【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。とても励みになっています。
 誤字報告もありがとうございます。マジで感謝してます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、色んな奴視点です。
 よろしくお願いします。


アンホーリィ・エンジェル

 銀竜襲来と同時刻。聖地サベイピアを揺るがした轟音は、静謐なるジュスティーヌ聖墓にも届いていた。

 噴水の水面に不規則な波が立つ。小さな揺れが花々を揺らし、花弁が数枚舞い散った。けれども、その男だけは二つ名の通りに不動を保っていた。

 天に聳える墓標の前、熾天使パレエスはその日その時もジュスティーヌの墓に祈りを捧げていた。

 

「もちろん、君に似合う服を用意したよ。きっと気に入ってくれるさ。僕かい? 僕もとっておきのを着る予定さ。あぁ、そうだよ。それは見てのお楽しみかな、ふふふ……」

 

 墓標を前に陶然と言葉を紡ぐ熾天使の美貌には、柔らかな笑みが浮かんでいる。まるで母親を前にした幼子のように、純真で無垢な表情をしていた。

 実際、聖域の中にいるパレエスには、この世界の全てが祝福に満ちて見えるのである。

 

「ぱ、パレエス様! 緊急事態です!」

 

 なおも祈り続ける熾天使の背に、切羽詰まった声がかけられる。声の主は、聖域の管理を任された仮面の天使だった。

 しかし、墓標に向かい跪くパレエスの耳に、その声が届く事はなかった。

 

「こうなる事を、僕達はずっと待っていたんだからね。不安? ははっ、何を不安に思う事があるんだ。もう僕達を邪魔する者達はいないよ。大丈夫だって、君の事は僕が守ってあげるからね……」

 

 熾天使の放つ異様な雰囲気に、仮面の天使は息を飲んだ。この状態の彼に話しかけるのは拙い。だが、今回ばかりは此方を優先してもらわねばならなかった。

 この国は、彼を含めた最高位天使の承認無しには動けないのだから。

 

「失礼します。パレエス様、先ほど聖地の正門にグァ!?」

 

 仮面の天使が聖墓に足を踏み入れた瞬間、その身体は【念力(サイコキネシス)】の衝撃波によって弾き飛ばされ、勢いよく背後の壁に叩きつけられた。

 白亜の壁に大きな亀裂が生じた。一瞬気を失って地に落ちた天使の羽が折れ、真っ白な壁に真っ赤な鮮血が塗りたくられた。

 

「それじゃあ、良い子にしていておくれ。愛してるよ。ジュスティーヌ……」

 

 ややあって妄想に別れの言葉を継げたパレエスは、ゆっくり立ち上がって振り返った。その視界に、壁に背を預けて項垂れる天使が見えた。

 熾天使の眉間に皺が寄る。聖域を血で汚すなど、洗濯場程度で済む罪ではない。

 

「ぱ、パレエス様……」

「天使族の端くれともあろうものが聖域の壁を傷つけるとは、これは一体どういう了見ですか?」

「も、申し訳、ありません。どうか、お叱りは後ほど……」

「それを決めるのは貴女ではありません。今すぐ処理場に……」

「銀竜剣豪です……!」

「……何ですって?」

 

 この場にそぐわぬ名を聞き、パレエスは口を噤んで叱責を止めた。

 続きを話すよう顎をしゃくると、仮面の天使が言葉を継ぐ。

 

「先ほど、銀竜剣豪ヴィーカ様が聖地の門前にいらっしゃいました。聖墓の参拝に来たと……」

「墓参り? あの狼藉者が……?」

 

 聖輪郷の法では、聖墓の参拝には事前の手続きが必須である。

 にも拘らず、件の銀竜は何の連絡も無しにやって来たという。あろうことか、力ずくで雲や光力結界を破ったとも。

 銀竜のあまりの狼藉ぶりに、熾天使の怒りは頂点に達した。

 

「無論、守護天使達は職務を全うしているのでしょうね?」

「はい。ですが、誰一人として彼を止められていない状況です。無理に止めようとした者は、剣で打たれて気を失ってしまい……」

「あぁ、奴はそういう男でした……」

 

 千年以上前から変わらぬ銀竜に、パレエスは眩暈がする心地だった。

 思えば、最近は上手くいかない事の連続だった。端末(・・)の暴走のせいでラリス王国から警戒され始めたし、商会からの供給も遅延している。

 何より、その影響で楽園の質が落ちてしまったのだ。これは由々しき事態である。

 

「何にせよ、奴に聖墓を見られるのは拙いですね……」

 

 少し歩いて聖墓を出ると、浮ついていたパレエスの思考が現実に追いついてきた。

 銀竜の来訪。何故、今日この時にやって来た? 何か予兆などは無かったか?

 確か、少し前からラリスの王子も聖輪郷への立ち入りを申し出てきていた。それと何か関係があるだろうか?だとしたら、銀竜が来るタイミングがおかしい。足並みが揃っていないではないか。

 パレエスはその場で沈思黙考し、やがて思考の方向を切り替えた。

 

 よくよく考えてみれば、銀竜襲来も何も詮無き事ではないか。

 優先すべきは、自身と彼女の未来についてだけでいい。

 それ以外は、全てが取るに足らない事なのだから。

 

 熾天使の思考がクリアになる。

 昔から、奴は勘だけは鋭かった。銀竜剣豪が来たならば、聖墓の秘密は暴かれると見ていいだろう。

 であれば、潔く諦めて時間稼ぎに終始し、奴と鉢合わせになる事だけを避ければいい。死んでは元も子も無いのである。

 腹を括って、今すぐ次の段階に進むしかない。

 

「チッ……」

 

 無自覚な舌打ち。チクリと、パレエスの胸中に小さなトゲが刺さった。

 逃げる? 私が? パレエスの情緒が怒りに満たされ、けれども瞬時に冷却された。これは逃走ではない、勝ちに向かう進軍だ。戦って負けるとは思っていないが、万が一にも適応されては事である。

 実際、ジュスティーヌには効果がなかった。パレエスは自身を利口な男だと思っている。故に、無駄な戦闘を避けるのだ。

 

「……やるしかないですね」

 

 結局、最悪の事態に陥ってしまった。

 こうなる事も想定はしていたのだ。溜息ひとつ、パレエスは気分を切り替えて、さっそく動き出した。

 

「ん?」

 

 その時だ。地面に落ちていた連絡用魔道具に着信があった。けたたましい音と光。権能を持つ者にしか使用できない【念話(テレパシー)】の送受信機である。

 無粋なカラクリだ。パレエスは、こういった機械が心底嫌いだった。苛立ちのまま踏みつけようとしたところで、それは何かと繋がった。

 

「あー、もしもし? 聞こえるかニャ? 一応ホーコクしときたい事と、お願いがあるんニャけど~」

 

 魔道具を通して、パレエスの頭に耳障りな声が響く。

 再度、無意識に舌打ちが漏れた。地を這った仮面の天使が魔道具を拾い、跪くように捧げ持った。

 

「以前にもお伝えしましたよね? 其方から連絡をしないように、と。覚えていないのですか?」

「こっちもしたくてしてる訳じゃないニャ。けど伝えとかないとダメな事態って話」

「なら早く言いなさい」

「極天の核が壊されたニャ」

「……何ですって?」

 

 ここにきて、またも予想だにしない情報が飛び込んで来た。

 何故と問う前に、猫又女の軽薄な声が聞こえてきた。

 

「前の拠点の迎撃に出て、そんで壊されちゃったニャ。回収はできてるニャ」

「迎撃ですって? つまり、何者かが乗り込んできたという事ですか?」

「ニャ。だから、すぐに出撃はできニャいよって。あと、修理用の素材が欲しいのニャ」

「待ちなさい。極天を戦に出すなど、聞いていませんよ。貴女には事前連絡の常識がないのですか?」

「連絡すんニャって言ったのそっちニャ。それに前の子には伝えといたのニャ。第一、極天の運用はこっちに権利があるニャよ」

「私に落ち度はありません。それと、件の素体は買い戻す予定だったはず」

「もしもの時が来たらって話だったニャ。契約書にもそうあるニャよ」

「黙りなさい。アレは無事なんでしょうね」

「戦いには勝ったからニャ。てかなに、必要になった訳?」

「可能性は高くなりました」

 

 ラリスからのコンタクト。銀竜の襲来。そして、商会の拠点の一斉捜査。

 こうなると、一連の流れには繋がりがあるようにしか思えなかった。しかし、彼の国が銀竜を手懐けられるものだろうか?

 

「まさか、島に情報を残していたのですか?」

「そんなヘマする訳ないニャ。え? なんでそんな焦ってるニャ?」

「焦っていませんが、つい先ほど聖輪郷にヴィーカが現れたのです。計画を進めねば……」

「銀竜剣豪!? な、なんで……?」

「こっちが聞きたいくらいですよ」

 

 だとしても動きが早すぎる。

 そう思ったのは、熾天使も猫又も同じだった。

 

「ともかく、今すぐあの素体を寄越しなさい。価格については予定の倍をお出しします。それで構いませんね?」

「それは無理ニャ」

「何故です? 私の命令が聞けないとでも?」

 

 問い詰めると、パレエスの頭に「はぁ」と心底呆れたような溜息が響いた。

 

「サベイピアに姉さんの影を入れないようにしたのはそっちニャ。すぐ欲しいならお前が取りに来るニャ。価格交渉はそん時に」

「バカな、私がそちらにですって?」

「嫌なら待つんニャね。じゃ、ばいニャら~」

 

 プツンと、通信が切れた。パレエスは呆然と佇んだ後、盛大に顔を顰めた。

 機嫌を悪くした熾天使は、仮面の天使の手にある連絡用魔道具を踏みつぶした。手首から先を踏み砕かれた天使は、仮面の奥で悲鳴を押し殺した。

 

「まったく、どいつもこいつも私()の邪魔ばかり……」

 

 胸中に湧き上がる苛立ちを抑えられず、パレエスは仮面の天使の手を踏みにじった。

 非常事態に備えていたとはいえ、どうせなら完璧にしたかったのだ。それに何より、決行日は彼女の生まれた日と決めていたのである。

 やがて足を退けたパレエスは、何度か深呼吸をして元の表情を取り繕った。このままでは、また彼女に叱責されてしまう。あの日のように。

 

「いいですか、あの男を聖域に入れてはいけませんよ」

「は、はい……」

「熾兵も出しなさい。全てです」

 

 平坦な声で命令を吐き捨て、パレエスは速足で歩き出した。

 その背に、仮面の天使が声をかける。

 

「こ、この件について緊急会議が行われます! パレエス様は、どちらへ?」

 

 立ち止まり、振り返る。三対の翼が翻り、舞い上がった羽が光の粒へと変じていった。

 熾天使パレエスは、最高位天使に相応しい穏やかな微笑を湛えていた。

 

「後宮です。会議には出ません。同胞には適当に伝えておきなさい」

 

 笑顔のまま言い残し、熾天使パレエスは転移した。

 聖域には、ボロボロになった天使だけが残された。

 

「ヴィーカ様……。頼めば、斬って下さるのかしら……」

 

 虚しい独り言を、聖女の墓標だけが聞いていた。

 

 

 

 一瞬の浮遊感。【瞬間転移(テレポート)】で座標を移動したパレエスは、ゆっくりと瞼を開けた。彼の視界は、聖域とは異なる景色に切り替わっていた。

 不自然な程に澄んだ青空。規則的に流れる雲。太陽の位置は外界と同期して、今現在は西に傾いている。

 この空間は、古の時代に魔道賢者ゼノンによって造られた人工異境である。

 

“熾後宮”と名付けられたこの場所は、天使族が空の支配者だった頃の街並みを再現している。

 広さは聖地サベイピアと同等で、隅から隅まで清浄な空気に満ちていた。抱き合うパレエスとジュスティーヌを象った像を中心に、絶えず聖水の流れる水路が通っている。美しく計算された花壇の周りには、三人の聖妃を安置する屋敷が建てられていた。

 その他、熾後宮には様々な建造物が配置されている。それはさながら、パレエスを中心とした都市国家だった。

 

「「「パレエス様……!」」」

 

 熾後宮の景観を眺めていると、異境に住まわせている天使達が偉大なる父(ゴッド・ファーザー)を出迎えた。

 主に見初められた娘達は顔を隠す仮面を付けておらず、共通して色素の薄い髪色をしている。

 この後宮には、心と身体の綺麗な者だけが住む事を許されているのだ。

 

「これより、式を執り行います。各々準備をしなさい」

 

 女官達の間に、静かな緊張が伝播する。

 彼女達の顔が強張ったのは、来たるべき祝祭に興奮しての事だろう。パレエスは満足げに頷いた。

 外の女共と違い、この娘等はよく躾られているのだ。

 

「順番に様子を診ます。調整が必要であれば洗礼を行うので、そちらの準備も並行するように」

「かしこまりました……」

 

 熾後宮には四つの宮廷が存在し、そのうちの三つに選び抜かれた聖妃が住んでいる。

 パレエスは一人の女官を伴い、東の宮廷へと足を進めた。

 

 東方、春の宮。

 第一の妃には、ファルと名付けた。

 ファルは初めて聖妃となった天使で、最もジュスティーヌに近い魂を持って生まれてきた。

 

 南方、夏の宮。

 第二の妃には、リンと名付けた。

 リンは聖妃の中で最も高い知性を有し、ジュスティーヌに似て強靭な魂を持って生まれた。

 

 西方、秋の宮。

 第三の妃には、ナッテと名付けた。

 ナッテは聖妃の中で最も力が強く、才だけならば他の最高位天使以上のモノを持って生まれた。

 

 残る北方にも宮廷を用意したのだが、この日まで妃に相応しい素質を持つ天使は生まれてこなかった。

 思い出すだに忌々しい。最高傑作だと見せられたのは、基準に満たない醜女だったのだ。担当者は全員洗濯場に送ったものだが、しばらくの間パレエスの機嫌は最悪だった。

 

「ファルの状態は?」

「お変わりなく」

 

 パレエスは東の宮廷に入り、勝手知ったるとばかりに奥へ向かった。

 春の宮には、その名の通り季節に合った花々が飾られている。廊下に充満する花の匂いに、パレエスは顔をしかめた。

 どれも生前ジュスティーヌが好きだった花である。しかし、彼はこの匂いが苦手だった。

 

 やがて、パレエスは褥の間に到着した。

 供の女官が扉を開けると、そこには麗らかな春の光景が広がっていた。

 

 暖色の絨毯に、花柄の壁紙。透明な花瓶には色とりどりの花が生けてあり、窓から差し込む光が部屋を柔らかく照らしている。

 部屋の中心にある大きな寝台には、一人の女天使が寝かされていた。その髪は春の晴天のような空色で、白く透き通った肌は生命の潤いを感じさせる。まるで、天使族の善性を現したかのような女性だった。

 彼女こそ、第一の聖妃ファルである。彼女の瞳はうっすらと開いており、ぼうと天井を眺めていた。

 

「ふむ、安定していますね……」

 

 寝台に向かってずかずかと歩み寄ったパレエスは、彼女の目を覗き込んで()の状態を確認した。

 ファルの肢体はよく手入れされていて、どこを見ても一切の汚れがなかった。空色の髪を持ち上げ、匂いを嗅ぐ。ジュスティーヌに似た香りが熾天使の傷ついた心を癒やした。

 

 ファルの柔らかな頬を撫でつつ、パレエスは改めて彼女の美貌を観察した。

 見目といい魂といい、この聖妃はまさにジュスティーヌの生き写しだった。だからこそ、何度も褥を共にし、最も多くの寵愛を与えたのである。

 行動の自由を許した結果、いらぬ知恵まで付けたのが玉に瑕だったが、こうして(・・・・)みて正解だった。

 

 式が終われば、この女は使えなくなる。

 今になって、手放すのが惜しくなってきた。

 ふと思いつく。そういえば、前に第二王子から良い物を貰ったのだった。パレエスは人差し指で聖妃の唇をなぞり、得たりと微笑んだ。

 たまには菓子も良いものだ。

 

「ん?」

 

 その時、部屋の隅でピーピーと甲高い声が聞こえた。

 声の方を見る。部屋の端にある止まり木で、小さな鳥が鳴いていた。

 まるで、パレエスを威嚇しているかのように。

 

「騒々しいですね……」

 

 女官が荒ぶる鳥を抑えるより速く、パレエスは権能を行使した。その結果、小鳥は永遠に鳴かなくなった。

 

「さて、次に行きましょうか」

 

 少し遊ぼうかと思ったが、興が醒めた。パレエスは褥の間を後にした。

 遠ざかる背中を――否、二度と鳴かなくなった小鳥を、ファルと呼ばれた天使が見ていた。花瓶の水に、薄い赤色が混じっている。

 聖母(・・)の瞳から、一粒の涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~もう! やんなっちゃうニャ!」

 

 暗く静かな空間に、甲高い女の声が反響する。

 極天と十三番の修理格納庫にて、黒髪の猫又は頭を抱えていた。ストレスの原因は例の熾天使だった。

 あっちが連絡するなと言ってきたくせに、実際連絡をしないと怒ってくる。矛盾を指摘すると余計に機嫌を悪くして、あまつさえ自分の非を絶対に認めない。上位天使は性格が悪いと聞いていたが、その噂の殆どは奴の存在が原因なのではないかと思われた。

 とにかく、疲れる。姉妹の中では楽な仕事をしている自覚はあるが、こればっかりは皆が羨ましかった。

 

「はぁ……にしても、イシグロがここまで強かったとはニャ~」

 

 さんざんキレ散らかした後、強いて熾天使との会話を忘却した猫又は、一転冷静さを取り戻して修復中の極天を見上げた。

 現在、極天は自動修復の最中だった。特定の資材を粉にして周囲に撒いておくと、勝手に粉を消費して直っていくのである。使えるから使っているだけで、この仕様は未だに解明されていない。

 

 十三番が戦った相手は、イシグロとその一党だった。用意していた魔物は全滅し、極天は中破相当。存外に大きな被害が出た。

 最も被害が大きかったのは核の部分で、自前の資材では修復しきれなかった。故にこそ、猫又はしたくもない通信をする羽目になったのである。

 

「で、こっちもこっちかニャ」

 

 極天の隣には、水槽の中で眠る十三番の姿があった。

 中破相当で済んでいる極天と異なり、適合者の方は光力・魔力共に底をついていた。権能の過剰行使により、身体へのダメージが大きい。機体も適合者も、暫く戦いには出られないだろう。

 

 とはいえ、十三番は無事にイシグロを討伐してのけた。

 どうやら向こうも色々と対策をしてきたようだが、極天の性能が上回ったのだろう。これで妹の仇が取れた訳である。

 やはり、十三番は最高の素体だった。

 

「あぁん、やっぱ手放したくないニャ~」

 

 そんな最高の素体を、アホの熾天使が買い戻したがっている。

 せめて量産体制が整うまで待ってほしいところだったが、何度やっても現状の技術では再現できそうになかった。

 つくづく惜しい。この子のお陰で、色んな事が捗ったのである。何とかならないものだろうかと、猫又は憂鬱な溜息を吐いた。

 

 そうしていると、強いて忘れた先ほどの会話を思い出してしまった。忌々しい熾天使の薄笑いが脳裏に過る。

 調査によって、この猫又は熾天使の計画を把握している。猫又視点、はっきり言って楽園のシステムは非効率極まりなかった。

 だから、ラリスや銀竜剣豪に嗅ぎつけられたのだ。どだい詰めが甘いのである。

 

「第三王子、思ってたより手が早いニャ……」

 

 ムカつく天使の顔を頭を振って追い出して、猫又は今なお続く天津島の捜索作戦を思い返した。

 襲撃を受けたのはウェルン島だけでなく、これまで拠点にしていた天津島の殆どを捜索されているのだ。

 

 淫魔王国にて、此方は夢魔を確保されてしまった。いつか探ってくるだろうとは思っていたが、こうも早いとは思っていなかった。

 それに加えて、イシグロ当人が来るのも予想外だった。事前の調査によると、奴は迷宮以外に興味を持たない男のはずである。十三番の境遇を知れば助けに来たかもしれないが、奴と彼女の間には何の関係も無い。

 結果的には極天で撃破できたものの、相応の被害を受けてしまった。まさか、現状のハイエンドを四体も壊されるとは……。

 

「まぁ死んだ奴の事はどうでもいいニャ」

 

 それより、今現在の事である。

 イシグロ討伐の後、突如として聖輪郷にヴィーカがやって来たらしい。理由の方はイマイチ判然としないが、いずれにせよ困った事だ。

 奴自身が出てきたあたり、このまま穏便に済むとは考え難い。場合によっては、天使族とヴィーカの殺し合いさえあり得る。

 

 猫又は倉庫にしまっている兵器のリストを手に取り、ペラペラめくって中を検めた。戦況次第で恩を売ってやってもいいかもしれない。

 それに、騒ぎが起こればラリス王国が首を突っ込んでくるのは間違いない。そうなると、遠からず今いる場所も調査される事だろう。

 この調整が終わったら、準備だけでもしておくべきか。白衣の猫又はリストを置き、立ち上がって伸びをした。

 以前と違い、今度の引っ越しには余裕があった。例え今すぐ攻めてこられても、簡単に入れるようにはなっていないのだ。

 

 廃棄したウェルン島では停止させていたが、この場所には特別な施錠がされている。

 呪術に結界に契約魔術……様々な技術の粋を集め、この場所には猫又姉妹しか入れないようになっているのだ。仮に第二王子や淫魔女王がその気になっても、この鍵を突破する事は不可能である。

 力ずくで壊そうとすれば警報が鳴るし、その時は緊急用の影で逃げればいいだけだ。

 できるだけ早く姉妹に一連の出来事を伝えないといけないが、まぁ皆が帰ってきてからでいいだろう。連絡用魔道具は、自分と末妹にしか使えないのである。アレはなかなか適合しないのだ。

 

「さて、荷物の整理を……ん?」

 

 ふと、ぴょこんと立った猫耳が震えた。

 今、裏口の扉が開いた。どうやら誰か帰って来たようである。

 はて、家族はみんな出払っているはずだ。忘れ物でもしたのだろうか。

 とはいえ銀竜の事を伝えるのには丁度いい。そう思った猫又は、近づいてくる同族の気配を察知して格納庫の扉を開いた。

 

「おかえり、姉さん」

 

 扉を開き、違和感を覚えた。目の前に、男がいる。

 黒髪黒目。地味な革鎧。眼が、合う。その双眸には、迷宮潜り特有の狂気が渦巻いていた。

 その顔には覚えがあった。王都の銀細工。妹の仇。十三番が殺したはずの、迷宮狂い……。

 

 ――何故、お前がここに居る?

 

「こんにちは、死ね」

 

 問いより先に、黒刃が閃く。

 殺意に満ちた無銘の剣が黒猫の心臓を貫いた。

 

 まさに、会心の一撃(クリティカル)だった。

 

 

 

 

 

 

 聖地サベイピアは、頂点に在る聖墓を中心に様々な建造物が併設されている。

 自然、その内部は複雑で、サベイピア全体は通路や階段が入り組んだ立体的な構造をしていた。

 そんな中、長大に過ぎる廊下を歩く集団があった。

 

「お止まりください。せめて、来賓を迎える準備をさせてください」

「剣を持ったまま聖墓に入るのは禁じられております」

「御召し物も相応のものでないと……」

 

 集団の中心。右手に剣を提げ、剣呑な目をして歩くのはヴィーカだ。

 剣の間合いの外から、守護天使達が銀竜剣豪を囲んでいた。彼等は口々に静止を促すが、当の銀竜は天使達の言葉を聞いていなかった。

 力ずくで止められるなら、天使も最初からそうしている。実際にしようとしたが、一定距離まで近づくと斬られてしまうのだ。幸い、実際に斬られた天使達は気を失うだけで済んでいた。

 いくら呼びかけても止まらないヴィーカは、さながら現代地球の暴走ブルドーザーのようだった。

 

「伏してお頼み申します! どうか、どうか剣をお納めください!」

 

 いくら英雄といえど、この振る舞いは無礼に過ぎる。銀竜一族に抗議すると言っても、当の本人は知らぬ存ぜぬの一点張り。実際どうでもいいのだろう。無敵の竜はマジで厄介極まりなかった。

 周囲の制止を無視し、ヴィーカは長い廊下の突き当りを曲がった。その視線の先に現れた(・・・)者を目にし、銀竜剣豪は足を止めた。

 周囲の天使達も彼の視線の先を追い、硬直した。

 

「エヒャ、エヒャヒャ……! ケヒャーッ!」

「グフ、グフグフ……」

「アァ、ああ……あぅァァァァ……」

 

 ヴィーカの行く手を阻むように、フル武装の天使達が廊下を塞いでいる。一様に、彼等の様子は異常と言えた。

 笑いながらナイフを舐め回している痩身天使。トゲ付き鉄球を担ぐ巨漢天使。指揮者のように杖を振り回す長髪天使。その他、たくさん。

 まさに、異様。天使族というより、スラムに住む薬物中毒者のような様相だった。

 

「な、何者だ貴様等! 名と階級を答えよ!」

 

 異様な集団を前に、守護天使長が語気強く誰何した。

 次の瞬間である。

 

「なっ……!?」

 

 ギン! 激しい火花に、鋭い金属音。

 守護天使長に迫ったナイフを、銀竜剣豪が弾いたのだ。あえて腹で受けた剣を見て、ヴィーカはソレを床に放った。

 呆気に取られる守護天使を背に、ヴィーカは外套の内側から大小二振りの刀を取り出した。

 

「それが貴様の答えなのだな。“不動”のパレエス……」

 

 瞬間、奇妙な天使達がヴィーカ目掛けて襲い掛かってきた。

 剣を構える寸前、銀竜剣豪は刃の向きを返した。

 殺すべきではない。そう判断したのである。

 

 銀竜剣豪ヴィーカは、紛れもなく英雄なのだ。




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 天使編が終わればいつものノリに戻るので、諸々ごあんしんください。
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