スイープ、エミヤを召喚する   作:日高昆布

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新作日刊にて11位を取れました!
ありがとうございます!

そしてウマ娘の並外れたコンテンツ力にビビりました。PVも感想数もお気に入りも1話でこんなに入るとは思いませんでした。楽しんで頂けるように邁進して参りますので、よろしくお願いします。

誤字報告もありがとうございました。


その2

 スイープはフジキセキに付き添われ顔を洗いに行った。

 一方の室内は妙な雰囲気になっていた。発生源はアーチャーである。非常に辛気臭いものを醸し出していた。瞑目し、皺の寄った眉間を揉み解そうとしていた。

 

「理事長。君の生徒に怖い思いをさせた事、君達にも不快な話を聞かせてしまいすまなかった。互いの過去を夢に見る可能性を失念していた」

 

「無用っ! 本人が受け入れている事であり、アーチャー殿が意図的にそう言う行いをしない事は分かっている! 後、自分を下げる様な事は言わない方がいい」

 

 それは理事長だけでなく、ここにいる全員の共通認識であった。つくづく自分には勿体無い世界だと思ってしまう。

 

「それで、その本題はどうするつもりだね?」

 

 恐る恐る切り出す理事長。契約解除は昨日の時点では了承していたが、たった一晩経ただけで2人の関係性は大きく変化してしまっている。正確に言うならばスイープ側の認識なのだが。少なくともただの使い魔と言う認識ではなくなっているだろう。ともかくその変化した関係性を鑑みると、理事長としては一度保留にして欲しいと言うのが本音ではある。あくまで解除に拘るのであれば、説得の手伝いはするが、間違いなく拗れるだろうし、下手すれば長期的な意欲低下にも繋がりかねない。

 理事長の言外の懸念、そして彼女以外からも同じような心配を多分に含んだ視線がアーチャーに集中する。

 

「……敢えて誤魔化さずに言うが、私がスイープとの契約、ひいてはこの学園での長期滞在を固辞していたのは、私が人殺しだからだ。生前だけではない、守護者になってからも数え切れぬ程に殺した。故に彼女にもここにも相応しくないと思っているのだが……」

 

 未だ答えを出せていないのだろう、再び難しい顔をして黙り込む。まだ直接口にこそしていないが、スイープ本人が、加えて理事長達が契約続行を希望している時点でアーチャーの考えはある種自己中心的なものでもある。そしてアーチャー自身その事を自覚しているのだが、半生と守護者になってから縁もゆかりもなかった裏の世界と一切関係のない環境であるだけに、簡単には承服しかねているのだ。

 

「…………一旦保留にしておこう。今この場で解除云々の話をすれば大暴れするだろうからな」

 

 渋々、苦渋の感情を隠さずに言うアーチャー。対照的に安堵の表情を浮かべる学園側の面々。

 

「あくまで一旦保留だからな。それは忘れないでくれ」

 

 ・

 

「でだ。ここで(しばらく)暮らしていくにあたってこちらから希望がある」

 

 スイープが戻って来たタイミングで(フジキセキは帰宅した)アーチャーがそう切り出した。

 

「……無給で構わんから何か適当な仕事が欲しい」

 

 赤い外套を摘んでいるスイープがキョトンとした顔でアーチャーを見上げる。何変な事を言ってるのだろう、と。

 

「使い魔なんだからアタシの傍にずっといれば良いじゃない」

 

「考えてみたまえスイープ。私は現界に必要な魔力を君から貰っている。対して私は君に何ができる? ここが私のいた世界であれば強力な戦力としているだけで意味がある。しかしここでは違う。与えられるだけで何もしないのでは、タチの悪いヒモ男だ」

 

 アーチャーの迷いを知っている身からすると、今の状況は妥協してもらった上でのものと言う認識だ。それを鑑みれば霊体化して自由にしてもらっても文句は言えないのだが、微塵もそんな事を考えていない様子に、皆が薄々思っていた事が確信に変わっていく。

 

 ──とても生真面目だ……

 

 その生真面目さはこの場にいるあるウマ娘が気不味そうに目を逸らしてしまうレベルだ。

 

「とは言え簡単でない事も重々承知している。しばらくはスイープの背後霊をやっておく」

 

「勤勉っ! しかしそれを考慮するにあたっては、アーチャー殿の得意な事を把握しておく必要がある」

 

「ちょっとご主人様を差し置いて話を進めないでよ!」

 

 とんとん拍子に進んでいく話に危機感を覚えたスイープが待ったを掛ける。もちろん理屈の通った反論など無く、それを承知している皆からの生暖かい視線に晒され怯む。微笑みさえ混じった視線に頬が紅潮していく。

 

「待ちたまえスイープ。こうも考えてみろ。私の容姿は見ての通り非常に目立つ。それに着飾ればそれなりに映えるだろう。そんな男がもし有事の際に君の言葉に付き従い、君の指示で八面六臂の活躍を見せたらどうなる?」

 

 そのシチュエーションを想像しているのだろう。目を閉じ、うむむと唸るスイープ。そして笑顔になる。賞賛されている場面か、それとも自分も一緒に活躍している場面なのか。

 その手慣れたノせ方に、理事長は彼女と、そして似た気質の生徒達のトレーナーをやってくれないかな、と考えていた。

 

「私の得意な事だったな」

 

 その様子を見て問題なしと判断したアーチャーは、妄想に耽るスイープをそのままに話を進め始めた。

 

「さてここで使えそうな事と言ったら調理、は目立つ可能性があるからダメだな。弓道部での指導、は学園の性質的に部活に熱を出す生徒はいないか。となると機械の修理を中心とした雑用か?」

 

「……アーチャーさんに雑用、と言うのは恐れ多いような。と言うより弓道は納得ですけど意外な特技ですね」

 

 たづなが苦笑しながら言う。

 

「料理の出来ない家族が多かったのでね、自然と上達したのさ。機械修理は魔術の訓練を兼ねていたら、と言う訳だ」

 

「僥倖っ! 我が学園ではトレーニングマシンを筆頭に凡ゆる機械が酷使されているから、それを業者を通さずに修理できるなら予算の節約にもなる! しかし無給と言うのは逆に心苦しいな」

 

「とは言え、使う宛も無いのでね」

 

「課題っ! 何かそれに代わる物を考えておこう! さて、アーチャー殿の雇用については準備が出来次第スイープ君に知らせよう」

 

 と言った所で主だった議題は終了となった。そう思うと精神的な疲れがドッと押し寄せる。今日は各々の業務を早々に終わらせて早めに帰宅しようかと考える程だ。

 

「話は終わったわね! じゃあ今からこのスイーピーが学園を案内してあげるわ!」

 

 胸を張りながら言うと、了承も得ぬままアーチャーの手を掴み引っ張──ろうとしてもんどり打つ。ジト目で睨み、もう一度引っ張ろうとするが驚異的に不動。

 

「何でよ!」

 

「君のアクティブさは長所でもあるが、一度立ち止まってみたまえ。こんな格好をした部外者の私を連れて歩く気かね」

 

 言われてアーチャーの格好を改めてマジマジと見る。黒いボディアーマーと、中途半端な面積の赤い外套。昨日は興奮のあまり、今朝は悲しみのあまり気にしていなかったが、今改めて思う事は。

 

「……そう言えば変な格好ね」

 

 本当に物怖じしない子だな、と理事長達を戦慄させる。

 

「伊達や酔狂で着てる訳では無いのでね。それにこれはさる聖人を包んだ聖骸布だぞ?」

 

「せーじん、せーがいふ……そう!」

 

「……まあ普通に生きてく上で知らなくとも大丈夫な単語だから気にするな」

 

 口角を微かに上げた笑みは誰がどう見てもバカにしたものだった。

 

「今アタシの事バカにしたでしょ!」

 

 ブンブンと手を振り回すが、額に添えられた手一つで見事に抑え込まれていた。文字通り片手間である。しれっとやっているが、ウマ娘達には割と衝撃的な光景であった。

 

「気のせいだろう。さて、そう言う訳で着替える場所が欲しい」

 

「でしたら隣室をお使い下さい。一応私の待機室ですけど、ほぼ使ってませんので」

 

「ありがとう。スイープいつまでもじゃれ付くな。それともこのまま隣室まで押して行こうか?」

 

「何言ってんのよ!」

 

「ではいい加減大人しくしたまえよ」

 

 意外な一面、と言うにはアーチャーの為人(ひととなり)を知らなすぎるが、実に楽しそうに揶揄っていた。

 

 ・

 

 ノック音。着替え終えたアーチャーが戻って来た。

 黒いワイシャツに、同色のチノパン。開かれた第2ボタンから僅かに除く鎖骨、肘上まで捲られた袖で顕になっている徹底的に無駄を削ぎ落とした筋肉が得も言われぬ色香を放っていた。スイープと学園長は似合ってるなぐらいにしか感じていないが、色恋沙汰にまるで興味のない生徒会3人娘でさえ内心動揺していた。そしてたづなはそこに危険性を感じていた。

 

 ──この格好で外を歩かせるのは危険なのでは? 

 

 この学園は『女』の文字こそ入っていないが、ほぼ女子校である。そんな場所を見慣れぬモデル体型の男前が練り歩いたらどうなる? かと言って生徒の目に毒だから着替えて下さいとも言い難い。と言うよりそんな事を言えば自分がそう思ってるからだと伝えてしまう様なものだ。せめて第一ボタンまで閉めて欲しいか、袖をもうちょっと戻して下さいぐらいなら気まずくならないだろうか。

 

「照覧っ! 我が校の生徒達の勇姿を存分に見て来て欲しい!」

 

 考え込んでいる間に2人は既に出立していた。

 

 ・

 

「スイープ。言うまでもない事だが、事情を知っている者以外がいる場では迂闊な事を口にしないでくれ。誰が聞いてるか分からんからな」

 

「分かってるわよアーチャー」

 

 この外見であってもアーチャーと言う呼び名は目立つだろう。しかし帰還の事を考えればこれ以上のパーソナルな情報を教えてしまうのは避けたかった。過去を知られている以上、ただ悪あがきに近いのだが。

 

「結構。それでどこに向かってるのかね」

 

「食堂よ!」

 

「……何故最初に食堂なのかね」

 

「まだご飯食べてないからよ」

 

「それはいかんな」

 

 案内すると言って最初にする事が食事と言う辺り、中々の唯我独尊ぶりだった。それはそれとして朝食を摂る事は、アスリートでなくても重要であるため異を唱えるつもりはなかった。

 食堂に近づくにつれ、すれ違う生徒の数が多くなってくる。来客証をぶら下げた男性は特に珍しい者ではないが、アーチャーの外見はやはり目立つものであり、視線を集めていた。ちょくちょく投げられる挨拶に律儀に返事をしていると食堂に到着する。土地の規模、見かけた生徒の数から想像していたが、その大きさに思わず声を漏らす。

 

「立派なものだな」

 

「でしょう! それに結構美味しいのよ」

 

「そうかね。所で好き嫌いせずに食べてるだろうな?」

 

「──さあ、早く席取りするわよ!」

 

 アスリートとしてどうなのかと思ったが、そこまで口出しする権利も、口出しされる謂れもないため苦笑に留めた。

 食堂内に入ると、より一層視線が集中する。萎縮するようなメンタルではないが、予想以上の視線にどこかで待っているべきだったかと若干の後悔をする。そもそも友人との食事に得体の知れない男が同席する事自体、相手側からしたら御免被りたいはず。今からでも言うべきか、と考えていると

 

「スイープさーん!」

 

 と、彼女を呼ぶ声。視線をそちらに向けると、昨夜召喚された際に彼女の近くにいた黒髪の生徒──キタサンブラックが立ち上がり手を振っていた。同席している生徒も昨日見た子達だった。呼ばれたスイープは、アーチャーの同席を断られるとは微塵も考えていない様子でこっちよ、と促す。ただ流石に背面が向き合う、本来は歩くスペースではない隙間を通る気にはならないので迂回して向かう。

 

「スイープさん大丈夫ですか?」

 

「ん? 何が? それより改めて紹介するわ! あいつがアタシの使い魔のアーチャーよ!」

 

 改めて、の時点で嫌な予感がして足を早めたが、走る訳にはいかず、敢えなく堂々の宣言を許してしまう。迂闊な事を言うな、と言った傍からこれであるが、たぶんスイープの中ではセーフ判定なのだろう。もっと内容について詰めておくべきだったと後悔する。どうしても今までの常識でものを考えてしまうため、変なトラブルを起こさないために早々に齟齬を埋めなくてはならない。

 

「……はぁ」

 

 今まで感じた事のない前途多難さにため息が漏れる。早く来いの手招きに、敢えてゆっくりと歩くぐらいの意趣返しは許されるだろう。

 

「皆、おはよう。それとスイープ。目の前で食事している子もいるのだから、あまり大きな声を出すものではないぞ」

 

 さてどこに座ろうかと逡巡していると、スイープが促すまでもなく2人が横に移動し、中央に座らされる。昨日あれだけ衝撃的な邂逅を果たしている上、ビコーペガサスとハルウララ相手にメリーゴーランドしているのだから遠巻きにされるはずがない。事実昨夜はアーチャーの話題で持ち切りだったのだ。

 

「じゃあご飯貰って来るから。アーチャーはどうするの?」

 

「私は大丈夫だ」

 

 皆にお披露目出来たのが相当に嬉しかったのか、スキップしながら受け取りに行った。

 さて残されたアーチャーは、今まで感じた事のない居心地の悪さに参っていた。同じテーブルだけでなく、周囲からも視線が集中しているのだ。しかしスイープが帰って来るまで黙りっぱなしなのはいい大人がやる事ではない。

 

「昨夜は遅くなのに騒がしくして申し訳なかったな」

 

「いえいえ! あの、スイープさん大丈夫でしたか?」

 

 黒髪の子が問う。スイープ本人が浮かれて忘れているため顛末が心配なのだろう。

 

「解決済みだが、それについてもすまなかった。理由については話せんが私の落ち度だ」

 

「それなら良かったです!」

 

 あっさりと信用される事にどうしても違和感を抱いてしまう。実に今更な事ではあるが、我ながら擦れたものだと思う。

 

「所で話は変わるのだが皆に頼みたい事があるんだが良いかね」

 

 そう言うと皆が一斉に顔を寄せた。超常の存在からの頼み事。そして気取った話し方がいらぬ誤解を与えていた。

 

「前のめりになってる所すまないが、ただ昨夜の事を口外しないでくれ、と言う事と見ていてここにいない生徒にも伝えてほしいと頼みたかっただけだ。まあ信じる者がいるとは思わんがね」

 

 そこまで言ってから、女子生徒──キングヘイローに手を引かれて歩いている昨夜文字通り振り回したハルウララが見えた。

 

「……訂正だ。信じそうな生徒もいるだろうから他言無用で頼む」

 

 皆がアーチャーの視線を追い、誰を見て言ったのかを確認し納得する。この学園は中高一貫校であり、それこそ中学一年生ともなれば小学生と大した違いはない。

 

「あ、昨日の使い魔さんだ! おはよー!」

 

 満面の笑みで挨拶をするハルウララ。キングヘイローが尻尾をつんと上向かせ、加えて耳と顔と身振り手振りでこれでもかと仰天している。

 こちらに一直線に走って来るハルウララを無視など出来ようはずがなく。テーブルの端から身を乗り出す彼女に、硬い笑顔を添えて手を振りながら挨拶を返す。

 

「おはよう。ここには他の生徒もいるからもう少し声を抑えた方がいいぞ」

 

「ウララさん! 食堂なんだから走ってはダメよ」

 

「あ、そうだったね。ごめんね2人共! 使い魔さんもご飯?」

 

「……呼び方はアーチャーで頼む。スイープの付き添いだよ」

 

「分かった、アーチャーさんね。わたしはハルウララって言うの! よろしくね!」

 

「よろしく……」

 

 彼女の自己紹介で、テーブルに座っていた面々は自己紹介していない事に気付き順繰りに名前のお披露目会となった。

 悉く、いっそ清々しい程に目論みが外れていく。凡ゆる事で読みを外している現状に、自分の心眼は実は役立たずなのでは、と言う疑念さえ浮かんでしまう。

 

「あ、こら! ご主人様差し置いて何楽しそうな事してるのよ!」

 

 自分を混ぜない談笑を許せないスイープが条件反射で割って入る。その発言にハルウララが食い付く。状況はどんどんカオスになっていく。アーチャーの気分は波間に揺れるビニール袋だった。

 

 ・

 

 わちゃわちゃのまま食事が終わり、食堂を後にする2人。

 経験の無い類の気疲れにため息が漏れる。

 

「次はどこに行くのだね。出来れば静かな所を希望したい」

 

「なら喜びなさい! たぶん静かな所よ!」

 

「たぶん……」

 

「武道場よ!」

 

 ・

 

 学生時代の、少なくとも学校に関する記憶が残っていないアーチャーであってもその武道場が大きな物だと言う事は分かった。

 玄関は開かれているが、中から物音は聞こえてこない。学園の性質上、生徒全員陸上部員のようなものだからここで汗を流す生徒はあまりいないのだろう。

 

「しかし意外だな。君が武道を嗜んでるとは」

 

「? やってないけど?」

 

「では何故ここに?」

 

「使い魔の弓の腕前を見せて貰おうと思って!」

 

 弓道場へ続く扉を開こうとしていたスイープが振り返り言う。良い笑顔である。

 まさに猪突猛進。思い立ったら実行せずにはいられないと言うのか。回数を追う毎に重く深くなるため息。

 

「許可は取ったのかね?」

 

「……取ってないわね」

 

「知っているとも。朝からずっと一緒にいるからな」

 

「無いとダメなの?」

 

「当たり前だろう」

 

「誰に聞けば良いのかしら」

 

「知っている職員が理事長とたづなしかいない私に聞くかね」

 

 そんなコント染みたやり取りが聞こえたのだろう、弓道場の扉が開かれた。袴を着た短い前髪に白い星の入った栗色のロングヘアーのウマ娘が立っており、上下に差の激しいコンビに柔和な声色で話し掛けた。

 

「どうされました?」

 

「練習の邪魔をしてすまない。話を通さないまま見学しにここまで来てしまってね。もしここに責任者がいるのなら可能なのかを尋ねたいのだが」

 

「私1人しかいないので構いませんよ。でも次はきちんと確認しましょうね?」

 

 と、スイープに視線を移して言う。自身の不手際を自覚したのかバツが悪そうに顔を背けた。そんな反応に、あらあらと言い笑う彼女。

 促され中に入る。一面の板敷。壁際には弓立が置かれており、グラスファイバー製や竹製のもの、並、伸と各種揃えられている。今使っているのが1人なため、弦は張られておらず本体に巻き付けられている。

 スイープは見た事のない弓を興味深そうに観察し、アーチャーはその横の壁に貼られている弓の強さが記載された紙を見ていた。ハルウララやビコーペガサス、スイープに戯れ付かれた時に実感していたが、やはり成人男性を遥かに凌駕する膂力を持っているようで、全体的にかなり高い数値になっていた。

 

「何見てるの?」

 

「弓の強さだ」

 

「ふーん。アタシでも引ける?」

 

「素人がやっても矢を飛ばせないし、下手をすれば顔に怪我をするだけだから止めておけ」

 

「外での会話が少しだけ聞こえてましたが、経験者の方なんですね」

 

 と、後ろから袴のウマ娘が声を掛けた。

 

「そうよ! 何てたってアーチャーって名前なぐらい上手いんだから!」

 

 自分の事では無いのにこれでもかと胸を張るスイープと、呆れ顔のアーチャー。

 

「ふふふ、アーチャー(弓兵)ですか。ここに来る事を運命付けられているようなお名前ですね」

 

 そんな2人の対照的な様子が可笑しかったのか、口元を隠しながら控えめに笑い声を上げる。

 

「でしたら引いてみます? 私としてもそんな渾名を頂戴する方の射を是非とも見てみたいので」

 

 渡りに船と言わんばかりの提案に、スイープは目を輝かせる。期待の篭った2人の視線に、アーチャーは苦笑いで応じた。

 

 ・

 

 予備のかけと胸当てを借り、伸弓と矢を1本携え、中の的前に立つ。

 視線の先にある鏡に写る自分を見る。普通の人間のような出立ちに失笑しそうになる。

 ──足踏み

 

 ──胴造り

 

 ──弓構え

 

 ──打起し

 

 ──引分け

 

 ──会

 

 ──離れ

 

 ──残心

 

 ・

 

 あまりに完成し過ぎた射法八節はどこか空虚的でいて、そしてどこまでも美しかった。その射が必中なのだと、結果を見る前に分かった。決して常人には至れぬ境地。

 これを見ているのが自分だけなのが勿体無く、そして自分だけなのを安堵した。

 

「お見事です」

 

 どれだけの言葉を重ねても足りない。故にその短い言葉に万感の思いを込めた。

 

「ありがとう。久しぶりにやったが、悪くないものだ」

 

「また引きたくなったらいつでも」

 

「気が向いたらそうしよう」

 

 一方のスイープは、武道の心得が無いながらもその絶技に感じ入るものがあったのだが、それを表現する語彙がなく、口を半開きにして唖然としていた。些か以上に間抜けな顔に、溜め息と共に顎を押し上げられた。

 

 ・

 

 図書室に行ってスイープ厳選の魔法関係の本を紹介され、食堂で昼食を摂り、ジムに案内されそうになり、三女神を紹介され、食堂でおやつを摂り、花壇でホース相手に悲鳴を上げているエアグルーヴを目撃し、ライブの練習風景を見たりして、気付けば時間は夕方となっていた。

 スイープが最後に連れて来た場所は、この学園最大の特徴と言える4つのコースを備えたトラック。

 空の色はとっくに茜色になっているが、まだ多くの生徒が汗を流しながら走っていた。勿論自身とは比較するべくもないが、とてもそんな速度を出せるような体躯をしていない女子が時速70km前後で走り、鎬を削り合っている光景は新鮮なものだった。

 

「中々見応えのあるものだな」

 

「そうでしょう! アタシはここでグランマが教えてくれた『レースの魔法』を使えるようになるの!」

 

「ほう。レースの魔法とは大きく出たな。それはどんなものだ?」

 

「……まだ分かんない」

 

「そうかね。ならばそれが見付けられる事と、良き理解者が現れる事を祈っておこう」

 

「……アンタは手伝ってくれないの?」

 

「残念だが手伝える事が何も無いのでね」

 

「……ねえアーチャー」

 

 視線はトラックに向けたまま。帽子のつばに隠れ、表情は伺えない。

 

「アンタ帰る気でしょ」

 

 確信に満ちた言葉と、自身を見る目が誤魔化しを許さないと言っていた。

 

「……意外に聡いな。何故分かった?」

 

「……名前教えてくれないし。先の事話すとはぐらかすし。……何でよ」

 

「……過去を見たのなら分かるだろう。私は人殺しだ。この学園にいる事、そして君の後ろに立つ資格は無い。逆に尋ねるが、何故そこまで拘る。君が本物の魔法使いだと言う事は、一部ではあるが証明せしめた。それ以上何を望むのだ」

 

 トラックを後にする生徒が奇異な組み合わせの2人を遠巻きに眺めている。活気に満ちていたトラックに静寂が満ちつつある。

 

「……アタシが夢で見たアンタは、いつも傷だらけだった。楽しい事も嬉しい事もしないで、ずっと戦ってた。全然笑ってなかった。アタシは、それが」

 

 嗚咽が漏れ始める。言葉を紡ごうとしても、喉で引っかかり出て来ない。それでも涙を拭い、深呼吸し、必死に自身を落ち着かせようとする。

 

「アタシはそれが納得出来ない。だからせめて、アタシと契約してる間は、アンタに楽しいとか嬉しいって事をいっぱい感じて欲しいの。アンタがいずれ守護者って仕事に戻らなきゃならない事も知ってる。でも今までいっぱい頑張ったんだから、少しぐらいサボったって良いでしょう」

 

 アーチャーからの反応はない。口を僅かに開いては閉じるを繰り返していた。藍色と茜色の混じったどっちつかずの空。

 無言の時間が只管に怖かった。

 不意に耳を打つ溜め息。それに込められた感情が分からず、不安から体が跳ねる。

 ぼすっ、とやや乱暴に頭に手が置かれる。

 

「今日一日振り回されていたから、君が優しいと言う事を忘れてたよ。これからも頑張ろうとは思っていたが……。『今まで頑張った』か。そんな風に考えた事はなかったな」

 

 日は完全に沈み、藍色の空が広がっていた。

 離れていく手を追う。背中を向けたアーチャーは腕を組み、空を仰ぎ見ていた。

 

「衛宮士郎。それがオレの名前だ。よろしく頼むぞマスター」

 

 振り返りながらそう言った士郎は、少年のような笑みを浮かべていた。

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