【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 かなり前から言ってるように、本作は読んでる間ほんのり楽しい小説を目指しています。できてるかどうかは分かりませんが。
 そんな本作ですが、今後も引き続きお読み頂ければ幸いです。

 あと、今回は三人称です。


この若々しい一党に青春を!

 転移神殿は、人の入れ替わりが激しい。

 何故なら、冒険者業は死亡率の高い業種だからである。

 

 初めて迷宮に挑む冒険者は、その半数が未帰還のまま姿を消す。

 魔物を舐めてかかっていたとか、準備を怠っていたとか、そういう次元の話ではない。

 近所の力自慢程度では、意味が無い。少々魔法の才能がある程度では、どうにもならない。

 才能、幸運、そして迷宮に適応できる異常性があってこそ、狂気の坩堝を生きて帰る事ができるのだ。

 

 あまりにも分が悪い賭け。しかし、迷宮により齎される利益は莫大である。

 一攫千金を夢見て、多くの若者が深淵に潜り、帰ってこない。

 

 生き残れるのは一握りの天才だけ。仮に上手く行ったとしても、そのまた半数は一年以内に神殿を去る。

 理由は様々だ。貯蓄が目標金額に達した。迷宮の恐怖に耐えられなかった。仲の良かった仲間が死んだ。

 それから、まともな冒険者は迷宮潜りの証を返し、王国騎士をはじめとしたカタギの稼業に就くのである。

 

 だからこそ、転移神殿は人の入れ替わりが激しいのだ。

 逆説的に、変わらずそこに在る者は、どこか箍が緩んでいるのである。

 

 ならば、仮に……。

 大それた目標もなく、地位も名誉も欲する事なく、只管に強さを求めて迷宮に潜り続ける者がいたとして。

 血の継承もなく、狂気を飲み干し、何度も何度も死地へ飛び込み、必ず生還する者がいたとすれば。

 

 その者は、英雄と謳われるべき逸材か。

 それとも、世界を壊しかねない化け物か。

 

 いずれにせよ、凡そ常識の枠に囚われた存在ではあるまい。

 

 

 

 ラリス王国は王都アレクシスト。

 一年前とは顔ぶれの変わった西区転移神殿。今日も今日とて大繁盛の一角で、とある冒険者達が卓を囲んで酒を呑んでいた。

 一人の巨漢冒険者と三人の若年冒険者という組み合わせ。その身に纏う装備からして、巨漢の方はベテラン冒険者で、若者の三人は新米冒険者といったところ。

 

「なるほど。昔そんな人がいたんですね」

 

 巨漢の語りに相づちを打ったのは、新米三人組の中の少年魔術師だった。この新米達は、先輩に一杯奢って転移神殿のアレコレや冒険者としてのイロハ等を教えてもらっているのである。

 新米三人組は男二人女一人の鉄札一党だった。彼等は同じ村の出身であり、冬の始めに王都に来てから諸々の洗礼を受けつつ死の一ヵ月を生き残ったラッキーボーイ&ラッキーガールだ。

 けれども彼等は未だ鉄札という十把一絡げの木端冒険者。登録してすぐ鋼鉄札に上がったトリクシィのような才能もなく、かといって同盟に勧誘される程の実績もない。鉄札をウロウロしている程度の腕前しかない青二才である。

 それでも、こうして真面目に先輩からの教えを乞うているあたり、努力家なのは間違いなかった。その頑張りが実を結ぶかどうかはまだ分からないが。

 

「そういえば、イシグロが登録したのも去年の今頃だったかぁ……」

「イシグロ?」

 

 巨漢先輩の呟きに、聞き上手な後輩は分かり易く反応してみせた。

 イシグロ・リキタカ。つい一年前に登録して、銀細工の最速授与記録を塗り替えたやべーやつ。

 王都っ子なら子供でも知ってる有名人だが、つい最近まで農村で生きていた若者達には誰の事だか分からなかった。

 

「ああ。ちょうどお前等が登録する前まで此処の看板やってた奴だよ。二つ名は黒……あーいや、“迷宮狂い”って言えば分かるか?」

「迷宮狂い! 知ってます! なんでも凄まじい剣技の使い手なんだとか!」

 

 聞いた事のある異名に、一党の少年剣士が反応した。村に来た吟遊詩人曰く、流れるような剣技で以て暴走した魔族を傷一つつけずに宥めてのけたとか何とか……。

 生憎、件の冒険者は“迷宮狂い”の異名が先行して本名の方はさほど知られてはいなかった。また、その実績から個人ではなく同名の一党として扱っている詩人もいるくらいだ。それだけ彼の打ち立てたとされる伝説は非現実的で、常軌を逸しているという証左であった。

 

「迷宮狂い……イシグロさんって、どんな人なんですか?」

 

 これまで控えめに相づちを打っていた羊人少女の問いに、巨漢の先輩は僅かに逡巡してから口を開いた。

 

「んぁ~、そうだな。知っておいた方がいいか。それなら……」

 

 言って、先輩は受付の方を見た。

 目をやると、彼の視線の先には如何にも一生懸命仕事をしてそうな――実際にはサボッている――イシグロ担当の受付おじさんの姿があった。

 

「あそこにいる受付に訊くといいぜ。奴とまともに話せる職員は、あの人だけだからな」

「なるほど、ありがとうございます!」

 

 酒一杯の助言はここまで。新米三人は礼儀正しくお礼を言うと、先輩の言う通り件の受付へと向かった。

 

「あん? 何か用か?」

「えっと、イシグロさんの担当受付さんと伺ったのですが」

「んー、まぁな……」

 

 問うと、受付おじさんは何故だかドヤ顔になって応えた。

 

「め……イシグロ・リキタカさんについて、聞きたい事があって……」

「ほう……いいぜ、何が聞きてえ?」

 

 おじさんは鼻息を吹き、顎をさすりながら――何故だか心底気持ちよさそうな表情で――深々と椅子にもたれかかった。

 

「ええ、では……」

 

 興味津々に訊く少年二人に対して、紅一点の少女はイシグロという銀細工にはあんまり興味を持てなかった。

 なのだが、おじさんが語るイシグロ像を聞くにつれ、羊人少女――武闘家のカリッセはイシグロという男に強く惹かれていった。

 

「でよ、イシグロは……」

 

 カリッセはフワフワ頭が特徴的な羊人女子である。酪農一家の三女として生まれ、長閑な村で育った一般ピーポーだ。話によると、祖母は元鋼鉄札の冒険者だったらしく、強い血を目覚めさせたカリッセは普通よりちょっとだけ頑丈な身体で生まれてきた。

 だが、たったそれだけで結果を残せるほど迷宮は甘くなかった。そんな彼女からして、鉄札程度で伸び悩んでいる自分達と異なり僅かたった一年でいくつもの伝説を残したという同業者には、素直な憧憬の念を抱く事ができた。

 

「しかもな、奴が持ってる武器はアダムスの作なんだぜ……」

「え!? アダムスって、あの?」

「おう、そのアダムスさ」

「すっげー! っていうと、自分専用の武器……ってコト!?」

「それをアイツぁ何個も持ってるぜ」

「ひゃー!」

 

 彼の話によると、イシグロは不遇な境遇の女奴隷を購入し、手厚く保護しているんだとか。

 また、購入した奴隷には自身に追随できるほど熱心に訓練を施し、最上級の武器を買い与えているらしい。

 あまつさえ、イシグロは止まり木協会に寄付をしたというのである。

 

「すごい……」

 

 カリッセの口から、陶然とした溜息が漏れた。

 武勇に優れ、幼子を守護し、それでいて人畜無害。そんなの、まんま御伽噺の英雄そのものではないか。

 

「へっ、まぁな……」

「なんで受付さんが嬉しそうなんですか?」

 

 ちょっと妄想癖のあるカリッセの中で、むくむくと想像が膨らんでいく。彼女の脳内イシグロはやがて、完全無欠のハイパー・グレート・デラックス・イケメンと化していった。

 四六時中娼館娼館言ってるとある先輩犬人冒険者や、綺麗な人を見るとすぐ鼻の下を伸ばす幼馴染二人と違って、イシグロという銀細工持ち冒険者は誠実で清廉な人なんだろうなぁ……と、カリッセは無根拠に思い込んでいた。

 なお、実際のイシグロは四六時中ロリの事ばかり考えており、一党員の艶姿を見るとすぐ鼻の下を伸ばしている。まぁ誠実ではある、ロリ限定だが。

 

「イシグロさんはなんでリンジュに行ったんでしょう?」

「さぁな。だが、あいつの事だ。言葉通りの旅行って訳じゃあないと思うぜ」

 

 件の男だが、今は王国の外にいるらしい。

 受付おじさん曰く、奴はそのうち王都に帰ってくるとの事なので、カリッセはそのいつかをワクワクしながら待つ事にした。

 まぁそれまで生き残っていればの話だが、そこは前向きに考えるのが異世界人である。

 異世界人が未来を杞憂するのは、よっぽどメンタルがやられた時だけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 王都に積もった雪が溶け、暖かな春の陽光が顔を出した頃。

 あの“迷宮狂い”が帰ってきた。

 その報は、あっと言う間に冒険者界隈へと知れ渡る事となった。

 

「イシグロさん……♡」

「最近これなんだよな」

「やれやれだよ」

 

 そんな感じで、もうすぐ例のイケメン英雄様に会えると聞いて、カリッセの乙女回路は絶好調になっていた。

 彼女の頭の中では、今やイシグロ・リキタカという冒険者は史上最高レベルの超絶イケメンへと昇華されていた。眉は男臭い太さで、瞳の奥は優しさに溢れてて、如何にも武人然とした屈強な肉体をしているのだ。あと、羊人特有のこのフワフワ頭を「素敵だね」と褒めてくれるに違いない。

 昔から、カリッセは妄想逞しい娘であった。まだ異常性とは言えない程ではあるが、今の彼女は軽くトリップしていた。幼馴染男子からすると、「うわでた」という感覚である。

 

「いつも通りならそろそろ来るはずだぜ」

「うぅ~、緊張してきたぁ……♡」

 

 同じテーブルの巨漢先輩が言うと、カリッセの顔はほんのり赤く染まっていった。

 ドキドキと胸を躍らせるカリッセに真実を伝えない優しさが、同席する先輩冒険者にも存在した。

 

 するとその時、大きな入口に、大小の人影が見えた。ほんの一瞬、転移神殿を静かな騒めきが覆う。

 カリッセは目を見開き、歩いてくる一党を凝視した。

 

「オイこの感覚はよぉ……?」

「いや待て、あの抑えたバイオレンスは……!」

「奴……?」

 

 滲み出る強者の気配。一党全体が纏う、圧倒的な魔力。銀の位階に相応しい、人を超えた英雄のオーラ。

 それは紛れもなく、迷宮狂いの一党であった。

 

「イシグロじゃねーか!」

「久しぶり! 帰ってきてたのか!」

「ゲゲゲッ! オカエリ、イシグロ!」

 

 ワッと、転移神殿の一部が異様な盛り上がりをみせた。看板銀細工の帰還に、彼と顔見知りの冒険者は気さくに声をかけていく。対し、地味で冴えない男が淡々と挨拶を返していた。

 凄い人が来たらしい。けれどもそこに、イケメンの姿はなかった。カリッセは更に目を凝らし、噂のイケメン英雄を探した。いつまで経っても、カリッセの思う理想のイケメンは見つからなかった。

 

「どうも、お久しぶりです」

 

 再度、入ってきた銀細工持ち冒険者の方を見る。視線の先には、ぬぼーっとした表情の冴えない男がいた。黒髪黒目の男は、周囲の冒険者からイシグロと呼ばれていた。

 つまり、イシグロという銀細工持ち冒険者は、カリッサの思い描くイケメンなどでは断じてなかったというオチである。

 あれぇ~? カリッセの脳はしめやかに爆発四散した。

 

「すげぇ! 竜族の奴隷じゃん! どんだけ儲けてんだよあの人!」

「ナリはアレだけど、とんでもない魔力だ。それにあの装備、おじさんが言ってた通り並みの代物じゃない……」

「え? うそ……ホントにあれがイシグロさんなの……?」

 

 興奮する幼馴染とは反対に、カリッセは深く深く落胆していた。

 イシグロと呼ばれている、銀細工を下げた地味地味アンド地味冒険者。なんだ、なんなのだあの頼りない男は。全体的に線が細く、背も低い。表情・言動ともに覇気がなく、ラリス男子とは思えない活力の乏しさは何事だ。アレなら村にいた男の方がよっぽど強そうだし魅力的である。

 

「あの~、イシグロさんって、本当に強いんですか……?」

「ん、まぁ今の転移神殿じゃ一番強いんじゃねぇかな。俺もボコボコにされた事あるし。ほら、あそこに“剛剣”のラフィいるだろ」

「はい」

「あいつより強いぞ」

「えぇ~……?」

 

 ラフィといえば、銀細工の中でも正面戦闘に限れば上位に食い込む程の強者として有名である。背丈こそ低いが、その膂力たるやカリッセの何倍にあたるか分からない程だ。そんな鬼人よりも強いなど、実に疑わしい。

 内面は知らないがビジュアルはアレだし、なんだか夢が壊れた気分だった。理不尽なのは承知の上で、わくわくと積み上げてきた乙女心を返せと言いたい。

 そうして項垂れるカリッセを見て、先輩冒険者は面白そうに口の端を歪めた。

 

「なら、試してみればいいだろ」

「へ?」

「まぁ待ってな。あいつの事だ。今日か明日には……」

 

 しばらくして、転移神殿の依頼掲示板に、とある依頼書が張り出された。

 それはイシグロからの対人戦闘訓練の依頼だった。鉄札一党視点、内容・報酬ともに破格の優良依頼である。

 

「ど、どうする? 受けるか……?」

「いや僕等が受けても仕方ないんじゃないか? だって銀細工との模擬戦だよ? 僕等はともかく、イシグロさんにメリットがない……」

「でも位階の制限は無いんだよね?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 マゴマゴしていると、待ってましたとばかりに一人の冒険者が件の依頼を受注した。

 誰あろう、“風舞”の二つ名を持つ銀細工持ち冒険者。むちむちデカケツ眼鏡っ娘淫魔のニーナである。その胸は豊満であった。

 

「よろしくお願いします♡」

「はい、よろしくお願いします」

 

 見ていると、イシグロの一党とニーナは慣れたように鍛錬場へと転移していった。

 

「に、ニーナさんと鍛錬……! 男と淫魔、何も起きないはずがなく……!」

「あー、黒剣ってそういう意味……?」

「不純!」

「「ふんぎゃ!」」

 

 美人に鼻の下を伸ばす幼馴染の足を、カリッセは容赦なく踏みつけた。これだから田舎の男はダメなのだ。

 しばらく後、ニーナは日が暮れる前に鍛錬場から出てきた。何故か彼女の顔はツヤツヤしていた。あまりにもエロい美女の姿を見て、幼馴染男子は息を呑んだ。あの淫魔、スケベ過ぎる……!

 

「な、なぁ、オレ等もあの依頼受けてみようぜ?」

「だね。ニーナさんとお近づ……いい訓練になると思うしさ!」

「ん~、でも受けてくれるかなぁ」

 

 話し合いの結果、他の冒険者が誰も受けないっぽかったので一党は例の依頼を受注する事にした。

 時間は明日の午前中、金を貰ってボコボコにされるお仕事だ。胸を借りるつもりで挑む所存。

 

「おう、頑張りな」

 

 手続きしてくれた受付おじさんに激励され、カリッセの一党は明日の対人訓練を待つのであった。

 

 結果……。

 

「イヤーッ!」

「ぎゃああああああああ!」

「イヤーッ!」

「ぐぁあああ! 腕がぁああ! 僕の腕がぁああああ!」

「イィィヤァアアアーッ!」

「ごぶ! ゴボォ! ヴォエェエエエエ……!」

 

 思ってたよりボコボコにされた。

 しかも、ただフルボッコにされただけではなく、素手のイシグロに三対一でボッコボコにされてしまったのである。

 

 本来、イシグロは剣を使う戦士のはずである。しかし彼は徒手空拳で相手をしてきた。武闘家のカリッセだからこそ気づけたが、イシグロは単なる膂力だけでなく体捌きまでカリッセ以上の技術を持っていた。

 前情報で知ってはいたが、完全に想定の範囲外である。無手でも戦えるのではなくて、徒手格闘も銀相応に強いのだ。なら、この男が剣を使えばどうなってしまうのだという話。何人カリッセが居れば一発入れられるだろうか。

 

「立ち上がってください。まだ戦えるはずですよ」

「む、無理です……」

「大丈夫、できますよ。為せば成ります」

 

 ボロ雑巾のようになっても回復魔法で叩き起こされ、ガチで気張って再戦するも半ばサンドバッグ状態。

 手心を加えた上で、彼は本気も本気だった。銀細工の膂力や敏捷性に頼る事なく、鉄札相応の力で相手をされて尚、三人は手も足も出ずに負けたのである。

 また、いくら回復されるにしたって痛いものは痛い。思い切り目潰しをされ、蹴りで首の骨を折られ、貫手で腹を貫通されたのだ。幸か不幸か、カリッセ達は今日まで一度も死にかけた経験がなかった。

 

「ご主人、こいつら完全にノビちまってるッスよ」

「おかしい、HPには余裕があるのに……。少なくともトリクシィさんなら普通に立ち上がってくる筈だけど……」

 

 当のイシグロはというと、痛みに悶えるカリッセ達を見下ろしながら首をかしげていた。

 朦朧とした意識の中で聞こえてきた、一方的に知っている男の名前。トリクシィと言えば、登録してすぐに鋼鉄札を授与された天才剣士ではないか。奴はあくまで例外的存在であって、並みの鉄札である自分とは比べるべきではないはずだ。

 

「じゃあ、次は皆と戦ってもらえますか?」

「え……?」

 

 地獄が終わり、暫しの休憩。イシグロと戦った次は、依頼書に従って彼の奴隷達と戦う事になった。

 その中の誰もが自分達より遥かに強く、先ほどと同様に三対一で負けてしまった。いくら強いとはいえ、奴隷身分の者に敗れるなど屈辱以外の何物でもない。

 

「では、本日はありがとうございました」

 

 そうして、イシグロとの戦闘訓練は終了し、一行は鍛錬場を出た。

 たんまり貰った金を置いて、一党は転移神殿のテーブルに突っ伏した。三人とも、その瞳は虚ろだった。

 地獄とはまさにコレ。なるほど、美味しいだけの依頼ではなかった。

 

「なあ、オレ等って、才能ねぇのかな……」

「そりゃあ……」

 

 少年剣士の弱音に、二人とも答えられなかった。否定なり肯定なりすればよかったのだろうが、そのどちらもできなかった。

 曲がりなりにも、自分達には迷宮踏破の記録があるのだ。多くの冒険者が登録後一ヵ月で命を落とすところ、なんだかんだ今も続けられている。そのあたり、才能が皆無である訳ではないのだろう。

 だが、トリクシィほどの将来性があるかというと話は別である。加えて言うなら彼は未だに単独で、時たま一党に混じって迷宮に潜る時もリカルトやラフィといった先輩銀細工に同行しているのだ。

 これを羨望する事はできない。むしろ、銀細工のお荷物にならず追随出来ている事実こそが凄まじいのだ。少なくとも、臨時の一党で連携が取れるほどカリッセ達は上手くも強くもない。だからこそ、未だに三人ぽっちで潜っているのである。

 

「はぁ……」

 

 机に置かれた多額の報酬を見て、カリッセは重たい溜息を吐いた。

 イシグロに負けた。素手で負けた。あまつさえ奴隷達にも手加減されて、多勢に無勢で完敗した。そうして何度も死にかけたのだ。数秒後に死ぬと確信を持った時、カリッセは純粋な死の恐怖を感じた。魔法により回復させられた後も、戦意を維持する事ができなかったのである。

 今日の出来事は、引退には良い機会ではないか? ふと、そう思ってしまうカリッセであった。

 

 元々、カリッセ達は村での生活が嫌で、半ば家出のようにして王都へとやってきた血気盛んな若者である。

 家業を継ぐ気になれず、農作業にやりがいを感じられず、村の為に婚姻する事が苦痛で仕方なくて、それらを当然と押し付けてくる村人達に反発して逃げたのだ。

 それから、冒険者デビューするなら本場だろうと王都に来て、今はこうして何とか生きている。しかし、これは所詮運が良かっただけで、以降もこの幸運が続くとは限らない。

 

 強い冒険者は、徐々に狂気を纏うものである。

 異常なほど旺盛な性欲を持ったり、刀剣類に異様な関心を示したり、自他の死に鈍感になっていったり。そういった“本物”を見ると、自分達とは根本的に違う存在なのだと感じてしまう。どういう狂気かは知らないが、イシグロなどその最たるものであると思われた。

 

 狂気に落ちる覚悟というか。本物の迷宮潜りに成りきる踏ん切りがつかないでいる。世はそれを才能の差と言うのだろうか。

 畢竟、カリッセは箍の外れた冒険者に対し、無意識に「ああはなるまい」と見下しているのである。端から見れば、彼女とて鉄火場を住処とする存在だというのにも拘わらず。

 

 ――そろそろ、まともな生き方をすべきじゃないか?

 

 幸い、これまで貯蓄していた金銭は、一党で等分してもそれなりの額になる。

 迷宮を踏破した経験で、肉体的にも強靭になった。今のカリッセなら、地方の衛兵くらいには成れるはずだ。幼馴染だって同じだろう。魔術師の方なら、勤め先に困る事もあるまい。

 

「あたし、何の為に村出たんだっけ……」

 

 しかし、そんな生き方は、出て行った村の暮らしと何が違うのだろうと思う。

 活気ある王都に来れば、楽しい将来が保証されると思っていた。迷宮を踏破すれば、こんな自分でも変われると思っていた。

 なんて、浅はかな考えなのだろうか……。

 

「ダメ! これ以上は考えない! 皆、今日はお酒呑もう!」

 

 カリッセは気を紛らわせるように、村には無かった強い酒を注文した。痛い程の熱が喉を駆け抜けると、胸中のモヤは洗い流されていった。

 けれど、酒が抜けるにつれて沸々と不安や焦燥といった負の感情が湧いてきた。このままでいいのか。早く決断すべきではないのか。迷宮へ挑む、迷宮から逃げる。村からも迷宮からも逃げた先に、何があるというのだろう?

 カリッセは、己の内の声から逃げるように杯の中身を飲み干した。酔いから覚めると、非情な現実が襲ってくる。

 

「なぁ、あれ……」

「んぅ?」

 

 同じく酔いが回ってる幼馴染の視線を辿った先には、つい先刻自分達を何度も瀕死に追いやったイシグロの姿があった。

 彼は常のボーッとした表情のまま、けれども何者かと親しげに話していた。イシグロの前にいたのは、古風な吸血鬼ファッションをした鼬人剣士のトリクシィだった。

 

「すげぇ刀だよな……。あれ、リンジュの鍛冶師に打ってもらったんだってよ。オレにもあんな武器があればなぁ……」

「やっぱ、才能ある人は違うのかなぁ……」

 

 迷宮狂いと話すトリクシィは、今日も今日とて銀細工病丸出しの恰好で活き活きしていた。

 そんな彼は、イシグロに対しては常の大仰な振る舞いをせず屈託のない笑顔を向けていた。どうやら、自分達が羨む剣士にとって、イシグロは尊敬の対象であるらしい。

 

「イシグロさん、また鍛錬場行くのか」

 

 見ていると、トリクシィとイシグロの一党は再度鍛錬場へと転移していった。

 いくらトリクシィでも位階が違う相手には敵うまい。イシグロは、またあの地獄を再現する気なのだろう。トリクシィもトリクシィで、何故にわざわざ瀕死になりに向かうのか。そういった異常性にも、劣等感を刺激されてしまうカリッセであった。

 

「凄いなぁ……」

 

 酒を呷って貧しい気持ちを抑えていると、あっと言う間に時間が過ぎていった。

 どれだけ呑んでも楽しくなれない。カリッセ達は地に沈むような酩酊に身を任せていた。

 机に置かれた報酬が、自分達の決断を催促しているかのようであった。

 

「本日はありがとうございました。たいへん勉強になりました」

「いいえ。その調子で頑張ってください」

「はい!」

 

 元気な声がした方を見ると、鍛錬場から出たトリクシィがイシグロに別れの挨拶をしているところだった。その顔はイシグロと訓練した後とは思えない程に晴れやかだった。

 挨拶の後、二人は別方向へと去って行った。イシグロ達は転移神殿の扉へ、トリクシィは受付の方向へ。颯爽とあるく鼬人は、肩で風切って歩いていた。

 まるで、輝かしい明日を確信しているかのように、彼の全身には若者らしい希望が満ち満ちていた。

 

「あの! すみません……!」

「む?」

 

 酒のせいだろうか。カリッセは通り過ぎるトリクシィに咄嗟に声をかけた。彼と視線が合うと、カリッセは自分自身の行動に驚愕した。

 怪訝そうな顔。初対面なのだ。マジマジと見たトリクシィの顔立ちは、端から見るよりずっと幼かった。

 

「こ、怖くないんですか……?」

「怖い、とは?」

 

 呆然と口から出た言葉には、主語が抜けていた。これでは何も伝わらないだろう。

 酒で淀んだ頭で言葉を探り、カリッセは何とか声を絞り出した。

 

「トリクシィ……さんは、イシグロさんが怖くないんですか? 戦ったんですよね? あの人と……」

「ふむ」

 

 唐突なカリッセの問いに、トリクシィは眉間に指を添えて瞑目――ちょっとジョジョ立ちっぽい姿勢で――し、暫し思案した後に答えた。

 

「ククク……我は流星刃、暗黒の空を切り裂く者……。ならば月に挑むが道理であろう。故に、我は闇夜を畏れぬ……」

 

 そう言い残し、トリクシィはその場でファサッと半回転して颯爽と歩き去った。

 言葉の意味は分からないが、言いたい事は何となく伝わる。カリッセの中に、何か小さな熱が灯った気がした。

 

「や、やっぱヤベーな、あいつ……」

「そうだね……」

 

 極まった銀細工病に戦慄する幼馴染達に対し、カリッセはトリクシィの心意気に深く感心していた。

 自称“流星刃”のトリクシィ。凄いダサいと思うし、イタいと思う。けれど、トリクシィもイシグロも自分の中の心意気を貫いているように見えて、それはカリッセにはとても尊くて素晴らしいもののように思えた。

 生き様。その言葉が、カリッセの心にストンと嵌りこむ。呼応するように、彼女の荒んだ精神に健やかな風が吹いた気がした。

 

「あたしって、何で冒険者やってるんだっけ……?」

 

 再度、考える。

 村を出たのは、閉塞した村社会が嫌だったからだ。

 何故、村社会が嫌だったのか? 役割を定められ、生き方を強制されていたからだ。

 なら、今はどうだ。才覚も無く、度胸も無い。だから迷宮で得た金銭で庶民の生活に戻ろうと考えている。それは、村が街に変わっただけで、自分が嫌で仕方が無かったはずの“定められた生き方”なのではないか?

 そこに、カリッセが理想とする“生き様”は存在するのだろうか?

 

「ねぇ、皆って何になりたくて冒険者になったんだっけ?」

「なんだよ」

「いいから」

 

 問うと、幼馴染達は少しの逡巡の後に口を開いた。

 

「オレは銀竜剣豪だな。祭りの時、村に来た吟遊詩人が歌ってただろ、ヴィーカ様の冒険譚。あんな風に、どんな悪党もバッサバッサ切り捨てる英雄になりたかったんだ。まぁ、二刀流は難し過ぎて真似できねぇんだが……」

「僕は凄い魔術師に……いや、強力な治癒魔術の使い手になりたかったんだ。昔、弟が死にかけた時、たまたま村にいた冒険者がパパッと治してくれたんだよ。あれを見て、凄いな~って思ったんだ。まぁ僕に治癒の才能はこれっぽっちも無かったんだけどさ……」

「カリッセは何なんだよ」

「あたしは……」

 

 組んだ手を見つめ、カリッセは自身の原体験を探りはじめた。

 母曰く、カリッセの祖母は冒険者だったらしい。それもベテランの鋼鉄札。カリッセは祖母と会った記憶はないが、長い間拳一つで村を守ってきたのだという。

 祖母がいたから、多くの村人が死なずに済んだのだと。そう言っていた長生き村長はカリッセに優しくしてくれた。そんな村長は、今際の際までずっと祖母に感謝を捧げていた。

 

「お祖母ちゃんみたいになりたかったんだと、思う……」

「ああ」

「それで、皆にいっぱい感謝されたいんだ……」

「うん」

「あとイケメンと結婚したい……」

「「おぅ……?」」

 

 忘れていた。今、思い出した。

 カリッセは、決して故郷が嫌いだった訳ではない。幼い頃のカリッセは、祖母に憧れた自分を否定された事が嫌で仕方なかったのである。

 

「あたし、祖母ちゃんみたいな獣拳士になって、皆に感謝されて生きたかったんだ……!」

 

 誰に憚る事なく、なりたい自分を宣言し、実践して生きていく。

 トリクシィもそうだった。誰に何と思われようと、彼はあの銀細工ファッションを止めていない。カッコいいと惚れこんだ武器を大枚叩いて購入し、一心不乱に鍛錬をしている。

 そういうの、いいと思う。少なくとも自分は否定したくない。彼に対して抱いていた劣等感とは、即ち現在の自身への嫌悪によるものだったのだ。

 

「あのさ……!」

 

 なりたい自分はハッキリした。やり方も、そう複雑ではないだろう。

 であれば、行くところまで行かないと、納得できずに死んでしまう。

 それはカリッセにとって、何よりも忌避すべき生き様のように思えた。

 

「貯めてたお金で、新しい装備揃えようよ! 次の迷宮探索の為にさ!」

 

 先ほどとは一変、カリッセのキラキラした瞳を前に、幼馴染達は顔を見合わせた。

 それから、頼れる一党員は同意するように頷いた。

 

「ああ。ちょうど、もう少しデカい剣が欲しいと思ってたんだ」

「二刀流はいいの?」

「今はこっちのが気に入ってる。お前は?」

「一回り攻撃的な杖が欲しいね。幸い、僕の魔法は火力があるから、これを活かさない手はないよ」

「治癒はいいのか?」

「今日日、魔法装填で何とかなるのさ。僕はそっちに希望を見出したんだ」

「じゃ、明日もここで集合ね! どこ潜りたいかとか、明日までに考えといて!」

 

 冒険者は、すぐに死ぬ。

 生き残れるのは一握り。才能と幸運を持ち合わせ、且つ狂気に順応した者だけが迷宮踏破で成り上がる。

 迷宮とは、紛れもなく狂気の坩堝なのである。

 

 こうして、村育ちの新米一党は立ち上がった。

 この厳しくも夢のある冒険者業に、もう一度。

 彼等は、王都に夢を叶えに来たのだから。

 

「へっ、若いねぇ……」

 

 そんな若者達を、受付おじさんは眩しそうに眺めていた。

 ヒヨッコ共に幸運あれ。おじさんも、去年より少し前向きになっていた。

 憤りの酒など、もう何か月も呑んでいない。




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