【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で更新頑張れてます。
 誤字報告もありがとうございます。あざす!
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。応募の際はレギュレーションをお読み頂けると幸いです。

 今回は三人称、十三番視点です。
 途中、急に時系列が進むのは仕様です。


天使達が墜ちる時(上)

 十三番には、愛する家族がいる。

 何があっても守ると誓った。

 せめて、安らかなりし鎮魂を。

 

 十三番の背中に、何もありはしないのだ。

 

 

 

 彼女に残った最も古い記憶は、真っ白な部屋にいた時のものだった。

 

 当時、その部屋には同年代と思しき同族の少女達がいた。

 皆、生まれたばかりの幼天使だった。泣き叫ぶ子。不安そうにしている子。無邪気に走り回っている子もいた。

 そんな中、後に十三番と名付けられる少女は、透明な壁を隔てて此方を見る仮面の天使達を眺めていた。

 

「ようこそ、祝福された天使達よ。此処は、我等が偉大なる父(ゴッド・ファーザー)によって創造された、この世界の楽園。そう、皆さんは選ばれたのです」

 

 偉大なる父(ゴッド・ファーザー)

 そう呼ばれる存在によって、十三番達は生み出された。そして、ここに居る天使達はこれ以上なく祝福されたのだ、と。

 

「皆さんは、主に仕える栄誉を得たのです」

 

 これが、最初の記憶。

 まだ無垢だった頃の記憶だった。

 

「さぁ、これから祈りのお時間ですよ。跪き、心を籠めて、主に感謝を捧げるのです。では、はじめ」

 

 楽園の暮らしは、まず偉大なる父(ゴッド・ファーザー)への感謝から始まる。

 一分間、広場に集められた幼天使が感謝の祈りを捧げるのだ。

 最初のうち、やり方が分からない子には、出来るようになるまで指導された。

 その意味や理由を知らぬまま。

 

「本日の授業は歴史です。まず“光の書”を用意してください。復習の為、最初から始めましょう」

 

 次に、教室と呼ばれる部屋に集められ、十三番達は授業を受ける。

 数学、論理、空戦理論。その他、広い場所で戦闘訓練を受ける事もある。

 中でも重視されていたのは、歴史の授業だった。

 

「いいですか? はじめ、この世界は暗闇に覆われていました。ですが、この暗闇を我等が偉大なる父が祓って下さいました。これを創世と言います。創世の章、第一項にはこのように記されています……」

 

 天使族の歴史は、主に三つの教科書によって構成されている。

 偉大なる父の偉業が記された“光の書”。天使族の戦史が記された“戦の書”。それから、今なお眠る聖女の偉業が記された“愛の書”。

 これら全ての内容を覚え込むまで、覚えた後も、歴史の授業は同じ事を延々と繰り返していた。

 

「皆さん、ゆっくりと心を静めてくださいね。それでは、注水を開始します」

 

 授業の後は、洗礼(・・)の時間だ。

 各々筒状の水槽に入れられ、冷たい水の中で眠る。ただそれだけなのだが、洗礼を受ける天使の中には聖水を浴びて苦しそうにする子もいた。

 適合できない天使にとって、聖水は毒であるらしい。

 

「……以上、呼ばれた者はこちらに来るように。

皆さん、祝福と共に送り出してあげましょう。温かい拍手を」

 

 洗礼の後、番号を呼ばれた子はどこかに連れていかれ、二度と帰って来なかった。

 選ばれた子は素晴らしいところに行ったのだと、指導官は言っていた。

 この頃は、まだソレを信じていたのである。

 

「今日は、四人もいなくなっちゃったね……」

「そうだね、寂しい?」

「うん、寂しいし……なんだか怖いよ……」

 

 一日のノルマが終了すると、天使達は数人グループの部屋で就寝する。

 ごく短い余暇の中、洗礼に怯える子を十三番はしばしば慰めていた。

 

「ねぇ十三番ちゃん、私四十番ちゃんのこと思い出せなくなっちゃった……。怖い、怖いよ……」

「大丈夫だよ。わたしが代わりに覚えてるから……」

「わ、私の事も、覚えててくれる……?」

「もちろん」

 

 十三番自身、洗礼には得体の知れない恐怖を覚えていたが、自分は平気だからと皆の為に強いて気丈に振る舞っていた。

 それでも、毎日のように続く洗礼は天使達の心を徐々に苛んでいた。

 

「ねぇ、楽園の外ってどんな感じなのかな?」

 

 ある日のこと、同室の子がこんな事を訊いてきた。

 安定している十三番とは対照的に、その子は感情の浮き沈みが激しく、だからこそ泣いている子に共感できる天使だった。

 

「どうかな。穢れが残っているらしいけど……」

「ダメだよ四番ちゃん、外はとっても怖いんだよ」

「えー、でも行ってみたくない? 色んなこと知ってた方が、偉大なる父(ゴッド・ファーザー)のお役に立てると思うしさ」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 外の世界は穢れていて、楽園とそれを擁する聖輪郷だけが天使の住める場所である。

 少なくとも、光の書にはそう書いてあった。当時の十三番もそう思っていた。

 

「いつか一緒に空を飛ぼうね」

 

 そう言って笑う彼女の顔も、覚えている。

 忘れる事はできない。

 

「おかしい、なかなか大きくなりませんね……」

「ですが、数値的には過去の誰より高いですよ」

「ああ。このままいけば、一号を超えるかもしれない。そうすれば、あの方の覚えもめでたいだろう」

 

 楽園の天使の中では、十三番が最も優秀な成績を収めていた。

 最初に空を飛び、いち早く歴史書を覚え、権能の使い方が最も巧みで、何より指導官の指示に従順だった。

 

「よし、十三番。そのまま飛び続けなさい」

「はい!」

 

 勤勉で、従順で、主への感謝を忘れない。

 隣人を愛し、支え、慈しむ。

 楽園の指導官達は、十三番を最高傑作と称していた。

 

 あの約束があったから、十三番は励み続ける事ができた。

 奇しくも、それは楽園の誰とも異なる動機であった。

 

 時は経つ。

 天使の数が半分まで減った頃、洗礼は次の段階へ移行した。

 

「あの、これは……?」

「皆さんの階級を底上げする洗礼ですよ。少し痛いですが、皆さんなら大丈夫だと信じています」

 

 台に拘束され、二の腕に穴を空けられ、そこに管を通される。

 そして、何か熱いモノを注ぎこまれた。

 

「ぎぁアアア! あがッ、カアァ! 痛い痛い痛いァアアッ!」

「し、指導官……!? 四番の背中が……!」

「問題ありません。それより、貴女は自身の状態に集中なさい」

 

 幸い、この洗礼においても、十三番が苦痛を感じる事はなかった。

 しかし、多くの天使は激しい苦痛を訴えていた。中には身体中の穴から体液を垂らし、泡を吹いて気を失う天使もいた。

 

「ああ、ダメでしたか。二十六番、二十七番、共に不適合と……」

 

 洗礼中に眠ってしまった彼女達とは、二度と会う事はできなかった。

 以前のように祝福される事もなく、力を失った天使はどこかへ運ばれていったのである。

 

「ねぇ、十三番ちゃん……」

「うん」

「沢山、いなくなっちゃったね……」

「……大丈夫、忘れないよ」

「……私のことも、忘れないでね」

 

 それから、幾日の時が経ち。

 

 楽園には、七人の天使だけが残った。

 十三番を除き、その双眸に生気はなかった。無垢なまま、無邪気なまま、希望を失った目にされたのだ。

 

 皆を忘れない。記憶と共に連れて行く。何があっても、生き抜いてみせる。

 十三番だけが、生きる決意を抱いていた。

 

「この洗礼を受けた後、皆さんには偉大なる父と謁見する栄誉が与えられます。これが最後です。皆さん、くれぐれもご無事で……」

 

 そうして、選りすぐりの七人は最後の洗礼を受ける事となった。

 

「行ってくるね、十三番ちゃん」

「うん……。わたしの事も、忘れないでね」

「ふふっ、もちろん」

 

 車輪の付いた台に寝かされ、手足を拘束される。いつもの事だ。絶対に、誰か一人は消えていく。けれど、可能なら皆で洗礼を終えたかった。

 眠気でぼやけた視界に、銀色の刃が見え……プツンと、十三番の意識が暗転した。

 

 黒に落ちる狭間で、十三番は決意する。

 送り出された二番、運ばれて行った十一番、いつの間にか居なくなっていた二十五番。

 あの子達の事を、その生まれた意味を、絶対に忘れない。

 

 そうじゃないと。

 そうしなければ。

 本当の意味で、無意味になってしまう。

 

「すごいぞ、これは本物の最高傑作だ! 熾天使の御業に、力天使の御業! 完璧以上じゃあないか!」

「光力量、魔力量ともにレコードを更新しています! 素晴らしい素体ですよ、十三番は!」

「あの方もお喜びになるぞ! お褒めの言葉さえ頂けるかもしれない!」

 

 聞き慣れた声に反応し、十三番は水槽の中で目を覚ました。

 ぼやけた視線を動かして、水槽の外を見る。並んだ筒の中に、見慣れた子の姿はなかった。

 こぽりと、息が漏れる。静かに目を瞑った十三番は、強いて過去の記憶を思い出した。

 

 左右三対の翼に、燃え盛るような光輪。

 楽園生まれの十三番は、こうして特別な天使に成ったのだ。

 

「謁見までに、十三番には礼儀作法を覚えてもらう事になりました。まぁ十三番なら大丈夫でしょう。頼みましたよ」

「ありがたき幸せ」

 

 やがて、偉大なる父(ゴッド・ファーザー)と見える時が来た。

 いつもとは違うヒラヒラした服を着た十三番は、習った通りに謁見の間で跪いた。

 顔を上げよとの、指導官の声。見上げた先には、とても美しい天使がいた。

 

 十三番と同じ、三対の翼。暖炉の火のように燃える光輪。長く艶やかな髪に、美しい顔。

 高い背丈に、力強い手。自分達とは異なり、ゴツゴツと筋肉の盛り上がった逞しい肉体。

 紛う事なく。偉大なる父(ゴッド・ファーザー)であった。

 

 彼の瞳に、十三番が映っている。

 そして、この世の誰より慈悲深く、いと尊き偉大なる父(ゴッド・ファーザー)は……。

 

「……なんですか? この醜い天使モドキは」

 

 平坦で、冷たい声を吐き捨てた。

 時が止まったように固まった指導官は、慌てて口を開く。

 

「はっ。こちらにおりますのは、我がチームにおける生存例・十三番。近年まれにみる最高傑作にございます」

「貴女は私を愚弄しているのですか? それくらい知っています。私は容姿の話をしているのですよ」

「よ、容姿ですか……?」

「まともな感性をしていれば、このようなモノ最初に処分して然るべきでしょう。常識がないのですか?」

 

 偉大なる父(ゴッド・ファーザー)は、静かに憤っていた。

 世界から闇を祓い、邪悪な災厄を退け、聖輪郷を統べる最高天使。事実(・・)と実物に、十三番は大きな乖離があるように思えて仕方がなく、呆気に取られて思考が停止してしまった。

 偉大なる父(ゴッド・ファーザー)は、できるだけ十三番を視界に入れぬようにしていた。

 

 確かに、天使族の感性では十三番の容姿は凡そ美女と言えるものではなかった。

 顔や翼の造形ではなく、それは偏に彼女の容貌が幼天使そのものだったからだ。

 偉大なる()は、背と胸の小さな()を、あまつさえ幼いまま成長の止まっている天使を、同じ種族とは見做さなかったのである。

 

「即刻、いつもの所へ廃棄しなさい」

「で、ですが! 性能は過去最高です! 間違いなく、件の計画を早める事ができるでしょう!」

「私の命令が聞けぬと言うのですか?」

「い、いえ……そのような事は……」

 

 偉大なる父は、十三番を疎んじる目をしていた。

 六つになった翼が、心底気に入らないというように。

 

「実に不愉快です。廃棄する前に、その翼も毟っておきなさい」

 

 楽園は綺麗で、外の世界は汚れている。そのように教わった。

 自分も、皆も、この御方に仕える為に生まれてきた。そう習ってきたのである。

 洗礼を耐え抜き、訓練に励み、歴史書の全てを頭に叩き込んだ。

 自分は、皆は、報われる事はないのだろうか。

 

「いや、むしろ、こっちの方が良かったのかもしれませんね……」

 

 指導官の声が遠い。

 こうして、十三番の廃棄は決定した。

 

 何が何だか、分からなかった。

 憤怒の感情は教えられていない。悲哀という感情も習わなかった。皆の言う寂しいという気持ちも、ついぞ共感する事はなかった。

 ただ、虚しさだけを理解できた。

 

「いや~、良い買い物したニャ~」

 

 訳も分からぬまま、時だけが無常に過ぎる。

 翼を失った十三番は、翼も光輪も無い女の下に送られ、いつの間にか身体の中身を腑分けされていた。

 逆光の影で嗤う女は、偉大なる父(ゴッド・ファーザー)によく似た目をしていた。

 

「お前、名は何て言うのかニャ?」

「十三番……」

「ニャはは! 如何にもらしい(・・・)名前ニャ! 賢いって思われたいのかニャ~? あの老害は!」

 

 身体をかき混ぜられている最中、十三番は意識を保っていた。

 痛みはあったが、苦しむ機能は外されていた。

 

「どうせなら、もっとらしい身体にしてやるニャ! ま、生きてたらの話だけどニャ~!」

 

 以前、洗礼の後に泣き叫んでいた天使は、祝福と共に送り出されていた。

 動かなくなった天使も、眠りから覚めなかった天使も、いきなり暴れ出した天使も。

 皆、どこかへ送られた。もしかすると、今の自分は同じ目に遭っているのかもしれない。

 

 約束の事は忘れていない。

 六番の笑顔も、八番の怯える顔も、二十番と三十七番の最期も覚えている。忘れぬまま、消えると思っていた。

 まさか、終着点がここだとは。惜しいと言えば、それだけだった。

 

「こいつは掘り出しもんニャ……!」

 

 幸か不幸か、十三番はまたしても適合してしまったらしい。

 千切れた翼と異形の光輪。尾骨の先に細長い尾。両耳は機械に置き換えられ、右眼の色も変化している。

 鏡の中には、天使とも人類とも言えぬ存在が映っていた。

 

「さぁ、さっそくコレに乗ってみるニャ」

 

 眼前には、ヒトガタの鎧があった。魔導人機という兵器らしい。

 言われるがまま中に入ると、瞬時に十三番の権能が拡張された。

 炉に火が灯り、遥か遠くのモノが視え、遥か遠くで天使の【念話(テレパシー)】が聞こえてきた。

 

「は、え……? はぐっ……!?」

 

 次の瞬間、十三番は情報の洪水に押し流された。

 施設内から嘆きが聞こえる。助けを呼ぶ声。血が流れ、痛みに喘ぎ、喉を切った誰かが死んだ。一瞬の出来事だった。その間に、十三番は幾度もの死を追体験した。

 死ぬ、死んだ。捻じれて、踏まれて、自分で眼球を取り出して。内臓が並ぶ。保存されてる。まだ生きてる。生かされてる。今、空で誰かがこっちを視た……! 六枚の翼の、誰……!?

 際限なく膨張する意識の中、十三番は……。

 

『君、大丈夫? 聞こえてる……?』

 

 優しい声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 怪物の生まれた地。

 

 同島、戦いの初手は、極天による殲滅光線の乱射だった。

 背の輪を起点に四方八方へ広がる光線は、島の深淵にいる全ての生物に向けて放たれた。それはまるで、ひと塊になった弓兵隊による一斉掃射のようだった。

 これを、イシグロの一党は各々冷静に回避した。頭目は剣で切り払い、前衛組は軽業師めいた体捌きで避け、後衛組は障壁を張って防御。巻き添えを食らった魔物の装甲には傷一つとして付いていない。

 暗黒の空間に闘志が満ちる。戦の始まりだ。

 

 獲物の変化に反応し、四方の獣が動き出す。東西南北四種四獣、四足二足と種々様々な魔物はしかし、全種まとめて同一の命令を実行した。

 即ち、皆殺しである。並みの銀細工一党であれば、一匹相手が関の山。その数四なら何をかいわんや。

 だが、黒剣一党は、並みの一党などでは断じてない。

 

「ラァアアアアッ!」

 

 グォオオオオン! 腹に響くような重低音を伴い、硬質の獣が弾き飛ばされた。グーラによる、フルスイング攻撃である。

 他方、小さな奴隷達は恐れる事無く未知の魔物に相対していた。初見未履修の魔物でも、その動きに惑いはない。この為にこそ、幾多の主を屠ってきたのだ。

 

「はぁッ!」

 

 地に足つけた戦を眼下に、宙においても激しい攻防が繰り広げられていた。

 幾閃。過剰な花火のように吹き上がる光弾を、イシグロは右手の剣で斬り裂いた。その足捌きは軽快で、巧みに配した足場を蹴っては縦横無尽に空を駆ける。

 眩い弾幕の隙間を縫う、縫う、縫う。この空間では、一定以上遠ざかれない。接近する魔剣士を照準しながら、白銀の鎧は何とか彼の剣域を逃れていた。

 

「では! コレがコレでこうなんで! 拙者そろそろドロンするでござる! さらば!」

 

 そんな中、部屋の中心でいきなり煙が立ち上った。斥候役の森人忍者が逃亡しようというのである。

 受けた命令は殲滅である。思考より先に忍者を撃とうとした極天の前に、黒髪の剣士が割り込んだ。右手の剣で弾を切る。

 その左手には、謎の球体が握られていた。

 

「用意がある。無策で来た訳じゃない……!」

 

 軽く握り込まれると、ソレは青白い粒子に変じて空間内に放散した。

 瞬間、極天の動きが停止する。鎧の中、目を見開く十三番。機能は問題ない。核も装甲も損傷なし。

 あの声が、聞こえなくなった。

 

「今ので【念話(テレパシー)】は封じた! 会話を聞かれる心配はない! どうか、君の事情を話してほしい!」

 

 イシグロの要請に、十三番は光弾の乱射で応じた。

 身を翻し、杖を持ち直して舞い上がるイシグロ。追いすがる光弾が頑丈な天井に傷をつけ、ぱらぱらと石片を落としていった。

 

「頼む、聞いてくれ! 声を出せないのか!? それとも耳が不自由なのか!? ジェスチャーでもいい! とにかく、君の意思を!」

 

 我知らず歯を食いしばった十三番は、【念力(サイコキネシス)】を使ってイシグロを握りつぶそうとした。

 数にして二、大きさにして巨人族以上。音もなく伸びる不可視の手が、宙を駆けるイシグロに迫る。しかし、彼は念の腕が見えているかのように避けていた。

 声が断たれている。苛立ちが募る。権能を絞り、念力腕の数を増やす。それでもイシグロにはその全てが通じなかった。

 

「前! 淫魔王国で、君の声を受け取った! 救難信号! 助けて欲しいんじゃないのか! 言葉にしてくれないと、正しく助けられない! このままじゃ、エゴを押し通してしまう事になる! お互い不本意なはずだ!」

 

 念を消し、光の波を押し付ける。当たらない、当たらない。無意識に記憶が遡る。淫魔王国、救援……あの時?

 届いていた、届いていたのだ。十三番はほんの僅かに殺意を収め、即座に光輪の回転を加速させた。だとしても、的外れだ。

 格納空間から巨大な鞭を取り出し、振るう。それは光の束を形成した。最大出力、怒りのままに振り回す。異常成長した植物のように、死を呼ぶ光糸がイシグロを襲う。

 

「絶対! 必ず助ける! 何の根拠もないけど信じてほしい! 俺に、君の心を助けさせてくれ!」

 

 植えた蛇のように追いかけてくる光蔦を避けながら、なおもイシグロは声を上げていた。

 精彩を欠いた狙い。視線が、殺意が、適合者の意思が揺れているのだ。それは、心が定まっていない証左だった。

 

「契約魔術か! 身体に爆弾が入ってるのか!? 家族が人質にされている!? それとも……!」

「うるさい……!」

 

 ごくごく小さな呟きを、咄嗟に口を噤んだイシグロは聞き逃さなかった。

 光の蔦が消失する。次いで滅多矢鱈の弾幕が放たれた。直撃する光弾だけを斬り、イシグロは鎧の奥に耳を傾ける。

 一歩、二歩、堅実な間合いで近づく剣士を前に、少女は反射で腕を振り上げていた。剣の間合い、奴がその気なら斬られている。身に沁みついた戦闘思考が飛んでいた。

 

「もう! ほっといて!」

 

 ギィイイイイイン!

 あまりにも、鮮やかな剣技だった。灼熱を纏った拳は、剣のひと振りで受け流された。返す刀が、絶死の鞭を斬り飛ばす。

 魔導人機を見る彼の瞳に、必死に抑えている激情――狂おしい程の憂いが在った。

 

「それは了承できない……!」

「なんで……!」

 

 空中で姿勢を崩した極天は、大きな隙を自覚せぬままにもう一度拳を振り上げた。

 再度、純粋剣技で防がれる。明確に過ぎる好機だというのに、剣士の眼はじっと鎧の奥を見据えていた。

 

「君は本心を隠している……! いや本当なのは一割で、何とかして欲しいのは人質の方か! その上、契約で縛られている! 助けてほしいのには順序があって、最初は君じゃなく……!」

「思考読まないで!」

 

 転移するも、何故かイシグロに先回りされていた。

 全て、分かっていると言わんばかりに。

 

「誰を助けて欲しい!? 人質は何処にいる! 言ってくれ! 助ける用意がある! 俺達だけじゃない、こっちにはクソ強い戦士が二人もいるんだ! 怖い奴がいるなら、そいつをぶっ飛ばす! だから……!」

「無理だよ! そ、それに……!」

 

 十三番の脳裏に、過去の情景が蘇る。

 楽園の子供達。黒い猫又。偉大なる父(ゴッド・ファーザー)

 約束した。契約を結んだのだ。

 せめて、魂だけでも……。

 

「わたしは! 救われたいなんて思ってない……!」

 

 その瞳から、枯れたはずの涙がこぼれ落ちた。

 

「そうか……なら!」

 

 剣を握り、構え直す。

 銀細工にして、ロリコンという名の紳士――石黒力隆、この男が。

 その雫を、見逃す訳はなかった。

 

「俺が君の全部を受け止める……!」

 

 一に見。二に地。三に心。

 すべて整った。

 

 第二魔剣――開帳。




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 本作世界に神の概念はないので「グレイテスト・ファーザー」あたりにでもしようと思ったのですが、なんか口当たりが悪かったので止めました。
 なので、このゴッドには特に深い意味はありません。
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