コロナ、無事治りました。味覚がイカれたり、今だに咳が出たり、痰が切れなかったりしてますが、伝説じゃないスタフィーで遊ぶくらいには元気です
次話は銀行強盗もするからまた遅くなるかもしれません
「衛宮士郎だ。一応用務員だ」
「一応?」
「衛宮殿はやれることが多彩すぎてな。トレーニング機材の修理、レース場の整備、学園中の掃除・整備、キッチンのピンチヒッター(そろそろレギュラー)などなど。正直凡ゆることを高水準で熟してくれているので、最早一職員を通り越して屋台骨となっているスーパー用務員だ」
「あの食堂で働けるのですか……」
作業の多彩さはさる事ながら、自らの体力の低さを自覚している理子にしてみれば、あのキッチンで働けているというだけで、目の前の男が超人に見えてきた。
「ところで
「ぶっ」
突然の名前呼びに咽せる理子。学生の時分も、社会人になってからも絵に書いたような堅物として過ごして来た理子に、突然の名前呼びを対処できるはずがなかった。
何故そんな反応をするのか分からない士郎と理事長、そしてため息を吐くたづな。
「すみません樫本さん。この人ずーっと長いこと海外にいたので、こういうことをさらっとやってくるんですよ」
「う、噂には聞いたことがありましたが、本当にそうなるんですね」
「わざとか、ってくらい、振る舞いが
「そ、そんなにですか……」
「たづな達は何を話しているのだ?」
「私の悪口だな」
「む! それはいかんぞ! 皆仲良くだ!」
「女の敵になりそうな人の文句を言ってるだけです。悪口じゃないです」
「そ、そうか」
得も言われぬ迫力に、引き気味に頷くしかない理事長。
「あ、そうだ! 彼女だが、まだ時期は不明なのだが、わたしは長期の海外研修に行く予定でな。その間の代理を頼もうと思っていてな。今日は事前の視察だったのだ」
話題転換のため、士郎の最初の質問に答えることにした理事長。
「なんと。皆若い身空で大したものだな」
「衛宮さんほどではないと思いますよ」
「その通りだな。もし何か悩みがあったら衛宮殿に話すといい。人生経験がとんでもないことになっているから、間違いなく有益なアドバイスをくれるぞ」
「過剰な評価はよしてくれ」
「基本的に衛宮さんの自己評価は信用しないでくださいね」
「……本当に信頼されてるんですか?」
・
「夏休み明けにまた視察に伺いますから、その時には貴方の仕事振りも見せて頂きます」
「お手柔らかに頼むよ」
「きちんと拝見させてもらいますので」
「そうかね。……ところで、きちんと水分は補充したかね」
「え、ええ。大丈夫です」
「そうか。まだまだ暑いからな。少しでも体に異変を感じたなら、恥ずかしがらずにどこかの店に入ることだ」
「わ、分かってます」
「それと」
「衛宮さん、流石に大丈夫だと思いますよ」
「そうかね? うっかり水分補給を忘れそうな気がしてね」
士郎の中で理子がどの立ち位置にいるのかはっきりと分かる言葉であった。恐らくポジション的には、トレセン学園の生徒と同じである。
「そんなに心配ならば、駅まで送ったら良いのでは?」
・
過剰な心配に若干の居心地の悪さと羞恥を感じてしまうが、元はと言えば自らが招いたこと。肝に銘じるためにも、甘んじて受け入れることにした。
「あ、使い魔さんが女の人と歩いてる! デート?!」
「駅までの帰り道のエスコートをデートと言うならそうだろうな」
・
「アーチャーさんの彼女?!」
「今日初めて知り合った学園のゲストだ」
・
「あ、スイープちゃんに言っちゃお」
「拗れてしまうから勘弁してくれ。クッキーで手を打たないか?」
・
「……随分と生徒と仲が良いのですね」
「偶々だ。偶々上手いこと、彼女達の逃げる場所になっただけだ」
「逃げる場所、ですか」
「アスリートとして厳しい訓練を課せられることを承知して入学しただろうが、彼女達とてまだ子供だ。全員が全員ではないが、時にはレースから離れることも必要だろう。私はレースやウマ娘の知識を一切持ち合わせていないからな。そう言ったことも含めてちょうど良かったのだろう」
「しかし、それは……堕落に繋がってしまうのでは。貴方の言う通り、彼女達はまだ子供です。行動を律する大人がいなければ、勝てるレースにも勝てなくなってしまう」
「ふむ。確かに、皆が皆バランス良く息抜きできる訳ではないし、理子の言う通り、律しなければならない生徒もいるだろう。しかし同様に皆が皆、厳しく律せられることを良しとする訳でない。自分で考え、実践することが肌に合っている子もいる。結局それは向き合って話し合うことでしか分からない。初めから決めて掛かると、君も生徒も徒に傷つくことになる」
「……そういうもの、ですか」
「そういうものだ。私はトレーナーではないが、勢いで突っ走って痛い目を見た男からのアドバイスとして頭の片隅にでも置いておいてくれ」
「……覚えておきます」
・
歩道橋の階段で足を滑らせかけた以外は特に何事もなく駅に到着。
「本日は色々ありがとうございました。いずれ、またお邪魔しますので、その時はまたよろしくお願いします」
「うむ。その時は事前に連絡をくれ。迎えに行こう」
「……そんなにですか?」
「ヒールは止めた方が良いのでは、と言いたくなる程度にはな」
「そんなにですか」
「そんなにだな。電車を降りてからも気をつけるといい」
あまりに言われるのが少し癪に障り、これでもかと慎重に構内の階段を昇る理子。一歩一歩踏み締める様は、リハビリ途中の患者のようであったと言う。
・
夜。未だに操作に慣れぬスマホを使い、宿を探しているとスイープから念話が届く。
──士郎、今平気?
──構わんよ。ちょうど宿を探していたところだ
──近くでお祭りがあるみたいで、一緒に行きたいから日にち合わせられない?
──了解した。確認してみよう。練習は捗っているかね
──凄く大変よ! 砂浜は走りにくいし、海は波のせいで泳ぎにくいし!
──なるほど。捗っているようで何よりだ。合宿を終えた後の走りを期待していよう。しかし大変だけではないのだろう?
──……まあ、そうね。合間合間で遊ばせてくれるし、皆で一緒にお風呂入るのも楽しいかな
──満喫できているようで何よりだ。土産話を楽しみにしておくとしよう。……ふむ、祭りの日にちには合わせられそうだな
──本当?! 色々回るんだから、ちゃんとお腹空かせときなさいよ!
──分かった分かった。では、また前日にでもこちらから連絡するとしよう
──ええー。もうちょっと話さない?
──今は合宿中なのだから、早めに寝てしっかり体を休めたまえ。そちらに行った時に満足するまで付き合ってやるから我慢するんだ
──うう〜……分かった。我慢する
──良い子だ。ではお休み
──うん、お休み
・
「この期間で夏季休暇を取りたいのだが、構わんかね」
「大いに結構! いつまで経っても取得予定日を言ってこないから、有耶無耶にしようとしているのかと思ったぞ」
「信用がないな」
「自分の胸に聞いてみるといい!」
「因みに君達は取っているのかね」
「……」
「……」
サッと目を逸らす2人。
「あまり私が言えたことでもないが、私と違って君達は普通の人なのだからあまり無茶をしないようにな」
「?」
「?」
士郎の物言いに揃って首を傾げる2人。
「君達、ちょこちょこ私がどういう経緯でここにいるか忘れるな」
「??」
「……あ! わ、忘れてませんよ! ただベテランの用務員さんって勘違いしてるだけです!」
「変わらんのではないかね。ほら休暇届だ」
無事受領される。
「ところで現地まではどうやって行くんですか」
「公共機関で行くには確かに不便な場所だったが、それ以外方法がないからな。それにたまには電車旅も良いだろう」
「マルゼンさんに頼んだら喜んで出してくれると思いますよ」
「流石に二度も出してもらうのは気が引けるし、得体の知れない男を乗せて彼女の評判に影響が出ても悪いしな」
酔わないどころか顔色一つ変えずに雑談まで難なく熟したことで、マルゼンスキーから同乗者としての評価が爆上がりしているのだが、士郎がそれを知る由はない。そして、幾分か改善しているとは言え彼は基本的に自己評価は低めなのだ。
「そんなこと気にしないと思いますけどねえ」
士郎と別れて帰ってきたマルゼンスキーと遭遇したたづなは、彼女の口から興奮気味に色々と聞いているのだ。今度はどうにかしてレース場に連れて行きたい、とまで言わせているのだから。
・
そして1週間後。早朝に出立。河川敷を通り駅に向かっていると、道中でジョギング中のミスターシービーと遭遇。2〜3分ほど立ち話をして別れる。更に数分後。今度は赤い飾り紐を揺らした生徒と遭遇。ミスターシービーを見なかったかと尋ねられたので、先ほど会話したからそう遠くまでは行ってないだろうと伝える。手を振りながらお礼を言い、走っていく姿を見送り、移動を再開。
随分早くから走ってるんだな、と感心する士郎だったが、後日に真相を聞き頭を抱えたという。
・
日が昇るにつれ、車内は俄かに混み出す。普段電車を使わない士郎からすると、社会人のウマ娘というのは珍しい存在であった。今顔見知りの生徒達もいずれはこうなるのだな、と思うと同時に、肝心のスイープは社会人になった姿をまるで想像することができなかった。まだ中学生だから、と言われればそうなのだが、高校生の姿も想像できないのだから、スイープ=わがままの図式の強さたるや。
つつがなく旅は続く。
ふと思い立ち時間の空く乗り換え時に、沖野へ電話。
「今日そちらに向かうが、何か必要なものはあるか?」
『おうスイープから聞いてるぞ。スイカ割り用のスイカが何者かに食べられたから買ってきてくれ』
「犯人の候補がだいぶ絞られていそうだな」
『後花火だな。ゴルッシ君の大発明! とか言って、全部纏めて火ぃ付けやがってよ』
「その例えは知らんが、まあ彼女ならやりそうなことだな。分かった、スイカと花火だな。用意しておこう」
『後、衛宮の手によって美味しいツマミになる食材』
「……二日酔いになるほど深酒をしないと言うなら、作ってやろう」
『ママッ……!』
「また殴るぞ」
『ごめんなさい。マジで勘弁してください』
・
宿に到着して早々に地元のスーパーに向かう。
スイカ割り用だが、割った後に食べるのだから雑に選んではいけない。吟味する姿はまさに威風堂々。只者じゃねえ、と地元の主婦を戦慄させる。
そしてツマミ用の食材を吟味。最早睨みつけると言っても過言ではない、鷹の如き鋭き眼差し。
花火は別の籠に雑に突っ込んでいく。
スイカを3個というだけでも相当な重量であるのに、その他の食材も手に持って軽快に歩く姿に、やはり只者じゃない、と思われる士郎。
スーパーを出て海沿いの道をある程度歩くと、人目がなくなってきたため、早めに走る。スイカやら食材やらが痛まないように細心の注意を払いながら走る。10分程走っていると、見覚えのある宿が見えた。足を緩め、海岸の方に視線を移す。ビーチフラッグをやっている隣で、冗談のようなサイズのタイヤを引っ張っていた。何とも呆れてしまう光景であった。
階段を下り、砂浜に足を踏み入れる。靴底を通して伝わる感触は、何とも不思議なものだった。
「士郎──!」
砂を体に塗したスイープが尻尾と手を振りながら走ってくる。
「もう遅いじゃない!」
「盗み食いされたスイカやら花火やらを買っていたのでな」
「あー花火ね。ゴルシ先輩が朝から振り回してたわね。で、今あそこに埋められてるの」
指差した先には砂浜から顔だけが露出したゴールドシップがいた。何やらモゾモゾと動いたと思ったら、ぬるんとチンアナゴのように脱出。近くにあった水を飲むと、再び穴に戻っていった。しかも態々顔をこっちに向けて。
「何見てるんだよ!」
「……私は花火とその他を宿に置いてくるから、スイープはスイカを沖野の所に持っていってくれ」
「分かった。あ、そうだ! ちゃんと水着持ってきたんでしょうね!?」
「……一応な」
「もう少ししたら午前中の練習終わりだから、そしたら一緒に遊ぶわよ!」
「……まあ何だ、遊ぶのは構わんが私のような大男がいると気分を害す子がいるかも」
「じゃあ聞いてくる!」
「しれん……」
言い終えられなかった言葉が悲しげに空に溶けていく。スイープは律儀に全員に聞いて回るつもりのようだった。ここまでされて泳がないというのは流石に気が咎めるし、そこまで楽しみにされてるとなれば悪い気もしない。
──カシャ
シャッター音を模した電子音が隣で鳴った。
「こんにちは。マーちゃんです。貴方が噂の妖精さんですか」