【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。いつも感謝しています。
 誤字報告もありがとうございます。有難いです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は一人称。最後だけ三人称です。
 よろしくお願いします。


夜空に架かるロリの橋

 夏の盛りは過ぎたとはいえ、それでも残滓が肌を焼く。

 

 空から見たフライシュ領は、豊穣の大地という表現がしっくりくる景色をしていた。

 豊かな田園風景に、笑い合いながら休憩する農民達。長閑で、穏やかで、エネルギッシュ。ジメジメとした寂れた感がなく、のんのんとした穏やかな空気が流れている。

 澄んだ小川で遊んでた子供達が空飛ぶ戦車に手を振ってきた。子供が笑っているなら、それは良い領地の証拠である。

 

「見事な畑じゃのぅ。豊作じゃ~」

「アレは何の畑かしら?」

「淫魔王国には無かったッスね。グーラんとこは?」

「村にも無かったです。実っているのは、大きな豆でしょうか? ちょっと違うような……」

 

 フライシュ侯爵と言えば、先の異種族交流会で一緒したミラクムさんの実家である。

 ミラクムさん曰く、先祖代々フライシュ家は美食貴族として有名で、彼の実家から生まれた料理はいくつも存在するらしい。みんな大好きラリスサンドもフライシュ領が発祥地だ。

 

 領地の色は当主によって染められる。料理大好きご当主様の御威光で、フライシュ領は食材関係の特産品が多い。

 最近養殖に成功したフライシュエビに、文字通り金の卵を産むコンジキニワトリ。長年かけて完成させたシュバイン大果樹園では、年中様々な絶品フルーツが収穫できる。

 中でも有名なのが香辛料類で、こればっかりは農業最強の夜森人も畜産最強の淫魔も敵わないそうだ。そういえば、うちで使ってるコショウもフライシュ産だったか。

 

「ゆっくり下がるッスよ~。ダウ~ン、ダウ~ン」

 

 そうこうしていると、目的地である第四迷宮都市リントに到着した。

 低空を走り、門前広場にある滑走路に着陸。何だアレはと周りの人達から注目されるが、俺の銀細工を見た人達は即座に目を逸らしていた。

 

「すみません。通して頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい、確認しました。どうぞお通り下さい」

 

 空戦車を収納した後、列を見張る門番に特別な交通証を見せつける。これにより、俺達は面倒な検査を受けずに街に入る事ができるのだ。

 まるで遊園地の優待チケット。本来、これを入手するには相当な信用が必要である。それを、俺は第三王子からプレゼントされていた。

 

「おぉ……」

「王都とは雰囲気違うッスね」

「なかなか栄えてるじゃない」

「近くで喧嘩してる人はいませんね」

「おらんのが普通……じゃないんじゃよなぁ」

 

 そうして足を踏み入れたリント市は、王都とはまた違うカジュアルファンタジーの街だった。

 王都がナローマなら、リントは何と例えるべきだろうか。頑丈そうな石畳に、背の高い建造物。人が多いのは変わらないが、道行く人の雰囲気が全体的に穏やかだ。

 暇そうにしている衛兵が一般人と談笑してて、値切り交渉中の商人達は怒鳴る事なくお話している。もしここがゲームの街だったら、多分ケルト風な音楽が流れてると思う。そんなイメージ。

 広い道路には等間隔に街路樹が植えられていて、中にはココナッツのような実をつけている木もあった。見ると、短剣を持った子供達が果実に傷をつけて中身を飲んでいた。

 時折、同業者と思しき武器を下げた奴を目にするが、入ってからこっち銀細工持ちを見ていない。鋼鉄札がほとんどで、彼等も実に大人しかった。

 

「あっ、あそこ見るッス! スケベ大根ッスよ!」

「マジだ。しかも並んでる……」

「あの干物は何でしょうか?」

「薬の材料っぽいのぅ」

「いえ、そのまま食べるらしいわ。私はちょっと遠慮したいけれど……」

 

 活気ある商店街に入ってみると、瑞々しい野菜や果物に混じって謎生物の干し物や如何にもゲテモノっぽい液体なんかが売られていた。

 食べ物に関して、王都よりも斬新というかチャレンジ精神に満ちてるというか……。

 

「すげぇ、スパイスいっぱい」

 

 中には香辛料専門店なんかもあった。色鮮やかな香辛料が瓶詰めされて並んでいる。

 王都で見かけた香辛料もあれば、見た事のないやつもある。商品名は全て固有名詞なので、何がなんだか分からないが。

 

「こっちのは王都よりデカいッスね!」

「ふわぁ~、良い匂いです……」

 

 商店街を抜け、匂いに導かれるように屋台の集まるエリアに辿り着く。ルクスリリアの言う通り、リントの出店は王都よりも大規模だった。

 西区のソレがフードコートだとしたら、リントはまさに縁日だった。通りの端から端まで所狭しと美味そうな匂いを放つ屋台が並んでいる。

 右を見れば焼きソーセージ。左を見ればラリスサンド。その他、見覚えのある料理や見た事のない料理まで、それら全てが混ざった匂いは、俺の腹に特大ダメージを与えてきた。

 やはりというべきか、ジュージュー焼けるソーセージを見たグーラは物欲しそうな顔をしていた。一丁前にメシの顔しやがってよ。

 

「なんか食べようか」

「はい!」

 

 という訳で、ちょっと早めの昼食タイム。

 俺とルクスリリアはラリスサンド。エリーゼはリンゴ飴っぽいモノ。イリハはチャーハンっぽい焼き飯。グーラは最寄りの屋台から適当に一つずつ購入した。

 空いてる長椅子に皆を座らせ、いただきます。うん、OC!

 

「ん? この味もしかして……」

「どうした? イリハ」

「主様、コレちょっと食べてみて欲しいのじゃ」

 

 チャーハンモドキに違和感持ったらしいイリハに言われ、件の逸品をあ~んしてもらう。

 そして、俺も気づいた。

 

「醤油使われてるな」

「じゃろ?」

 

 よくよく見渡してみると、他にも醤油を使ってるっぽい屋台を発見できた。もつ煮屋っぽいところや、照り焼き屋っぽいところ。焼きトウモロコシの店では、ハケで醤油を塗りながら焼いていた。残念ながら、味噌が使われてる料理はなかった。

 どうやら、現在リント市の屋台エリアには空前の醤油ブームが来ているらしい。

 

「はい、どうぞでござる! 当日もよろしくお願いするでござるよ!」

 

 グーラが満足するまで買い食いをしていると、通りの終端らへんで覚えのある声が聞こえてきた。

 声の方には、屋台で串焼きをクルクルしている眼帯森人の姿があった。その胸にはラリス式ではない金細工。

 

「まいど! ありがとうでござる!」

 

 誰あろう、お醤油大好きシュロメさんである。

 彼女は異世界における醤油と味噌の開発者で、リンジュ共和国の金細工持ち忍者だ。

 彼女が焼く串からは、油の弾ける音に加えて何か嗅ぎ覚えのある匂いが香ってきた。どうにもこうにも食欲をそそる。

 それは皆も同じなようで、さっきめちゃくちゃ食べてたグーラも物欲しそうな顔をしていた。三個か? 串焼き三個欲しいのか?

 

「お久しぶりです。七本頂けますか?」

「かしこま! あいやイシグロ殿ではござらんか! 少々お待ちを……っと、はいどうぞ!」

「ありがとうございます」

 

 混んでいたので、お金を渡したらさっさと離れて食べはじめる。

 熱々の串焼きを一口。うん、美味い。肉と野菜がハーモニーである。

 と、ここにきて分かった。なんか懐かしい匂いがしたと思ったが、これアレだ。

 

「焼肉のタレだこれ」

 

 懐かしさの原因はタレだった。醤油ベースの濃いめの味に、ゴマやニンニクの風味がいいアクセントになっている。

 

「美味し、美味し」

「なかなか」

「ちょっと辛いわね」

「ほっへほおいひいれふ!」

 

 皆も満足そうにしている。だってよ、焼肉のタレだぜ。そりゃ美味ぇでしょ。

 まだグーラが食べ足りなさそうだったので、俺とグーラでリピートである。

 

「先ほどは失礼した。久しいでござるな、イシグロ殿。この新作タレはどうでござった?」

「とても美味しかったです。えーっと、あと二本頂けますか?」

「あいよ!」

 

 注文を受け、シュロメさんは串を裏返した。

 なんて鮮やかな手並み、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

「醤油、流行ってるみたいですね」

「うむ、嬉しい限りにござる。味噌の方は、まぁ味は良い評判もらってるでござるよ」

「見た目ですか?」

「左様にござる。う~ん、そのうち慣れると思うでござるが」

「応援してますね」

 

 なんて世間話をしつつ、俺達はシュロメさんの串焼きに舌鼓を打つのであった。

 タレもそうだが、肉も野菜も凄く美味しい。俺の感覚だと、この値段で食べさせる商品ではない気がする。

 それだけフライシュ領の食材が良質という事だろうか。

 

 流石、美食貴族のお膝元である。

 

 

 

 

 

 

 リント市の中央にある“熊と蜂蜜亭”は、大商人や銀細工持ち冒険者に加え、貴族も利用する高級宿である。

 建物の造りは古風なラリス式で、派手な装飾のない落ち着いた内装で統一されていた。

 この宿で、俺達は第三王子からのエージェントと落ち合う予定である。

 

「お部屋は如何いたしましょう」

「三階の角部屋で、夕飯は人数分を多めに。あと、何か適当に茶菓子を持ってきて頂けますか?」

「かしこまりました」

 

 符号を交えて注文すると、俺達は部屋へと案内された。

 部屋には最新式の魔導照明や冷房魔道具が備えてあり、古風な見てくれの割に最新技術の心遣いが行き届いていた。

 

「失礼します。お茶のセットをお持ちしました」

 

 ソファーに座ってまったりしていると、女性の従業員が茶菓子を持ってきた。

 諸々を終えて従業員が去った後、クッキー皿を持ち上げて裏にあった紙片を手に取る。

 

「えーっと、なになに?」

 

 件の紙には、「夕食後、一人、バー」と書いてあった。

 一人で来いと言われると何だか訝しんじゃうが、ロリカルテットは目立つから仕方ない。

 服装は……まぁいつもの防具でいいだろう。剣は戦士のネクタイだ。

 

 そんなこんな。

 

 部屋で夕食を摂った後、俺は一人宿屋のバーにやって来た。

 すると、ウェイトレスの女性に個室に入るよう促された。そうして入った狭い個室には、顔見知りの先客がいた。

 

「あれ? さっきぶりでござるな、イシグロ殿」

 

 森人忍者のシュロメさんである。

 ふと見ると、案内してくれたウェイトレスさんは、いつの間にかメイドのお姉さんに変身していた。どこぞの大泥棒を思わせる変装技術である。

 

「まさかシュロメさんが協力者だったとは。確か、リンジュの金細工でしたよね?」

「うむ。拙者の実家はバンキコウ様に仕えているのでな。そのバンキコウ様が第三王子派閥故、拙者が選ばれたのでござる」

「なるほど、心強いです」

「それより、拙者からするとイシグロ殿がこっち側とは思ってなかったでござるよ。銀のままという事は、仕えている訳ではないんでござるな」

「そうですね。殿下とは内密な雇用契約を結んでおります」

「はははっ、豪気でござるなぁ」

 

 話している間に、メイドさんが俺の飲み物を用意してくれた。酒ではなく、お茶である。

 

「お話中のところ、失礼します。まず、こちらをご覧ください」

 

 言いつつ、メイドさんはテーブルの上に紙を広げてみせた。二人ともお話を止めてそこに描かれた絵に注目した。

 それは、とある山を中心に描かれた天津島の地図だった。天津島は聖輪郷と同じく世界中を移動しているので、その移動経路も描いてある。

 

「早速ですが、今回の作戦について説明させて頂きます」

 

 そして、メイドさんは地図を指差しながらミッションの内容を説明し始めた。

 要約すると、こうである。一週間後、第三王子派閥の一団が名もなき組織の拠点と思しき複数の天津島を一斉捜査する。

 目的は天津島にあるとされる敵拠点の制圧と、情報収集。可能なら魔導人機とその裏にいる者の捕縛。もしくは撃滅。

 その中で、俺の一党はシュロメさんと協力して島の一つを捜索する予定である。事前の調査によると、そこが最も魔導人機関連の何かが隠されている可能性が高いという。

 

「おや? ヴィーカ様がいると聞いたのでござるが」

「ヴィーカ様には、この山で控えて頂く予定です」

 

 サポートとして、最大戦力のヴィーカさんが作戦エリア中心にある山でスタンバってくれるらしい。

 なるほど、だから地図の中心がこの山だったのか。当たりくじを引いたら、ヴィーカさんが駆け付けてくれるシステムなんだな。

 

「なるほど、分かったでござる。戦いはイシグロ殿に任せて、拙者は斥候に専念すればよいのでござるな」

「ざっくり言うと、その通りでございます」

 

 それにしても、この作戦かなり強引なように思える。

 無人とはいえ、天津島は天使や翼人の領地である。そこに王子直属の戦力を投入して、もしスカだったらどうするのだろうか。

 無理やり押入る手前、罠というのも考えられる。いざ入ってみたら盛大に歓迎される可能性もあるだろう。

 まぁでも、そのへんは考えても仕方がないか。俺はただ、助けを求めるロリに応えるだけだ。

 

「ふむ……」

 

 今一度、俺が捜索する予定の島を確認する。

 ウェルン島という名のこの無人天津島は、押入る島の中で最も危険であるらしい。というのも、この島には強力な原生生物や複数の魔物が生息しているからだ。

 シュロメさんの言う通り、俺の仕事は魔物の駆除である。対人より対魔物の方が慣れているので、そのへんは大丈夫だ。金細工忍者のシュロメさんがいれば、トラップとかの対処も何とかなると思うし。

 せめて、魔導人機に繋がる手がかりくらい見つかってほしいものだが、それは性急過ぎるだろうか。

 

「して、ヴィーカ様は何処に?」

「既にヴィーカ様はこの山にある拠点で待機されております。作戦前日に、皆様にはそこに向かって頂きます」

「あいわかった! では、手土産が必要でござるな!」

 

 と、これにてお仕事の話は終わり、地図をしまったメイドさんは、ウェイトレスさんに変装して出て行った。

 プライベートな時間である。すぐ帰るのもどうかと思い、個室に残った俺は協力者であるシュロメさんとお話をしていた。

 

「実を言うとな。今回の任務の前に、拙者は第三王子に口説かれたのでござる」

「へえ、そうなんですか」

「嘘でござる」

 

 滑ったと思ったのか、シュロメさんは舌を出してお道化てみせた。

 

「まあ、半分はホントでござるよ。今回、この任務が成功したら、ラリスに大きな醤油工場を造ってくれると言われてな。口説き文句でござった。それを言われてしまえば、否応にもやる気が出るというもの……」

 

 どうやら、彼女も彼女で王子とはビジネスライクな関係を築いているらしい。

 実家が区長とズブズブなあたり、ある程度の距離は保っているようだが。

 

「そういえば、良かったのですか? 屋台の仕事もありますよね」

 

 問うと、シュロメさんは屈託なく微笑んでみせた。

 

「なに、構わぬさ。日常の合間に任務がある。いつもの事でござるよ」

 

 何でも無いように言うシュロメさん。

 

「拙者、この戦いが終わったら、フライシュ料理大会に出る予定でござる。それまでは死ねぬよ」

 

 そう言って微笑む彼女は、夢見る少女のようで、達観した戦士のようでもあった。

 それはそれとして、死亡フラグやめちくり。

 

 

 

 

 

 

 シュロメさんと再会してから、きっかり六日が経過した。

 天津島一掃作戦を前日に控えた俺達は、予定通りリント市を発った。

 目的地の山まで馬車に乗って移動し、途中下車して獣道を進む。

 

「イシグロ殿は山道に慣れているのでござるな」

「そういう迷宮もありますから」

 

 道中はシュロメさんも一緒で、目的地にはメイドさんが先導してくれる

 こういう環境に慣れているのか、案内役のエージェント・メイドさんはヒラヒラスカートに汚れ一つつけていなかった。

 

「失礼します。ヴィーカ様、イシグロ様とシュロメ様をお連れしました」

 

 道なき道を登山して、開けたところにご到着。ひっそりと建つ丸太小屋の外には、焚火の前に座り込む竜族剣士の姿があった。

 彼こそ、古代の伝説に謳われる銀竜剣豪であり、エリーゼのおじいちゃんである。フードを取ったご尊顔は、厳しい顔したイケメンだった。

 

「お久しぶりです、ヴィーカ様」

「うむ……」

 

 跪いて挨拶すると、彼は座り込んだ姿勢のまま俺達に目を向けた。

 頭からつま先まで、俺の身体に鋭い眼光が突き刺さる。

 

「……善し」

 

 呟き、ヴィーカさんは視線を外した。

 次いで、銀竜の目は俺の隣にいるシュロメさんの方を向いた。

 

「……イワヌマの忍びか」

「はっ。拙者、イワヌマ家のシュロメと申すもの。彼の銀竜剣豪と共に戦える事、光栄の極みにござる」

「……そうか」

 

 善しとは言わなかったが、悪しとも言わなかった。

 彼のペースに合わせていると、自然に静かになってしまう。機を伺っていたらしいメイドさんに促され、小屋に入って打ち合わせをする流れになった。

 存外素直に従ったヴィーカさんは、焚火の始末を始めようとした。

 その時である。

 

「む……」

 

 立ち上がった彼が、空を見上げた。

 何事かと訝しむ俺達を見る事なく、一言。

 

「備えろ……」

 

 声色低く呟いて、ヴィーカさんはおもむろに剣を抜いた。慌てて俺達も身構える。

 やがて、俺のレーダーにも感があった。此方に向かって直進してくるのは、味方の反応?

 バサッと、俺達の頭上に大きな影が差した。

 

「緊急故、鞍上より失礼します! 私は敵ではございません!」

 

 声の主は、巨大な鳥に騎乗した女性だった。

 否、鳥ではない。身体は獅子で顔が鳥。大きな翼で羽ばたく姿は、かの有名なグリフォンだった。

 

「私は、第三王子専属侍女のキルスティンと申します! 急報があり、参じました! どうか、剣を下ろしてくださいませ!」

 

 言いながら第三王子派閥を意味するジェスチャーを取る女性に対し、ヴィーカさんは黙って剣を提げていた。何を考えているのか、彼はホバリングするグリフォンに剣呑な目を向け続けている。

 シュロメさんはヴィーカさんの方をチラ見しながら小太刀を下げかけていた。何か言いたげだが、どうすればいいか迷っている風である。

 少なくとも襲撃ではないだろう。俺はエージェントのメイドさんに目を向けた。

 

「ま、間違いございません。殿下の専属侍女、キルスティン様でございます……!」

 

 剣を握ったまま、俺は臨戦態勢を解いた。次いで、皆も武器を下ろす。シュロメさんも俺の後に続いた。

 重たい沈黙の後、ヴィーカさんも剣をしまった。グリフォンの起こす風のせいで、焚火跡がぐちゃぐちゃである。

 

「感謝します……!」

 

 グリフォンから降りたキルスティンさんは、その場に片膝をついてすぐに口を開いた。

 

「先日、我が方の諜報部隊が魔導人機に関する新たな情報を掴みました。こちら、殿下からの信書にございます」

 

 キルスティンさんが懐から取り出した手紙を差し出す。

 手紙を受け取ったメイドさんが、それをヴィーカさんに手渡そうとした。しかし、ヴィーカさんはそれを一瞥しただけで、なおもキルスティンさんを睨み続けていた。

 

「……件の魔導人機の背後に、熾天使パレエスが関わっている可能性がある、と」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ヴィーカさんの眉間の皺が深くなった。

 俺も俺で、馴染みはないが知った名を聞き驚愕した。歴史に詳しいエリーゼとグーラなど、ビクリと身体を震わせた程だ。

 感情を窺えない銀竜剣豪を前に、キルスティンさんは言葉を継いだ。

 

「……会敵した場合、戦わずに逃げるように、と。殿下からのお願い(・・・)でございます」

 

 先ほどより重い静寂。

 俺の背後で、エリーゼとイリハが震えているのが分かる。魔力も氣も見えない俺だが、今のヴィーカさんからは得体の知れない圧を感じられた。

 

「断る……」

 

 静寂を一刀両断するように、銀竜剣豪は古木の擦れ合うような声を発した。

 怒りとも憂いとも異なる感情。その言葉には、強い意思だけがあった。

 

 

 

 熾天使パレエス。

 

 その天使は、異世界歴二年目の俺でも知っているビッグネームだった。

 過去、図書館で異世界の歴史を調べていた時期、読んだ歴史書のほぼ全てに登場した天使なのである。

 

 初めて歴史の表舞台に出たのは、勇者の旅の最中。

 次に登場したのは、ラリス王国の前身となる国が興された時。

 そして、次に名を残したのは、勇者の死後だった。

 

 熾天使パレエス。

 またの名を、“不動”の熾天使。

 古の時代、勇者亡きラリスを滅ぼしかけた男である。

 

 

 

 

 

 

 聖輪郷の空は、その日も青く澄んでいた。

 

 天使族単一国家、“聖輪郷(せいりんきょう)”は雲の結界に守られた空の群島である。

 上から見ると、聖輪郷は一つの島を中心に二重の輪があるような形をしている。

 

 中央に聳える大天津島。上級天使の住まう”聖地サベイピア”。

 聖地を囲む輪状の列島。中級天使の住まう“光都ウォルピア”。

 聖輪郷の外郭を成す、大多数の天使が住まう“トロス天原(てんげん)”。

 

 統一された意思の下、天使達は祝福に満ちた生を謳歌している。

 疑う事は、罪であるから。

 

 

 

 最も貴き天使が住まう聖地には、何人にも侵されぬ聖域があった。

 その場所は、聖輪郷で最も空に近い庭園だった。四方に設えられた噴水からは絶えず清らかな聖水が流れ、厳密に管理された花壇には純白の花々が咲いている。

 庭園の中央には、天に聳える石碑があった。聖域を聖域たらしめる所以。それは、古の聖者の墓標だった。

 石碑には、「智天使ジュスティーヌ」の名が刻まれていた。

 

 聖墓の前に、一人の天使の姿があった。

 淡い色の長髪を流す、男()の天使である。燃えるような光輪に、左右三対の翼。紛れもなく、熾天使階級の証であった。

 

「もうすぐだよ、ジュスティーヌ……」

 

 甘く、落ち着いた、春風を思わせる天使の美声。

 墓標に向かい、祈るように跪く天使の男は、安堵感に満ちたような声音を発していた。

 

「もうすぐ、あの日の約束を果たす事ができる。本当に待たせてしまったね。ああ、すまない……でも君は許してくれるだろう? わかっているさ。君は優しい娘だ。僕が一番、君の事を知っているからね……」

 

 誰もいない墓地で、男は静かに眠る聖者へと語り掛けていた。

 否、それは紛れもなく会話だった。この時の彼には、そこに彼女がいる確信があるのだから。

 光に満ちた庭園の中、数十分もの間、男は内なる彼女と語らっていた。

 

「パレエス様、急報がございます」

 

 暫く後、立ち上がった男の背に声をかける者がいた。

 男が振り返った先には、仮面で目元を隠した下級天使が立っていた。その手には情報共有用の魔道具がある。パレエスと呼ばれた上級天使は、その手にあるモノを見て一瞬眉根を寄せた。

 

「少々時間が押していますね。歩きながら伺いましょうか」

 

 温和な表情を浮かべて返すパレエスは、長い廊下の道中で天使からの報告を聞いていた。速足のパレエスに、報告を続ける下級天使が小走り気味についていく。

 どうやら、端末の一つが異常行動を起こしてから、何者かがパレエスの動向を探っているというのである。

 カツンと。僅かにパレエスの靴音が乱れた。

 

「そうですか……」

 

 パレエスは顎に手を当て、沈思黙考した。

 暫く後、仮面の下級天使に向けて、感情のない笑みを浮かべてみせた。

 

「商会に連絡を。私が話をします」

「はっ」

「ああ、それから……」

 

 敬礼し、立ち去ろうとする天使を呼び止め、パレエスは表情を変えぬまま続けた。

 

「引き継ぎが終わり次第、貴女は洗濯場(・・・)に行きなさい」

「……え?」

 

 その言葉を聞いた下級天使は、我知らず間の抜けた声を上げていた。

 やがて、その身体が震え出し、持っていた魔道具を取り落とした。仮面の奥、宝石のような瞳が揺れている。

 パレエスは床に落ちた魔道具を見て、快とも不快とも言えぬ表情を浮かべていた。

 

「僭越ながら、現状の私の機能に不備は……」

「ありますよね? 貴女は私の心に暴力を振るい、大いに傷つけました。謝罪は結構。ただ反省なさい。もちろん、貴女の意思で……」

「……かしこまりました」

「慈悲です。送って差し上げましょう。【瞬間転送(アポート)】」

「いえ……」

 

 仮面の奥を慮る素振りもなく、パレエスは下級天使を転送した。

 静寂が戻った廊下には、古の天使と床に落ちた魔道具だけが残った。

 

「面倒な事になりましたね……」

 

 呟き、最古の熾天使は歩みを進めた。

 生誕祭にケチがつくかもしれない。場合によっては、急ぐべきか。

 業腹だが、資源を買い戻す必要があるかもしれない。

 

「まあ、どうにでもなるでしょう」

 

 言って、熾天使はこれも些事と断じた。

 彼の中では、全てが些事だった。

 

 そう、この世界の全て。

 己が魂と、彼女(・・)以外は。




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・天津島
 空の島。常にゆっくり移動している。
 ほとんどは無人だが、大きな島には今でも翼人が住んでいる。
 昔はその全てを天使が支配していた。

・聖輪郷
 天使の国。大きな天津島。
 天使階級によって国民の住居が決まっている。
 支配者層の聖地。中級層の都。大多数の天使が居住する天原。
 一部の下級天使は召使いとして聖地や都に住んでいる。
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