【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の励みになっております。
 誤字報告感謝です。ありがとナス!
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称です。
 よろしくお願いします。


天使達が墜ちる時(下)

 聖女ジュスティーヌに曰く、妄りに殺生を繰り返すと心が穢れてしまうらしい。

 それが本当の事なら、とうの昔に自分は穢れきっている。それくらいの罪を犯してきた。

 罪には罰が必要ならば、死ほどに容易い刑はない。

 

 綺麗に過ぎる魂を視ると、尚のこと思い知る。

 

 

 

 楽園を追放された十三番は、幸か不幸か猫又が施した改造の全てに適合してしまった。

 希少な魔眼。超知覚。竜族特性。そして、魔導人機との接続機器。

 それによって、十三番は天使とも人類とも異なる生物に成り果てた。

 

「安心するニャ。あたしの方針は教育重視だから、お前の事はじっくり育ててやるニャ~」

 

 楽園ではない何処か。十三番しかいない暗闇の空間で、彼女は多くの時間を冷たい水槽の中で過ごした。

 洗礼槽に似たガラスの筒には、聖水よりも淀んだ液体が満たされていた。

 

「さぁて楽しい楽しい実験の始まりニャ。さっそくコレを燃やしてみるニャ」

「はい……」

 

 時折目覚めさせられては、言われるがまま異能や権能を行使する。

 最も多く行ったのは、檻から出された謎の生物を消滅させるという検証実験だった。

 むき出しになった内臓に、歪な目や口が付いた肉の塊。生理的嫌悪感を催すソレ等は、生き物を感知するとのろのろと近づいてきて、それから各々の器官を使って攻撃してくる。

 

「出力制限、【念炎(パイロキネシス)】」

 

 肉塊に向かって権能を使う事に、躊躇いはなかった。

 命令通りに燃やし、命令通りに捻じ切り、命令通りに消滅させた。

 

「実験は大成功ニャ。じゃ、次は光力だけで殺してみるニャ」

 

 饒舌な猫又曰く、この肉塊は魔物の出来損ないであるという。

 戦の書によると、魔物は地上に蔓延る穢れの塊らしい。穢れに成功も失敗もあるんだろうか。何にせよ、今となっては件の記述も怪しいものだ。

 

 十三番はただ、無心で肉塊を葬った。

 実験の日は、断末魔の悲鳴が耳から離れなかった。

 

「おはよう十三番。今日は魔導人機の日ニャよ。お前用に調整したから、今日こそ歩けるようになってるはずニャ」

 

 性能の検証の他に、魔導人機に乗る実験も行った。

 最初は搭乗する度に死を意識する程の苦痛を感じていたが、調整が進むと死や苦痛は徐々に薄れてきた。

 それどころか、密やかな楽しみになっていた。

 

『あっ、繋がりました。皆、十三番ちゃんが帰ってきましたよ』

『おかえり、十三番ちゃん』

「ん、えっと……」

『前に教えたでしょう? ただいまって返すのよ』

「うん、ただいま……」

『わぁ、ちゃんと言えたの偉いねー』

「うん、生きてた……。ねぇ、何かお話して?」

 

 声の主は、三人の天使だった。

 聖輪郷から、十三番の発信を感じ取って【念話(テレパシー)】を送ってくれているのである。

 彼女達とのお話は、猫又には感知できないよう隠れて行っていた。

 

『今ね、私の部屋に可愛い鳥さんがいるんです。羽の青い小鳥さんで、たまに私の手に乗ってきてくれるんですよ』

 

 丁寧な言葉遣いで話すのは、最年長のファル。

 死に瀕していた十三番を救い、十三番に家族という言葉を教えてくれた。

 

『あら、誰が連れてきてくれたのかしら?』

 

 いつもクールでしっかりしているのは、次女ポジションのリン。

 家族の中では最も頭が良く、十三番に勉強を教えてくれている。

 

『いいなぁ、ウチのとこにも欲しいかも。ねぇ、それ何ていう鳥?』

 

 明るい声で会話を回すのは、十三番と最も歳が近いナッテ。

 彼女の快活さに、十三番は助けられている。

 

「鳥って、何……?」

『あ、そっか。十三番ちゃんは見た事ないんですもんね』

『鳥は全身を羽毛で覆われた有翼動物の事よ』

『ファル姉の言ってる小さいのはね。目がクリクリしててね、すっごく可愛いの』

「天使族とは何が違うの?」

『あ、えーっと? 何て説明すればいいんだろ?』

『んー、できれば転写して見せてあげたいんですけど……』

『流石に感知されるでしょうね』

 

 魔導人機に乗ると、【念話(テレパシー)】の範囲が広がって、聖輪郷にいる家族とお話ができる。

 不思議な事に、三人と話すと心のもやもやが晴れていく。

 睡眠と殺戮を繰り返す日常において、家族との時間は唯一の癒やしだった。

 

『それにしても久しぶりだよね。いつぶりだっけ?』

『一度冬が過ぎたようだから、一年ぶりね』

「冬……?」

『そこからじゃ見えないんでしたっけ』

『冬というのは……』

 

 世間話だけではなく、三人には色んな事を教わった。

 楽園で習ったモノとは異なる歴史や、天使以外の種族。外の世界について等。

 最も驚いたのは、何やら他の生き物は食料というモノを取り込んで生きるらしい事だった。それは天使にも可能らしく、三人にはそれぞれ好みの味が存在するようだ。

 

「へえ……」

 

 家族は、十三番に外への興味を芽生えさせようとしているようだった。

 けれども、当の彼女からすると、それは抱くだけ虚しい事のように思えていた。

 十三番にとっては、家族だけが生きる意味なのだから。

 

「くぅ~、この時を待ってたニャ! 行ってくるニャ、十三番! 極天、発進!」

 

 幾度の眠りを繰り返して、しばらく。

 全ての検証を終えた十三番には、魔導人機に乗って外に出る機会が与えられた。

 特定の場所に移動し、特定の対象を撃破する。これを、猫又は任務と称していた。

 初めて飛んだ本物の空は、極天の装甲越しに十三番の心を躍らせていた。

 

「風と、地面と、アレが太陽で、青い空……。す、すごい……!」

『綺麗でしょう? 初めて見るのですよね』

『とはいえ、くれぐれも落ちないよう気を付けなさい』

『十三番ちゃんはそんなヘマしないって。普通にウチ等より上手いんだし』

 

 話で聞いた通り、外の世界は知らないモノでいっぱいだった。

 任務予定地までの移動中、十三番は美しい世界を見て過ごしていた。

 初めて触れた花は、不思議な匂いがした。

 

「着いたニャ。十三番、予定より遅れてるからさっさと始末するニャ」

 

 しかし、抱きかけた希望は、一瞬にして砕け散った。

 

「で、でもアレは人類……。殺したら、いけないって……」

 

 任務の内容は把握していた。特定の場所で、特定の対象を撃破する。いつもと同じ、肉塊の始末だと思っていた。しかし、違っていた。

 虚飾に塗れた教育とて、幼い心の奥には杭のように突き刺さる。人類を傷つけるのはよくない事。そう習ったし、生まれつき植え付けられた善性もそのように感じていた。

 

 殺害対象は、翼も光輪もない種族――人間だった。

 家族に教えてもらった天使以外の人類。

 殺しちゃいけない、そのはずである。

 

「え? あ、そっか。あんまり従順だったから、こっちの躾はまだだったニャ。ほい、ポチっとな」

「うぐ……嫌ぁあッ!? 痛い! いだっ、ぎゃあああああッ!?」

 

 躊躇いを見せた瞬間、猫又は躾用の呪術を起動した。

 奴隷契約を応用したおしおき。十三番の耐性を貫通し、痛みだけが与えられる。

 それは、十三番に生まれつき刻まれた術式だった。

 

『き、来ますよ十三番ちゃん! とにかく身を守って!』

『このままだと殺されるわよ!』

『お願い、戦って!』

 

 殺したくない。殺さないと殺される。

 痛みに喘いでいる中、対象の人間が襲ってきた。勢いの乗った剣が装甲に当たり、あまりに呆気なく弾き返した。

 僅かな衝撃、明確な敵意。これを受けた十三番は……。

 

「うわぁああああ!」

 

 結局、躊躇ったのは少しの間だけで、一度決めたらすぐに片が付いた。

 技術も何もない、性能任せの蹂躙。冷たい鉄の中、十三番は光を失った目をして、人間だったものの残骸を眺めていた。

 

「やっぱ天使族って甘いニャ~。こりゃ調教が大変ニャ」

 

 魔導人機を通し、猫又の声が遠く聞こえる。

 冬とは、こういう季節なのかもしれない。

 

『大丈夫、十三番ちゃんは何も悪い事はしてませんよ』

「うん……」

 

 それからも、十三番は殺し続けた。

 施設の肉塊。見ず知らずの兵士。凄く強かった戦士の集団。

 時に、平和な森人の村へ特異個体の魔物を誘導した事もある。親の首が飛び、泣き叫ぶ子供を見て、十三番は自身が引き起こした惨状から目を逸らす事ができなかった。

 

「ねぇ……」

『なに……?』

「……この世界に、綺麗な場所なんて在るのかな」

 

 一般的な天使族は、生まれつき善良な性質を持っている。

 こと楽園生まれの天使は、そのように調整される。

 

「わたしがそうさせてる。なら、この世界は、わたしが居ない方が綺麗なんだと思う……」

 

 十三番は、生まれ持っての善性を有し、他者の幸福をこそ尊重する。

 虐殺など、悪の最たるものだった。

 

『それでも、貴女には生きててほしいんです。辛いですよね、ごめんなさい……』

 

 優しい家族は、そう言って慰めてくれる。

 罪悪感が十三番を苛み、家族はそれを退けていた。

 

「じゃ、今日も任せたニャ」

 

 極天の性能は圧倒的だった。

 殲滅戦を本領とする極天だが、どんな戦場も性能のゴリ押しで何とでもなってしまう。

 殺戮を重ねる度、十三番はより苛烈な戦場へと送られていった。

 

「今回、殺り方に指定はないニャ。できるだけ早く、痕跡を残さずに撃破するニャ」

 

 ある日、十三番に魔物討伐の任務が命じられた。

 いつも通りに会敵してみると、それは見たことないタイプの魔物だった。

 ヒトガタで、翼が生えていて、これまで戦ったどの敵よりも強い力を宿していた。

 

『十三番ちゃん、こいつめちゃ強いよ』

「分かってる……」

 

 事前情報通り、そいつは桁違いに強力だった。

 光力による攻撃は吸収されるし、異常な程の生命力を持っている。並みの権能では、傷一つ付けられない。

 結局、極天の不得意な接近戦で戦う事となった。

 

「やぁああああああッ!」

 

 徐々に激しさを増す戦闘の中、我知らず十三番の口角は上がっていた。

 珍しく、今回の任務が正義のある戦いだったからだ。こいつを逃がすと周辺地域に被害が出る。だから、強い自分が戦っている。そう思えば、身も心も軽くなった。

 十三番の知らぬ事だが、それもまた楽園の天使に備わった性質だった。

 

『いや、待ってください! この子は……!?』

 

 ファルの制止を聞かず、十三番は衝動のまま魔物に会心の一撃(クリティカル)を加えた。

 肉を抉り、核をつかみ取った感触。腕を引き抜くと、肉の筋を引いて魔物の核が引きずり出された。

 逡巡もなく、握りつぶす。多量の鮮血が飛び散り、極天の装甲を汚した。鋼鉄の腕を伝い、ぽたぽたと体液が墜ちていく。やがて魔物は徐々に粒子に還っていった。

 そして、掌の中に、ソレが見えた。

 

「……え?」

 

 極天の指に、細い糸が絡まっている。

 純白の羽が舞い散って、聖なる光が弾けて消えた。

 ことりと、掌から滑り落ちたのは、見覚えのある顔だった。

 

「九番、ちゃん……?」

 

 彼女は、感情の浮き沈みが激しい子だった。

 楽園の中で、唯一外の世界に興味を持っていた。洗礼を怖がる子を慰め、一緒に涙を流していた。とても、優しい子だった。

 最後の洗礼でいなくなった……十三番の友達だ。

 

「あ~ぁ、見られちゃったニャ」

 

 放置しておくと、被害が出た。

 本気で戦わないと、十三番が殺されていた。

 それでも、彼女は友達だった。

 

『十三番ちゃん! これ以上考えちゃダメ! 一旦落ち着いて、お話をしましょう?』

『そうよ。責められるべきは貴女じゃないわ』

『仕方ないんだよ。これはもう、どうしようもなかったんだって……!』

 

 改造された心臓が五月蠅い。

 移植された魔眼が暴走している。

 引き千切られた翼が、痛くて痛くて仕方がなかった。

 

「この際だからぶっちゃけるとニャ。今までお前が焼いてた廃棄品、ぜ~んぶ実験の失敗作なのニャ。覚えてないけど、楽園から下ろしてきた天使もいたニャよ。これを知るのはちょっと早かったかニャ?」

 

 十三番の犯した罪とは、何だろうか。

 罪に相応な罰とは、何だろうか。

 思うに、それは、凡そヒトが考え得る刑では足りないはずだ。

 

「とりまこの経験も糧にしちゃって、どんどん強くなってくニャ。まぁ気にすんニャ。くれぐれも病まないように」

 

 皆の名を、皆の笑顔を、皆の生きた証を。

 忘れた事など、なかったのだ。

 

「あたしはお前に生きてて欲しいからニャ♡」

 

 生命は、本能によって死を遠ざける。

 事実、十三番は死にたい訳ではなかった。

 けれども、これ以上生きたくなかった。

 生きるべきではないと、結論を出していた。

 

 その日以降、十三番は塞ぎ込む事となった。

 アレだけ楽しみにしていた家族との交信も、聞き流すに任せていた。

 心を凍らせる事こそ、彼女の生存戦術なのである。

 

『あのね、十三番ちゃん、聞いて欲しい事があるんです』

『話し合ってたんだけどね。貴女には、どんな感情であれ生きる意思が必要だと思うから……』

『ウチ等の正体を教えてあげる』

 

 そんな十三番に、家族は語り聞かせた。

 自分達もまた、楽園生まれの天使で、最後の洗礼を受けた存在なのだと。

 あの後、偉大なる父と呼ばれる存在に見初められ、今どのような状況にあるか。

 楽園の天使達について。十三番の出生について。遠からず訪れる、自分達の終わりについて。

 

『私達にとって、貴女は希望なんです』

『代わりに幸せになってほしい。間違いなくエゴなのだけど……』

『ごめんね押し付けちゃって。ウチ等も、貴女の存在に甘えてたの』

 

 十三番は、自分の事をこの世界の誰よりも罪深い罪人だと思っている。

 そんな十三番をして、家族の語る偉大なる父(ゴッド・ファーザー)――熾天使パレエスは、自分以下の大罪人に思えた。

 幼心に、吐き気がするほど。

 

「……わかった」

 

 十三番は、植え付けられた善性を持って生まれてきた。

 歪んだ教育を受け、数多の屍を踏みつけ、今こうして生きている。

 それでも、家族の望みだけでも叶えようと思った。

 

 十三番という少女は、自分の為ではなく他者の為にこそ強くなれる。

 紛れもなく、彼女は天使だった。

 

 

 

 そう、誓った矢先だった。

 

「お前、誰と話してるニャ?」

 

 こうして、十三番の魂には、何人も触れ得ざる枷がはめられたのである。

 

 だからこそ、願いは一つ。

 愛する家族の、鎮魂である。

 

 

 

 

 

 

 最小限の予備動作。瞬きの間、イシグロは右手の剣を極天に向かって投擲した。

 ここにきて、初めて攻撃らしい攻撃である。極天を駆る十三番は、反射的に転移を使って回避した。

 一瞬の浮遊感の直後、軽い衝撃。極天の装甲の隙間に、謎の杭が突き刺さっていた。何故かと考え、まさかと思い至る。転移先を読まれたのか?

 

「皆、アレをやるぞ!」

 

 頭目の指示に応じ、眼下の奴隷が気炎を上げた。

 見れば、いつの間にか四頭の魔物が全滅していた。おかしい、アレ等はイシグロの一党を撃破する為に調整されていたはずだ。

 

「ちっ……」

 

 無自覚の舌打ち。ともかく、五対一だ。この狭い空間では、極天の性能を発揮できない。一度体勢を整えるべきだろう。

 不安定な精神状態の十三番は、異境を出るべく【瞬間転移(テレポート)】の権能を行使しようとした。

 自身の状態に気を配る余裕はなかった。

 

「ぐっ! え、なんで……!?」

 

 しかし、上手く発動しなかった。

 困惑、確信。転移阻害である。隙間に刺さった杭が原因か。杭を握るが、引き抜けない。生じた隙を見逃さず、イシグロは刀を抜いて迫って来た。

 即座に生成した障壁を、イシグロの刀が撫でるように【切り抜け】る。線の火花が激しく散るが、あまりに軽く殺意がない。

 反撃の権能を行使しようとして、十三番の脳裏に魔力感覚が迸る。あえて障壁にぶつけるように攻撃魔法が迫って来た。

 

「あら、以前より丈夫なのね」

 

 射手は銀竜だった。魔法を防御している間に、二つの刃が迫る。上に鎌、後ろにイシグロ。

 十三番は障壁を切り、新たに全身を覆うバリアを生成した。防御成功、魔法も刃も通さない。周囲を確認する。黒獣と狐人はどこへ行った?

 現実から逃げるように、十三番の戦闘思考が回転する。格納空間から巨大な弩を取り出し、極天の光力纜(ケーブル)に接続した。これをぶっ放して、外に出るしかない。

 

「やっぱり陽の壁じゃよな! 陰極術式、【影泥】!」

 

 次の瞬間、シールドに黒い泥が着弾し、光を侵すようにして球形の壁を剝ぎ取った。

 驚愕している暇もない。待ってましたとばかりに攻撃してくるイシグロ達。チャージ中、弩を守るように回避。ちょろちょろ動く淫魔が状態異常を付与してくるが、極天の性能で耐え抜いた。

 全員、厄介なこと極まりない。中でも警戒すべきはイシグロである。牽制に光弾を射出するが、その全てを避けられる。さっきまでと違い、最短距離で近づいてくるのだ。「助ける」と言ったこちらを攻撃する為に。

 この胸のモヤモヤは、裏切られた気持ちというやつなんだろうか。そう思ってしまう自分にこそ腹が立つ。鋭い白刃が迫り、ガードに上げた腕の装甲を斬り取られた。

 

「くぅうううう……!」

 

 人機一体。痛覚を共有する十三番と極天だが、斬られた際に痛みはなかった。ただ、薄皮一枚剥がされた感覚。チャージ完了まで、あと少し。

 

「はぁああああ!」

 

 背後、咄嗟に張った障壁に大剣が直撃。重みはない、剣を手放している。黒獣の少女は、潜り込むように宙を踏み締め、轟雷を蹴って極天の手に組み付いてきた。

 まるでカリスマアイドルと強火ファンの握手のように、がっしりと手を握り合う。やがてベキベキと握撃が加えられ、極天の左手が粉砕された。こっちはめちゃくちゃ痛かった。

 十三番は痛みに顔をしかめつつ、至近距離で光刃を射出。黒獣の少女はあっさり身を引いた。精密な手指は修復に時間がかかる。

 だが、これで終わりだった。

 

「拙い! 皆、逃げろ!」

 

 爆発のような光条。天を突くように構えた弩から、光柱が聳え立った。その先端が施設の岩壁を掘削し、異境の壁を純粋エネルギーで砕いていく。

 捻じれ狂う異境。激しく揺れる施設。崩れ落ちる天井に開いた穴に、十三番は迷わず身を躍らせた。

 

 崩れ往く大穴の先、眩い程の青空が見える。ここを抜ければ、ウェルン島の外に出る。

 十三番は後ろを振り返ろうとして、止めた。外に出ると、近くに居た鳥が逃げて行った。

 

 上昇し、島全体を見下ろした。再度、弩に光力を充填する。島ごと破壊して、イシグロ達を殺すのだ。

 本当にいいのだろうか? 過った疑問を、十三番は頭を振って否定した。

 

『……える? なに……おし、しま……』

 

 脳裏に響く切羽詰まった家族の声。だがその声は途切れ途切れで、未だ上手く繋がっていなかった。

 イシグロは顔も見た事のない十三番を助けると言っていた。人質――家族も助けると、よく分かってもいないくせに宣言した。意味不明過ぎて気持ち悪い。

 ここで死ぬようなら、それまでなのだ。十三番は弩の引き金を引き、最大出力の光条を放った。

 島を壊して余りある威力。大穴目掛けて放たれた光は、狙い違わず島に迫って……。

 

 ギィイイイイイイン!

 

 大穴を抜け出たイシグロが、大空に向け光の奔流を【受け流し】た。

 一瞬、呆気に取られた。え? 銀細工の剣士って、そんな事もできるの?

 

「グーラ!」

「思いっきり行きますよ! おりゃあああああ!」

 

 イシグロの背後の一党員、その中の一人がイシグロの足を掴んで主人たる男をぶん投げた。

 剛速球ならぬ剛速男。空対空投擲弾と化したイシグロは、硬直する極天に向かってカッ飛んで来た。教科書に書かれていない飛行法だった。

 

「狭いとやりづらいのは!」

 

 慌てて対処しようとする十三番だが、一歩も二歩も遅かった。イシグロは更に【飛翔】し加速。極天の懐に飛び込んだ。

 

「こっちも同じだ!」

 

 ズバァアアアアン!

 雷のように通り過ぎたイシグロは、迎撃に構えた光力弩を真っ二つに斬り裂いた。

 

「くっ、装甲が! 重い……!」

 

 二撃目、背後に回ったイシグロが極天の背部装甲の隙間を切りつける。これも痛みはなかった。

 未だ転移は使えない。とにかく距離を離さねば。至近距離、狙いもつけず、光輪から殲滅光線を乱射。

 密度の高い光線群を前に、イシグロは必要最低限の剣技で以て捌き切った。かと思えば、【降下】や【飛翔】をして常に死角を取ってくる。

 

 十三番の知らぬこと、これぞまさしく第二の魔剣。

 杖と剣による高速かく乱技。技の根っこを【朱鷺流れ】と同じくする攻めの姿勢。けれどもこれは片手の剣技。足りない火力は、仲間が補い型と成す。

 

「うぉおおおおおおおおッ!」

 

 名を、【超級炉神破斬】。

 大切じゃないロリなど居ない。

 

「ラザニア! もっと飛ばすッスぅううう!」

「ここだと好きに撃てるわね。墜ちよ(・・・)……!」

「ご主人様、援護します!」

「障壁破りなら任せるのじゃ!」

 

 イシグロに手こずっている間に、彼の仲間がやって来た。

 頭目の宣言通り、その動きは先よりも自由だった。

 縦横無尽に動くイシグロは、常に死角に回ってくる。竜族を放置すると、さっきまで自重していたらしい大規模魔法を撃ってくる。残る三人は大きな角の鹿に乗り、付かず離れずの距離で嫌がらせのような攻撃を仕掛けてきた。

 防戦一方だ。反撃をする機会が無い。

 

「君が罪を背負っているのは分かった! 罪悪感に押しつぶされそうなんだな! 人質もいる! 安易に助けを呼ぶと、その人まで巻き込むと思ってるから素直に救いを求められない! 違うか!?」

 

 剣戟の最中、イシグロはなおも説得を続けてきた。

 鋭い剣が擦過する度、彼の異常な洞察力が冴えている。思考盗聴の異能でも持っているのか。耳を塞ぎたいのに、埋め込まれた超知覚がそれを許さない。

 彼の言葉が、いちいち頭にくる。

 

「そんなんじゃない! 私なんか!」

「なんかじゃない!」

 

 その時、何故か楽園での記憶を思い出した。

 熾天使パレエスの言葉。十三番を見下ろして、「醜い」と言い捨てた。

 イシグロも男だ。男なら、同じ事を言う。今の身体を見たら、余計に。

 それに、十三番の罪を知ったなら、良い人ほどに疎んじるのだ。そうに違いない。受け入れられるはずがない。

 

「その罪、俺にも背負わせてくれ! 信用できないのは分かる! 迷惑かけたくないって感情も理解できる! けど、俺なら大丈夫だ! 君を救えるなら、何だって……!」

「何も知らないくせに! いい加減な事を!」

「だから教えてくれって言ってるんだ!」

「あぁああああああッ!」

 

 ダン! 一瞬の隙を突かれ、極天の背中にイシグロが組み付いた。

 魔導人機の背後、逆手に握った剣が鈍く光る。何かを剥ぎ取るような動作だった。

 

「確認済みだ! その鎧に、連鎖する呪いはない!」

「何を……!?」

 

 咄嗟に振り払おうとした寸前、極天の内部機構に甚大なダメージ。魔導人機の全動力に異常が発生した。

 機体の状況を確認する。開けた隙間にほんのひと刺し。核に傷をつけられた。

 爆発させず、適合者を傷つけず、イシグロは古の破壊兵器を無力化したのである。

 

「最初に言った。その呪縛を解くって。一緒に墜ちよう」

 

 接続が途切れる。光力も魔力も通らない。飛行能力が減衰していき、重なったヒトガタが徐々に落下していった。

 

「どうすれば、どうすればいいの……!」

 

 直下、ウェルン島の大地が見える。近づいてくる。飛ばないと、しかし反応しない。せめて身を守る障壁を。

 激しい揺れ。鎧の中で何度も天地が逆転する。長く深い溝を作り、古代の兵器は不時着した。

 

「ぐぅ……! 動け、動け! 嘘でしょ、そんなこの程度のダメージで……!?」

 

 何度も接続し直し、機体に呼び掛けるも、極天は何の応答もしなかった。

 網膜に投影された視界に、イシグロとその一党が映った。

 皆、此方を見ている。

 

『十三番ちゃん、大丈夫!?』

 

 その時、これまで阻害されていた【念話】が繋がった。

 家族の声。魔導人機を介した猫又とは繋がっていない状態。縋りつくように、十三番は不安定な感情を吐き出した。

 

「大丈夫! 生きてる! け、けどどうすればいいの! このままじゃ! わたしも、皆も!」

 

 イシグロは、剣を納めてじっと此方を見ていた。

 自らの意思で、魔導人機から十三番が出る事を待っているかのように。

 

「や、やだぁ……!」

 

 十三番は顔を隠し、きつく瞼を閉じた。

 敗北してしまった衝撃と、罪悪感による視野狭窄。イシグロに頼ろうにも、他人を巻き込みたくないという善性が彼女の思考を停止させていた。

 

『アレがイシグロさん? すごい、極天倒しちゃったんですね』

『……ねぇ、そろそろいいんじゃない?』

『うん、もう彼しかないと思う。ウチ等、悪い天使だね』

 

 何故か、十三番の家族は落ち着いていた。

 ややあって、イシグロが口を開く。

 

「……分かってくれたと思う。少なくとも、俺達は君よりも強い。後ろには、もっと強い人がいる。銀竜剣豪ヴィーカ、知ってる? あの人がいるんだよ。敵対する事も承知の上でここに居るんだ。必ず助ける。だからどうか、そこから出てきてほしい」

 

 そう言われても、十三番の心には響かなかった。

 そういう風に作られて、そういう風に育てられた。どだい自分を可愛がれない。

 だが、彼女の家族には届いていた。

 

『十三番ちゃん。ごめん、ちょっと乱暴な事するね』

「え? きゃ……!?」

 

 突然だった。極天の兜が弾け飛び、魔導人機の中から十三番の小さな身体が吐き出された。

 土がむき出しになった地面に、ぺたんと尻もちをつく十三番。見上げた先には、各々驚愕するイシグロ達がいた。

 

 目が、合った。

 

 見られてしまった。この醜い身体を。

 滅茶苦茶に改造され、もはやヒトとも天使とも言えなくなった怪物を。

 人類の罪を継ぎ剥ぎしたような、汚物で出来たこの肉体を。

 

 黒髪黒目の男が、あの日の熾天使と重なる。

 そして、十三番を見たイシグロは……。

 

「可愛い……」

 

 陶然と呟いて、少し顔を赤らめた。

 慌てて表情を取り繕い、真面目な顔を作ったイシグロには一切の邪気がなかった。

 彼の黒い瞳に、十三番が映る。

 

 淡い碧の髪が、太陽を浴びて光を反射する。幻想的なその輝きは、北の冬に浮かぶ極光(オーロラ)の様。

 妖気を放つ紫の魔眼。左右で色が違う瞳に、これまで一度も日光を浴びた事がないような病的に白い肌。

 千切れた翼。耳のある位置には無機質な機械。尾骨の先には、魔導人機と接続する為の細い尻尾がある。

 

 天使族というには混沌に過ぎる。

 混合魔族(キメラ)というには無機質に過ぎる。

 

 継ぎ剥ぎの怪物。

 多くの異世界人には、哀れで醜いヒトモドキに見える事だろう。

 

 しかし、イシグロからすると、ただ「可愛い」以外の感想を持てない容姿でしかなかった。

 ちょっとアンドロイドっぽい雰囲気の、ダウナー系メカ耳天使美少女。

 それ以上でも以下でもなく、すべからく守護るべき対象であった。

 

『へえ、わかってるじゃない』 

 

 感嘆するリンの声。

 家族の声を聞き、十三番はハッとなった。

 

 もし、自分が敗北したら、家族の魂はどうなるのだろうか。

 魔導人機は回収されるだろうが、十三番はどうだ。ペナルティがあって然るべきだろう。

 事ここに至っては、目の前の男に頼る他ないのではないか?

 

 けど、怖い。

 元来、こんな自分を助ける理由など、無いはずなのだ。

 その上、見ず知らずの十三番の家族をさえ……。

 

「ほ、本当に助けてくれるの……?」

「ああ」

 

 我知らず漏れた弱々しい問いに、イシグロは力強く返答した。

 

「け、けど……」

 

 それに、敵対するのは偉大なる父(ゴッド・ファーザー)だけじゃない。もしそうなったら、聖輪郷に加えて猫又の一味とその組織もイシグロを敵視するに違いない。

 あの夢魔のような存在だって、沢山いるのである。

 

 これ以上を口にするには、十三番に足りないものがあった。

 眼前の善き人達を、地獄に叩き落とす覚悟が。

 今よりさらに、悪に墜ちる覚悟がいるのだ。

 

 ひゅっと、喉の奥が震えた。

 優しい声は沈黙している。

 その時、楽園の皆の事を思い出した。

 

 飛行訓練で、飛ぶのを手伝ってあげた記憶。

 皆で集まり、勉強した記憶。

 一人一人いなくなって、最後に残った十三番は……。

 

「せ、聖輪郷の奥に、わたしの家族がいる……。約束を破ったのがバレたら、熾天使パレエスに伝わる……」

「分かった。今すぐに行くよ」

「パレエスは凄く強い。天使以外だって、敵になる。夢魔以外にも、強いのが何人もいる……」

「……そうか。でも、こっちにはヴィーカさんがいる。俺達も強い」

「殺されるよ……?」

「死なない。死なせない」

「そ、それに……!」

 

 ふいに、喉が締まった。

 罪を告白するのには、勇気がいる。十三番には、必要とされなかったもの。

 過去を想って、奮い立つ。心臓を抑え、云った。

 

「わたし、いっぱい殺したの……!」

 

 一瞬、イシグロは口を噤んだ。

 その意味が分からず、十三番は後悔した。彼は善き人なんだろう。見損なったかもしれない。こんな事、言わなければよかった。けど、どうか家族だけでも……。

 十三番とイシグロが、同時に口を開こうとした。その時だ。

 

「ボクも……!」

 

 イシグロの後ろにいた褐色肌の少女が、二人に先んじて声を発した。

 十三番を見る彼女は、悲痛な表情を浮かべていた。

 

「ぼ、ボクも、人を殺した事があります。一年前、襲撃されて、暴走状態になって……。全然、覚えていませんけど……沢山の人を」

 

 イシグロの表情に変化はない。承知して、受け入れている。

 それを知って尚、彼と彼女は一緒に居るようだった。

 

「この渡世、綺麗なままじゃあ生きられないのじゃ」

「そんなッスけど、フツーに楽しく生きる事はできるッス」

「背負い過ぎなのよ、貴女……」

 

 褐色少女に続き、イシグロの仲間達が言葉を継ぐ。

 初めて会った少女達だ。だというのに、彼女達の言葉は十三番の心に入り込んできた。

 皆、十三番並みに幼い容姿をしていた。

 

「ああ……それでもだ」

 

 ゆっくり歩み寄ってきたイシグロは、十三番と対面したまま片膝をついた。

 しっかりと、目線が合う。思えば、初めて人と同じ目線になった気がした。

 

「俺だって、綺麗な人間なんかじゃ全然ない。ていうか、世の中の殆どは善悪二元論で語られるもんじゃないはずなんだ。罪に苦しむのは分かるけど、自分を赦す心がないと、人生地獄でしかないよ」

 

 優しく、手を差し伸べられる。

 大きくて、硬そうな、頼りがいのある手だった。

 

「……頼む。君を助けさせてくれ」

 

 真摯な瞳を前に、十三番にはこれ以上吐き出せるものがなかった。

 言ってしまったのだ。これ以上、逃げられる筈がない。

 

「うぅ……!」

 

 だが、十三番は此処に来てまた日和った。

 善性、利他性、自己犠牲の精神は、時として何より頑なな呪いになる。

 その時、十三番にしか聞こえない声が、優しく彼女の中に届いた。

 

『私達の事はいいんですよ』

『それも始めからね。なんでこう、強情なのかしら……』

『前にも言ったっしょ。幸せになってほしいって』

 

 愛しい家族に、背中を押される。

 互いの幸せを祈っているから、こうもままならない事態になっているのだ。

 

 覚悟はない。決意もない。

 それでも、十三番は、自分の意思で手を伸ばした。

 

「た、たすけ……」

 

 イシグロと、手が重なった。

 瞬間である。

 

「あ~、もしもし? やっと繋がったニャ。うげ! めちゃくちゃにやられてるニャ~? お~い、応答しろ~?」

 

 向こうと繋がった魔導人機から、猫又の声が聞こえてきた。

 ついに、繋がってしまった。こうなると十三番の情報は筒抜けになる。視界こそ共有されていないが、声が届くようになったのだ。

 咄嗟に、十三番は伸ばした手を引っ込めて口を閉じた。イシグロも何かを察して沈黙する。

 

「状況を報告するニャ。負けたのかニャ? 勝ったのかニャ? いやまさか、お前がここまでやられるとは、リミッター外したはずニャんだけど……」

 

 すぐ目の前にイシグロがいる事はバレていない。

 猫又の声を聞き、十三番は恐怖に震えていた。折檻の内容を身体が覚えているのだ。

 

「だい、大丈夫……けど転移ができない」

「転移阻害? やってくれたニャ。しょうがないニャ~。そっちに影を寄越すから、ちょっとキモいけど我慢するニャ」

 

 直後だった。魔導人機を覆うように、巨大な地面から影が這い出てきた。

 やがて、それは十三番の足元まできて、ずぶずぶと彼女の身体を影の底へと引きずりこんでいった。

 

「くっ……!」

 

 半ば強引に、イシグロは十三番の手を握った。引っ張り上げようとするが、全く抵抗できなかった。

 十三番の手は、氷のように冷たかった。

 

『……準備できました?』

『もちろん、いつでもいいわよ』

『じゃあ、いくよ。そのまま、手を離しちゃダメだからね』

「え……?」

 

 訳も分からぬまま、家族の声に従う。

 瞬間、十三番を通して、巧妙に隠蔽された智天使権能が送り込まれた。

 十三番には使えない権能。それは、まさしく最上位天使の御業だった。

 

『私達の幸せは、貴女が幸せになること……』

『あなたにとって、私達が大事なように』

『ウチ等は、貴女が大事なの』

 

 せーの、という軽い声かけ。

 娘を愛する聖母達(・・・)は、娘の心を開かせた。

 母親らしく、強引に。

 

『『『【記憶転写(メモリアキネシス)】』』』

 

 楽園の天使から、天使を守護する異界の人へ。永遠のような一瞬。まるで、一人称視点の映画を観ているような。

 十三番の手を通して、彼女自身とその家族の記憶が、イシグロの魂に流れ込んできたのである。

 それは断片的で、上手く編集されていない記憶の数々。あまりにも乱暴で一方的な情報の伝達だった。

 

「え? 待って、今のは……!」

 

 やがて、十三番は影に飲まれ、消えていった。

 涙が一粒、舞い散った。

 

「ご主人……?」

 

 呆然と、残されたイシグロはその場に立ち尽くしていた。

 しばらくすると、その身体が震えだし、凍えるように自分の身を抱きしめた。

 息が荒い。瞳孔が開いている。足元が覚束ない。彼の様子は、尋常ではなかった。

 危うく倒れそうになったところを、皆に支えられた。

 

「だ、大丈夫ですか!? ご主人様、今のは……?」

「氣が乱れておるのじゃ。早く処置せんと、不調に繋がるのじゃ」

「攻撃じゃないッスよね?」

「アナタ、何かを受け取ったのね……」

「あ、あぁ……」

 

 無理やり息を整える。そうだ、自分には仲間がいる。イシグロは両足に力を籠め、強いて冷静さを取り戻した。

 その上で、溢れ出る激情を制御し切れなかった。

 

「皆、ごめん……!」

 

 絞り出すような声。

 弱々しい声音に反し、その奥底には底知れない意思力に満ちていた。

 

「すぐ、聖輪郷に行く。ひどい戦いになる……!」

 

 葛藤は後、懊悩も必要ない。

 今は何もかも戦意に変える。

 イシグロは、託されたのだから。

 

「熾天使パレエス。一刻も早く、アイツを殺さないとダメだ……!」

 

 楽園も、聖母も、十三番も。

 すべての悲劇に彼奴が関わっている。

 

 戦意でなく、使命感。

 憤怒ではなく、嫌悪感。

 

 奴のあまりの邪悪さに、イシグロは吐き気を催した。

 

 

 

 同時刻、ウェルン島の上空を、一つの凧が飛んでいた。その凧に、眼帯を外した森人忍者が掴まっている。

 類い稀なる魔眼を持つ彼女は、十三番が消えた場面を()ていた。

 

「はぁん。繋がっちゃったでござるなぁ……」

 

 満天の星空のような瞳。

 その魔眼は、この世のあらゆる粒を視る。

 正体不明の、影の行方さえも。

 

「ばっちり、()えたでござるよ……」

 

 一度視えれば、追うのは容易い。

 リンジュ忍者の本領発揮である。

 

 

 

 

 

 

 聖輪郷、外郭。

 

 その日は雲一つない晴天で、雲海に浮かぶトロス天原には穏やかな風が吹いていた。

 見渡す限りの草原。動物の鳴き声。いつも通りの光景だった。

 そんな中、羊飼いの天使が空を見上げた。

 

「ん? アレは?」

 

 遠くの方に、キラリと光ったモノが見えた。

 それは徐々に大きくなり、凄まじい勢いで近づいて来る。

 まるで、雲海を駆ける流星のようだった。

 

「うわ!?」

 

 かと思えば、件の流星は羊飼いのすぐ真上を通り過ぎた。ビックリした天使とは対照的に、羊たちは呑気に草を食んでいた。

 

 ほんの一瞬だけ、見えた。

 流星の正体は、翼を広げた人だった。

 

 

 

 流星の翼は音より速く飛行し、聖輪郷の中心に向かっていた。

 道中、聖輪郷の防衛装置を斬り裂き、多重光力障壁を貫き、一切の人的被害を出さずに。ひたすら真っすぐ、最短距離を。

 突然の事態に騒ぐ天使の反応を慮る事なく、流星は聖地サベイピアの門前に着()した。

 

 ドガァアアアアアン!

 

 あまりにも大きな亀裂が生じ、もうもうと砂埃が舞い上がる。

 集まってくる天使達が見守る中、ゆらりと影が立ち上がった。

 

「何者だ! 名を名乗れ!」

 

 影に向かい、美しい鎧の上位天使が誰何する。

 影は、ゆっくりと歩いてきた。

 砂埃が晴れると、最初に銀の髪が見えた。

 

「ヴィーカ様……!」

 

 狼狽える天使達。それは誰何した天使とて同様だった。

 銀竜剣豪と言えば、天使族でも大英雄である。何と言っても、聖女ジュスティーヌの仲間だった男である。当然、無下に扱える訳もない。実際ラリス王以上の賓客であった。

 英雄は、周囲の変化を気にせず聖地の入り口に近づいて行った。

 

「こ、これはヴィーカ様、聖輪郷には何用でしょうか?」

 

 無造作に近づいてくるヴィーカに、先の天使が問うた。

 彼は歩みを止めずに、一言。

 

「ジュスティーヌの墓参りだ……」

 

 言葉の内容に反し、その手には剣が握られていた。

 銀竜剣豪の瞳に、底冷えするような憤怒が宿っている。

 

「……寄らば斬る」

 

 不動の熾天使は、竜の逆鱗に触れたのだ。




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