※いつも感想、誤字脱字の指摘、ありがとうございます
「アーチャー! 出掛けるわよ!」
威勢の良い声とは裏腹に優しく開けられる士郎の仕事場のドア。開けたのはもちろんスイープ。私服である。
しかしそこにお目当ての士郎はおらず、深窓の令嬢のような面持でコーヒーを楽しんでいるカフェだけがいた。
互いの目が合う。
「こ、こんにちは」
「こんにちは……。士郎さんなら、理事長さんの所に行ってますよ」
「そうなんだですね」
全く絡みのない年上だからか、それともカフェが持つ独特な雰囲気に萎縮しているのか、辿々しい敬語のスイープ。ソワソワと落ち着きなく視線を泳がせる。
「ふふ」
穏やかな微笑み。そこに嘲笑が全く含まれていない事が分かるが、それはそれとして妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。
「私はマンハッタンカフェです。……ここには偶にお邪魔させてもらってるんです」
「スイープトウショウ、です」
「士郎さんの、マスターですよね……。士郎さんから、よく聞きますよ」
途端にパタパタと動き始める耳。良き主従関係だとは思っているが、士郎が自分をどう思っているのかはとても気になることであった。
その露骨にイジらしい反応は、コーヒーとの相乗効果により脳裏にあるタキオン関連の事(出来立てホヤホヤ)を忘れさせてくれた。
「感謝してる、って言ってました」
「?? 感謝? 何で? アタシはしてるけど」
何に、とは言っていなかった。気になったが、それ以上言う気は無いようだったし、自分のトーク力で口を割らせられる可能性は0だったので諦めた。なのでそれをここで聞けたら、と思ったのだが、感謝されている本人も分かっていないようだった。寧ろスイープとしては、留まってくれた事に感謝こそすれ、感謝されるような事をした覚えが無いのだ。
結局士郎が何を感謝しているのかは分からなかったが、感謝し、感謝される、互いを尊重し合う関係が垣間見えてコーヒーがとても美味しくなった。
「あと、もう少し野菜を食べて欲しい、とも言ってましたよ」
「ちゃんと食べてるわよ! ……ます!」
「ならば人参以外も食べている所を見たいものだがな。フジキセキが困ってるぞ」
「何で言うのよフジさん!」
「野菜を好きになれとは言わんが、レースで勝つためだ。少しずつで良いから食べられるようになりたまえ」
「嫌なものは嫌なの!」
やれやれと肩を竦める態とらしいリアクションの士郎。
「留守番してもらってすまなかったな」
「部屋を貸してもらってますから」
「それでスイープはどうした。出掛けるようだが」
そう問うと、さっきまでの不機嫌さが嘘のようにコロリと表情を変えた。
「今から出掛けるわよ!」
今日は土曜日であり、士郎は自主的なサービス出勤をしているだけだから途中で外出しても問題はないし、急ぎの仕事もない。
「と言うわけで、これから出掛ける事になった。すまないが、戸締りは頼んだ」
「分かりました。あ、これ、今日のお礼です」
徐々に増えつつある来客に対応すべく導入された茶箪笥。そこは共有スペースであり、カフェが持って来たコーヒーや、先日の四神合体で懐かれたハルウララとツインターボの保護者からの差し入れなどが入っている。カフェはコーヒー豆以外にも、ここを利用するたびに何かお土産を持って来る。今日はクッキーのようだ。
来週中には無くなっているだろう。
「いつもすまないな」
「こちらこそいつも使わせてもらってありがとうございます」
「早く準備しなさいよー」
「分かった分かった。では戸締りだけは頼んだぞ」
鍵を投げ渡した事を確認するや否や、スイープに引っ張られていく士郎。
「────確かに、今どこから鍵を出したんでしょうね」
お友達も首を捻っていた。
・
使い魔を従えて意気揚々と歩くマスター、と思われている、と思っているスイープ。実際には父娘か歳の離れた兄妹としか思われていないのだが。
これから向かう先が余程楽しみなのか、胸を張って大股で歩いている。
「随分とご機嫌だな。どこに向かうのだ」
「グランマの所!」
「グランマ? 祖母の所に、何故私を?」
「私がちゃんと魔法使いになれたって事と、学園でも頑張ってるって事を伝えに行くの!」
「…………」
瞠目し、さて何と言い訳するか、と思考を巡らせる。孫が突然トレーナーでもない大男を連れて来て、使い魔と紹介した時、果たして祖母の胸中はいかに。大学受験でも出て来なさそうな難問である。
「スイープ、そう言う予定はもう少し早く言いたまえ。色々準備(言い訳)があるだろう」
「そんなの(お土産)気にしなくて大丈夫よ」
悲しいすれ違いを解消出来ぬまま、電車に乗り込む2人。
椅子に座り、一息つく。
横合いからジッと刺さる視線。何か、と聞くまでもない。祖母の事を尋ねてほしいのだろう。自分の好きな物事や人に興味を持ってほしいのだ。
乗車中に言い訳を考えようとしていたが、こうも期待の籠った視線を寄越されては無視できない。
「君の祖母はどんな人なのかね」
その質問に待ってましたと、顔を綻ばせ、如何にグランマが凄い人なのか、自分がどれだけ好きなのか、と言う事をノンストップでこれでもかと聞かされる。士郎も聞き流すような事はせず、合間合間に上手く質問を挟むため、それがブーストになり、乗り換えを経ても話は終わらなかった。
到着した駅は、駅前であっても静かであり高い建物もなく、山々が遠方に見える、そんな場所であった。
因みに乗り換えの駅がそれなりに大きかったため、そこでスイープの助言をもとに手土産のケーキを購入している。
「ここからはどう行くのかね」
「バスか歩きよ。歩きで良い? 20分くらい掛かるけど」
「構わんよ」
「そ」
閑静な駅前から閑静な住宅街へ。そこも通り過ぎると、人里と山の境界のような場所になる。
「ここら辺は食用の野草が多くて、グランマから沢山教えてもらったの」
「なるほど。君がハーブ好きなのはそれの影響か」
「そうよ。ここら辺でしか採れないのもあるから、後で採りに行くわよ。私とグランマの秘密の場所だから、他の人には教えちゃダメよ」
「了解した」
ややすると、立派な門扉のある一軒家が見えてくる。門扉から玄関まではアーチが作られており、植物園を思わせる緑豊かな庭であった。
「ここよ! さ、行くわよ! グランマ〜!」
呼び鈴を押さずにズンズンと進むスイープの後ろを、やれやれと追う士郎。
門扉を抜けた瞬間、薄いヴェールを潜った感覚があった。散々聞かされた話から、もしやとは思っていたが、祖母は本物の魔法使いのようだった。
外と隔てるものではなく、来訪者を知らせる単純なもの。ただ自分のような埒外の存在が通った事はまずないだろうから、祖母にどう伝わるかが心配であった。
そんな心配をしていたからか、開いたドアの向こうにいた老女は明らかに狼狽していた。
「久しぶりグランマ!」
幸いにもスイープは全く気付いておらず、殊更元気に挨拶していた。
「……スイーピーや、後ろの人は?」
「使い魔よ!」
「使い魔? ……ああ、道理で」
「驚かせてしまったようで申し訳ない」
「ん? 何の事?」
「後で教えよう」
「今教えなさいよ」
明らかに自分の知らない何かについて2人が話している事に、首を捻り、士郎に迫るスイープ。
取り敢えず2人を招き入れる祖母。スイープが懐いている事で、士郎については害は無いと判断したのだ。
勝手知ったる我が家のようにパタパタとリビングに走っていくスイープ。遅れて入って来た2人をソファーに座らせ、客側なのにハーブティを入れて来ると言ってキッチンに籠る。
「これは手土産だ」
「あらご丁寧に。それで貴方は一体?」
「偶然彼女に召喚された使い魔だ」
「それはそれは。とてもあの子らしいね。でも貴方動物を使った使い魔とは全く違う存在だろう?」
「ご明察だ。私が知る限りでは、戦闘力を目当てにせず、普通の使い魔として私のような存在を召喚したのは彼女ぐらいだな。ああ、正確な知識の無い召喚の危険性についてはしっかりと伝えておいたから心配しなくて大丈夫だ」
「小さい頃から魔法の事を話し過ぎたかねえ」
不十分な知識による召喚の危険性を知っているのだろう、士郎の話に罪悪感を覚えているようだった。
「あの子は過ちを繰り返す子ではないさ。それに、貴方の存在と魔法があの子のモチベーションになっている。話し過ぎた、なんて事はないさ」
「……あの子に召喚されたのが貴方で良かったよ」
「感謝するのはこちらだ。召喚されたのがあの子でなければここに留まろうとは思わなかった。優しい子に育ったのは、両親と貴女のお陰だろう」
「そう言ってもらえると、スイーピーのグランマとしても、魔法使いとしても鼻が高いね。でも魔法使いの師匠は交代かねえ」
「いや、あの子には貴女の優しい魔法の方が似合ってる。誰かを笑顔に出来る優しい魔法の方がな。それに私は師匠曰くへっぽこなのでね」
・
「スイーピーや、随分と腕を上げたねえ。すごく美味しいよ」
「でしょう?!」
褒められて尻尾と耳が忙しなく動いている。埃が立つが、それを注意するのは不粋だろう。ハーブティーの淹れ方の腕が上がったのは士郎の指導のお陰だが、それを言うのも不粋だろう。
「士郎と一緒に練習したのよ!」
「そう言うのは自分の手柄にしてしまえばいいだろうに」
「そんなズルい事、このスイーピーがする訳ないでしょう!」
・
「レースの方はどうだい?」
「うん……。教官に私が目指す走り方を、頑張って伝えたところ」
「うんうん。それで教官はなんて?」
「自分じゃ望むような指導が出来ないって。でも、出来そうな人を探してくれるって言ってくれた」
「そうかいそうかい。もうすぐでスイーピーが走る所を見られそうだねえ」
「決まったらグランマも呼ぶから、見に来てね! 士郎も私が走って勝つまで、他の子のレース見ちゃダメだからね!」
「そんなに何度も言わなくとも分かっているとも」
・
楽しい時間は駒の足掻き。気付けばもう夕刻になっている。外泊届は出していないので、そろそろ帰宅しなければならない。露骨に耳と尻尾がしょげているが、規則は規則である。
士郎の両手には、渡した以上の手土産が持たされている。常人を遥かに超える膂力を持っていると知った途端、茶箪笥からこれでもかと取り出されたお菓子達。まあ士郎の仕事場は溜まり場になりつつあるから、そう遠くない内になくなるだろう。
「次に会うのは晴れ舞台の時かねえ」
「じゃあそんなに掛からないわね! ……その前にも会いに来ていい?」
「あっはっはっは! 寂しがり屋は相変わらずみたいだね。好きな時に来て良いとも」
「分かった! あ、その時は士郎も一緒だからね」
「次は事前に連絡しておいてくれ」
「分かってるってば!」
パタパタと門扉まで走っていくスイープ。グランマの前で不手際を暴露されて恥ずかしかったようだ。待っていればすぐに戻って来るだろう。
「仲が良いね。……スイーピーはこの通りの子だけど、よろしく頼みます」
「私が導く必要は無いと思うがね。良き友人に恵まれているからな。まあ愛想を尽かされるまでは使い魔をやらせてもらうさ」
・
帰り道。グランマの事についてまだ話し足りないからと、歩きながら話したいとスイープが言った。断る理由はなく、途中までだぞと言って、河川敷を歩く。
夕陽に照らされた影が長く伸びている。スイープが影の身長を越えようとして、姿が見えなくなるまで斜面を下っていった。高すぎ、とぷりぷりしながら登って来た。
「私も士郎ぐらい大きくなれるかしら」
「実は私は高校生の頃は170もなくてな」
「じゃあどうやってそんな大きくなったのよ。教えなさいよ」
「好き嫌いせずに何でも食べたから、かもしれん」
「……ええ〜〜。そう言って騙して私に野菜食べさせようとしてるだけでしょ」
「他にも要因はあるかもしれんが、好き嫌いしなかったのは事実だ。それに嘘か本当か、食べてからでなければ分からないだろう?」
「むむむむ」
乱視の人が物を見ようとしている時のような細目で士郎を睨みながら唸るスイープ。確かに食べていないのに嘘だと決めつける事はできない。しかし野菜は食べたくない。そんな感情による唸り声だ。
「嘘だったら承知しないわよ!」
「当然の事だが一朝一夕で変わるものではないからな?」
「むむむむ」
やはり上手く丸め込まれている気がする。しかし言っている事は一理ある。
「……野菜で何かお菓子作って。作ってくれたら、その野菜は頑張って食べる」
「お安いご用だ」
・
「士郎! トレーナー決まったわ!」
「それはめでたいな。しかしそれがゴールではないからな。これまで以上に練習を頑張るんだぞ。それで何と言うトレーナーだ」
「沖野ってトレーナー!」
「?!」