【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。感謝の極み。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
「到着でござる」
道中、各地に散らばっていた火猿の取り巻きを駆除しながら、空の森を歩いてしばらく。俺達はウェルン島内部の入り口の一つに到着した。
眼前には見上げる程の大樹。その根元に大人一人がギリ入れるくらいの穴が開いている。ここを潜れば、島の内部に侵入する事ができるのだ。
「魔力の通りが良くないわね。うまく循環していないわ……」
「確かに、妙な雰囲気でござるな。情報によると、この島に異境現象の報告はなかったはずでござるが……」
「だからこそ、あえて報告しなかったのではないでしょうか?」
入り口を見て、エリーゼとシュロメさんは違和感を覚えたようだった。
恐らく、シュロメさんの言う異境現象が関わっているのだろう。
この世界には、ちょくちょく内と外で広さの異なる空間が存在している。
自然発生した異空間。コレを“異境現象”と呼ぶ。天津島に限らず、そこらへんの洞窟にも存在する不思議現象である。
ちなみに、エリーゼが幽閉されていた宝物庫は人工的な異境らしい。
新たな異境現象を発見した場合、その土地の管理者には王家への報告義務が存在する。しかし、シュロメさん曰く事前情報には無かったと。
ますます怪しい……が、想定の範囲内だ。俺はアイテムボックスに手を突っ込み、こういう時用の魔道具を取り出した。
「これを使いましょう」
それは、白黒二種の二つの杭だった。
名を、“結びの杭”。白い杭を現世に打ち、黒い杭を異境に打つ事で、現世と異境との断絶を防いでくれるアイテムだ。要するに、閉じ込め防止の命綱である。
一応、大枚叩いて用意した自前の杭もあるのだが、王家から支給された杭のが上質なのでこっちを使わせてもらう事にした。
「よしっと。行きましょうか」
「さっきと同じように、拙者が案内するでござるよ。ここからが忍びの本領にござる」
白い杭を地面に刺し、シュロメさんの先導で洞窟の中に入っていく。
さっきまで広くて明るかったのに、洞窟の中は狭くて暗かった。時に横這いになって壁の隙間を進み、小さな穴を匍匐姿勢で移動する。
何となく、修学旅行の洞窟ツアーを思い出した。あの時は各所に灯りがあったが、今はマジの暗闇だ。現在、純淫魔契約となった事で得た暗視能力が大活躍中である。
「ヘビでござるなっと……ん? よく見たらこいつ、リンジュニシキヘビでござるよ。天津島には生息してないはずでござるが……」
「どうやって入り込んできたんでしょう?」
「外から持ち込まれたとしか思えないでござる。焼くと美味いでござるが、どう?」
「要りません」
怪しさを増す洞窟を進んでいくと、黒い方の杭が震えている事に気が付いた。
「シュロメさん」
「異境に入ったようでござるな」
黒の杭を取り出し、震えるソレを地面に突き立てる。これで、二つの杭が見えない糸で繋がれた。仮に異空間が封鎖されてもこの杭の間だけは通れるようになったのである。
「……当たりでござる」
やがて、とうとう人工物を発見した。
視線の先に、王都でも使われているラリス・コンクリート製の壁。その真ん中には、地下シェルターを思わせる頑丈そうな扉があった。
「監視カメラ……防犯魔道具は見当たりますか?」
「パッと見、無いっぽいでござる。調べてくる故、少し待ってるでござるよ」
言うが早いか、シュロメさんはそろりそろりと移動して扉の周辺を調査し始めた。
地面を観察し、壁に手を這わせ、探知機っぽい魔道具を使っている。
しばらくして、彼女から近くに来てオッケーというサインがあった。
「罠はなさそうでござる……開けるでござるよ」
シュロメさんは懐から鍵束のようなものを手に取り、扉の錠前に挿入した。僅かに感じる魔力の後、鍵が開く音がした。
ゆっくり扉を半開きにして、手鏡で内部を確認する。問題なしと入ったシュロメさんに続き、俺達も侵入した。
扉の先、そこは魔導照明の消えた通路だった。
床と壁は大理石仕上げに似て、靴裏から独特な硬さが返ってくる。
また、この通路は驚く程に綺麗だった。さながら全力で【清潔】を行使したかのように。
「人気はないでござるが……」
そうやって通路を観察していると、床に耳をつけたり壁を叩いたりしていたシュロメさんが小さな声で呟いた。
歴戦忍者の言う通り、俺のレーダーにも何の反応もなかった。迷宮で感じる魔物の気配もないし、そういうのに敏感なグーラも不思議そうに鼻をスンスンさせるだけで剣呑な雰囲気を放っていない。
こうなると余計に怪しい。秘密基地には警備兵なり監視装置なりが配されていて然るべきだと思うのだが。
「とりあえず、壁沿いに進むでござるよ」
各々狭所用の武器を持ち、暗く長い通路を進む。
右と左に一度ずつ曲がると、丁字路に差し掛かった。左の突き当りには木製の扉があって、右の先はまた丁字路になっている。
先導するシュロメさんは、迷わず左に進んでいった。さっきと同じように扉を開き、シュロメさんが先に入る。実に鮮やかな手並みである。
木製の扉を潜ると、さっきの無機質な通路とは対照的な空間が広がっていた。
扉と同様に床と壁が木製になっていて、どことなく馴染みのある雰囲気。向かって右側にはキッチンと思しきカウンターがあり、この広間がリビングダイニングである事が分かる。
しかし、この場にソファーや机といった家具は配置されていなかった。ただ広いだけの空間は、入居前の部屋という印象を受ける。
また、広間は同じく木床の通路に繋がっていて、そこも丁字路になっていた。
「うぅむ、綺麗にされておるのじゃ」
「魔力残滓も無いわ。ちょっと不自然なくらい……」
「ですね、足跡もありません」
「人が住んでたっぽいッスね。感じ的に何人か一緒に?」
「そのようでござるな……」
広間を探索するシュロメさんだが、何も見つからなかったようで、流れるように通路に移動。俺達も続く。
そこには等間隔に扉が並んでいた。手前の扉を開くと、そこは六畳ほどの部屋になっていた。さっきと違い、棚や机が放置されている。リビングと同じく、この部屋も綺麗に過ぎた。
「棚には何も置かれてませんね……」
「が、この劣化具合からして、大量のモノを置いていたのでござろう。本か巻物か分からぬが……」
ぼそぼそと呟きながら、シュロメさんは舐めるように部屋を探索していった。
机の裏を見て、何かの魔道具を近づけ、罠を警戒しつつ慎重に探っている。プロの仕事ぶりを前に、暴力担当の俺達は邪魔しないよう見守るしかできなかった。
そして、棚の隙間に手を突っ込んだシュロメさんは、得たりとドヤッて中から何かをつまみ上げた。
「どうやら、この部屋の主はズボラな性格のようでござるよ」
彼女の手には、一本の黒い毛がつままれていた。
「女の髪ッスね」
「魔力は……消されているわね。全く残っていないわ」
「獣人っぽい印象ですが、少し違うような……」
「少なくとも天狐の毛ではないのじゃ」
皆の言う通り、女の人の髪なんだろう。ひと目で分かるが、ロリのソレではない。
「ふむ。これは……獣系魔族の毛でござるな。それも猫系の、雰囲気からして魔族っぽいでござるが……?」
「猫系の魔族ッスか?」
「
「魔族の髪なら、魔力に還っているでしょう?」
「魔力適性の高い猫人って事かのぅ?」
「……猫又でござろうか」
一言。シュロメさんの呟きに、イリハは身体を震わせた。
俺を含め、彼女以外の皆も各々異なる反応をしていた。黒髪の猫又と言えば、嫌でも思い出す輩がいる。以前リンジュで遭遇した、イリハを誘拐した猫又女である。
得体の知れない相手だった。卓越した陰陽術に、謎の再生能力。途中、ヒトとも魔物とも取れぬ怪物に成り果てて、最終的には俺が殺した。
ライドウさん曰く、件の猫又は過去数百年に渡ってリンジュで活動していた指名手配犯らしいが……。
王家の調査によると、此処は魔導人機の関連組織の拠点のはずである。
仮に、この髪の主が例の猫又なら、奴は件の組織の一員だったって事か? いやいや、同一人物と決まった訳じゃないし、猫又かどうかさえ判明してない現状、これ以上は考えても仕方ない。
しかし、だ。証拠不十分なのは間違いないが、あり得ない話ではないと思える。頭の片隅に入れておくべきか。
「次行くでござるよ」
シュロメさんに促され、他の部屋も探索する。
そうして全ての部屋を探ってみたが、どれも同じような状況だった。
成果としては、さっき拾った黒髪に加え、二本の黒毛を見つけた程度だった。
「一つ目は髪。二つ目は尻尾の毛。三つ目も髪でござる。全部猫系の娘の毛で、よく似た別人でござるな。恐らく同じ一族か、姉妹か。三つとも双子レベルで似ているでござるが……うむ、やはり別人でござるな。それは間違いないでござる」
「部屋の数的に、八つ子とかッスかね?」
「それは変じゃよ。確かに猫又は多産と聞くが、一度に産める数はそこまで多くないはずじゃ。他の種族もいるんじゃろ」
「まぁ全くあり得なくはないと思う。俺のいたとこにも八つ子を産んだ例自体はあったし」
「血縁関係は今は重要じゃないでしょう? あとは王家の仕事よ」
「ですね。体毛を手に入れただけでも、一歩進んだと思います」
「そうだな。ありがとうございます、シュロメさん」
「さすが金細工の忍びじゃな」
「いやぁそれほどでもねぇでござる」
確かに、これは素晴らしい成果と言えるだろう。
天使から此処に繋がったように、毛から組織に繋がる可能性だってあるはずだ。ほんと、シュロメさんがサポートしてくれてよかった。多分、俺達だけだったら見つけられなかったと思うし。
それにしても、嫌な気分である。
黒髪の猫又……まだ確定はしていないが、ここにきて変な縁が繋がった気がしてならない。
もしそうだったら、
「できれば、消しときたいな……」
何かの役に立つかと思い、物的証拠になるかもしれない家具をアイテムボックスに入れる。
その後、俺達は居住区っぽい場所を後にした。
〇
無機質な通路に戻り、探索を再開する。
居住区らしきエリアの他に、いくつか謎の区画を発見した。しかし、そのどれもが蛻の殻で、証拠らしい証拠は見つけられなかった。
一応、俺達が侵入した扉とは別に外界へ繋がる入り口を発見する事はできた。
「拙者は平気でござるが、頭がこんがらがってはござらぬか?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
人も罠もない通路を歩き、どんどん奥に足を進める。
そうして暫く後、俺達は異様な雰囲気を放つ扉を発見した。
鉄で出来た両開きの扉。施錠されていないし、そう頑丈そうな印象もない。
ただ、ひと目見て、開けたくないと思う入り口だった。
「ここ、すごく怖いです……」
「じゃな、気味が悪いのじゃ……」
獣の勘だろうか、グーラとイリハは不安げに武器を握りしめていた。
ルクスリリアとエリーゼは平気そうだが、俺も俺でどうにも嫌な雰囲気を感じ取っていた。
迷宮とは似て非なる感覚。何か状態異常を食らってる訳でもないのに、心臓の位置が下がるような錯覚を覚える。
「……さぁ行くでござるよ。無理そうなら、拙者だけで見てきてもいいでござるが」
「いえ、問題ありません」
今は、優しい言葉に甘える時ではない。
ひと呼吸。腹を括り、俺達は扉の先に足を踏み入れた。
「面妖な……」
中に入った瞬間、嫌な空気が肌を撫でた。
じわりと、体温が下がる感覚。寒くもないのに、寒い気がする。さっきと変わらぬ静寂が耳を通して脳を冒してくるようだった。
扉の先は短い通路になっていて、目の前には刑務所を思わせる鉄格子があった。
床といい壁といい、この区画は施設の中でも一等清潔な印象を受ける。掃除が行き届いてるとかじゃなく、空間自体が滅菌されているような。
「……開いてるでござるな」
鉄格子には扉があり、スムーズに開閉する事ができた。
一度曲がって通路を抜けると、そこは十畳程の空間になっていた。向かって左に豪華な拵えの扉と簡素な扉。右側は別の通路に繋がっている。
豪華な扉を潜ると、案の定そこには何の家具も置かれていなかった。床材はそのままに、壁には上質そうな木材が使われている。
簡素な扉の方には、棚と机だけがあった。探ってみるも、例によって何も発見できなかった。
広間に戻り、通路の方を歩き出す。
背中に汗が滲んでいる。何故だか、俺の呼吸が浅くなっていた。清潔に過ぎる空気は窒息してしまいそうなほど薄く、何の匂いもしなかった。
ふと後ろを見ると、イリハの顔色が悪くなっている事に気が付いた。
「大丈夫か、イリハ?」
「だ、大丈夫じゃ……」
そう返すイリハだが、その身体は僅かに震えている。耳と尻尾にも元気がない。
単に怯えているといった風ではなかった。特殊な感覚器官をもつ彼女は、この空間に渦巻く何か良くないものを感じ取っているのかもしれない。
「念の為、ここで仙氣眼は開かないよう注意しなさい」
「うむ……」
「皆は大丈夫か?」
「アタシは特に。ミョーに魔力の薄い場所だとは思うッスけど」
「同感ね。こうも色が無いと、逆に不気味よ」
「ボクは。その……申し訳ありません。何となく怖い気がします……」
「恐怖は戦士の必需品でござるよ」
警戒しながら通路を進むと、下に続く階段に差し掛かった。
階段を下り、少し歩いて見つけた部屋の中は、体育館を思わせる広い空間になっていた。
天井が高く、壁が厚い。床の一部には補修された跡がある。
「何かの訓練に使われてたようでござる。こことか、床が擦り減ってるでござるよ」
一応探索してみたが、この場所にも証拠になりそうなものはなかった。
同じ階にもう一つ、体育館のような空間を発見した。こっちの方には傷や補修の跡はない。
「ところどころ、僅かにへこんでいるでござる。何か重いものが置かれていたのでござろうか……」
床に這いつくばったシュロメさんは、件の箇所をなぞりながら口を開いた。
「恐らく、等間隔に。ひとつ、ふたつと……何が置かれていたかさっぱりでござるが……」
「等間隔に、重たいモノ……」
「分からぬ。先に進むでござるよ」
通路に戻り、突き当りにあった階段を下る。
訓練場下階の廊下には、異様な数の扉が並んでいた。その間隔は均等で、驚く程に狭い。実際、部屋の広さは三畳ほどだった。
一見、ここは集団居住区に見える。が、少し様子が違っていた。
「……牢屋のようでござるな」
ここにある扉にはガラス製の覗き窓があり、下の方には皿数枚が通る程の穴が開けられている。
凡そ、尋常な居住空間ではないのは明白だった。
「耳鳴りがする……」
どうにも、現実感が薄れてきた。
僅かに視界が揺れている。気を張っていないと、今にも倒れてしまいそうだった。
通路の奥には両開きの扉の部屋があった。広い部屋の中心には、大きめの魔導照明が吊るされている。
「この灯りの下に、台が置かれていたようでござるな」
シュロメさんの予想を聞いて、嫌でも想像してしまう。
真ん中の台に、その上の照明。まるで手術室か、分娩室のような……。
「それじゃあ、ここは……」
ぶわりと、鳥肌が立つのが分かった。
ここにきて、これまでずっと感じていた寒気の理由に思い至った。
例の黒髪の猫又は、イリハの目を抉ろうとしていた。
魔導人機の子は、ほんの一瞬だけ救助信号を放っていた。
手術室。狭い部屋。
この独特な雰囲気……。
既視感の原因は、これだ。
夜の廃病院。実際に入った事はないが、この表現がしっくりくる。
そもそも、この天津島は魔導人機関連組織の拠点候補である。
魔導人機の運用には、特別な素質を持つ“適合者”が必要らしい。
なら、この区画が存在する理由は……。
そんなバカなと言える世界じゃないのは、これまでさんざん思い知ってきた。
耳鳴りがひどい。そのくせ、やけに視界がクリアになってきた。ここは、画面越しの世界じゃない。
在ってほしくないファンタジーが、これがリアルだと囁いてくる。
「あぁ、クソ……」
我知らず漏れた声には、前世でさんざん吐き捨てた負の感情が混じっていた。
いや、待て、警戒を緩めるな。やってられないが、とにかくふざけろ。
相も変わらず世の中クソだな。
「ご主人?」
「……なんでもない」
ゆっくりと、頭を振る。ここは敵地だ。落ち着け、感情に振り回されるな。
さっきの思考は推理じゃない。ただの妄想だ。冷静に、事実だけを受け止めろ。ドツボに嵌る、憶測で考えるな。
「先に進むでござるよ」
それ以降も、似たような光景が続いた。
暗い廊下に、方向感覚を狂わせる無機質な部屋。凡そ人間味を感じない空気は、一歩進む度に正気を削ってくるようだ。
「うぐっ……」
最奥の部屋を探索した後、イリハは吐き気を耐えるように蹲ってしまった。
「イリハ……!? シュロメさん、回復を……」
「回復はここを出てからでござる。流石に過剰な魔力は拙いでござる」
「も、問題ないのじゃ……。ただ、ここにいると、悲しい気持ちになるんじゃ……」
エリーゼのチートヒールは控えるよう言われている為、俺は【手当て】を使い彼女の背中を撫でた。
見れば、普段冷静なグーラも耳を垂れさせており。平気そうなのはルクスリリアとシュロメさんだけで、竜の心臓を持つエリーゼも顔が強張っていた。
精神デバフ対策のポーションは、あまり効果が無かった。
「ここにはもう何もないでござる。戻るでござるよ」
元来た道を戻る。足が重い、背中が冷たい。不気味な程の静寂に、俺達の足音が反響する。
振り返った廊下には、吸い込まれそうな闇だけが漂っていた。
病棟モドキを出ると、ようやっと息ができたような気がした。
HPもMPも減っていないし、状態異常も食らっていない。にも拘らず、俺の心身に尋常ではない怠さが沈殿している。
「……さて、ここらでいっちょ休憩するでござるよ!」
柏手ひとつ。シュロメさんは明るい声音で提案した。
彼女の顔には、街で屋台の売り子をしている時のような満面の笑みが浮かんでいる。
「ここでですか?」
「左様。こういう時こそ、あえてガッツリ休むでござるよ」
「わかりました」
そうして、俺達は少し進んだ先の倉庫らしき場所で休憩をとる事になった。
「はい、お茶」
「うむ……」
迷宮内と同様、座り込んで休息。
甘いお菓子と温かいお茶。ゆっくり身体を休めていると、悪かったイリハの顔色も徐々に回復していった。
「それにしても、トラップが無さ過ぎるでござるな」
「急いで逃げたんでしょうか」
「にしては入念過ぎるでござるよ。普通、ぶっ壊すなり置き土産を置いてくもんでござる」
「そういうものですか」
シュロメさんとお話しながら、俺もお菓子を食べる。
甘いモノが苦手な俺だが、今は無性に美味しく感じた。
どうやら、思ってたより疲れていたらしい。
「王家の諜報がバレたとは考え難いでござるから、やっぱり夢魔を捕縛された時点で逃げたんでござろうな……」
流石に、今日この作戦で全て解決とはいかないか。
だが、ここで諦めるつもりはない。必ず、かの適合者を救助するのだ。
改めて、俺の心に決意が漲った。
〇
ウェルン島の異境は広大だった。
最初に行った居住区に加え、倉庫らしき空間に病院のような区画。
その他、本当にただ広いだけのエリアなんかも存在していた。
「でっか……」
そして、現在。
長い階段を下りた先、俺達は見上げる程に大きな扉を前にした。
どことなく港のクソデカ倉庫を思わせる両引き戸である。
「罠はないようでござるが、これ魔道具の仕掛けで動かすやつでござるよ。どうやって開こうか……」
「では、ボクが」
「うお……!? マジでござるか……!」
如何にも重そうな戸の前に立ち、グーラはふんと踏ん張った。
腹に響く擦過音を立て、鉄の扉がゆっくり開く。
人一人分の隙間が開くと、俺達は中に入っていった。
扉の先は、その大きさ相応の空間が広がっていた。
高さは数メートルあり、壁は洞窟の岩がむき出しになっている。床の素材はコンクリで、ところどころ細かい石片が散らばっていた。
岩盤の三方に扉があり、それぞれ大中小とサイズが違う。小は通常サイズで、大は大型トラックが余裕で通れそうなくらい。
「どこから行きますか?」
「小さい方から行くでござるよ。グーラ殿、頼むでござる」
「はい」
小さな扉に手をかけ、それをグーラが力で開く。
ぶわりと、冷たい空気が頬を過った。
暗く、静かな場所だった。
円形の天井は見上げる程に高く、床と壁には不規則な継ぎ目が通っている。
なにか、サーバールームのような雰囲気だった。
「アレは?」
暗闇の奥、大部屋の中心に丸い台座があった。
台座の上には、何故だか指輪ケースのような箱が置いてある。
その箱の意図は、あまりにもあからさまだった。
「罠ですよね?」
「拙者一人ならここで逃げてるでござるが……」
シュロメさんは俺達を見た。
俺は、収納魔法から武装を取り出し、一党員に装備させた。
ルクスリリアに大鎌。グーラに大剣。エリーゼとイリハはそのまま、王笏と刀を握りしめる。
俺は腰の無銘を引き抜いて、鞘を収納魔法に入れた。
「そうこなくっちゃでござる」
不敵に笑んだシュロメさんは、堂々とした足取りで台座に近づいていった。三歩後ろから俺達も続く。
台座の前に立ったシュロメさんは、懐から様々な魔道具を取り出し、箱に近づけたりして罠の有無を調べていた。
それから箱を手に取り、俺の方を振り返った。頷き合ってから、警戒を強める。
俺達に見えるように、パカッと箱を開けた。
箱の中には一枚の紙が入っていた。
そこに書いてあったのは……。
「一等賞……?」
瞬間である。
俺の脳裏に、最大級の警鐘が響き渡った。
来た。否、既にいる。反射で振り向いた眼前やや上、白銀の鎧が浮かんでいる。その腕は、既に振り上げられていた。
巨岩のような拳に、太陽のような炎が燃え盛っている。狙いは、俺の側頭部。
「ぐぉおおお……!?」
防御、次いで爆発。両手で持った無銘を掲げ、俺は何とかジャストガードを挟み込んだ。数メートルほど真横に滑り、腰を落として停止する。全身に響く衝撃、ジャスガ越しのダメージにより、俺のHPが二割も減った。
ここで狼狽える皆ではない。次の瞬間、突然現れた白銀鎧に四つの攻撃が殺到する。三種の魔法に炎の玉。しかし、それら全ては瞬時に展開された球形シールドによって阻まれた。
「ご主人!」
「問題ない!」
一瞬、かき消える。見上げた先、空間の中心に浮かぶ白銀の鎧。その背後に、巨大な光輪が生成された。
暗闇の空間に、神々しい光が灯る。逆光の中、厳めしい
「後ろ! いや、四方から来るぞ!」
レーダーに感。何の予兆もなく、部屋の四方から敵の反応が湧いて出た。
それは四匹の獣だった。いや、ただの獣ではない。金属質な鎧を身に纏った謎の生物。迷宮では見た事ないが、アレは確実にボス級の魔物だった。
中心に白銀鎧。
四方から初見の魔物。
完全に、俺達は挟み込まれていた。
「皆、作戦通りに」
だが、予測していた状況だ。
俺はホルスターから銃杖を取り出し、【飛翔】を使って浮かび上がった。
白銀鎧と同じ目線になり、足場に立って相手を見据える。
今、少女と目が合った。
その胴体部分に小さな身体が収まっているのが分かる。
沈黙、眼下ではゆっくり迫る魔物が唸りを上げていた。
相手はパレエスではない。捜していた魔導人機と、その適合者。
ピンチじゃない、チャンスである。
白銀の鎧には、冷徹な殺意があった。彼女は、俺を殺す気なのだ。
声なき信号で救助を要請したという事は、大っぴらに「助けて」と言えない状況にあるという事。
監視されているのか。脅迫されているのか。どのみちロクなもんじゃない。ともかく、俺は彼女の境遇を慮って動く必要がある。
俺は、乾きかけた喉で息を飲んだ。
「俺はイシグロ。君を探しに此処に来た」
反応はない。
声もなければ、応答もない。
喋れないのも想定している。
それでも伝える。俺の意思が本気である事を。
「君と話がしたい」
背後の光輪が高速回転し、広大な空間に甲高い音が反響する。
「……話せない理由があるのか」
一瞬、鎧の中に揺らぎが視えた。
感情がある。心を押し殺しているのが分かる。声もなく、苦しんでいるのだ。
ただ、悲壮な覚悟だけが漲っていた。
「そっか。だいたい、分かった……」
このパターンも、想定済みだ。
言いたい、けど言えない。爆弾が付いているのか、人質があるのか。
なら、俺のやるべき事は決まっている。
「なら……まずは、その呪縛を解こう」
魔導人機の
前会った時よりも圧が強い。
どのみち、逃げる選択肢はない。
不退転だ。
覚悟を決めろ。
俺は必ず、この子を助ける。
そうでなくば、ロリコンを名乗る資格はない。
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作者のやる気に繋がります。
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