スイープ、エミヤを召喚する   作:日高昆布

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お久しぶりです。
初投稿です。
楽しんで頂けたら幸いです。


その26

 放課後。道中で常連客を拾いつつ、喫茶店エミヤへと向かうスイープ。

 クラスも学年も異なり、普段の付き合いはほぼない。それでも用務員室へ向かう途中と、その中では気心の知れた仲になる。

 そんな不思議な関係の一行は驚愕の知らせを目にし、フリーズしていた。

 

『所用につきしばらく不在』

 

 憩いの場所が消滅したことの衝撃もそうだが、それ以上にあの衛宮士郎が少なくともスイープに何も言わずにいたことの衝撃の方が大きかった。案の定というか、スイープは目を見開き固まっていた。そしてそれはやがて怒りに上書きされていく。

 

「士郎のとこ行くわよ!」

 

 その命令を断れる強者はいなかった。

 絞られた耳と吊り上がった眉、肩で風を切りながら大股で歩くスイープ。そしてその後ろを気まずそうについて歩くスカイ、ネイチャ、タイシンの3人。

 校舎を出て、トレーナー寮を通過し、職員寮へと近づく一行。道中で友人や顔見知りと会うが、一貫して怒りを全く隠さないスイープに誰も触れることができなかった。果敢にも会話を試みた沖野は弾き飛ばされた。

 

・                                                           「ダレカオロシテクレ~」

 

 ここまで来るのは初めてだな、とヒソヒソと話す3人。

 職員寮の正面玄関に回ろうと棟の横を通り過ぎようとした時、曲がり角から急ぎ足の職員が姿を見せた。かなり若く、ともすれば自分たちとそう変わらない年齢で働いていることに自然と身が引き締まる。お勤めご苦労様ですと心の中で呟き見送り、振り返ると何故かスイープもその若い職員をじっと見ていた。珍しさから来る視線ではなく、しっかりと感情の乗ったもの。そして何を思ったのかその職員を追いかけるように走り出した。

 

「ええちょっとどうしたの?」

 

「まさか……一目惚れ?!」

 

「かなり若そうだけど、衛宮さんのお眼鏡にかなうのかな」

 

 スイープが反応しないことを良いことに好き放題言う3人だったが、その彼女の口から出た言葉は全くの予想外のものだった。

 

「アンタ士郎でしょ!」

 

 どこをどう見れば衛宮士郎と見間違えるのか。年齢、体格、髪の色、肌の色。どこをどう取っても似ても似つかない少年でしかない。士郎に会えない寂しさでおかしくなってしまったのか、と真剣に心配する3人。

 

「ーーーーやれやれ。まさかすれ違っただけでバレるとはな」

 

「マスターなんだから当然でしょ」

 

『……えええええええ??!!』

 

 ハモった3人の叫び声は、それはそれは遠くまで響き渡ったそうな。

 

 

 身長は160半ばで、鍛えてはいるもののそこまでがっしりとはしておらず、発展途上の肉体。赤髪に、年相応に幼い顔付き。やはりどこをどう見ても衛宮士郎には見えない。強いて言えば髪を下ろしたときと似ている気がする程度である。

 

「あのぉ、ホントに衛宮さんなんですよ、ね?」

 

 控え目の挙手と共に、自信なさげな確認をするネイチャ。

 

「……この姿では分からんか。さて、どう証明してみせたものか。まあとりあえず生姜湯を飲んで温まるといい。はちみつを加えてあるから、飲みやすくなっているぞ」

 

 来客用の湯呑みから立ち上る湯気と、鼻を刺激する生姜の匂い。そして小皿に盛られた2切れの羊羹。

 

「突然の来客にも関わらずこの充実っぷり。うん、間違いなく衛宮さんだね」

 

「クリークさんがお手本にしたがるのがよく分かる」

 

「生姜湯うま。羊羹うま」

 

「信じてもらえたようで何よりだ」

 

 スイープは自分用に常備させているジュースとお菓子を勝手に摘んでいた。しかし自宅かのようなあまりの馴染みっぷりに、その行動を咎める者は誰もいなかった。

 

「それで、態々こんな所まで何の用事だ?」

 

 言われて何か用事があったことを思い出すが、士郎の若返りという衝撃を受けて覚えているわけが無い。揃って首を傾げる3人と、首を傾げられて困る士郎。

 

「ご主人様に断りなく休業するから文句言いに来たのよ」

 

 心配だった、の間違いでは、と3人とも思ったが敢えて言わなかった。

 

「それはすまなかったな。何せこんな事態は初めてなのでね。どう説明したものかと考えあぐねていたんだ」

 

「そもそも何でそんなそんな姿になってるのよ」

 

「アグネスタキオンが薬を盛った飲み物を飲んでしまってね」

 

 だから木に吊るされてたのか、と納得する4人。降ろさないでくださいのプラカードもあったからスルーしてきたが、さもありなんである。

 

「若返りの効果はなかったのだが、何がどう作用したのか私が飲んだらこの有様だ」

 

 瞑目し目頭を揉む姿は、精神的な疲労を感じさせた。3人からすると士郎のその様子は少し意外なものであった。生徒やスイープに心配掛けまいと平静を装いそうだからである。しかし考えてみれば、若返るなんていう驚天に遭遇すれば精神的に疲労するだろう、と納得した。

 実際のところは若返った姿がよりによってこの姿であることにゲンナリしているのだが、その心情を知るものはスイープしかいない。そして彼女もそれを口にすることはしなかった。

 

「それにしても士郎ってば本当に小さかったのね。何歳ぐらい?」

 

「小さい言うな。10代半ばだろう」

 

 思わずガッツポーズしてしまうタイシン。士郎の話を信じていなかったわけではないのだが、こうして実例を見るのとでは受け止め方が違う。

 事態の詳細が分かり、一息ついたネイチャは意外とインテリア的な小物が置かれていることを発見。実用性を最優先に考えてそうなのに、と思っていると、スイープが向きの細やかな調整をしていることで彼女の私物だと気付くと衝撃を受ける。スイープの意図するところとは違うだろうが、まるで将来的な同棲への伏線のような行動に、末恐ろしさを感じると同時に自分もやってみるかとなった。

 

「おかわりない?」

 

 スカイはお茶と羊羹のおかわりを催促していた。

 

 

 皆が一服を終えたタイミングでお開きを告げる。

 

「用事?」

 

「元々部外者がいると勘違いされないために外出する予定だったからな」

 

「どこ行くの?」

 

「特に決めていない。元の容姿だと目立つから、気の向くままに散策できなくてな」

 

「ふーん。ところでどれくらいで元の姿に戻るの?」

 

「さてな。私も若返るなど初めての経験でね。まあ何とかなるだろう」

 

「意外と楽観的なのね。まあ良いわ。何か良いお店見付けたらお土産よろしく」

 

 本当は一緒に行きたいのだろうが、自分と一緒だと目立ってしまうかもしれないからと我慢してるんだろうなあ、とスイープの様子を見て察する3人。

 

「戻ったら連れて行ってやるさ」

 

「約束よ。後、さっきから思ってたんだけど、今の外見だとその口調似合ってないわよ」

 

 帰り際に唐突に放たれた爆弾に、さっと顔を背ける。更に手で顔を隠しているが、吹き出さないように我慢して膨れた頬がよく見えた。それは暗に3人もそう思っていたという証。

 

「……そうか?」

 

「なんか無理してる中学生、厨二病みたい」

 

 更なる追撃が3人を襲う。ボディーブローを連発された腹筋はもう限界である。

 

「僕とかの方が似合いそう」

 

『ブホォ!!!』

 

 

 釈然としない気持ちのまま街に繰り出した士郎。

 クリスマスを済ませた街は、今度は年末と新年を迎える準備に追われている。クリスマスから年始年末で感じる、宗教のごった煮具合に、久しぶりに日本らしさを見た。

 いつもは目的を持って歩く道も、当て所なくとなると見える景色が変わってくる。

 人波に逆らい、閑静な方へと足を進める。やがて景色が、駅前と比較すると全体的に古びた雰囲気のものへと変わる。そこも抜けると、幅10mの川に掛かる橋の麓に出た。そのまま渡ろうとすると、下の川辺から剣呑な雰囲気の会話が聞こえた。何事かと覗き込むと、ウマ娘の集団がいた。諍いかと思ったが、矛先にいるのがトレセン学園の生徒であることに気付き、より注視すると因縁をつけられているように見えた。

 推測するに、どうも落とした蹄鉄を拾いに行った彼女に絡んでいるようだった。生徒側にも非があるなら仲裁で済まそうと思ったが、こうまで一方的な物言いでは言葉で止まるとは思えなかった。

 

「それ以上身を乗り出したら火傷するぜ、坊っちゃん」

 

 

 横合いから声を掛けてきたのはトレセン学園の制服を着た少女だった。ニット帽、咥え飴。少し眠たげな目。

 下で起きていることを知っているからこその警告。

 

「彼女達はここで何をしてるんだ」

 

「フリースタイルレースって奴さ。学園の不良どもやはみ出しもの、そもそも入れなかった奴ら。そういう奴らが集まって、コースも距離もメチャクチャなレースをやって鬱憤晴らしてんだ」

 

 でもな、と彼女は続ける。

 

「ここはその中でも底辺に近いところだ。悪いこと言わねえから帰りな」

 

「なるほど。なら尚更放ってはおけないな」

 

「ん?」

 

 再度覗き込む士郎に倣い、事態を把握した彼女は忌々しげに舌打ちをした。

 

「あいつら……! こういうことする奴がいるからどんどん肩身が狭くなるんだろうが! おい、巻き込まれないうちに」

 

 言葉が途切れる。視界の端であり得ない行動を捉えたからだ。

 欄干を飛び越えていたのだ。無意識に素っ頓狂な声が口から飛び出し、飴を落としてしまう。

 慌てて身を乗り出すと、何事もなかったかのように着地していた。生徒の前に陣取り立ち塞がるように。彼女の口は引き攣り、笑っていた。

 

「あいつ、まさかウマ娘と闘おうってのか」

 

 人とウマ娘の間には絶対に埋めることのできない断崖がある。この世界で生きているなら、小学生でも知っていることだ。それを承知の上で立ち向かおうとしているのか。無謀の言葉ですら形容するには足りない。

 何をしでかそうと言うのか。彼女は万が一の時に介入できるようにしながらも、その行方を見守ることにした。

 

 

 上方からの出現に面食らっていたが、士郎の毅然とした表情は却って彼女らに冷静さを取り戻させた。

 

「ヒーローの登場ってか?」

 

「ヒーローを名乗るにはまだ途上も良いとこだけど、見過ごせなかったからな。縄張りを主張してるみたいだけど、ここは君達の土地じゃないだろ?」

 

「だったら何だってんだよ。行儀良く返せってか?」

 

「そうだ。と言っても、大人しく聞き入れてくれるとは思ってない。だから君達の流儀に合わせよう」

 

「は?」

 

 凄みを加えた疑問符に何ら反応せず、淡々と続ける士郎。それが気に食わず、士郎に対する悪感情がどんどん強くなっていく。

 

「ここから土手の階段まで300mぐらいか。それで勝敗をつけよう。勝てば彼女と俺を大人しく返す」

 

「負ければ?」

 

「……」

 

「なんだ怖気ついたのか?」

 

「負けたときのことは考えてなかったな。そっちで考えてくれていいぞ」

 

「────良い度胸じゃねえか」

 

 暖簾に腕押しのようにまるでビビらず、明確にこちらをおちょくり、心底から負けると思っていない不遜さの全てが生徒以外の怒気を高める。

 

「勝負を受けてくれるってことで良いのか?」

 

「後悔なんて言葉じゃ足りねえぐらい後悔させてやるよ」

 

「じゃあスタートはここからで」

 

 判官贔屓の逆を行くオーディエンスを退かし、足で土手側へ線を引いていく。引き終わり際を自らのスタート位置にし、白黒のツートンカラーの上着を脱ぐ。

 

「じゃあスタートの合図は君がしてくれ」

 

 生徒を手招き。指名された生徒は物理的な針のように突き刺さる視線に泣きそうになりながら、士郎が指差す場所にいそいそと移動。

 

「さて。わりいが、正面から喧嘩売ってきたのはお前だからな。全力で潰させてもらうぜ」

 

「望むところさ」

 

 所謂クラウチングスタートに似た構えで号砲に備えるウマ娘に倣い、身を屈める士郎。外野から見れば涙ぐましい努力でしかないそれに、失笑が漏れる。

 本当にスタートさせて良いのかと、涙目になる生徒。士郎に視線を向けても、ただ笑みを浮かべて頷くだけ。

 腹を括ったわけでも開き直ったわけでもなく、限界を迎えた末のヤケクソの合図は中々の声量だった。

 

「スタートオォ!!」 

 

 瞬間、地面を削り走り出すウマ娘と、その後を追う白黒の布に皆の視線が集中した。

 

ーー布???

 

 そこには勢いを失い地面に落ちる上着があるだけ。持ち主はと、視線を戻すがそこには士郎も生徒もいなかった。音に気付き、土手を見上げるとそこには生徒の手を引きながら遁走する士郎の姿があった。

 

『…………あの野郎逃げやがった!!』

 

 

 橋の上から見ていた生徒、ナカヤマフェスタは大笑いしながら先を走る2人に合流した。

 人がウマ娘に敵わないことなんて分かりきっている事実だったのに、堂々とした態度と言葉だけで、勝ちを疑わず正々堂々と勝負に挑もうとしていると、自分を含め全員を騙したのだ。

 なんと痛快なことか。

 

「大した役者じゃないか! でもこのままじゃ追いつかれるぜ?」

 

「2人なら表通りまで逃げ切れるだろ?」

 

「お前はどうやって逃げるつもりだよ」

 

「足の速さだけが撒く手段じゃないさ。じゃあ頼んだぞ」

 

 返答を聞かずに手を離し、スピードを落としていく。

 今度こそただじゃ済まないと、その手を追いかけようとするがフェスタに引かれ、あっさりと離れてしまう。

 

「本気ですか?!」

 

「また後でな」

 

 今生の別れのように取り乱す生徒と、気軽にすぐの再会を約束する士郎。2人の対照的な反応と、漫画やアニメならそのまま死別しそうな展開に思わず笑ってしまう。良い気分のまま、フェスタもそれに応える。

 

「無事戻って来たら奢ってやるよ」

 

 

 そう言って別れて十数分後。

 恐怖と心配の押しも押されぬ戦いに従い、路地裏に行こうとしたり足を引いたりする生徒の口に飴を突っ込んだタイミングで、士郎は現れた。

 

「あの子どうしたんだ?」

 

「アンタが心配だけど怖い、じゃねえかな」

 

 路地裏から現れず、しかも上着まで持っていることに生徒はウルトラマンみたいにヘアッ、と声を上げて飛び上がった。

 

「ははっ。無事に逃げおおせてくるどころか上着まで拾ってくるなんてな。私はナカヤマフェスタだ。来いよ。奢ってやるから、どうやっていとも簡単にそいつを連れ出したのか聞かせてくれよ」

 

 

「スタートラインを引く時、土手側に向かって引いただろ? そうすればそこを待機位置にできるし、土手側にギリギリまで寄ればギャラリーもそこは避ける。コースの幅がそこまで広くないから、スタートの合図を切らせるのにそこの子をこっち側に呼ぶことも不自然じゃない。このハツうまいな」

 

「皮うま」

 

「だろ。それで?」

 

「あとはクラウチングスタートの振りして拾った手頃な石を上着に詰めて、合図で投げる」

 

「ねぎまうま」

 

「投げたのは?」

 

「あれだけ挑発と豪語して頭に血を上らせたからな。まず逃げるなんて思ってない。だから前に向かって進むものを目で追う。そしたら後は逃げるだけさ」

 

「つくねもうま」

 

「大層な博打ウチのくせに意外と理詰めだな」

 

「嫌いか?」

 

「いや、大好物だな。でもあいつらが引っかかってくれなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「そしたら走るしかないな」

 

「正気かよ。流石に勝てないぜ」

 

「勝つさ」

 

 人はウマ娘に勝てないーーそんなことは世界の常識である。同じ距離を走っても競うのは勝敗ではなく、どれだけタイム差を縮められるか。そんな世界で人が『勝つさ』と言っても、それは本人さえも騙せないような口先だけの言葉にしかならない。

 だが今聞いた言葉には、不思議ともしかして、と思わせる何かがあった。それはナカヤマだけではなく、串二刀流の生徒も思ったのか口を止めていた。

 

「なんてな」

 

「……本気で言ってんのかと思ったよ」

 

「それぐらいの気概で、ってだけだよ。無意味に見える挑戦にも何か意味があるかもしれないしさ」

 

「面白いやつだな。……ところで先輩。アンタ、食い過ぎだろ。先輩に奢るとは言ってないんだけどな」

 

「ええ?! もうそれ用のお腹になっちゃってるのに!」

 

 両手に串を持ち、口元を汚して抗議する生徒。河川敷で絡まれていた時の悲壮さは、もうどこにもない。

 

「仮に奢られるとしても抑えろよ」

 

「遠慮するのは失礼かなって」

 

「何にだよ」

 

「奢られるということに」

 

「概念に?」

 

「うん」

 

 大真面目に頷く姿はとても年上には見えない。ここまで来ると卑しいを通り越し、いっそ清々しかった。

 

「健啖家でいいじゃないか。なら君の分は俺が奢ろう」

 

「え。いや、それはさすがにちょっと申し訳ないというか」

 

 年下に集れても恩人に集ることには抵抗はあったようだ。端から見るとどっこいどっこいだったが。

 

「理不尽に怖い目に遭ったんだから、それぐらいの良い目は見たっていいだろ」

 

「いいのか。結構食べそうだぞ?」

 

「こう見えてもう働いてるし、給料も結構な額貰ってるからな。金の掛かる趣味もないし、気にしないで大丈夫だぞ」

 

 新しいおしぼりを取ると、一向に拭かれる気配のない口元のタレを拭う。

 

「ただレースに支障がない程度にな」

 

「やったあ!(今なんか凄いことされなかった?)」

 

「私とそう変わらなさそうなのにもう働いてんのか(なんか今凄いことしなかったか?)」

 

「見た目よりは年上だよ。ところで君はなんて名前なんだ?」

 

「ヒシミラクルです。お兄さんは?」

 

「俺は千子村正だ」

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