【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。モチベになってます。
 誤字報告もありがとうございます。誠に感謝。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 リンジュ編はこれにて終了。
 よろしくお願いします。


炉り道して帰りませんか?

「ウボァー!」

 

 マイナスイオンたっぷりに見える森の奥。カムイバラの鍛錬場にて、思い切り吹き飛ばされた俺は受け身も取れずに倒れ伏してしまった。

 俺の残りHPはあと僅かで、MPもすっからかんだ。利き腕も折れているし、持ってた武器も落としてしまった。

 流石に万策尽きた。完全無欠の敗北である。

 

「こんなところだろう」

 

 竜族特性である鱗鎧を解除しながら、ゲルトラウデ師匠は模擬戦の終了を宣言した。

 すると即座に回復魔法が飛んできて、俺のHPは満タンになった。骨折も治ったし、痛みも消えた。MPこそ戻っていないが、相変わらずのインチキヒールである。とても有難い。

 

「随分とやられたわね。大丈夫? アナタ……」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 体力全快、何事もなく立ち上がる。徹夜後のようなこの怠さは魔力欠乏の影響だろう。

 小目録の授与試験の後、せっかくだからと本気で手合わせしてもらった結果がコレである。剣も弓矢も魔法も道具も使った上で、俺は完膚なきまでに敗北した訳だ。

 

「ありがとうございました。全く太刀打ちできませんでした。流石です、師匠」

「いや、私が竜族でなければ其方の勝利だっただろう。つくづく、竜族というのは武術に不向きだな……」

 

 確かに師匠が竜族特性を持っていなければ、俺にもワンチャンあっただろう。

 竜族は強い。第一に心臓を潰されない限り瞬時に傷を再生できる耐久力。第二に即座に修復可能な鱗鎧による防御力。第三に自由自在な飛行能力。そして何より、幽波紋じみた竜族権能。師匠の場合、ただでさえ俺よりステも技量も上なのに、どうやって勝てという話だとは思う。

 だが、所詮はワンチャンで、たらればだ。ゲームみたいな異世界だが、異世界はゲームじゃないのだ。言い訳などできないし、する気も無い。

 

「なに、イシグロなら私程度すぐ追い越すさ。そのまま鍛錬を続ければな。エリーゼ様も、以前よりお強くなられました」

「そう……」

 

 エリーゼ達にも俺のチートが反映されているので、無月流の習得は爆速だった。本来あるべき幾千幾万の反復練習を飛び越えられるこの能力は、本当に不正行為じみている。

 真に重要なのは、この力を如何に使うかという話である。どんなモンスターマシンもビビッて乗ってちゃ速くないし、大いなる力には大いなる云々なのだ。くれぐれも増長しないように、今後も努めて心がけておくべきだろう。

 

「それに、イシグロの強みは個人の力じゃない。もし一党で戦っていたら、私も厳しかっただろう」

「かもしれませんね」

 

 師匠との模擬戦は、あくまでも俺とのタイマンだった。確かに、皆と一緒に戦えたのなら高確率で勝てただろう。

 作戦は単純。俺が前で張り付き、ルクスリリアにちょっかいかけてもらって、エリーゼは支援と回復に専念。グーラには心臓への一撃を狙ってもらう。イリハには俺かグーラに守護霊を憑け続けてもらう感じか。

 それでも絶対勝てるというビジョンが見えないあたり、何とも言えないな。

 

「ともかく、これにて小目録の授与は終了だ。短い期間ではあったが、イシグロ達の努力は確かだった。以後も鍛錬に励むように」

「はい」

 

 師匠が締め括って、俺達は鍛錬場を出た。

 一旦ギルドを抜け、帰る師匠のお見送りをする。荷物は既にまとめてあるので、もう借家に寄る必要はない。

 

「エリーゼ様は、本当にお強くなられた」

 

 転移神殿前、師匠は昔を懐かしむような声音で言った。

 敬愛する主を仰ぐようで、娘の成長を慈しむような瞳。再会した当初、彼女をただの庇護対象としか見ていなかった従者は、そこにはいなかった。

 

「今のエリーゼ様を見ると、真の意味で貴女をお守りできるのは、私ではないという確信が持てます。本当に、良い主人に出会えましたね」

「ええ。無頼の自由などより、ずっと素晴らしい鎖だわ」

 

 それから、師匠は俺と視線を合わせ、少し逡巡した後に口を開いた。

 

「……後は任せた。お元気で」

「はい」

 

 そう言って、銀竜の師匠は名残惜しさを払うように背を向けて去って行った。

 他にも色々と言いたい事はあっただろうに、かけられた言葉はごく短かった。

 

「未練たらたらって感じだったッスね。エリーゼ、そのへんどうなんスか?」

「心とは複雑なものなのよ。嘘は言ってないわ」

「珍しく、師匠の氣が乱れておったのぅ」

「ご主人様、この後はどうするんですか?」

「通行手形をもらって、それから活鬼闘技場に行こう」

 

 雑踏に消えた師匠を見送り、踵を返してギルドに戻る。

 今現在、ギルドにはラリスに帰る為の例のスタンプラリーを作ってもらってるのだ。作成には時間がかかるとのお話だったので先に鍛錬場に入ってたが、そろそろ出来てると思う。

 

「あー、まだちょっと待っててくれ。何か上が忙しいらしくてな」

「そうですか」

 

 が、受付のムキムキじいさんからのお返事がこれ。

 規模の差だろうか、それとも王都のギルドが特別優秀だったのか、書類一つ作るだけだというのに随分と時間がかかっている。

 仕方ないので、ギルド内で適当に過ごす事にした。知り合いがいたら別れの挨拶もしたいしな。

 

「よっしゃあ! 三人抜きぃ!」

「まだ試合は始まったばっかじゃん! ここからじゃん!」

 

 と思って周囲を見渡すと、空きスペースで遊んでいるヨタロウさんと忍者ズを発見した。

 そいえば、ヨタロウさんとは一緒に迷宮行くって約束してたようなしてなかったような。

 ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、俺は彼等に声をかけ、今日ラリスに帰る旨を話した。

 

「あー、そういえばお前ラリスもんだったよな」

「お陰で喧嘩を売られてしまいました」

「へっ、いい思い出だろ!」

「帰る前に拙者と勝負するでござる!」

「ベイゴマで一党戦するのだ!」

「今度こそオレのオレンジ・オーレオールが勝利するじゃん!」

「ええ、では……」

 

 そんな流れで、皆でベイゴマ対決をした。

 白熱した試合に、転移神殿にいた冒険者達も集まってきた。

 結局、ベイゴマ歴の浅い俺は敗北し、健闘を称えながら再戦を誓うのであった。

 

「イシグロさん、ご用意できました」

「はい。それじゃこれで」

 

 試合が終わると、ギルド職員から受付に来るよう声をかけられた。

 言われた通り受付の前に行くと、必要書類とは別に謎の小判みたいな物を渡された。

 

「これは?」

「リンジュの通行手形だ。これを見せればどこにでも行ける。まあ、お偉い誰かさんからの贈り物だな」

「なるほど」

 

 どうやら、この小判はリンジュ内を自由に移動できるパスポート的なアイテムであるらしい。恐らく、区長のバンキコウさんかその辺からのプレゼントだろう。

 ゲーム的に言えば、リンジュ内でファストトラベルが解放されたとか、あるいは制限エリアが解禁された感じかな。

 思うところがないではないが、有難く受け取っておこう。次来る時とかに便利そうだし。

 

「お世話になりました」

 

 書類と小判をアイテムボックスに入れ、もう一度ギルドを出る。

 ミアカさんにも挨拶しようと思ってたが、まぁ居なかったし仕方がない。アンゼルマさんあたりがよろしくしといてくれるだろう。

 

「次は闘技場でしたっけ」

「ああ。まぁ手紙渡すだけだけど」

 

 散々お世話になったのだ。一応、ライドウさんには義理を通しておくべきだろう。

 …神殿エリアを抜け、歓楽街に辿り着く。道端で寝ている酔っ払いに、謎のダンスを披露する陰陽師達。相変わらず混沌とした場所だが、この雰囲気にもすっかり慣れた。

 

「なんか混んでないッスか?」

「入れそうにないわね……」

 

 闘技場に着くと、門前には沢山の人が屯ッていた。

 桜闘会は終わったはずだが、そんなにすぐ大規模な演目が開かれるものなんだろうか。

 

「どうやら、今日は罪人の処刑があるようですね」

「えっ? マジ?」

 

 と思ったら。リアル公開処刑だったでござる。

 

「処刑と言っても、ただ首を落とす訳じゃないわ。闘士と罪人が戦って、それを興行にしているのよ」

「勿体ないッスよねー。要らないオスってんなら、淫魔王国に送ってくれりゃお互いハッピーだと思うんスけど」

「色々と事情があるのでしょう……」

 

 なんか中世の何処だったかでは処刑がショーだったみたいなの聞いた事あるし、それの凄い版って感じだろうか。

 いずれにせよ、俺にそういう趣味は無い。否定するつもりはないが、わざわざ金払ってまで見たくないのが本音だ。

 

「ジャルカタール……」

 

 ふと、看板の罪人リストを眺めてたイリハが呟いた。聞き覚えのある名前だが、誰だっけ? これ前も忘れてたような気がする。

 

「誰それ?」

「えっと、以前戦った狼人の剣士です」

「あー、あの凄い強かった奴か……」

 

 思い出した。イリハ誘拐犯の一人で、その中で一番厄介だった奴だ。確か、そいつの処刑権が俺へのご褒美候補だったんだよな。で、今日その権利を誰かが行使していると……。

 イリハ的にはどうなんだろう。怯えているって訳でもなさそうだが、観に行きたいんだろうか。彼女の精神衛生上、どっちの選択が正解だ?

 

「おやおや、イシグロ殿ではありませんか。本日はジャルカタールの処刑を観にいらしたのですか?」

「あ、いえ……」

 

 ふいに声をかけられた。見ると、声の主は猿人司会のダンガンさんだった。

 と、反射的に拒否ってしまったが、肝腎のイリハの意見を聞いていない。目を向けても彼女は平然としていた。是非とも観たいって訳ではなさそうか。

 

「ダンガンさん、これを」

「ん?」

 

 なので、ダンガンさんにライドウさん宛の手紙を渡して、さっさとこの場を去る事にした。

 渡した手紙には「こんにちは」「ありがとう」「今後ともよろしく」といった内容の文言を、迂遠かつ冗長な言い回しで書いてある。エリーゼ先生の指導の下、一時間以上かけて俺手ずから書いた作品だ。

 

「では、自分はこれで」

「はい! しかとお届けします!」

 

 人の視線が集まってきたところで、俺達は闘技場を後にした。

 

「聞くの遅れたけど、皆は観に行きたかったりした? 何なら今から席取るけど、イリハはどう?」

「わし? ん~、全然興味はないかのぅ」

「アタシも興味ないッスね」

「同じく」

「ボクも大丈夫です。彼の剣捌きはもう視たので」

「そう、ならよかった」

「ぶっちゃけ、あんま覚えとらんしのぅ。猫又の方が印象深いのじゃ」

 

 そんな風に話しながら、人力車ならぬ馬人車の停留所に着いた。

 ここから西区の門までひとっ走りだ。

 

「西区の入り口までお願いします」

「あいよ! おや? あんたぁ前にのせたお客さんじゃあないですかい!」

「あー、はい。多分」

 

 適当に選んだ馬人車は、偶然にも一度乗った事あるやつだった。

 そんなこんな、健脚の馬人が引く車がカムイバラの大通りを疾走する。スピード的には原付より少し上って印象。他の車の流れに乗っているので、割とスムーズに移動できている。

 

「この景色とも暫くお別れッスね」

「ずっと咲いてる桜にも慣れたなー」

「アナタのいたところだと、春が終われば散るのよね」

「わしからすると、鈴桜のない都なんてどんなのか想像もつかんのじゃ」

「桜は咲いていませんが、王都には美味しい食べ物が沢山ありますよ」

 

 流れる景色を眺めながら、カムイバラの思い出を話す。

 綺麗に舗装された石畳。街路樹の桜と雅な茶屋。瓦屋根の上では、相変わらず飛脚の忍者が走っていた。

 

「ザッケンナコラー!」

「スッゾオラー!」

 

 王都と比べ、品のあるストリートファイト。カムイバラ初日、ラリスの冒険者ってだけの理由で喧嘩売られたんだよなぁ。

 いい思い出、まぁそういう事にしておこう。

 

「どうも! またいらしてくださいね!」

 

 門前で馬人車を降りる。

 あの門を抜けたら、今度こそ旅立ちである。

 

「よろしくお願いします」

「はい」

 

 通行手形&謎小判を見せ、門番に通してもらう。

 門前に架けられた大きな橋の下では、大小様々な船が行き来していた。異世界随一の都市とは思えない、綺麗な河だ。おっ、屋形船とかあるじゃん。次来たら乗ってみよう。

 

「さて……」

 

 橋を渡りきって、振り返る。

 石造りが基本の王都と異なり、カムイバラは木製の建築物が多い。門や橋も木製で、進撃めいた壁も木で出来ている。しかし、それらには古い大樹を思わせるゆるぎない堅牢さが感じられた。独特な存在感があるのだ。

 リンジュ共和国、首都カムイバラ。実にザ・和風ファンタジーって街だった。最初は似非ジパング文化に戸惑ったりもしたけど、すぐ馴染めたように思う。

 良い縁もあったし、良くない縁もあった。スポーティな戦いもあれば、ガチの殺し合いを演じる羽目にもなった。はた迷惑な痴話喧嘩にも巻き込まれたし、柄にもなく陰謀対策を講じたりもした。

 

「また来よう」

「のじゃ」

 

 色々あったけど、満足いく慰安旅行だった。

 殺し合いが挟まる慰安旅行とは……? まぁいい。

 ともかく、カムイバラは良い街だ。次の楽しみも出来たし、今回はこれにておしまいとしておこう。

 

「じゃあルクスリリア、ラザニアを召喚……」

「お待ちくだされぇえええええ!」

 

 突然、空から大音声。

 次の瞬間、稲妻を纏ったライドウさんがマイティ・ソーのように落下してきた。

 それはいいのだが、周りの人がビックリしている。商人の馬も怯えちゃってるじゃん……。

 

「ら、ライドウさん……?」

「どうもどうも! イシグロ殿! 少々お待ちを! ギルド経由でお渡ししようと思った物があるのですが、今なら間に合うと思って馳せ参じた次第です! こちらを!」

「はい……?」

 

 言いながら、謎の巻物を渡してきた。

 手に取ると、彼は辺りを憚る声で囁いた。

 

「枝についての報告書でございます」

「なるほど……」

 

 彼の言う枝とは、建国の英雄である九尾天狐の跡継ぎを自称する一族で、イリハの遠い親戚だ。元はというと、そいつら対策の為に桜闘会に出たのである。

 イリハの言葉を疑っていた訳ではないが、最近は若干その存在を忘れかけていた。ホントにちょっかいなんかかけてくるのかって。

 

「ふぅん……」

 

 皆にも読めるように巻物を広げると、いち早く読了したエリーゼは納得したような声をあげた。

 ルクスリリアとグーラは興味がないっぽいが、イリハは熱心に読んでいた。

 

「詳細は言えませんが……彼奴等は既に脅威ではなくなりました。なので、もしイシグロ殿に接触してきても、力ずくで排除して構わないという事です」

 

 何か知らんが、色々あって枝なるお家は弱体化が確定したようだ。

 そうなると内外の影響力を失う事になるので、そもそもイリハに手を出される可能性自体が低くなり、仮に突いてきてもやり返してOKという訳か。

 う~ん、いやこれ……俺が桜闘会に出た意味はあったのだろうか。徒労感ではないが、なんだかなー感が無いではない。いや、あったという事にしておこう。少なくとも、深域武装は手に入った訳だし、良い戦闘経験も得られた。

 

「では私はこれで! イシグロ殿、ご壮健で!」

「はい」

 

 声が大きく話が早い。ライドウさんは紅蓮聖天八極式のような軌道で去って行った。嵐のような、いや雷のような人だった。

 ていうか、あの人の力も大概おかしい。大羅山人(ダイダラボッチ)戦で見た通り、彼は凄まじいパワーをお持ちだった。その上であの速さはズルいとしか言いようがない。

 師匠もライドウさんも一蹴できるくらい強くなるには、まだまだ時間がかかりそうだ。プラスに考えて、頑張り甲斐があろうというものである。

 

「今度こそ行こうか。ルクスリリア」

「あいッス! 久々に、出ろー! ラザニアー!」

 

 アイテムボックスから出した鎌をルクスリリアに手渡し、鎌の権能を使ってもらう。すると、地面に眩い召喚陣が浮かび上がり、そこから大きなヘラジカが姿を現した。

 この召喚獣、最初の頃より明らかにデカくなっている。そんな筋肉鹿に鞍を装備させ、俺はよっこいしょと跨った。

 

「そのうちサンタのソリみたいなんで飛びたいなっと。イリハ」

「おぉっとと……! た、高いのじゃ~……」

 

 それから、まずイリハを俺の前に乗せた。

 彼女は初めてのヘラジカ騎乗にビビッていた。普通に飛べるあたり高所恐怖症って訳ではないんだろうが、それはそれなんだろう。

 

「グーラ」

「はい」

 

 次にグーラを乗せる。

 俺の前にイリハとグーラの順で並ぶ構図だ。

 

「エリーゼ」

「ええ」

 

 続いてエリーゼを乗せる。

 彼女はふわっと跨り、優雅に腰を落ち着けた。

 

「ルクスリリア」

「ちょっと狭いッスね」

 

 最後に、ルクスリリアを一番前に誘導した。

 前から淫魔竜族獣系魔族狐人、全員ロリ! とんでもない楽園汽車ポッポだ。落下防止の為、シートベルトも忘れない。

 

「じゃ、出発進行ッス!」

 

 合図を聞いたラザニアが、飛行種族用の滑走路を駆ける。

 そして、俺達を乗せたヘラジカは、翼を広げて空高く舞い上がった。

 

「ギャアアアアアア! 怖いのじゃああああああ!」

「アナタ飛べるじゃない……」

「慣れますよ」

「安心するッス。安全運転を心がけるッス。こう、気流を読んでッスね……」

「言う事聞いてないっぽいけど」

 

 イリハの絶叫と共にグングン高度を上げていき、カムイバラから遠ざかる。

 あっと言う間に、街の住民は豆粒へと変じていった。

 

「アイルビーバック」

 

 去り行く街へ、俺は後ろ手にサムズアップした。

 あばよ和風ファンタジー。また会う日まで、ごきげんよう。

 

 こうして、俺達はラリス王国へ帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 イシグロが去った後のカムイバラ東区。閑静な住宅街の一角に、女は羨み男は見惚れる事請け合いな獣人美女の姿があった。

 白黒の髪に、丸っこい虎耳。白虎族のミアカである。

 

「よし、よし、よし……今日こそ行くで! んーっ、行くで行くで行くで……!」

 

 彼女は真新しい道着を纏い、物陰から衛宮邸そっくりな借家を見つめていた。

 誰が何処からどう見ても、今の彼女はストーカーそのものだった。事実、その通りである。

 

「今日こそ入るんや……! 自然な流れで案内してもろて、そんで……ぐふふっ!」

 

 トリップしたようにボソボソと妄想を垂れ流す今のミアカは、どれだけ美人でもお近づきになりたくない危険なオーラを発していた。

 それというのも、イシグロに振られて以降、ミアカの精神には著しい変質があったが故である。

 

 元々、ミアカは真のサバサバ系女子であったのだが、初の失恋で脳が破壊と再生を繰り返し、いつの間にか恋する白虎はせつなくてイシグロを想うとすぐトリップしちゃうオマセなぷにぷにへとメタモルフォーゼしてしまったのである。

 それはさながら、カップに注がれた紅茶にスプーン一杯のミルク(意味深)を加えてしまったかの様。今の彼女は色んな物が混ざって溶けて元に戻れない状態なのだ。

 

「あ、あんまん……!」

 

 そして、食べたいお菓子の名を言って、ミアカは一歩踏み出す勇気を奮い立たせた。

 借家の玄関に立ち、魔導チャイムを押す。魔力が伝わる感覚。もう逃げられないゾ。

 

「んぅ~……!」

 

 心臓が五月蠅い、身体がソワソワしてじっとしていられない。髪を整え、道着を整え、尻尾を振り振りして、あまりにも長く感じる時を待った。

 だが、何時まで経っても誰も出ない。声も聞こえないし、生活音も無いような……?

 

「留守? いやそんな用事ないはず……」

 

 ミアカの脳内イシグロスケジュールによると、この時間はまだ家にいるはずだ。買い出しは夕方にやるはずだし、急用だろうか?

 もう一度押しても、出ない。それとも何か緊急事態が起きたのだろうか、ミアカの胸に焦燥感と使命感が湧き上がる。ウチが何とかせなアカン、と。

 

「む、入門希望か」

「ひゃー!?」

 

 びくぅ! と全身の毛が逆立った。慌てて声の方を見ると、そこには無月流師範のゲルトラウデがいた。

 見つかってしまったが、ピンチはチャンスで好都合だ。ええいままよと、ミアカは覚悟を決めた。

 

「はい! イシグロさんのお家で稽古やっとると聞きまして……」

「む、というかお前は大工の娘の……」

「は、はい! オトンがお世話になっとります! そ、そのイシグロさんは……」

 

 どうやら、顔を覚えてもらっていたらしい。

 アンゼルマの情報によると、彼女はなかなか人の名前を憶えないらしいが……いやいや、これは純粋にアドだろう。より自然な流れになるはずだ。

 

「入門希望は嬉しいが、お前は……」

「はい!」

 

 何事か言い淀んだゲルトラウデは、逡巡の後ため息を吐くようにして云った。

 

「イシグロはさっき帰ったぞ」

「……んんっ!?」

 

 沈黙の後、ミアカは素っ頓狂な声をあげて固まった。

 イシグロが帰る? え、此処にではなく、ラリスにって事? でもそんな情報、聞いてない。旅の支度をしてる様子もなかったし、いや彼には収納魔法があるのだったか。いやいや、そうじゃない。

 ミアカは愕然とした。これまでの努力――彼女の認識では、ストーキング行為は努力なのである――が水の泡だ。この日の為にアンゼルマに話を聞き、自身の足で彼の情報を集め、好感度を高め――彼女の認識では、イシグロはそろそろミアカに惚れる予定である――た。それから時は満ちたぜと、何度も尋ねようと四苦八苦してようやっと勇気を出したのに……。

 判断が遅い! まさにそれ。この場に天狗のお面をつけた剣士がいれば、ミアカを叱責しただろう失態だ。まぁこの世界の天狗族はあの顔をしている訳ではないが。

 

「うむ……。まぁそんな事だろうとは思っていた。実際そういう奴も多かったし、恥じるような事ではないぞ」

「かはッ……!?」

 

 この時、ミアカの思考は過去最高に超回転した。

 思考力の復旧。感情の乱高下。運命の選択。

 イシグロが去った今、自分は何をどう判断し、行動すべきだろうか?

 

 時が止まる。ミアカの頭上で、二人のリトルミアカが論戦を開始した。

 これまでのサバサバ系の光ミアカは言う。もうイシグロの事なんか忘れちゃって、新しい恋見つけちゃいなよ。第一、一度振られちゃったんだし、もう脈なんか無いよ、と。

 ストーカー化した闇ミアカが言う。今の自分を見ろ、かつてここまで入れ込んだ男がいたか? こんな恋、二度あるか分からない。運命の相手かもしれないんだぞ。それをここで諦めていいのか? と。

 

「か、かか……」

「ん?」

 

 刹那の超高速脳内会議、左右に揺れるミアカの脳内で二体の大怪獣が激突し、そこに潜伏していた迷宮の狂気が「よっ、大将やってるかい?」とエントリーして、彼女のニューロンはズッタズタのふにゃふにゃになってしまった。

 そして、高次元の存在から天啓を受ける。え? ここから巻き返せる方法があるんですか? ミアカは怪し過ぎる超越的示唆をワンクリックした。啓示を受けたな? これでお前との縁ができた! 当然、全部ミアカの妄想である。

 

「か、通わせてください……!」

 

 こうして、ミアカは“覚悟”した。

 無月流格闘術を習い、迷宮を攻略する。貯めたお金でラリスに行き、今度こそイシグロと恋仲になる。迷宮如きがナンボのもんじゃい!

 大丈夫だ、あの時は関係性が構築できてなかったから振られただけで、ある程度の付き合いができた後なら成功するはずだ! 顔にも身体にも絶対の自信があるのだ。このミアカに、やってやれない訳がない!

 

「そ、そうか……」

 

 完全にキマッちゃったミアカの双眸を見て、さしものゲルトラウデも目を逸らした。

 せめて、自分にできる手伝いをしよう。恋愛ではなく、武術の方で。

 

「よろしくお願いします! 師匠ッ!」

 

 人生を賭けた大博打。白虎族のミアカは、愛に生きる道を選んだ。

 なお、派手に迷子になってる模様。




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