お騒がせした後なのにたくさんの感想ありがとうございました!
──士郎いまどこにいる?!
──職員室前だ。何かあったのかね
──今から行くから動かないでね!
念話で居場所を聞いて、顔を突き合わせて用件を伝えると言う非常に迂遠な行動に首を傾げる士郎。
「どうされました」
「いや、たった今スイープに用事があるからここで待っていろと言われてね」
「たった今? 言われて? ……ああ! そう言えば衛宮さんて使い魔なんでしたっけ」
「……そのことを忘れられたのは初めての経験だな」
「あ、すみません」
「咎めている訳ではない。それだけここが平和と言うことだ」
「……ここでの姿しか見てないから、衛宮さんが戦う人なんていまだに信じられません」
「そのイメージが崩れないことを願うよ」
足早に歩く音が聞こえて来る。良く聞き知った音。階段の方向に視線を向ければ、姿を見せたのはやはりスイープであった。
「アタシの最初のレースが決まったから! 2週間後の土曜日! 絶対に予定入れないでね! じゃあグランマにも伝えて来るから!」
言いたいことだけ言うと、足早に姿を消すスイープ。
何故迂遠な方法を取るのかと疑問だったが、内容を聞けば得心がいった。
「ふふ。顔を見て直接言いたかったなんて、可愛らしいですね」
「全くだ。私の世界にいる魔術師共に爪の垢を飲ませてやりたいな。さて、では私は仕事に戻るとしよう」
「あ、観覧席のチケットは早めに購入しておいた方がよろしいですよ。それともこちらで手配しておきましょうか?」
「……そうだな、すまないが頼む」
・
放課後。仕事を終えた士郎は、レース場に足を運んでいた。今までもスイープのチームメイトや学友から様子や練習を頑張っていることは聞いていたが、中々足を運ぶタイミングが合わず、今のチームに入ってからの走る姿を見るのは初めてのことだ。
ちょうどチームメイトと模擬レースを行っているところだった。気が散らないように、少し離れたところから観戦する士郎。
女性の中でも小柄な部類であるスイープは、周囲を体格で勝るチームメイトに囲まれながらも、必死に踠き、勝利へと貪欲に手を伸ばしている。そこにいるのは、戦う顔をした一端のアスリートであった。
この世界でウマ娘によるレースがどうしてそこまで人気を博しているのか判然としなかったが、これだけの闘志を剥き出しにされては、見ている側もたぎらざるを得ないだろう。士郎としても、命を懸けない闘争というものを長く経験していないからか、スイープの様子を見に来たことを忘れ見入っていた。
「お、衛宮・アーチャー・士郎じゃねーか」
銀髪の変なウマ娘に絡まれてしまった。
「人をトンチキな名前で呼ぶものではないぞ。君は練習しないのかね」
「ゴルシちゃんはもう明日やってきたから良いんだよ。それよりよぉ」
スラリとした腕を、士郎の首に絡ませながら言う。
「そろそろお前とスイーピーちゃんの関係教えてくれよお。気になって気になって、朝も夜もぐっすりなんだぜ?」
「それは大変だな。眠りも取り過ぎれば疲れると言うしな。しかしスイープが許可しないことには、私の口からは言えんのだよ」
「ちぇ、あいつも『士郎が良いって言ったらね! です!』って言って教えてくれなかったのによ。これがハリセンボンのパラドクスってやつか」
タッパのあるゴルシの口から、スイープそっくりの未発達な声が発せられるのは、何とも違和感のあるものだった。
「……ヤマアラシのジレンマか? いや、使い所が全く違うが」
「なあなあ頼むよぉ〜〜」
「ええい、タコみたいに絡みつくな。沖野を嗾けるぞ!」
「おいおいいくら何でも、沖野を嗾けるのは反則だろお〜? 流石のゴルシちゃんもアレに追いかけ回されるのはゴメンだぜ」
「おい! オメーら! 人のことを何だと思ってんだ?!」
『言って良いのか?』
「ごめんなさい。やっぱ止めて。……衛宮はスイープの様子を見に来たのか?」
「そうだ。練習風景を見たことがなかったのでな。それでトレーナーから見てスイープはどうだ?」
「良い感じだ。目指す走り方と、得意な走りが一致してるからな。あの年であれだけちゃんと、走り方を考えて言語化できるのは大したものだぜ。誰かの入れ知恵か?」
顎髭を撫でつけ、笑いながら答える。
「残念だがアドバイスできるような知識は持っておらんよ。ただ教官との向き合い方を少し説いただけだ。しかしそうか……。しっかりやれているなら安心した」
走り終えたスイープは、感覚を忘れないうちにと、先輩らと主観と客観を交えた意見交換を行っていた。馴染めているか心配ではあったが、全くの杞憂だった。
「お、何だもう行くのか」
「うまくやれているのが確認できたからな。本気の走りはレース本番で見せてもらうさ」
「そうかい」
「頼んだぞ。あとゴールドシップ、良い加減離れたまえ」
「ならお前達の関係を白状するんだな! じゃないとこのまま子泣き爺スタイルで家まで付いてくぞ!」
「仕方がないな」
嘆息を漏らしながら言うと、帰路につ──かず、こぢんまりとした建物の、左右に分かれた入口の右側に入っていく。壁にある青いピクトグラムが示すことは、そこが男子トイレであること。
「どわああああ! 女子背負ってトイレ行く奴がいるかあ! 常識で物考えろよなあ!」
「絡み付いてきたのはそちらだろうに。私はもう帰るから、君も練習に戻るなり、沖野に絡むなりしてなさい」
「アタシをここまで連敗させるとはなあ……! 流石はアーチャーと呼ばれてるだけのことはあるな! 次は負けねえからな!」
・
スイープのデビューが決まったからと言って士郎の日常に大きな変化が訪れる訳ではない。いつも通り学園内のあっちこっちに赴き、絡んで来る生徒を適当に相手し、仕事部屋にやって来る理事長やたづなの一服に付き合う。そして夜半に、スイープが寝落ちするまでレースとは関係のない雑談をする。
とは言え、レースが近づいて来ると流石のスイープも緊張を隠せなくなっていた。それに対して特別な対応はしない。強いて言えば、士郎が主体で会話を回すことが多くなったぐらいだろうか。
──ねえ士郎……。今からこっち来られる?
──夜半の女子寮に招くな、と普段なら言うが、まあ今回は仕方ないか。ただし場所は屋上で、フジキセキに話を通しておくんだぞ
──分かった
少しだけ元気を取り戻したスイープの声。ややすると、フジキセキから許可が降りたと念話が来た。
礼をする必要があるな、と寮に向かいながら考える。
遠方の寮が視界に入ると、既に屋上に上がっているスイープの姿が見えた。
「待たせたか?」
「ううん……大丈夫」
「さて、あまり長々と話して体調を崩しては事だからな。不安か?」
「……少し」
「本当に少しか?」
「……本当はもう少し不安」
「よろしい。何が不安なんだ?」
「……分かんない。昼間とか、皆といる時は大丈夫なんだけど、1人になると、何かここがギューってなるの」
そう言って胸に手を添える。
考えなくても分かることである。彼女はまだ子供であり、初めて闘争の世界に足を踏み入れるのだ。
「残念ながらその不安への特効薬はないな。誰でもはじめの一歩は緊張するものだ」
「士郎もそうだったの?」
「……私の場合は状況がスイープとは異なりすぎているから答えにくいな。まあ、死ぬかもしれないと言う不安は常にあった、気がするな」
「そっか。士郎でも不安になることあるんだ」
「昔は普通の人間だった上、巻き込まれたのは高校生の頃だからな」
「そう言えば髪も赤かったわね。でもそっか。士郎でも不安になっちゃうなら仕方ないのかもね」
「そうだ。それに走り出せばそんな事は気にならなくなるだろう」
「そうね。そんな気がしてきたっ」
しおらしい姿は早々になくなり、いつもの表情を取り戻していた。
「ゆくゆくは偉大なる魔女になるスイーピーが、緊張で失敗しちゃうなんてカッコ悪いところ見せられないしね」
大衆からの視線への対処は個々人によって異なる。ジャガイモだと思う者がいれば、視線の数だけ奮起する者もいる。スイープの場合は後者だろう。
「どうせなら後世まで語り継がれるくらいの気概で行ってこい」
「ふふふ、そうなったら士郎とお揃いね。もしかしたらいつか、偉大なる魔女スイーピーと会えるかもね。そしたら士郎も寂しくないでしょ?」
「────全く君は……」
これではどちらが励まされているのか分かったものではない。
頭に置かれた手が優しく動き、それに合わせてスイープの体と尻尾が揺れる。
・
レース当日。士郎は早くに寮を出ていた。楽しみで早出している訳ではない。グランマを迎えに行くためだ。
同行者はいないが、勿体無いと言う思いから最近は全く霊体化していない。
「おはよう士郎さん」
「おはよう。変わらず壮健そうで何よりだ」
「スイーピーの活躍を全部見るつもりだからね。それでスイーピーはどうだい?」
「さて、生憎私は彼女らの走りを正しく評価できる知識を持っていなくてな。しかしトレーナーからの評価は高かったぞ」
「それは安心した。良いトレーナーに会えたみたいだね」
「そうだな」
悪癖の心配はあったが、今のところスイープから相談されていないからうまくやれているのだろう。よくシバかれているとも聞くから、もしかしたら上級生達がうまくガードしてくれているのかもしれないが。それを話す必要はないだろう。
・
ウマ娘と言う存在がアイドル的人気と、アスリートとしての人気を両立している存在とは知っていた。知ってはいたが、観覧席が埋め尽くされるレベルとまでは思っていなかった。
たづなからの厚意で関係者用の席を用意して貰わなければ席が確保できなかったかもしれない。
「おやおや随分良い席が用意されてるね」
「有能な秘書官のおかげだ」
──士郎、もうレース場に着いた?
──ああ、グランマもいるぞ
──ありがとう。ねえこっち来れない?
──関係者以外は入れないだろう?
──うん。だから、士郎だけでも来れないかなって
──……少し待っていろ
「スイーピーからの呼び出しかい?」
「よく分かったな」
「スイーピーが関わってるなら分かるよ。──会ってあげて下さいな」
「──そうか。グランマが許してくれるなら会いに行って来るとしよう」
・
スイープの案内に従い、屋内を進む士郎。勿論霊体化しているので、すれ違う職員や他のウマ娘にもバレない。しかしカフェの一件もあるので、隠れられる場所がある時は身を隠していたので、控え室にたどり着くまで少々時間を食ってしまった。
──着いたぞ。入っても大丈夫か?
──誰もいないから大丈夫よ
ドアをくぐり抜ける。スイープが言った通り、控え室にいるのは彼女1人であった。士郎がいつ姿を現すのかとソワソワしている。
「待たせたな。沖野はどうした」
「スカーレット先輩達に頼んで連れ出してもらったの」
「そうか。あとで礼を言っておかなければな。さて」
身を屈め、視線を合わせる。
「君なら勝てるさ。何せ私を召喚したマスターなのだからな」
「!! ────その通りよ! スイーピーがこんな所で負けるはずないでしょ!」
「その意気だ。いつか私と会うのだろう?」
「そうよっ。──うん、もう大丈夫。グランマの所に戻ってあげて」
「そうするとしよう」
「士郎。ありがとね」
「──それはこちらのセリフだ」
・
出走者が揃う。
同世代の中でもスイープは小柄な方だが、萎縮する様子は全く見られなかった。虚勢ではなく、自信に裏打ちされ、実に威風堂々とした態度。スタート直前とは思えないほどの勝気な表情は、やはり観客の目を引いていた。そんな彼女の様に、自然と口角が上がる。
号砲を待つ僅かな静寂。
「……」
ゲートが開かれ、一斉に走り出す。同時に空に溶けきらない歓声が上がる。
蹄鉄が芝を抉り、宙を舞う。散った土が肌を汚す。そんな些細以下のことを、誰が気にするものか。誰もが闘志を剥き出しに、相手に噛み付かんばかりの形相で走っている。しかしそこに邪な思いはなく、どこまでも純粋に勝利を求めている。命を賭けた闘争しか知らない士郎には、彼女らの姿は何よりも眩しかった。
人が行う長距離走と短距離走を合わせた性質を持つウマ娘のレースでは、体格が重要なファクターになる。無論それだけが勝敗を決める訳ではないが、ストローク、ポジショニングなどで不利になりやすいことは確かなことである。事実、スイープはバ群に埋もれ、身動きが取れていないように見えた。周りの出方を窺っているのか、スタミナ温存のためか。いずれにせよ、スイープにとっては包囲網もいいところだ。
しかし隙間から見える彼女の目に焦りはない。ならばこの展開は予想されたものなのだろう。
レースが中盤に差し掛かり、バ群に解れが生じ始める。仕掛け始めた者、スタミナを消耗し脱落し始めた者。スイープはその隙を見逃さなかった。加速を掛け、バ群を抜け出し、先頭集団へ狙いを定めた。グングンと加速するスイープは、あっという間に先頭集団に喰らい付いた。しかし簡単には抜けない。着実に抜かしつつも、レースは既に終盤戦へと移っている。
デッドヒートが見るものを熱くさせる。
──頑張れ
更なる加速に、観客が沸いた。
ゴールを駆け抜けた彼女は、とびきりの笑顔だった。
・
「────」
吐き出された息に熱が籠っている。
「ふふ、堪能したみたいだね」
「その通りだ。スイープだけではない。皆立派な戦士の顔をしている。世間が夢中になるのも頷けると言うものだ」
「そうだろうそうだろう。でもまだ終わりじゃないよ」
「? 表彰式の事か? そちらも豪華なのか」
「ふっふっふっふ……」
何故か意味深な笑みを浮かべるだけで何も答えないグランマ。隠し立てされる理由が分からず首を傾げる士郎。
するとタイミングを測ったように士郎の携帯(支給品)が鳴る。SNSの通知だった。開くと、スイープの勝利を祝う言葉と、アルファベットと二桁の数字の組み合わせが記載されていた。何の組み合わせであるのか見当が付かず反対側に首を傾げる士郎。
グランマはまだ意味深に笑っている。
「おーい衛宮」
「沖野か。どうした」
「スイープから頼まれたんだよ。次の会場に案内してやってくれってな」
「次の会場?」
「……ホントに知らねえんだな」
「ウィニングライブ知らねえとかどこのお上りさんだよ〜ボブウゥゥ」
沖野の背中からひょこっと顔を出すゴルシ。どうやって隠れていたのかは問わない。その背後には他のチームメイト達もいた。スカーレットとウオッカに軽く手を振る。
「掠りもしない名前で呼ぶな。ここに勤めるまで海外にいたのでな。ウマ娘周りの知識には疎いのだよ」
「こいつの事は気にするな。そちらの女性は衛宮の彼女か?」
「滅多なことを言うな。スイープの祖母だぞ」
「……お孫さんには大変お世話になっております。本日はお日柄もよく」
「あっはっはっは! なるほど、スイーピーと上手くやれるのも納得だよ。これからも頼むよ」
「勿論です!」
・
ライブ
[名・形動]《生の、実況の、の意》
1 ラジオ・テレビなどの録音・録画ではない放送。生放送。
2 生演奏。
3 音や場所が反響すること。残響のあること。また、そのさま。
・
「???????」
「……おお、ボブが見たことねえ顔してやがる」
主役達の登場が近づくにつれ、会場のボルテージは上がっていく。そしてそれと比例するように士郎の脳内は「?」に埋め尽くされていく。
生前のエンタメ知識など欠片も残ってはいないが、それでもどうやってもレースとライブを同列に並べることができないことを鑑みるに、この組み合わせは絶対に普通ではないだろう。
「…………」
会場の入り口で当たり前のようにペンライトを渡されたが、もちろん何に使うのか皆目見当が付かなかった。移動時に暗所を照らすためぐらいしか思い付かなかった。
「ややや! 貴方は使い魔さん改め、衛宮さんじゃないですか。その初々しい感じ、さては初めてのライブ参戦ですね? いつもスイープちゃんとの尊い遣り取りを見せて頂いていますので、よろしければこの不肖、アグネスデジタルが作法をお教え致しますが如何でしょうか?!」
「……ライブに作法があるのか」
「もちろんですとも! そうすればステージ上からスイープちゃんに気づいてもらえるかもしれませんし。あ、それともそんなことしなくとも、分かっちゃう系ですか?! うぅ〜〜ん」
「……自己完結して失神したぞ」
「ほっとけよボブ。そいつは失神が癖になってるんだ」
「そうか……。まあ、人生を楽しんでいるようで何よりだ」
開始直前に復帰し、作法(?)を披露するアグネスデジタルだが、ライブ衣装のスイープ達を見てまた失神しそうになっていた。
一方の士郎は、ウィニングライブという催しの違和感に最後まで慣れることはなかった、とりあえずスイープが楽しそうに歌い踊っているので、良しとすることにしたのだった。