【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の励みになってます。
 誤字報告もありがとうございます。マジで感謝してるっす。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は一人称、イシグロ視点。
 よろしくお願いします。


ずっと貴方の傍に(上)

 天使から見た聖輪郷は、まさに地獄そのものだった。

 

 記憶転写(メモリアキネシス)とは、高位天使にのみ扱える権能であり、数ある天使権能の中で最も難度が高く消耗の激しい御業らしい。その効果は、名前の通り対象の感覚器官に使用者の任意の記憶を再生させるというものだった。

 十三番の身体を借り、三人がかりで発動した権能。俺が観せられたのは、魔導人機の適合者――十三番という名の天使と、その家族達の記憶だった。

 とはいえ、それぞれ全ての記憶を見た訳じゃない。俺が観たのは、生まれから今に至るまでの断片的なシーンの連続だ。

 

 まるで、五感全部で長い映画を体験したかの様。

 目まぐるしく切り替わる場面の中で、最もフォーカスされていたのは十三番と呼ばれた天使の記憶だった。

 

 特別洗礼式/能天使型。

 長期生存例・十三番。

 数多の犠牲の果てに生まれた少女。それが彼女だ。

 

 彼女は楽園という名の閉鎖された養成機関に生まれ、偏った思想教育と命に関わる実験を繰り返していた。

 猫又によって身体を弄られた末、魔物に成り果てた友達を殺した。

 家族の魂を守る為、望まぬ殺戮を続けた。

 

 生まれながらにして、彼女には善性が宿っていた。

 だからこそ、心も身体も傷つき過ぎてまともな状態ではいられなかったのだ。

 己を蔑ろにし、家族からの願いさえ無視してしまう程に。

 

 十三番という、愛のない名前。擦り減る心根。唯一の拠り所さえ、怨敵の掌中。

 まさに地獄と言えるだろう。俺なら、絶対に精神が持たない。

 

 十三番の家族。楽園生まれの三人の天使達。

 彼女達もまた、十三番に劣らぬ地獄を味わってきた。

 

 第一の妃・ファルは、楽園の運営が始まってすぐに生まれた天使である。

 妃になった当初は丁重に扱われていたものの、知識を得るにつれて彼女はパレエスの反感を買うようになった。

 最終的に、彼女は身体の自由を奪われ、産まされた子は全員何処かへ出荷(・・)されていた。

 

 第二の妃・リンは、ファルから数世代後に生まれた楽園の天使である。

 彼女は初夜の直後にパレエスの怒りを買い、翌日に身体の自由を奪われた。その後はファルと同じである。

 

 第三の妃・ナッテは、始祖(・・)から最も離れた血統で、洗礼もなく最高位の力を目覚めさせた天然の熾天使である。

 後宮に入った直後、彼女はファルとリンの状況に憤り、パレエスに戦いを挑んだ。しかし、彼女は奴の私兵によって敗北してしまった。

 以降、ナッテも他の妃同様に身体の自由を奪われ、厳重に封印された。

 

 寵姫を見出すべく築かれた楽園は、計画の第一段階に過ぎない。

 奴の真の目的は、第一の妃であるファルだけが聞かされていた。

 故に、継承されたのだ。ファルからリンへ、ナッテへ、十三番へ。

 そして、俺へと。

 

 熾天使パレエスの所業には、どんな感情よりも先に吐き気を覚えた。

 反射的に、嫌悪感が湧いてきた。怒りも憎しみも善悪理非も関係ない。こいつだけは殺さなければという、強烈な義務感。

 まさに、吐き気を催す邪悪だった。

 

 ただ殺す。そう決めた。

 一刻も早く。

 

 

 

 体感時間にして、数時間。現実時間にして一瞬の出来事だった。

 記憶転写の衝撃から立ち直った直後、シュロメさんと合流した俺はすぐにヴィーカさんを呼び出した。

 何があったと訝しむヴィーカさんに、開口一番こう云った。

 

「奴は……熾天使パレエスは、ジュスティーヌさんの墓を暴きました」

 

 聖墓の秘密。

 長年かけて第一の妃が調べ上げた、古天使の大罪。

 

「躯を持ち去り、後宮に保管しています」

 

 罪状を並べるだけで辞書が作れる男。

 それが、パレエスだ。

 

 

 

 

 

 

「……そうか。我は先に行く」

 

 諸々の説明を終えると、ヴィーカさんは凄まじい速度で飛び発って行った。

 根拠といえば俺が見た彼女等の記憶一つなのだが、彼は今すぐ確認するつもりであるらしい。

 飛び発つ寸前の彼は、常より眉間の皺が深かった。

 

「い、行っちゃったでござるよ! ここは一度、本部に連絡した方が……」

「いえ、チャンスなので便乗します。行くぞ、皆」

「うッス!」

「えぇ~!?」

 

 兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを睹ざるなり。

 俺も第三王子にお伺いを立てるべきかと思ったが、ヴィーカさんが突っ込んじゃったなら仕方ない。此処から先は早く動いたもん勝ちだ。

 

「シュロメさんにも来てほしいんですが、無理そうなら大丈夫です」

「むむむ……いや、拙者も行くでござる。報告は召喚獣を使うでござるよ。それと、イシグロ殿には別途契約書を書いて頂くが、よろしいか?」

「分かりました。急いで下さい」

 

 そんなこんな、簡易な契約を交わしてシュロメさんにも同行してもらう事に。

 巻物から召喚したクソデカ鴉に第三王子宛ての手紙を持たせ、ヴィーカさんに続き俺達も聖輪郷へと向かった。

 そう、聖輪郷である。今現在、十三番がいるのは、彼の国を覆う雲の中なのである。

 

「本気で頼む」

「うッス! 持ってくッスよ! アタシの魔力!」

「ぎゃあああああ! 速すぎなのじゃああああ!」

 

 道中、ラザニアには全力を超えた全力で走ってもらった。したらば普段の倍以上の速度が出た。

 例えるなら、消費度外視の超加速。契約者であるルクスリリアの魔力をガンガン吸い込んで、ラザニアの引く空戦車は新幹線の速度を遥かに超えていた。これなら想定より早く着きそうだ。

 

「イリハ、結界を」

「う、うむ! やっと使う時が来たのじゃ!」

 

 しばらくすると聖輪郷が見えてきて、その中にスピードを落とさず突っ込んだ。

 分厚い雲に入った途端、一気に視界が暗くなった。徐々にスピードを落としていき、目を皿にして周囲を確認する。

 

「えーっと、どこだ?」

「三角なのよね。私にも見えないわ」

 

 聖輪郷を覆う雲の中。強風に煽られながら、俺は記憶と勘を頼りに目当ての天津島を探していた。

 周囲にはデブリ帯のように大小の岩が漂っていて、その中の一つに十三番のいる天津島があるのだ。

 

「あった! あの三角錐の下に穴が開いてる! あそこが猫又のアジトだ!」

 

 幸いそれほど時間をかける事はなく、俺は記憶にあった通りの天津島を発見した。

 一見ただの岩塊に見えるが、よくよく観察すると上部と下部に不自然な穴が開いているのが分かる。

 

「ホントにあったでござるな……」

「こーゆー時のご主人はマジなんスよ」

「ゆっくり頼むぞ。ステルスも起動してるな」

 

 そのまま岩塊に近づいていき、下部の穴に入る。

 スピードを落とし、ラザニアが足を止める。天津島の中は洞窟みたいになっていた。

 ラザニアを戻して一本道に進む。すると、行き止まりに辿り着いた。

 

「おかしいな。ここ裏口のはずなんだけど……」

「これは幻術を混ぜた施錠魔術でござるよ。どうやら、ここを通るには最上級の生体認証がいるようでござる」

「生体認証? さっきの髪の毛で何とかできるかな」

「こんな事もあろうかと。こんなの用意しといたでござる」

 

 エリーゼとグーラ(マスターキー)による開錠を考えていたら、シュロメさんは懐からフラッシュメモリのような物を取り出した。

 それを壁面に差し込むと、中からついさっきウェルン島で見た扉が現れた。

 

「おぉ」

「実はこれ、イシグロ殿が倒した猫又の死骸で出来てるでござるんよ」

「し、死骸なのじゃ……?」

「リンジュの闇を舐めちゃいけないでござる。名を“猫だまし”と言う」

 

 なかなか皮肉の利いたアイテム名である。

 それは置いといて、俺達はドアの中に入り、奥へ奥へと進んでいった。

 

 音で怪しまれぬよう、俺達は各種隠形で足音を消し、シュロメさんには一般的な猫又女性を模して歩いてもらう。プロの忍者はこんな事もできるのだ。

 十三番の気配を追って、入り組んだ廊下を歩く。施設内はさほど広くないようで、あっと言う間に目的地に到着した。

 

 格納庫。今ここに、十三番と猫又がいる。

 静かに呼吸を整える。背後にいる仲間の状態を確認して、頷き合う。

 俺は右手にある剣を握りしめ、扉の前に立った。

 

「おかえり、姉さん」

 

 やがて、向こうから扉が開いた。すぐ眼前に白衣を着た猫又が立っている。

 十三番の記憶通りの顔。以前、リンジュで戦った猫又とよく似ている。こいつだ。こいつが、十三番をめちゃくちゃにした女だ。

 それだけじゃない。こいつは沢山の子供を実験体に使い、あまつさえその成れ果てをあの子に処理させていたのだ。

 

 殺して良い奴だ。殺したい相手だ。

 だが、殺意は制御しなければならない。

 

「こんにちは、死ね」

 

 刹那の逡巡。言うが早いか、無の形から無銘を突き出す。無骨な剣の切っ先が、服と皮を裂き胸骨を砕く。程なく横隔膜と心臓を突き破って、勢い止まらず猫又の胸椎を貫通した。

 完璧に、会心(はい)った。ヒトを刺した忌避感はなかった。目を丸くした白衣の猫又女は、未だ状況を把握し切れていない。

 

「イシ、ぐっ……? なんで……!?」

 

 心臓をひと刺し。普通の生命ならこれで死ぬが、猫又は尋常な生命体ではない。

 故に、何度も殺す。

 

 HPは微減、まだ生きている。俺は更に体重をかけて奴を地面に押し倒し、杭を打つように床と猫又を縫い付けた。

 剣を手放し、上体を起こす。刺しっぱなしにすれば、心臓は再生されないのだ。

 

「オラァ!」

「ごべ!」

 

 すぐさま棍を取り出し、トイレ詰まりを直す動きで奴の眼球を打突した。

 転写された記憶によれば、こいつは魔眼持ちである。放置すれば何をしでかすか分からない。

 

「ぐぶっ!? やめ! やめろバグァ!? いっ! ガギァ! お前ふざけンガァア!」

 

 何度も、何度も、雷属性の打突を加えていく。再生能力持ちには剣で斬るより打撃の方がよく通るのだ。それに、頭が潰れれば反撃の思考を回せなくなる。

 HPはまだ残っている。手足をバタつかせて抵抗しているが、程なく一党員によって粉砕された。再生速度が鈍り始めた。

 猫又の殺し方は、シミュレーション済みなのだ。

 

「い、イシグロ殿……」

「あと少しです」

 

 雷纏う棍で、猫又女を打つ打つ打つ……。

 戦いではなく、作業だった。こいつと戦うつもりなどない。情けなく蹂躙され、訳も分からずフルボッコされるのがこの猫又にはお似合いである。

 徐々に、身体の抵抗が弱々しくなってきた。皆が警戒している。シュロメさんが訝しむ目を向けてくる。大丈夫だ、俺には分かっている。

 

「ふん!」

 

 ぐしゃっと、棍の先端が顔面にめり込んだ。

 やっと再生しなくなった。棍を放り捨て、刀を振りかぶる。それから、未だ繋がっている猫又女の首を落とした。

 

「やったでござるか?」

「はい。これにて終了です」

 

 コロコロ転がる猫又の頭を逆手に持った刀で貫き、あえて明るく宣言する。

 そして、わざとらしく視線を逸らしてやった。

 

「ほいっと」

 

 案の定、猫又の首の断面から謎生物が這い出てきて、予め伝えておいたシュロメさんがそれを瓶に収納した。透明なガラス瓶の中で、デフォルメされたような芋虫が暴れている。

 本体なのか、スペアなのか、以前の猫又は脱出手段を持っていたので、こいつもやってくるんじゃないかと思ったのだ。

 

「約束通り、これは預かるでござるよ。じゃ、ちょっくら調査してくるでござる」

「ええ」

 

 そう言って、シュロメさんはビン詰めされた猫又虫をしまい、格納庫内を探りはじめた。猫又の捕縛。そういう契約なのである。殺したいところだったが、彼女を雇うにはこれが条件だった。

 まぁそんなのは、どうでもいい。俺達一党は皆を伴い、薄暗い空間で淡く光る方へと向かって行った。

 

 台座の上に、円筒状の水槽が鎮座している。

 その中に、体育座りする十三番の姿があった。

 

「何スか、この機械? 天使って呼吸無しで生きられるんスか?」

「変な魔力が溜まっているわね……」

「聖水風呂? いえ、それよりもっと純粋な匂いがします」

「眩しいくらいの氣じゃ。最早これは毒じゃよ」

 

 培養槽か、巨大試験管か。これがアニメとかマンガだったら興奮していただろうが、彼女の過去を知っている身からすると痛ましくて仕方が無かった。

 

「ご主人様、お早く」

「ああ」

 

 記憶を頼りに台座の前にある装置を操作する。プロセスは覚えている。まず、彼女を覚醒させるのだ。

 水の濃度を調節し、レバーを引く。すると、水槽の中で十三番の瞼が震えた。

 ゆっくり目を開いていき、やがて俺と目が合った。ぼんやりした瞳が、綺麗な円形になる。

 

「約束通り、助けに来たよ」

 

 優しい声音を意識し、語り掛ける。彼女は呆然とした表情で此方を見ていた。

 記憶の通りなら、水槽越しでも此方の声は聞こえているはずだ。

 

「今から水を抜く。立つ用意をしてくれ」

 

 抜水プロセスを実行し、少しずつ水槽から水を抜く。

 その間、彼女は俺達の方を眺め続けていた。

 

「開けるよ」

 

 透明な円筒を収納する。外気に晒された彼女は、髪や顎先からポタポタと水を滴らせてその場に佇んでいた。

 ややあって、彼女は覚束ない足取りで此方に歩み寄って来た。

 

「あっ……」

 

 台座に足を引っかけ、転びそうになる。俺は咄嗟にタオルを取り出し、倒れそうになる彼女を包み込むようにしてキャッチした。

 抱きとめた彼女は、信じられないくらい軽かった。腕の中、左右で色の違う大きな瞳が俺を見上げている。

 

「ほ、ホントに助けに来たの……?」

「ああ」

「なんで、どうして……? わたし、こんななのに……」

「君が助けを求めてくれたからだ」

 

 儚げな瞳が揺れ、小さな唇が震えている。

 十三番は髪といい肌といい色素が薄い。メカ耳があるので、感情の無いアンドロイドっぽい雰囲気がある。

 けれども、不安そうにする姿は、見た目通りの少女そのものだった。感情が無いのではない、情緒が幼いのだ。故にこそ、家族への愛情は人一倍と言える。

 

「エリーゼ、頼む」

「ええ。落ち着きなさい(・・・・・・・)

 

 それは置いておいて、ひとまず回復である。

 二回連続のチートヒール。HPと状態異常が全快し、少し顔色が良くなった。ついでに【清潔(クリーン)】で水気を拭う。

 

「ご、ごめん……。わたしが、あんな信号を送ったから、こんな所まで来させちゃって……」

「謝らなくていいですよ」

「そうッス。ここにいるの、みんな似たような奴等ッス」

「何も言わず、大人しく救われなさいな。この人はそういう男よ」

「そういう人じゃから、わし等はまだ生きとるんじゃ。良かったのぅ、ほんに」

「う、うん……」

 

 ルクスリリアに服を着せてもらいながら、十三番は口々に声をかけられていた。

 着衣後、両の足でしっかり立ち上がった十三番は、俺の顔を見上げながらギュッと裾を握りしめた。 

 

「あ……」

 

 半開きになった口から次の言葉がやって来ない。俺は作業中のシュロメさんの方を確認してから、しゃがんで彼女と目を合わせた。

 時間はまだある。今は彼女の心をケアするべきだろう。

 

「……ありがとう。皆が、こういう時はお礼を言うんだって、言ってたの」

 

 たどたどしいというより、喋る事自体に不慣れな風の口調だった。

そんな精一杯のお礼の言葉を、俺達は微笑ましく見守っていた。

 

「ああ。いい家族だ」

「うん……」

 

 家族を褒められたのが嬉しかったのか、彼女は僅かに口元を緩ませた。

 しっかり笑えるようになるには、まだ時間がかかりそうだった。その為にも、今は彼女を安全な場所に送り届ける必要がある。

 

「ご主人、カッコつけてる場合じゃないッスよ」

「そうだな、シュロメさんの調査が終わったらすぐに出よう。とりあえず、君を安全なところに移動させる。その後は王子が守ってくれるはずだ」

「え……?」

 

 不安そうな顔の十三番。安心させるように、努めて余裕ありげな表情で口を開く。

 

「大丈夫だ。君を縛ってた猫又は倒した。その魔術だって簡単に解ける」

 

 彼女にかけられているのは、ルクスリリア達と同じ高級奴隷用の契約魔術だ。死の連鎖がないのは、記憶で確認済みである。エリーゼの呪いと違い、これなら簡単に破棄できる。

 

「み、皆は……」

「後宮には俺よりずっと強いヴィーカさんが行ってくれた。それに後から俺も向かうつもりだから、安心してほしい」

「わ、わたしも極天で戦う……!」

「え? いや、それは……」

 

 存外に強い意思の乗った言葉だった。気持ちは分からんではないが、それはどうなんだろう

 水槽の横に鎮座する魔導人機を見てみる。パッと見、新品同様の状態に見えるが、一度破損した核はそう簡単に修復できないはずだ。それに、適合者への負担が大きいらしい魔導人機を今の十三番が乗っても大丈夫なんだろうか。

 だからといって、魔導人機無しで連れて行くのは避けたい。生身の彼女の強さはよく分からないし、見た感じ魔力も半分しか回復していない。

 やっぱり、連れてくべきではないよな。極限状況で守り切れる自信はなかった。

 

「いや……頼む。不安だと思うけど、俺を信じてほしい。君を預けたら、すぐ向かうから」

「うぅ……」

 

 

 不承不承というか、結局彼女は頷いてくれた。

 やっぱり、この子は素直過ぎる。だからこそ利用されてきたのだろう。

 

「っと、お待たせでござる。スタコラサッサでござるよ」

 

 調査を終えたシュロメさんが戻ってきた。彼女の後ろには、小さい棺桶のようなものがある。猫又の遺骸だ。

 あまり気は進まないが、これと魔導人機を持って帰らなきゃいけないのである。

 

「あ、すみません。グーラ、手伝ってくれ」

「はい」

 

 という訳で、俺達も撤退の準備を進める。言うて白銀鎧を収納するだけなので、すぐ終わる。

 クッソ速い銀竜剣豪の事だ。もう熾後宮を見つけているだろうか。ならファルさん達の安全は確保されたようなもので、場合によっては俺の出る幕は無いかもしれない。とはいえ十三番と約束した手前、ちゃんと行くつもりである。

 その後は各地にある楽園を捜索し、天使を保護する。やる事は多いが、俺は全て承知の上で来たのである。

 

 十三番を保護し、あとは帰るだけ。

 緩みそうになる気を引き締め、皆で魔導人機の方へ向かって行った。

 一歩、何気なく足を踏み出した……その直後だった。

 

 瞬きの間、空間が軋む。

 何かが、来た。

 

 気が付く。振り向く。何の脈略もなく、格納庫の中に新たな敵性反応が出現した。

 同時、十三番を抱いてその場を跳び退いた。皆も同じようにして、各々武器を構えている。

 

「おや? 何ですか、この状況は……?」

 

 視線の先には、一人の天使がいた。

 三対六枚の翼に、燃えるような光輪。無駄に綺麗な顔をした、鬱陶しいロン毛野郎。

 熾天使パレエスが転移してきた。

 

「誰です? 貴方達。もしや、商会の関係者ですか? いえ、そこの失敗作は……」

 

 

 足運びといい佇まいといい、パレエスは戦の達者じゃ断じてない。だが、その圧は紛れもなく本物だった。

 最高位天使だ。戦うべきじゃない。事実、パレエスはかつてラリス王の一党を退けている。そんな奴相手に、俺達が勝てる訳がない。

 だが、その思考を塗りつぶして余りある程、俺の腹に煮えたぎるような憤怒が湧き上がっていた。

 

 転写された記憶がフラッシュバックする。こいつだ、こいつなのだ! こいつが皆を不幸にし、今なお痛めつけている!

 憤怒に燃える心に戦意が充実し、それはやがて冷徹な殺意に切り替わる。

 

「パレエス……!」

 

 嫌悪感と義務感が、俺の喉から漏れ出てきた。

 対し、熾天使野郎はムッと苛ついたような顔になった。

 

「人間風情が、なんと無礼な」

 

 平坦な声で吐き捨てると、奴は俺達を順繰りに眺め見た。

 やがてその視線が王笏を構えるエリーゼで停止した。

 

「竜族の子供……いえ、小さい銀竜ですか。少し、厄介ですね」

 

 余裕そうな態度が鳴りを潜め、その顔に警戒の色が浮かぶ。

 その隙を見て、俺は懐から魔道具を取り出して即座に起動。ビィイイイイイン! 格納庫に甲高い音が反響した。

 

「耳障りな……何ですか、これは」

「さぁ、何だかな」

 

 わざとらしく、あえて白ばくれてみせる。

 今使ったこの魔道具は、ヴィーカさんにパレエス発見を知らせるものである。

 起動できたって事は、実質勝利である。あとはヴィーカさんが来てくれるまで時間を稼げばいい。

 

「チッ……」

 

 天使らしからぬ品のない舌打ち。何かに気づいたか、パレエスは左右六枚の翼を広げた。

 戦闘態勢だ。奴の攻撃手段は頭に入っている。対天使用のアイテムも揃えてきた。

 倒せるかどうかは分からないが、負けない戦いはできるはずだ。

 

「フォーメーション・ラムダ!」

 

 ラムダは護衛対象を守る為の陣形だ。十三番を後ろにやって各々立ち位置を変える俺達を前に、熾天使は心底不愉快げに目を細めていた。

 そして、俺は剣を構え……。

 

「【追憶送還(リフレキネシス)】……」

 

 そう、奴が唱えた瞬間。

 ぱたりと、俺達はその場に倒れ伏した。

 

 身体が動かない。瞼が重い。何故か、眠くて眠くて仕方ない。

 危機察知は無かった。

 攻撃予測も無かった。

 積み重ねてきた戦闘勘も、これを攻撃とは見做さなかった。

 

 受け流すとか、回避とか、ガードとか、そういう次元の話じゃない。

 全く以て、太刀打ちできなかった。

 

「ふぅ……やはり、地を這う者共は下等ですね」

 

 瞼が墜ちていく。薄れゆく意識の中、男の平坦な声が聞こえてきた。

 五感が閉じていく。頬に感じる床の冷たさが薄くなってきた。

 

 え? ちょっと、マジで?

 冗談じゃない、呆気なさすぎる。

 これで終わるの? 俺。

 

「う、あぁあああ……」

 

 眠気に抵抗し、気合を総動員して皆のいる方に手を伸ばす。

 十三番以外、瞼を閉じて倒れている。エリーゼ、グーラ、イリハが遠い。三人共、幸せそうに(・・・・・)眠っている。

 這いずり、手を伸ばす。やっとの思いでルクスリリアの指に触れ……。

 

「り、りぃ……」

 

 それが限界だった。

 最初の相棒のすぐそばで、俺は微睡みの底に落ちていった。

 

 

 

 そっと。

 誰かが、俺の手を握った気がした。




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