【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告感謝です。ありがとうございます。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回も三人称です。よろしくお願いします。
決勝戦を前に、客席全体は言葉にならないざわめきに満ちていた。
そんな観客席の端に、一人の獅子人女性がいた。澄刃道場師範代・ジャグディである。
ジャグディがいるのは道場関係者のみに許された立ち見スペースであり、そこは熱狂からはやや離れた雰囲気の場所だった。
「クソッ……!」
組んだ腕に力が籠る。現在、ジャグディは苛立ちを抑えきれずに側近を遠ざけていた。沈殿する怒りの理由は、これから決勝を戦おうというイシグロという男の存在そのものであった。
結局、奴はまんまと決勝まで駒を進めてきたのである。部下の報告によると、奴とは交渉の席にさえ立てなかったという。八百長を持ちかけようとしたところで、あろうことか同門であるはずのフィーランに邪魔をされたのだ。
イシグロ・リキタカ、あの男は危険だ。
第一回戦ではジャグディに雇われた銀細工闘士を打倒し、そのまま負傷一つなく勝ち上がり、ついにはウラナキを倒してのけた。そして今、デイビットの前に立ちはだかってきたのである。
奴の戦いぶりは見させてもらった。その上で思う。あの剣は、主に届き得るものであると。
獅子人族の女は、愛する男を主と仰ぎ、主を長としたハーレムを形成するという性質を持つ。これは種族由来の本能であり、強い雄なら尚のこと決して抑えられるものではない。
また、ハーレムの主は強くあらねばならない。とりわけ、ジャグディにとっては外側への誇示こそ重視すべきであると思われた。でなくば、自身の格が落ちてしまうからだ。
故に、ジャグディは主の敗北を許さない。その可能性があるのなら、事前に潰しておくべきだと考え、迷いなく実行できるのだ。
「チッ……」
視線の先、ついにイシグロが現れた。奴の姿を見ると、ジャグディは忌々しげな舌打ちを抑えられなかった。
直接の接点など欠片程しか存在しないが、今やジャグディにとってイシグロという男は憎しみの対象である。それと同じくらい、嫉妬の向け先でもあった。
第一試合にて、デイビットが見せたあの剣技。流水を纏った一閃。ジャグディの知らない奥義であった。
そんな奥義を、あろうことか主はイシグロを助ける為に使ったのだ。意味不明であり、理解不能である。妬みと憎しみで頭がどうにかなりそうだった。
何故あの時、主はイシグロを攻撃しなかったのか。どうして、あの技を教えてくれなかったのか。なんで、自身の勝利に無頓着なのか。ジャグディには、デイビットの思考が全く以て理解できなかった。
「随分と怯えているようですね、ジャグディ」
ふいに声をかけられた。聞くだけで腹の立つお澄まし声である。ジャグディは一瞬たりとも視線をやる事なく、無視を決め込んだ。
対し、フィーランはそんな彼女の隣へとやってきた。視線は同じ、入場してきたデイビットと、その対戦相手である。
「貴女の妨害行為は全て防がせて頂きました」
フィーランの言葉に、ジャグディの眉が震えた。八百長は最後の手段だったのである。
最初はイシグロの奴隷を誘拐しようとしたが、近くにゲルトラウデがいて出来なかった。控室のお茶に薬を混ぜようとも考えたが、警備が厳しい上に関係者への賄賂が通じそうになかった。ならばと銀細工の忍者に依頼しようとしたら、「嫌でござる」「嫌なのだ」「嫌じゃん」と断られたのだ。
それら全ての裏にフィーランの影があったというなら、あまりにも偏執的である。少なくとも、ジャグディにはそう感じられた。そこまでして、デイビットの邪魔をしたいのかと。
「そんなにも、彼の勝利が必要ですか?」
「当然だろう」
苛立ちのまま、吐き捨てるように答える。
こいつの言う通りなら、もうどうしようもない。相手が誰であれ、屁泥のように溜まった怨念は言葉に変えて吐き出したかった。
「貴女の言う勝利は……それは貧しい勝利ですよ。彼の心を救いはしません」
「どうあれ負けたら終わりだろう。内外に示しがつかないし、群れの格が落ちてしまう」
「終わりではありません。少なくとも、何度も敗北してきたからこそ、デイビットは強くなったのです」
「分かった風な事を……!」
「知ってますから、彼の事は」
何かあると、すぐこれだ。昔馴染みだからと、この女はジャグディの知らない主の過去を持ち出して優位に立とうとしてくるのだ。それが何より気に喰わない。
スタンスといい、思想といい、目指している未来といい、ジャグディとフィーランは根本的に噛み合わなかった。話せば分かるなんて嘘っぱちだ。どれだけ言葉を尽くそうと、分かり合えない事だけは分かっているのである。
「私は信じていますよ。彼が勝ってくれるのを」
「お前の言う信頼ほど実を伴わないものはないな」
「ああ言えばこう言う、ホントに貴女は……」
「黙れ、それは此方の台詞だ」
憎み合う二人の目の先で、向かい合う二人の足元に結界床が形成された。戦場が整うと、会場全体で試合開始のカウントダウンが唱和される。
盛り上がる闘技場の隅っこで、ジャグディは誰に聞かせるでもなく、こう呟いた。
「お前が気に入らない」
「私もです」
二人の言葉は、観衆の熱にかき消された。
愛する男に勝ってほしい。
それだけは同じなのに、それ以外の全てが違う。
二人の女は、一人の男の勇姿に刮目した。
〇
前世、イシグロに喧嘩の経験はない。人を殴った経験こそあるが、それは空手の話である。
当然として、道場で習った事以外をやった事はない。戦って勝つ為の試行錯誤など、何をかいわんや。
異世界転移後、そんなイシグロが戦いを生業にするにあたって、迷宮内外で扱う戦法には一度大きな変革があった。
当初、イシグロは逃走を前提とした各種チート任せの死にゲー風幕末志士スタイルで戦っていた。
その後紆余曲折あり、“無銘”という丈夫な剣を手に入れてからは【受け流し】という剣士系防御スキルを多用したSEKIRO風カウンタースタイルに転向する事となったのである。
転向後のカウンタースタイルは、異世界バトルにおいて凄まじい戦果を上げてみせた。
迷宮内外の一党戦でも、タンクとアタッカーを高次元で両立できていたのだからその有用性は推して知るべし。
対人戦も同様、これは極めて強力であった。短期決戦あるいは初見殺しの手段としては、という注釈はつくが。
過去、イシグロはこの剣法を対策され、危うく敗れかかった事がある。相手はエフィーエナという名の鬣犬戦士だった。
間合いの際から用心深く攻撃されては、いくら上手に【受け流し】ても相手の体勢を崩す事はできず。また、仮に完璧に受け流そうと、逃げを前提とされては反撃が届かない。加えて、相手側に攻めっ気がなければ火力が出せないという弱点も存在していた。
畢竟、イシグロ第二形態はアタッカーに強くタンクに弱いという性質を持っていたのである。
ところで、前世地球における“必殺魔剣”とは何だろうか。
グラムとかフラガラッハとかの中二ソードではなく、凡庸な武器でも行使可能な技術としての魔剣の方だ。実在の有無はともかくとして、ひとまず在るものとしておこう。
やがて来る戦で勝つ為に、イシグロは異世界の地にてコレを開発した。
バカとチートは使いよう。どれだけ内心自嘲しようが、ロリの為なら自重などせず利用する。
本来あるべき形ではない、奥義と呼ぶにはあまりに乱暴。初見殺しの必殺魔剣。
名を、
無月流から派生した、イシグロ・リキタカ専用技である。
「はーい、よーいスタート……」
銅鑼の音が響く時、イシグロは必殺魔剣を開帳した。
初手、姿勢を整える。視線は遠く、構えは正眼。それから間合いを詰めるべく、踏み込み深く駆け出した。
逃れる術を与えない、剣の嵐を伴って。
澄刃流剣士・デイビットは、元冒険者の魔法剣士である。
彼が教える澄刃流は、あくまでも剣を用いた鍛錬法の一種である。敵を倒すのは二の次で、己の心身を鍛え上げる事を本懐とするのである。
右手に刀、左手に短杖。剣と魔法の二刀流、これが師範のマジ装備だ。つまるところ、敵を倒す為の装いである。
試合が始まると同時、デイビットは即座に魔力を練り上げた。
対人戦には定石がある。間合いの離れている今は、牽制合戦がセオリーだ。それは純粋剣士でも同じ事、故に初手は牽制用の水魔法で様子見すべく杖を構えたのである。
無論、先のイシグロの戦いぶりは見ていたので、彼が突っ込んでくる事も想定済みだ。その上での魔法選択。最適であり、最速の魔法行使。この時点で、デイビットにミスらしいミスはなかった。
「範囲拡大……」
だが、見積もりが甘いのも事実だった。
牽制で迎え撃つ選択はいい。しかし、殺す気のない牽制程度じゃ意味がない。フレーム単位の剣士の世界、イシグロは形成されていく魔法を
突っ込んでくるイシグロ。想定の甘さに気づいたデイビット。彼が剣鬼流の“飛ぶ斬撃”をお上品に回避していたのは、アレが確定二発のクソ技だったからであって、身体で受けて耐えられるなら全く以て怖くはない。
とはいえ、初見なはずの水魔法である。普通ならもっと警戒するだろう。だが、イシグロは違う。チートのお陰で、迫る脅威が如何程なのかが分かるのだ。
「魔力過剰充填、【連鎖水礫】!」
加えて言うと、現在の彼の精神性はRTA走者のソレであり、常の慎重さがブラックフライデーの如く削減されているのである。
まさに
「ユクゾ……」
姿勢を低く、左手を前に、機を見計らって瞬時発動。鎖のように繋がった水礫を、斜めに作った【魔力の盾】でジャスト防御。
パァン! 水の礫が弾け舞う。正面から防ぐとノックバックでタイムロス。剣の防御は勿体ない。ならばジャストで防いで流し、速度を落とさず傘を差して駆けるのだ。
水の魔法が解れていく。雨に変じるより先に、両者の視線が交錯した。
イシグロは冷徹な目をしていた。デイビットは驚愕しつつも、剣士の癖で最善手を打っていた。
思考に先んじ、刀の峰に杖が沿う。居合にも似た構えから、流水の刃が生成された。やがて魔法の水は勢いを増し、刀の延長として振るわれた。
「澄刃流裏奥義、【冷泉憤怒】!」
一足一刀の間合いとはいえ、未だこの場は澄刃有利の殺戮領域。異常に伸びた水の剣が、異様な速さで対手に迫る。まさに奥義、まさに魔法の超高圧水。圧縮された自在の滝は、鉄の剣など容易く切り裂く。
確定一発。模擬戦というには過剰火力。間合いの外、イシグロはこれを……。
「ふん!」
いとも容易く【受け流し】た。
このイシグロに、受け流せない攻撃はそんなに無い。桜闘会でやらなかったのは、偏に武器が脆かったからだ。しかし今のイシグロに、武器にかける情けはなかった。壊れたらば殴ればいい。桜闘会は拳士が強いのだ。
試合に勝つまで持てばいい。この時、イシグロに長期戦の選択肢は存在しなかった。
「ユクゾ……!」
死の滝を受け流し、さらに一歩惑わず前へ。完全にイシグロの距離である。黒剣の二つ名を持つ男は、僅かに揺らいだ剣先を戻し元の構えを取り戻した。
常軌を逸した覚悟と技巧。黒剣の狂気に驚きを隠せないデイビットはしかし、卓越した剣士だからこそ気づいた。今のイシグロが変わった構えをしている事に。
右手は普通に柄を握っている。しかし左手は緩く開かれ、握るでもなく柄に添えられていた。また、足捌きについてはそれに輪をかけて異様だった。駆け足、摺り足、踏み込む深さが不規則で、武人らしい律動を見出せない。
奇妙な構え、精妙な足捌き。ここにきて気づく。既に、術中だったのだ。
「くっ……!」
互いの間合いで、動ける剣士は唯一人。流水剣を振り切り隙を晒すデイビットに、イシグロはなおも突撃した。狙うは、左足。
イシグロから見て右方向に、全身からなる剣が閃く。振りかぶりのない、通り過ぎ様の浅い攻撃。デイビットはこれを【魔力の盾】で防いでみせた。
魔法の盾を刃引きの速剣が擦過し離れる。野性的な反射、殆ど奇跡に近い防御だった。
ヒットアンドアウェイか。至近距離からの、向かい風のような突進攻撃。速度からして、今奴は遠く背後にいるはずだ。考えるより先に、最速の動きで振り返るデイビット。
しかし、奴はすぐ眼前にいた。不規則な足捌き。剣は既に構えられている。攻撃体勢、そうであっても突きの速さで負けはしない。
「ガッ……!?」
デイビットは刀による刺突を放とうとして、反射的に後ろに下がった。次の瞬間、防御に構えた刀を打ち上げられ、得物の腹が顎に直撃した。
視界の上に影。イシグロは跳躍と同時に斬撃を見舞ったのである。今のが当たっていたら、刃引きの剣とはいえ酷い負傷をしていただろう。
上を取ったイシグロは猫のように身体を捻り、自ら生成した空中足場へ天地逆さに着地した。完全に姿勢が崩れたデイビットに対し、イシグロは落下の勢いを乗せて斬撃。
これを、デイビットはなおも凌いでみせた。しかし完璧ではなかった。我武者羅に張った【魔力の盾】が割れ、勢いを減じた剣が森人の肩に直撃する。
「ぐぅううううう!」
再度、背中を取られた。振り返ると同じ目に遭う。デイビットは不格好な前転で距離を取るも、イシグロは動じることなく追従してきた。
振りかぶられる剣が見える。盾の連続行使は厳しい。刀で受けるしかない。重さのない一撃が森人の体幹を揺るがせる。
気が付けば、デイビットは不利な防戦を継続させられていた。
まるで、遥か格上の相手と盤上遊戯でもしているようだった。最善なはずの一手を打つ度、何故か盤面が不利になる。
少しずつ、少しずつ、駒が墜とされる。しかし攻勢に出る事を、戦士の勘が否だと叫ぶ。
戦闘思考の袋小路。デイビットは、迫る剣を前に。
「うぉおおおおおおお!」
限界を超え、凌ぎ続けるしかなかった。
上下左右。鳴り止まない鉄の音に、降り続ける剣の雨。視界の隅に過る影を目で追う事さえ困難で、何処からくるか分からぬ技をデイビットは反射を超えた狂気で以て何とか倒れず凌いでいた。
擦過する度、傷が増す。剣が舞う度、劣勢になる。倒れる寸前で踏ん張る森人剣士だが、その美貌に常の余裕はない。それどころか、剣鬼道場の門弟を思わせる凶笑が浮かんでいた。
「ユクゾ、ユクゾ……」
「うぉあああああああ!」
客席から見ると、一方的なこの攻勢はイシグロという小人がデイビットという巨人に纏わりついているように見える。
素人目線で隙が見えても、致命的な一撃を浴びせる事なく動きを止めずに軽く打つ。それは肉食獣が獲物を甚振っているようでもあり、忍耐強く機を待ち続ける狩人のようでもあった。
初手から今に至るまで、デイビットの対応は都度最適解と言えた。ならば何故、デイビットは反撃に移れないのか。彼視点、反撃をする事に強い危機感を覚えているのは何故か。理由は一つ、デイビットが歴戦の剣士だからだ。
仮にこれが実戦であれば、既にデイビットの身体はズタズタになっていた。やろうと思えば、今すぐにでも終わらせられる。では、何故さっさとトドメを刺さないのか。理由は一つ、これが殺し合いではないからだ。
桜闘会という縛りの中で、二人は互いの最善手を選び続けているのである。
ここで、朱鷺流れの解説をしよう。
はじめに、イシグロは危機察知チートを上手く使いたいなと思った。けど、待ちの姿勢は対策されて上手く決まらない。そうでなくともカウンタースタイルは相手に主導権を渡してしまう。
ならば、どうするか。答えは簡単。勇気を出して、一歩前に踏み込めばいい。そうすれば対策の一つを封じる事ができる。
言うに易しだが、実践するのは難しい。何故なら、戦いにおいてリスクとリターンは表裏一体。これ以上前に出ると、逃げの択が消えてイシグロの生存率がガクッと下がってしまうからだ。
ロリが絡まない限り、石橋を叩いて渡る性質のイシグロにとって、リスクの高い戦法など御免だった。それを言うならSEKIRO戦法自体オワタ式と同義のハイリスク技だゾって話だが、それはそれ。イシグロの尺度ではローリスクなのである。
では、リスクを減らす手段を見つけたらば、どうか。
唯心無月流である。その足捌きは小さく細かく、その剣捌きは即応性に長けている。そこにチートを一つまみすれば、幻惑歩法と安定剣技で必殺魔剣の誕生だ。
各種歩法と無月流。片手を緩く構える事で、魔法とスキルを備えておける。これにより、イシグロは三層の近接防御手段を得たという事だ。
三層防御を踏まえての、薩摩的突撃戦法。いざとなったら自分は逃げるが、逃げる相手は追っかけ回す。自分に有利な択を押し付け、最悪アイコのグーで殴って仕切り直す。パーを出されりゃゲームを降りる、超攻撃的後出しジャンケン。
そして決め手はどうするべきか。相手が崩れたならば、そのまま斬って墜とせばよい。焦って攻撃してくるならば、此方の奥義を食らわせる。迷宮深層で練り上げられた、イシグロ・リキタカ必殺剣。隻狼忍殺にて引導を渡す。
故に、時に誘ってみせるのだ。心に負ければ絡め取る。心に勝つなら一手を詰める。
真正面、イシグロはあえて剣を振りかぶってみせた。達者でないと気づけない程、ほんの僅かな隙を見せて。
刹那の静寂、両者ともに好機を見た。
デイビットはやっと回ってきた反撃チャンスに。イシグロはやっと回ってきた逆撃チャンスに。
「ウォォァアアアアアアッ!」
澄刃流剣士、デイビット。彼は溜め込んできた衝動を解放するように、右手の刃に瀑布の如き水流を纏わせた。
どのみち、これを逃せば勝ち目はない。ならば最後の一撃に、全ての魔力を注ぎこむ。デイビットは、眩く光る勝利の線へと剣を振り下ろした。
迫る激流剣を見て、イシグロは思う。結晶カマキリのが速いよな、と。なので、特に動じる事なくその機を待った。
「【冷泉憤怒】ゥァアアアアッ!」
ギィイイイイイン! 瀑布と化した水流剣を、イシグロは完璧に【受け流し】た。
遠く背後の壁結界に、剣閃をなぞって亀裂が走る。人の意になる氾濫は、一人の剣士に制された。
視線が交錯する。森人の美剣士は、突然消えた勝利に理解が追い付いていなかった。
剣士系能動スキル、【受け流し】。これは武器耐久度と引き換えにした防御スキルであり、剣身に触れた脅威を受けて流す技術だ。流された攻撃は完全に無力化され、受けられた相手は世界の理により隙を晒してしまうのだ。
無防備状態、会心確定。慣れた感覚だった。反射を上回る安心感で以て、イシグロは剣に黄金の粒子を纏わせ、異世界転移からずっと愛用してきた技を構えた。それに加え、二種の歩法スキルも忘れない。
「はっ……!?」
という驚愕は、イシグロが床を蹴る音にかき消された。
ソードマスター能動スキル【剛剣一閃】。剣士系能動スキル【切り抜け】。武闘家系能動スキル【軽功】と、【震脚】。無防備を晒した胴体に、会心の一撃が叩き込まれる。
「オラァアアアアアア!」
ズバァン! 通り過ぎた剣閃は、大地をなぞる稲妻の如し。
イシグロは火が出る程の摩擦を制し、遠く間合いの外側で残心した。
一拍遅れ、デイビットは倒れた。HPを1だけ残し、彼は痛みのあまり気絶したのだ。異世界物理法則的に、斬れはしないが骨も肉もぐちゃぐちゃである。
「し、試合終了ォーッ!」
勝利の鐘が鳴る。ざわめき、どよめきの後に、徐々に拍手がやってきて、やがて万来の喝采が響き渡った。
試合時間は極めて短かった。イシグロが魔剣を開帳してから、一分未満の瞬殺劇。観客的には短い試合も、イシグロ視点では長く厳しい戦いだった。実際、余裕はなかったのだから。
正直、デイビットがああも粘るとは思っていなかった。なにせ、完璧に入った朱鷺流れにはゲルトラウデさえ四十秒しか耐えられず、良いのを一撃入れられたのだ。
無敵に近い必殺魔剣。無論、この技にも弱点がある。
第一に使い手の消耗が激しく、長くは続けられないという点だ。現状、制限時間一分ちょい。何気にギリギリの戦いだった。
第二にイシグロの集中力の問題。高速機動は一度ミスれば隙を晒す。心身ともに万全でなければ、発動するだけでリスクになる。
第三に使用用途が限定的である事。朱鷺流れはあくまでタイマン用であり、加えて言うなら開けた場所でしか発動できない技なのだ。
「さて……」
拍手の中、結界床が下り、救護班が駆けて来る。
このまま優勝者を祝う式が始まり、景品の授与が行われるのだ。
試合より、こっちのが長くなりそうである。
ふと、VIP席を見た。心の回復にはロリである。
視線の先では、目をハートにしたケモロリ二人が遠くイシグロに熱狂していた。そんな二人を、ルクスリリアとエリーゼが抑えていた。
ゲルトラウデさんは紛う事なき後方師匠面をして、姉弟子のアンゼルマさんはパチパチ拍手してくれていた。
「ん? あ、ヤベ……」
今気づいた。激しく動いたせいで道着が崩れ、半脱ぎ状態になっていた。迷宮で鍛え上げられた肉体が惜しげもなく晒されているではないか。
イシグロは、慌てて道着を整えた。視界の隅、観客席の鬼人幼女が両手で顔を隠していた。どうやら、イシグロの裸体を見られるのが口惜しいらしい。
気を良くしたイシグロは、鬼人幼女にファンサした。キャプテン・ファルコンのアレである。隣で顔見知りの女性が気絶してたが、文字通り眼中になかった。
これにて、イシグロは桜闘会を優勝したのである。
だが、ホントの本番はここからだ。
皆が待ってる。
ところで、何故に魔剣の名前が“朱鷺流れ”なのか。その経緯を説明しよう。
残念ながら、イシグロはネーミングセンスに自信がない。バトル漫画のような外連味たっぷりの技名など。思いつくはずもなかった。しかし、名付けの為の知識だけなら揃っていた。
朱鷺流れとは、ユクゾユクゾで距離を詰め、流れに身を任せては命を投げ捨てるように攻めたてるガン攻め継続技術なのだ。
つまり、トキ流れであった。ジョインジョイントキィ……。
なお、某世紀末バスケとは一切似てない模様。
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作者のやる気に繋がります。
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◆追記◆
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