【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がってます。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称です。
 よろしくお願いします。


ロリコンの初恋は腐ったサンドイッチの味に似ている(下)

 イシグロは、小さい女の子が好きらしい。

 それを知った時、ミアカは宇宙白虎になった。

 

 事の始まりは、こうである。

 桜闘会が終わった後、ミアカが入門した銀竜道場にラリス王国の使者が訪れた。

 曰く、出資をするから王都で銀龍道場の支部を作らないかという提案をしに来たらしい。

 当初、支部を作るつもりのなかったゲルトラウデだったが、娘であるアンゼルマの勧めもあり、結局その提案を飲む事となった。

 

 とりあえずはと、最近多忙になったゲルトラウデに代わって、アンゼルマが現地の下見に行く事に。

 ミアカはその護衛……もとい、片想い中のイシグロに会いに王都へ向かったのである。

 

「あー、楽しみやわぁ。ぐふふ……」

「う、うん。そうだね……?」

 

 ミアカ視点、緊張しつつも楽しみで仕方のない旅だった。

 まだイシグロに見合う程の女になれていない自覚はあるが、それでも久々の再会に胸を躍らせていたのである。

 この時はまだ、残酷な真実を知らなかった。偏に、アンゼルマがイシグロのプライバシーを尊重していたが為。

 

 そうして、観光などしつつ王都を見て回っていると、ミアカの耳にこのような噂が入ってきた。

 あのイシグロに恋人ができたという、驚天動地の噂である。

 

「な、なんやてぇ!?」

 

 寝耳に水である。当然ミアカは驚愕し、即座に行動した。

 持ち前のコミュ力で情報を集めた結果、どうにもそれはマジっぽかった。

 

 件の泥棒猫は、ニーナという名の淫魔だった。

 二人は去年の夏頃から妙に仲良くなり、割と頻繁に鍛錬場でハッスルしているらしい。

 あまつさえ、先に開催された異種族交流会にて、二人は特別な関係を結んだとか何とか……。

 

 淫魔に恋は難しい。

 けれども、こと淫魔剣聖の娘であるならばと。その相手が例の英雄候補であるならば、と。

 界隈は割と祝福ムードだったのである。

 

「淫魔って、そんなん絶対身体目当てやん! あかん、イシグロさんの貞操が危ない! ウチが目ぇ覚まさせんと!」

 

 ミアカは絶望した。

 絶望した後、否認の次に義憤の怒りがやって来た。

 無自覚だったが、怒りの源泉は嫉妬の炎だった。イシグロ関連になると途端に思い込みの激しくなるミアカは、事実確認そっちのけでニーナに一発くれてやるべく立ち上がったのだ。

 

「ま、待ってミアカちゃん! 今まで言ってなかったんだけど、イシグロさんは奴隷の子達と婚約してるの!」

「……んんっ!?」

 

 この時に、宇宙白虎になったのだ。

 意味不明である。何がどうして、そうなった。では、件の噂は何なのか。

 そう問い詰めるミアカに、アンゼルマは申し訳なさそうに語った。

 

 元々、イシグロは皆を守る為の力をつける為に無月流を習い始めた事。

 変な人達からちょっかいを出されないよう桜闘会で力を示し、リンジュの有力者と繋がった事。

 奴隷達もイシグロにベタ惚れで、両者の間には付け入る隙が一切ない事。

 

 その他、色んな事を伝えられた。

 主にイシグロと奴隷達のラブラブエピソードである。テンパって話すアンゼルマは、知らず知らずミアカの脳に深刻なダメージを与えていた。

 

「あば、あばば……! あばばばばッ……!」

 

 元主人と元奴隷が結婚? まぁあり得なくはないだろう。

 恋人を守る為に鍛える? まぁ理解できるし、割と好きなシチュだ。

 ちんちくりん女との恋愛? 全く以て意味不明ではあるが、辻褄が合うのも確かである。

 

 もし、仮に、本当に。

 イシグロが、ああいう類いの女が好きで。

 だから、ミアカの誘いを断ったのだとすれば……。

 

「終わりや……」

 

 再度、ミアカは絶望した。

 そして、アンゼルマが買い物に行っている間に、呆然自失となったミアカはフラリと宿を出た。

 行く当てなど無かった。ただ、誰もいない所に行き、何もかも捨てて消えたかったのだ。

 

「私の名はニーナです。見ての通り淫魔族ですが、王都生まれの新しい淫魔なので安心して下さいね」

 

 そうして、二人は邂逅したのである。

 

 

 

 

 

 

「って感じで勝手に言うのもアレかと思ったんだけど、あのままだとヤバいと思って……ごめんなさい!」

「いいえ、大丈夫です。アンゼルマさんは悪くありません」

 

 アンゼルマから事の経緯を聞きながら、イシグロ達は急ぎ足で転移神殿近くの噴水広場へと向かっていた。

 曰く、当時のミアカは顔も知らないニーナに並みならぬ怒りを抱いて、今すぐ殴り込みそうな凄みがあったという。吸血鬼ストーカーに加え、ミアカという危険因子までエントリーしてきた状況だ。

 

「くだらない噂ね、何故、そんなのに一喜一憂できるのかしら……」

「頭から尻尾まで純粋な勘違いじゃな。どこからそんな話が湧いたんかのぅ」

「今日の釣り餌作戦って訳じゃないですよね。時間的に」

「いやぁ、まぁニーナ先輩からの恋愛感情はないッスよ。少なくとも九割は別ッス」

「残りは何なのよ」

「とにかく、広場に着いたら手分けして探そう。アンゼルマさんはそこで待ってて下さい」

「う、うん……!」

 

 勝手知ったる王都の道。眠らない街を歩く人々をかき分け、イシグロ達は同業者の屯している噴水広場に到着した。

 さて、ここを中心にニーナ捜索班とミアカ捜索班に分かれて行動開始……。

 

「あれ?」

 

 しようとしたところ、ふと見た方に見覚えのある二人組を発見した。

 一人は頭に羊みたいな角を生やしたメガネの女性で、もう一人は白黒の髪色をした獣人女性。二人は屋台の近くにある席に座り、酒を呑みながら談笑していた。

 

「ふふふっ、そんな事があったんですね」

「まぁ色々あったでなー」

 

 しかも、とても仲が良さそうだった。

 お互い初対面なはずである。にも拘わらず、酒杯を呷って笑い合う二人は十年来の親友同士に見えた。

 イシグロ達は顔を見合わせた。

 

「ミアカちゃん!」

「おぉ? どしたんアンちゃん」

「どしたんじゃないよ! 王都の夜は危ないって聞いてたじゃん! 宿に居なかったから心配したんだよ!」

「ごめんて。あ、焼き鳥あるけど食べる?」

「食べる!」

 

 そんな状況に、心配ゲージが振り切っていたアンゼルマが突撃していった。まるで脱走した犬と再会した飼い主の様。

 姉弟子に続き、イシグロ達も二人に歩み寄って行った。

 

「お二人ともご無事で。今から探しに行こうかと」

「どうも、さっきぶりです」

「あっと……ミアカさんもお久しぶりです」

「んっ、久しぶりー!」

 

 イシグロと再会したミアカは以前と変わりが無いように見えた。

 否、そう振る舞っているのだ。無理をしているというより、何か吹っ切れたかのような印象を受ける。

 アンゼルマの見立てが間違っていたのか、イシグロの考え過ぎなのか。ともかく、ニーナと接触したミアカに負の感情は見受けられなかった。

 

「いやぁ、なんかご心配かけたみたいで、ほんますみません。堪忍して?」

「いえ、大丈夫です」

 

 片目を閉じて謝罪してくるミアカに対し、イシグロは何も追及はしなかった。その子供っぽい仕草に、大人らしい謝意を感じたからだ。

 ミアカの内心を慮れない程、今のイシグロは鈍くも残酷でもなかった。イシグロに言い分があるように、彼女にも情緒があるのだ。

 

「ところで、お二人は何故一緒に?」

「それがな。テキトーにブラついとったら、なんや変なんに絡まれてな。そこをニナちゃんに助けてもろたんよ。で、そのまま一杯的な?」

「もう何杯も呑んでますよ。驚きました。ミアカさん、イシグロさんのお知り合いだったんですね」

「なるほど」

「ミアカさんは分かりますが、私を探していたというのは? 何かあったんですか?」

「あっ、そうでした」

 

 ここにきて、イシグロはニーナを探していた理由を思い出した。

 元はと言うと、イシグロは例のストーカーと思しき謎の黒外套と戦闘した事をニーナに報告しに来たのである。

 警戒を促し、護衛する為である。剣を合わせたイシグロをして、あの吸血鬼はなかなかの手練れと言わしめる強さだったのである。正面戦闘はともかく、奇襲が決まればニーナであっても危険と思えるくらいには。

 

「少々よろしいですか? 例の件についてなんですけど……」

「何でしょう?」

 

 そっと、イシグロはニーナに耳打ちした。

 

「吸血鬼ですか……? いや、そんな……」

「ええ。それが、かなりの使い手で……」

 

 先の出来事を簡潔に報告すると、ニーナは顎に手を添えて何事が呟きはじめた。

 そんなニーナを見て、姉弟子の口に焼き鳥を突っ込んでいたミアカが口を開く。

 

「なに? ストーカーの話?」

「え?」

「あ、そうなんです。実は、既にミアカさんには相談をしてて」

「まぁよう知らん相手のが言いやすい事っちゅうのもあるもんや」

「そうでしたか」

 

 どうやら、彼女はニーナがストーカー被害を受けている事を当人から既に相談されていたらしい。

 

「まっ、ウチに任せとき!」

 

 その上で、ミアカはドンと胸を叩いた。そのバストは豊満であった。

 

「そういうん、ウチなんべんも経験あるからな!」

 

 妙に頼り甲斐のある声色だった。

 元々、ミアカはカムイバラの人気遊女なのである。そんな彼女の言葉には、経験から染み出る謎の説得力があった。

 

「えーっと、それは?」

「決まっとるやろ?」

 

 ミアカはイシグロとその一党を見渡して、犬歯を剥いた。

 笑顔の本質を体現したような、凄絶な笑みである。

 

「暴力や」

 

 やはり、暴力であった。

 暴力は全てを解決するのである。

 

 

 

 

 

 

 作戦は単純だった。

 要するに、先の釣り餌作戦の凄い版をしようというのである。

 

 後日、イシグロとニーナは朝から二人きりでお出かけをした。

 人気の少ない場所で待ち合わせ、馬車に乗って南区の聖剣公園でピクニック。

 それから、誰にも見つからぬよう細心の注意を払いつつ、高級連れ込み宿に入って行ったのである。

 

「そんな事したら、二人が恋人同士だって噂がもっと広まっちゃうんじゃない? 大丈夫?」

 

 とは、常識人枠の姉弟子アンゼルマの危惧である。

 対し、イシグロもニーナもそんな根も葉もない噂は気にしていなかった。

 所詮、人の噂なんてのは七十五日で終息する。時間が経てば消えてなくなるものに、躍起になるだけ馬鹿らしい。

 

 それよりも、イシグロはこの噂を知ってちょっと不機嫌になってる皆をこそ愛でていた。

 ぶっちゃけ、両者合意のプレイの一環である。作戦決行まで、ひたすら皆のご機嫌を取りまくっていた。当日の朝など、行ってきますのベロチューで見送られたものである。

 

「これ捕まるッスかね?」

「断言するで、絶対来る」

 

 そんなルクスリリア達はというと、イシグロ達が入った連れ込み宿の近くでストーカーを探していた。

 ミアカ曰く、あえて尾行の難易度を上げる事で、そういうタイプの偏執狂は余計その気になるというのだ。

 高級宿の警備は、例え銀細工持ちの斥候でも侵入困難である。ならば、奴は屋外から観察する他に術がない。

 ミアカは犯人の心境を理解した刑事のように、予め怪しいポイントに目星をつけていた。

 

「昨日の今日で、おまけに一度見つかっているのよ? 向こうも警戒して然るべきだと思うのだけれど……?」

「手負いの獣が警戒しとるからこそってなもんで……ほら、おったで。あそこや」

「えっ、どこッスか?」

()えた。ホントにおったのじゃ……」

「すごいですね……」

 

 ミアカの指差す先、ひと際大きな建物の屋上に、闇夜に紛れる影があった。

 それは普通に注視しても気づかないような隠形だった。しかし、ストーカー慣れしたミアカと仙氣眼を持っているイリハには見破る事ができた。

 

「ゆっくり行くッスよ……」

 

 気付かれぬようゆっくりと、ルクスリリア達はターゲット目掛けコソコソと接近した。

 死角に回り込みつつ到着すると、グーラは袋から取り出した小さな瓶を手に取った。呪具である。

 呪具とは、物品を介して呪術を発動する魔道具の一種である。ゲーム風に例えると、能力封印系の消費アイテムになる。

 

「すぅ~……えい!」

 

 それを、グーラは全力投球した。狙いは勿論、吸血鬼である。

 剛速球の風切り音。即座に反応したストーカー吸血鬼だったが、床に当たって割れた瓶から大量の粒子が飛散し、その一粒が吸血鬼の身体に触れた瞬間、血吸いの権能に支障をきたした。

 

「うぐっ……!?」

 

 かつて、吸血鬼が粋に暴れ回っていた時代、吸血鬼狩人(ヴァンパイア・ハンター)が開発した狩り道具。瓶の中身は、吸血鬼族の権能を封印する秘薬である。

 これに触れた事で、吸血鬼ストーカーは変身能力を含む多くの種族権能を封印されたのだ。

 

「ぐっ! やっぱり罠か……ぐぁ!?」

 

 変身しようとしたが、できない。瞬間、一斉に拘束魔法が殺到し、吸血鬼ストーカーは捕縛された。

 ルクスリリアの網に引っかかり、エリーゼの拘束魔法で雁字搦めにされ、イリハの結界が動きを封じる。仕上げにグーラの鎖付き短剣を次元連結して完了である。

 完全に詰みだ。もう逃げられないゾというやつである。

 

「皆、よくやってくれた。ミアカさんもご協力ありがとうございます」

 

 そこに、フル装備のイシグロが現れた。連れ込み宿に入ってすぐ、イシグロは自身に隠形魔法を施して外に出ていたのである。目的は両者のカバーだ。

 イシグロの姿を見て、激情に呼応したか吸血鬼の目が真っ赤に輝いた。イシグロはその瞳に、無関心な視線を合わせた。

 

「衛兵とは話がついてるんで、現行犯でお縄です。最後に、何か言っときたい事ありますか? 場合によっては、ニーナさんにお伝えしますよ」

 

 相手の眼前にしゃがみ込み、イシグロはできるだけ優しい声音で話しかけた。

 吸血鬼は何も言わず、温度のない目のイシグロを睨み返していた。

 

「なんでこんな事したんですか? ニーナさん、困ってましたよ」

 

 吸血鬼ストーカーは、なおも沈黙して言い返してこなかった。やがて、偏執狂はうなだれるように光を失った目を下げていった。

 よいしょと、イシグロは立ち上がった。どのみち、衛兵に突き出すのは決まっているのだ。興味本位で聞いただけである。

 風が吹き、吸血鬼の被っている帽子のツバが揺れる。イシグロの視点では、その表情は窺えなかった。

 

「……羨ましかったんだ」

 

 一言。吸血鬼は自身から遠ざかる足音を聞き、小さく口を開いた。

 意図せず漏れたような言葉だった。布越しの声は存外に幼く、不安定な情緒に満ちていた。

 一同の注目が集まる中、吸血鬼は再びイシグロに赤い目を向けた。

 

「……き、聞いたぞ。お前、ニーナさんの恋人らしいな。あんな風に笑うあの人、初めて見た……。とても幸せそうで、綺麗で……。ぼくじゃなくて、お前に笑いかけてた」

 

 じわりと、真紅の双眸に涙が溢れた。

 その言葉の中に、敵意はなかった。まるで、胸中に溜った毒を吐き出すような、そんな悲痛な色があった。

 

「ぼくは、彼女が好きだった。けど、ぼくじゃダメなんだ。ぼくじゃ、彼女を幸せにできない……。だから諦めた。お前の事も調べた。お前なら、任せられると思った……!」

 

 涙を流しながら、胸中にある蟠りの全てをイシグロへ投げつける。

 対するイシグロは、溜め込んだ激情を吐露するストーカーを出荷される豚を見る目で見下ろしていた。あーこいつ、例の噂を信じて勘違いしてたんだなと。

 例えこいつの言う事が本当でも、情状酌量の余地は無いように思えた。恨みはないが、裁きは受けてもらう。狙いはニーナでも、一党を危険に晒した罰は受けるべきだ。

 

「なのに、なんでお前は他の女作ってるんだよぉ!」

「……ん?」

 

 ここにきて、一同は困惑した。

 差し詰め、ストーカーは例の噂を知ってイシグロを逆恨みしたのだろうと思っていた。吸血鬼の言葉を信じるなら、それは正解ではあったようだ。

 で、そこに新しく出てきたのが、全く覚えのない存在だった。他の女って誰だ? ミアカ? アンゼルマ? いやいや、時系列がおかしいぞ。

 イシグロはボリボリと頭を掻いて、出荷される豚に一応説明する事にした。

 

「まず、訂正しておくと自分はニーナさんの恋人ではありませんよ」

「嘘だ! 今日はぼくを釣る為だとしても、以前の逢引で、ニーナさんは……!」

「いいえ、其方の勘違いです」

「言い逃れを! それより、あの金髪女は誰だ! ニーナさんより魅力的な女だとでも言うつもりか! 目が腐っているのか貴様!」

「金髪……?」

 

 この段になって、イシグロはようやっと気がついた。

 それって、まさか……?

 

「喫茶店の……?」

「はっ! 遅いぞ! 浮気の方も調べた! 全部ホントだった! ドワーフ族の女だったらしいな! ニーナさんという素晴らしい恋人がいながら、貴様は!」

「いやいやいや……」

 

 間違いない。それ、第三王子だ。

 ニーナから相談を受ける前日、イシグロは第三王子の召喚に応えていた。その時、密会の場に使われたのは、何故かオープンしたてのオシャレ喫茶店だった。

 件のイケショタ王子はというと、例によって女装をしていた。変装魔法で髪と目の色を変え、ばっちりメイクを決めて、あまつさえ胸にパッドまで仕込んで……。

 お話の内容は全く甘いものではなかったが、確かにその光景はそういう風に見えてもおかしくなかったと思える。

 

「アレに関してはデートとかそういうのではなくて……」

「女々しい男! 浮気するような奴は全員死んでしまえ!」

 

 まかり間違っても女装王子の事を言う訳にはいかないので、イシグロの口からはしどろもどろの返答しか出てこなかった。

 ルクスリリア達はというと、完全に我関せず状態である。何故か、ミアカだけは目をかっ開いてイシグロを凝視していた。

 

「とにかく、俺とニーナさんは恋仲じゃありません。本人に確認したんですか?」

「しッ……! して、ない。しようとして、できなかった。その、緊張して……」

「だからストーキングを……」

「失礼な! ストーキングじゃない! 献身的警護も兼ねていた!」

「うわぁ」

「うわぁとは何だ! 浮気者め!」

「だから。そもそも交際の噂は事実じゃなくて」

「タマキンついてんのかテメェ!」

 

 謎のレスバがヒートして、なんかぐだぐだになってきた。

 そんな時である。

 

「イシグロさんの言葉は、全て本当ですよ」

 

 王都の一角に、鈴の音のような声が響き渡った。

 その美声に、吸血鬼は全身を震わせて目を丸くした。

 

「に、ニーナさん……!?」

「ニーナさん、大丈夫ですか? 衛兵には自分が説明しますよ。証言さえ頂ければ」

「いえ、大丈夫です」

 

 誰あろう、当事者のニーナである。

 自身をつけてきた偏執狂を前に、彼女は物怖じする事なく件の吸血鬼へと近づいて行った。

 それから、目線を合わせるようにしゃがみ込み、口を開いた。

 

「クリシャナさんですよね?」

「「「……え?」」」

 

 突然の問いに、ニーナ以外の全員が間抜けな声を上げた。

 まるで、というかそのまま、旧友に話しかけるような声音だったからだ。

 

「吸血鬼と聞いてもしかしてと思ったのですけど……今さっき確信しました」

 

 言って、ニーナはクリシャナと呼んだストーカーの帽子を取り、口元を覆っていた布を下ろしてみせた。

 そうして現れたのは、陶器のように白い肌をした中性的な美少女の顔だった。

 男装すれば線の細い美少年。スカートを履けばスレンダー美少女。クリシャナと呼ばれた少女は、執事もメイドも似合いそうな雰囲気の吸血鬼だったのである。

 

「やっぱり。お久しぶりです、クリシャナさん」

「え……あ、はい」

「あ、銀細工持ちになったんですね。おめでとうございます」

「アッハイ」

 

 理解が追い付かない。唐突な展開に、クリシャナを含むその場の皆が困惑していた。

 イシグロ視点、ストーカーの正体が旧友と知れたなら、再会の悦びよりも嫌悪感が勝つように思えた。しかし、当のニーナは何事もなかったように会話している。

 

「ぼ、ぼくの事、覚えてくれてたんですか……?」

「はい。覚えてますよ」

 

 ……ん?

 いや、待て……。

 

 その時、イシグロに電流走る。

 脳内にいくつもの情報が飛び交い、折り重なったそれらが世界の真理を紡いでいった。

 

 一つ、ストーカーの正体は、クリシャナと言う名のニーナの知り合いだった。

 二つ、クリシャナの性別は女である。

 三つ、この美少女はニーナの事が好きで、彼女と恋仲になる事を諦めたと言っていた。

 そこから導き出される答えは……!

 

「実に面白い……」

「何がッスか?」

「とうとうキマシたね……」

「だから何がッスか?」

「花の塔だよ」

「何スか、それ」

 

 全てを悟ったイシグロは完璧なアルカイックスマイルを浮かべていた。この男、ロリとは別腹で百合系作品が大好きだった。出荷される豚を見る目をしていた男は、今や花を慈しむ目になっていた。豚はコイツだった。

 イシグロの変貌に、一党の皆は困惑していた。しかし、イシグロが変なのは一党の皆にとってはごく当然の事なので、特に気にしなかった。

 

「えっ!? ていうか、今の聞いて……?」

「はい。最初の方から……少し恥ずかしかったですけれど」

「そんな……!」

 

 百合の希望に満ち溢れているイシグロとは対照的に、百合バレしてしまったクリシャナは絶望していた。

 なかなかに繊細な内容である。イシグロは努めて口を挟まず、壁のように二人の動向を見守った。

 

「それは、恋愛対象としてですか?」

 

 慈母のような笑みを浮かべるニーナの問いに、クリシャナは暫し目を泳がせた。

 沈黙が過る。王都の喧噪は遠く、この場とは壁を隔てた別世界のようだった。

 

「……はい。申し訳、ありません」

 

 やがて、クリシャナは目を伏せて肯定した。

 王都の夜に風が吹く。吸血鬼の涙が散り、月光によって煌めいた。

 クリシャナは、死人のような顔で、力が抜けたように笑った。

 

「……昔、飢えていたぼくに、貴女は血を分けて下さいました。よく覚えています。死にゆくぼくを見た貴女は、何の躊躇いもなく自身の腕に剣を刺し、傷口から血を飲ませて下さいました」

 

 告解のような語りに、ニーナは沈黙を返して先を促す。

 

「その後も、貴女は様々な援助をして下さいました。組合を紹介して頂き、純血蜜柑(ブラッドオレンジ)の存在を教えて頂きました。掟に背いた、外れ者の、痩せぽっちのぼくなんかに……。貴女は恩人で、初めてぼくに優しくしてくれた人だった……」

 

 堰を切ったように涙を流す彼女は、まるで信仰対象を前に裁きを望む罪人のようだった。

 否、実際にその通りなのだろう。彼女にとって、ニーナは己の魂より上の存在に他ならないのだ。

 

「貴女が去った後、ぼくは恋を知ったんだ……。なのに、ぼくは心が狭くて、美しい貴女を傷付けて……本当に最悪だ。今すぐ消えてしまいたい……! あぁいや、もう居なくなれるのか……」

 

 その場に、痛い程の沈黙が降りる。クリシャナの嗚咽がやけに響いた。

 イシグロは常になく神妙な顔になっていた。その顔を、ミアカがうっとりと眺めていた。そんなミアカを、ルクスリリアが訝しげに見ていた。

 

「安心してください。後をつけてた事は許します。人見知りの貴女だから、話しかける勇気がなかったんですよね」

 

 見上げるクリシャナの前には、なおも薄く微笑むニーナの顔があった。

 

「けれど、申し訳ありません。私は淫魔なので、貴女の想いに応える事はできません」

「……はい」

「ですが……」

 

 すると、ニーナはおもむろに着ていた外套を脱ぎ、淫魔族の伝統衣装姿を晒してみせた。

 煽情的な艶姿に、慌てて目を背けるクリシャナ。そんな彼女に構わず、ニーナはクリシャナに対して自身の首を差し出した。

 

「血なら、いくらでもどうぞ」

「……は?」

 

 再度の急展開に、当のクリシャナは口をあんぐり開けて呆けていた。

 イシグロ達も同様で、この展開は完全に予想外だった。ルクスリリアだけが、こうなる事に納得していた。

 

「貴女と交際する事はできません。それ以前に、私は淫魔族なので人の言う恋愛感情がまだよく分かっていません。ですが、それでも、友に血を分け与える事はできます。貴女が望むなら、それより先も……」

 

 外気に晒された細い首を、淡い月光が照らしている。心臓に呼応して僅かに脈動する血管は、まるでクリシャナを誘っているかのようだった。

 

「そういう関係では、貧しいですか?」

「友人……い、一緒にいても、いいんですか? こんな、ぼくなんかが……」

「ええ。貴女からすると、残酷かもしれませんけど」

 

 息を飲むクリシャナに、ニーナは「それに」と言ってから、誰にも聞かせないよう彼女に何事か耳打ちした。

 耳朶の端に唇が触れている。やがて口を離したニーナは、呆然とするクリシャナを前に妖艶な微笑みを浮かべてみせた。

 

「悪い女なんですよ、私。失望しましたか?」

「い、いいえ! そんなこと、全然!」

「では、どうぞ……」

「は、はい……」

 

 再度、ニーナの細首が差し出される。

 クリシャナは、彼女の首筋にゆっくりと唇を近づけていった。

 躊躇って、止まる。クリシャナの背にニーナの手が回され、怖気る少女を安心させるように撫でていた。

 一度、クリシャナは息を飲み、再び口を開けた。

 

 鋭い牙が、月光に光る。

 

 

 

 そんな中、イシグロ御一行は黙ってその場を離れていた。

 邪魔しちゃいけないよと言うイシグロによって、撤収したのである。

 法? 倫理? 知るかバカ! そんな事より百合吸血鬼だ!

 

「一応、一件落着なんかのぅ」

「戦いは起こらなかったですね」

「そもそも、何なのよ噂って。全部それのせいじゃない」

「で、結局衛兵には突き出すんッスか?」

「そんな事する訳ないだろ」

「ん、まぁ、野暮ってもんやろな。イシグロさんとニナちゃんが別にええ言うんなら、それでええんやろな」

 

 歩きながら、ミアカはイシグロと一緒にいる奴隷達を見渡した。

 主人と奴隷、わちゃわちゃと談笑する一党を見て、彼女はらしくもない乾いた笑みを浮かべていた。

 

「こりゃ、完敗やな。ウチ()……」

 

 二度目の失恋は、存外爽やかな味がした。

 

 

 

 

 

 

 翌日、イシグロはクリシャナ当人から謝罪を受け、事の顛末を聞かされる事となった。

 あの後、ニーナはクリシャナと一党を組む事にしたらしい。魔法職+斥候のクリシャナと、回避盾魔法剣士のニーナ。意外と悪くないコンビのように思われた。

 

 吸血少女の恋については、おいおいである。

 ルクスリリアやシルヴィアナ、あるいは非モテの乳食系淫魔と違い、モテる女ニーナには他者に執着する恋愛の感覚自体がよく分からないという。

 お互いに一方の想いを知りつつ、今後も友人関係を続けるつもりらしい。ある意味で残酷な事をしているようだが、当のクリシャナは満足そうだった。

 

「意外と、悪くないものですよ」

 

 とは、彼女との営み(・・)について語るニーナである。

 クリシャナは顔を真っ赤にしていた。

 イシグロはクリシャナの全てを許した。

 

 

 

 さて、そのまた後日の事である。

 休暇中のイシグロ宅に、彼を訪ねてきた男達の姿があった。

 

「ようイシグロ、来てやったぜー。あ、これ手土産の鬼酔酒な」

「お前いいとこ住んでんな~。おじさんと代わってほしいぜ」

「へへっ! ちょっと来いよ、イシグロ!」

 

 銀細工の鬼人戦士ラフィと、同じくリカルトおじさん。それから犬人斥候のウィードである。

 

「はあ。皆はどうする?」

「一応ついていくわ」

 

 あんまり乗り気ではなかったが、これからは人付き合いを密にすると決めたイシグロは彼等についていく事にした。

 それから、イシグロはあっちこっちへ連れ回される羽目になった。

 まずは床屋で髪を整えられ、高級銭湯に入らされ、最後に衣服屋に行って謎のマントを装備させられた。

 

「何なんですか一体?」

「いいからいいから」

 

 最後に、イシグロは転移神殿に連れて来られた。

 促され、訝しみつつ入場すると、神殿内にラッパの演奏が木霊した。次いで、長い長いレッドカーペットがコロコロ転がってイシグロの往く道を指し示す。

 見れば、レッドカーペットの左右を挟むように、沢山の冒険者達が整列して拍手していた。時たま口笛なんかも鳴っている。

 

「何これ?」

「いいから歩けって」

「はあ」

 

 モーセの伝説のように割れた人の道を、万雷の喝采を受けながら歩く。

 イシグロの後ろからルクスリリア達もついていく。それはさながら、従順な召使いのようであった。

 

「おめでとう……」

「おめでとうございます!」

「おめでとうっす!」

「ゲゲゲッ、オメデトウ」

「おめでとうやで」

「めでたいなぁ」

「おめでとさん」

「クワッ! クワッ!」

「おめでとうございます」

「「「おめでとう!」」」

 

 通り過ぎる度、顔見知りの冒険者は何故かイシグロへ祝いの言葉を贈っていた。

 ある程度歩き、真ん中らへんで待機。よくよく見ると、転移神殿にある机や椅子は雑に整えられているようだった。

 

「イシグロ、あっち見ろよ」

「はあ」

 

 ガチャリと、別のレッドカーペットの終端で大きな扉が開かれた。

 その向こうから、何故かドレスを纏ったニーナが現れた。

 

「えっと? これは何ですか?」

「いいからいいから、イシグロさんならあそこにいるよ」

「はあ」

 

 イシグロと同じように、着飾ったニーナが訝しむように歩いてきた。

 赤い長絨毯が重なった所で、向かい合う二人。両者は顔を見合わせた。なにこれ? 知りません。親密に見えるアイコンタクトだった。

 

「静粛に、静粛に!」

 

 カンカンカン。何故か木槌を持ったウィードが持ってきたテーブルを叩きながら声を上げる。謎ローブを纏ったリカルトとラフィも続く。

 拍手が収まり、静かになった神殿の奥では、受付おじさんを含むギルド職員が何事かと困惑顔を浮かべていた。冒険者の暴走など日常茶飯事だが、これはどう止めればいいという話である。

 

「ごほん! 協議の結果、我々は二人を祝福する事にした!」

 

 二人の前に立ち、胸を張ったウィードが何事か宣言した。

 

「イシグロ君は、まぁほどほどにすること」

「はあ。何をですか?」

「ニーナ君は、ちゃんと自分の気持ちを伝えること」

「はあ。何ですか、これ?」

「ん? 何って、俺たち西区冒険者の総意だけど?」

「「総意?」」

 

 ふと、辺りを見渡してみる。レッドカーペットに、大勢の冒険者。それから、謎のローブを着て場を仕切るアホ男三人衆。

 その時、イシグロの脳細胞に前世で縁遠かった儀式の光景が過った。

 鐘の音。協会。パイプオルガンの演奏。神父の前で愛を誓い合う男女。

 なんか、あれ? 似てね?

 

「ちょっといいですか?」

「なにかな?」

 

 イシグロは肩にかかったマントを外し、畳んでテーブルの上に置いた。

 

「俺、ニーナさんと付き合ってないですよ」

 

 瞬間、神殿内の空気が凍り付いた。

 バッと、ドレス姿のニーナに注目が集まる。

 

「ええ、はい。そういう噂があるのは知っていますが、事実無根です」

 

 静寂である。冷たく、重く、居た堪れない沈黙が神殿内に充満した。

 やがて、一同は呆然と口を開け、喉を震わせた。

 

「「「え?」」」

 

 視線を感じて振り返ると、イシグロの仲間達は各々ちょっぴり不服そうな表情を浮かべていた。

 ルクスリリアは呆れ顔をしていて、エリーゼは不機嫌お澄まし顔。グーラはむぅっと頬を膨らませ、イリハはジト目でイシグロを見ていた。

 プツンと、イシグロの中で決定的な何かが切れた。

 

「まさか、その噂を信じてこんな事したんですか……?」

「えっ!? いや、だってよ……?」

 

 イシグロの怒りは有頂天に達し、パンチングマシーンで百とか普通に出す拳が固く固く握られる。

 ゆっくりと、順繰りに、イシグロの据わった瞳が本日家に尋ねてきた男達を睨みつけていった。

 

「イシグロお前、最近ニーナさんと出かけてたよな……?」

「はあ。それで?」

「いやだって、お前ニーナちゃんと仲いいじゃん? おじさん、結構マジだと思ってたんだけど……」

「はあ。それで?」

「交流会手伝ってたじゃん! 夢魔も倒したしさ! めっちゃ鍛えてたし、鍛錬場でも……」

「はあ。それで?」

 

 三人は目を見合わせ、恐る恐る言った。

 

「「「お前等、結婚するんじゃねぇの?」」」

「しませんが」

 

 イシグロ、キレた!

 事ここに至って、イシグロは位階相応の怒気を放ち始めた。

 まるで、いきなり上位迷宮の主が出現したかのような圧迫感。迷宮狂いの男は、怒りを理性でコントロールしていた。

 

「で……その噂、誰が流したんですか?」

 

 迷宮狂いの視線が、集まっていた冒険者達に向けられる。やがて、以前飲み会で一緒した羊人少女一党の男子二人組に固定された。

 目が合った彼等は肩を跳ね上げ、手と首をバタバタ横に振っていた。

 

「違います! 誓って誰にも話してません! か、勘違いのようでしたが……!」

「ホントです! マジです! どうか信じて下さい!」

「では、これを企画したのは誰ですか?」

「「それは……」」

 

 二人組は、隣にいたいつも「おいおいおい」「死ぬわ、あいつ」と言っていたモブ冒険者達を見た。モブ冒険者達は隣の賭博やってそうな顎の尖った冒険者を見た。アゴトガリ冒険者は一人称が「オデ」の冒険者を見た。

 視線のバケツリレーは、呆然としているバカ男子三人組へと向けられた。

 

「マヌケは見つかったようだな」

「ちょ、おま……!」

「ここじゃ物が壊れる。鍛錬場に行こうぜ……久しぶりに、キレちまったよ……」

「「「ひぃっ!?」」」

 

 画風を変えてキレるイシグロに、強いはずの三人組は盛大にビビッた。

 流石にこれ以上は拙いと、受付おじさんを中心としたギルド職員達は事態を治めるべく動き出した。

 次の瞬間である。

 

 ズガン! ウィードが木槌で叩いていた机が粉砕した。転移神殿の床に、真っ赤なナイフが突き刺さっている。

 注目が集まる。皆の視線の先には、両目を真っ赤に光らせた吸血鬼少女の姿があった。

 

「イィシィグゥロォオオオオ! どういう事だ! コレはぁあああああ!」

 

 銀細工持ち冒険者、“七つの闇”のクリシャナである。

 怒りに満ちたクリシャナは、色んな感情を爆発させて涙を流していた。その背後に、鮮血色のナイフがいくつも形成されていく。

 

「ゆ゛る゛さ゛ん゛!」

 

 瞬間、暴走した吸血鬼がイシグロに襲い掛かる。

 それを発端に、転移神殿で規模のデカい王都の日常茶飯事が開催された。

 アイテムあり、ギミックあり、切り札なしの大乱闘である。

 

「久々の王都、グッちゃん登場ですわ……っと!? 何なんですのこの騒ぎは!?」

「むっ、なんだ? 喧嘩か? 楽しそうではないか、私も混ぜろ! ヒィハァーッ!」

「全くギャーギャーギャーギャーと、発情期かきさマバッ!?」

「わぁ、王都の冒険者って怖いんだなぁ。カムイバラって治安良かったんだ……」

「はははっ、久しぶりに戻ったら随分と賑やかですねぇ。何があったんです?」

「知らん。が、あのイシグロが負けるとは思えんな。あとナンパはお断りだ」

「おっと、なかなか面白い事になっているじゃあないか。工房に寄る前にこっち来てよかった。とりま、軽くスケッチでもさせてもらおうかな」

 

 それからはもう、ナイフが飛び交い、机が粉砕され、二回もウィードが生死を彷徨った。

 めちゃくちゃである。

 

 

 

 そんな騒ぎの外で、二人の美女が場を俯瞰していた。

 

「で、マジな話、ニナちゃんホンマにイシグロさん興味ないん?」

 

 対し、ドレス姿の淫魔は柔らかく微笑み返した。

 

「ええ、本当ですよ。ああいう彼(・・・・・)が好きなので」

 

 彼女達の視線の先には、小さな仲間達を守って戦う黒髪黒目の男がいた。

 彼との間には、決して手の届かない心の距離があった。

 

「わかるわ」

 

 同志は、深く共感した。

 

 

 

 

 

「という事があったみたいです」

「ふぅん……」

 

 王城にある執務室。緑髪爆乳デカケツ未亡人メイドは、愛しの主人に例の事件について報告していた。

 最近導入した印字機の前で、白皙の美少年王子は冷えた麦茶を一杯やって、椅子に深く腰掛けた。

 

「やっぱり、城下の店で会うのは無茶だったのではないかなーと思いますね」

「お陰で誰も怪しまなかっただろう? いいじゃないか」

 

 今回、事の原因の一つには、女装した王子がイシグロと話してる姿を第三者に見られたというのがある。

 喫茶店を選んだのは、罠を疑われない為。女装したのは身分を偽る為。

 という建前で、ジノヴィオスは市井の生活を楽しんでいた。

 

「嬉しそうですね、殿下」

「そうかな?」

 

 例の噂によると、あの場にいた女装王子はドワーフ族の美少女という事になっているらしい。

 生憎、イシグロには通じなかったが、それは他の人からすると王子の女装が完璧であったという証左に他ならなかった。

 達成感があった。楽しいというか、してやったりというか。何とも不思議な心地である。

 

「さぁて、次は何を着ようかな」

 

 百戦錬磨の第三王子は、彼との邂逅に次がある事を確信していた。

 イシグロは生き残る。例え、どんな戦いがあったとしても。

 

 淡く微笑んだ聖王子は、青く透き通った空を見上げた。




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 本作世界、イシグロのいる現代では同性愛は普通に許容されています。田舎はその限りではありませんが、王都だと普通です。
 男が男奴隷と夜の相撲を取るのも、女が女性向け娼婦を買うのも特に変な事ではありません。
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