ただこのキャラが誰であるのかは、もう少し後の展開で明かそうと思ってます
あと、このキャラがサブレギュラーになることはありませんので。もしその展開を期待していた読者の方がいましたらごめんなさい。
いつも批評、感想、誤字報告ありがとうございます
アスリートとして、各々自身の体についてはマメなケアを行うことは当然以前のことである。
トレーナーも日々の走りの中で違和感がないか、常に目を光らせている。勿論、それだけで全ての異変を察知することはできない。特に病気などがそうだ。競技にかまけて命に関わる病を見逃した、などあってはならない。
故に、トレセン学園では医師を招き、1年のうちに不定期で健康診断を数回実施している。その結果によっては生活指導や、改善まで練習の禁止、場合によっては競技人生に終止符、ということもある。
生徒達も健康診断が重要であることは勿論分かっている。分かっているが、毎回逃亡したり、部屋に立て篭もる生徒が一定数発生する。
それは何故か。
注射が嫌だからだ。
しかしその少人数のために時間を延長したり、再度招くことは難しく、後日指定の病院に連れて行くことになるのだが、これにはトレーナー達も毎回頭を悩ませていた。
信頼関係を損なわぬよう、財布にダメージを与える餌(ご飯)を提案したり、世間の目と闘ったり(デート)しながら、あの手この手で病院に連れて行っているのだ。
そしてここにもまた、籠城を決め込んだ生徒が1人……。
・
「スイープ。ちゃんと健診を受けなければ、最悪レースに出られないんだぞ」
『受けなくても出られるようにして! 魔法使いでしょ!』
「魔法を何だと思ってるんだね。後私は魔術使いだ」
「士郎さんの言うことでも聞かないとはね。中々強情なポニーちゃんだ」
スイープの部屋の前で苦笑する士郎とフジキセキ。そうスイープも注射が嫌で、健康診断をブッチしたのである。今日が病院の予約日なのだが、ご覧の有様である。士郎は困窮したフジキセキから連絡を受け、馳せ参じたわけだが、はてどうしたものか、と顎に手をやる。しかし時間もそこそこ差し迫っているので、霊体化というチート技を使うことを決める。
『霊体化なんてズルでしょ!』
『私は使えるものは何でも使う主義なのでね。ほら、帰ってきたら甘味を用意してやるから行くぞ』
『うにゃあああ!』
小脇に抱えられて出てくるスイープ。ピチピチと魚のように暴れるが、振り解けるはずもなし。
「やれやれ。まだ他にもいるのに、出だしから時間を食ってしまったな」
「大変だね、保育士さんは」
「ここには中高生しかいないと思ってたんだがね」
士郎の登場を手を拱いて待っている生徒の元へと、スイープを抱えたまま向かう。
悪戦苦闘すること十数分。ようやく健康診断をブッチした生徒全員を連れ出すことに成功。甘い物で釣ったり、肉で釣ったり、魔術見せてやるで釣ったり、ヒーローごっこに付き合うで釣ったり。しかしこれで終わりではない。引率も本日の業務である。そして後日には美浦寮の引率も控えている。
常であれば保護者がいるのだが、彼女らのトレーニング時間を取るぐらいなら、と自ら志願したのである。中等部から高等部まで満遍なくいるのは予想外であったが。
「……なんだ」
「何も言っとらんよ」
最年長のナリタブライアン。心なしかくわえている枝も萎れているように見える。
「アンタだけ受けなくて大丈夫なんて狡いだろ」
「仕方がなかろう。針が刺さらんのだから」
「! そうか!」
「何がそうか、なのかは知らんが、もし採血を妨害しようとしたら勿論焼肉はなしだぞ?」
「……」
耳と共に垂れ下がる枝。
ウマ娘なのに牛歩戦術で時間稼ぎをしようとする生徒達を鼓舞すること1時間。ようやく病院に到着。
13階段を前にしたような絶望感を露わにする生徒達の手を引き、担当医に引き渡していこうとするが手を離してくれなくなったので、やっぱり小脇に抱えて運ぶことにした士郎。
「やめろ」
流石にそれは高校生のプライドが許さなかったブライアン。距離を取るうちにまんまと担当医と看護師に捕まる。
「謀ったな……!」
「何もしてないが」
とんだ濡れ衣を着せられつつ、皆からの澱んだ視線を受けながら見送る。
ここはトレセン学園以外からの健康診断も行っているため、時間はそれなりにかかるだろう。病院でできる暇つぶしなどそうある訳がなく、とりあえず待合室の椅子に座ることにした。
病院特有の臭い。鼻腔を刺激すると同時に、わずかに過去が顔を覗かせる。
特に何をするでもなく天井を眺めていると、鼻を啜るような音を耳が拾った。立ち上がり音の出所を探る。待合室ではない。少し距離があり、しかし音の通る場所。
「……」
階段に通じるドアを開けると、膝を抱え、顔を埋めた男児がいた。光が差したことで、士郎の存在に気付いたようだ。顔を少し動かし、涙に濡れた目で士郎を見た。
腰を下ろし、視線を合わせる。
「どこか痛むのか?」
首を横に振る男児。
「何か悲しいことがあったのか?」
少し間を置いてから再度首を横に振る。
「そうか。なら、少し私に時間をくれないか?」
予想外の反応だったのだろう、驚いた顔を見せた。
「そら、とりあえず顔を拭くといい」
差し出されたハンカチを受け取り、しばし逡巡するが、言われた通り顔を拭う。
「実は私はこう見えても手品師でね。感想を聞かせて欲しいのだよ。さて、まずは小手調べだ」
手のひらと甲を順に見せ、何もないことを確認させる。そして一度手を握り、開くとそこには一枚のコインが。目を丸くする男児。
「ではこれを握ってくれ」
言われた通りコインを握る男児。そこに自身の手を重ね、軽く揺する。手を離し目配せをすると、恐る恐るといった様子で手を開く。
「?!?!?!」
しっかりと握っていたはずのコインがなくなっていることに、興奮や驚きよりも混乱が先に来た男児。そしてそのコインを士郎が持っていることで、更なる混乱が男児を襲った。そのコインを再度手渡す。マジマジと見つめ、感触を確かめ、そして事態を飲み込み、士郎に尊敬の眼差しを向けた。
「す、すごい……! 他には! 他にはどんなことできるの!」
「そうだな……。ではここに1枚のティッシュがあるだろ」
ヒラヒラと動かし、触れさせ、何の変哲もないティッシュであることを確認させる。そのティッシュをクルクルと捻り、紙縒りを作り、強化を施す。
「触ってみるといい」
「硬い……! どうやったの?! すごい!」
プラスチック程度の硬さになったティッシュを弄ぶ男児に、最初にあった暗い雰囲気はなくなっていた。一安心する士郎。
すると、背後の扉が開く。
「あ、お姉ちゃん」
迎えが来たのか、と振り返ると顔見知りのウマ娘が立っていた。
「おや、ケイエスミラクルの家族だったのか」
「え、衛宮さん? どうしてここに」
「何、少し手品の練習に付き合ってもらっていただけだ」
「このお兄ちゃんすごいんだよ! 僕が握ってたコインを消しちゃったり、ティッシュを硬くしたりできるんだ!」
士郎の正体を知っているケイエスは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、こちらを見て唇の前で人差し指を立てたことで、凡その事態を把握することができた。
「ありがとうございます、衛宮さん」
「構わんよ。私も入院中の寂しさは経験があるからな」
・
ケイエスに手を引かれながら手を振る男児を見送り、そこから更に1時間ほど待ち、漸く連行されて行った生徒達が帰って来た。なぜそこまで注射が嫌いなのかは理解できないが、まあまあの憔悴ぶりであった。その鬱憤は食事で晴らされることとなった。食堂の臨時助っ人の経験があるため、ウマ娘の団体予約が可能で、かつ食べ放題の店をチョイスしたが、正解だったなとしみじみと実感する。
因みに後日、どこから漏れたのか極一部の生徒に指を咥え、腹の虫の音と共に凝視されることとなった。
・
「あの、衛宮さん。相談があるんですけど」
ある日。今年の役目を終えた扇風機の掃除をしていた士郎の元を、ケイエスが訪れた。
「どうしたのかね」
ソファーを勧め、お茶を出す。
「この間病院で会った男の子のこと覚えてますか?」
「勿論だとも。弟は元気かね」
「ああ、いや、あの子はおれの弟じゃなくて、レクで会った子なんです」
「小児病棟のレクを手伝ってるのか。偉いな」
「おれもあの病院にはお世話になってるので。その恩返しですよ。それであの後、あの子が他の子達に衛宮さんのことを話したら、皆も見たいって言い出しちゃって」
「構わんよ」
申し訳なさそうに言うケイエスと、考える素振りもなく快諾する士郎。間髪入れずの返答に、逆にケイエスがキョトンとしていた。
「……良いんですか?」
「言ったろ? 私も入院中の寂しさは経験があるとね」
「あれ、本当のことだったんですか」
「私も昔は普通の人間だったからな。魔術絡みの事故に巻き込まれたのさ。まあ入院中のことや、その原因のことは大分忘れてしまっているがな。すぐに思い出せるのは、私を助けた時の切嗣、爺さんの顔ぐらいか」
少し懐かしむように言う士郎。そこまで深く話をしたことのないケイエスにとって、士郎がそのような表情をすることは意外であった。
「……どんな表情だったんですか?」
「助けられたのは私の方なのにまるで自分が助けられたような顔で、感謝の言葉を言われた、ような気がするな」
それはケイエスにとって、小さくない衝撃を伴うものであった。感謝とは助けられた側が感じるもの、と言うのが当然の価値観であり、それ以外はないと思っていたからだ。そしてその後の生き方で以て、謝意を伝え続けることが義務なのだ、と。
「おっと、話が逸れたな。今言った通り、手品師に扮するのは構わんよ。ただ確認したいのだが、女児もいるかね」
「え、ええ。いますよ。それが、どうしました?」
「私が投影できるもので、女児にウケそうなものがなくてね。何か良い案はないかね」
「女の子が喜びそうなもの、ですか。……花、とかですかね」
「残念だが花は投影できなくてね。いや、造花ならできるか?」
「造花ですか。どこに売ってるのかな。……あ」
同時に、造花をたくさん持っていそうな生徒に思い至る。と言うか、間違いなく持っているであろう。互いに顔を見合わせ、恐らく同じ生徒を思い浮かべていることを察し、少し笑った。
・
「もちろん持ってるとも! しかし、普通の造花では物足りなくないかな? 僕と言う神々しい花も如何かな?!」
「……いきなり神々しい花を見ては、目が肥えてしまうからな。目が慣れてからの方が良いだろう(君のような濃いキャラが来ると子供がびっくりするから今回は大丈夫だ)」
自尊心を刺激しつつ、同行をやんわりと拒否する士郎。しかしオペラオーのような前向きな性格は、間違いなく良い影響を与えるだろうからいずれは彼女も参加しても良いだろうとは個人的に思っている。
ダンボール3箱分と言う量を保管してあるとのこと。被りもあるだろうが、それだけあればバリエーションには困らないだろう。片っ端から解析し、投影のストックに入れていく。
すると、頭上から複数の影が差した。見上げると、ケイエスに、訪問に同行してくれたフジキセキにオペラオーと、同室のビワハヤヒデの4人が覗き込んでいた。
「どうかしたかね」
「いや何。君がサーヴァントという存在であることは知っているが、その奇跡の御技を見たことがないのでね。是非見てみたいのさ!」
「そうかね。まあ私の投影程度で楽しんでくれるのなら構わんがね」
皆に見えるように手のひらを翳す。瞬きする間もなく、造花がそこに現れた。目の前で見せられた、正しく奇跡の御技におお、と沸き立つ。オペラオーが手に取り眺めていると、溶けるように消え、目を丸くして驚きを露わにしていた。確かにそこにあったはずの造花は何一つ痕跡を残さずに消える様は、まるで白昼夢でも見たかのようであった。
他の魔術師からすれば異端、自身からすれば当然の技術である投影でここまで盛り上がられるのは何とも奇妙な、くすぐったい気分にさせられた。
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「そう言えば先日、妹のブライアンに食事をご馳走してくれたそうで。ありがとうございます。……それで、あいつは野菜食べてました?」
真剣な顔で何を聞かれるのかと身構えていると、そんな健気な姉心を聞かされてしまい思わず笑ってしまう。
「笑い事ではなくて……」
「いや、失敬。そうだな、あの時は彼女が最年長だったし、年下の子がきちんと食べているからか、渋々ながらも食べていたよ」
「そうか、いや、そうですか……! ブライアン頑張ったな!」
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レクの当日。部屋に入って来たのは、ケイエスだけであった。
「衛宮さん、手品師さんはもう先にここに来てるはずなんだけど、どこにいるのかな。皆も探してくれないかな」
と彼女が言うと、どこだろー、と部屋の中を探し回る。とは言え、そこまで広くない部屋で探せる所は限られており、早々に降参してしまう。
「ここは探したかな」
掃除用具箱を指差す。ケイエスもそこを探していたのは見ており、皆にその事実を共有させるためにあえて尋ねたのだ。探したー、と元気な返事を貰ったところで、ケイエスが改めて扉を開く。
「やあ、手品師の衛宮だ。皆、よろしく」
レクルームがドッと沸き上がった。