【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告も感謝です。ありがてぇ。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回、文字数的に分割しようかと思いましたが、分けるような内容でもないと思い1エピソードに収めました。
ほとんど三人称、一部一人称となっています。
よろしくお願いします。
地元じゃ負け知らず。
そういった類いの言葉は、異世界にも存在している。
彼の商会は、成り立ちから今に至るまで、まさにその言葉通りの経緯を辿っていたのである。
コーリ商会とは、リンジュ共和国の地方都市にて興された小規模行商隊である。
創業メンバーは元冒険者の経歴を持つ一党六人組で、組織のトップはそのまま一党の頭目が務めていた。
一党結成後、初迷宮から勝ちまくりモテまくりの成功者人生。銀細工に昇格してすぐに冒険者証を返却し、迷宮で得た金を使って起業したのだ。まさに、誰もが羨む勝ち組冒険者であった。
「はん! 迷宮探索に比べりゃボロいよなぁ、行商ってのぁ!」
「儲けはショボいが、楽なのはその通りだな。命の危険もないし」
「歩くだけだもんな。どうしてこう皆して隊商護衛なんぞをやるのか分からん。行商も何も全部自分等でやりゃいいのにさ」
この世界、大なり小なり荷物を運ぶには相応の腕っぷしが必要である。だからこそ、大規模隊商以外の小さな行商は需要こそあれど供給が少ない。優秀な収納魔法持ちは大手が囲い込むし、個人の収納魔法持ちもせいぜい小さな荷物の配達程度が限界だ。
その点、元銀細工の六人にかかれば、どんな危険な道も荷車を引いて踏破する事ができた。多額の護衛料も必要ないし、隊商では通れない近道を使う事もできる。
街と街を行き来して、需要の隙間を利口に突いていたのである。交渉事も頭目の話術と商会の武力があれば何とでもできたし、特にフットワークの軽さなど他の追随を許さなかった。
「儲けは出てるけどよぉ、なんか少なくねぇか?」
「安全はそうだが、やっぱつまんねぇな。迷宮だったら今頃……」
「迷宮はリスクが高い。此方の方が堅実で社会的立場も保証される。成り上がれれば結婚相手も選び放題だ」
「いつになっかなー」
「だが、リスクを恐れてばかりでは、成り上がれないのも事実だな……」
しかし、そんな小さな行商だけでは、いつまで経ってもビッグになれる気がしない。
大商会が幅を利かせる界隈において、コーリ商会は弱小も弱小。一応成功しているとはいえ、冒険者の感覚では成り上がるには気が遠くなる思いだった。
故に……。
「俺にいい考えがある」
彼等一党、どこまでいっても銀細工。元より遵法意識の低い六人。成り上がる為だというのであれば、犯罪に手を染める事に躊躇いはなかった。
金と力、この二つがあれば大概の事ができた。バカな若者をそそのかし、仲介人を使って犯罪集団を組織する。時に自ら脅しにかかり、ヤバくなったら尻尾を切る。先住の同業には礼儀正しく挨拶し、互いに得する契約を結んだ。主な収入源は女衒ビジネスと売春斡旋。これも、どこにも波風立てずに行っていた。
腐っても迷宮で生き残った猛者達である。その直感力は確かなもので、彼等の罪がお上にバレる事はなかった。仮に捕まったとしても、どれも軽い罰で済む程度に抑えるだけの利口さも持ち合わせていた。
「どうも、これ今月分です」
「おう、通っていいぞ」
「ありがとござまーす」
表向き、コーリ商会は真っ当な行商団である。証拠もなしに捕まる訳がない。
賄賂に脅迫に飴に鞭。魔物を騙すより、人を騙す方が容易だった。地方の不良役人ならば、尚の事。
こうして、コーリ商会は表裏の力をつけていったのである。
今回も上手くいった。次も上手くいくに違いない。昔から、彼等は一度も挫折した経験がなかった。
「おい、なんだアレ?」
そんな折、コーリ商会は一人の銀細工持ち冒険者と出会った。
魔牛族のバルバロイだ。過剰な程に筋骨隆々で、如何にも強そうな立派な角を持つ雄臭い雄である。
「なぁお前、俺と
バルバロイは典型的な銀細工持ち冒険者であり、路上での喧嘩に魅入られた喧嘩中毒者だった。
気に入った冒険者を見るや取り敢えず殴りかかり、満足してから大人しく捕まる。冒険者同士の喧嘩など日常茶飯事なので、殺しが絡まなければ大したペナルティもない。同心視点、勝手にやってろという気分なのである。
当然、冒険者界におけるバルバロイの評判は最悪であり、同業の仲間や友人は一人もいなかった。これまた、バルバロイ自身は喧嘩した相手を友人判定する思考回路の持ち主だった為、自身が嫌われているという現状に心を痛めていた。
「俺にいい考えがある……」
そこに、コーリ商会は目を付けた。
どうせなら、その喧嘩を金儲けに変えてみないか。
「頼んだぜバルバロイ! お前は最高だ!」
「おう、任せときな!」
その日以降、コーリ商会に新しいビジネスが増えた。
狙うのは逆鱗持ちの冒険者。それも何かしら庇護しているタイプの奴限定だ。手口は単純である。バルバロイがターゲットと喧嘩してる間に弱みを握るのだ。物なら盗めばいいし、人なら攫えばいい。どのみち、バルバロイにボコされた奴は暫く動けないのだから。
財産を盗むのではなく、譲ってもらうのだ。成功したら契約魔術で縛って退散。契約魔術は絶対である。少なくとも、被害者の口からバレる事はない。どのみち、木端冒険者の言う事なんて誰も信じないし、仮に言ってきたとしても揉み消す用意は万全だった。
ちなみに、公的な許可もなく契約魔術を使うのは重罪である。
「今回もよくやった! ほら、分け前だ」
「ああ。けど、今回も仲良くなれなかった。また失敗した……」
幸い、普段のバルバロイは大人しい奴だったので、扱いに困る事はなかった。
表のビジネスは順調そのもの。裏の新ビジネスもリスクはあるが当たりもデカい。今のところミスもないし、両方上手くいっている。やはり、自分達は優秀なのだ。
コーリ商会は、銀細工らしく少しずつ増長していった。
「少し、リンジュから離れた方がいいかもしれないな……」
しかしだ。やり過ぎは身を亡ぼす。最近になって、武行からの視線が険しくなってきた。このままでは、拙いかもしれない。
だからこそ、コーリ商会は新天地へ向かう事にした。
表の商売も大きくできた。なら、そろそろ世界の中心で稼ぐべきなのではないかと。
「ここがラリスか。カムイバラより栄えてるな」
これまた運よく、新天地でのビジネスは幸先よく始められた。大成功とは言うまいが、大手の隙間を突く商売が上手くいったのである。
とはいえ、それなり程度の成功に過ぎないのも事実だった。彼等はビッグになりに王都に来たのであって、こんなみみっちい商売をしに来た訳ではないのだ。
増長していた彼等は、少しずつ不満を溜めていった。
「貴方がコーリ商会の長ですね。お噂はかねがね……。私、とある商会からの使いでございます」
そんな中、謎の仲介人から声をかけられた。
流石は王都の裏社会。新天地では大人しくしていたコーリ商会の噂を聞きつけられ、裏のビジネスを依頼してきたのである。
利益は莫大。コネも作れる。これが成功すれば、自分達はもっとビッグになれる確信があった。
「よし、まず情報を集めるぞ」
ターゲットは、イシグロとかいう胡散臭い冒険者だった。
所詮は噂。実物を見てみたが、イシグロという男は大して強そうではなかった。だが、箍が外れたように迷宮に潜っている事は確かである。元冒険者だからこそ分かったのだが、奴は異名通りの性質をしているようだった。
曰く、イシグロは冒険者らしからぬ事に、銀行に大量の資産を蓄えているというのだ。今回は貯め込んだ資産の一部を頂く予定である。必要なのは鉱石だけという約束で、それ以上は要求しない。
「作戦は決まった。どうだ、バルバロイ」
「ああ! 今すぐ彼と友達になりたい!」
「すまんが少し待っててくれ。俺からの頼みだ」
調査によると、イシグロという冒険者はガキにご執心らしかった。自身の一党を幼い容姿の奴隷で固め、同じ邸に住まわせているのだ。
見たところ、イシグロの奴隷は皆かなりの強さを有しているようだった。そのくせ主人は相当な過保護ぶりで、調査の為と屋敷に尋ねに行ってみても家主が対応する始末。
コーリ商会からして、逆鱗とはつまり弱点に他ならない。上手くやれば強請に使えるスウィートポイント。対策しているつもりのようだが、いつもの手段で事足りる。
「よし行けバルバロイ。終わったら宴会だ」
人は、成功体験から学ぶものだ。
銀細工程度、これまで何度も陥れてきた。リンジュで上手くいったのだから、王都でも上手くいく。始まりから現在まで、自分達はそうしてきた。
最悪、失敗しても王都から逃げればいい。所詮は冒険者同士の揉め事だ。お上が出張ってくる訳もない。
コーリ商会は、これまでチャンスを逃した事がない。
とにかく動いて努力して、結果を出して成功してきた。
故に、今回もいつも通りにしたのだ。
要するに、世の中を舐めているのである。
〇
真っ赤な夕陽が燃える頃、転移神殿前。大階段を下った噴水広場には、その日も多くの人々がいた。
屋台で飯を食べる冒険者。仕事帰りに一杯やる肉体労働者。カップル受けする装飾品を売る商人。
そして、今日もまたイシグロとその一党が姿を現した。はぐれないようお手々を繋ぎ、歩行者の邪魔にならないよう携帯用の予備武器を身に着けている。
「やあ、君がイシグロか?」
そんな彼に、気さくに話しかける男がいた。
側頭部から生えた立派な双角に、某運命世界のヘラクレス並みに盛り上がった筋肉。タッパのデカさは日本人平均身長のイシグロが見上げる程で、角を含めずとも明らかに二メートルを超えていた。
そして、その首からはイシグロとは異なる意匠の銀細工が下げられていた。
「はい、そうですが」
ロリの手を離し、一歩前に出て一応警戒してみるイシグロだが、目の前の巨漢からは敵意や戦意というものを感じられなかった。
それどころか、彼は無邪気な子供のような澄んだ瞳をしていた。故に、戦士としての広い視野ではなく、染みついた礼儀に則って相手の目を見て答えたのである。あんまり警戒し過ぎるのも失礼かと思ったのだ。
「おう、合ってたな! じゃ、仲良くしようぜ!」
「ぐっ!?」
バギィ! 敵意も戦意も一切ない、あまりに無邪気な拳がイシグロの横っ面に突き刺さった。
イシグロの危機察知チートは、警鐘を鳴らしこそすれ時間を遅くする効果はない。迷宮の外で、尚且つ友好的な相手だったが故に、反応が遅れてクリーンヒットしてしまったのである。
だが、イシグロとてバランス成長型の銀細工。全く無抵抗で敵の攻撃を受けた訳ではなかった。最近はタンク職で頑強ステを上げているのだ。パンチ一発で怯む事なく、心と体で反撃の構えを構築できた。
拳が突き刺さる瞬間、ロリ漫画以外も嗜んでいたイシグロの脳裏に過るものがあった。ボクシング漫画の金字塔、「はじめの一歩」である。
顔にパンチを受けた上で、衝撃を逃がす技術。意味があるかは知らないが、戦闘勘は是と言っている。作中屈指の胸熱試合が、ロリコンの戦闘本能をプッシュしたのだ。
「ふん!」
「おっと!? ははっ、流石だなイシグロくん!」
イシグロは顔を殴られたと同時、自分から首を捩じって衝撃を逃がし、あえて姿勢を落としてからカポエラのメイアルーアジコンパッソを放った。鎌のような回転蹴りが巨漢の横腹に迫る。
流麗極まる蹴撃を、巨漢魔牛は存外身軽な動きで回避した。その身からは先程と何も変わらぬ無邪気な生気が漏れている。今に至って、何の害意も発していなかった。
「警戒態勢!」
這うような姿勢で剣を抜くイシグロ。頭目の指示より先に、敵側は次なる手を仕掛けていた。
イシグロの背後。人混みの中に放たれた矢。これを察知したエリーゼが【魔力の盾】を張って防ぐ。着弾、爆発。矢に仕込まれた袋から、どす黒い煙が放散された。
「ぎゃあああ! 前が見えねぇッス!」
「固まって逃げろ! ぐぉお!?」
「こっち見ろよ!」
これは魔感封じの煙幕であった。イシグロの一党は魔族と竜族と獣人。その中で、魔族と竜族は魔力感覚に秀でる。その感覚を奪ってやれば、どうしようもなく一瞬の隙が生まれるのだ。
「おわ!?」
「イリハ!」
エリーゼを中心に固まろうとする一党だったが、狙いすましたようにイリハの足首に縄が絡まった。そして、あっと言う間に上空へ舞い上がっていった。まるで猛禽の狩りのように、空飛ぶ翼人が狐を釣り上げたのである。
この間、僅か三秒以内。民衆は理解が追い付かず混乱し、助けに駆けようとしたイシグロは巨漢魔牛に邪魔され、魔力感覚に秀でた三人は感覚器官を麻痺させてイリハの救出に迎えない。このままではイリハが連れ去られてしまう。
鮮やかな手並み。大胆な手口。人に紛れる隠密技術。イシグロの知らぬ事だが、これは件のコーリ商会による犯行だった。
矢を放ったのは、潜んでいた一党の射手斥候。イリハを釣り上げたのは同じく一党の翼人。バックアップに陰陽術師。リーダー含め逃げ足の遅い他メンバーは合流地点で待機中。無論、現場組は素性を隠していた。翼人は羽を塗料で染めていたりもする。
翼人視点、既にこの作戦は成功だった。幼子を攫い、イシグロを脅迫する。銀行の石を持ってこさせ、契約魔術で雁字搦めにする。やはり、自分達は切れ者だ。後の事は頭目が上手くやってくれるだろう。
「ぐげ!?」
と思った途端、このような情けない悲鳴を上げたのは何処の誰だろうか。
バルバロイの攻撃を凌いだイシグロだろうか。魔力麻痺から復活し、仲間を救うべく翼を広げたルクスリリアだろうか。それとも、今現在縄で引っ張られているイリハだろうか。
否、勢いよく飛んで、何故か空中でつんのめってしまった縄の持ち主――商会所属の翼人である。
「ふんぬぅううううう!」
連れ去られそうになったイリハは、咄嗟に権能の炎翼を発動させてエンジン全開で地面方向にブースターを吹かしたのである。まるで、天地に拮抗する空中綱引きの様相だった。
小回りはともかく、推力はイリハが上だった。夕焼けの空に炎の翼はよく目立つ。一目散に逃げる民衆が、空で踏ん張るイリハを見た。
「うぉおおおお!?」
「やぁあああああ!」
その時、当の翼人も混乱していた。まさか、自身の独壇場で獣人との引き合いが発生するとは思っていなかったのだ。彼もまた、成功を確信したせいで反応が遅れてしまったのである。
もう無理だ、明らかに失敗だ。けどまだイケるんじゃないかと、謎の前向きさを発揮した。潔く縄を手放して逃げればいいものを、ムキになって引っ張っていたのだ。
「逃がすなッ!」
「アタシが行くッス!」
頭目の指示より早く、垂直に飛び上がったルクスリリアは予備武装の細剣を構えて綱引き中の翼人に突撃した。
「範囲拡大、【妖姫淫魔緊縛】!」
「うお!」
流石に拙いと縄を手放した翼人だったが、それと同時に束縛魔法が絡まってしまった。それにより姿勢を崩したところに、淫魔の細剣がガードに上げた腕を貫いた。
久しぶりの痛み、だが耐えられる。このまま逃げれば追いかけられるか。ともかく淫魔を撒かなければ。そう思考した直後、靴に何かが突き刺さった。それは細い鎖に繋がっていて、その先を辿ると屋根に登った獣系魔族と目が合った。投げキャラグーラの鎖技に捕まったのである。
「はぁ!」
ずどん! 膂力の差により綱引きは成立せず、翼人は広場の地面に叩きつけられた。
その際、靴が脱げて鎖が外れ、地面に落ちた翼人は勢いよくゴロゴロ転がった。
「邪魔だぁ!」
「ごぼぉー!」
かと思ったら、転がった先にいたバルバロイがイシグロとの逢瀬を邪魔されたと勘違いし、仲間なはずの翼人を蹴り飛ばした。結果、吹っ飛された翼人は店主のいなくなった屋台へと突っ込んだ。当然、屋台は崩壊した。
「邪魔が入ったな! 続きをやろう、イシグロ!」
「エリーゼ、回復を」
「わかったわ」
イシグロ対バルバロイのタイマン試合。知った事か、イシグロはアイテムボックスから各々の主武装を取り出し、装備させた。
ルクスリリアは大鎌に持ち替え、エリーゼも王笏を手にした。復帰したイリハは綾景を抜刀し、グーラは予備武器のナイフを逆手持ちにした。警戒ではなく、戦闘態勢である。
「五対一!? 俺はお前と仲良くしたいんだよ! なんでそんな事をするんだ!?」
「うるせぇ黙れ死ね」
イシグロは無銘を構え、周囲に鋭い視線を巡らせた。
危機察知、崩壊した屋台の方から二つの物体が飛んでくる。着弾地点はバルバロイとイシグロだ。
二人は飛来する皿を叩き落とし、瓦礫の中から現れた影を見た。
「貴様等ぁ……!」
のっそり歩いてくる巨影。先ほどの翼人ではない。過剰に積載された筋肉に、丸く可愛らしい獣の耳。そして、分厚い胸板にはラリスの銀細工があった。
銀細工持ち冒険者、“猛る要塞”のグレイソンである。
「全ての食材に謝れぇ!」
グレイソンは、王都東区を拠点とする名物銀細工である。
その性根は極めて温厚で、王都で銀細工人気投票を実施すれば確実に上位入選するだろう人格者だ。
だが、彼は食べ物を粗末にされると烈火の如くブチキレる事で有名だ。それはもう、完全に暴走するのである。
「チッ……」
イシグロ視点、いきなり攻撃してきたグレイソンは、イリハ誘拐犯の味方に見える。つまりは敵だ。
バルバロイ視点、いきなり乱入してきたグレイソンは、逢瀬を邪魔する無粋な輩に見える。でも気に入ったので友達だ。
グレイソン視点、この場で暴れている奴は全員食べ物を粗末にした奴と認識している。つまり、全員殺していい奴だ。
こうなると、戦いは避けられなかった。
「俺とエリーゼでやる。リリィは上。他は任せた。生け捕りがいいけど、一人生きてりゃ殺していい」
イシグロの目が据わる。覚悟を決めたのだ。
リンジュの時と同じだ。敵は逃がさない。追い詰めて尋問し、報復する。後顧の憂いを絶たなければ、今夜熟睡できない。目標は、関係者全員。
故に、先手必勝。イシグロはおもむろに収納魔法へ手を突っ込み、呪詛の籠った投げ矢の束を投擲した。
「「ぐぁ!?」」
被弾したのは、翼人を回収しようとした射手斥候と透明化していた陰陽術師である。最初に煙幕を張った奴と、支援要員の商会陰陽術師だ。
牛に熊に鳥に斥候、それからステルス陰陽術師。そのうち牛と熊は銀細工上位で、他はギリ銀細工のザコ野郎。イシグロから見て、現状は五対五のイーブンだった。
「後顧の憂いを絶つ! いくぞ!」
「「「「了解!」」」」
こうして、イシグロ・リキタカが暴れ出したのである。
〇
受付おじさんが神殿の外に出ると、階段下の広場は既にズタボロになっていた。
慌てた職員からはイシグロが暴れていると聞かされていたが、実際は冒険者同士が乱闘しているといった状況だった。おじさんの素人目には、稀によくある一党同士の抗争に見える。
幸い、駆け付けた衛兵により人的被害はなさそうだが、周辺の建造物や屋台は良くて半壊悪くて全壊といった様子だった。
「避難完了しました!」
「よし! 各員、位置につけ! 指示があるまで待機! 連絡はどうなってる!」
「信号確認できず! いえ、今確認できました! 近いです!」
王都の衛兵にとって、こういう騒ぎは慣れっこである。よく訓練された彼等は、一糸乱れぬ陣形で戦場を囲んでいた。
残念ながら、衛兵が飛び込んでも被害が増すだけである。だからこそ、今は待機してイシグロ達を止められる強者を呼びに行っているのだ。
「イシグロは、暴れてねぇな……?」
おじさんから見て、巨漢二人と戦火を交えるイシグロは、我を忘れて戦っているようには見えなかった。
消すべき者を消す。怒りに支配されてはいない、冷酷な瞳。大丈夫、話は通じる状態だ。ある意味、長くイシグロと接してきた受付おじさんだからこその気づきだった。
冷徹に剣を振るうイシグロに対し、巨漢二人は派手に暴れていた。魔牛の方は徒手格闘の合間に高火力魔法をぶっ放し、熊人の方は拳を振り回して瓦礫を吹き飛ばしていた。
「てか、あれグレイソンじゃねぇか!?」
よくよく見ていると、受付おじさんは暴れている熊人が東区名物冒険者のグレイソンである事に気づいた。他は知らないが、魔牛の方も銀細工だった。おいおい、銀細工のお祭りでもやってるのかよ。
見た事のない魔牛男はハイになってて、熊人は暴走中。イシグロは殺意の塊と化している。周辺被害こそ半端ないが、現状はおじさんが想定していた最悪の状況ではなかった。
「どうする、何かできるのか? もし止めるなら、まずグレイソンからか……」
「そそ、その話、詳しく聞かせてもらってもかま、構いませんか……?」
「あん? 今忙し……」
声がした方を向くと、おじさんの眼前には黒髪の女性が立っていた。
手に持つ杖は長大で、恰好は如何にもな魔術師風。長い黒髪は片目が隠れるようになっており、自信なさげなその背は猫のように丸まっていた。
そして、その首には金細工が下げられていた。
「じょ、状況はさっき兵隊さんから聞きました。わた、私はデアンヌ。ランベール家の娘です……」
彼女の名は、デアンヌ・フォレ・ランベール。その名が示す通り、ラリス貴族であるランベール侯爵家の娘だった。
金細工のお貴族様。ギルド職員でもそうそうお目にかかれない相手に、おじさんは平民なりに跪こうとした。だが、それは当の本人によって遮られた。
「れ、礼は大丈夫です。貴方は、イシグロさんについて、お、お詳しいようですが、合ってますか?」
「へ、へぇ。担当みたいな事をやっています」
「そう、ですか。あ、貴方から見て、今のイシグロさんは怒ってないように、見えると?」
「確証はありませんが、今のイシグロは相手が憎いから戦っている訳ではなく、相手を排除すべきだと判断したから致し方なく戦っているものと思われます」
地位も力も上の相手からの唐突な問い。こんな状況にも拘わらず、おじさんは平民基準のパーフェクト・コミュニケーションを成功させた。これまた普段からイシグロと接している分、強者が放つ圧に慣れているのである。
尤も、問いへの返答はおじさんの勘に過ぎなかったが。大人しい奴ほどキレるとヤバいのは異世界でも同じだ。その点、キレたイシグロを見たことないおじさんからして、今のイシグロがキレてヤバくなっているようには見えなかったのである。
「な、なるほど、わかりました。なな、ならまずは、あの大きな二人を止めないといけませんね。かた、片方は私がやるとして、もう一人は……」
そう言ってデアンヌが目をやった先、そこには適任者がいた。彼女は何か覚悟を決めた表情で、物怖じせずデアンヌの方に歩み寄ってきた。
作戦は決まった。あとはイシグロがラリスの金細工を信用してくれるかどうかだが……。
「こ、交渉は苦手なんですが……」
デアンヌの隠れた右眼には、竜族少女のトンデモ魔力が
凄い量。なんて綺麗な魔力。もう少し近くで見たい。できればお話したい。あと武器も気になる。
だから、さっさと終わらせようと思った。
ふんすとやる気を振り絞ったデアンヌは、前髪の奥で魔眼を輝かせた。
〇
本格的に戦いが始まると、さっきまで人で賑わっていた広場から住民達がいなくなっていた。悲しい事に、王都民も銀細工同士の喧嘩には慣れているのである。ここまで規模の大きいやつは珍しいが。
そんな広場の中で、怪獣大決戦めいた乱戦が続いていた。
「食材に! 謝れぇえええええッ!」
「逃がさねぇッスよ!」
「この! クソチビがぁあああああ!」
「今じゃエリーゼ!」
「
「はぁあああああッ!」
唐突に始まったこの戦いは、イシグロ一党と魔牛一党、それから熊人単騎という三つ巴の様相を呈していた。
この段になって、イシグロは熊人が部外者である事には気づいていた。が、見境なく暴れる熊人は純粋に強くあまりにも厄介で、否応なく迎撃せざるを得なかった。言葉も通じないし、どうしようもない。
また、イシグロが相手をしている牛と熊は、どちらも対人慣れしている冒険者だった。加えて乱戦という都合上カウンター戦法が通じず、かといって大技を当てられる余裕もなかった。
すぐに潰したいところ、そうもできない。劣勢と言わずとも、イシグロは苛烈な防戦を強いられていたのである。
「はぁ!」
「いッたいなぁ! もっと来いオラァ!」
あまつさえ、魔牛族の種族特性により、剣による攻撃はすぐに再生されてしまうのだ。これだから魔族はと毒づきたくなるところだが、奴の防御性能はそれだけでは収まらなかった。
斬撃を浴びせた際の不可解な感触。まるでワンクッション挟まれているかのような柔らかさ。それは何かしらの補助効果による耐性能力であると思われた。恐らく。大幅な斬撃耐性か物理耐性。
つまり、剣士イシグロは巨漢魔牛にメタられていたのである。
「うぉおおおおおお!」
「ちっ、エリーゼでも拘束し切れないのか」
「もう全部壊していいかしら……?」
「流石にそれはっとぉ!」
ならば打撃はどうだと試してみたいところだが、暴走熊人は武器変更の隙を与えてはくれなかった。
現在、二人を相手しているのは前衛のイシグロと後衛のエリーゼだ。近づくと亀のように引きこもるエリーゼは、相対する二人にとって対イシグロのお邪魔ギミックのようなものだった。
エリーゼが支援に徹しているのは、偏に彼女の火力が激ヤバだからだ。王笏での最弱魔法さえ、そこらの建物をぐちゃぐちゃにさせる事ができるのである。せめてもっと小回りの利く武器があればといったところだが、無い物ねだりをしても仕方ない。
「
「またか! いい加減鬱陶しいんだよこれ!」
とはいえ、無理にイシグロが攻めずとも全体の戦況は優勢であった。
逃げようとする翼人はルクスリリアが追っかけ回し、射手斥候はハイスピードモードのグーラが追い詰めている。急に現れた陰陽術師は、終始イリハが圧倒していた。
じきに誰かが決着をつける。そうすれば此方に合流して巨漢二人をフクロにすればいい。イシグロは冷徹に状況を俯瞰していた。
その時である。
「魔力過剰充填、【落雷】……」
「ぐぁああああああ!」
バァン! 突如、巨漢魔牛の頭上から雷が落ちてきた。脳天から魔法が直撃した魔牛は、白目を剥いて痙攣している。
「いっ、イシグロさん! 魔牛は此方が!」
誰かは知らないが、階段を駆け下りてきた女魔術師が魔牛を止めてくれたようだった。
好都合だ。イシグロはエリーゼから物理バフをもらい、ガン攻めの姿勢を取った。
「オラァアアアアア!」
「ぐううぅぅぅ! まだまだぁ!」
攻撃重視の暴走戦士は、カウンターがよく極まる。愚直に突っ込んでくるイシグロに全力ストレートを放った熊人は、ぬるりと【受け流し】をされて会心の一撃を受ける事となった。
右の横腹から左の肩にかけ、斜め斬り上げでバッサリだ。しかし、分厚い筋肉と高い頑強ステが骨や内臓を守りぬいた。地球人ならあり得ぬ事に、熊人は斬られてすぐ反撃の拳を振りかぶった。
再度、イシグロはカウンターの構えを取った。背後ではエリーゼが追撃の用意をしている。これで決まったと確信を得たところで、イシグロの前に人影が割って入った。
「待ってください!」
音もなく現れた影は、大の字になってイシグロを庇った。
その顔を見た途端、目の前の熊人は目を丸くして拳を停止させた。
「に、ニーナ君か……!」
割って入ったのは、両者と顔見知りである銀細工のニーナだった。イシグロの知らない事だが、グレイソンはニーナの母が経営する食堂で何度か食事をしているのだ。店主の娘の顔も当然知っていたのである。
角度的にイシグロには見えていないが、ニーナ本人は止められた拳を見てちょっと不満そうな顔になっていた。
「あぁなんて事だ……! 危うく無関係な婦女子に手を上げるところだった……!」
顔見知りの娘が身を挺してイシグロを庇った姿を見て、紳士なグレイソンはようやっと冷静さを取り戻した。
警戒を維持しつつ、イシグロは戦況を確認した。その時だ。ずどん! イシグロの近くにボロボロになった翼人が落下してきた。ルクスリリアに叩き落とされたのである。
反射だった。熊人が落ち着いたのはいいが、この場の戦いは終わっていない。イシグロは起き上がろうとする翼人の頭を地面に叩きつけ、逆手に握った無銘で敵の両翼を削ぎ落とした。
「ギャアアアア!?」
「ひとつ」
ニーナが熊を宥めている今なら、イシグロは他へ向かえる。エリーゼの魔法で拘束した翼人を置いて、ルクスリリアとイシグロは隙あらば逃げようとしている射手斥候に突撃した。
射手斥候視点、獣系魔族の攻撃を凌いでいたら、気が付けば背後からイシグロと淫魔が襲ってきたという構図。僅かに視線を逸らした瞬間、腹に鎖付き短剣が突き刺さる。痛みはないが、これは拙い。
咄嗟の判断で装備を外そうとした斥候だが、その前に上空から魔力の網が降ってきた。淫魔の拘束魔法である。実質、二種の束縛だ。
「ごぶ! なんだよこれ……!」
「ふたつ」
斥候の腹から剣が生えた。イシグロによるバクスタ攻撃である。足蹴にされて剣を引き抜かれると、空いた穴から多量の血液が溢れ出た。
膝を折る斥候の頭に、バコンと鉄を打つ快音。イシグロが無銘の腹でぶっ叩いたのだ。気絶する斥候の腹に【小治癒】をかけつつ、流れるように眼球と膝靭帯を切除したイシグロは次なる獲物へ襲い掛かった。
「クソ! クソ! クソ! どうなってんだよこれはぁ!」
「こっちの台詞じゃたわけ! ほれ取り消しじゃ!」
「どうしてだよぉおおお!?」
陰陽術師はイリハに圧倒されていた。陰陽術は後出しジャンケンでキャンセルされ、致し方なく予備の小刀を振り回している。奴の身には小さな傷が数多い。
イリハに集中している陰陽術師だが、既に包囲は完成している。合図はないが機は揃う。ルクスリリアが光線を撃ち、エリーゼが拘束魔法を構え、グーラが逃げ場に回り込む。イシグロは、槍投げのフォームで無銘を投擲した。
「ぐぅ! がっ!? クソがぁああああ!」
案の定、策に嵌った。淫魔ビームが足首を貫通し、豪速剣が右肩を粉砕し、魔力の鎖が絡まり転倒。破れかぶれの陰陽術は、イリハが無慈悲に取り消した。
「ぐぶッ!」
「三つです!」
すれ違いざま、グーラの神速走塁スライディングキックが顔面に直撃。陰陽術師は沈黙した。
呼び出し魔法で無銘を取り寄せたイシグロは、一党に集合令を出しつつ再度戦況を確認した。
「がぁああああ! ビリビリ魔法など! 卑怯だぞ貴様ぁああああ!」
「ず、ずいぶんとタフですね。では……【氷結冷線】」
「なん!? なんて事だ! まだ少ししか遊んでないのに! 酷いだろこんなのぉ!」
雷デバフで痺れる魔牛に、乱入魔術師が細い冷気の線を撃った。これに直撃した魔牛は、徐々に全身が凍結していった。
次いで、無詠唱で放たれた三種の束縛魔法が氷像と化した巨漢を縛りつける。魔牛を沈黙させると、黒髪の女魔術師は熊人に向けて口を開いた。
「ぎん、銀細工のグレイソンさん! まだ、たたっ戦うつもりは! ありますか!?」
「いえ、ありません……」
女魔術師の発言に、さっきまで猛っていた熊人はシュンとして答えた。一応とばかりに、ニーナはグレイソンの近くで警戒を続けている。
「ふぅ……」
今度こそ、イシグロは戦意を収めた。しかし、戦いはこれからが本番だ。
部外者からの横槍は、有難さ半分迷惑半分というところだった。イシグロはこれからこいつらを拷問し、首魁の有無を聞きださなければならないのだ。もし教唆犯がいるなら潰すつもりなのである。できれば、一秒も早く状況を進めたかった。
「援護して頂きありがとうございます」
言いつつ、黙らせた三人をグーラの鎖で回収させる。それから一党の代表として魔術師に礼を言った。
「あ、はい。でで、ですがその前に挨拶を。私はデアンヌ・フォレ・ランベール。ラリスのき、金細工です。衛兵から応援要請を受け、この場を収めるよう依頼されました。ぜん、全権を持ってます、はい……」
吃音混じりの名乗りに、イシグロは一応の冷静さを取り戻した。金細工と聞き、その意匠から本物であると確信できる。
国こそ違うが、ライドウと同格であるならば、ある程度の信頼がおける気がする。イシグロは意識して呼吸を整え、皆を背にして答えた。
「名乗り遅れました。お初にお目にかかります。同じく、銀細工のイシグロです。此方にこれ以上この場で戦闘する意思はありません」
「は、はい。イシグロ・リキタカさん、ですね。状況は把握しているつもりです」
イシグロとしても、この場でこれ以上戦うつもりはなかった。
それはそれとして、生け捕りにした者から情報を集め、場合によっては自ら報復する所存である。
イシグロは努めて復讐心を燃やし、盾突きたくない相手を睨みつけた。
「緊急時ですので、失礼承知でお願いさせて頂きます。これからこの者等の仲間に報復する予定なので、尋問の為にその魔牛を此方に譲っては頂けませんか?」
常のイシグロであれば絶対に言わないような事であるが、矛を収めたとはいえ方針を変更した訳ではないのだ。
イシグロの要請に、デアンヌはもごもごと口を開いた。
「ご、ご懸念は承知しています。ですが、この場は、私が収める事になっていますので……」
「では、どのように落とし前をつければよろしいんですかね」
「こ、このようにです……」
苛立ち気味に放たれたイシグロの発言に、デアンヌは行動で返してみせた。
貴族令嬢の唇が開き、長い詠唱の後に魔法が発動した。青白い光球が三つ、デアンヌの杖先に浮かび上がる。
「何を……?」
その魔法は、初歩的な攻撃魔法である【魔力の礫】に似ていた。
警戒心を強くするイシグロを無視して、デアンヌは光球を操作して気絶から復帰した現行犯三人の頭上に浮遊させた。
「こ、この件を指示したのは、誰ですか……?」
金細工からの問いに黙りこくる三人。だが、そんな彼等とは対照的に、光球は青白い尾を引いて上空に舞い上がり、三つとも同じ方向に飛んでいった。
何事かと困惑している一党の中で、サブカル慣れしているイシグロは勘付く事ができた。これはもしや、思考を読み取った上での追跡魔法なのではと。
「追尾魔法の応用で、追いかける対象をこの人達に変更させました。三人には契約魔術の痕跡がありますので、拷問するにしても吐かせるには時間がかかるかなぁ、と……」
「つまり、アレを追っかければ黒幕の居場所が分かるという事ですか?」
「あ、はい。じょ、じょ、状況証拠的に、イシグロさんは被害者側だと、思われますので、報復の権利が、はっ発生します。この件については、私に一任されてるので、調査に協力……して頂けませんか?」
「はい。その依頼、お受けします」
頭が良い人は話が早い。デアンヌはイシグロの意図を汲み取りつつ、ラリスに利益のある提案をしてみせた。そういうのに鈍いイシグロとて、これがデアンヌからの気遣いもしくは忖度である事くらいは分かる。
この件、イシグロに否はなかった。何か既視感のある状況だが、今回ばかりはガッツリ被害者である。あえて面の皮を厚くして、恥を知らない風に返答した。
「イシグロ君か。すまなかった。俺の勘違いだった。この通りだ……」
では早速と掃討に出ようとした時、大人しくしていたグレイソン氏はイシグロ達に頭を下げてきた。
凄く迷惑だったのはその通りだが、今はそれどころではない。暴走した彼の言動を鑑みるに、彼についてはイシグロ達にも全く非が無い訳ではないのだ。さほど周辺被害を気にしなかったのはその通りであるのだし。
ここで、イシグロは改めて思考を回した。デアンヌと名乗った金細工を見る。多分、この人は柔軟に立ち回れる人なのだと思う。なら言うだけ言ってみようかと。
「ランベールさん、彼にも依頼を出しては如何ですか? それに、今すぐ拘束するより、ランベールさんの近くにいさせる方が安全だと思います」
残念ながら、イシグロのこの提案は完全にガバ論理である。
当然として、発言者本人も自分がアホな事を言っている自覚はあるし、今現在も治安維持機構の人達に忖度されて行動の自由を得ている事も理解している。
ぶっちゃけ、イシグロにとって現状は居心地が悪かった。なら、同じように暴れた熊人も巻き込んでしまおうと思ったのだ。自分だけ特別扱いを受ける状況は、すごく気持ち悪いのである。
「無関係ですが、ご依頼いただければ私も同行します」
「に、ニーナさん。なるほど、そうですね。ぐ、グレイソンさん、お願いできますか?」
「……そうか、ありがとう。ならば全力で」
暫しの逡巡の後、緊急時の特別措置として、この場全員の同行が許可された。
さっきまで乱戦していたイシグロ達は、皆揃ってこの事件の真相を追う事となったのである。
「一応聞いとくが、誰も殺してねぇよな?」
「あいつ等以外斬ってはいませんね」
と、何故かその場にいた受付おじさんと言葉を交わし、イシグロ達は太陽の落ちた都を駆け出した。
〇
結果から言うと、今回の事件はコーリ商会とかいう元冒険者集団がやらかした事だったらしい。
リンジュ生まれのそいつらは表向き普通の商売をしつつ、巨漢魔牛と組んで色んな悪事をしでかしてたそうだ。
で、これまで上手くいってたから、今回も出来ると思ったんだと。
「ら、ラリス王国を舐め過ぎ、ですね……」
とは、金細工持ち冒険者であるランベールさんの談。
曰く、ラリス王国の治安維持機構はリンジュ共和国ほど優しくはないという。
害が勝ると判断すれば、王の名の下誰であろうと断罪する。王家とズブズブの金細工は、めちゃくちゃ強引な捜査が可能なのだ。
「死ねオラァアアアアアア!」
「げぇっ、イシグロ!?」
「グレイソンさん! 今です!」
「うぉおおおおお!」
「何だこのおっさゴベァ!?」
あの後、乱闘組は光球を追っかけて、逃走中の商人風の人達を捕縛した。全員銀細工下位程度には強かったが、金細工に加え俺の一党とニーナさん、それからグレイソン氏の前にはカ〇キラーを前にしたカビの如しだった。
捕縛後、黒幕の存在を確信したランベールさんは、一網打尽にすべく強権を発動し、コーリ商会と関連する建物を捜索。片っ端から関係者に追跡魔法をぶち込んで、今回の黒幕をあぶり出した。
「デトロ! 開けろイト市警だ!」
「い、いきなり何だってイシグロォ!?」
「こ、これより、この屋敷を捜索します。協力して頂けない場合、問答無用で逮捕しますよ……!」
光球追ってカチコミ。光球追ってカチコミ。邪魔する奴はぶちのめし、次また光球追ってカチコミまくり。
当初は報復に燃えていた俺だったが、三回目のカチコミからは若干戦意が萎えはじめ、戦いだというのに深夜テンションで何とか突っ切っていた。
そんな俺とは対照的に、こういう事に慣れているのか金細工のランベールさんはケロッとしていた。同じくついて来てた衛兵達もマル暴もかくやという気迫を維持して関係者を捕らえまくっていた。
「こうなったら! 先生、お願いします!」
「あ、自分降伏しますんで」
「クソ傭兵がぁああああ!」
中にはヤケになって用心棒をけしかけてこようとした商人もいたが、雇われサイドは此方の戦力を見るや即降参してきた。
むべなるかな。金一人に加え、銀細工級が六人、鋼鉄札級のイリハがいるのだ。おまけに血の気の多い衛兵まで揃っているのである。完全に詰みだろう。
「あ、あ、有体に言って、確たる証拠なんてのは、後で見つければいいんですから、その気になればどどっ、どうとでもできるんですよね。まっ、間違ってたら、謝ればいいだけ、ですし……」
方々探し回ってそうしてついに捕らえた黒幕はというと、鉱石を扱っているとある商人とパース商会の二組という事だった。
パース商会といえば、前にグーラの荷車を襲ってモブノをけしかけてきた元大手商会である。今現在、規模が小さくなったとはいえ、未だそれなりの力は残っているようだった。
なんか知らんが、パース商会の幹部は俺に対して恨み骨髄に入っていたらしい。俺、直接は何もしてないと思うけど。
「も、申し訳ありませんが、この後は取り調べが、ござっ御座います。ご協力頂けますと、幸いです……」
「わかりました」
掃討作戦は夜通し続き、全ての関係者を捕まえる頃には朝になっていた。
その後、俺達はギルドから取り調べを受けた。当然、グレイソン氏もである。
幸い、さんざん暴れた俺達は被害者扱いとなり、全ての責任はコーリ商会とその依頼主に集約される運びとなった。今度こそ、パース商会は全滅するだろうという話だ。
「き、気が晴れないというのであれば、バルバロイとの決闘を、行っても構いませんよ」
「いえ、結構です」
俺を殴った魔牛は捕まって、冒険者資格を剥奪された上で罰を受ける事になるそうだ。元々、リンジュから目を付けられていたという事もあり、向こうの法執行機関と連携して処罰の内容を決める予定らしい。
受付おじさんが言うには、どのみち極刑は免れないだろうという見立てだった。ジャグディと同じ圏外送りか、ジャルカタールと同じ闘技場送りか。いずれにせよ、遠回しな死刑になるのは確実だろう。
「それにしても凄い杖ですね……! 角も綺麗です! わぁ、素敵です、かわいい……!」
「え、えぇ……」
全ての聴取を終えると、何故かランベールさんがエリーゼに絡んでいた。
どうやら、彼女は魔法に関わるアレコレが大好きらしく、チート魔力のエリーゼには興味津々なようだった。
エリーゼは普通に困っていた。嫌がってはいないようだが、グイグイこられるのは慣れてないのだ。
「ありがとうございます、ニーナさん。あのまま戦っていたら、グレイソンさんを殺してしまっていたかもしれません」
「いえいえ、私は銀細工同士の戦いに強引に割り込んだだけであって、責められこそすれお礼を言われるような事は……」
「いやいやいや……」
「いえいえいえいえ……」
今回、無関係なはずのニーナさんには乱闘時も後処理でも本当にお世話になった。
何かお返しをしたいところだが、何をすれば彼女が喜ぶか分からない。淫魔らしく「精が欲しい」と言われたら困ってしまうが、まぁ今の今まで無かったし、それは無いだろう。
「イシグロ君、昨日の件については本当に申し訳なかった! 私とした事が、つい我を忘れてしまった!」
乱入してきた巨漢熊人ことグレイソンさんだが、聴取の後にもう一度謝罪された。それから彼は復旧中の広場に行って謝罪行脚をしていた。広場の人は皆さん笑顔で許していた。
俺もその行脚に乗っかる形で、迷惑をかけた店の人達に謝り倒した。が、俺の場合、何故か引き吊った笑みで以て許された。解せぬ。人気、人格、人徳の差……?
「俺、そこまで恨み買ってたかな……」
「気にするものでもないでしょう……」
全てが終わって帰宅して、皆でお風呂に入りながら、俺はそう一言呟いた。
元はというと、俺が希少鉱石を売らなかったから起こった事件らしいんだよな。そりゃ悪いのは向こうなのは分かっちゃいるが、それでルクスリリア達に迷惑をかけてしまった事には責任を感じてしまう。
「しゃーないッスよご主人。この渡世、金持ちは狙われるもんッス」
「うぅ、わしがもっと強かったら手出しされんかったのかのぅ……」
「それで言うと、ボク達は皆弱そうに見えますよ」
「第一、俺がヒョロいからなぁ……」
「アナタはそれでいいのよ」
普通、王都で銀細工に喧嘩を売るような奴はいないという。にも拘わらず、お上りさんとはいえ今回直接ちょっかいをかけてきたのである。
これがカムイバラだったら、ライドウさんやバンキコウさんとのコネがあるから手を出されなかっただろうが、ラリスでは俺は単なる冒険者。個人単位の報復を無視できるなら、襲う方のメリットが勝つのかな。あるいは、何も考えてないアホなら……。
「後ろ盾か……」
ランベールさん個人の知己は得たが、何もコネを作れた訳ではない。
リンジュでやったように、ライドウさんみたいな支持者を得るべく立ち回った方がいいのだろうか。一応、止まり木同盟への加入は勧められてるんだよなぁ……。
「どうすっかなぁ……」
「今回ばかりは運が悪かったと思うしかないですね」
「ッスね、切り替えてくッス!」
「そうかな。うん、そうだな」
うじうじ悩んでも仕方ない。切り替えてこう。
とりま、ゴーレム狩りはもういいかなって。これ以上、こんなしょうもない事で恨み買うなんて嫌だからね。もう十分手に入れたし。
「腹減ったなー」
そういえば、昨夜から何も食べてなかった。
何にせよ、空腹の時に悩むもんでもないなと思った。
〇
陽の光が一切差さぬ、不気味な雰囲気の地下の奥。
牢獄のようなこの場には、六人一組の罪人が椅子に拘束されていた。
蝋燭の灯りに照らされた者達は、誰あろうコーリ商会の創業メンバーであった。イケイケだった彼等は、訳も分からぬうちにしょっ引かれたのである。
「なぁオイ! 何の証拠があってこんな仕打ちをするんだ! 違法だろこんなの!」
誘拐作戦は失敗だった。それもただしくじっただけではなく、実行犯のうち三人が捕まってしまったのである。
そんな事を知らずに吉報を待っていたところ、謎の魔力玉に追いかけられ、かと思えば証拠もなしに逮捕されたのだ。
現行犯はともかく、何故自分達が拘束されているのだという話。それも、まだそうと決まった訳でもないはずなのに罪人として扱われている。いくらラリスでもこれは違法なはずだ。
「俺は一般市民だぞ! こんな横暴許されるか!」
「ゆ、許されてるんですよねぇ、これが……」
「なに……!?」
監視中の兵士に抗議していると、地下室のドアを開けて一人の女が現れた。
長い黒髪に、ひん曲がった背筋。凡そ強者とは思えぬ佇まいに比して、その身に宿す魔力は膨大。髪に隠れた右眼から、魔力感覚に訴えかける圧が放たれていた。
この女は、コーリ商会を追跡してきた金細工持ち冒険者である。リーダーからすると、たかが一介の冒険者が何様だという気分である。
「これは冤罪だぞ! 俺とそこの三人は無関係だ! 同じ商会に所属こそしているが、事件とは無関係だ! 訴えてやる!」
「えーっと、ラリス王国の権力構造は、とてもシンプルなんです。お、王家が上で、それ以外は全部下。民も貴族も、英雄も……りえ、利益があれば優遇し、無害ならば庇護をする。ですが、もし害が勝ると判断されれば……」
頭目の抗議を無視し、女は持っていた鞄を机に置いた。
それから、見せつけるように開かれた鞄の中には、得体の知れない薬品が詰まっていた。
「くへへっ……まだ殺しません。利用価値が無くなるまで、洗いざらい吐いて頂きます」
「そんなバカな! それは拷問だろう! 裁判もまだなのに!?」
「拷問になるかどうかは、あなた方次第です。それと、自分の知らない価値観を否定するのは、賢い人の思考法ではありませんよ。リンジュの常識は、ラリスの非常識です。逆もまた然り……」
饒舌になったデアンヌは、机の上に人数分の薬品を並べていった。
白い粉末。ガラス瓶に入った液体。きつく封をされた小箱……。
何がどういう薬なのかは分からないが、まともな代物でないのは丸わかりだった。
「もし、自分から飲むと仰るのであれば、その人以外はこの場から出してあげても構いませんよ」
にちゃ~、と。嗜虐的な笑みを浮かべて言うデアンヌに対し、さっきまで威勢良く吠えていた頭目は黙って現行犯三人を睨みつけていた。
現場組は絶望した顔で黙りこんでいた。つまり、そういう事である。
「じゃあ、皆さんが飲むという方向で。安心してください、味はどれも美味しいですから……」
デアンヌ・フォレ・ランベールは、卓越した魔術師であると同時に優秀なポーション職人である。
ひと目視た時から魔法の虜になり、一度試してからは魔法薬にドハマリした。魔法大好きガールにして、作って楽しむポーションオタク。デアンヌの作る魔法薬は、変な物こそあれどれも素晴らしいクオリティなのだ。
ギラギラと輝く瞳には、この世界の強者が持って然るべき狂気が滲んでいた。
「じゃあ、最初は貴方ですね。そーれ、貴方のいいトコ見ってみったい♡ 見ってみったい♡ はぁい、あ~ん♡」
「クソがふざけんなよマジでゴボ!? がぼぼぼぼっ!?」
メカクレ陰キャ猫背魔女の「あ~ん♡」により、頭目は迷宮以上の恐怖を味わう事となった。
ちなみに、彼女の言っていた通り、ポーションはどれも死ぬほど美味かった。
なお、実際に死んだのは闘技場だった模様。
一党で仲良く養分になったのだ。元とはいえ、銀細工持ち冒険者は捨てる所がないのである。
「はははっ、いい見物でしたな」
「えぇ、そうですね……」
闘技場での公開処刑は、王家の命令で石商連に加盟していた商人全員が強制参加する事となった。
要するに、これは王家からの警告であったのだ。
余計な事はするな、という。
本エピソードをもちまして、本作の総文字数が100万文字を突破しました。してますよね?
いや文字数が多けりゃ偉いのかというと全くそんな訳はないのですが、記念すべき節目ではあると思っています。長編らしい長さになってきましたね。
これも皆さんの応援あってこそです。ありがとうございます。
今後とも、引き続き本作を読んでってくれると嬉しいです。