スイープ、エミヤを召喚する   作:日高昆布

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そう言えばシン・仮面ライダー見てきました。
カルピスの原液出された気分でした。美味しかったです。


その4

 新たな週が始まる。

 土日に見た比ではない数の生徒が登校している。十人十色では利かないバラエティー豊かな耳や尻尾が揺れている。ちらほらと見える男性トレーナーがオセロのコマのように変わってしまいそうな比率。そんな光景の中、褐色の偉丈夫はとてもとても目立っていた。土日の比ではない視線が集まる。その圧といったら、最早物理的な力を持っているのでは、と錯覚する程だ。

 心が硝子であったら臆していただろう。

 

「お、新しいトレーナーか?」

 

 そんな注目を一身に集める士郎に臆せず話しかける男がいた。癖っ毛を後ろで束ね、左側頭部に剃り込みを入れ、棒付きキャンディーを咥えている。

 

「て言うかデカイなアンタ。それに……良い筋肉してるな」

 

「トレーナーではない。今日から働く雑用だ。それと誤解を受けそうな振る舞いはよせ」

 

 前腕をニギニギと触る男の手を払い除け、歩き出す。

 

「あっはっは。悪い悪い、職業病って奴かね。俺は沖野。トレーナーだ」

 

「衛宮士郎だ。警察の世話になる前にその病気は治しておきたまえ」

 

「もしかしてアンタか一昨日園内で目撃された男前ってのは」

 

「男前かは知らんが、確かに一昨日は生徒に案内をしてもらったな」

 

 職員用玄関に向かうために群衆から離れた事で、一気に周囲から人気がなくなる。

 玄関扉を抜けると、仁王立ちの理事長とたづながいた。

 

「おはようっ! 早速交友を深めるとはやるな衛宮殿!」

 

「おはようございます衛宮さん、沖野トレーナーさん」

 

「おはようござ……殿?」

 

「おはよう理事長、たづな」

 

「……たづな?」

 

 幼い身ながらも卓越した手腕とカリスマで尊敬を集め、そして後先考えない且つブレーキの無い情熱で混乱を与える理事長が殿呼び。そして影のドンこと駿川たづなを下の名前で呼び捨て。もしかしてとんでもなく偉い人でお忍びでここで働くのか。て言うかさっき普通にタメ口で話しちゃったどうしよう。何ならお触りしちゃったし。

 

「おはようございます衛宮さん!」

 

「何を勘違いしてるか知らんが、別に何かの上役ではない」

 

「うむ。本来なら本業に復帰する所を、ある生徒のためにここに留まってもらう事になったのでな。無理を言っているのはこちらなので、ゲスト扱いで然るべきなのだが善意で働く事まで申し出てくれたので、敬意を込めて殿と呼んでいるのだ」

 

「それについては無理してる訳ではない。納得した上でだ」

 

「ほほお〜。トレーナー向きの性格してるのに勿体ねえなあ。資格は無いのか?」

 

「ずっと海外を飛び回っていたのでな」

 

「なるほど。たづなさんを呼び捨てにしたのはそう言う事か。てっきりお局様に」

 

「トレーナーさん?」

 

「すみません」

 

 腰を90度折った見事な謝罪。なら初めから言うなとなるだけだが。

 

「コホン。ではこれから衛宮さんの仕事部屋に案内しますので付いて来て下さい」

 

「頼む。ではな沖野。口と手はしっかり躾けておけ」

 

「うっせ」

 

 ・

 

「おはようございます衛宮さん」

 

「生徒会か。おはよう」

 

 部屋の前にはルドルフ達が待機していた。3人がここに来る理由に心当たりがなく、理由を尋ねようとしたが、その前に3人が唐突に恭しくお辞儀をして来るではないか。

 

「スイープのために契約を続行してくれると聞きました。ありがとうございます」

 

「何だ、その事か。礼には及ばんよ、と言っても君の性分では撤回しないだろうから受け取っておこう」

 

 扉を開ける。長机を並べた作業台とそこにホームセンターで買ったであろう用具が置かれている。

 

「もし不足があったら言って下さい」

 

「それには及ばんよ。足りなければ投影で用意できる。これだけ環境を整えてあるならそれで十分だ。それでそこに並んでるストーブが修理するものか」

 

「ちょうどシーズンオフになったので回収したのですが、これだけの数で動作不良を起こしてまして」

 

 エアグルーヴが1ダースはある年季の入った電気ストーブを見ながら言う。代々受け継がれて来たもので、電気ストーブと言う事は共通しているが、大きさやメーカーもバラバラだ。

 

「単純に劣化もあるのでしょうが、何分粗忽者も多くて。学校の備品だと言う事も忘れて乱暴に扱う者、特に加減せずに蹴って動かそうとして吹き飛ばす者もいるぐらいでして。全く嘆かわしい」

 

「────」

 

「……すみません、みっともない愚痴を」

 

 しかし意外な事に、エアグルーヴの言葉を聞く士郎は薄く笑っていた。失笑や苦笑ではなく、微笑んでいたのだ。しかし彼女にしてみれば雲の上のような存在に対して、と言う気持ちが勝ってしまう。

 

「いや何か懐かしい気持ちになっただけだ。記憶にはないが、恐らく私にも君のような質実剛健な良い友人がいたのだろう」

 

 噛み締めるように言うが、それも一瞬。ストーブ群に歩み寄る。

 

「では、取り敢えず修理出来るか否かだけ調べよう」

 

 そう言うとしゃがみ込み、上部に手を乗せる。投影の時のように何か視覚的な変化があるのかと、皆が士郎を囲うようにして覗き込む。しかし何も起こらず。

 

「期待されてる所すまないが、この解析については私の頭の中で完結してしまうので見てても面白くないぞ」

 

「と言いますと」

 

 とたづなが尋ねる。

 

「分かりやすく言うなら、設計図を立体的に思い浮かべる事が出来るのだ。それで故障箇所を把握出来ると言う訳だ。こいつの場合は電源コードの断線だけだから修理は簡単だ」

 

 派手なエフェクトを密かに期待していたたづな以外の面々は、分かりやすく残念がっていた。生徒を束ねる生徒会と言えどまだ10代の少女達であり、理事長に至っては普通に子供だ。

 

「私が使う魔術は基本的に地味なんだ。こいつはスイッチの接触不良だな。こっちはハンダが取れているな」

 

 貼り付けられている紙に用意されていたペンで可否を書いていく。今の所は簡単な処置で済むものばかりだ。

 

「投影と今の解析の他にもあるんですか」

 

「強化と言うものがある。これは文字通り物体を強化する魔術だ。……ふむ百聞は一見にしかずだ。これを」

 

 使っていたシャーペンを背後のブライアンに手渡す。受け取ったブライアンは徐に両手で握ると、そのままへし折ろうとした。躊躇ない行動にエアグルーヴが口を挟もうとしたが、結果はブライアンの表情が語っていた。

 

「? ……!!?? 折れん……!」

 

 困惑、驚き。外見、重さ共に何の変化もない。ただのプラスチックであるはずなのに、まるで鉄のような硬さでウマ娘の剛力に耐えている。

 ムキになったのか息を吸いもう一度チャレンジしようとした所で、横合いからするりと伸びた手がペンを取り上げる。エアグルーヴだ。彼女も同じようにその硬さに驚愕の表情を浮かべた。そしてこの魔術を使えば怪力プリンセスの被害を軽減できるのでは、と稲光の天啓を得る。

 

「ストーブの修理箇所に使えば補強にもなる。おっとスイープには言わないでくれ。臍を曲げられると困るからな」

 

 足りない道具を用意出来る投影、故障箇所を一瞬で把握出来る解析、故障箇所を補強出来る強化。用務員は天職なのでは、と思ったが流石に誰もそれは口に出さなかった。

 

「ところで生徒会の諸君は、授業は大丈夫なのかね」

 

 本鈴まで後10分。遅れるような時間ではないが、道中に何かあり遅刻してしまってはメンツが立たない。

 

「そうですね。これ以上お邪魔する訳にもいきませんし。我々はここで失礼させて頂きます。行こうかエアグルーヴ、ブライアン」

 

 一礼をすると部屋を出て行った。

 

「質問っ! 衛宮殿の解析はどの程度の機械までなら可能なのだ?」

 

「大概のものなら可能だ」

 

「ならばロードローラーはどうかね」

 

 ピタリと手が止まる。士郎の脳内は疑問で埋め尽くされていた。そうそう口や耳にする事のない単語が何の脈絡もなく飛び出して来たのだ。しかもそれが推定未成年の少女の口からだ。もしかしてこの世界では普通なのかと考えてしまうが、流石にそんなピンポイント且つニッチな差異は無いだろうとたづなを見る。

 

「知らない内にポケットマネーで買ってたんです。決してこの世界のスタンダードじゃないです」

 

「そうか。それは安心した。ロードローラーか。解析自体は可能だが、整備となると別だ。出来たとしても本当に簡単なものだ」

 

「流石ッ! 月1のメンテナンスで構わないので頼んでも良いだろうか?」

 

「構わんよ。ドライバーの紹介も頼む」

 

「私だッ!」

 

 再び手が止まる。思わず理事長の顔を凝視してしまう。もしかしてこの背格好で成人だったのか。それならば確かに理事長と言う立場にいる事も納得出来るのだが。たづなを見る。

 

「し、私有地なので」

 

「……そうか」

 

 少なくとも免許は無さそうだった。

 

「いつも未明にレース場の整備に使ってるんです」

 

 当然! と書かれた扇子を仰いでいる。

 

「私はトレーナーや教師にはなれない故、それ以外の事で皆の学園生活、そして競技生活の充実を手助けするのだ!」

 

「心意気は素晴らしいと思うが、替えの利かない立場なのだ。そう言うのは専門の業者に任せるべきでは? 秘書の胃にも優しいだろうしな」

 

「そうしたいのは山々なのだが、夕方には既に荒れ放題になっているのでな。業者に頼んでいては整備が間に合わんのだ。私が毎日やれば良バ場を維持出来るし、節約にも繋がる! 一石二鳥だ! たづなの胃は我慢してくれ!」

 

 ヨヨヨと泣き崩れるたづな。勿論ただの演技なのだが、本音も入ってそうではあった。不憫である。

 

「取り敢えず整備の件は分かったが、バ場整備に同行させてくれ。流石に君のような子供がロードローラーを使うと言うのは心配なのでね」

 

「了承ッ! 無事故無違反な私の華麗なドライビングテクニックを見て安心してくれたまえ!」

 

 無事故はともかく私有地で無違反は当たり前では、とは言わなかった。たづなは士郎ならば上手い事説得してくれるのでは、と仄かに期待していた。

 

 ・

 

 程なくして理事長達も部屋を後にした。仕事着のツナギに着替え修理作業を開始する。

 ストーブ群は足跡が付いたものも含め、全て修理可能だったため、早速取り掛かった。

 断線部分をハンダ付けし、熱収縮チューブでカバーし、最後にコード自体を強化し作業終了。

 基盤を取り出しハンダ不良を直し、基盤全体を洗浄し作業終了。

 スイッチ周りを洗浄し、接点復活剤を吹き掛けて作業終了。

 

「────」

 

 黙々と作業を続ける。難しい作業はなく、慣れた手付きで復活させていく。

 諦観から来る無心ではなく、没頭から来る無心は心地良いものだった。あれだけ契約を固辞していたと言うのに、齎される久しく感じていなかった安寧に身を浸してしまっているのだから我ながら現金なものだと思ってしまう。

 気付けば時刻は正午前になっていた。休憩を一切挟まずに只管修理していたから、1ダースあったストーブ群は既に残す所1つになっていた。

 

 ──士郎! 学校にいるわよね? 

 

 ──ああ。承った仕事の最中だ

 

 ──もうお昼よ! 食堂に来なさい

 

 ──構わんのかね? 私がいると寛げない者がいるだろうし、混雑も土日の比ではないはずだ

 

 ──アタシが来なさいって言ってるんだから来なさい! 

 

 ──分かった分かった。これから向かうから待ってろ

 

 作業を中断し、部屋を出る。すると視界の端で柱の陰に黒い尻尾が引っ込む瞬間を目撃した。どうやら隠れているようだった。女の園に近い学園で、見た事のない男性が出て来たものだから慌てて隠れたのだろうと当たりを付ける。気付いたような素振りは見せず食堂に行こうと向きを変えると、今度は前方の柱の陰にゴーストがいる事に気付く。引っ込んではそっと頭を出すを繰り返している。後ろの生徒が隠れる時に僅かに見えた顔と瓜二つだ。取り敢えず害意も悪意も感じなかったため、そのまま素通りする。

 背後からビシバシと感じる2つの視線にさてどうしたものかと思案しながら歩いていく。

 

 ・

 

 食堂の混み具合はやはり凄まじいものだった。足を踏み入れる事を躊躇してしまうが、ブンブンと手を振るスイープを無視する訳にはいかず、諦めて足を進める。

 そして前方には尋常ではない量を盛ったご飯茶碗をお盆に乗せた生徒がいた。ライスタワーとしか形容出来ないその量もさる事ながら、そのご飯をホクホク顔で見詰めているのが小柄な生徒である事にも戦慄を禁じ得なかった。ふと思い周りを見てみると、同量はそう多くなくとも半分くらいのタワーを建造している生徒はちらほらといた。

 

 ──間違いなくキッチンは戦場だろうな

 

 超高層ライスタワーの生徒に視線を戻すと落とした紙ナプキンを拾って立ち上がろうとしている所だった。そしてそのすぐ後ろにカモメのような口をした生徒がいるのだが、双方共にお互いに気付いているようには見えなかった。声をかける間も無く接触。そして士郎目掛け射出される2つのお盆。

 ドジっ子とドジを誘発する子のコンビが織りなす、第三者への大惨事に皆が目を背けた。

 

「おっと、気を付けたまえ。ふむ、怪我は無いようだな。では失礼するよ」

 

 難なくキャッチ。しかも慣性を考慮した体を流しながらの見事なキャッチングでソースも汁も一滴も溢れていなかった。

 あまりにスマート、と言うか曲芸染みた芸当にどよめきが起こる。

 

「流石はアタシの使い魔ね!」

 

 一部始終を見ていたスイープはそれはそれはご満悦であった。


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