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ゴールドシップを筆頭に、お淑やかとは真逆の性格をした癖の強い生徒ばかりが集まったチームスピカ。彼女らが通った後にはぺんぺん草も残らず、泣く子は更に泣くと言われる騒がしきチーム。いつもどったんばったんと、どう考えてもミーティングしてない騒音を出しているミーティングルームが今日は無人のように静かだった。
しかし無人ではない。中にはいつもの面々(スカーレット、ウオッカ、ゴルシ)がいる。だが無音である。何故ならミーティングルームは圧迫面接会場と化しているからだ。
受験者は沖野。圧迫面接官は士郎。他は壁のシミに徹している。
2人に挟まれ、士郎の圧迫を受ける哀れな机の上に広がる写真。そこに克明に写るは数々の狼藉を働く沖野の姿。
太ももをズボンの上から触っている沖野。
ふくらはぎをズボンの上から触っている沖野。
スカートに手を突っ込んでいる沖野。他多数。
セクハラコンプリートフォーム21ができる枚数だ。
「沖野……」
「は、はい!」
奈落に通じる穴から聞こえて来たような声だった。
「貴様に下心がなく、純粋に筋肉の付き方を知ろうとしていることは被害者やたづなからの証言で分かった。ハラスメント窓口にもギリギリ相談がいってない事も確認できた」
わりと斬首刑執行間近だったと言う事実に衝撃走る!
「しかしだ。貴様の考えがどうであれ、その行いは紛れもなくセクハラだ」
「はい……」
いつの間にか沖野はパイプ椅子の上で正座していた。
「まあいい。今日は過去の行いを断罪しに来た訳ではないからな」
もしかして今日が命日なのでは、と沖野は思っていたが杞憂のようだった。
「最近ここに加入したスイープトウショウだが、故あって彼女の祖母から直々に頼まれていてな。もし彼女にセクハラしようものなら、貴様を膾切りにするぞ」
本当に杞憂か心配になる沖野だった。
「あの、走った後とかの確認で触るのは……」
「────正当な理由があるなら構わん。しかし許可は取れ」
「はい!」
一瞬般若みたいな顔になった時は意識が遠のきかけたが、取り敢えず命拾いしたようだ。ならば感覚のなくなった足を崩しても良いだろう。
「誰が足を崩していいと言った。もしこいつがスイープに限らず、誰かに狼藉を働いたらしばき倒していいぞ。私が許可する」
自主的にやっていたはずだが、許可が降りなかったので継続することになった。
「もうやってます」
「結構。どんどんやると良い。さて私の用件は済んだので失礼するとしよう。これは時間を取らせた迷惑料だ」
そう言って紙袋をスカーレットに渡す。中には菓子折りが入っていた。
「ではな。沖野頼んだぞ」
「お、おう」
閉じられたドアの曇りガラスの向こう側にいる偉丈夫。シルエットだけなのが妙に怖い。
「ふー……。このゴルシちゃんに冷や汗をかかせるなんてよ。ゴルシちゃんのファンのくせして何てふてー野郎だ」
「え、アーチャーさんて先輩のファンなんてやってたっけ」
「先輩のファンなんてやってないでしょ」
「オメーら揃いも揃って『なんか』呼ばわりとは良い度胸じゃねえか。あいつの! 髪色! どっからどう見ても染色に失敗したファンじゃねーか!」
「根拠弱い上にこじ付けにも程があるわ」
心神喪失状態から復帰した沖野が、生まれたてのバンビみたいな足取りでやって来た。
ジロリ、と音の出そうな睨みを利かせた後、皆のカーフキックが炸裂した。
「ぎゃっ!」
パタリと倒れた沖野。誰も一瞥もしていない。
「てゆーかあのゴルシちゃんのファンとスイーピーちゃんはどんな関係なのよ。親戚の兄ちゃんじゃねーだろ? 何か使い魔ってのが広まってるけど」
「あーそうですね。そこはスイープ本人に聞いて話してくれたらってとこっスかね」
「何だよ知ってんなら教えろよ。もしかして婚約者か? 教えてくれないなら沖野投げるぞ」
「臭そうなんで止めて下さい。そう言うのじゃないですよ。もっとピュアでプラトニックと言うか」
「そうそうピュレでプラスチックな関係っスよ」
「硬いのか柔らかいのか分からんな」
ノックアウトされていた沖野が復活。
「取り敢えず触診すると殺されかねんから、スイープにはやらんでおこう」
「……気になる」
「あん?」
「どう言う関係なのか気になって、このままじゃ永眠しちまう! と言う訳でちょっと行ってくるわ!」
発進! と言いながら窓から出て行った。
「衛宮の奴大丈夫か? いや大丈夫か」
「そうね。士郎さんなら事もなげに対処できるでしょ」
・
自覚なき圧迫面接を終え、仕事に戻った士郎。人目に付きにくい、校舎の陰になった場所の雑草取りをしている。丁寧に掘り起こしては土を振り落とし、一箇所に集める。ゴミ袋に詰めるのは最後だ。
──刹那。
「なに奴!」
振り返った先には丑の刻参りみたい頭に枝を付け腕組みしたゴルシがいた。
「…………何だ気のせいか」
突っ込んでも良かったのだが、迂闊に触れると仕事の邪魔になるだろうから、取り敢えず放置することにした。
ちょこちょことした移動を繰り返す士郎の後を追うゴルシ。親鳥を追う雛……と言う絵面ではない。
粗方雑草を取り終えたので、ゴミ袋に詰める作業に移る。
「口を広げておいてくれ」
「おう」
うっかり声を掛けてしまった士郎と、普通に応答するゴルシ。一体何をしに来たのだろうか……。
別のエリアに移動する士郎の後を、ゴミ袋持ちながら追うゴルシ。本当に一体何をしに来たのだろうか……。
「士郎じゃ、げ、ゴルシだ! ……何してんの?」
偶然出会ったテイオーが途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「何って見ての通り、こいつの秘密を知るためのスニーキング中だ」
「??????」
宇宙猫みたいな顔して固まるテイオー。
「まあ理解しようとしなくていいことだ」
復帰しそうにないテイオーをその場に残し移動する2人。
・
「ゴルシ貴様何をやっている。また衛宮さんに迷惑掛けてるんじゃないだろうな」
「しーっ! こいつの秘密を知るためにこっそりしてるんだから声掛けるなよ!」
「うん? ……うん???」
生真面目なエアグルーヴは言葉の意味を咀嚼しようとしたが、脳みそをオーバーヒートさせてしまった。
・
「ただいまー」
「お帰って来た。意外と長かったな」
「ジュースとお菓子貰ったぜ!」
「何しに行ったんだお前?」
・
2
「あ」
夕食後。スーパークリークが勉学に励んでいると、背後のルームメイトのナリタタイシンが呟くような小さな声を上げたことに気付く。
「どうしましたタイシンちゃん?」
手を止め振り返る。慌てふためく様子は見られず、少なくとも火急の事態ではなさそうで一安心。
「あ、いや大したことじゃないから」
隠すと言うよりは、詳細を伝えるようなことではない、と言う反応である。ならば実際に大した事ではないのだろうが、彼女の身の内に刻まれた母性は見て見ぬ振りを許さない。
「まあそう言わずに。何か手伝える事があるかもしれませんし」
そう言って手元を覗くと、携帯ゲーム機があるだけであった。ゲーム機に弱いクリークの母性は萎みかけるが、気合いで耐え、何があったのか尋ねる。
「スティックが中で折れちゃったっぽいんだよね」
そう言いながらスティックを動かすタイシン。正常な状態を見ていないが、中央で自立せずに力なく倒れる光景は確かに内部に収まっている部分が折れたのだろうな、と思わせるものだった。
「確かに折れてますね」
「あー、どうしよっかな。もう型落ちだし、修理に出すのもな……。でも新しいの買うお金ないし……」
アドバイスできる事がない。しかしただ見ている事は許せず、何かないかと頭を捻っていると、ふと思い出した。
「エミヤアーチャーさんに頼んでみたらどうかしら?」
「……そんな名前だったっけ?」
2人とも士郎の存在は認知している。召喚された瞬間を見ているからだ。しかしそれ以降、接触はなく、士郎について聞くのは専らスイープの自慢話の又聞きと、他の生徒達からの評判だ。
曰く英雄の使い魔である。
曰く魔術使いである。
曰く弓の名手である。
曰くご飯がとても美味しい。
曰く何でも直せる。
曰く肩に乗っけてもらった。
上3つだけだったらとても気軽に話せる相手とは思えないが、腹ペコ達とちびっ子達が保証する料理上手と面倒見の良さで、その印象は帳消しになっている。とは言え、流石に会った事もない相手にいきなりゲーム機の修理を頼むのは色々な意味でハードルが高い。失礼じゃないのか、とか、競技者が何をやってるのかと思われないか、など。
「いや、でも流石にその人に頼むのは」
「でもそれが折れちゃってると遊べないんでしょう?」
「確かに、そうだけど……」
「じゃあスイープちゃんに聞いてみましょう。タマちゃんからも凄い面倒見の良い人って聞いてますし、大丈夫ですよ」
「うーん……」
と悩んでいる間に、部屋を出ていくクリーク。慌てて後を追うタイシン。混じりっけなしの100%善意だから、いまいち断れないのだ。
・
「ゲーム機の修理?」
「はい。エミヤさんに頼めないかと思って」
「ちょっと待ってて、下さい。聞いてみるか、聞いてみますから」
慣れない敬語を必死に使うスイープの姿に、母性が湧き上がるクリーク。目的を違えそうになるが、必死に抑える。
ドアを閉じ、十数秒してから再び顔を出すスイープ。
「大丈夫だって! です!」
「あらーそれは良かった! ありがとうございますスイープちゃん」
当事者を差し置いて日時の確認と言った事態が進むこともそうだが、今どうやって確認したのだろうか、と言うことが気になって仕方がないタイシンだった。
・
翌日の放課後。教えられた教室に向かうタイシン。周りには誰もいない。クリークは私用でいない。ここまでお膳立てしたのだから、どうせならついて来て欲しかったのも事実だ。
気不味いと言う訳ではない。ただ一度も会話したことがないし、凄く面倒見いいと色々な人から太鼓判を押されたとは言え英雄って聞くし……何か緊張してきた。目の前まで来ているけど、急用ができたってことにして中止にしてもらおうか、と考えていると、ドアが開かれてしまった。
「……こんにちは」
「うむ、こんにちは。入るといい」
「……失礼します」
仕事場、と言うには随分と生活感に富んだ部屋だった。茶箪笥のお菓子、何人かの私物のカップ、コーヒーセット、ソファーに置かれているでっかく『セイちゃん』と書かれた誰かの枕。凄く面倒見がいいと言うのは本当のことのようだ。
「適当に掛けてくれ。ちょうど一服するところなのだが、君も何か飲むかね」
「あ、えっとお茶で」
「分かった。少し待っていたまえ」
当然のようにある冷蔵庫からペットのお茶を取り出すのかと思っていたら、茶箪笥から茶葉と急須が出て来たので慌てて注文を変える。
「そんな態々淹れなくても……!」
「残念ながらここにはペット飲料がなくてね」
「ええ……」
「ま、私の一服に付き合うと思って素直に飲むといい」
「……分かりました」
暫し無言。急須を満たすお湯の音と、湯呑みに注がれる緑茶の音。
妙に様になっている士郎の姿に、一体どこの英雄なのだろうか、と疑問に思う。士郎の正体を知っている者皆が通る道である。
「熱いから気を付けて飲みたまえ」
「ありがとうございます」
ほわほわと立ち上る湯気に混じる緑茶の香り。
「それで、昨夜スイープから聞いた話では携帯ゲーム機の簡単な修理をして欲しいとのことだったが」
「あ、はい。……すみません、何か、こんなこと頼んじゃって」
「構わんよ。ゲームとはとんと無縁だったので、どう言うものなのか興味もあるしな」
「すみません……。これです」
「ふむ。このスティックか。この程度ならそう時間は掛からんだろう。少し待っていたまえ」
作業机に移り、解体を始める。体格に対しゲーム機が小さいせいか、無理に体を縮めているような印象を受けた。とは言え、そうしても体格の良さはまるで隠れていないのだが。
羨ましいと思う。あれだけのタッパがあれば、外見だけで見下されることなんてないだろう。
「あの」
気付いた時には声が出ていた。作業に集中していて聞き逃していてくれないか、と思ったが、そう都合の良いことは起きない。
「何かね。お茶請けなら茶箪笥から好きに取って構わんぞ」
「あ、大丈夫です。……その」
今の遣り取りで会話を終わらせられたはずなのに、何故か続けようとしていた。
「エミヤさんて、英雄だったんですよね」
その言葉にピタリと手を止める士郎。何か気に障ることを言ってしまったかと、慌てて謝罪しようとしたが、それより先に振り向いた士郎が苦笑していたので、ホッと胸を撫で下ろした。
「それを言ってるのはスイープかね」
「えっと、又聞きですけど、たぶんそうです」
「あまり嘘を吹聴されても困るのだがね。確かに肩を並べたことや刃を交えたことはあるし、近しい存在ではあるが英雄ではないのだよ」
「……たぶん、色んな人に言ってると思います」
「それを今聞けて良かったよ。後で問い詰めておくとしよう。それで質問の答えはこれで十分かね?」
「…………英雄でも、やっぱり体の大きい人が強いんですか?」
予想外の質問だったのだろう。片眉を上げ、顎に手をやっていた。そう言う質問が来た事と、そういう見方をした事がなかったからだ。
理由については、聞かずとも察せられる。
「ふむ。私は立場上、国を問わず時代を問わず、多くの英霊に出会っている。その中で私が思う最優の英霊は女性だ。私との身長差は30cm以上、体重は知らないが、まあ相応の重さだろう。それだけの差があって尚、私は彼女に正面から叩き伏せられている」
おっとスイープには内緒だぞ、と戯けながら言う士郎。
「まあ私達は人間ではないし魔力を持っているから、また状況は違うのだがね。それでも、私ならこの学園にいる、と言う事実だけである程度の警戒はするがね。それに加えて、長距離走のような駆け引きと短距離走並みの速度が求められる君達のレースに於いて、体格が違う相手と言うのは一番とは言わずとも必ず警戒すべき相手だ。何故か分かるかね」
自身の体格についてコンプレックスしかなかったタイシンにとって、警戒すべき理由を思い付けるはずがなかった。
「分かりません。……全然思い付かないです」
「視点の違いだ」
「視点の違い……」
噛み締めるように呟くタイシン。それがどう言う事なのか、自分で気付かせてもよかったが、ここまで来て梯子を外すのは酷だろう。
「そうだ。君達のレースのように、あれだけの密度と速度が両立する競技に於いて視点の違いは非常に大きな意味を持つ。特に君の場合、相手の足元を近い位置で見ることができる。足元を見るには顔を傾ける必要があるが、それは気道を狭めることになる。一呼吸でも多くの酸素が必要な局面に於いて態々自分が不利になることをする者はいない」
「確かに、そうですね。後ろはともかく、下はまず見ないです」
「接戦になっている時ほどそれは顕著になるだろう。君はそこを見ることが出来るし、隙があればそこを突くことも出来る」
「そうか……」
「ただ私はレースに関しては完全な素人だからな。もしかしたら的外れなことを言ってるかもしれんから、そういう見方も出来る程度に思っておく方が良い。まあ何が言いたいのかと言うと、体格は確かに重要なファクターだが、絶対のファクターではないのだ。だから何だ、そう嫌いになることもあるまい」
「…………」
「おっと、余計なお世話だったかな」
「……いえ、ただ皆が言ってた面倒見が良いってことが分かっただけです」
士郎が語ったことは戦術として確かな説得力があった。しかしもしかしたら、自分が抱いている身長への強いコンプレックスを軽くしようとしてくれたのかもしれない。それまで饒舌だったのに、少し言い淀んだ最後の言葉を聞いてタイシンはそう思った。
「そうかね? まあこの学園にいるのは素直な者が多いからな。それに当てられてるのだろうさ」
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「さてこれで修理完了だ。一応確認してくれ」
「……うん。完璧です」
「どうしても負荷の掛かりやすい場所だからな、少しおまけしておいたぞ。しかし最近のゲーム機は凄いな。これだけのサイズでこのグラフィックになるのか」
画面にはオープンワールドを縦横無尽に走る主人公の姿が映し出されていた。
頭の上でほお〜と言いながら眺めている様に、ここに来るまでに抱いていた印象はすっかり無くなり、凄く面倒見の良い人と皆が口を揃えて言っていたことがよく分かった。
「……やってみます?」
「おや、そんなに物欲しそうに見えたかね」
「最近のゲーム機を知らない人がやったらどんなプレイになるのかなってのと、ゲーム好きが増えたら良いなっていう理由ですよ」
「同好の士を増やそうと言う魂胆か。ま、私も興味をそそられない訳ではないから、やらせてもらおうか」
椅子をタイシンの横に置き、ゲーム機を借りる。タイシンは横合いから覗き込み、あれやこれやと指南する。
いつまで経っても帰って来ないタイシンを心配し、部屋を訪れたクリークが見た2人は歳の離れた兄妹みたいだったと言う。