【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。書き続ける燃料になっています。
 誤字報告ありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。まぁ言うてかれこれ二カ月弱来てないんですけど、貰えると無条件で嬉しいので遊び感覚で是非。

 今回も三人称になります。
 よろしくお願いします。


ネオケフィアム・イン・フレイム(下)

「ハッキリ言うぜ。お前、弱いだろ」

 

 イシグロの挑発に、当初夢魔はこの言葉の意味が全く分からなかった。

 誰が? 弱い? 誰に? 内容を咀嚼するにつれ、戦を前に機嫌を良くしていた夢魔の美貌は徐々に赤く変じていった。

 煽られた事による怒りによって、である。

 

「人間風情が!」

 

 前傾、跳躍。優雅だった姿勢が瞬時にブレる。激情に身を任せ、夢魔はイシグロ目掛け突貫した。

 対するイシグロは、「よく煽るくせに煽り返されると逆ギレするキッズゲーマーみたいだな」と思いつつ、対夢魔戦における口撃の有用性を認めた。

 

「死ねぇやぁあああああッ!」

 

 (サイ)を順手に構え直し、翼を畳んだ低空高速片手突き。その速度は実際大したもので、銀細工の動体視力でもギリギリ追えるという程だった。少なくとも、敏捷ステータスはイシグロより上なようである。

 イシグロはこれを、棍の真ん中あたりで受け流すようにジャストガードした。ぬるりと、体幹をズラして擦過させた夢魔の横腹がイシグロの前に晒される。

 一瞬の交錯。この時、イシグロは脳内のノートにまた一行書き加えた。モーションアシストチートは無し、と。

 

 銀の戦闘思考で情報をまとめる。

 恐らく、こいつはイシグロのものとよく似たチートを持っている。現状判明しているのは、危機察知か未来予知か。軌道予測も持ってそう。さっきの動きからして動作の最適化はない。レーダー機能も無さそうだ。

 

 危機察知、未来予知、軌道予測。

 精度や仕様は不明だが、いずれにせよ強力極まるチート能力である。何を見ずとも相手の攻撃がどこに当たるか分かるし、考えずとも反射に従えばガードなり回避なりは容易である。全く以て攻防一体のクソチートだ。

 だが……。

 

「ふん!」

「うげーっ!?」

 

 無敵などでは断じてない。

 イシグロは隙だらけの横腹に、強か膝蹴りを見舞った。コンパクトなモーションに比して、その威力は頑丈な魔族の腰椎を粉砕して余りあった。

 会心の膝蹴りを受けた夢魔は上から見て「く」の字の軌道を描くように吹っ飛び、やがて地面に釵を突き立て是正してみせた。

 

「は? なっ、なんだ今の? 何が起こった……!?」

 

 目が合う。追撃がない。困惑する夢魔に、イシグロは片手を向け、クイクイと自身の方へ手首を屈曲させた。

 これは攻撃の予備動作でもなければ、魔法でも能動スキルでもなく、誰が見ても明確な「かかってこい」の挑発モーションだった。

 らしくもない幼稚な挑発。無論、イシグロはイキってやった訳ではなかった。ただ、これが最善手だと考えたから挑発してみせたのである。事実、夢魔は先の失敗を忘れて再度突撃してきた。

 

「ぐがッ!?」

 

 結果は、先程の焼き直しである。

 ジャスガからの確反。軽く押すような蹴撃が、夢魔の肋骨をへし折った。

 

 肉体再生の最中、夢魔の思考は乱れに乱れていた。

 今のは何だ。いくら奴が銀細工とはいえ、どうしてこうも上手く捌ける? 見えていた、反応できた。速度では此方が圧倒的に上なはず。にも拘わらず、ガードも回避もほんの僅かに先を行かれる。

 実際、夢魔の能力はイシグロを優越している。敏捷性は言うに及ばず、魔力ステなど三倍以上。もしこの異世界が完全にRPG風のバトル方式なら、イシグロに勝ち目などなかっただろう。だが、現実は異なる。

 

 ならば何故、イシグロがこの戦いにおけるイニシアチブを握っているのか。

 結論から言うと、自身が持ち得るチートとの向き合い方が違うからだ。

 

 イシグロからして、目の前の夢魔はあまりにも容易い相手だった。それが例え、自分よりステータスの高いチート持ちの魔族であってもだ。

 転移後、ルクスリリアを仲間に加えてからこっち、イシグロは異世界物理法則に順応すべくひたすらに訓練してきた。危機察知持ち同士の打ち合いなど、これまで何百回とこなしてきたのである。身内同士の模擬戦だけでなく、対策された場合の対策もまた同様に想定している。

 無敵に見える危機察知だが、踏み込み過ぎると狩られてしまう。如何に素早い動きであっても、突っ込んでくる夢魔など驚く程にただのカモであった。

 そして、突ける隙はそれだけではなかった。

 

「はっ!」

 

 イシグロの鋭い打突を、夢魔は踏み込み深く回避した。予想通りである。

 まず、これがダメ。

 

「ぐぶ!」

 

 突き出した棍を薙ぎ、回避中の夢魔にぶち当てる。態勢を立て直す時以外で大袈裟に動くとこうなるのだ。

 それはさながら、鷹村守にマトリックス回避を狩られたブライアン・ホークの様。

 

「はぁ!」

「ぎゃ!」

 

 次いで、片手の棍で【雷の鞭】を起動しながら、もう片手で炎魔法の【発火】を使う。予想通り、奴は中途半端に身体を捻じっただけで炎の方が直撃した。

 同時攻撃。どう来るかは分かってるのに、どう避ければいいか分からない。要するに、チートで反応できるにしてもバリエーションが無さ過ぎるのだ。惑うと死ぬのが迷宮で、これでは絶対生き残れない。

 

「がッ!? クソが!」

 

 特にヤバいのが、すぐフェイントに引っかかるところだ。反射任せの危機察知に頼り過ぎて、軌道予測を計算に入れていない。騙し合いの駆け引きができないのだ。頭が茹だってる今なら猶更。

 この程度、姉弟子のアンゼルマさんなら引っかかる訳もない。はっきり言って致命的な対人戦不足であり、想像力不足だ。

 

「はぁー!」

「ゴボーッ!」

 

 破れかぶれの再突撃を、イシグロは機をズラした体当たりで吹き飛ばした。

 水平方向に飛ばされた夢魔は地面をゴロゴロ転がり、やがて犬のように四つん這いになった。

 

「はぁ? なんだ、お前、竜族権能でも持ってるってのか? いや、まさかお前も改造を……!」

「てめー頭脳がまぬけか? 他人のチート(ずる)を疑う前に自分のバカさ加減を自覚しろよ」

「お前! 人間の癖に」

「いきなり差別かよ? 夢魔らしいな。そもそも実戦で卑怯もへったくれもあるか」

「ぶっ殺す!」

「できてないじゃんね」

「今からぶっ殺してやんだよぉ!」

 

 何よりもイシグロがツッコみたいところとしては、奴の使用する武器についてである。

 奴が使っている武器は(サイ)である。この釵という武器は、前世日本における琉球空手で用いられていた物だ。見てくれは十手と音叉が悪魔合体したような感じで、刃を肘側にして根本を握り込んで扱う。

 見た目こそゲテモノめいているが、トンファー同様意外と優秀な武器と聞いた事がある。前世、イシグロは某亀忍者のアニメを観た後に軽く調べた事があるのだ。そして思った。ニンジャの武器じゃねーのかよ、と。

 

 閑話休題。釵という武器を異世界ナイズドして捉えた場合、どうか。

 攻撃の物理属性値としては、柄を用いた拳打による打撃。刃による刺突。奴の武闘家っぽい動きから蹴りにも補正が入ってそうだ。リーチは短く、手数と立ち回りを重視した武器といったところか。

 左右の釵で攻防一体。使いこなせば強いのだろう。魔力飛行と併せれば、実に厄介な戦闘技術の出来上がりだ。

 が、先述の通り、それは使いこなせばの話である。

 

「ハッ!」

「ぐっ! ちくしょグバァ!?」

 

 畢竟、功夫(クンフー)が足りない。

 チートにしても釵にしても、もっと熟練が必須なはずだ。それを、こいつはチートにかまけて鍛錬も実戦も蔑ろにしている。どうせトレーニングしないなら、もっとシンプルな武器を使えばいいものを、よりにもよって何故にテクい武器を使うのか。

 同じチート持ちだからこそ、その脆弱性は確定濃厚バレバレだった。端的に換言すると、もっとよく馴染む武器を使えと言いたい。

 

「いってぇなぁ! 剣士だろお前! またガセ情報か!」

「剣士じゃない侍だ。浪人だがな」

「侍? ならリンジュ出身って噂は……!」

「そうとも言えるしそうでもないとも言える」

「お前の本領が剣じゃねぇ事が分かったぜ……!」

「良かったな。で、それが何の役に立つ」

「さっきから何なんだお前ぇ!?」

「顔真っ赤にして怒る姿、俺にとっては一番夢魔らしく見えるよ」

「うるせぇえええええ!」

 

 激しい攻防を続けつつ、イシグロはらしくもなく口を開き続けていた。こいつを冷静にすべきではないと考えたからだ。

 攻防を続ける中、徐々に奴の動きが洗練されてきた。怒りに支配された頭で、学習しているのだ。

 

「ぐはッ!?」

 

 なら、尚の事ここで決着をつけるべきだ。

 攻撃をジャスガし、あえて棍を大きく振りかぶった。ガード不能の強攻撃。反射的にバックステップした夢魔は背後の壁に背中をぶつけていた。混乱する夢魔。やはり地形の把握ができていない。

 後ろに壁、前には打突を構えるイシグロ。現状はさながらロープ際に追い詰められたボクサーの様相。この場には反則を咎めるレフェリーも、試合を止めてくれるゴングもない。

 一瞬の静寂、即座に逃れようとした夢魔の顔面に真っすぐ伸びた棍が突き刺さった!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」

「ぐぁあああああああッ!?」

 

 打突、打突、打突打突打突! 左右上下に逃げんと動く夢魔を押さえつけるように、間髪入れず棍の先端を当て続ける。

 徐々に、徐々に、夢魔の背が壁にめり込んでいく。肉が潰れ、関節が砕け、骨に入ったヒビが広がる。棍に仕込まれた雷属性と、付与されたエリーゼの呪詛権能が凄まじい勢いで蓄積していく。やはり魔族が相手なら、斬るより打撃がよく通る。

 

「ぐおおおお!」

 

 圧倒的な劣勢を自覚してか、ガードを固める夢魔は憤怒を堪えるような表情になっていた。持久戦は反撃までの猶予期間。分かっている、分かり易い。

 なので、連撃の最中、イシグロは棍をあえて深めに引いてみた。

 

「がああ!」

 

 至近距離からの反撃魔法。

 これをジャスガで潰し、

 

「ぶごぇ!」

 

 鳩尾を抉るように会心の一撃(クリティカル)を入れた。

 心臓と肺を潰し、胸骨と肋骨に歪なヒビが入る。傷に呪いの雷が浸透し、肉体再生を遅らせた。

 

 白目を剥きかけた夢魔はやがて、苦虫を噛み潰すような顔で再度ガードを上げた。顔をかばっていた。空いた腹を狙いまくる。

 呼吸もままならぬ状態で、肺を再生した夢魔はえずくように声を発した。

 

「十三番ッ! 助けろ……!」

 

 その、瞬間である。

 ぞわりと、イシグロの背筋に嫌な感覚が迸った。

 

 何かミスをしただろうか。否、戦闘開始から今に至るまで最善手を打ち続けていたはずだ。

 調子に乗ってはいなかったか。否定はしないが、戦闘の流れに影響はなかっただろう。

 迷宮探索者としての勘。今から、流れが変わってしまう。

 

 ――ひっくり返される!

 

 遅れて、イシグロの危機察知チートが過去最大級の警鐘を鳴らした。

 イシグロは半ば飛び込むようにしてその場を退避した。すると、さっきまでイシグロが居た場所に回転する光の輪が突き刺さっていた。

 さながら光輪回転ノコギリ。アレは何だ。どこから出た。チートが言う。ガード不可。確一。即死技だ。

 

 レーダーに反応。見上げた先に、それ(・・)が在った。

 突如として、何の予兆もなく、洞窟の中心座標に鋼鉄の巨人が浮かんでいた。

 否、それは巨大な人というには生気が感じられず、まるで伽藍洞の鎧が糸で宙吊りにされているかのようであった。

 全高は三メートル程。鎧の色は白銀で、装甲の継ぎ目から淡い緑の光が漏れている。その造形は騎士が纏う全身鎧というより、SF作品におけるパワードスーツといった印象を受けるものであった。

 

「げぼ! げぼ! あぁ痛ぇ……! マジで呼ばれるまで来る気なかったのかよ! まぁいい……!」

 

 宙に浮く鎧の背後に、仏像のような黄金の光輪が生成される。それは凄まじい速度で時計回りに回転を始めた。

 光の輪から、エリーゼに勝るとも劣らぬ莫大な魔力……いや、魔力とは根本的に異なるモノ。とにかく凄まじいエネルギーが渦巻いているのが感じられる。

 例えるなら、上位迷宮のダンジョンボス。何をせずとも存在するだけで周囲の圧力を倍増させる、格の違う超存在。

 

「やれ、十三番! あいつを殺せ!」

 

 イシグロの知識にはない、古の歴史。

 これは、第二大災厄以前に造られし、救世の発明。護国の象徴にして、災厄を祓う切り札だったもの。

 人類生存圏の半分を焦土に変えた魔導兵器。その一機。王の封印を逃れた古の遺物である。

 

 対災厄決戦兵器。

 特級魔導人機・広域殲滅型。

 識別名、極天(きょくてん)

 

「これは……!?」

 

 甲高い唸りを上げ、極天の背後の光輪が高速回転する。

 眩い逆光の影から、不気味に光る二つ目(ツインアイ)が排除対象を捕捉した。

 

 目が、合う。

 

 イシグロは直感した。

 こいつとは、戦ってはならない。

 

 

 

 

 

 

 夢魔の予想した通り、先の邂逅時に淫魔女王が放った魔力波は王国全土を網羅する規模の探知魔法だった。

 しかし、これは敵対者の居場所を割り出す為の探知ではなく、王国内にいる淫魔の座標を確認する為のものであった。

 何故、淫魔だけを探していたのか。理由は単純で、その時には既に夢魔の居場所など割れていたからだ。

 

 交渉決裂時に放った、催眠操作時の繋がりを利用した間接攻撃。

 あれはダメージを与える事が目的の魔法ではなく、魔力残滓による探知を可能とする為の布石。要するに、マーキングだったのである。

 

 捕らわれた淫魔の居場所はわかった。

 元凶たる夢魔の居場所もわかった。

 後の流れは、想像に容易いだろう。

 

 女王にルクスリリアを診てもらうべく功を立てたいイシグロは、男性故に夢魔の催眠が通じない。夢魔討伐。申し出たのはイシグロだが、女王的には勿怪の幸いだった。

 それから、女王の全力バフを受けたイシグロが先行して夢魔にちょっかいをかけたのだ。

 最大目標は時間稼ぎだが、倒してしまっても構わない。そういうお話。

 

 で、だ。

 

 イシグロの予想に反して、実際相対してみた夢魔はさほど強くはなかった。

 少なくとも一対一であるならば、イシグロの敗北はあり得なかっただろう。

 しかし、今となっては、イシグロの中から夢魔討伐の選択肢は消えていた。

 何故なら、突如として姿を現した白銀鎧が、戦ってはならない存在だったからだ。

 

 

 

 まるで、金色の嵐のようだった。

 

 光矢が飛ぶ。壁面を穿つ。光輪が迸って大地を抉る。

 先程と一転、戦いは一方的だった。十三番と呼ばれた鎧の背後、光の輪が唸りを上げて回転する。輪から漏れた光矢の群れが標的を排除せんと殺到し、定期的に生成される光る回転ノコギリがギャリギャリ地走り獲物を追う。

 チートに曰く、双方ともに即死級の威力。矢は棍で弾けるが、ノコギリはガード不能の追尾技だ。イシグロはこれを、走って弾いてぶん殴っては死に物狂いで凌いでいた。

 

「はははっ! さっきまでの軽口はどうした!? 手も足も出ねぇかイシグロよォ!」

 

 その光景を、玉座にもたれかかった夢魔が嗤っていた。玉座の機能により、逃走できるだけの魔力の回復を試みているのだ。

 実際、夢魔の言う通り防戦一方である。ただでさえ苛烈な弾幕に加え、当の十三番はイシグロの手の届かない空中に浮遊しているのである。仮にジャンプして攻撃しても、対空技で狩られる未来が容易に予想できる。何より、イシグロの直感がこの鎧とは戦ってはならないと言っているのだ。

 よって、今のイシグロの目標は時間稼ぎにシフトしていた。焦らず、慌てず、冷静に、黒い双眸は夢魔の嘲笑を受け流していた。

 

「じゃ、良い感じにそいつ殺しとけや。オレは此処から出てくわっとォ!?」

 

 瞬間、夢魔の足元に呪詛の籠った短剣が突き刺さった。弾幕を避け続けるイシグロが投げた物だ。

 その刃の輝きが「逃がすつもりはない」と物語っている。

 

「チッ! お前ほんとウゼェな! 十三番! さっさと殺せ! 役目だろ!」

 

 命令を受け、十三番の光背がいっそう輝きを増した。

 機械じみた二つ目(ツインアイ)が光り、誰も聞こえぬ鎧の奥に小さな詠唱が木霊した。

 

『出力最大、【念力(サイコキネシス)】』

 

 ふと、弾幕が止む。何事かと身構えるイシグロ。宙に佇む白銀鎧は、ゆっくりと右手を掲げた。

 やがてその手が虚空を掴む動作をすると、洞窟内に散乱していた全ての瓦礫が舞い上がった。次いで、無造作な手団扇。そうして念じて動かされた大小の礫は一つの渦を成し、意思を持った大蛇のようにイシグロ目掛け牙を剥いた。

 圧倒的物量による面制圧。万物一切を微塵に砕く横殴りの竜巻を、イシグロは全速力で走って逃げた。

 一目散に駆けるイシグロの先には、玉座で休む夢魔がいた。

 

「左から失礼」

「ふざけっ! お、オレを巻き込むんじゃねぇ!」

 

 一瞬の状況判断で夢魔の近くが安全地帯と踏んだイシグロは、この範囲攻撃に夢魔を巻き込んでやろうと思い実行したのである。

 慌てて発せられた夢魔の悲鳴に、十三番はすんでのところで瓦礫竜巻を解除した。急に動力を失った石片が落下し、洞窟内に土埃を舞い上げる。

 

「助かった。じゃあ死ね!」

「ごべ!?」

 

 油断大敵。共に竜巻の脅威を逃げ切ったところで、イシグロは夢魔の顔面に不意打ちの強振フルスイングをお見舞いした。

 頭部に棍が直撃した夢魔は、空中逆上がりのようにその場で一回転した。顔面着地。玉座で回復した魔力が大きく削れてしまった。

 その間、十三番は呆然と佇んでいた。指示待ち人間ならぬ指示待ち白銀鎧である。ちょっと困ってそうな雰囲気だ。

 

「なにサボってる! 近づいて殺せよ!」

 

 慌てたような命令からきっかり三秒後、これまた何の予備動作もなく十三番の姿が消え、瞬きの後にはイシグロの背後に出現していた。

 無造作に振りかぶられた右腕。邪魔な荷物を退かすような動作で、それは炎を伴って振るわれた。

 

『出力制限、【念火(パイロキネシス)】』

 

 炎の拳。背中越しに脅威を感知したイシグロは、これを棍と体捌きで以てぬるりと受け流した。

 ジャスガ成功、鎧に隙。常ならば即座に反撃を入れるところだ。実際、イシグロは脊髄反射で棍を振ろうとした。

 が、手癖で打撃を放つ寸前、イシグロは地を滑るように退避した。我知らず、その顔には冷や汗が垂れていた。

 

「ビビッてるぞ! 攻めろ攻めろ!」

 

 十三番はその場で三秒間立ち尽くした後、再度イシグロの後ろに転移して攻撃を見舞った。すると、イシグロは同様の動きで凌いでみせた。その攻防は何度も連続する事となった。

 今のイシグロに戦意は全くない。とにかくこの鎧とは戦ってはならないのだ。ガードこそすれ、攻撃をすると災いが起こる。そう直感しているのである。

 隙あらば逃げようとする夢魔を牽制し、イシグロは時間稼ぎを続けた。大まかだが一党員の位置は分かる。そろそろ来るはずだが……。

 

 そして、来た。

 

 慣れた感覚。洞窟の外で膨れ上がる膨大な魔力反応。角度はイシグロから見て斜め上。破壊の奔流が今、放たれた。

 遅れて響く轟音に、地震のように激しく揺れる洞窟内。やがて、壁面から青白い光が漏れ……。

 

 ドガァアアアアアン!

 

 一条。岩肌を裂いて迫る光線。見上げる夢魔の視界いっぱいに、青白い死が見える。

 次の瞬間、夢魔の前に転移した十三番が障壁を張って迫る魔法を防御した。痛みに喘ぐように、背中の光輪が甲高い唸りを上げる。掘削される魔力障壁。やがて魔力の盾は破れ、咄嗟にクロスした腕の装甲で銀竜の必殺技を凌ぎ切った。

 

「な、なんだ今の……?」

 

 呆然とする夢魔の前で、半ば焼け焦げた十三番の巨体が膝をつく。継ぎ目の発光が明滅し、鎧の各所から間欠泉めいて光エネルギーが噴出した。さながらエラーでも訴えるように、鎧の表面に青白い電流が迸っている。

 そんな二人を見下ろすように、洞窟に空いた穴から複数の人影が振ってきた。

 

「ご主人! おまたせッス!」

 

 最初に来たのはルクスリリア。無傷なイシグロと並び、禍々しい大鎌を構える。次いで剣呑な眼の淫魔騎士が陣形を組んで着地する。イシグロの他一党員は洞窟の外で待機中だ。

 そして、それはゆっくりと舞い降りた。

 

「捕らえられてた淫魔は救出済みよ。分かり易く言うと、貴方の負け。お分かりかしらん?」

 

 足を組み、頬杖をつき、空飛ぶ玉座で淫魔が微笑む。誰あろう、淫魔女王である。

 その身を守るように、目つきの鋭い騎士団長の一人が玉座の後ろで翼を広げていた。

 

「淫魔女王……!」

「貴方は包囲されているわ。大人しく投降なさい」

 

 この状況で、淫魔女王からの降伏勧告。

 夢魔の身体に残る魔力は残り僅か。切り札たる十三番は急激な魔力消費で停止中。逃げようにも、イシグロが邪魔してくるだろう。どう考えても勝てる訳がない。

 けれども、文字通りの上から目線を享受できる程、夢魔は大人の人格を形成できていなかった。勝てないだろうが、荒らしてやろうと思ったのだ。

 

「なら! 全員催眠してやるよぉー!」

 

 反射だった。一番ムカつく女王に、夢魔は視線を通して催眠権能を行使した。

 発動と同時、周囲の淫魔騎士が阻止に動くが遅すぎる。こいつらバカか。夢魔を前にこれを予測してなかったとでも言うのだろうか。

 この時、夢魔は勝利を確信していた。淫魔女王は何の回避動作も取らず、無防備に目を合わせていた。完璧に、催眠(はい)った。

 

「残念♡ 対策済みよ♡」

 

 しかし、うまく決まらなかった。

 目と目を合わせた淫魔女王は、これ見よがしに左手にある指輪を見せつけてきた。指輪にはめ込まれた宝石が妖しげな光を放っている。

 

「え、は? ぐぁ!」

 

 呆けた夢魔の身体に淫魔騎士の拘束魔法がヒットした。

 複数の魔力網に絡め取られ、ミノムシみたいになった夢魔は空中の女王を睨みつけた。

 

「第二次魔王戦争の後も、夢魔を殺す方法は研究されてたのよ。ラリスとの共同研究。これ、やろうと思えば量産できるわ。私()が捕食者だった時代は、もう終わってるのよ」

 

 言って、女王は玉座の肘置きをトンと叩き、自身の目の前に半透明の青白い板を出してみせた。

 イシグロ視点、それは空中投影されたピアノの鍵盤に見えた。なるほど、それが前にルクスリリアが言ってた女王の楽器か。

 

「は、はぁ? あっ! あぁああああッ! クソクソクソクソッ! ふっざけんなよもぉおおおお! 聞いてねぇ! 聞いてねぇって!」

 

 ここにきて、夢魔の顔色は青と赤を往復する事となった。

 聞き苦しい声をシャットアウトするように、夢魔の頭部にバケツのような拘束具を取り付けられていった。そのまま手錠足錠と、最後に魔封じの鎖で固めていく。

 

「まだ終わってないわよ! 恩寵を与えるわ、あの鎧も拘束なさい!」

「「「御意!」」」

 

 女王が半透明のピアノを奏でると、その場に居る味方全員に強力なバフがかけられていった。

 対する十三番は、依然として片膝をついて身動き一つしなかった。無機質な二つ目(ツインアイ)が拘束された夢魔をじっと見ている。

 精鋭の淫魔騎士は見事な連携で白銀鎧を包囲し、号令と共に魔法を放った。白銀鎧は自身を覆う障壁魔法を展開し、激しい風雨を耐えるように静止していた。

 

「ご主人? どうしたッスか?」

「い、いや……」

 

 その様に、イシグロは何かを言おうとしたが、口を噤んだ。白銀鎧と戦ってはならないという自身の勘、今ここでコレを言うべきではないと思ったからだ。

 当初、この直感は彼我の戦力差を感じ取ったが為のものだと思っていた。けれども今は、淫魔騎士と戦ってほしくないという由来不明の思いに塗り替わっていたのである。感情と理性のせめぎ合いの結果、イシグロはその場で成り行きを見守る事を選んだ。

 

「ぐぅううううう……!」

 

 拘束された夢魔には、監視役の淫魔騎士二人が各種状態異常をかけ続けている。バケツ拘束具の中、夢魔は獣のように唸っていた。淫魔騎士による各種魔法を耐えているのだ。麻痺に睡眠に沈黙に魔力収奪。何もできない、何も起きようはずもない。

 そんな中、イシグロはこの状態の夢魔に嫌な予感を覚えていた。何があってもいいように、唸る夢魔に警戒を続ける。ルクスリリアはイシグロを守護する位置。白銀鎧はじっと夢魔を見ている。淫魔女王は最大の脅威と思しき白銀鎧に注目している。

 十三番は指示を待っていた。何も言えない夢魔から、今にも再起不能になりそうな夢魔から、次の指示を。奴の目も口も塞いでいる。意識も朦朧としているはずだ。そんな状況で、鎧に指示が届くはずもない。

 

 当然として。

 鎧への指示は言葉じゃなくても届く事を、この中の誰も予想できる訳がなかった。

 ほんの僅かな、悲痛な思念。

 オレを助けろ、と。

 

 指示を受けた十三番は、鎧の中で呟いた。

 魔力ではなく、自らの身を代償に。

 

『資源消費、【瞬間転送(アポート)】』

 

 瞬きの瞬間、夢魔の頭部を覆っていた拘束具が無くなって(・・・・・)いた。

 この現象に最初に気づいたのは、イシグロだった。駆け出したイシグロがトイレ詰まりを直すような動作で夢魔の頭部に棍を突き出す。直撃の寸前、夢魔は己の首を自力で以て切り飛ばした。

 

「はっはぁ! よくやったぜ十三番! こっから一発逆転、決めちゃいますか!」

 

 ポンッと空高く舞い上がった夢魔生首。その双眸は白く染まっている。

 女なら誰でもいい。催眠して、そいつを起点に催眠連鎖を繋げて逃げてやる。感覚で分かる、あの対策アイテムは無効化している訳じゃない。ならば力()くで理解(わか)らせてやる。

 任務などどうでもいい。十三番もどうでもいい。今はとにかく、ここにいる全ての嫌な奴に恥をかかせてやる。夢魔は身勝手な怨嗟を燃料に、過去最高の催眠権能を解き放った。

 

「カァ……ッ!」

 

 集中力が高まる。スローモーション。催眠権能。超過出力!

 結果、背の低い淫魔にヒットした。外れだが、成功だ。奴の指にある催眠対策アイテムが光る。押し込む、押し込む。指輪にはめられた宝石が発光し、やがて砕け散った!

 勝った! 催眠権能の勝利だ! このまま、チビ淫魔を催眠し切ってやる! 目が合う、催眠(はい)った! 心を奪ってやったぞ!

 

 催眠完了。チビ淫魔が微笑む。頬を赤らめ、夢魔を見ている。制御をミスって惚れさせてしまったか? まぁ思う通りに動くならそれでいい。

 さぁ、そいつらに催眠をかけろ! オレを逃がせ! そう、命令を出そうと夢魔の口が開いた。

 瞬間、メスガキが嗤った。

 

「ザ~コ♡」

 

 それは、嘲笑であった。

 夢魔史上最高の催眠権能が、淫魔史上最小のチビ淫魔に、まったく全然これっぽっちも効いていない。

 

 は? なんで? お前に? オレが?

 落下し始めた生首夢魔は意味不明な状況に呆然となった。

 

 

 

 女王は確信していた。イシグロは説明されていた。ルクスリリアが夢魔の催眠を無効化した、その理由。

 それは、新たな淫魔の可能性。初代淫魔女王。夢魔殺しの英雄。先代ラース公爵。彼女達と同じ条件を、ルクスリリアは満たしていた。

 

 即ち、愛である。

 

 恋をして、情を知り、心の奥に愛の楔が打たれた時、淫魔族は覚醒する。

 仮の名を、純淫魔(ピュアリィ・サキュバス)。先代ラース公爵が生涯かけて研究し、淫魔剣聖シルヴィアナが証明した。未来を繋ぐ新世代淫魔。

 ルクスリリアは、史上二人目となる純淫魔。その候補なのである。

 

 

 

 時間感覚が戻る。大鎌を構えたメスガキは、釣り糸を放るようにして鎌を振り、伸長した刃で夢魔の生首を巻き取った。

 そのままグイッと引っ張られ、ゆっくり夢魔は硬い岩肌に激突した。

 

「は? え……?」

 

 一瞬、感じたはずの痛みも衝撃も、動揺によって忘れていた。ズタズタになった顔に構わず、夢魔は目をキョロキョロさせて周囲を見た。

 全く催眠されていないチビ淫魔。淫魔騎士に取り囲まれて障壁に籠っている十三番。楽器を奏で、味方一体(イシグロ)を超強化した淫魔女王。

 そして、迫り来る男の手……。

 

「オラァ!」

「ぐぎゃ!」

 

 髪の毛を掴まれ、地面に叩きつけられる。

 何度も、何度も、いっそ狂気的な程に幾度となく。最高ランクの女王の恩寵は今、恋人に粉をかけてきた間男への暴力に使われていた。

 ここにきて、夢魔は絶望した。修復に使える魔力も残りすくない。助けを呼ぼうにも、口も頭も痛みと衝撃で動かせなかった。

 

「イシグロさん、私が確保します」

「なん、だよこれぇ……?」

 

 女王が鍵盤に触れる。禍々しい音色が響くと、やがて夢魔は抗えぬ眠りについた。安らかな眠りとはいかない。ありったけのデバフを受けての強制睡眠である。

 こうして、今度こそ夢魔は動かなくなった。いっそ死んだ方がマシという、後の状況を約束されて。

 

 一方、十三番はというと、ドーム状の障壁越しに捕らわれた夢魔を見ていた。浴びせられる攻撃の一切を受け付けていない。

 きっかり三秒後、十三番は僅かに身じろぎした。

 

『【瞬間転移(テレポート)】』

 

 障壁が消え、魔法が着弾する。舞い上がる土煙の奥に、あの大きな影は見えなかった。

 淫魔女王が洞窟に開いた穴を見上げる。イシグロ達も続いて、それを見た。

 

 抉り取られた遠い空、障壁に触れられる距離で、十三番が浮遊している。

 やがてその手にクロスボウに似た大型筒を握り、その砲口を真上に向けていた。

 

「此処からじゃ無理ね」

 

 女王の言葉を聞き、騎士達は武器を下ろした。イシグロも棍を下ろす。

 十三番が構えた砲に、黄金の光が凝集していく。それはあまりにも分かり易いチャージエフェクトだった。

 イシグロが「なるほどアレで障壁を壊すのか」と思った。ちょうど、その時である。

 

「うぐ!?」

「ご主人!?」

 

 イシグロの頭の中に、強烈な耳鳴りが木霊した。

 次いでガンガンと激しい頭痛を覚え、徐々に方向感覚がうやむやになっていった。

 立っていられず、その場に倒れそうになったところをルクスリリアに支えられる。

 

 得体の知れない、強烈に過ぎる違和感。

 何処からか大声で名を呼ばれたような。遠くで赤ちゃんが泣き叫んでいるような。誰かに助けを求められたような……?

 

 こんなにも強烈ではなかったが……。

 これに似た感覚を、イシグロは以前にも感じた事がある。

 

 リンジュからの帰り道。

 聖輪郷を眺めていた時、何処かの誰かに名前を呼ばれたような気がしたのだ。

 

 イシグロは頭痛を耐えながら、再び空に通じる大穴を見た。

 十三番と、目が合った。

 

 

 

 

 

 

 帰還命令を受けた十三番は、淫魔王国を覆う結界の近くへと転移した。

 入る時は一度で行けたのだが、出る時はこの障壁が邪魔して直接外に転移できないのだ。

 なので、これを壊す必要があった。

 

 十三番は収納魔法から武器を取り出し、臀部から伸びた紐を接続した。弾の充填が開始されると、十三番の肉体からあらゆるエネルギーが吸い取られていった。ただでさえ消耗しているのだ。これ以上は命に関わる。

 声、声、声……。生命の危機を感知して、頭の中が五月蠅くなった。大丈夫だ、何ともない。

 

 充填中、十三番は先の戦いを思い返していた。

 何故、あの男は自分に攻撃をしなかったのか。

 防御こそすれ、どうして反撃を躊躇っていたのか。

 

 勝てない相手なのはその通りだろう。極天とは、そういう兵器だからだ。

 しかし、彼の能力ならもっと上手く捌けたはずである。あの時も、あの時も、あの時だって、反撃した方が自身の生存に繋がっただろうに。

 

 女の声が響く。

 頭の中に、優しい声が……。

 

 言われるがまま、十三番は雑念を振り払うように、ルーティンをこなした。

 一方的な通信。誰にも届かぬ信号。

 

 ふと、何か(・・)と繋がった気がした。

 下を見る。洞窟の穴から、件の男がこちらを見ていた。

 

 何か、胸の奥が、ざわつく。

 

 目が合った。充填が完了した。無造作に光を放ち、結界を破壊する。

 時間が来る。声がうるさい。反射的に、十三番は無差別に権能を使った。

 

『【念話(テレパシー)】』

 

 音の無い、念の伝播。

 それは、たった一秒の救難信号(・・・・)だった。

 

 

 

 何処かへ転移した鎧を見送ったその男は、呆然と空を眺めていた。

 

 その男は、度し難い性癖の持ち主であった。

 故にこそ、届いたのだ。

 

 凍った表情で、

 精一杯の、

 彼女(・・)の、声なき声を受け取った。

 

 名を、石黒力隆(イシグロ・リキタカ)

 この世界に迷い込んだ、ロリコンと言う名の紳士である。




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 ぶっちゃけ、本作って「あそこでああすりゃよかったニャ」のオンパレードなんですよね。まぁそれで反省会終わりなんですが。
 こうも長いと後悔なり何なりなんて無限に湧いてくるもんで。

 そんな本作ですが、今後も引き続きぼんやり面白がってってくれると嬉しいです。



◆一応の補足◆

・魔導人機
 109話、「変態王子と領域の外」冒頭にある魔導兵器のこと。

・極天
 封印された魔導人機のうちの一機。広域殲滅型。
 全高3メートルのパワードスーツ。色は白銀。背中に光の輪が浮遊している。

・十三番
 極天の中の人。
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