【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 今回は最後だけ三人称。
 よろしくお願いします。


覇道幼女

 異世界人の朝は早い。

 それは交流会中の貴族屋敷でも変わらないようで、空が白み始めた頃には皆さん起床していた。むしろ俺が一番遅かったまである。

 

 ところで、交流会に使わせてもらっているラース邸の敷地は広大である。感覚的には、俺が通っていた高校くらいの面積があるように思う。

 普段からこの屋敷で他国の貴人を招く事もあるらしく、滞在中の生活には全く不便がなかった。

 

「ふん! ふん!」

 

 早朝、そんな屋敷の中心にある広い中庭にて。

 俺を含めた冒険者達は、各々半裸になって武技の鍛錬をしていた。

 

 並んで素振りをする剣士。魔法の制御訓練をする魔術師。武器を使わず、軽く組手をする男達もいた。

 弾ける筋肉。飛び散る汗。彼等こそザ・肉体派の職業冒険者のトレーニング風景だ。

 

「「「ほわぁ~♡」」」

 

 そんな男共を、屋敷付きのメイド淫魔が眺めていた。その瞳は性欲に塗れている。

 この程度、もう慣れっこである。襲ってこないのは分かっているので、気にするだけ無駄だ。他冒険者も同じなようで、彼等は男子校のノリで鍛錬に励んでいた。

 朝日と共に汗を流す冒険者達は、とても爽やかだった。元気いっぱいである。

 

「おいっす~! 俺も練習しに来たぜ~!」

 

 そこに、動きやすいよう半裸になったラフィさんのエントリーだ。

 例の吸精後、限界まで痩せていたラフィさんだが、今はすっかり元気を取り戻していた。流石銀細工というべきか、半日も休んだら元の筋肉量まで復元したのである。

 

「おぅ来たか! お前こっち来いよ! 今ぁ拳闘やってんだ!」

「おっ、なんだなんだ? 拳なら俺に勝てる気かお前? やってやろうじゃねぇかよこの野郎!」

 

 今現在、彼は例の黒髪淫魔との仮カップルを解消し、交流会に再出撃していた。

 振られた淫魔はショックで引きこもっているとか聞いたが、ちょっと可哀想だが自業自得である。

 

 ラフィミイラ化事件から、約一週間。

 あの一件で吸精のヤバさが判明した事により、良くも悪くも浮ついていた冒険者は帯を締め直す事を余儀なくされた。

 てっきり吸精後の惨状を見て怯えるものと思っていたが、多くの冒険者はむしろ燃えているようだった。訳も分からずもてなされていた気分が抜け、一人の戦士として相対する心構えにシフトしたのである。

 

「なぁ、お前んトコはどうなんだよ。こっそりヤッてんじゃねぇだろうな?」

「してませんよ」

「へっへっへっ、ならお前の卒業はしばらくお預けか。終わったら酒奢ってやるよ」

「いいですって、そういうの……」

 

 その甲斐あり、試験以降は多くの仮カップルが成立した。

 リカルトさんもウィードさんもお相手をゲットし、ここ数日は各々デートや食事を重ねて極めて健全な交流をしているようだった。

 一罰百戒ならぬ、一抜百快か。いや違うか。ともかく、吸精ミスでカップルを解消された淫魔を見て、他淫魔も慎重になっているようだった。ラフィさん以外、交流会中に吸精が行われたという報告も上がっていない。

 

「いやぁ、ラフィん時はちとビビッたがよ。やっぱ淫魔ってなぁ良いもんだぜ。お前も早く相手見つけとけよな!」

「いえ、自分は、その……」

 

 ちなみに、未だカップルを組んでいない童貞はトリクシィさんとミラクムさんだけである。非童貞を含めても、残ってる男はごく少数だ。

 そう、彼等以外の童貞は卒業間近であった。陰キャ淫魔にロックオンされてた童貞魔術師君も、今では彼女とラブラブ読書デートなんかをしちゃっている。ありゃお互い惚れてるね。吸精云々じゃなく、気の合う相手ってのが一等良い。

 

「ミラクムはどうだ。別に怖がってる訳じゃねぇんだろ?」

「そうですね。一党に加わってもらうかは置いておいて、お誘いしてみてもいいかもしれませんね。どうなるにせよ、安全に吸精されるのは良い経験になると思うので」

「ほう。思ってたよりゃあ積極的なんだな」

「ご存じありませんか? ラリス軍の一部は新兵に度胸をつけさせる為に淫魔の吸精を受けさせるんですよ」

「お、おう」

 

 なんて話をしつつ、冒険者達はスポーティな汗を流していた。

 災い転じて何とやら。ガチになった冒険者達にとって、あの事件は良い結果をもたらしたようである。

 

「ふっ! はっ! やぁーっ!」

 

 そんな中、俺は中庭の芝生スペースで長くて硬い棒を振り回していた。刺突ではなく打撃武器の方である。

 これは以前ドワルフに注文した鉄棍という武器で、見てくれは闇堕ちした如意棒って感じ。使い方は銀竜道場で習った槍術を応用できる。

 ガゥンガゥンと風を薙ぎ、円弧を描いて技と成す。持ち手付近で受け流し、半回転から打突と蹴撃。先端を持って叩きつけ。引き戻してから構えに移る。

 

「ふぅーっ……!」

 

 深く長い呼気ひとつ。いざ握ってみての感想だが、この棍という武器種はべらぼうに扱いやすかった。

 攻撃属性こそ打撃で固定されてしまうものの、ガードも突きも薙ぎ払いも、おまけに蹴りや掌系スキルまで使えちゃうのは素直に感心である。武器種補正で火力こそ高くないが、対応力の高さには目を見張るものがあった。

 もし、俺が最初に持った武器が剣じゃなくて棍だったら、ずっとこれ使ってた気がする。気分はまさにメテオかキリクかテュオハリム。くるくる回せばアクションスターだ。今にも魔法猿な曲が聞こえてきそうである。

 

 

 

◆対人棍・雷式◆

 

・物理攻撃力:550

・属性攻撃力:250(雷)

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:武器防御

・補助効果3:魔法装填(雷の鞭)

・補助効果4:魔法装填(極大治癒)

・補助効果5:魔力伝導阻害(小)

・補助効果6:打撃強化(大)

 

 

 

 性能としてはシンプルに雷属性の打撃武器といった感じ。特徴的なのは、この武器を使った時の仮想敵が魔物ではなく人類ひいては再生能力持ちの種族であるところだ。

 基本的に、魔族や竜族には打撃属性が通りやすい。別に両者の弱点属性が打撃であるという訳ではなく、再生能力のある魔族からすると下手に斬ったり貫いたりされるより打撃属性で骨や肉を潰された方が再生コストがかかるからだ。

 何となくだが、綺麗な骨折より複雑骨折のが完治までに時間がかかるのと似た原理だと思う。同じく、雷属性も再生対策だ。エリーゼの呪詛ほどではないが、電気ビリビリは相手の再生能力を阻害するのである。

 要するに、首切って死なない奴を斃すには、殴って蹴ってMPを消費させるのが肝要なのである。その為の打撃。あとその為の雷?

 

「はぁっ!」

 

 棍という武器を扱うには、戦士と武闘家の複合ジョブである“棒術士”に就く必要があった。現状、棒術士のレベルは未だ低いが、そのうち専用スキルも覚える事だろう。

 無月流とモーションアシスト。それに加えて各種武闘家スキルにより、今の俺はかなりの悟空ポイントを誇っている。

 いくつになっても長い棒を振り回すのは楽しいもんで、よりいっそうトレーニングに熱が入るというものだ。

 

「主様は勤勉じゃの~、ほんに」

「当然でしょう? 私達の王なのだから」

「ボク達も見習わないといけませんね」

「え~、もう全部ご主人ひとりでいいんじゃないッスかぁ?」

「冗談言ってないで続きするわよ」

 

 まぁ、訓練を頑張る一番の理由は、溜った性欲を紛らわせる為なんだが。

 鉄の棒で己の棒を慰めているのである。

 

「ふっ! はぁ! ハイーッ!」

 

 とにかく、気合は十分だ。

 今日はお見合い最終日。多くの仮カップルこそ成立したが、双方余った人もいる訳で。

 胸張って大成功と言えるように、今日も警護を頑張る所存である。

 

 紅組も白組も、頑張って欲しいところ。

 

 

 

 

 

 

 時は流れてその日の夕方。

 最後の交流会が終了し、俺達はラース邸を離れる準備を整えていた。

 ここで、交流会参加者は二手に分かれる事となる。仮カップル成立組と、それ以外の参加者。要するに、今馬車に乗ってる人等は誰とも組まなかった参加者達である。

 

 本日の交流会が最後の最後というのもあってか、これまでカップリングを渋っていた冒険者達もようやっと組を作る気になったようだった。

 童貞貴族であるミラクムさんは、最も戦闘に意欲のある淫魔を指名していた。選ばれた淫魔はハッピーハッピー米津みたいに喜んでいた。

 

 他方、淫魔視点だと垂涎童貞であるトリクシィさんは、最後まで誰も指名しなかった。

 残り少なくなった会場で、彼は頑なに貞操を守っていた。終わり際、恐らく終始トリクシィ一点狙いだったっぽい淫魔さんはこの世の終わりのような顔をしていた。強制できるものではないので、仕方ないと思ってもらうしかない。

 

 ともかく、開始当初はヒヤヒヤしたものだが、結果的には多くの仮カップルが成立した。

 後は両者の努力次第である。ひとまずは成功とみていいだろう。

 

「では、よろしくお願いします」

 

 トリクシィさんを筆頭に、誰とも結ばれなかった冒険者全員が馬車に乗り込んだ。

 行きは何台か並んでいた馬車も、帰りは壱台だけである。護衛に就くのは俺の一党と御者淫魔兵だけだ。

 俺達も空戦車に乗り込み、これにて出発準備は整った。

 

「ところで、イシグロさん、ヴァレフォリエさんを見かけませんでしたか?」

「ヴァレフォリエさん、ですか?」

 

 すると、お見送りのニーナさんが話しかけてきた。

 ヴァレフォリエって誰やと思ったが、どうやら以前ラフィさんを搾り尽くした黒髪淫魔の事らしい。

 初日以降、彼女は振られたショックで引きこもってしまい、後の交流会にも参加しなかったそうである。話によると、撤収すべく部屋を見てみると彼女の姿が無かったというのだ。

 

「誰も見てないんですか?」

「ええ。淫魔兵達は会場周辺を警戒していましたし、侍従達も部屋には入っていないようで……」

 

 その話を聞いて、俺の頭は某名探偵漫画の全身黒タイツと化した彼女を想像してしまった。

 動機は男女間の怨恨あたりか。やらかしたのは確かとはいえ他の女になびくとは何事かと、そんな感じでラフィさんの新しい相手を襲うつもりなんじゃあないか。

 

「それは……十分に考えられますね。暴走して交流会を壊そうとするかもしれませんし、捜索側の増員を要請した方がいいですね。イシグロさんもお気をつけて」

「はい」

 

 という憶測を話すと、ひとまず捜索しつつ警戒を厳にするという方針に落ち着いたようだ。

 キレると後先考えずに行動しちゃいがちな異世界人、何も起きなきゃいいけど……。俺は杞憂を振り払い、冒険者達の護衛に集中した。

 

「次の交流会、あるッスかね~」

「どうでしょう。二回目があるとすれば、もう少し良くなるとは思うわ。見直すべき点はあったもの」

「例えば、どんなところでしょうか?」

「まず、淫魔兵との距離感でしょうね。あれでは交流会の前に参加者との間に関係を作ってしまうかもしれないでしょう?」

「あり得る……というか、それもう起こってそうじゃな。そのへんどうなんじゃ、ルクスリリア」

「ッスね~。アタシは沈黙しとくッス。淫魔に蹴られたくないんで」

「あら、心当たりがあるのね……」

 

 夕暮れの道を、馬車と戦車が走っていく。

 ラース邸とホテル・乳鮑は近いので、夜までには余裕で到着する見込みだ。

 沈みゆく夕陽を眺めながら、俺は交流会期間中の出来事を思い出していた。

 

「一応、進展はあったな……」

 

 思い返すのは、グラマ・ラース公爵から聞いたお話の内容。

 護衛の仕事をしつつ、俺達はラース邸でもルクスリリアの病について調べていた。

 これこれこういう事があって、何か知っている事はないかとラース公爵に訊いてみたら、思いがけず新情報を得る事ができたのである。

 

 曰く、グラマ・ラース公爵は、とある淫魔英雄の娘であったらしい。

 そしてグラマさんの母君もまた、吸精に対してはさほど関心を持っていなかったというのだ。

 

 グラマさんの語るところによると、若い頃の先代ラース公爵は他の淫魔同様に男のケツもといチンチンを追っかけ回していたようだ。

 しかし、第二次魔王戦争が終わると、以前とは打って変わって吸精を好まなくなったというのである。

 

 吸精への興味が失せた代わりとでもいうように、彼女は何かの魔術の研究に没頭するようになった。

 その熱意たるや鬼気迫るものがあったらしく、生存に最低限必要な吸精以外を受け付けない程であったとか。

 また、研究内容についても、娘であるグラマさんにさえ明かさなかったらしい。

 

「恐らくだが、契約魔術について研究していたのだろう。それ以外はてんで分からなかった」

 

 と言って目を伏せたグラマさんは、郷愁に浸って……いた訳ではなく、俺の股間をガン見していた。無反応でごめん。

 それはともかく、可能なら件の研究資料を見せてくれないかと頼んでみたが、それはできないと言われてしまった。

 

 というのも、ある日グラマ母は研究資料の全てを女王に献上し、娘に別れを告げて何処かへ旅立っていったというのだ。

 その日以降、グラマさんはグラマ・ラース公爵となった訳である。

 

 お話のお礼を申し出ると、礼には及ばぬと返された。

 ラース公爵程にもなると、俺のような普通のヒトオスとお話できるだけで嬉しいらしい。何というか、若い見てくれで老成したお人だった。

 

「ええ、一歩前進といったところね」

「公爵様が良い人でよかったのじゃ」

「いやぁ、なんか悪いッス」

「焦ってませんね、ルクスリリア」

「ん、そッスね」

 

 一旦、これまでの情報をまとめよう。

 歴史上、吸精に興味のない淫魔が存在する。彼女達はルクスリリア同様に味覚障害を患っていたのではないかという仮説。

 先代ラース公爵も吸精に無関心な淫魔で、また彼女は生まれつきではなく後天的に吸精への興味を失った。特殊淫魔になったのは戦後らしいので、それに至るまでに何か原因があったものと思われる。

 特殊淫魔とルクスリリア。味覚の消失は置いておいて、確定している共通点としては彼女等は後天的に変質したという点だ。

 

 突然の変化。まるで淫魔が変わったように、エロではなく学問に没頭した先代ラース公爵。

 王城には彼女が残した研究資料が残されているらしい。解決に繋がるかどうかは分からないが、これが手がかりになる可能性はそれなりに高い気がする。

 何にせよ、エリーゼの言う通り一歩前進である。焦るな、焦るな。少しずつ解決していこう。

 

「ふぅ~、到着~ッス! やっぱ空飛びてぇッスわ! 多分、ラザニアもそう思ってるッス!」

「護衛だからね、しょうがないね」

 

 そうこうしていると、俺達は陽が沈みきる前にホテルに帰還した。

 行きと同様、入口前には淫魔従業員達が整列していた。お見合い交流会こそ終わってしまったが、家に帰るまでが遠足だ。従業員淫魔にとっては最後のチャンスになるかもしれないのか。

 

「「「おかえりなさいませ♡」」」

 

 元気いっぱいな淫魔とは対照的に、戻ってきた冒険者達は若干疲れているようだった。今や美女のお出迎えに反応できるほど浮かれてはいないっぽい。

 中には例のラフィさんお絞り事件がトラウマになってる冒険者もいるのだ。こればっかりは仕方ないだろう。

 

「おかえり、トリィ君♡ 大丈夫でしたか? 怖い思いしてませんか?」

「うん……大丈夫」

「じゃあ♡ 約束通り、一人で馬に乗る方法を教えてあげますね♡ 牧場で一緒に走りましょう♡」

「た、楽しみです……えへへっ」

 

 そんな中、トリクシィさんは例のお姉さん淫魔兵と再会して屈託ない笑みを浮かべていた。

 あー、はいはい。そういう事ね。だから頑なに誰も指名しなかったのか。運営的には何とも言えないが、私人としてはアリだと思うよ、うん。

 

「お疲れ様です、イシグロさん。よくぞご無事で」

「はい。お疲れ様です」

 

 アイテムボックスに戦車を収納していると、生真面目な軍人淫魔さんが話しかけてきた。

 再会の挨拶もそこそこに、そのまま互いの状況を説明する。一通り話し終えたところで、俺はさっきから気になっていた事を訊いてみる事にした。

 

「あの、前より淫魔兵の数が少なくないですか?」

 

 実際、以前宿泊していた頃と比べると、入口にいる淫魔兵の数が減っているように思う。中にいるのかもしれないが、淫魔に限ってそれは考え難い。

 その事を問うてみると、彼女は僅かに声を潜めて云った

 

「現在、淫魔兵の多くは郊外に出払っております。最近は民の行方不明事件や野生動物の暴走などがありましたから、国境付近を中心に国内の警備を更に厳重にしているんです」

「なるほど」

 

 どうやら、行きの時に勃起豚に襲われた事を鑑みて警備を増員してくれたそうだ。判断が早い。

 ホテルに戻った冒険者も少ないし、彼等の警護自体には問題ないだろう。

 

 交流会参加者は一旦ホテル組とラース邸組で分かれたが、帰りは一緒という事になっている。

 なので、彼等にはしばらくここで待ってもらう予定だ。俺の護衛もホテルの淫魔兵にお任せなので、しばらくはお休みである。

 

 この間にルクスリリアママに挨拶しようと思ったのだが、娘曰く彼女の母はケフィアムから少し距離のある牧場に住んでいるようで、挨拶は交流会が終了してから参加者をラリス王国に送り届けた後という話になった。

 出来ればそれまでにルクスリリアの病を何とかしたいところだが、ちょっと難しそうか。

 

「しゃあ! ようやく休みッスね! 遊ぶッスよ~! せっかくッスし、アタシがケフィアムを案内するッス!」

「それは有難いですけれど、いいんでしょうか?」

「のじゃ。わしとしては一刻も早く治療を……」

「今考えても仕方ねー事ぁ今考えるべきじゃねーんス! とりま、名所巡りッスね! 競馬場は行ったから、後は……」

「能天気ねぇ、貴女……」

「元気なのが一番だ」

 

 そんなこんな、俺達は皆が戻ってくるまで英気を養う事にした。

 人いないし、ホテルのプールとか貸し切りなんじゃないか。ちょっくらひと泳ぎするか。

 

 もうすぐ交流会も終わるし、競馬場からこっち警戒続きだったのだ。

 少しくらい、遊んじゃってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 広く、暗く、無機質な静寂に満ちた部屋だった。

 

 光も届かぬ部屋の中心に、得体の知れない円筒状の物体があった。

 凡そ、大きさは平均的な男性を覆えるほどで、筒の継ぎ目からは胎動するような光が明滅していた。

 

 静寂と暗闇の中心で、ソレはただ存在していた。

 その様はさながら、羽化を待つ蛹のようで。罪人を閉じ込める檻のようで。

 あるいは、災いを閉じ込めた禁忌の箱のようでもあった。

 

 一条、静かな暗黒に光が差す。

 かつん、かつん。開かれた扉から、硬質な靴音が近づいてくる。

 光から闇へ。長い影が伸びていた。

 

 影の正体は女だった。黒い髪に、獣の耳。逆光に隠れるはずの双眸は、異様な程に爛々と輝いている。医療従事者を思わせる外套は、彼女の心根とは真逆の色をしていた。

 その背では、三つの尾が揺れていた。

 

 やがて、女は明滅する円筒の傍まで来ると、その外殻に手のひらを触れさせた。

 瞬間、ほんの僅かに光の律動が変化した。それは心臓が早鐘を打つようであり、警戒する猫が毛を逆立てているようでもあった。

 その反応に気を良くしたのか、猫又の女は唇を歪め、喉の奥から声を発した。

 

「起きろ、十三番」

 

 命令と同時、円筒の外殻から圧縮された魔力が噴出した。

 それから徐々に、殻の継ぎ目が離れていく。眩い光が解放され、暗黒の空間が照らされた。

 身を焼く程の光の奔流。女の外套が翻る。膨大な力を感じ取り、猫又の笑みは更なる喜悦に歪んでいた。

 

「おはよう、十三番♡ 今日も素晴らしい日になるニャ♡」

 

 それは、醜き獣。継ぎ剥ぎの怪物。最強の忌み子。

 最後の名を、十三番。

 かつて捨てられし、新世界の扉。

 

 ()の成り損ないである。




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 前に感想欄とか設定資料で書きましたが、本作世界には地球で信仰されてるような神様はいません。一神教も多神教もありません。
 神という言葉は、「なんかすげぇの」とか「ヤバいの」くらいのニュアンスで使われています。転移神殿は、「転移装置があるすげぇ場所」です。
 別に設定を忘れていた訳ではないので、ごあんしんください。
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