【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。特に感想もらえると嬉しいです。
 誤字報告もありがとうございます。感謝しております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、一般ラリス貴族視点です。
 よろしくお願いします。


ラリス貴族はお願いしたい

 ラリス王国の貴族とは、尚武の気風の強い異世界にあって特に武断的な責務を持つ者の集まりである。あるいは、管理された暴力装置だ。

 君臨すれど統治せず。民の暮らしに干渉せず、ただ有事にのみ力を振るう。悪を罰し、善を守るのが本懐と言っていい。

 全て、力によってである。

 

 ラリス貴族には、力に応じたランクが存在する。爵位がそれだ。

 侯爵は伯爵より強い力を持ち、伯爵は男爵よりも強い力を持っている。これは財力や権力の話ではなく、単なる武力がそうなのだ。

 

 ラリスの貴族は、凡そ多くの民がイメージするような、優雅な貴人などでは断じてない。むしろ、舞踏会ではなく武闘会で血を沸かせ肉を躍らせる類の人種である。だからこそ、民はこの世界で平穏を享受できるのだ。

 畢竟、貴族は偉いから偉いのではなく、強いから偉いのだ。命を賭けて戦うからこそ、敬われるのである。

 

 強者を尊崇しつつ、自らを厳格に保ち、弱者には寛大である。しかれど愚者への慈悲はない。

 そして、貴族が守るのは自領の民のみにあらず、全世界の民をも含まれる。

 人類への脅威を退けてこそ、真のラリス貴族と言えるのだ。

 

 

 

 ミラクム・リント・フライシュは、生まれながらのラリス貴族である。

 フライシュ侯爵家の三男として生まれた彼は、幼少の頃からその才覚を発揮していた。

 惜しくも王の一党に加わる事はできなかったが、その能力は侯爵子息として申し分ないものであった。

 

「ほう! どうやらミラクムにはソレが向いているようだな! 私の父上と同じだ!」

「はい! とてもしっくりきます!」

 

 齢五つにして大人用の長柄薙剣(グレイブ)を振り回せる程度には膂力があり、父の教えを綿のように吸収する武才を持っていたのだ。

 生まれながらにして、貴族の子は強いのである。

 

 ここで、彼の半生を振り返るとしよう。

 フライシュ家は名門貴族である。先祖代々、血筋に起因するとある気質を除けば、フライシュ侯爵家は善良で模範的なラリス貴族だ。ミラクムはそんなフライシュ家の三男として生を得た。

 歩けば即武道。概して、貴族子息は物心つく頃には武器を玩具に育まれる。それはミラクムも例外ではなく、幼少の頃から武器を振り、愛馬を駆って暮らしてきた。

 そして、五歳の誕生日。よくある風習として、ミラクムは童貞を卒業する事となった。

 

「これの首を刎ねればいいんですか?」

「うむ! 思い切りやるといい!」

「はい!」

「やめろー! 死にたくない! 死にたくなぁい!」

 

 殺人童貞である。

 父手ずから捕縛した罪人を、息子手ずから斬首する。

 ラリス貴族の古い習わしであった。

 

「うむ! 初めてにしては上手くやれたな!」

「ありがとうございます! ですが、僕としてはまだまだだと思ってます! もっと上手に斬れるよう頑張ります!」

「はははっ! ミラクムは良い戦士になるな!」

 

 昔から、ミラクムは罪人の処刑が好きだった。

 罪人を一人消す度に自領が平和になり、民の暮らしを守る事ができるのだ。尊き生まれの者として、とても誇らしい気持ちになる。

 罪人など居ないに越した事はないのだが、気づけば虫のように湧いてくるのだ。ならせめてもと、ミラクムは罪人へ感謝を捧げながら処刑をしていた。刈り取った命は、もっとより善い力に換える。これこそ、健全な循環であると思っていた。

 

「ほう、これをミラクムがか!」

「とても上手ね。塩加減も素晴らしいわ」

「ありがとうございます」

 

 処刑と同じくらい、ミラクムは料理をするのが好きだった。何かの比喩ではなく、文字通りの意味である。

 特に肉料理には一家言あり、食材の選別から切り方、焼き加減に至るまで強い拘りがあった。

 また、これは代々続く血筋の性のようなもので、フライシュ家は自他ともに認める美食貴族なのである。

 美食家なのは良いのだが、食への拘りが強すぎるのが玉に瑕だった。利他的で善良な性格の中に、某ラーメンハゲのような一面が混じっていると言えば分かり易いか。

 

「ミラクム、明日はシュバイン山の遠征だ。武器を磨いておけよ」

「はい」

 

 ミラクム・リント・フライシュは、模範的なラリス貴族である。

 弱者を守り、身分を問わず強者に対して礼儀正しい。武芸に秀で、学問に通じ、十の頃には山賊退治で屍山血河を作ってのけた。

 

「おぉミラクム! 活きのいい奴を捕まえてきたぞ! よし、これをあげよう! 今日はよく頑張ったからな!」

「ありがとうございます! 父上!」

 

 捕まえた罪人を裁き、己が血肉とする。

 捕まえた獣を捌き、己が血肉とする。

 ミラクムはそのどちらにも適性があり、才能があり、嗜好と家業が一致していた。

 極めてラリス貴族向きの性格をしていたのである。

 

 時は流れ、ミラクムが十四歳になった時の事。

 フライシュ家の長男、ミラクムの兄が死んだ。

 戦死である。領域外で戦い、奇襲を受け、味方を逃がす為に孤軍奮闘した結果であった。

 ラリス貴族は戦死者のみが墓標に名を刻む事ができる。貴族にとって、戦死は最も名誉ある死因と言えた。

 

「兄上……」

 

 墓に刻まれた勇士の名を見て、ミラクムは兄への深い尊崇の念を抱いた。

 ミラクムは三兄弟の末弟である。現状、生き残っているのは次男とミラクム。それから妾の間にいる姉や妹のみ。

 もし、次男がいなくなってしまえば、フライシュ侯爵家はミラクムが継ぐ事になるだろう。

 

 一刻も早く、自分も兄のような立派な貴族にならなくては。

 そう、ミラクムは強く決心した。

 

「父上、お話があります。よろしいでしょうか」

 

 災厄も近い。立派な貴族になるには、このままだと遅きに失する。

 まだまだ、自分には力が足りない。

 故に、彼は迷宮へ挑む覚悟を決めたのだ。

 

「はぁ、はぁ……迷宮とは、これほどまでに過酷なのか……。けど、僕はやったぞ……! まずは一歩だ……!」

 

 古今東西、初迷宮は単独で挑むのが習わしだ。ミラクムはこれを完遂し、侯爵子息として不足ない実力を示してみせた。

 これ以降の探索は、一党を組む必要がある。一党の結成には、家の力を借りてはいけない。民の上に立つ者には、徳で以て仲間を作る器量もまた必要だからだ。

 

「ミラクム様、我が一党を率いてみるつもりはありませんか?」

「ミラクム様の下に置いてくだされば、フライシュ領にとって更に善い一党になる事と存じます」

「ご安心ください、うちの者は皆、読み書き計算が可能でございます」

 

 貴族の一党員といえば、冒険者にとっての成り上がりコースの一つである。

 当然、これに入りたがる冒険者は多いので、一党員集め自体はそう難しい話ではない。しかし、後の事を考えると、一党の仲間は慎重に選ぶべきであった。

 それは冒険者サイドも承知の上で、品と力を兼ね備えた者しか貴族に取り入ろうとは思わない。その上で申し出をするという事は、自信と野心の証左であった。

 

「申し出は有難く。ですが、少し待ってはくださいませんか?」

 

 だが、ミラクムは既に誰を仲間にするかを決めていた。

 自分には立派な貴族として、民を守る責務があるのだ。可能性は低くとも、考え得る範囲で最高の冒険者を仲間にしたい。

 であれば、チャンスがあるなら狙ってみるのが道理である。

 

「明日から、王都に行く予定がありまして……」

 

 その男、地味な鎧を纏った無頼の剣士。

 過去、同じラリス貴族を負かしたという剛の者。

 黒剣の二つ名を持ち、迷宮狂いと綽名された英雄候補。

 

 イシグロ・リキタカと、その一党。

 彼を、彼女達を仲間にする。

 ヘッドハンティングだ。

 

 

 

 

 

 

 黒剣のイシグロと言えば、ラリス貴族の間では仲間にしたいランキング上位の冒険者である。なにせその能力たるや伝説の英雄に例えられる程なのだ。

 最も有名な功といえば、やはり彼の迷宮踏破録だろう。曰く、単独で九つの迷宮を連日踏破したらしい。その他、最近だとリンジュの武術大会で優勝したという情報もある。

 

 強さに関しては申し分ない。伝え聞く話によれば人格も問題ない。狂気に呑まれている兆候もない。

 これを、欲しがらない貴族はいない。恐らく王家もそう考えているだろう。

 しかし、実際に彼を勧誘した貴族はいなかった。何故なら、ぶっちゃけ手に余ると考えたからだ。

 

 力はある。人格も問題ない。王家からの圧力こそあれ、勧誘自体は禁止されていない。

 だが、それはそれとして、意味不明な価値観の相手には慎重にならざるを得ないのだ。

 貴族視点、イシグロは物凄く強い駒なのは分かるが、そいつが何時どこでどの方向に動くか分からない駒なのである。

 奴隷への執着。リンジュでの大立ち回り。いとも容易く誉れを捨てる、理解し難い精神性。そのどれもが、イシグロを「気になるけど声をかけづらい冒険者」という立ち位置に留めていた。

 

 そんな中、フライシュ侯爵家のミラクムは一番乗りで勧誘すべく動き出した。勿論、父の許可は得ている。

 なにもミラクムはレアモノをゲットして自慢したいとか、そういった理由でイシグロを引き入れようとしている訳ではない。歳相応、もしくは立場相応に英雄への尊敬がある為だ。

 仮に彼を仲間にしたとして、その後に王家が召し抱えようとも、ミラクムとしては大いに祝福する所存であった。

 ただ、自身は英雄の足つぎになればいい。利他的なミラクムは、英雄を私物化しようとは思っていなかった。独善的なのは、年齢故仕方ないと言えよう。

 

 それはそれとして、イシグロに限らず台頭してきた英雄にちょっかいをかけるべきではないというのは、歴史を学んだ貴族からすると当然の教訓であった。

 けれども、先述の通り英雄候補への接触や勧誘を禁止されている訳ではないのだ。穏便に交渉し、穏当に傘下に加わってくれるのなら、王家は何も止めはしない。

 普通に会って、普通に勧誘する。貴族としてではなく、いち冒険者として、一党にお誘いするのである。その点、ミラクムはよく弁えていた。

 

「行こうか、リントノホマレ」

 

 そうしてミラクムは、単騎愛馬を駆って王都へ向かった。

 王都への道中、ミラクムは他の貴族の住む街に着くと、それら全ての貴族に挨拶回りをしていった。

 ミラクムの生まれたフライシュ領と王都にはそれなりの距離がある。如何に異世界馬の脚がカワサキ・ニンジャ程に速くとも、中継領の貴族には顔を出すのが礼儀であった。

 そんな折、王都の隣領であるカトリア家に挨拶しに行った際の事である。

 

「うん! わかった! お姉ちゃんが確かめてあげるね! どこからでもかかってきてッ!」

 

 カトリア伯爵の末妹、エレークトラ・ヴィンス・カトリアと会う機会があったのだ。

 エレークトラと言えば、かつて依頼遂行中のイシグロにボロ負けした事で有名な貴族だ。あまつさえ、征伐すべきパース商会にしてやられたというクッソ情けない伯爵令嬢である。

 そんな彼女に対し、ミラクムは貴族の礼に則って喧嘩を売った。これまた、ここで言い返せないと貴族じゃないでしょという挨拶のようなものだ。そして、ミラクムは見事に敗北した。

 が、これでいい。いくら歳の差があったとはいえ、相手はいくつもの修羅場を潜ってきた猛者なのだ。ミラクムが勝てる相手ではない。

 そも、当時は鋼鉄札と聞いていたエレークトラは、今では銀細工を下げている。あの後、色々あったのだろう。であるなら、彼女もまた尊敬すべき貴族である。

 

「ん~、イシグロくんのこと? お姉ちゃん、あの後は一度も会ってないからなぁ~」

「くん……?」

 

 ラリス式「こんにちは」の後、ミラクムは貴族式のお茶会に招かれた。そこで、エレークトラ自身の口から彼の英雄の話を伺う事ができた。

 そこには特に真新しい情報はなかったが、どうにも彼女の語り口は妙に馴れ馴れしいのが不思議だった。まるで、件の迷宮狂いを()のように見ているかのようだった。

 

「ミラクムくんは十四歳なんだよね? 凄いなー、その歳でそんなに強いなんて!」

「くん……?」

 

 そして、これまた何故かミラクムの事も()扱いしてきた。

 言外にミラクムの姉を自称するエレークトラの瞳には、深い螺旋が渦巻いて見えた。きっと、銀細工を授与されるまでにも色々あったのだろう。

 

「イシグロくんによろしくねー」

「はい」

 

 触らぬ銀に祟りなし。早朝、ミラクムはそそくさとヴィンス城を出た。

 

 そうして辿り着いた数年ぶりの王都は、当然としてフライシュ領の何処よりも栄えていた。

 道行く冒険者の数も多く、鋼鉄札持ちの猛者がゴロゴロしている。あまつさえ銀細工の冒険者とも何度か通り過ぎた。

 

「ん~、良い匂いだ」

 

 なにより、少し歩いただけで美味しそうな匂いがするのが素晴らしい。やはり王都は食文化が進んでいる。

 ミラクムは努めて食べ歩きの欲望を抑え、イシグロが拠点としている西区転移神殿へ足を向けた。

 

 侯爵子息のミラクムが大扉を潜るも、周囲の冒険者に特にこれといった反応はなかった。それもそのはず、ここは王都の転移神殿であり、フライシュ領の迷宮都市リントではないのだ。誰も自分の顔を知らなくて当然なのである。

 新鮮な気持ちでずんずん歩き、空いている受付の前に立った。とりあえず、ギルドへの挨拶だ。

 

「失礼。僕はこういう者です。ある人を訪ねに来たのですが……」

「おう? あ、はい」

 

 ミラクムが声をかけたのは、誰あろうイシグロの担当受付のおじさんだった。最近は変人トリクシィの担当扱いをされていたりもする苦労人だ。

 何かそういうフェロモンでも出しているのか。つくづく変な冒険者に好かれるおじさんだった。なお、本人的にはそういう扱いをこそ望んでいた。将来なにかの役に立つかと思って、日記なんか付けちゃうくらいには。

 

「ええ、イシグロ・リキタカさんという方なのですが……」

「なるほど。念のため確認させて頂きますが、それは銀細工のイシグロで間違いございませんか?」

「ええ、そのイシグロさんです。彼のもとへは此方が向かいますので、居場所を教えてくだされば幸いです」

 

 ミラクムの首には、冒険者の証である鉄札が下げられている。貴族子息に限ってまさか位階相応の強さしか持っていない訳もなかろうが、おじさんの見立てではこの坊ちゃんは冒険者に成りたてだろう事が分かる。差し詰め、迷宮狂いの噂を聞きつけた貴族子息からの勧誘といったところか。

 貴族が在野の冒険者を勧誘する。こういったイベントは珍しくはない。受付おじさんも何度か応対した経験がある。往々にして、態度のデカいお貴族は勧誘に失敗し、ミラクムのように紳士な態度の貴族は勧誘に成功するパターンが多い。

 おじさんの知る限り、これまでイシグロは同業以外から勧誘された経験はないはずだ。さてどうなるか。好奇心は湧きつつも、今はどうにもならないのが現実であった。

 

「あー、ついさっき出ていきましたね。次いつ来るか分かりません。ギルド経由で呼び出しましょうか?」

 

 ちなみに、ここでギルド経由で冒険者を呼び出した場合、かなりの確率で勧誘は失敗するのがパターンだ。ある種のトラップのようなものだ。

 そんな罠に気づいてか否か、ミラクムは訓練された薄い笑みのまま答えた。

 

「そうでしたか。ありがとうございます。しかし、呼出しは結構。後日また来ますので、伝言だけ預かって頂いてもよろしいでしょうか?」

「承りました」

 

 おじさんは胸中で感心しながら、ミラクムの伝言を預かるのであった。

 これは、どうなるか分からないな、と。

 

「さて」

 

 幸先はよろしくなかったが、別に急いでいる訳ではない。ミラクムは気を取り直して、第二の目的である王都観光に向かった。

 流石王都は異世界一の都市だけあり、少し歩けば美味しそうな食べ物屋が軒を連ねている。中にはミラクムが食べた事のない料理なんかもあったりして、街中の屋台などを巡るだけでも楽しかった。また、そのどれもがミラクムの舌を満足させるに足るクオリティであった。

 

「はい! 温かいうちにドーゾでござる!」

「ありがとうございます」

 

 特に、リンジュの金細工が売っていた鶏肉の串焼きは最高に美味しかった。

 炭火で焼かれた鶏肉の焦げ目に、ミラクムの知らないタレが絡んで実に美味しい。濃いめの味付けの肉をラリスビールで流し込むのは、まさに極上の体験であった。是非とも実家で再現したい。

 タレについて店主に訊いてみると、それは醤油と味噌という調味料をベースに作ったものであるらしく、最近リンジュで開発されたのだという。

 

「量産はされていないのですか?」

「絶賛稼働中でござる! たくさん作れるようになったらお手紙出すでござるよ!」

 

 商談成立。美食の為なら厄介貴族ムーブも辞さないミラクムであった。

 醤油と味噌には無限の可能性がある。例えイシグロの勧誘に失敗しても、この出会いだけで満足できそうだった。

 

 それからも、ミラクムは宿屋に向かう道中で王都を散策した。

 貴族子息とて年頃の男の子。イライジャ像など眺めては、ミラクムの胸は熱くなっていた。

 

「へいボーイ! ちょ~っとよろしくて?」

「はい?」

 

 そうこうしていると、ミラクムは背後から声をかけられた。

 声の主は派手な髪型の淫魔だった。何気に、淫魔を王国内で見たのは初めてだった。

 

「可愛らしい坊や、ちょいとそこらでお茶ぁシバきませんこと?」

「えっと……」

 

 ところで、フライシュ家は美食一家であり、自然と良い食材には目がない性質を持っている。

 故に、上質な肉を輸出している淫魔王国とはいち貴族家として懇意にしているのだ。ミラクム自身、過去一度だけ淫魔王国にお邪魔した事がある。淫魔という種族に対し、市井で噂されているような偏見はない。

 偏見はないが、それはそれ。相手は淫魔、ミラクムは男、今の状況はあからさまに吸精目当ての逆ナンだった。そうなると、取るべき対応は決まっている。

 

「失礼、急いでいるので」

「あ……!」

 

 侯爵子息は戦略的撤退をした。

 ミラクムとて思春期の少年である。そういう(・・・・)のに興味がない訳ではない。けれど、王都に到着してすぐに花を散らす覚悟は持てなかった。貞操観念がどうのというより、歳頃の初心さが為であった。

 

 逃げ去る少年を見て、金髪ドリルの淫魔は唖然となった。

 今回に限っては。吸精目当てではなかったのである。

 が、すぐに気を取り直してプラス思考を働かせた。なに、自分が美人過ぎて照れちゃったのだろう。最近、彼女のメンタルは絶好調だった。

 

 

 

 翌日、ミラクムは転移神殿に入っていった。

 服装は昨日と同じ戦士スタイル。こういう時、変に貴族然とした恰好をすべきではないのだ。

 

「イシグロなら、あそこにいますね」

「ありがとうございます」

 

 昨日と同じ受付に行くと、職員おじさんはイシグロの居場所を教えてくれた。ミラクムは人混みをかき分け、彼のいるバーへと向かった。

 そして、見つけた。同業者と卓を囲む黒髪黒目の男、イシグロである。噂にあった奴隷達は、別のテーブルで飯を食べていた。

 ミラクムは喉の調子を整え、少々緊張しながら声をかけた。

 

「失礼、イシグロ・リキタカさんですか?」

 

 

 

 

 

 

「なるほど、交流会ですか」

 

 当然のように、イシグロはミラクムからのお誘いを断った。

 貴族の命令を断るなど! といった小者ムーブなどする訳もなく、ミラクムは振られた事実を真摯に受け止めた。

 そんなミラクムの態度に申し訳なさを感じたか、イシグロは勧誘を断った理由の一つを教えてくれた。勿論、本人にとっては他の理由が最も大きい訳だが、それを察せないほどミラクムも鈍くはなかった。

 

「淫魔王国ですか。僕も一度行った事がございます。女王陛下にお会いした事もありますね」

「凄いですね」

「うちは淫魔王国からの輸出品を直に下ろしているんです。高級品扱いにはなりますが、淫魔王国産の乳製品などはフライシュ領ではそれなりに出回っております」

 

 どうやら、イシグロは小淫魔とラリス冒険者の交流会なるものの手伝いをしているらしい。

 それは特に隠している訳ではないらしく、実際に依頼掲示板には交流会の参加者募集の紙が張り出されていた。それを見た冒険者の殆どは訝しげな顔をしていた。

 

「皆様も参加されるのですか?」

「ああ、俺はそのつもりだぜ。淫魔はまだ抱いた事ねぇからな。一回くらい試してみようと思ってよ」

「同じく。お前等もそうだよな?」

「いやぁ、オレは怖いもの見たさというか……チャレンジ? みたいな」

「ククク……こ、これも真の英雄へ至る道……」

 

 ミラクムの問いに、イシグロと話していた冒険者達は頷いた。

 見るに、この場にいるのは上澄みの冒険者であるようだった。銀細工が二人に、鋼鉄札が二人。あまつさえ交流会の運営側には銀細工の淫魔が二人もいるらしい。

 

「ふぅむ……」

 

 淫魔と冒険者のお見合い。今後の事を考えると、ミラクムがこれに参加する意義はあると思った。

 何故なら、イシグロには断られてしまったが、この場にいる彼等を勧誘するのもアリだと思えるからだ。特に鼬人のトリクシィには早いうちに声をかけておくべきだろう。

 どのみち、今はダメだ。ならば、交流会の調査を兼ねて、彼等と親交を深める事には価値があるはずだ。

 

「その催し、僕も参加させて頂けませんか?」

「え? そう、ですね……」

 

 訊いてみると、イシグロでは判断できないというので、交流会の企画者に直接会いに行く事になった。

 企画者の淫魔はすぐに見つかった。“夢胡蝶”のグレモリア。派手な髪型の淫魔は、ナウなヤングに人気の公園で待ち合わせ――を装ったナンパ待ち――をしているところだった。

 

「失礼、貴女がグレモリアさんですか?」

「あら~? わたくしに何か用かしらん? ボクぅ~?」

 

 声をかけると、グレモリアは全身から歓喜の感情を噴出させた後、わざとらしいセクシーお姉さんムーブを実行した。

 けれども、目を合わせた瞬間に両者は固まってしまった。昨日会ったばっかだったからだ。逆ナン淫魔と、即逃げ貴族。ピューッと、気まずい空気が流れた。

 

「……お初にお目にかかります。僕の名はミラクム・リント・フライシュ。本日はいち冒険者としてお声かけをさせて頂きました」

「こここっ、こちらこそ初めましてですわッ!」

 

 昨日の一件に関して何も言わない優しさが、二人ともに存在した。

 

「交流会の参加条件は冒険者のみであるとあったはずです。なら、僕も参加できるのではないですか?」

「それはそうですが、わたくし一人で判断できる事ではございません。フライシュ卿が何と仰るか……」

「では、許可があれば良いんですね?」

 

 結論からいうと、ミラクムの淫魔王国行きは認められた。しかも父とはミラクム自ら交渉なんかしていた。愛馬を全力稼働させれば、手紙のやり取りより早いのである。

 ちなみに、許可を出したミラクム父的には、可愛い子には旅をさせろ的な気持ちが半分で、我が子を谷に突き落とす的な気持ちが半分だった。ここらで一度、息子は痛い目を見る必要があると考えた為だ。

 

「よろしくお願いします、グレモリアさん」

「は、はい……!」

 

 ミラクムの若さ溢れる行動力に、最近めっきり男耐性の下がったグレモリアは圧倒されていた。

 もしや、この坊やわたくしの事好きなんじゃないの? なんて考えていた。

 全く以てそんな事実はないのだが、男日照の淫魔は概してこんなもんなのである。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく後、淫魔王国行きの馬車隊が王都を出発した。交流会参加者様ご一行である。

 参加者の多くはその日暮らしの食い詰め冒険者だったが、中には力ある二つ名持ちの姿もあった。淫魔的に言うと、大本命だ。

 大本命の顔ぶれは、以下のようなものである。

 

「へっ、楽しみだなぁ淫魔王国! エロい姉ちゃんばっかなんだろ? さてさて、どんなもんかねぇ……!」

 

 くすんだ金髪。野性味に満ちたワイルド系肉食おじさん。

 銀細工持ち冒険者、犬人族。“猟斧”のリカルト。

 性闘力、五千。好きなタイプは健康美女。ナリは冴えないおじさんだが、ソッチの方もベテランだ。

 

「そっちも楽しみだけど、酒の方も気になるな。なんか馬の乳で酒作るらしいじゃん? 他にも淫魔王国の地酒は多いらしいし」

 

 低い背丈に立派な鬼角。童顔に似合わぬ背の大剣。

 銀細工持ち冒険者、鬼人族。“剛剣”のラフィ。

 性闘力、一万六千。好きなタイプは髪の綺麗な人。それなりに経験はあるが、性欲より飲酒欲が勝る若僧。けれども股間はパワーに満ちている。

 

「ちょっと怖ぇが、これもオスを上げる修行ってね。まぁ乳がデカけりゃどうとでもできるんすわ。たぶん」

 

 森色の髪に、左右に揃った犬の耳。にやけた顔はスケベの権化。

 鋼鉄札冒険者、犬人。銀細工昇格間近のウィード。

 性闘力、五十三万。好きなタイプはおっきいおっぱい。巨乳崇拝者にして、巨乳じゃないと勃たなくなった巨乳偏愛者。股間に宿すドスケベパワーは圧巻の一言。

 

「ククク、賽は投げられた……」

 

 イキりコートに派手な刀。鼬の耳はちょっぴりしおれている。

 鋼鉄札冒険者、鼬人族。新進気鋭の天才剣士、トリクシィ。

 性闘力、計測不能。何故なら、使った事がないからだ。綺麗な女の人を前にすると、気を抜くと顔が赤くなっちゃうのである。

 ではなぜ断らなかったのか? イシグロが困ってそうだったから、普段のお礼に手伝いを申し出た為だ。まさか淫魔関連だとは思っていなかったトリクシィは、今さら逃げるに逃げられなかったのである。

 

「道中の魔物は僕が退けますので、ご安心くださいね!」

 

 馬上の少年は参加者ご一行の馬車隊に声をかけた。藍色の髪に、幼さの残る精悍な顔立ち。若さに満ちた身体つき。

 フライシュ侯爵家、三男。模範的ラリス貴族のミラクム。

 性闘力、計測不能。好きなタイプは美味しそうにご飯を食べる女性。肉を食べる喜びは知っていても、肉を打ちつけ合う悦びは知らぬ童貞である。

 

 その他、有象無象の冒険者達。

 彼等は青い空の下、淫魔が住まう国へと向かって行った。

 

「あん? イシグロの奴はどうしたよ?」

「イシグロさんは後から追いつくとのお話です。何やら新しい馬車を購入したとかで」

「あ~、召喚獣に引かせるんだな」

「おや、イシグロさんは召喚獣をお持ちなのですね」

 

 ところで、この一団にはトリクシィとミラクム以外にも少数ながら童貞の冒険者がいる。

 偏に弱くて稼げなかったから、娼館に行く金もなかったのである。当然、淫魔の怖さは聞いていても、淫魔に精を吸われた経験はない。

 そんな彼等は、果たして純潔を守りきる事ができるのか。あるいは吸精を耐えられるのか。今の性癖のまま帰る事ができるのか。

 または、交流会で待ち構えている淫魔の中で、いったい誰が童貞にありつけるのか。そもそも、彼女等は狩りに成功する事はできるのか。

 

 恋と戦争においては全てが公正である。

 これは、彼方英国のことわざだ。

 

 童貞と夜戦を前にしては、全ての淫魔が公平である。

 これは、此方淫魔王国のことわざだ。

 

 彼等の貞操、彼女等の戦争。

 この戦いの結果は、誰であろうとも分からない。




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 グレイブの漢字表記がググッても出てこなかったので、仕方なく長柄薙剣としました。特に深い意図はありません。
 本作世界観の武器種としては、グレイブは槍のカテゴリーに入るでしょうか。物理属性の割合としては、標準高めの斬撃と刺突といったところ。石突部分での攻撃にのみ打撃攻撃判定になり、且つ属性値と攻撃力に下方修正される感じでしょうか。
 本作世界には、強い武器はあっても強い武器種はありません。けど弱い武器種はあります。クロスボウとか、ブーメランとか。
 余談ですが、ラリス貴族は馬に乗る事が多い都合上、馬上で扱える武器を花形と捉える傾向にあります。他を軽んじる訳ではありませんが。生まれてきた貴族子息がポールウエポンの才能を持っているとテンションが上がっちゃうようです。
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