【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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ネオケフィアム・イン・フレイム(上)

 ケフィアム城。

 淫魔女王の住処たる王城は、第二次魔王戦争後に流行した近代ラリス式の建築様式によって築かれている。

 その外観は優美かつ重厚。近代ラリス式建築は、イシグロの世界で言うところのバロック建築に近い印象を受ける建物だった。

 そして、ある程度目利きのある者からすると、ケフィアム城の造りの意図は明白であった。要するに、淫魔族は以前までの文化を捨ててラリス王家に首を垂れているという構図なのだ。

 

 そんな王城の最奥。魔導照明の灯された謁見の間には、現在王城に待機している全ての淫魔騎士が集められていた。玉座の傍には三人の騎士団長と、一人の書記官の姿もある。

 さすが淫魔騎士達は精鋭というだけあり、この中に浮ついている騎士はいなかった。先に解放された女王の魔力からして、のっぴきならない状況である事は分かっているのだ。さながら訓練された猟犬のように、彼女等は規律正しく整列していた。

 

 書記官の淫魔が全淫魔騎士の名前を確認し終えた、その時である。

 常ならばあって然るべき合図より先に、玉座に通じる大扉が開かれていった。瞬間、その場にいた淫魔騎士達が一斉に跪く。

 側近の騎士を連れ、女王は鏡面のような大理石の床を一歩ずつ歩いていく。跪いている騎士達は。女王の靴音に違和感を覚えた。いつもと履物が違う。

 

 やがて女王は玉座への階段を上り切り、振り返っては跪く騎士達を眺め見た。

 僅かな衣擦れ。淫魔女王はあえて優雅さをかなぐり捨て、どっかりと玉座へ腰を下ろした。

 

「全体、休みなさい」

 

 側近を介さず、女王自ら命を発した。これは女王の下知ではなく、軍を率いる者としての命令であった。

 命に従い、淫魔騎士は肩幅まで足を広げて立ち上がった。その視線は淫魔の頂点たる女王に注がれていた。

 見上げた騎士の目に移った女王は、これまで倉庫の肥やしになっていた戦装束を身に纏っていた。それだけで、彼女の意思は十分に伝わった。

 

「先に言うわ、緊急事態よ。だから全て略式で行うわね。玉座を使う(・・・・・)わ。書記官」

「はい」

 

 一瞬、呼ばれた書記官の眉が動いた。命じられるまま、手に持った書類に筆を走らせる。

 

「さっきも言ったけれど、玉座を使って話すわ。貴女達への説明も兼ねるから、よく聞きなさい」

 

 言うが早いか、女王の腰掛ける玉座に施された全ての魔術刻印が発光を始めた。

 それはさながら、古くなった機械の電源を入れたかのようであった。女王の身体を動力源に、決戦兵器(・・・・)たる玉座が起動したのだ。

 

「すぅ……」

 

 深く、長い呼吸。一つの種族を統べる女王は瞑目し、やがて瞼を開いた。

 その瞳は目下の騎士を映しておらず、文字通りに淫魔王国全土を()ていた。

 

 先程、淫魔女王は夢魔に対し、自身は城の中という状況に限ればラリス王にも勝ると発言した。

 しかしこれは半分は本当で、もう半分は嘘だった。

 

 実際、例え城内であっても淫魔女王個人はラリス王の戦闘力に遠く及ばない。

 彼女の本懐は、いち戦士としての戦働きではないのである。

 

 ところで、この世界にはそこかしこにゲームチックな仕様が存在している。

 異世界人にジョブやステータスの概念はないが、数値にされずとも彼等はこれを経験則で知っている。剣の使い手は剣士であり、強い剣士はソードマスター。刀を扱うソドマスは、リンジュによく居る侍といった風に。

 ジョブツリー。各種ステータス。補助と能動の二種のスキル。それぞれ名称こそ異なるが、専門の学者が存在する程度には体系化された学問として認知されているのだ。

 

 さて、この世界には剣士や魔術師以外にも様々なジョブが存在する。

 種族固有ジョブや、複雑な経路を辿って成れる特殊ジョブ。中には過去一人しか就いた者のいないジョブなど。

 その中には、大勢の味方を支援する指揮官系ジョブというものがある。

 

 指揮官ジョブの役割は、主に味方の強化と敵方の弱化である。

 同じく支援系魔術師との違いとして、それらは魔力こそ消費すれど魔法によるものではないという点にある。要するに、指揮官のバフ・デバフはスキルで、魔術師のバフ・デバフは魔法なのだ。

 また、流石にそれらは専門の支援系ジョブに比べるといずれの効果も低値であるが、指揮官系ジョブはレベルの上昇に応じてバフできる人数が増加したり、バフの範囲が広くなったりといった特徴がある。

 

 畢竟、指揮官ジョブは戦場の要なのである。

 迷宮よりも迷宮外。それも多対多の戦場でこそ真価を発揮するジョブなのだ。

 

 先述の通り、異世界人は指揮官ジョブの存在を経験則で認知している。

 自然、その臨界に至った者が如何なる存在であるかを、長い戦争の歴史が物語っていた。

 

 最上級職。これまでのレベル上限を超越し、理論上際限なく強くなり続ける怪物の中の怪物。

 この世界において、例外なく全ての王がこの位階に到達している。

 

 弱き王で知られる淫魔女王もまた、当然に。

 淫魔族固有、指揮系最上級職。

 名を“淫魔女王”。

 

 女王となった者が、即位と共に生まれ得た名を捨てるのは、この為である。

 

「術式起動、【淫魔経路(サキュバス・チャネル)】」

 

 怨敵を殺すべく、これより淫魔女王が指揮を執る。

 

 

 

 

 

 

 一方、交流会参加者が催眠されたラース邸の中庭では……。

 

「ぐぅ! なんて力なの!? ここがベッドだったら一発でテクニカルノックアウトなのに!」

「もしくはトイレの個室だったらケツアナ確定一着優勝からのウイニングランだったのに!」

「どうして振り回す棒が鉄なのよぉー!」

 

 何ともグダグダな争いが勃発していた。

 グダグダなのは確かだが、淫魔兵が押されているのも確かである。動きこそ覚束ないとはいえ、向こうには銀細工持ちのリカルトとラフィがいるのである。彼等銀細工が相手では、淫魔数人がかりで何とか抑え込めるといったところだった。

 前衛はそんな感じなのに対し、あちら側の後衛の動きは不気味な程に統制がとれていた。号令らしい号令もなく、淫魔騎士を中心にした攻撃魔法が飛んできている。

 

「前衛は捕縛に集中なさい! 決して男性を傷つけてはなりませんわ! その間に後衛の淫魔をやりなさい! 騎士はわたくしが抑えますわ!」

 

 もはや乱戦一歩手前といった様相。

 元淫魔騎士のグレモリアの指揮によって、何とか戦線を維持できていた。

 

 グレモリアの作戦は単純で、襲ってくる冒険者を制圧している間に後方で魔法を撃ってくる淫魔達を排除するというものだった。が、それが中々難しい。

 誘惑や淫奔、もしくは催眠を使えば即座に男性を沈黙させる事はできる。しかし、グレモリアの倫理観がそれを許さなかった。そうも言ってられない状況なのは分かっているが、彼等を傷つける事で交流会が流れるといった事態を避けたかったのだ。

 この時、グレモリアはかなりテンパっていた。戦闘しつつ指揮を執っていては、健常な思考も覚束ない。重なる疲労と責任感により、常の冴えた頭があっぱらぱーになっているのである。

 

「こうまで派手にやってんですわ! すぐに援軍が来ますわよ! それまで気張るしかないですわー!」

「だってよグレモリア! 手が!」

「足りねぇ分は淫魔魂で何とかするんですの! うぉりゃぁああああ!」

 

 可能なら、今すぐ王城に飛んで騎士の援軍を要請したいところだった。

 しかし、この場にいる飛行可能な淫魔はグレモリアと淫魔騎士のみ。前者は戦線維持の要であり、後者は何故か敵側だ。ニーナがここに居れば話は変わっただろうが、今彼女はここには居ない。

 あまつさえ技はともかく力は向こうのが上だった。相手の淫魔は精を吸ったばかりと見え、此方側の魔法よりパワフルである。やはり、種族特性で男性を大人しくさせるか。いやそれくらい向こうも読めているはず。だがやらざるを得ないか。

 どうすればいい、そうしたらどうなる。いつやればいいのだ。グレモリアは決断を迫られていた。

 

「ぜ、全体! 淫奔を……」

 

 事ここに至って、グレモリアはようやっと腹を決めた。条約で禁止されている淫奔魔法で、冒険者を行動不能に陥らせる。そも、このゾンビ化など誰が予測できたという話だ。やれ、やってしまえ。

 グレモリアが大声を上げるべく息を吸った。それと同時に、この屋敷の淫魔――否、国内にいる全淫魔は突然謎の耳鳴りを聞き取った。

 まるで砂を擦り合わせるような、ザリザリとした雑音。やがてそれは鳴りを潜め、元のクリアな音を取り戻し……。

 

『あー、テステス。聞こえてるかな? 今、私は皆さんの頭に直接話しかけています。この声を聴き間違える民はいないわよね? どもー、淫魔女王でーす』

 

 淫魔女王の声が聞こえた。

 それは敵方にいる淫魔騎士も同じだったようで、ゾンビ冒険者を援護する淫魔達は動きを止めていた。

 

『聞こえるわね。じゃあ、単刀直入に言うわよ』

 

 すぅーと、息を吸う音。

 不気味な戦場にあって、僅かな沈黙はやけに染み入るようであった。

 

『先ほど、我が国の領土内に夢魔族の存在を確認しました。人類平和条約に基づき、これより我が国は夢魔の排除に動きます。これに伴い、現時刻を以て緊急事態を宣言します』

 

 決断的な言葉だった。

 元淫魔騎士であり、短い間とはいえ王城勤めをしていたグレモリアでも、このような女王の声は初めて聞いた。

 

『現在、国内には夢魔に洗脳された同族が潜伏しています。その者を通して催眠を受けると、淫魔は間接的に傀儡にされてしまいます。また、洗脳状態にある淫魔は虹彩が白く発光していますので、発見した場合は絶対に一人で近づかないでください』

 

 グレモリアは反射的にこの場にいる同族達を見た。敵側の後衛にいる淫魔の目は虚ろだが、白い眼の淫魔はいなかった。

 

『淫魔兵は緊急事態発令時の手引きに則って行動してください。この放送が終了次第、各地に動員可能な全ての淫魔騎士を派遣しますので、現在戦闘している兵士は防御に専念してください。国民の皆さんにおかれましては、慌てる事なく淫魔兵の指示に従ってください。学校で習った通り。淑女的行動を心がけてください。放送は以上です。慌てず騒がず、お静かに。それでは、淫魔女王でした』

 

 ブツンと、糸が切れるようにして女王の声が途絶えた。

 とにかく困惑する淫魔兵を統率すべく、グレモリアが口を開こうとした寸前、これまた頭の中が何かと繋がった感覚。

 

『淫魔兵の皆さん、先程の放送は聞こえましたね。今、ケフィアム城から淫魔騎士達が出動しました。戦闘区域は把握しているので、何とかそれまで持ちこたえて下さい。必ず援護に向かいます』

 

 気がつけば、傀儡淫魔の催眠が強まったか冒険者達の力が増しているようだった。

 女王の声を聴きつつ、今度こそ声を上げてグレモリアも前衛の防御に加勢した。今はとにかく、防御だ。

 

『ラース邸にいる淫魔兵。あーグレモリアさん、大丈夫そうですね。ちょっと左目を借りますよ』

「え!?」

 

 次の瞬間、グレモリアの左の視界が見えなくなった。

 きっかり一秒後、左眼が正常に戻った。今のは何だと困惑する彼女を置いて、頭の中に女王の落ち着いた声が響く。

 

『状況は把握しました。では、男性の皆様に誘惑魔法を使ってください。私が全責任を負います。任せましたよグレモリアさん。最後に、貴女達に我が恩寵を』

「えっ、ちょっと今の何ですの!?」

 

 ブツンと、また途切れる。応答する暇もなかった。次いでグレモリアの身体を通し、味方淫魔に強力な支援効果が授けられていった。暖かな。最近忘れていた満腹感に似た感覚。

 無理やり冷静さを取り戻す。了解した。誘惑魔法、女王の命令なら仕方ない。もうどうにでもなーれ精神だ。

 指揮系スキルによってハイになったグレモリアは、思い切り大きな声を出した。

 

「皆さん聞こえましたわね! 各員、ここにいるドエロい男共を思う存分誘惑なさい!」

 

 号令、沈黙。

 そして……。

 

「「「やったぜ!」」」

 

 指示を聞くや否や、鍔迫り合い中のモブ淫魔兵Aは目の前のヒトオスに見えるように上半身の服をはだけてみせた。

 

「今すぐ私のモノになれ♡」

 

 巧みな視線誘導。逃れられぬエロの権化。ゾンビ化冒険者の目に映ったのは、そびえ立つケフィアム城の如き特大おっぱい。それを視界に収めたが最後、ぽわ~んと放たれた誘惑魔法が冒険者に直撃した。

 会心の一撃(クリティカル)。男は武器を取り落とし、どうぞ技を極めて下さいとなったプロレスラーのように魅惑の谷間に顔を埋めた。この時、男日照の淫魔兵は戦場で二度達した。

 

「とんでもねぇ! 待ってたんだ!」

「ただのカカシですな!」

「来いよヒトオス! 武器なんか捨てて襲ってこい!」

 

 奴に続けと、他の淫魔兵もゾンビ男を誘惑し始めた。巨乳好きにはバストアタックをぶちかまし、尻好きにはヒップアタックで物理攻撃。銀細工相手には三人がかりでトリプル当ててんのよを敢行した。

 

「はっ! お、俺は今まで何を!?」

 

 そんな中、誘惑によって催眠状態を脱した犬人斥候・ウィードは正気を取り戻した。

 催眠よりもおっぱい優先。実ったリンゴが万有引力に逆らえないように、巨乳好きは爆乳淫力に逆らえないのだ。

 敵側の淫魔の魔法は誘惑の片手間に障壁魔法を張って防いでいた。さっきより壁が厚い気がするのは目の錯覚か。

 

「ちっ、面倒だな……」

 

 おかしくなった戦況を、屋根の上にいた白い虹彩のヴァレフォリエが見ていた。

 舌打ちひとつ。こめかみを叩き、淫魔騎士に新たな命令を出す。正気に戻った冒険者を再度催眠しろ、と。

 

「お、おっぱいがたくさンギャー!?」

 

 オラッ! 催眠! といった風に放たれた催眠攻撃は、正気を取り戻したウィードに直撃。彼はまたゾンビ化してしまった。

 こうなると、性欲に染まった淫魔兵と夢魔に操られた傀儡淫魔による男共の奪い合いである。凄まじく滑稽な構図だが、彼女達は極めて真剣だった。

 

「あー、これじゃ埒が開かねぇな」

 

 滑稽なのは結構だが、見事に時間稼ぎをされている。そうそうに見切りをつけたヴァレフォリエは、軽やかに跳躍して中庭へと降り立った。

 ずだん! 外連味たっぷりのスーパーヒーロー着地。淫魔兵の注目がヴァレフォリエに集まる。

 

「ヴァレフォリエさん……いえ、虹彩が白い! 貴方が夢魔ですのね!」

「その通りだ。それより、少し話をしないか?」

 

 そう言ったヴァレフォリエの背後から、ゾロゾロと新たな傀儡淫魔が歩いてきた。

 増援である。多くは小淫魔のようだが、中には屋敷の主たるラース公爵の姿もあった。あまつさえ人質のように拘束されたラリス貴族のミラクムもいる。

 

「話? 脅迫じゃあなくって?」

「同じだろ。オレはさっき、淫魔女王とお話してきたんだぜ。女王にはゴブ!?」

 

 大仰な振る舞いで言葉を発している最中、突然ヴァレフォリエの顔面に拳大の瓦礫が直撃した。

 一同、振り返る。瓦礫を投げたのは、怒りによって顔を真っ赤にしたモブ淫魔兵だった。

 

「おんどれヴァレ助てんめぇええ! 今の今までどぉこほっつき歩いとったんじゃボケェ! こちとらテメェ探すんに人手割かれてクソ忙しかったんやぞ!」

「嘘だろ直撃!? いや、ていうかオレはヴァレフォリエじゃッとぉ!? 危ねぇ! 今のオレじゃなかったら当たってたぞ! 同族なんだろお前等!」

「「「うるせぇえええええ! 知らねぇええええ!」」」

 

 一人目に続き、二人目三人目も同じように操られてるだけのヴァレフォリエの顔面に瓦礫を投げつけていた。

 それはさながら、下手な演奏を聴かされたノースティリス民の如き有様だった。

 

「どいつもこいつも! いつから淫魔は蛮族になったんだ!」

 

 悪態を吐く夢魔。この間、グレモリアには思考する時間が与えられていた。

 そして、決断した。

 

「お話は結構! 皆さん、そろそろ淫魔騎士が来るはずですわ! 殴るのはその後ですわー!」

 

 参加者は守る。夢魔の端末も倒す。どちらもやるのが発起人の務めである。

 グレモリアという淫魔は、利他的で善なる性質の持ち主なのである。精神的動揺を克服すれば、有能エリート脳がようやっと回転を開始する。

 

「あぁもう面倒臭い! やれ、グラマ・ラース!」

 

 夢魔の指示の後、催眠状態にあるラース公爵は緩慢な動作で魔法の詠唱を開始した。その狙いは貴族のミラクム。

 しかし、その様はあまりに拙かった。グレモリアは迷宮仕込みの戦闘勘で、彼女の内心を見切った。ラース公爵、催眠されてなお夢魔に抵抗している。ミラクムもまた同様に、ギョロリと目を動かしてヴァレフォリエを睨みつけていた。

 

「上ッ等! ですわ!」

 

 それが貴族の矜持というなら、こっちは庶民の雑草魂を燃やしてやる。

 グレモリアは獰猛な笑みを浮かべ、愛剣の刃をなぞった。

 

 この程度、窮地でも何でもないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 蒼の障壁が覆う空の下、ラース邸以外の場所でも傀儡淫魔達の暴動が発生していた。

 燃え盛る炎。舞い上がる煙塵。逃げ惑う群衆を誘導する兵士。美しかったケフィアムを、虚ろな目の淫魔が徘徊していた。

 

 中でも、大通りには多くの傀儡淫魔が列を成して行進し、夕方以前の美麗な街に道すがら破壊の限りを尽くしていた。

 目的地に着く。群衆の後方、白い虹彩の淫魔騎士が指揮系スキルを発動。すると、傀儡達はブリキ人形のように一糸乱れぬ動きで魔法を詠唱した。魔術式を連結し、一つの魔法を皆で紡ぐ。やがて生じた巨大火炎球が、彼女等の頭上高くに生成された。

 狙いは、ラリス大使館。その前には複数の淫魔兵が防御陣を組んでいる。だが、小さな太陽を思わせる魔法を前にして、彼女等の防御障壁はあまりに脆弱に思われた。

 

「うぉおおおおおお!」

 

 ゆっくりと落ちる大火球に、翼を広げた大淫魔が突撃する。

 肌を焼く熱を受け入れ、火に飛び込んだ彼女は巨大火炎魔法の中心核を切り裂いた。

 

「はぁっ! はぁっ! 皆さん! 無事ですか!?」

 

 核を斬られた大火球が消失する。その中心から、焼け焦げた肌のニーナが現れた。

 彼女はその眼を爛々と輝かせ、大使館を守る淫魔兵達に振り返った。

 

「ニーナさん自らが!?」

「流石だぁ!」

 

 淫魔兵からの尊敬の眼差し。実際ニーナは頼もしいが、彼女一人ではこれ以上凌ぎ切れるとは思えない。

 敵方、指揮官たる白目淫魔は傀儡の後ろに陣取っている。下手に突撃すれば如何に銀細工のニーナとてただでは済まないだろう。

 あと一人、それこそイシグロやグーラといった強い個がいれば話は変わっただろうが、今はニーナと淫魔兵で大使館を守るしかなかった。

 援軍の淫魔騎士が来るまでの防衛。その短いはずの時間稼ぎが、今はどうにも難しい。

 

「また来ます! 障壁を!」

 

 再度、魔法が放たれる。今度は合体魔法ではなく、個々の詠唱による絨毯爆撃だった。花火のように打ち上げられた火炎魔法が、焼死を誘う驟雨となって降り注ぐ。

 大きな魔法はニーナが請け負う。ならばと対処し切れない小さな魔法で障壁を削るつもりなのだ。空中のニーナが何個かの火炎を切り裂くも、残りは淫魔兵の張った障壁で守るしかない。何とか持ち堪えているが、幾度も繰り返された衝撃に淫魔兵達は苦しげに呻いていた。

 

「も、もう持ちません!」

「いいから耐えて下さい! 気合です!」

 

 空を覆い尽くすような火炎の雨。ニーナがあそこに突っ込んだとしても、数個壊して終わりだろう。ニーナは魔力を振り絞り、出来る範囲で障壁魔法を張った。

 こんな事になるなら、普段からもっと練習しておけば良かった。ニーナは下手くそな障壁魔法に忸怩たる思いを抱いた。

 

 迫る火球。降り注ぐ爆撃。今度こそおしまいだ。

 死を覚悟しても、大使館を守る。ニーナも兵士も、その覚悟を決めた。

 それが誇りであると自覚せぬまま、最後の時を待ったのだ。

 

 その、刹那の事だった。

 

「え……?」

 

 一閃。

 

 青く光る空に、目に見えない何かが通り過ぎたような気がして、次の瞬間には迫っていた全ての火炎魔法が消失していた。

 積もった埃を払うように、綺麗さっぱりと。致死の爆撃は、斬られたのだ。

 

「なるほど……」

 

 ぶわり、黒衣が翻る。

 高い建物の屋根の上、刀を振り抜いた姿勢の獣人が、小さく呟いた。

 

「ようやく……」

 

 再び、火炎の雨が降り注ぐ。

 再び、獣人が刀を構えた。

 

コレ(・・)の使い方が分かった……!」

 

 術者と剣士。彼我の距離はあまりに遠い。それを承知の上で、刃が虚空を薙ぎ払う。

 常人からは、無意味な素振りに見えただろう。ただ一度、刀を振っただけに見えた事だろう。違う、違うのだ。

 ただ一閃の結果として、刃の軌道にあった全ての魔法は切り刻まれたのである。

 

「嘘でしょう……!?」

 

 凄まじき剣技。これを、銀細工のニーナはしかと認識していた。ただの一刀に見えた斬撃はしかし、その実何度も振るわれていたのである。且つ、見えない波紋を広げるように、刃の先にあった悉くを切り裂いてのけたのだ。

 要するに、飛ぶ斬撃で斬ったのである。驟雨の如き爆撃を、全て。

 

「刀はこう使うんですね、イシグロさん」

 

 刀とは、斬撃を飛ばす遠距離武器である。目で見て盗んだ無月流の型から、天才剣士・トリクシィは何故かこのような極致に至っていた。

 違う、そうじゃない。もしこの場にイシグロがいたらこう言っただろう。けれどもそれは、無月流の理念には即していた。極論、何処から何を学ぶも自由な流派なのである。

 結果的に、遠い地にいるゲルトラウデの教えは、若き剣聖の才能を開花せしめたのである。

 

「小さいのは自分が斬りますので! ニーナさんは大きいのをお願いします!」

「は、はい! 皆さん! もう少しの辛抱です!」

 

 形勢は変わらない。守る淫魔と、攻める傀儡。防戦一方のままではあるが、そこにあった絶望は払われた。

 援軍が来るまで、守り切る。

 

 天才剣士・トリクシィ。

 この段になって、何故にトリクシィがこのような極致に至る事ができたのか。

 

 彼が天才だからか?

 地道に努力を続けたからか?

 どちらもあるだろう。しかし、今に限っては相応しくない。

 

「ヴィーネさん、どうかご無事で……!」

 

 偏に、初恋が為。

 好きな女の子を想えば、男の子はどこまでも強くなれる。

 ただ、それだけの話であった。

 

 

 

 

 

 

 淫魔王国の端にある、何重にも隠蔽魔術を施された洞窟の奥。

 不自然に広大な空間の中心に、魔導照明に照らされた玉座がある。不規則に明滅する玉座には、真っ白な肌の青年が座していた。

 陶器めいて白い肌に、血のように赤い瞳。灰色の髪はザンバラで、その顔立ちは人形のように整っていた。

 しかし、現在その面貌には、上品な顔にそぐわぬ幼児じみた苛立ちが浮かんでいた。

 

「あー、クソ! どいつもこいつも足が遅い! なんで飛べねぇんだよ小淫魔ってのは! チンタラしてんじゃねぇよクソが!」

 

 青年――夢魔は頬杖をつきつつ、苛立たしげに片足を貧乏揺すりしていた。現在、彼は玉座の補助を借りて催眠した淫魔を遠隔操作しているのだ。なかなかどうして思うようにいかなくて、次第にイライラし始めたのである。

 それは複数モニターで多数の異なるゲームをプレイしている様に似ていた。一つはTPS、一つはRTS、そしてもう一つはリソース管理を主軸にした経営戦略シュミレーション。

 

「ファック! ダメだ捕らえられた! 離脱離脱……! っと、これでよし。あー、思ってたより疲れるなコレ」

 

 ゲームオーバーした傀儡から意識を離した分、彼は別のモニターに集中できる。イライラしつつも、彼はこのゲームを楽しんでいた。

 この夢魔の本来の目的は、母体となる女の回収だった。最初はステルスゲームのようにこっそりと。手札が増えたら遠隔操作。レアリティの高い母体は倉庫に保管してある。帰ってから使うつもりだからだ。

 実際、彼は上手くやっていた。リスクとリターンの駆け引きを掻い潜り、順調に数を増やしていったのだ。何事も、上手くいってる間は面白くって楽しいものだ。

 

 だが、彼は欲をかき過ぎた。

 第一の目的は母体の回収のみだったのだが、異種間交流会の情報を知るやついでとばかりにソレを阻止しようとしたのである。

 彼の気分としては、余裕があるからサブクエストも達成しとこうといった感じだった。

 

 交流会関係者の淫魔を攫い、精を与えて洗脳し、直接操って騒ぎを起こさせる。できれば派手にやりたかったので、可能なら何体か欲しかった。これもまた、上手くいっていた。

 しかし、彼は油断してしまった。牧場にいた淫魔を確保する際、交流会に参加していた冒険者を逃がしてしまったのだ。

 

 流石に拙いと思い、現場の調査にやって来た一団を監視しようとしたら斥候役の端末を捕縛されてしまった。

 しかも離脱する前に捕まったので、まさかの淫魔女王との対面イベントに発展したのである。

 

 そこからは、もう開き直ってのアドリブだ。

 嘘と事実を混ぜつつ、本音を隠して交渉する。

 で、失敗してしまった結果が、現状であった。

 

「まぁまぁ楽しいけど、なんか飽きてきたな」

 

 淫魔女王が放った魔法。魔力を通した攻撃には度肝を抜かれたが、痛いだけで命に別状はなかった。問題はその後に放たれた二種の魔法である。一度目は国を覆う壁で、二度目は謎の魔力波。

 二度目の魔法は恐らく探知魔法の一種だろう。大体の位置はバレただろうが、すぐに居場所が割れるとは思っていない。そもそも拠点には結界魔術が二十四層あり、隠蔽刻印が三カ所、番犬代わりの淫国産野生動物が数十体。無数のトラップに加え、通路の途中は一部迷路化させている。仮に見つけたとて、そうそう容易に突破できようはずもない。

 厄介なのは一度目の魔法だ。淫魔女王の言い分が正しいなら、内側から障壁のそとに出るのは困難なのだろう。恐らく、この夢魔が持ち得る手段で破壊するのは難しい。

 

 とはいえ、別に詰んではいない。

 業腹だが、交渉を断られた時点で敗北したのは確かなのだ。もう少し場を荒した後、土産を持って帰ればいい。帰還の布石は敷いてあるし、その気になればいつでも出られる。

 今はただの嫌がらせタイム。暇潰しのゲームなのだ。

 

「どうせなら、イシグロあたり殺っときてぇが」

 

 腹が立つといえば、あの冒険者である。

 元はと言えば、奴が斥候淫魔を見破ってきたのが発端だった。あの時、自分にミスがあったとは思えない。異能か魔眼か、何かしらが原因で見つかってしまったのである。

 アレさえなければ、両ミッションはパーフェクトでクリアできたのに。

 

 まあ、どっちみち現状で奴の排除は無理だろう。

 恐らく、現在イシグロは王城にいるだろう。淫魔女王に守られているのなら、手出しのしようがない。

 殺るとしたら、奴が淫魔王国を離れ、王都の外に出た時である。あいつの首さえもぎ取れば、この失敗も帳消しになる。それまでは準備パートだ。

 

「どうせならここに来てくれりゃいいのに。くびり殺してやれんだけどな」

 

 この夢魔には、生まれ持った能力に絶対の自信があった。

 この力があれば、修行も鍛錬も必要ない。タイマンならば、ラリス王さえ殺せると思っている。

 また一つモニターが消えた。熱くなっていた夢魔は、徐々に冷めてきた。そろそろ自動操作に切り替えて帰り支度をしよう。

 

「ふわぁ~……はっ!?」

 

 欠伸の途中、突如彼の脳裏にけたたましい警鐘が鳴らされた。

 危機察知。視界の隅から、三本の矢が飛んで来た。狙いは心臓、腹、股間。殺意が高いと分かり易い。夢魔は操作中の全淫魔に「暴れろ」と指令を送り、玉座の肘起きに力を籠め……。

 

「おっとォー!」

 

 腕の力だけでジャンプした。

 次の瞬間、さっきまで座っていた玉座に三本の矢が突き刺さった。と思った途端、矢に括りつけられていた球から、謎の煙が舞い上がった。

 これは魔力感知阻害の煙だ。吸うと魔力の感知ができなくなる。夢魔は空中で翼を羽ばたかせ、反射的に煙の範囲を逃れた。

 

 着地。次いで再度の直感。背後から伸びくる棒の打突を、上半身を捻って回避。すんでのところで躱した棒には、帯電する魔力に混じって遅効毒に似た呪詛が籠められていた。

 視界の端に映る影、それは地味な鎧の男だった。男は勢い任せに棍を薙ぎ、身を隠すようにして煙の中へと飛び込んでいった。

 

「イシグロか……!」

 

 何故バレた? 何故ここが分かった? 何故、侵入できたんだ? 混乱する夢魔を置いて、煙の中から一本の太矢が飛んできた。

 夢魔は反射的に収納魔法から二本の(サイ)を取り出し、飛来する危険信号に従って矢を弾いた。

 

「甘ぇ!」

 

 矢の軌道を追うように、極端な前傾姿勢で接近してきたイシグロが棍を突き出してくる。

 見えづらいが、分かっている。夢魔は完璧な反応で鋭い打突を捌き、翼を広げてバックステップした。

 

「はっはァ! なんで此処にいるかは知らねぇが、失策だぜソレぁ! オレを狙えば勝てると思ったか! ええ!?」

 

 優雅に着地した夢魔は左右の(サイ)を回転させ、三又の根を握り込むようにして構えた。

 威嚇するように広がる翼。武闘家めいた軽やかな身のこなし。禍々しい造形の(サイ)がギラリと光る。

 

「残念、言っとくがオレは強いぜ! 前に出ねぇのは王の余裕さ!」

 

 この夢魔は、生み出された段階で特殊な調整を受けている。

 疑似的な未来予知。野性的な危機察知。ヒトも魔物も災厄も、彼に怖いものは存在しなかった。

 自信満々、ゲームの最後はこうでなきゃ。真っ白な夢魔は無邪気な笑みを浮かべていた。

 

「ふぅん……」

 

 対し、イシグロは感情を窺わせない据わった目で、珍しい武器を持つ夢魔の構えを眺めていた。

 足捌き、重心の位置、視線の動きに筋肉の震え。師匠から習った、無月流の教え通りに。

 イシグロは棍を一回転させ、しかと握りを確かめた。

 

「だいたい分かった」

 

 その意味を、夢魔は理解できなかった。

 一体何が分かったというのか。

 まさか、今の交錯だけでこの夢魔の異能が気付かれたとか……?

 

 ネタバレだが、当たりである。

 

 イシグロは一度目の交錯で、相手が自身と同じような能力を持っている事を思考の隅に置いていた。

 そして、さっきの体捌きで確信した。こいつは自分と同じチート持ちである。

 

 それと同時に、思う。

 普通に勝てる敵だ。

 

「ハッキリ言うぜ」

 

 余裕はあるが、油断はしない。

 勝率を高める為、イシグロはあえて挑発してみせた。

 

「お前、弱いだろ」

 

 効果は抜群だ。




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