【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。ウッスウッス!
 誤字報告も感謝の極みです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、最後だけ三人称。
 よろしくお願いします。

 タイトル通りの作風が続きますので、ごあんしんください。


ロリ、見果てたり

 淫魔王国に滞在してから、それなりの時が流れた。

 エロモンスとの戦いに始まり、警備や競馬や交流会。純淫魔契約の後にはルクスリリア母ことラグニアさんと会ったり、つい先日は万能天才のパイモさんとも知り合いになった。

 夢魔との戦闘では、白銀の魔導人機と邂逅し、俺は新たな指針を持つ事となった。必ずや、救いを求めるロリを邪知暴虐の魔の手から救わねばならぬと決意したのだ。

 

 さて、そんな感じで淫国生活を送っていた俺は、今現在豪奢な馬車の中でお行儀よく座っていた。

 向かう先は、ケフィアム内にあるラリス王国大使館だ。夢魔と直接戦闘した者としてお話を伺いたいとの召喚である。呼び出しとはいえ、なにも叱られにいくんじゃないから気は楽だ。

 

「ラリスの偉いさんと話すんじゃよな。緊張してきたのじゃ~」

「私達が話す訳ではないのよ」

「ボク等は何もする必要ないんですよね?」

「知らねッス。まぁあったとしても黙って立っとくぐらいじゃないッスか」

 

 馬車の中には、一党の皆の姿もあった。

 頭目たる俺を含め、ここにいる全員は迷宮用の装備を身に着けている。こういう時、王家に仕えていない俺のような輩は身分相応の恰好をするのがマナーである。冒険者の場合、防具こそが正装なのだ。

 この時、あえて武器を持ち込んで、それを相手側の人に預ける事で信用をアピールするのだ。以前の桜闘会のパーティと同じだな。

 

「イシグロ様、大使館に到着いたしました。ご降車をお願いします」

 

 面積だけで言えばケフィアムはさほど広くない。やがて馬車は大使館の門前で停止し、御者がドアを開けてくれた。

 各々降車して、眼前の建物を見る。連れてこられたラリス大使館は、高い塀と広い芝に囲まれた二階建て住宅だった。門の向こうは淫魔王国ではなくラリス王国の法律が適用される仕様である。

 いうまでもなく、要所である。先の夢魔騒動では真っ先に狙われたと聞いたが、淫魔兵とニーナさん達が奮闘して守り抜いたらしい。

 

 淫魔の門番に先導され、敷地内に入る。大きな入口の扉が開かれると、待ち構えていた二人の人間族侍女がお出迎えしてくれた。片方の侍女に無銘を渡し、もう片方の先導で歩き始める。

 最近は角の生えた露出度の高い女性ばかり見ていたので、普通の服を着ている人を見るのは逆に新鮮だった。丈の長いスカートにエプロンというスタイルは、前世でよく見るメイド服に酷似している。今度、服屋さんに皆用のメイド服をオーダーメイドしてもらおうかな。

 

 なんて考えつつ、メイドさんについていく。視線を巡らせ、屋敷の間取りを確認した。逃走ルートの確認の為である。これも無月流の教えだ。

 並行して、思う。ただの勘だが、このメイドさんは結構強い気がする。魔力量はさほどでもないが、歩き姿がゲルトラウデ師匠に似ているのだ。流石ラリス王国はメイドさんまで強いのかと感心するばかりである。

 

「こちらで、外交官がお待ちです」

 

 そんな事を考えていると、応接室っぽい部屋の前に到着。

 ノックして失礼。俺はメイドさんが開けてくれた扉を潜り、中を伺った。

 

 部屋に入ると、外交官と思しき人間族の少女がソファーに座って此方を見ていた。

 歳の頃は十代前半に見える。前の感覚だと随分若いと思っちゃうが、そこは実力至上主義のラリス王国。能力があるからこその若さなんだろう。

 あまつさえ、その外交官は金髪碧眼の美少女だった。身長も百四十九ラインをギリ超えてるくらい。見た目だけなら、俺的価値観で外角高めのストライクといったところ。

 うん、まぁストライクなのだが……。

 

「お初にお目にかかります、黒剣のイシグロ様。ワタシ、ラリス王国外交官を兼ねております、ヴィヴィと申します」

 

 ソファーから立ち上がり、お辞儀をしてくるヴィヴィさん。

 鈴のような声。ナチュラルなお化粧から、高い女子力を感じる。感じるのだが……。

 俺には分かる。この子、男だ。

 

 何というか、困ったぞ。俺は咄嗟に思考速度を引き上げ、如何に応じるか思案した。

 俺とてエリーゼ先生のマナー教室の生徒である。古式だけでなく、現代ラリスのマナーはしっかりと覚えている。だが、相手は女装男子である。彼に対し、俺はどういった挨拶を返せばいいというのだろう?

 挨拶一つとっても、現代ラリス式には時と場所に合わせた色んなやり方がある。女性から男性へ。貴族から庶民へ等々。けれども、女装男子相手の挨拶は習っていない。

 相手は外交官で、呼び出された俺は冒険者。向こうの方が立場は上だが、呼び出された側の俺は身分相応に多少ミスっても問題ない。エリーゼ先生、どうすればいいんですか。

 

 あまつさえ、さっきから俺はこの女装男子に謎の違和感を覚えていた。

 体幹、足捌き、立ち振る舞いはご令嬢のソレで、魔力の程もパンピーレベル。全く以て強そうじゃないのは別にいいが、それにしたって強そうじゃなさ過ぎるというか……。

 能ある鷹は何とやら。頭の中は「こいつザコだぜ」と言っているが、奥底の勘は「こいつクソ強いぜ」と叫んでいる。もし、この人が俺より戦闘力が高いのなら、それはそれで相応の挨拶法ってのがありましてですね。

 相手の立場。自身の立ち位置。一瞬の逡巡の後、俺は努めて優雅に傅いてみせた。

 

「お初にお目にかかります。私、イシグロ・リキタカでございます。イシグロが姓で、リキタカが名。ラリス王国は王都アレクシストにて、銀細工を授かっております」

 

 色々考えて、俺は外交官女装男子に上位者への礼を取った。

 男女や強弱で迷うくらいなら、確定している格の上下で立場を示すやり方が丸いと判断した為だ。元より迷宮潜りの身からすると、落ちる格もないので実質ノーダメージである。

 皆も俺に倣い、女装男子に傅いた。雰囲気で分かるが、全員がヴィヴィさんに違和感覚えてるっぽい。

 

「どうぞ、お座りください」

 

 どうぞと言う直前、男の娘は一瞬だけ硬直したような気がした。

 その美しい顔には、人形のような薄い笑みが浮かんでいる。

 

「失礼します」

 

 促されるまま、対面のソファーに腰を下ろす。

 皆は俺の後ろで待機である。普段なら座ってもらうのだが、今は仕方ない。

 そのまま、流れるようにお茶を出され、少々の雑談の後にヴィヴィさんはカップを置いてから口を開いた。

 

「イシグロ様をお招きしたのは、以前淫魔王国を襲った夢魔についてお話を伺う為でございます」

 

 本題に移った事で、俺は意識を切り替えた。

 夢魔や魔導人機について、俺と外交官で情報を共有する。これら夢魔騒動の全容は、現状俺と淫魔王国の人しか知らない、夢魔の存在とその顛末は大々的に公表されているのだが、魔導人機の情報は伏せられているのが現状だ。

 

「災厄の近い中、ラリス王国は現状を憂慮しており……」

 

 ヴィヴィさん曰く、夢魔の裏にいる存在の調査と並行し、ラリス王国は件の魔導人機についても調査を開始したという。

 これを説明してくれるのは、偏に淫魔女王から俺の意思が伝わっているからであるとも付け加えられた。事実、魔導人機について俺はどこまでも協力する所存である。

 

「現在、夢魔の尋問には王家直属の拷問官が準備を整えている最中でございます。そう遠くないうちに、新たな情報が入るかと思われます」

 

 流暢に話す女装男子を見ながら、思考の片隅で思う。にしても、この男の娘ずいぶんとクオリティが高いな、と。

 男の娘、女装男子、メスショタ。オタク趣味故に色々なモノを見てきたが、中でもヴィヴィさんは頭一つ以上抜けていた。素材がいいのもあるんだろうが、服装だけでなく化粧や仕草や声まで完璧なアメイジング男の娘なのである。

 あ、違和感の一つが分かった。この子、女性的過ぎるんだ。明確な理想と、それを完璧に模倣できる能力があったから、こうも完璧な女装ができているのだ。イリハの変化術が完璧過ぎて、何か変だなって勘ぐられたのと似たような現象である。

 

「……という認識でよろしいでしょうか?」

「はい」

 

 なんて考えつつ、話はちゃんと聞いていた。

 要するに、イシグロさんの気持ちは分かったよ。だから情報が集まり次第、王家から協力依頼を出すね。あと、魔導人機関連の秘密は守ってねといった内容だった。

 こんな下々のロリコンにご配慮頂いた上、本来無視して然るべき我儘を聞いてもらっているのだ。俺視点、感謝の念しかない。

 

「魔導人機という兵器については、どの程度ご存じでしょうか?」

「淫魔王国の書庫にあった情報と、女王陛下から概要を伺った程度です」

「なるほど。では、実際に戦った所感をお聞かせ願えますか? 戦闘者として、ざっくばらんにお話し頂いて構いません」

「承りました。まず……」

 

 魔導人機と戦った感想を述べよとの事なので、失礼にならぬよう気を付けながら率直にお話する。

 すっごくつよかったです。俺一人じゃ絶対勝てないなって思いました。けど、囲んだら大丈夫だと思います、まる。

 そんな内容を、俺の頭がこんがらがらない程度の丁寧な言葉に変換し、口に出す。

 

「なるほど……」

 

 その間、ヴィヴィさんはじっと俺の目を見ていた。値踏みされているというより、観察されているような感覚。

 熱の無い青の瞳は、どこか奴隷商人クリシュトーさんを彷彿とさせた。

 

「件の白銀の魔導人機ですが、情報が正しければ恐らく“極天”という名の機体だと思われます。魔王戦争より以前に紛失したと文献には書かれています。その裏にいる存在についてですが、未だ尻尾を掴めている訳ではありません。二代目魔王と一代目の残党のように、分かり易く集まっている組織ではないようです。現状、判明している範囲では……」

 

 話し終えると、ヴィヴィさんは現在ラリスが持っている敵対勢力の情報について教えてくれた。

 魔王残党、犯罪組織、謎の商人集団。話しぶりからして、夢魔は秘密結社的ヴィラン組織の一員のようだった。一つの組織を壊滅させても、別の場所で似たような組織が復活しているのだという。

 これ、結構ぶっちゃけているようだが、あくまで外部戦力である俺にそこまで話しちゃっていいんだろうか。関わると決めたからには、俺もそのつもりではあるのだが……。

 

「とはいえ、彼奴等のやり口は知っています。イシグロ様の仰る魔導人機の適合者を救えたとて、まともに生きているか分かりません。いずれにせよ、現状では益の無い博打になっています。民の安寧の為なら、例え哀れな被害者であれラリスは容赦なく抹殺を選択するでしょう」

 

 それから、魔導人機の適合者の処遇について、ヴィヴィさんはラリスの方針を伝えてきた。

 予想通り、それは俺にとって望ましくない方針だった。分かり易い外患なのだ。殺すってのが手っ取り早い。俺がロリコンじゃなかったら、迷わずそう選択した事だろう。

 だが、否と言いたい。根拠は勘でメリットも不明だが、俺はロリコン道を外れる行為を黙って見過ごせはしなかった。

 要するに、今俺は覚悟を問われているのである。来る協力作戦にて、俺にどれだけの事ができ、どれほどの覚悟があるのか。ここで、示さねばならないのだ。

 

「それでも、救える可能性があるならば、私は全身全霊を賭す所存です」

 

 それでも。と言い続ける。何故なら、俺はロリコンだからだ。

 気合を入れて言い切ると、ヴィヴィさんは僅かに目を細めていた。

 普通に考えて、世界最大の国がただ強いだけの個人の我儘を聞く義理はない。だからこそのギブアンドテイク。戦力を貸す代わりに、俺に魔導人機の中身を救わせてくれと言っている。ラリスがその気なら、いいように使われる可能性も否定できない。

 その上で、だ。俺は俺の意思を通す。前と違い、今は守るべきものがある。身を投げる覚悟こそ持てないが、本気も本気ではあったのだ。

 

「私とて、平和こそ第一と考えます。分別もついているつもりです。伸ばすべき手と責任は、可能な限り自分が担います。なので、どうか」

 

 こんな台詞が自然に出たのは、自分でも驚きだった。

 外交官は薄い笑みを張り付けて、じっと俺の目を見続けていた。

 

「なるほど……」

 

 声色低く呟いたヴィヴィさんは、背を丸めてゲンドウポーズを取った。

 その姿勢のまま、今度は俺の背後にいる皆を順々に見ていった。

 

「覚悟があるという事ですね」

「はい」

 

 迷わず頷く。すると、ヴィヴィさんはフッと笑んで目尻を下げた。

 

「……よろしい」

 

 そうして金髪男の娘の口から漏れた声音は、先程までの少女のソレではなかった。

 美声なのに変わりはないが、今度のは誰が聞いても少年イケボ。二次性徴前の少年の、声変わり前の声だった。

 

「なら、こちらも覚悟を決めようか」

 

 驚愕する俺達を置いて、彼はマジシャンのように指パッチンをしてみせた。

 同時、彼の全身に清潔魔法に似た魔法効果が表れる。淡い光が身体を包み、髪と目の色が変化する。否、戻っているのだ。

 金は白へ、青は紫へ。雪のように白い髪に、紫水晶を思わせる二つの瞳。薄い化粧が落ちた顔は、まさしく美少年そのものだった。

 

「イシグロさん、貴方は僕の想像を超えていたよ。勿論、良い意味でね。だからこそ、素顔を晒したのだと思ってほしい」

 

 言って、彼は優雅に足を組んでみせた。

 泰然自若と座す姿には、淫魔女王が発していた王の威厳とでも言うべきオーラが感じられた。

 

「僕の名は、ジノヴィオス・アレクシスト・ラリステトラ。ラリス王国の第三王子であり。やがて勇者の名を継ぐ者……」

 

 ゆっくりと、左手の指輪に手をかけた。

 

「イシグロさんを見定めに来たんだ」

 

 純白の王子が指輪を外す。

 瞬間に、俺は()を意識した。

 

 

 

 

 

 

 学生時代、俺は世界史の授業が好きだった。

 故に、俺は歴史の勉強は苦ではなかった。異世界の歴史もまた、当然に。

 他人に興味を持てない俺とて、自分が住んでいる国の王家くらいは知っている。文字通り、偉人だからだ。

 

 現ラリス王は御年七十を超える豪傑で、武断な王家らしく城と戦場を行き来しているそうだ。

 肖像画に描かれた彼は筋肉もりもりマッチョマンのイケおじで、七十歳とは思えないくらい若々しい容姿をしていた。若い頃の絵かな? と思ったものだが、どうやら最新作らしかった。

 

 そんな彼には、四人の実子がいた。

 即ち、王子様と王女様である。

 

 第一王子、ディミトリス・アレクシスト・モノラリス。

 第二王子、ヴァシリゲス・アレクシスト・ジラリス。

 第一王女、ニコレッタ・アレクシスト・ラリストリ。

 第三王子、ジノヴィオス・アレクシスト・ラリステトラ。

 

 言うまでもなく、ラリス王家はラリス貴族の親分だ。武闘派貴族しかいないラリスキングは、当然としてバリバリ最強でナンバーワンの武闘派マンである。

 先述の通り、現王は出張感覚で戦場に出向くし、その子供達も若くして戦働きをするのが習わしだ。文武両道、生きて帰って国を動かす。そうして初めて王の器を証明できる。

 前の感覚で言うと、尊き血を戦場に持って行くんじゃないよと思っちゃうところだが、ここはバイオレンスな異世界なのである。心身ともに戦で鍛えるのが誉れ兼務めであった。

 ちなみに、王子様方は全員異母兄弟であるらしい。

 

 現王の子もまた、王族故にめちゃんこ強い。中でも、聖王子と綽名されるジノヴィオス殿下は歴代最強の王子と噂されている。

 本の記述の通りなら、その年齢は十歳とかそこらへんのはずである。にも拘わらず、当代無双の戦功とか何とかで。現在、彼は兄姉を差し置いて次代ラリス王に最も近い存在であるらしい。

 

 王家=最強。ぶっちゃけこれ、プロパガンダの一種だと思っていた。

 最強がもてはやされる異世界。民や兵の尊崇を得る為、多少誇張して言ってるものとばかり思っていたのである。

 だが、その魔力を、第三王子の武威を見せつけられた瞬間、俺はあまりにも濃厚な死のビジョンが見え、分からされた。

 勝利とか拮抗とか逃走とか、そういう次元の話じゃない。例えるなら、アリと象。俺と彼には、圧倒的な力の差があった。

 

 自慢じゃないが、異世界ナイズドされた俺はまぁまぁ強い。同じ銀細工位階の冒険者をタイマンで倒せるし、闘技大会でも優勝した。ステータスが上の相手でも、立ち回り次第で何とかできる。

 俺にとって、異世界最強の人はゲルトラウデ師匠だった。彼女とガチでやった場合、俺は十割負ける確信がある。力と技と経験と権能、勝っているのは武器の性能。何度やっても勝てる気がしない。

 けど、確信した。仮にゲルトラウデ師匠が束になっても、この王子には絶対敵わない。達人が超人に勝てないように、超人は超サイヤ人に勝てないのだ。

 

「けい……ッ!」

 

 警戒を命じる寸前、俺は左腰で空振る手の感触に強い違和感を覚え、半ば腰を浮かせた体勢で硬直した。

 異世界で鍛えられた危機管理能力。生存本能。とにかくそういう原始的な反射で何よりも先に武器を手に取ろうとしたところ、腰に剣がない事を自覚して暴走する思考に冷や水がかけられたのである。

 

 瀟洒な応接室に、張り詰めた静寂が過る。

 

 隙を見せぬよう、背後を窺う。目の据わったルクスリリア。魔力を吹き出すエリーゼ。唸るグーラ。九尾を展開するイリハ。

 俺はエア抜刀術の姿勢で固まって、対面の王子は僅かに目を見開いて此方を見ていた。

 もう一つ、気が付く。さっき、一瞬だけ敵味方反応レーダーに感があった。王子じゃない。この部屋に一人。隣の部屋に一人。天井に一人。扉の近くに一人。斥候ジョブの人達が、隠れて俺を包囲しているのだ。

 

「素晴らしい……」

 

 そんな中、ジノヴィオス王子は陶然とした面持ちでそんな言葉を呟いた。

 徐々に、徐々に、王子からの威圧感が薄れていく。ある程度まで緊張感が緩まると、俺はようやっと呼吸を再開できた。

 

「恥ずかしながら、僕は未熟でね。兄上達ほど力を隠すのが上手くないんだ。王族の証明をしたかっただけで、イシグロさん達の精神に危害を加えるつもりはなかった。いやまさか、枷を外しただけで王気を察知されるとは思わなかったよ」

 

 静寂の中、イケショタに相応の美声が木霊する。

 冷静になった今、俺はかなり拙い状態にあるのを自覚できた。未遂とはいえ、高い武力を持つ民が王族相手に刃を向けようとしたのだ。それも一方的に、である。

 再度、反射だった。マイナス思考に陥るより先に、俺はソファーから離れて跪いた。

 

「無礼な真似を働き、申し訳ありません! どうかお許し下さい!」

 

 手のひらを下に、思い切り深く跪き、そして首を垂れて謝罪する。これを日本風に捉えるならば、土下座か五体投地に近い動作に当たるだろう。

 遅れて皆も跪こうとした瞬間、それより一手早く純白の王子は腰を浮かせた。

 

「ま、待ってほしい。王族故に謝罪はできないが、僕は最初からイシグロさんを欺いていたんだ。先の貴方達の対応を不敬だとは思っていない。これは命令でなく要請になるが、どうか元の席に戻ってはくれないか?」

 

 早口だった。恐る恐る。俺は視線を戻していった。王子の美貌に浮かぶ笑みは、若干強張っているように見える。

 

「失礼いたしました」

「いいや、むしろ良い反応だった。あー、君達もうバレてるみたいだから、戻っていいよ」

 

 俺は失礼にならぬよう腰を低くし、先程と同じ対面のソファーで小さくなった。

 俺の動きを見て、王子は改めて指輪をはめ直した。途端に異常な力の噴流を感知できなくなった。圧を抑える魔道具か。これで、ようやく安心できる。

 仕切り直すように、目の前の王子は分かり易い柔らかな笑みを作ってみせ、こめかみをトントンしながら口を開いた。

 

「僕は生まれつき始祖(・・)からの授かり物が多くてね。その中の一つに、人の欲求が分かるという力があるんだ。だから直接会おうと思った。そして、確信したんだ。イシグロさんは、素晴らしい戦士だよ」

 

 深い紫色の双眸の中に、能面のように固まった俺の顔が反射している。

 読心? メンタリズム? よく分からないが、王子の言う事が正しいなら、俺の欲望――ロリコン性癖はバレているという事になるが……。

 

「イシグロさんは、本当に皆を大切に思っているんだね。これはひと目で分かった」

 

 言って、微笑ましそうな眼を向けてくる王子。

 彼の口ぶりからして、俺の事は事前に調べてあるのだろう。剣と魔法のファンタジーでも、歴史あるラリス王国ならばプロファイリング技術の一つくらいあるはずだ。乱れた心を強いて整え、俺は彼の続く言葉を待ち構えた。

 

「平穏を望む一方、魔導人機の適合者の身を救うべく、貴方はラリス王家を利用する道を選んだ。平穏から遠ざかる覚悟を決めて。憐憫と、憤りがあるんだね。恐らく傍観者の視点で」

 

 なおも警戒を続ける俺をどう思ったのか、王子は笑みを維持して言葉を紡ぎ続ける。

 

「生来、イシグロさんは分不相応な成り上がりを望まない人だろう。驚くべき事に野心が無いんだね。それどころか、今が一番良い湯加減だと思っているくらいだ。貴方が察している通り、ここまでは調査で推理できる範囲だ。実際、似たような意見をくれた人もいたからね。まぁ、多くの人は気付けなかったようだけれど……つい半刻前の僕とかね」

 

 話題を変えるように、王子は再びゲンドウポーズを取った。

 

「リンジュで聞かされたと思うけれど……イシグロ・リキタカさん、貴方の動向は各方面から注目されている。迷宮ギルドを筆頭に、リンジュの上層部。淫魔女王。実際に貴方のもとへ貴族子息が自身の一党へとスカウトしに来ただろう? 夢魔騒動の顛末を知れば、僕以外の王族だって君を探るだろうね」

 

 彼の発言に、胸がざわつく。さっきから俺の内心を言い当てられまくっている。

 事実を並べられ、徐々に詰められていく。詐欺師の手口というか、昔気質の営業マンからセールストークをされているみたいだった。

 

「結論から言おうか。第三王子の僕がイシグロさんの後ろ盾になるよ。魔導人機の対処も任せる。後々の貴方の自由も保証する。金細工にも推挙しないし、爵位も与えない。始祖の如き英雄を、庶民のままで居させてあげよう」

 

 彼の言葉に、俺は驚愕した。内心で抑えようと思ったが、確実に顔に出ている事だろう。

 これまで、俺達は厄介な人からちょっかいをかけられないよう立ち回ってきた。一党の強化と、後ろ盾の獲得がそれだ。だからこそ道場に通い、ライドウさんの知己を得るべく闘技大会に出たのである。もし、第三王子が後ろ盾になってくれるというなら、これ以上のものはないと言える。

 しかし、彼の提案した契約は、俺にとってあまりに都合が良すぎる。裏があるからおもてなしだ。俺は最大になっていた警戒レベルをさらに引き上げた。

 

「その代わり、イシグロさんには僕の派閥の冒険者として働いてもらう。ひとまずは、災厄の尖兵の対処をしてもらおうか。やってほしい役割と、守ってほしい拠点があるんだ」

 

 この世界の人たちは、人類生存圏の外から現れる魔物と常にバチバチやっている。中でも、災厄というアニバイベントは人類全体で行うレイド戦である。

 彼の言う尖兵とは、災厄イベントの前哨戦として発生する魔物のスタンピードの事である。災厄戦において、貴族や金細工は尖兵を何とかする役目を負っているのだ。

 

「安心してくれ。銀細工とはいえ、民を最前線に放り込むなんてしないよ。尖兵の動きによっては戦わずに終われるかもしれない。前に出て戦うのは僕ら上の役目さ。どだい連携が取れないだろう?」

 

 魔導人機の対処。強力な後ろ盾。尖兵戦の参加。

 尖兵戦の詳細は知らないが、過酷な戦いなのは間違いないだろう。クソ強い王子が猫の手でも借りたいと思うくらいには。

 果たして、俺は目の前の若い王子を信じていいのだろうか。

 

「上と下じゃない。依頼者と冒険者として、僕と契約を結ばないか?」

 

 いや、信じるしかない。

 それくらいの覚悟を持って、俺は魔導人機の子を救うと決めたのである。

 チャンスがあるなら、掴むべきだ。その先に俺の望む平穏があると信じて、今ここで更なる覚悟を決めるしかない。

 

 虎穴に入らないと、ロリを助けられないというのなら。

 内容次第で、前向きに検討すべきと判断した。

 

 

 

 一刻後、契約は成立した。

 

「よろしく頼むよ、イシグロさん」

 

 そう言った純白の王子は、ふんわりした笑みを浮かべていた。

 男石黒、副業で王子専属の傭兵になりました。

 

 

 

 

 

 

 イシグロの一党が去った応接室で、さっきまで隠れていたアサシン侍女達がテキパキと仕事をし始めた。

 お茶係のメイドが透明なガラスコップにお茶を注ぎ、大きな氷を三つ投入。最後にコースターの上に置き、王子の前に差し出した。キンキンに冷えた麦茶である。

 

「みんな、お疲れ」

 

 侍女たちを労って、純白の王子は冷えた麦茶をグビグビ飲んだ。これはジノヴィオスの好物であった。

 現在、王子の恰好は外交官のソレではなく、シンプルなシャツに短パンというラフな服装だった。専属侍女のキルスティンが見ればひと目見ただけで母乳をにじませるだろうショタみである。

 

「よろしかったのですか? イシグロ様に正体を明かして」

「ん? あぁ……」

 

 本来、ジノヴィオスはイシグロの人となりを見定める為に淫魔王国くんだりまで来たのである。あまつさえ、わざわざ女装までして。

 結果として、イシグロは事前のプロファイリングに近い性格だという事が知れた訳だ。

 

「早さが要だったからね」

 

 そして、彼がプロファイリング外の提案をしてきたが為、王家の誰よりも早く決断し、王子自ら正体を明かしてスカウトしたのである。

 ああも強いくせに、イシグロは話が通じる。触れられたくない部分も分かり易く、やりたい事もハッキリしている。放置するだけで勝手に利益を出すのだし、件の迷宮狂いは恐ろしい程に扱いやすく都合の良い駒だった。

 それに、見ただけで王子の力を察知したのは、純粋に素晴らしいと感じた。気分的には掘り出し物発見といったところ。

 

「これで、兄上は大丈夫だ。警戒すべきは姉上だね」

「失礼ながら、問題はないかと存じますが」

「分からないよ。会えば意外とその気になるかも」

 

 なんて雑談をしつつ、王子は氷ごと麦茶を口に含んだ。

 舌の上で溶ける氷の感触を楽しみながら、リラックスした王子は益体もない思考に耽っていた。

 

「それにしても……」

 

 思い返すのは、彼と邂逅した直後の事。

 彼は、ジノヴィオスの女装を一瞬で看破した。武術の要領で、模倣には慣れている。化粧も完璧。キルスティンにも太鼓判を押された女装を、である。

 かなり頑張ったし、自信もあったのだが。

 

「ところで、僕の女装は完璧だったよね?」

「そうですね」

「だよねぇ……」

 

 別に、したいと思ってした訳じゃない。

 男性として会うより、少女の姿を取った方がイシグロの胸襟を開きやすいと考えたから女装しただけである。

 でも、なんだか、妙な気分だった。

 

「もっと上手くできたのかな……?」

 

 武芸においても、勉学においても、生まれてこの方ジノヴィオスは完璧以上にこなしてきた。

 然るべき敗北こそあれ、それは久しい記憶である。今となっては、文武共に並ぶ者が少ない。

 そんな王子は、無意識に年相応の邪気の無い笑みを浮かべていた。

 

 全力女装を見抜かれた事で、生まれて初めて悔しい気持ちになったのである。




 前書きにある通り、ノリが変わるとかはないのでごあんしんください。



 第21回キャラクター人気投票、結果発表!



 一位 イシグロ・リキタカ
「みんなありがとう!」

 二位 迷宮狂い
「フン……」

 三位 黒剣
「神に感謝」

 四位 ラリスの剣豪
「イシグロに負けた……!」

 五位 西区のやべーやつ
「順当な順位ですね」
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