【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
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キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
本日は晴天なり。
淫魔王国の空は雲一つない群青で、広い大地には風に波打つ緑が広がっている。
その狭間を、俺達は空戦車に乗って飛んでいた。勿論、許可は取っている。以前頂いた勲章がそれだ。
「ご主人、着いたッスよ! あの緑の屋根の家ッス!」
淫魔王国の国土面積はさほど広くない。信号も踏切も渋滞もない空の道を往くと、目的地にはあっと言う間に到着した。
速度を落とし、街道を滑走路代わりにゆっくり着陸する。次いで空戦車を降車し、ラザニアと車体を収納する。そうして覚悟を持って見やった先には、二階建ての大きなログハウスが鎮座していた。
家の前にはレンガで区切られた畑があって、どことなく欧州の田舎アトモスフィアを感じさせる。初めて来た場所なのに、何故か懐かしい気持ちになった。
「大きなお家ですね……」
「淫国の農家なんてこんなもんッスよ」
「へぇ、これはこれで趣があるわ。木の家も悪くないわね……」
「植えとるのは、これは何かの香草かの? 見た事ない種類じゃが」
各々感想を述べつつ、庭を通って玄関に向かう。
ここが、ルクスリリアの実家。扉に近づくにつれ、俺の緊張はいやに増していった。
今から、ルクスリリアの母に会うのだ。そして、願わくば義母になってもらう許可を得るのである。
奴隷証の返却とか、そう至るまでの経緯とか、そこら辺は隠さず話そうと思う。肉親からの叱責の全てを、俺は甘んじて受ける所存であった。
ルクスリリアの話によると、怒られるなんてあり得ないらしいが、それでもだ。俺が勝手にシリアスになってるってのも分かってはいる。
「よし……!」
頬を張り、ロムルス=クィリヌスみたいな服を整える。
この日に備え、皆にも外行きの服を着てもらっている。ルクスリリアも高級ブランドの淫魔服だ。
不用心なことに鍵のかかっていない扉の前に立ち、魔導式チャイムを押す。僅かに魔力を吸われた感覚がした。これで、扉が開いたらご対面だ。
「気配がないですね」
が、開く感じがしない。そもそも家の中に人気がない。
一応、失礼にならないように再度押してみても……同じだった。
手紙でアポは取ってるはずだが、出かけているのだろうか。まぁ時間にルーズな異世界じゃこんなの日常茶飯事らしいが。
「仕事中かしら?」
「今はちょうど休みッスよ」
ルクスリリア母は酪農チームの一員である。昼過ぎはちょうど休憩中と聞いたし、手紙ではこの日に休みを取ってくれているはずだ。
心配し過ぎなのは分かっているが、ちょっとソワソワする。つい最近、夢魔騒動があったのだ。神経が張り詰める感覚を抑えられない。
「あー、やっぱりー! ごめんごめん! すぐ戻るつもりだったんだけど、ちょいコーちゃんおしっこしたそうだったからさ!」
その時、少し遠くから声が聞こえた。見ると、角の生えた金髪の女性が駆けてきた。
髪色は金で、目の色は赤。ルクスリリアと同じ配色だ。ケフィアムで見た淫魔の中では背が低い方で、だいたい百五十後半といった感じ。走る度、不相応に大きな胸がばるんばるんと揺れていた。
彼女は片手に犬の散歩で使われるようなリードを握っており、半ばそれに引っ張られるようにして走っていた。
「た、タコなのじゃ! あの者、タコの散歩しとるのじゃ……!」
「前に言ったじゃないッスか。こっちじゃタコはペットなんス」
「え? あれタコなんですか?」
推定ルクスリリア母は、ぴょんぴょん走るタコの散歩中だったらしい。
そのタコはあっちでもこっちでも見たタコというより、何というか原罪背負ってそうなデフォルメタコだった。目は丸っこくつぶらで、墨吐き用の器官は口呼吸をするようにパクパク開閉していた。なんというファンシー・オクトパスだろうか。異世界カルチャーショックである。
いやいや、それはいい。俺は脳内マニュアルを参照し、金髪の女性に先制アイサツの構えを取った。
「お初にお目にかかります。私、イシグロ・リキタカと申します。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「えっ? あ、どもども~。あーし、ルクスリリアの母で、ラグニアでーす。てかマジで銀細工じゃん。すっご~! てかリリィも皆も魔力ヤバ! ウケる!」
リンジュマナー式のお辞儀をすると、ルクスリリアの母ことラグニアさんは大阪のおばちゃんめいて手をパタパタやった。
それから皆の奴隷証を眺め見て感嘆の息を吐いた。
「はぁ~、これが本物の奴隷証かー! いいなぁ、あーしも銀細工の性奴隷になって毎日吸精したいな~。娘に倣ってあーしもちょっくら要人誘惑してこよっかな~。なんちて、きひひ!」
返答に困っていると、彼女はパーソナルエリアなんか知るかとばかりに間合いを詰めてきた。
相手はルクスリリアの母だ。振り払う事もできずにいると、彼女は俺の三角筋をぺたぺた触りだした。
「んほぉ! 銀細工の体マジやべぇじゃん! 魔力もいっぱいだし、あーしでも強いの分かるもん! ねね、リリィだけじゃなくて皆の相手とかもしてるの?」
「あ、えっと……」
「オカン、ご主人困ってるッス!」
「あっ、リリィ久しぶり~。そうだったそうだった。はいどーぞ、皆さん上がってってねー」
けらけら笑うラグニアさんに困惑する俺と訝しむ皆。そんな中、ルクスリリアは促される前に勝手知ったる我が家へと入って行った。
靴を履いたまま扉を潜ると、そこはナーロッパファンタジーというより二十三区生まれ二十三区育ちの人がイメージする田舎生活って感じの空間が広がっていた。縦横に大きな部屋の壁には透明度の高い窓があり、そこから柔らかな太陽光が入ってきている。
家具の配置は大人数が使用する事を考慮されているようで、どことなく寮の談話スペースみたいである。事実、ラグニアさんは仕事仲間と集団生活をしていると聞いた。
「こちらケフィアムで人気のあるチーズケーキです。甘物がお好きと伺っておりますので、どうぞお召し上がりください」
「え? あざ~す! いやマジでいいのにな~。とりま座って座って~。お茶淹れるからさ」
勧められたダイニングテーブルは十人用だったので、俺達全員が座る事ができた。
お茶とケーキを持ってきたラグニアさんは、俺と対面の席に着いた。五対一だが、此方の四人はロリなので圧迫感はないはずだ。
それから、俺は唾を飲み、姿勢を整えて彼女の目を見た。ラグニアさんはチーズケーキを食べようとして、慌てて俺と目を合わせていた。
「改めまして、本日はお時間頂きましてありがとうございます。私はイシグロ・リキタカと申します。王都アレクシストで迷宮探索を生業にしております」
「へ? あ、うっす?」
今一度挨拶をした後、俺の氏素性を開示した。
どこで何をしているのか、どういった経緯でここに来たのか。極力真摯な声音と言葉を心がける。
当然、ルクスリリアについても話す。この奴隷証はいずれ返却するつもりである旨や、女王の呪いについては本人の希望で残してある事など。純淫魔契約については淫魔女王のお願いで若干ぼかして説明した。
「まぁその辺は手紙で知ってる、けど……? うん?」
一通り話し終えると、ラグニアさんは困ったような顔になっていた。俺も俺で、緊張のあまり一方的に話し過ぎてしまったか。
「それは分かったけど、何か用があったんだよね? 一応、昨日のうちにルクスリリアの荷物は出しといたよ。要る物あったら持ってってね」
そう言ってチーズケーキを頬張るラグニアさんは、俺のイメージする母親像とは食い違っていた。話が噛み合っていないのだ。
だが、これはある程度織り込み済みだった。この世界、人間族や一般魔族には婚姻の風習はあるものの、淫魔には結婚という概念がないのだ。確認されてるのは淫魔剣聖シルヴィアナさんくらいである。
そんな淫魔族からすると、俺が知ってるような婚前の挨拶はさっぱり意味が分からないのだ。
「私の故郷では結婚を認めて頂く為、婚約者の親族に挨拶をする文化があるのです」
「え、マ?」
なので、ラグニアさんには現代日本における結婚観についてもお話した。
エゴなのは分かっている。当のルクスリリアも必要性を感じていない。けれどその上で、俺は彼女の母に娘の結婚を認めてほしかったのだ。
ついでに、俺の出身はラリスでもリンジュでもなく、日本という遠い異世界の国であるとも伝えておいた。
「え!? イシグロさん、挨拶の為だけに来たの!? はえ~、リリィあんたのご主人ってば変人じゃんね」
「ん、そッスね」
旅の安全が確保されていないバイオレンス異世界。挨拶する為だけに国を跨いでやって来るのは、よほどの強者でないと危険なのである。そうじゃなくても遠出のコストが高い世界なのだ。
そんな世界の価値観からすると、わざわざ義理を通す為だけに他国へ渡ってきた俺達は、淫魔視点だととてつもない変人に思えるのかもしれない。
ラグニアさんは「淫魔が結婚ねぇ?」と訝しげな表情を浮かべていた。言葉からは否定的なニュアンスは感じられない。
「雰囲気的に、他の子もリリィと同じなん? あ、結婚の話ね」
「はい」
問われ、ルクスリリア以外の皆についてもお話した。皆、ルクスリリア同様に奴隷身分なのである。
元銀竜一族のエリーゼの話をすると、ラグニアさんは「マジ? すっごーい!」と言って銀竜剣豪ヴィーカの本を持ってきてくれた。表紙に描かれた銀髪美青年を見たエリーゼは「誰これ……?」と呆然とした面持ちで呟いた。
「はえ~、イシグロくんマジでヤバいじゃんね」
そう言って頬杖をつく彼女の中に、俺達の関係性への忌避感は無さそうだった。
この段になって、俺は張り詰めていた緊張の糸を緩める事ができた。感触は悪くない、と思う。
「で、いきなりこの子は軍隊入る! 兵士なる! つって出てっちゃったのよ~。まぁ一年くらいで帰ってくるかなーとか思ってたら案の定で。それからは、どこに行ったんだっけ?」
「ボンキュー様のとこッスよ。基本的に家畜の世話してたッス」
それからは、お互いの親交を深めるべく色んな話をした。
主な話題は二人の共通項であるルクスリリアについてだった。その他、ルクスリリアが奴隷になってからのラグニアさんの生活や、最近の出来事。俺の事について問われた時は、できるだけ真摯に返答した。
初対面で話してみて確信したが、ラグニアさんはノリが軽いというか一般淫魔って感じの人だった。交流会にいた乳食系淫魔ほどがっついてないが、ラース公爵ほど超然としていない。言い方は悪くなってしまうが、軍人淫魔さんの言ってた通りのノーマル淫魔なのだ。
「あ、リリィ、あんたが大事にしてたチンイラ先生の本ちゃんと残しといたから。後で持って帰りなよー」
「マジか! よかった~取られなくって~」
「っしょ? あーしの私物って言ってごまかしたんだからね」
そのまま、幼少のルクスリリアの話題で盛り上がる。いつの間にか、ラグニアさんは手土産のチーズケーキをつまみに酒を呑んでいた。
この頃には真面目なコミュニケーションはおしまいで、グーラやイリハなんかは途中かまちょしてきたタコのコーちゃんを撫でて遊んでいた。当のルクスリリアはソファに寝そべって例のエロ本を読み耽っている。
結局、ラグニアさんと話してるのは俺とエリーゼだけだった。これじゃエリーゼの母と対面してるみたいである。
「あー、うん」
ふと会話が止まったところで、ラグニアさんはグラスの酒をかき交ぜながら口ごもった。
やがて、へにゃりと締まりのない笑みを浮かべ、云った。
「いきなり変な話だけどさ、なんかごめんね? あーし、こんなんで」
かと思ったら、唐突に謝罪された。
どう返答すればいいか分からなくなってる俺に対し、ラグニアさんは酒を混ぜる手を止めて言葉を継いだ。
「イシグロくんの生まれたトコって、多分マジメな人多かったんだろうね。ラリスっつーか、リンジュみたいな? そういう人からすると、あーしみたいな淫魔ってケーハクに見えるんじゃん? 実際そうなんだけどさ」
ラグニアさんは、リビングでカウチポテトやってる娘を眺めた。
「向こうでリリィがやらかして奴隷になっちゃったって時も、まぁしゃーないかーって思ったの。悲しかったんはそうなんだけど、それだけなんよね。もっかい会えて嬉しいのも確かで、結婚するってのもびっくり&ラッキーじゃん? みたいな。これ、あーしだけじゃなくて、大体の淫魔族こんなんなんよ。親子の情っての、無くはないけど他の種族と全然違うんだよね」
その声に悲壮さは無い。後悔とか自責の念とかも無さそうで、ただ頭の中の言葉を捻り出そうとしている感じがした。
「んー、まぁでも……」
そして、ラグニアさんはヘラッと笑った。
「ありがとね、イシグロくん。ルクスリリアのご主人様になってくれて。これからもよろしくね。これで安心かな? 何様だって思うかもだけどさ?」
「……ありがとうございます」
淫魔族とは、精を吸って百年以上若さを保ち、幼い心を失うと急激に死が近くなる種族である。
些細な人間関係の変化に一喜一憂し、百より前に老成する人間族とは、根本的に価値観や時間感覚が違うのだ。
故に、人間族の感覚で他種族をああだこうだと断じるのはナンセンスである。恐らく、隅から隅まで人間と魔族が分かり合うのは極めて難しいのだろう。
それでも共に生きる事はできる。やはり、アニメは人生に必要な多くを教えてくれるのだ。
「てか、リリィいつの間にか中淫魔になってるし? かと思えば最近その上になったって? いいなぁ~、あーしも空飛びた~い」
一転、子供みたいに大きな声を上げ、ラグニアさんはずいと身を乗り出してきた。
「母娘丼、ヤッてみない?」
「大変光栄なお誘いですが、お断りさせて頂きます」
「マジか~」
フラれた~と笑うラグニアさんだが、これが単なる冗談ではない事くらい今までの淫国生活で理解している。
この世界には、こういう人やそういう種族がいるのだ。共感はできずとも、理解はできた。
それから、俺達はラグニアさんに促されてルクスリリアの私物を断捨離していった。
価値のあるモノは奴隷堕ち時点で没収されているらしいので、物の数はそんなでもなかったが。
「うわぁ恥っず! そういやアタシ、ガキん頃こういうのにハマッてたんスよね~」
「リリィ昔は強制吸精モノばっか読んでたもんね~」
「これは何かしら? ヘビの絵……?」
「ちんこッスよ。我ながらひでぇクオリティ……」
「なんでなのじゃ……?」
「学校の授業でゲージュツやらされる事があったんス。結局、アタシにはさっぱりだったッスけど」
「へぇ~。学校では、他に何を習うんですか?」
「色々ッスよ。読み書き計算、芸術に工作。保健体育に、種族別の男の堕とし方とか」
「これが淫魔王国なんだよなぁ」
なんて思い出話を交えつつ仕分けをしていると、窓の外はすっかり暗くなっていた。そろそろホテルに戻らないといけない時間である。
「あ、もうこんな時間じゃん! やば! イシグロくん急いで逃げて!」
「逃げる、ですか?」
かと思えば、急にラグニアさんが騒ぎだした。
その慌てようは相当なもので、使ってたコップや皿をガシャガシャと片付けていた。タコのコーちゃんもビックリしてリビングを駆け回っている。
「ここに住んでる淫魔が戻ってくんの! 仕事終わりの疲れた淫魔に君は毒なんだから! 見つからないうちに! 早く! 間に合わなくなっても知らんぞー!」
「は、はい!」
ドタバタと、俺達は急いで空戦車の用意をした。
シェアハウスしてるのは知ってたが、鉢合わせする事自体が拙いとは想定外だ。多分、この時のラグニアさんが一番真剣だった。まさか毒とまで言われるとは。
「また来ます。それでは」
「うぃ~」
そうして、俺達は空戦車に乗って飛び発った。
遠ざかるログハウス。ラグニアさんとコーちゃんが手を振っていた。
これでいいのか、そう思わなくない去り際である。
「ね? 来る意味なかったっしょ?」
「そうでもないだろ」
「意味とかではないわ。両親がいるうちは会っておくべきよ」
「ボクもそう思います」
「嫌な訳じゃねぇッスよ。ただご主人気負い過ぎてたもんで」
「異世界来て一番緊張してたと思う」
「主様、意外と脆いとこあるんじゃのぅ」
「一応言っておくけれど、私の母に会う必要はないからね。厄介事に巻き込まれるのは目に見えてるのだから……」
「あい~」
なんて話をしつつ、俺達はケフィアムに戻るのであった。
挨拶とか関係なしに、また来ようと思う。例え種族の感覚が違っても、親子にとって互いが特別な存在なのは変わりないのだから。
〇
文字通り門限ギリギリでケフィアムに到着し、俺達は色とりどりの魔導街灯が照らす帰路を歩いていた。
土産通りを抜け、広場を抜け、連れ込み宿が並ぶ通りを抜け、とくに寄り道などせずホテル・乳鮑まで戻ってくる。
すると、入口の近くで二人の淫魔が口論してる光景が目に入った。
「だから、ぼくは吸精が目的で入ろうってんじゃあないんだ。ただ少し話をさせてもらえればいいんだよ」
「であれば宿泊なさってはいかがでしょう?」
「今はちょうど金がないのさ。宵越しの銭は持たない主義でね」
「はあ。とにかく、お帰りください。その場にいられると……」
片やホテルの従業員、片やベレー帽をかぶった淫魔。
クレーム対応とか口喧嘩って感じはしない。詳細は分からんが、従業員さんが困ってるのは分かった。
「喧嘩でしょうか?」
「剣呑な雰囲気はないのじゃ」
「気にせず入ろう」
ともかく、ああいうのには関わらないのが吉である。
俺達は彼女達の死角に紛れるように通り過ぎようとした。
「イシグロが帰ってくるまでだ。許してくれよ」
「と言われましても……」
ふと、従業員と目が合った。次いでベレー帽の淫魔にも発見されてしまった。
てか、今俺の名前言ってたよな。何か俺に用があるのかもしれないが、そもそも俺はこの人に見覚えがない。第一、現在は夜である。会いに来るにしたって翌日が妥当じゃないか?
なんて思っていると、ベレー帽の淫魔がススッと接近してきた。爛々と光りつつも濁ったような暗い双眸が俺達を睥睨する。
「ふむ……黒い髪に黒い瞳。ヴィーカ意匠の銀細工。間違いない、君がイシグロ・リキタカ君だね?」
「は、はい」
捕捉されてしまった。こうも接近されてしまうと、無理やり突破するのも気が引ける。
目の前の淫魔は、一見すると中性的な男性に見えた。それは筋骨が骨ばっているからという訳ではなく、何というか全身からヅカっぽい雰囲気を放っているのだ。
身長は俺よりも高く、手足もスラリと長い。髪は爽やかなショートカットで、角の間に特徴的なベレー帽が乗っている。そして、胸の前には鋼鉄札が下げられていた。
「なるほど、煌めく魔力の銀竜に、矮躯大力の黒獣。桜色の天狐も揃っている。そして噂の小さな淫魔。いやはや、ゴネて待ってた甲斐があったというもの……」
「あの、貴女はどちら様で?」
警戒を募らせていると、目の前の彼女はキョトンとした顔の後に合点がいったとばかりの笑みを浮かべた。
前世でも異世界でもあまり遭遇した事のないタイプの人だ。独特な雰囲気を持っている。どことなく、ハイになった時のドワルフに近い印象があるような無いような……?
「おぉ、すまないね。とはいえ、ぼくには七十二通りの名前があるから、何て名乗ればいいのやら……おや?」
すると、彼女はルクスリリアが抱いている本に目をやった。
アレはラグニアさんが保管してくれてたルクスリリアお気に入りのエロ本で、中身は挿絵付きの官能小説だ。
曰く、初任給全額使って買った逸品らしい。本が高価な異世界だ。挿絵付きの本など何をかいわんや。
「ふむ。どうやらぼくのファンがいるようだし、君達にはあえてこう名乗ろうかな……」
そして、ヅカっぽい彼女はベレー帽を抑え、何かジョジョ立ちっぽい決めポーズを取り、舞台役者めいて口を開いた。
「時に旅する天才画家。時に淫魔文学の麒麟児。そして現在は、後世に語り継がれる天才発明家……。何を隠そう、チンイラ・ゴンザレスとはぼくの事さ」
バーン! 彼女は大仰に見得を切った、
「ちん?」
「いら?」
「ごんざれす?」
その時、何故だか思い出した光景があった。
以前リンジュに行った際、本屋に寄った時のこと。
そこで、ルクスリリアが掘り出し物みっけとはしゃいでいた記憶……。
エリーゼ曰く、かなり名のある性風俗の専門画家。
異世界にて、アニメ絵を描くエロイラストレーター。
「ちっ、チンイラ……先生ッ……!」
「いかにも。サイン書こうか?」
そんな彼女が、何用で?
「よろしくお願いしますッ!」
「うむうむ。ほら、紛れもなく世界最高の宝だよ。大事にしたまえ」
「うッス! あざッス!」
こうして、俺とチンイラ先生は邂逅したのである。
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チンイラ・ゴンザレス
75話、「新たなるロリ奴隷、イリハ!(やっと出てきましたか)」に名前だけ登場。