【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 今回、途中少しだけ一人称。ほとんど三人称で進みます。
 よろしくお願いします。


スピニングロリコン(3)

 午前に行われた第一・第二回戦は終了し、後は第三回戦を残すのみとなった。

 

 直前までどんなルールになるか分からない午前と違い、三回戦はオーソドックスなタイマン形式で固定である。

 特殊ルールもステージギミックもない。力と技のぶつかり合い。例年ならイロモノ闘士がわちゃわちゃするエンタメ寄りの試合だったのだが、今年は違う。

 

 生き残りは計八人。そこから更に選抜し、トーナメントで勝者一人が栄光を手にするのだ。

 午後の部が始まると、まずは対戦表を決める。公平を期し、闘士自らくじを引く仕組みである。

 結果、三回戦は最初からクライマックスの様相を呈していた。

 

 桜闘会、全種総合部門。

 第三回戦、第一試合。

 

 唯心無月流、イシグロ・リキタカ。

 対

 剣鬼流、鵺族のウラナキ。

 

 いざ、尋常に勝負。

 

 

 

 現在、活鬼闘技場の客席には、爆発寸前の熱気が満ちていた。なにせ、三回戦の初手に今年最大の注目闘士が戦うというのだ。

 休憩を挟んだ後の火付け役としては、まさに最上の試合であった。

 

 剣鬼道場のウラナキといえば、例年剣術道場部門に出場する人気闘士である。

 温和な人柄に反し、その戦いぶりは冷酷にして苛烈。ある意味、闘士らしい闘士なのである。

 加えて、人気遊女のミアカの母であるというところもポイントが高い。異世界にも人妻フェチは多いのだ。

 

 古参のウラナキに対するは、新進気鋭闘士のイシグロである。

 迷宮探索の本場であるラリス王国出身で、ギルドからは“黒剣”の二つ名を授かった銀細工持ち冒険者。これだけでも人気要素として十分なのに、最近には突然街に出没した大型魔物を屠り、あまつさえ名うての犯罪者を複数討ち取ったというではないか。

 また、先の第二回戦では並みいる闘士達を鎧袖一触で狩って回っていたのである。今や、噂に懐疑的だったリンジュ民も、彼の実力を疑う者はいない。

 

「お久しぶりです、イシグロさん。見学来てくださった時以来ですねー。無月流の動き見せてもらいました。素晴らしい剣捌きで」

「はい、その節はお世話になりました」

「いーえー、そういうんちゃうんです。イシグロさんが桜闘会出るん聞いた時は驚きましたけど」

 

 向かい合う二人の間には、穏やかな空気が流れている。

 何気ない会話が続く中、床に描かれた陰陽陣が発光する。結界床が生成され、二人を乗せて浮上と共に拡張されていく。ステージはシンプルな平面タイプだった。

 二人の間隔は、野球でいうと捕手と投手程度。異世界の剣士にとっては、一足一刀の間合いであった。

 

「白状すると、うちはイシグロさんと戦う為に出させてもろたんです」

 

 笑みの種類が変化する。母性を窺わせる微笑みから、狂戦士を彷彿とさせる凶笑へと。唇の隙間にある牙は対戦相手への戦意を剥きだしにしていた。

 

「それは……えぇ、光栄です」

「なはは……まぁそう返すやろなって。けどウチにとっては、やっぱ強い奴と()りたいんですわ。イシグロさんには分からんかもしれませんけど」

「ん、そうですね」

「それでええです。細かい事考えず、気負わず楽しく斬り合いましょ」

 

 残念ながら、イシグロに某野菜人的感性は存在しない。

 それを知ってなお、ウラナキは戦意に満ちた笑みを抑えられなかった。

 

「さぁさぁさぁ! 第一試合のはじまりです! 皆さん! 声高らかに! 行きますよ!」

 

 カウントダウンが始まる中、二人はゆっくり得物を引き抜いた。

 イシグロは武器庫で新調した直剣を。鞘を置き、だらりと切っ先を下げる。一回戦と違い、その身に他の武装はない。

 ウラナキは身の丈ほどの長さの大太刀を。鞘を投げ捨て、片手で構える様は彼女の膂力の程を示している。

 

「「「さん! にー! いちっ!」」」

 

 試合開始が迫る。一瞬の静寂の間、イシグロは剣鬼流の情報を思い返していた。

 師から聞いたその仕組み。成り立ち。極みに至った強さ。そして、納得したのだ。

 道理で剣鬼流が流行る訳だ、と。

 

「「「はじめ!」」」

 

 銅鑼の音とほぼ同時、イシグロの魂魄に警鐘が木霊する。

 危険度はマックス一歩手前。確定二発で死ねる攻撃だ。情報はある。覚悟していた。故に惑わず横ステで避けた。

 次の瞬間、さっきまでイシグロが立っていた場所に半透明のカマイタチが過った。背後の壁結界がけたたましい音を立てる。

 

 弾速はハンドガン程度。威力は確二。所謂これが“飛ぶ斬撃”というやつで、つまるところ剣鬼流の通常攻撃だ。

 要するに、連発できるという事。

 

「ヒィヤァアアアーッ!」

 

 さっきまでの穏やかさはどこへやら、ウラナキは作画崩壊したような凶笑を浮かべて太刀を振りかぶった。三閃三刃、銃弾の速さで斬撃が迫る。

 イシグロはそれを、焦らず冷静に視てから(・・・・)回避した。半透明な刃の形状、性質、特性を観察するように。

 

「キィエエエァアアアアア!」

 

 ズガガガガガガ! 嵐のような連続斬撃! 避けるイシグロの背後で、客席を守る壁結界が悲鳴を上げる。普通なら恐怖体験だろうに、観客は絶叫マシンでも楽しむような叫びを上げて喜んでいた。

 ギィン! 観察を終え、試しに飛ぶ斬撃を【受け流し】てみる。すると、剣の耐久度がゴッソリ減ってしまった。いくらクソザコソードでもこんなに脆い訳がない。どうやらアレにはガー不か削りかガードブレイク効果が付いているようだ。

 

「ハァーッ!」

 

 別種の危機が迫る。数瞬遅れて放たれたのは色付きの飛ぶ斬撃。これは確一である。弾速は遅いが形がデカい。加えて恐らくガードもNG。

 とりま、(けん)に回るのはここまでだ。イシグロは姿勢を屈め、上から見て時計回りに跳んで距離を詰めた。

 イシグロの疾走を追うように、飛ぶ斬撃が軌跡をなぞる。イシグロの脳裏に古いルパンアニメのOP映像が過った。あの銃弾が全部カマイタチだと思えばいい、普通にヤバいが焦りはしない。この程度、迷宮で何度も経験済みだ。

 

「ふん!」

 

 再度、色付きの斬撃。偏差撃ちめいて放たれた横薙ぎを、イシグロは小ジャンプで回避した。跳んだイシグロの足元で飛ぶ斬撃が通り過ぎる。

 好機である。これを狩るべく、ウラナキは逆袈裟の構えを取った。このままではイシグロは続く袈裟斬撃を避けられず、ガードか受け流しかのダメな二択が発生してしまう。

 そして、大太刀というには速すぎる自然な動作で逆袈裟刃が放たれた。対し、宙のイシグロはフリーの左手を斜め後ろに向け、武闘家スキルの【剛掌底】を発動した。

 

「なん……!」

 

 バン! 空気を震わす破裂音と共に、イシグロの身体は不自然な軌道で前進した。

 それはさながら、アイアンマンの姿勢制御。あるいはヒロアカの爆破個性。オタク視点見慣れたロマン移動法に、さしものウラナキも虚を突かれた。奴の空中移動法は魔力階段だけではなかったのか?

 

「やとぉッ!?」

「オラァアアアア!」

「グッ!」

 

 異世界バトルにおいて、必殺の間合いはあまりに広い。互いの間合いの侵し合いに、イシグロは先手を奪って飛び込んだ。

 ギィィィンン! 太刀と剣が拮抗する。鍔をぶつけ合うような至近距離は、大太刀という武器にとっては不利である。

 イシグロは膂力ステを全力稼働させ、上から押し潰す構えを見せた。ウラナキは足腰に力を入れ、負けじと強く踏ん張った。

 

「あぁああああ! やっぱ! 戦いはこうでないといけませんなぁ!」

「そうですかねぇ!」

 

 ウラナキはよりいっそう楽しそうな笑みを浮かべた。元より武器のぶつけ合いを嗜好する彼女だ。飛ぶ斬撃はあくまで必殺なだけの牽制攻撃。本命本領は得物を用いた剣戟なのである。

 拮抗が崩れる。押さえ込まれていた大太刀がイシグロの剣を押し返す。互いの武器が火花を散らす中、イシグロは次なる攻勢を思考した。

 

「力はこっちが上ですなぁああああ!」

 

 情報を思い出す。脳筋じみた剣鬼流はしかし、最初の一撃に全てを賭けている訳では断じてない。むしろその逆、一撃ではなく無限撃。「どんな相手だろうが何度も斬ってりゃ勝てるだろう」を地で行く流派なのだ。

 故に、剣鬼の極限は全て必殺。弱中強オール十割を臨界とし、その過程として飛ぶ斬撃が生まれたのである。

 スキルでも魔法でもない通常攻撃の副産物。目標とは違うが、この飛ぶ斬撃は対人戦には極めて有用であった。いわばこれは、ボタン一つでソニックブームを撃つに等しい。連打してりゃ勝てるじゃんである。

 

 使い手視点、ならばどうするか。そう、待ちガイルだ。

 ソニブを振って迎撃を入れる。それを一撃通常技でやるのである。少なくとも、人類を殺すには事足りる。

 

 では、相手視点ならばどうすべきか。魔法もスキルも撃ち合うと負ける。そんな相手に、どう対抗するか。

 結局のところ、近づいて殴る。それしかない。

 

「はぁっ!」

 

 ズガァン! ついに押し切られたイシグロは、既のところで大袈裟にサイドステップして避けた。

 通常攻撃を飛ばせるなら、鍔迫り合い勝利=発生保証なのである。予想通り、ウラナキの攻撃は壁まで届いていた。

 

()ッ!」

 

 流れるようなイシグロの片手突きを、ウラナキは後退しつつ打ち返した。その軌道上に、半透明の斬撃はなかった。

 警戒していたが、見えた。ステップ攻撃に飛ぶ斬撃は出せないのではないか? あるいは、出さないのか。ウラナキはまだ飛ぶ斬撃をマスターしてはいないという事か。

 とにかく、太刀の適正距離にいるのは拙い。イシグロは掌ブーストをして距離を詰めた。

 

「なら! こんなんどないでしょ!」

 

 ウラナキは両手で太刀を握り、大上段の構えを取った。強攻撃より深い踏み込み。さらに接近しようとしたイシグロの脳裏に、けたたましい警鐘が鳴り響く。

 イシグロは武闘家スキルの【軽功】を用いて横方向へとダイブした。視界に捉えたのは、半透明の斬撃でなく、刃から出た突風だった。

 これぞまさしく範囲攻撃。チートの通りなら、威力は確二。今までのが飛ぶ斬撃だとしたら、さっきのは殺人団扇である。

 ウラナキの特殊攻撃は三種。飛ぶ斬撃と、色付き斬撃と、殺人団扇。さながら弱中強の非コマンド技。格ゲーなら間違いなくナーフを食らうべき鬼仕様だった。

 

「どうですイシグロさん! これが剣鬼流剣術です! イシグロさんも練習すればすぐコレくらい出来るようになりますよ!」

「それは普通に興味ありますね」

 

 距離が空いた。振り出しに戻った。またあの斬撃を避けて近づいて、その上で斬り合いに勝たねばならない。

 仮に手持ちが愛剣なら正面からSEKIROできたが、今のザコソードじゃかなり厳しい。実質縛りプレイでもどかしい。それを言うなら、向こうもそうなのだろうが。

 

「まぁ、でも……」

 

 やるべき事は変わらない。

 近づいてぶっ倒す。プランBはない。

 それに……。

 

「攻略法は分かった……」

 

 小さな呟きが聞こえたのか、そうではなかったか。ギアを上げたウラナキは二連十文字斬りを放った。新技だが、対処できる。

 迫る斬撃を前に、イシグロは倒れ込むようにして極端な前傾姿勢を取った。そして、結界が軋むほど思い切り踏み込んだ。

 瞬間、イシグロは空気の破裂音を伴い前方へ吹っ飛んだ。これは武闘家系能動スキル【震脚】と【軽功】の併用による超加速である。十文字の隙間を掻い潜り、地を這うように接近。

 

「キェエエエアッ!」

 

 これも読んでいたのか、ウラナキは結界床を削り取るような地走斬撃を放った。色といい軌道といい完全に烈風拳である。

 前傾加速は回避が難しい。無理に避けたら姿勢を崩して隙を晒してしまうだろう。それを見逃す相手ではない。

 ならば、こうだ。イシグロは掌で地面を叩き、軽やかに舞い上がった。武闘家スキル【剛掌底】の応用である。手足の踏ん張りも必要ない。ただ手を添える。それだけで、イシグロは空中高く跳躍せしめたのである。

 

 見上げるウラナキ。見下ろすイシグロ。

 二つの視線が交錯した時、奇しくも両者は同じ行動を取った。両の手で己が得物を握り、大きく振りかぶったのである。

 

「うぉおおおおおお!」

「きぇえええええええ!」

 

 イシグロの剣に黄金の粒子が宿る。ウラナキの太刀に青白い雷が宿る。ここにきて、お互い隠しておいた札を解禁した。

 上から突っ込んでくるイシグロは完全に攻撃体勢である。両手で剣を握っているので、例の謎機動はできないはずだ。ウラナキは左打ちバッターのように太刀を構えた。

 

 ウラナキは(ぬえ)族だ。鵺族とは、混合魔族(キメラ)に近い性質を持つ希少魔族である。虎人の耳や蛇人の尻尾。人によっては狸人の尻尾を持ち、猿人っぽい毛を生やしたりしている。珍しい例では、翼無しで魔力飛行ができる個体もいる。

 そんな中で、ウラナキは雷の力を持って生まれた。さながらそれは、同じ魔族である轟雷狼(らいじゅう)のように。オリジナルには遠く及ぶまいが、簡単な放電程度なら可能である。

 ウラナキが今やろうとしているのは、剣鬼流と種族特性の併せ技である。防御不能の飛ぶ斬撃に、雷の力を混ぜ込んで放つ。万一避けられぬように、太刀の切っ先で迎撃するのだ。

 

 リーチの差、太刀の間合いに入った。必殺雷鳴剣、今解き放つ!

 雷の太刀が振るわれる。黄金の剣が振り下ろされた。刃が触れる、紛う事なく真芯で捉えた!

 

「ふんぬぅぅぅぅ!」

 

 鵺雷、最大放出。バカげた規模の稲妻が解き放たれ、黄金の粒子を消し飛ばす。刃越しに、相手の剣を弾き飛ばした感触。剣術試合なら、これで勝ちだ。

 しかし、ウラナキは油断しなかった。イシグロの事だ。無策で突っ込んできたとは思えない。例えば剣を手放してキックしてくるとか。稲光に紛れて回り込んでくるとか。そういう事をするのが奴なのだ。

 なのでウラナキは、二の太刀惑わず踏み込んだ。隙を生じぬ二撃目だ。返す刀で、来る敵を斬るのである。

 

 雷が晴れた時、イシグロは地上にいた。予想通り、剣を手放し下に加速し地に足着いて迫ってきたのである。

 勢いそのまま、イシグロは倒れ込むような前傾姿勢を取った。さっき使った突進歩法の構えである。間合いが近い。ウラナキは太刀を水平に構えた。横薙ぎによる迎撃を選んだのである。このまま突進してきても、鍛えた刀の速さが勝る。

 今度こそ完全に取った。ウラナキは勝利を確信した。対し、イシグロは、ネコ科動物がそうするように、床に両手の爪を立てていた。

 

 爆発。イシグロの両掌から【剛掌底】が放たれ、三種の移動スキルと共に前方向へ吹き飛んだ。

 太刀が迫る。屈みこむイシグロの真上に刃が通る。ウラナキは強く踏み込んでいて、防御も回避もできはしない。敵の予想を超越する。これを、誘ったのだ。

 

「ごぶぉ!?」

 

 三種移動スキルによる、全力タックル。人型砲弾と化したイシグロは、何の躊躇もなくウラナキの下腹に組み付いた。続いて両手を膝裏に回し、掬い上げるようにして押し倒した。

 異世界格闘術において、寝技や投げ技は軽視されている。重量に拘わらず、ステータス次第で無効化されてしまう場合があるし、なにより魔物相手じゃ役に立たないからだ。

 しかし今なら使える技だ。ウラナキは膂力・技量特化の純アタッカー。タンクほどの耐久がないのであれば、イシグロの膂力で押し倒せる。

 

「ふん!」

「うぐぅぅぅぅ!?」

 

 仰向けに倒れたウラナキに、イシグロは強かな腹パンを見舞った。抉り込むような一撃が突き刺さる。目を剥いたウラナキは歯を食いしばって痛みに耐えた。然る後、反撃するのだ。

 地球でも異世界でも、ルールのある試合以外でマウントポジションを取る事は推奨されない。何故なら、ルール無用の喧嘩においては噛みつきや金的など試合で禁止されている致命反撃が予想されるからだ。似たような理由で、現代地球の軍隊格闘術では敵とは長く組み合ってはならないとされている。

 当然、対人嗜好のウラナキがこういった状況を想定していない訳がない。彼女には押し倒された時用のカウンター技が存在するのだ。単なる力み、全力放電である。

 

「ぐぁああああああ!」

 

 ウラナキの十万ボルト! 仰向けになった人妻の全身から拒絶の稲妻が放射された。予兆を捉えていたイシグロは、余裕を持って退避していた。

 これでいい。ウラナキは体勢を立て直すべく立ち上がり、未だ間合いの中にいるイシグロに反射的(・・・)に横薙ぎを放った。切り裂いてやるという、強い意思を籠めて……。

 

 故に、ウラナキの敗北は確定した。

 

 時に、コンマ以下秒を争う近接戦においては、野生的な反射行動というものが推奨されている。鍛錬の上の動作であれば、尚の事。

 惑いがあれば遅きに失する。状況確認、敵影捕捉、それから攻撃開始では、こと近距離戦ではあまりに鈍い。

 しかしだからといって、起き上がり際にお願いブッパするような技は、予想されて然るべきである。格ゲーで言う“暴れ”など、ゲーマーにとっては想定内。

 最速の太刀筋、最適な確度、最高の間合い。ウラナキは弛まぬ努力の剣聖だ。だからこそ、誘導は容易かった。

 

「なっ……!?」

 

 ガッ! と。瞬時に接近したイシグロは、ウラナキの太刀を両手で挟み込んでいた。否、指を切らない武器ゆえに、力いっぱい握り込んだ。

 もしこれが、本物の刃なら危なっかしくて試みない。しかしこれは桜闘会。それを利用されてしくじったのは一回戦のイシグロで、彼は同じ轍を踏みはしない。むしろ、利用する。楽しい喧嘩に熱くなったウラナキが失念していただけである。

 引かれる力と握る力。しかし、力が強い事は利があるばかりじゃ断じてない。愛刀ならば、彼女の期待に応えてくれたであろうが、今は違う。刃引きされた大太刀は、度重なる酷使に悲鳴を上げていたのである。

 

「ふんぬッ!」

 

 次の瞬間、ウラナキの太刀がぶち折れた。単なる握撃ではない。物体破壊を目的とした、武闘家系能動スキルによってである。

 折れた刃が舞い上がる。ウラナキは表情を変えた。諦観ではなく、満足感。武器がなければ、流石に勝てない。

 

 集中が途切れる。視界の中、ウラナキは愛する娘の方を見た。

 そいつはイシグロの超絶技巧に惚れ惚れと顔を赤らめていた。完全にメスの顔である。

 

(今くらい母親の応援してくれてええんちゃうん……?)

 

 ウラナキは呆れ返った。ある意味らしいと言えばらしいので、納得もした。

 それからイシグロを見た。そして気づいた。トドメが来る。あ、するのね。迫っているのは拳? 蹴り? いや、違う、これは……。

 

「ほげ!?」

 

 ドンッ! 強烈な踏み込み音と同時、ウラナキは水平方向にぶっ飛ばされ、壁結界に「大」の字で叩きつけられた。

 あの至近距離で、凄まじい威力。何だこれは? 初めて食らう技だった。戦闘狂的思考回路が、意識を失う寸前に高速回転する。

 一瞬の加速、潜り込むように、背中越しに突撃された。それだけだというのに、まるで迷宮の巨大魔物に跳ね飛ばされたかのような衝撃。

 全く分からないが、ここまできてなお隠し札。イシグロ・リキタカ、技の宝庫であった。

 

「また、やりたいなぁ……」

 

 そう呟いて、ウラナキは倒れた。

 最後の一撃、その名は鉄山靠。無論、イシグロに八極拳の心得はない。だが出来る、出来た。そう、モーションアシストならね。

 

「試合終了! 勝者! イシグロ・リキタカァ!」

 

 勝利の鐘が鳴ると、イシグロは対戦相手へ一礼した。

 この試合を通して、イシグロは思った。

 全種総合って、武闘家のが有利なんじゃないだろうかと。

 

 いやだって、武闘家は普段から武器持ってないからザコ武器に縛られる事ないし、そのくせ攻撃の威力は据え置きだ。

 だったら、武闘家じゃない相手を武闘家の土俵に立たせてやれば、こっちが一方的な有利が取れるじゃあないか。そうでなくとも、一個縛りがないだけで相当うま味である。

 まぁ今回は運よく武器破壊が出来たから上手くいったのであって、普通ならこうはならんだろう。

 

 ふぅと一息、イシグロはVIP席を見た。

 一党の皆は興奮に顔を赤くしていた。各々、喜んでくれているようだ。

 どうやら、主人らしいトコを魅せられたようである。

 

 

 

 

 

 

 ウラナキさんとの戦いの後、トーナメントは順調に進んでいった。

 

 準決勝戦、俺の相手は槍使いだった。潜り込んで槍をブチ折って勝った。

 俺は無事、決勝戦に駒を進めた訳である。

 

 一応、今回の好敵手枠であるデイビットさんも無事に決勝まで上ったようだった。

 次の戦いが最後の試合だ。俺VSデイビットさんで、これに勝てば優勝だな。

 

 個人用の闘士控室。

 もうすぐ決勝という中で、俺は英気を養っていた。

 

「ご主人様♡ んっ♡ ふぅ♡ 素敵ですご主人様♡」

「見ておったぞ♡ 主様♡ わしも鼻が高いのじゃ♡ んふー♡」

 

 俺にとっての英気とは、要するにロリエネルギーである。

 主人らしいトコを見せられたお陰で。皆にはもう一度デレ期がやってきたのである。今はそれを享受しているという訳だ。

 愛らしいケモロリを抱っこして、頭を撫で撫でする。どうやらグーラとイリハが特にキテるらしく、いつもより甘えん坊モードが強めに出ているらしかった。

 

「貴女たち、ゲルトラウデが見ているわ……」

 

 などと言うエリーゼこそ甘えたそうにしている。今現在、彼女が何をしてほしいかなど、手に取るようにわかる。

 だが、今キスをすると股間が邪魔で試合どころではなくなるので、流石に我慢である。もじもじそわそわしているエリーゼは、顔を赤らめて物欲しそうに俺の唇を見ていた。

 

「ん~?」

 

 そんな中、ルクスリリアは浮遊しつつ胡坐をかいて難しそうな顔をしていた。

 腕を組み、首を捻り、グーラとイリハの様子を訝しんでいるようだった。

 

「ほう、デイビットの小僧がか。そういう奴ではなかったように思うが……」

「実際けっこうバチバチやってるっぽいよね~。友達が言ってたよ、支部はマシだけど本部は雰囲気ピリついてるって」

 

 控室は関係者なら入ってOKである。此処には無月流の二人もいる。なので、一応師匠にも昼休みに起きた事を話しておいた。澄刃流の門弟が話しかけてきたよと。

 万が一、億が一の為、澄刃流を警戒しておいてほしいのだ。理屈のない感情的な暴走なんて、世の中ありふれているのだから。

 

「はぁ♡ くんくんくん♡ 良い匂いです♡」

「ふがふが♡ んぅ、戦士の匂いなのじゃ♡」

 

 師匠と話している最中も、獣系二人はしきりに俺の匂いを嗅いでいた。グーラは首周りを、イリハは耳元をくんかくんかしてくる。くすぐったいし恥ずかしい。

 それにしても、何時にもまして甘えてくるな。息も荒いし、エッチな事一つもしてないのに軽くサカりがついてるのナンデ? まぁ悪い気なんて全くしないが。

 

「イシグロ様、そろそろお時間です」

 

 コンコンコン。扉をノックされ、案内の声が聞こえてきた。

 そろそろ、闘士入場の時間である。

 

「少し待ってください。二人とも、ちょっと離れててね~」

「あ~んもうちょっと~♡」

「のじゃ~♡」

「ほら離れなさい、もう……」

 

 同門ならともかく、流石に他の人には見られたくない。俺はなおも引っ付こうとする二人を剥がし、道着を整えた。

 

「じゃ、行ってきます。師匠」

「うむ。気負うでないぞ」

 

 言うと、俺は勇ましく歩き出した。

 皆にはもっと好きになって欲しいからな。カッコいいとこ見せましょ。

 

「ん~、まぁいいや」

 

 するとルクスリリアが飛んで来て、俺の首に抱き着いてきた。それから、耳元に唇が寄せられる。

 メスガキASMRだ。こそこそ話の合図である。俺は彼女の声に耳を傾けた。

 

「なに?」

「ご主人、これはプラスになると思って言うんスけど……」

 

 それから、彼女は、ごく真剣な声音で、一言こう囁いた。

 俺にとって、いや世界にとって、極めて衝撃的な事実を。

 

「グーラとイリハ、発情期入りかけてるッスよ♡」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 !?

 

 

 

 

 

 

 全種総合部門、決勝戦。

 最後の試合を前に、客席は最高の盛り上がりを見せていた。

 応援団が声を出し、推し闘士の旗が振られ、バトルマニアのおじさん達が巻いた予想紙を握りしめる。重鎮がいるVIP席とて、似たような状況になっていた。

 

「やあ、やっと戦えるね。イシグロさん」

 

 観衆の前、注目を浴びているのは二人の闘士。

 向かい合う両者の間には、純粋に過ぎる戦意が満ち満ちていた。

 

 澄刃流師範、“水仙剣”のデイビット。

 待ちきれないのか、彼はそわそわと刀の柄尻を撫でていた。

 

「ええ……」

 

 唯心無月流、“黒剣”のイシグロ。

 高揚しているデイビットに対し、彼は据わった瞳のまま泰然自若と佇んでいた。

 

「良い眼だぁ、さっきの貴方とはまるで別人……。僕相手に、本気の本気を出してくれるんだね……?」

 

 イシグロは無言である。

 無表情で、無感情に、倒すべき敵を見据えていた。

 しかし、その瞳にはゾッとするほど怜悧な戦闘思考が表れていた。

 

「光栄だぁ、ゾクゾクするよ……」

 

 デイビットの愚息が縮む。戦闘を前に、これは邪魔になるからだ。

 ゆっくりと、森人の意識が研ぎ澄まされていく。心が静まり、ただ相手の打倒のみに集中する。

 張り詰めた緊張の中、デイビットはなおも笑っていた。

 

「楽しもうね、イシグロさん……」

「そうですか」

 

 結界床が形成される。試合開始、秒読み段階。

 武器を抜く両者。それからイシグロは、自身に言い聞かせるように、一言だけ呟いた。

 

「はーい、よーいスタート……」

 

 銅鑼が鳴って、試合が始まる。

 観衆が今日一番の歓声を上げた。

 

 刹那、必殺魔剣が開帳された。




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