んでくれ」
「アーチャー? 弓兵?」
「すまないが私も状況を把握しかねていてね。そんな状態で本名を明かすのはリスクがあるのでね」
「把「ご主人様命令よ! ちゃんと教えなさい!」あく……」
「後で君にだけ教えよう」
「ならいいわ!」
見事なコントロールであった。
「……では気を取り直して! 説明した通りアーチャー殿がスイープトウショウが古本屋で買った書籍に描かれていた魔法陣を基に呼び出した使い魔である事は皆も分かったと思う! それを踏まえた上で……踏まえた上でどうしよう」
若い身ながらも、トレセン学園の理事長として辣腕とその他を振るう彼女であるが、此度の事態はその経験が何一つ役に立たない。縋るような視線を向けられたたづなもそれは同じだ。話し合いは一歩も進まぬまま膠着状態に陥ろうとしていた。
「……取り敢えず私の自己紹介でもしておこう」
「!!」
スイープの食い付きは凄まじいものであった。ビシバシと刺さる強烈な視線を無視し、アーチャーは話し始めた。
「まず私は皆も見た通り人間ではなく、《ゴーストライナー》と呼ばれる存在だ。ゴーストライナーとは、概ね人類の歴史に於いて後世に名を残した人物が、その信仰によって人としての霊から精霊に押し上げられた存在だ。具体的にはアーサー王やその配下の円卓の騎士、エジソン、日本で言えば坂田金時や土方歳三などがそうだ。なので幽霊と言うのも間違いでもない」
とんだビッグネームと肩を並べる存在である事にスイープを除いた皆の背筋が否応なしに伸びる。
「じゃあ使い魔はどんな英雄なの?!」
「ぬか喜びさせてすまないが、私は別の方法で彼女らと似たような存在になったに過ぎない」
「ええ〜〜」
アーチャーが挙げた人物の中に女性はいなかったはずなのに『彼女』と言った事にルドルフは疑問を覚えるが、それよりも露骨に気落ちしているスイープの態度にヒヤヒヤしていた。本人が全く気にしていない事に胸を撫で下ろす。
「言っておくが君が私を召喚出来たのは、一連の騒動の中で最大の幸運なのだぞ」
「どこがよ」
「手前味噌で言っている訳ではない。先程ゴーストライナーは後世に名を残した人物だと言ったな。そう聞いてどんな人物を想像する?」
ルドルフの脳裏に真っ先に思い浮かんだ言葉は『偉人』である。武勇で名を響かせたもの、作品が評価され文化の開拓者とされた者。
「偉人、でしょうか」
ルドルフが答え、その答えに同意するように皆も頷く。しかしそう答えた本人がすぐにそれを覆す考えを思い付いた。
「悪名……」
ボソリと呟かれた言葉にアーチャーは感心したように正解だと言った。
「その通りだ。君は聡明だな。──海賊、賞金首、殺人鬼。奴らが呼ばれる可能性もあったのだ。それに加えて武勇で名を馳せた人物も、角度を変えれば大量殺人者となるのだ。そして我々に現代兵器は一切効かない上、格として彼らに一歩劣る私でさえこの建物を簡単に崩落させる事ができる。そんな強大な力を持ちつつ制御不能な存在が呼ばれてしまったらどうする?」
痛いほどの沈黙が部屋を支配している。危険性を説くためとは言え正直に話し過ぎたようだった。スイープに至ってはやらかした事の重大さに泣きそうになっていた。そしてその反応から、彼女らが魔術とは一切関係のない、謎の耳と謎の尻尾を持った存在だと確信した。
「君が悪意を持っていた訳でないのは、私もここにいる皆も分かっているから、そう落ち込むな」
そう言いながら優しく頭を撫でる。
普段から自分の気に入らない事はテコでもやらないと言う問題児な側面のある彼女だが、誰かの不幸や傷つく事を願うような性格ではない。友人が落ち込んでいれば魔法を使い励まそうとする心根を持つ少女なのだ。そんな彼女が自分が安易に行った事で大勢が死ぬかも知れなかったと言われれば、平静でいられるはずがない。
──少々脅し過ぎたか
アーチャーは普通に罪悪感に苛まれていた。関係者かどうかの確認も含めた問答だったため危険性を偽る事なく伝えたのが、人への判断基準が魔術サイドに偏っていたために起きた失敗であった。
「少々強く言い過ぎたな。まあ何だ詫びと言う訳ではないが、これを渡そう。
そう唱えた瞬間、衣服の上からでも分かる幾何学的な光るラインが腕を走り、掌へと収束していく。まるでワイヤーモデルが肉付けされるように、無であったはずの掌の上で創造される短剣。時間にして1秒にも満たない僅かな光景だが、それは間違いなく忘れられないものとなった。
「中世に錬金術師パラケルススが使用していた短剣アゾット剣、の刃を潰して銃刀法に引っかからないよう全体的にサイズダウンしたものだ。これは魔術師や、魔法使いの師が一人前になった弟子に贈るものだが、私を召喚し単独で維持している事とこれからの人として魔法使いとしての成長を期待して渡そう」
割れ物を触るように、恐る恐る両手で受け取るスイープ。薄紫色の刀身と柄の先端に宝玉が光に照らされ、美しく輝く。感嘆の深いため息が吐かれる。調度品としても群の抜いた代物だが、それ以上に魔法使いから認められ渡された本物の魔法具だと言う事に、無類の喜びを感じていた。先程まで流していた涙までが、その喜びをより示す装飾になっていた。
全く擦れていない素直な喜びように、おかしさと少しの愛しさで思わず苦笑するアーチャー。
「さて、そう言う訳でこの召喚陣は処分させてもらうぞ」
気を取り直すように言うと、スイープの返答を待たず折り畳んだ紙を破いていく。肝心のコピー元がスイープの手元に置きっぱなしである事に気付いたルドルフが質問する。
「処分するのはそちらでいいんですか」
「ああ。そもそもその本は一昨年発行されたただの本だからな」
アゾット剣に現を抜かしていたスイープが聞き捨てならないと、アーチャーに詰め寄る。そもその本に書かれている魔法陣を描き写したものから召喚されたのだから、本物に決まっているのだ。もし偽物だったら召喚されるはずがない、と弁護士のように矛盾を突く。
「簡単な話だ。君が描き間違えたのだ」
『え』
「君が馬鹿げた量の魔力を持っていた事、魔法陣を描き間違えた結果本物にした事、後はここが霊地と言う魔力の豊富な土地である事も関係あるかもしれんな」
「霊地っ?! ここはそんな土地だったのか?! まさか怪談話が妙に多いのは」
「無関係ではないだろうな。ともかくそう言う訳で、こちらのコピーを処分するだけで大丈夫だ」
ある程度破ると、それを持って立ち上がる。もしかしてまた魔法を使うのだろうか、と少し皆が期待していると、机の傍らにあるシュレッダーに掛けた。すると途中紙屑が一杯になった知らせが響く。扉を開き、取り出したカゴから袋を抜き取り、紙屑を足で圧縮してから散らばらないよう注意しながら空気を抜きギュッと口を結ぶ。カゴの底にある梱包袋から新しい袋を取り出しセットし、カゴを戻す。その際本体を軽く叩き稼働部に残っている紙屑を落とす。落ちて来なくなったら扉を閉じて裁断を再開。
浮世離れした格好のアーチャーが淀みなく事務員のように動く様は、とてもシュールな光景だった。
・
「私がどんな存在であるかは大凡分かったと思う。なので次はこちらから質問したい」
「了解っ! 何でも聞くと良い!」
「いや聞きたい事は一つだけだ。この日本に冬木市と言う土地はあるか?」
「たづな!」
「今確認します。……漢字は季節の『冬』と樹木の『木』で合ってますか?」
「ああ。その様子だと存在しないようだな」
「そう、ですね。過去にもそのような市の記録はありません」
「やはりか」
「質問っ! その街には何かあるのかね?」
「いや、ここが私のいた世界とは別の世界だと確認したかっただけだ」
サラリと告げられる驚天動地の事実。あまりにあっさりと言われた事で、またも咀嚼に時間を要していた。
『ええ〜〜!!』
計ったように同じタイミングで飛び出す驚きの声。
「私の世界には君達のような存在はいなかった。初めは私が知らないだけで秘匿された動物憑き専門の学園かとも考えたが、ここに来るまでに見たポスターなどから開かれた施設であり君達も一般に認知された存在だと分かった。後、外に普通に府中駅の文字も見えたしな」
「で、では、貴方の世界で我々ウマ娘に相当する存在は何なのですか」
「そうか、君達はウマ娘と言うのか。私の世界では、そうだな」
徐に立ち上がると複合機の用紙入れの2段目から裏紙を取り出し、ソファーに戻るとそこに拝借した鉛筆でサラサラと絵を描いていく。皆が興味津々に覗き込む。描かれたのは四本足に、鬣を備えた大きな動物だった。
「優れた脚力を活かして運搬や人を騎乗させる事で昔から人と共にいた馬と言う存在だ。姿形は大きく違えど、脚に関しては共通しているようだな」
・
アーチャーの正体からその危険性、魔術の披露、そして別世界の存在である事と、テンションが下がる暇が無かった事で精神的に疲労していたため、たづなが休憩を申し出た。皆で緑茶を啜り喉を湿らせ、昂っていた心を落ち着かせていく。ふと視界の端で、スイープが緑茶に全く手を付けていない事に気付くアーチャー。視線を少し上げると、彼女の瞼は何度も開閉を繰り返していた。時計を見ると、11時に差し掛かろうとしていた。
「理事長。残りの話し合いは明日でも構わないか? 彼女がご覧の通りだ」
「迂闊っ! 既にこんな時間であったか。どうりで眠い訳だ! アーチャー殿の寝床も用意しなければ」
「いやそれには及ばない。彼女から送られて来る魔力が潤沢だから睡眠の必要はない。ほら起きたまえ。寮に戻るぞ」
「う、ううん……」
既に半分夢の中に入りつつあるスイープ。アゾット剣を胸に抱き抱えたままうつらうつらと船を漕いでいる。揺すっても声を掛けても眠気に打ち勝て無かった。
「仕方あるまい」
嘆息しつつそう言うと、スイープと向き合う形でしゃがみ込み、肩を軽く押して自らの肩に顔を乗せると膝の裏に腕を差し入れ、そのまま立ち上がる。
「寮長に連絡を入れておいて欲しい。ああ、それとすまないが、その紙を処分しておいてくれ」
たづなが馬の描かれた紙を取ろうとすると、そこにいつの間にか文章が書かれていた。『すぐに戻る』と。顔を上げると、アーチャーは既に扉の向こうに消えていた。
・
ややすると、内容通りアーチャーは戻って来た。
「更に時間を取らせてすまないな。理事長は大丈夫か?」
「無論っ。まだ頑張れる」
語気が明らかに落ちていたが、彼女にもここに居てもらわねばならないため、早速本題を切り出す事にした。
「今後の事だが、まず大前提として私は契約を解除するつもりだ」
それは意外な内容だった。ここでのやり取りしか見ていないが、我儘な面のある彼女を上手く嗜められているし、それ以外での言動も人として信頼、信用できるものであっただけに、一方的な契約解除の申し出は素直に受け取れるものでは無かった。
「何故ですか? 彼女に何か不満が」
「子供の我儘に目くじらを立てる程器量は小さくない。単純に私がこの学舎に於いて相応しくない存在だからだ。すまないが何故、については君達に聞かせられる内容ではない、と言う事で察してくれ」
「……スイープさんが悲しみますよ」
留意させるだけの反論を咄嗟に思い付けなかったたづなは、感情に訴える事しかできなかった。しかし正にそれこそがアーチャーが態々戻ってまで相談したい懸念事項であった。
「その通りだ。私は一方的に契約を解除する術を持っているが、それをするとどんな反応をするかは手に取るように分かる。なので君らには説得を頼みたい」
そうなる事が分かっているなら何故スイープに優しく振る舞ったのか、と思わず語気を強く問うてしまう。たづなの様子に流石に他の面々はギョッとするが、アーチャーは特に気分を害した様子もなく苦笑しながら答えた。
「それに関しては私のミスだ。確認と警告としてああする必要があったとは言え、流石に殆ど一般人の女子が泣いてるのを放っておけるほど人でなしにはなれていないのでね」
肩をすくめ笑いながら言うが、息を一つ吐くと、口を真一文字にし頭を下げた。
「すまないが協力してくれ」
「……承知。元々事故で呼び出された様なもの。帰還の決定権は君にある」
「感謝する」
「それで滞在期間が変わる理由については」
「少しここで調べなければならない事があるからだ。それの結果次第と言うところだ」
魔術、魔法に関する組織の有無。もし存在し、こちらの世界と似た性質を持っているとすれば間違いなく接触を図ってくるはずだ。記憶処理や自身の帰還(信用出来るかは置いておいて)だけで済めば良いのだが、そうではなかった場合が問題なのだ。なので今夜中、遅くとも明日中には探し出す必要がある。
ただこれを馬鹿正直に言えばいらぬ不安を与えてしまうため、詳細を尋ねられる前に次の話題に移る。
「それでだ、スイープを説得するにあたってだが、もう少し私と言う存在を明確にしていく。私は守護者と言う存在で──」
・
夜が明けた。夜通しで街を虱潰しに調査し、現段階で判明した事は途轍もない熱量でウマ娘を盛り上げていると言う事だけ。少なくともこの街にはそれらしき組織の痕跡を見る事はなかった。また召喚されてから現在までで、監視の使い魔の類も確認出来ていない。このまま数日滞在し、何も問題がなければ帰還できるだろう。
屋上からは土曜日だと言うのに数多くの生徒が登校して来る様子が見える。様々な形の耳や尻尾を見ながら、ふと騎馬で名を馳せた者や著名な愛馬はどうなっているのかと疑問を覚える。聞けば答えてくれるだろうが、あまり親交を深めても相手に辛い思いをさせるだけなので胸の内に仕舞っておく。
時計を確認すると、集合の時間までもうすぐであった。霊体化したまま校内に戻り、理事長室を目指す。道中で生徒と何人もすれ違うが、当然誰も反応する事はない。やましい事をしている訳ではないのだが、どうにも居心地の悪さを感じていた。足早にそして意図的に生徒達を視界に入れぬようにしながら向かう。それ故、固まったままアーチャーを凝視していた黒髪の生徒にも気付かなかった。
目撃される可能性を極力抑えるため実体化せずに室内に入る。中にはスイープを除いた昨日の面々が揃っている。
「おはよう」
驚かせないようタイミングを見計らい実体化する。時間からそろそろ来ると予想していたのか、多少の動揺で済んだようだった。
「おはようっ! しかし何度見ても驚いてしまうな」
「こちらとしても新鮮な反応が見れて嬉しいな。スイープはまだか」
「それなんですが、今し方連絡がありまして何か愚図ってしまってるみたいでして今フジキセキさんが連れて来てくれるそうです」
「ふむ、昨日の様子を見ると朝イチにでもここにいても良さそうだったが」
ルドルフが顎に手をやり意外そうに言う。アーチャーとしては昨日の振る舞いから、寝起きの子供でも違和感はなかった。
ややするとノック音の後にフジキセキの声が聞こえた。たづなが入室を促す。扉が開くと困り顔のフジキセキと、彼女に連れられたスイープがいた。しかしスイープの様子がおかしかった。口を真一文字に結び、目尻は下がり、鼻を啜っていた。昨日見たばかりの表情、つまり泣く一歩手前。何があったのかと皆が問おうとした瞬間、彼女はアゾット剣を抱きしめたまま一目散にアーチャーに突進。そのまま胸元に顔を押し付け押し黙る。
外見に似合わぬ当たりの強さに少し驚く。
「スイープどうした」
「……アーチャーの、夢を見たの」
瞠目し、思わず天を仰ぎ見る。完全なる失態に、舌打ちしそうになる。
飄々とした表情を崩さないアーチャーが見せた苦渋の顔に、皆にも動揺が走る。
「どこまで見た」
「……最期まで」
「そうか。怖い思いをさせてすまない」
アーチャーは自身の生涯が一般人から見ればどう映るか重々承知していた。大凡の者が経験し得ない事柄で彩られているのだ。それを年端もいかない少女が見ればどうなるか。
しかしスイープはその謝罪に顔を上げぬままかぶりを振る。全てを見た訳ではなく、コマの抜けたフェナキストスコープの様に飛び石で見ただけに過ぎないが、アーチャーがどの様に生まれたのか、何を成し、その果てを知った。確かにアーチャーの言う通り、少なくとも半生は血に彩られたものだった。それでもスイープが抱いた感情は恐ろしさではないのだ。
「違う……! 正義の味方になるためにって、あんなに一杯苦しくて痛い目にあったのに、あんな風に言われて、裏切られて、それで……!」
「スイープ、君は……」
「それが! それが、悲しくて、泣いてるのよ……!」
我慢していた涙と嗚咽が堰を切ったように溢れ出る。自身のために涙を流す少女を思い、優しく頭を撫でる。
「
痛いほどの沈黙。誰もが口を挟めずただただ聞き入っていた。
「でも間違いじゃなかった。例え自身の内から出た夢でなくとも、オレの果てがアレであっても、その途中で助けられた人がいた事は事実だ。そして誰かのために、と言う願いが間違いであるはずがないんだ。……まあこう思える様になったのはつい最近で、更に業腹な事に過去の半人前の自分に教えられたんだがな。だからオレはこれからも頑張れるさ」
だが、と言葉を続ける。
「オレのために泣いてくれてありがとう」