前回の話で、作者の車知識の俄っぷりで議論を巻き起こしたようですみませんでした。(普段乗るのはエブリィとクリッパー)
今度修正しておきます。
※いつも感想・批評、誤字脱字報告ありがとうございます!
「お前、あの『胃袋シェイカー』とか『尊厳破壊マシン(大人限定)』とか言われてるマルゼンスキーの運転でここまで来たのに、何でそんな平然としてんだよ」
「多少荒っぽい運転ではあったが、それだけで酔うほど柔ではないのでね」
「……そういう問題か? ところでその両手にあるものは何だ」
「急遽泊まりになってお前達の大部屋に邪魔する事になったからな。厨房を借りて作った詫びのつまみだ」
「お前……何ていい奴なんだ!」
野太い歓声と、下手くそな指笛が鳴る。布団を敷くために退かされていたお膳を急々と引っ張り出し、冷蔵庫にしまっておいた酒を全て取り出す。そして皆でパクリと食べ。
『美 味 い!』
寝る前に食べる油物というだけでも抗い難い誘惑があるのに、それに加えて絶品と来れば、箸を止められるはずがない。酒を飲まずにはいられない。
「カーッ、酒がうめえ! ていうか、お前家事力高すぎねえか。聞いてるぞお、よく理事長とたづなさんに差し入れしてるって。何だ、お前たづなさん狙ってんのか?」
「中学生みたいな邪推はよせ。アレだけ若い身空で頑張ってるのだから、差し入れの1つや2つはしてやりたくなるだろう。それに前も言ったが、色々と世話になったのでな」
「まあ確かに、理事長に至っては若いを通り越して幼いだからなあ。でも、下心の1つや2つあるだろ?」
「確かに見目麗しい女性と一服できるのは役得だな」
おお、と俄かに騒がしくなるトレーナー陣。確かにたづなは優れた容姿と性格の良い女性であるが、男性トレーナーにとっては頭の上がらない人物であり、畏敬の念を抱かれているのだ。要は恋愛の対象ではないということだ。しかし彼女の恋愛沙汰には興味があるので、こうして士郎から何かしらの言質を取ろうとしているのだ。
「まあ真面目な話、今は例外だが、私は基本的に一所には留まれん仕事をしているのでな。伴侶も恋人も作る気は無いのだよ」
「マジかよ。モテるだろうに勿体ねえな。トレーナーなんて現役じゃあ作れる時間なんてねえっつうのによ」
「仮に恋人が出来たとしても、トレーナー業に現を抜かしてるのだから長続きせんだろうよ。そも、仕事が恋人では浮気になるだろうに」
「だっはっはっはっは、そりゃそうだわな!」
「それに多感な時期の女子だ。トレーナーに恋人が出来たことで調子を崩しかねんだろう」
『そ れ は あ る』
大いに頷く男性陣。四六時中一緒にいれば、親愛なのか恋愛なのか分からなくなることもあるだろう。ケースとして多くはないが、卒業してそのままゴールインも珍しいわけではないのだ。
「ま、俺たちは大丈夫だけどな」
『そうそう!』
「……振る舞いには気をつけるべきだとは思うがね」
・
「うえ〜ん……頭痛いよぉ〜」
死々累々。つまみが美味く、ついつい酒が進み過ぎてしまったトレーナー達は、ここが地獄か、と言いたくなるような頭痛に襲われていた。大の男の口から漏れる啜り泣く声の何と情けないことか。
「だから何度も止めるように忠告しただろうに」
「忠告されて止められるなら、何度もこの地獄を味わうものか……」
「己の意志の弱さ故の事を、さも世の摂理のように語るな。そらスポーツドリンクと梅粥だ。少しでも体調を戻して生徒達にいらん心配をかけさせるな」
「お母さん……!」
「蹴り飛ばすぞ」
どこか遠くで誰かがはーい、と返事をしたような気がした。
・
「おはよう士郎!」
「おはよう。寝坊してないようで何よりだ。これからランニングかね。まだ早いが、それでも暑いからな。気をつけるように」
「分かってるわよ。じゃあ行ってくるわね!」
「ああ、行ってらっしゃい」
という一連のやり取りを見ていたチームメイトや、他チームの生徒は、スイープに倣うように出発の挨拶を士郎に告げていく。そして士郎もいってらっしゃいと律儀に返していく。
「行ってくるわね」
「行って、待ちたまえマルゼンスキー。何故さも当然のように参加しようとしているのかね」
ナチュラルに眼前を通り過ぎようとしていたマルゼンスキーの肩を掴む。危うく見逃すところであった。
「後輩達が頑張ってるとね、ついつい一緒に走りたくなっちゃって。ここに来るのも久しぶりだし。ね? 軽くだけだから」
ジャージとランニングシューズを持って来ていることを鑑みるに、初めから走るつもりだったのだろう。ついついとはよく言ったものだ、と思うが、言葉には僅かに憂いのようなものが帯びていた。中身を察せられるほど人柄を知らないが、現在は合宿に不参加ということは、競技者として引退しているか、引退間近か。いずれにせよ、走ることへの未練があるのだろう。
「……後輩にプレッシャーを掛けない程度に流すんだぞ」
「はーい! 行って来るわね!」
「行ってらっしゃい」
マルゼンスキーを見送った士郎は、理事長に帰る時間が遅くなることを連絡することにした。
『全く構わんぞ。と言うより、どうせなら有休にしてしまえばいいのではないかな。いやそもそも学園が夏季休暇なのだから、衛宮殿も休みではないか』
「夏季休暇?」
『その通り。夏休みだ。……まさか夏休みを忘れてしまったのか? たづなー! 助けてー!』
「待て待て! 知っているとも。ただ私がその対象になることが意外だっただけだ」
『ちゃんと入るぞ? 何を言ってるのだ衛宮殿』
引き気味の声色であった。
『衛宮殿はちょこちょこ我が学園を黒い職場にしようとするから困る。衛宮殿も我が学園の職員なのだから、福利厚生を享受する権利と義務があるのだぞ』
「そういうつもりはないのだがな。まあすまなかった。何せまともに働いたことがないのでな」
そういうことをポロッと言うのも止めて欲しいと思う学園長だった。
「夏休みの件は了解したとして、いずれにせよ戻らねばなるまいよ。財布以外着の身のままだからな」
『む、それもそうか。しかしちゃんと帰って来られるのかね。風の噂ではスイープトウショウは相当駄々を捏ねていたらしいが』
「……まあ何とかするさ」
・
「帰っちゃうの?」
朝のランニングを終え、朝食を済ませたスイープに士郎が話しかけたところ、案の定な反応が返ってきた。周囲の目があるからか、泣く訳でも、喚く訳でもなく、ただ眉根を歪めながら悲しそうに言うだけ。効果は抜群だ! 士郎以外に。
「君の荷物以外何も持ってきていないのだから仕方がないだろう。まさかこの服のまま過ごせと言う訳ではあるまい」
「むう……」
魔術でどうとでも出来るくせに、とでも言いたげな顔であった。実際できるのだが、スイープの水着以外の手荷物を持っていないことは、少なくともマルゼンスキーは知っていることなので、その方法を取ることはできないのだ。
「来ないと言ってる訳ではないのだ。荷物を持って、宿を取り直してまた来るさ」
「ほんとう?」
「本当だとも。だから我儘を言わずにきちんとトレーニングをすることだ。いいな?」
「分かった! 士郎こそ約束ちゃんと守ってね! 一緒に海で遊ぶんだからね!」
「……なるべく善処しよう」
流石に女子学生に混じって海で遊ぶのは抵抗がある士郎であった。
因みに、沖野も士郎が帰ることを悲しんでおり(おつまみがなくなるから)、潤んだ瞳を披露したところ、強烈なボディブローが炸裂。敢えなくリング(食堂の床)に沈んだ。
・
昼間なので帰りの運転は当社比ではなく、きちんと丁寧なマルゼンスキー。
「あの子が、貴方が学園にいる理由?」
「あれだけ露骨なら分かるか。色々と縁が重なってな。彼女に暇を出されるまでは、見守ることになっているのだ」
「それじゃあ一生見守ることになりそうね」
「流石にそれは……ない、だろう」
そうは言ったものの、お暇を出されるところを想像することは難しかった。成人を迎えても士郎士郎と言っている場面が、ありありと想像出来てしまう。しかし実際問題、憂慮すべきことは多々あるのだが、それは一先ず置いておこう。未来に考えを馳せるなんて、早々できることではないのだから。
・
見慣れた景色が見え始める。
「今回は助かったマルゼンスキー。ガソリン代と迷惑代だ」
と、諭吉を1枚渡す。
「あら、後輩達と楽しく走れちゃった上に、あなたとも仲良くなれたのに、お金まで貰っちゃうなんて悪いわよ」
「大人の面子を保つために貰ってくれると助かるんだがな」
「んー。じゃあこうしましょう。料理上手って噂のあなたのスイーツを食べてみたいわ」
「誰が言ってるのか知らんが……なら腕によりをかけて作らせてもらおうか」
「楽しみにしてるわ。あ、噂してるのは、と言うか言い回ってるのはマックちゃんよ」
「予想通りだな。む、ここらで止めてくれ」
「学園までまだあるわよ」
「旅行用品など何も持っていないからな。調達せねばならん」
「あら、何だかんだ楽しみなんじゃない」
「……かもしれんな」
路肩に停車した真っ赤なスーパーカーから現れたる褐色の偉丈夫。当事者達は全く気にしていないが非常に目立っていた。
「では気をつけて帰るんだぞ」
控えめに発進する車を見送り、デパートに足を向ける。
やることは多岐に渡る。用具を買い揃えること、現地の宿の確保、現地までの交通手段の確認と手配、有休申請など。まともな社会生活を送っておらず、且つ生前の記憶がほとんどない士郎にとっては初めての作業と言って良いだろう。
最悪たづなに頼むかと考えながら歩いていると、この炎天下を黒のパンツスーツの女性が前から歩いてきた。思わず足を止め注視してしまうが、別に彼女の出立ちが士郎の琴線に触れた訳ではない。服装、気温、紅潮した顔、覚束ない足取り。これだけの材料が揃っていれば、声を掛けるかは別として誰でも注目するだろう。
士郎は素通りできる訳がないので普通に声を掛けようとしたが、それよりも先にフラリと体が傾いていた。
「大丈夫かね」
肩を掴み転倒を防ぐ。
「…………ああ、すみません。いつも通り足が縺れただけですから」
「それはそれで心配になるが……。どう見ても熱中症の兆しが出ている」
問いかけへの反応の遅さから見ても間違いないだろう。幸い近くに知己の喫茶店があるから、強引にでも連れ込むしかない。
「すまんな、もし約束があるなら先方には私からも訳を話させてもらおう」
そう言って引き摺るようにして入店。何事かと驚く店主に、水のピッチャーと氷嚢を注文。エアコンの当たりが一番のソファに座らせ、上着を脱ぐように言うが、モタモタとして一向に脱げず、焦ったくなり手助けする士郎。氷嚢とタオル、袋に入った氷水を持ってきた女性店員に、首の両脇、脇の下、足の付け根を冷やすよう伝える。横たわる女性を団扇で仰ぎながら、ストローを刺した食塩水を飲むよう促す。
迅速な対処が功を奏したのか、返答に間はなく、しっかりと飲み干す。
「吐き気はないかね」
「ええ、大丈夫です。……見ず知らずの方に、こんな手間を掛けさせてしまい申し訳ありません」
「構わんよ。目の前で倒れそうになる者を放っておくことは出来んからな。症状もそこまで重くはないから、少しすれば回復するだろう。しかしどんな用事があるのかは分からんが、今日は家に帰ってしっかり休んだほうがいい。まだ暑い時間帯は続くからな」
「いえ、目的地はすぐそこなので大丈夫です」
「常日頃から足を縺れさせているらしい者が言うと、説得力が違うな」
「……常日頃は少し盛りました。2、3日に1回程度です」
「それは常日頃では?」
「……そうですね。しかし既にアポもとっているので」
「熱心だな。ならこれ以上は止めんよ。ただまだ時間に余裕があるなら、そこのデパートで日傘を購入するといい。あると無いとではだいぶ違うからな。あとは保冷の利く容器に水分を入れておくこと」
「はい。重ね重ねすみませんでした」
「さっきも言ったが、構わんよ。では私はこれで失礼するが、しっかりと休んでおくように」
・
「どうぞ。ケーキセットです」
「? 頼んでませんけど」
「衛宮さん、さっきの方からですよ」
「……スマートな方ですね。衛宮さんと言うのですか」
「ここら辺に住んでますし、見ての通り非常に目立つ方なのでまたお会いできるかもしれませんよ」
「そうですか。次お会い出来たら、お礼をしないといけませんね」
・
デパートで買い物を済ませ、学園に戻る士郎。
外はまだ暑く、先の女性は無事目的地に到着したことを祈ってしまう。
学園の外壁に沿って歩いていると、ちょうど校門から出てきたたづなと出会す。
「あ、衛宮さん。ちょうど良かった。今URAから視察に来られている方がいまして」
「ん? ちょうど良かったとは?」
そう返すが、次いで現れた人物を見て納得した。
「意外と再会が早かったな」
「その節はお世話になりました。樫本理子と申します」