【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、よろしくお願いします。


極光の秋(上)

 雷鳴轟く暗雲の奥。秘匿された闇の狭間に、戦いを前にした静寂が通り過ぎた。

 忌々しげに立ち上がる熾天使。後ろ手に指示を出す頭目。射殺すような視線が交錯し、激しい火花を散らす。

 みしみしと空間が軋むような緊張の中、銀竜がカツンと王笏を突いた。

 戦闘開始である。

 

「対象指定、範囲指定、魔力過剰充填……」

 

 凛と開かれた魔翼が開かれ、小さな唇が世界の理を捻じ曲げる。

 それはヒトと世界を繋ぐ契約。竜の支配者が、戦場の法則を規定した。

 

「【竜の裁定】、戦場展開……!」

 

 瞬間、エリーゼを中心として世界の法則が書き換えられた。

 異空間より伸びた鎖が銀竜によって握られる。錠前が下りる音が響き渡り、世界は此処を戦場と定めた。強制されたルールは一つ。

 ただ、逃げずに戦え。

 

「ぐっ……なんですか、この重怠い魔力は……」

 

 ドラゴンルーラー固有スキル【竜の裁定】。

 このスキルの効果は、指定された範囲と対象の人類に特定のルールを強制するというものだ。ルールを破った者には、死のペナルティが課せられる。

 また、スキル使用者は鎖を握って契約の維持をする必要があり、その間は攻撃や防御といった戦闘行動を取れなくなる。要するに、無防備状態になるのだ。

 

「行くぞ」

 

 世界の変化による不快感で胸を抑えるパレエスに対して、イシグロ一党の三人は一切惑わず訓練通りに駆け出した。

 前衛三人、後衛二人の陣形だ。新ルールの維持に集中するエリーゼを、イリハが結界を張って守っている。

 

 手に手に武器を持って迫り来る三人を前に、パレエスは冷静な表情のまま怒り狂っていた。

 否応にも戦いを強制されるこの空間は、相手の竜族権能によるものだろうか。そこに、パレエスは自身への強い侮りを感じ取った。

 

“不動”のパレエスは、生まれてこの方戦いというものを数度しか経験した事がない。彼にとって、戦いとは蹂躙で然るべき駆除作業であり、そうでなくとも適当に力を振るうだけで終了する些事であるからだ。

 当然、鍛錬などした事はないし、汚らわしい迷宮に潜った事もない。直近に経験した戦いも、千年以上は昔の出来事である。例によって、それは一方的な蹂躙だった。

 それでも、いやだからこそ、自身の持つ力には絶対的な自負を持っていた。そんな熾天使パレエスに向かって、逃げずに戦えとはどういう了見か。

 つまり、戦いから逃げると思われているのだ。このパレエスが。

 

「……良いでしょう。少しばかり、遊んであげますよ」

 

 例え相手が誰であれ、侮られるのは我慢ならない。年齢の割に沸点の低い熾天使は、大胆に見得を切りながら自慢の戦闘権能を発動した。

 熾天使に限らず、高位の天使族は複数の権能を持っている。それどころか、災厄前に生まれたパレエスには彼固有の権能さえ存在していた。その中から、パレエスは対人戦闘に適した権能を起動した。

 微笑を湛え、目を見開く。視える、聞こえる、読めている。刹那の間に、熾天使パレエスは彼等の連携の全てを看破した。

 

「やぁあああッ!」

 

 第一の攻勢、蒼炎を纏った剣が迫る。大振りのようで隙がなく、先駆けの本命に見せかけた布石の一撃だ。

 パレエスはこれを、最低限の動作で以て回避した。

 

「しゃあ! タマ取ったらぁ!」

 

 淫魔の大鎌、その刃が分裂して襲い来る。その程度の小細工に驚く訳もなし。これも同様に、舞うようにして回避した。

 

「死ねオラァ!」

 

 三段連携、心臓狙いの本命刺突。迷宮潜りの剣先を、パレエスはあえて見せつけるように手で払った。

 

 視線が交錯する。冷静ぶった地味な剣士の眉が震えたのを、パレエスは内心嘲笑った。やはり、余裕である。

 古天使固有権能、【読心予知(マインドリーディング)】。これを起動すれば、相手がどのように動くか手に取る様に分かるのだ。

 

 左右、先の二人が追撃を仕掛けてくる。前方、カウンター狙いのイシグロが壁になる構えを取る。

 当然これも読んでいた。ろくに視線を動かさず、パレエスは全ての攻撃を最小動作で凌いでみせた。

 

「ははっ。その程度ですか! 薄汚い迷宮潜りめ!」

 

 精神の優位性を取り戻した熾天使は、反撃もせずにふわりとバックステップしてドヤ顔を披露した。

 三対六枚の翼を広げ、燃えるような光輪を頂く熾天使は、まさに世界の支配者といった威厳を放っていた。

 

「ふぅん?」

 

 再度、激突。訝しげな顔のまま、イシグロが剣を振る。薄皮一枚の差で避けてみせる。続く矮躯の二人が死角を突いてくるが、先と同じである。にちゃあと、パレエスの笑みが深くなった。

 やがて、地味な剣士が口を開いた。

 

「……だいたい分かった」

「へ? ぎぇあ!」

 

 スパァン! 読心による予測がズレたと同時、パレエスの横腹を黒の剣が擦過した。横一文字、肋骨の下で多量の血液が飛び散った。

 痛みに怯むように飛び退いたパレエスは、敵対者の方向に光矢を乱射して退避した。

 今のは何だ? 修復が始まった横腹を押さえ、パレエスは再接近してきたイシグロを見た。その顔は、色んな感情が一周した無の表情になっていた。

 

「お前、先読み持ちだろ。なら先読みの先を読めばいいだけじゃん。あん時の夢魔と同じか? 芸が無いな」

「なにを? ぐぁ……!」

 

 横合いからの淫魔の魔法を捌いたところに、イシグロが投げた短剣が突き刺さる。

 

「いや読心能力か? 無心になったら停止するらしいな」

「なにを!? ぐぶぅ!」

 

 急に先が読めなくなったイシグロの動きに困惑した次の瞬間、今度は投石が突き刺さる。

 

「おぅ逆に誘導できるな。ザコってかバカじゃんね」

「なにをぉ!?」

 

 先程のドヤ顔はどこへやら。ちょっと煽られただけで、古の天使は激昂した。

 怒りに身を任せ、後先考えずにイシグロの読心に集中する。

 

「貴様の心、暴いてやりましょう……!」

 

 いくら無心を意識しようが、少し潜れば読めるものだ。対象を固定し、入り込む。

 予め決めておいた連携攻撃。淫魔と黒獣が迫る。避けて、躱して、更に潜る。イシグロの心、その奥を。

 そして、イシグロの心を覗いて見えたものは……!

 

「なっ……!?」

 

 熾天使の読心メモリーに、筋骨隆々の男達が互いの下着を脱がし合う光景が広がった。

 否、それだけではない。岡山の三人組。会員制のレストラン。同じ顔をした大量の男が「気持ち良過ぎだろ!」と合唱している。理解できない映像が、喧し過ぎる音声が、ある意味世界一ピュアな天使を浸食した。

 音楽に合わせて踊り狂う陰陽術師。支離滅裂な物語を語る機械仕掛けの声。毒電波使い。カボチャ頭の踊り子。謎の道化師。空から来た牡牛。五月蠅い赤セミ。音割れ魔導士。暴力上院議員。止まらない団長と死ぬ運命ではない男。それらを繋げた映像作品。検索してはいけない言葉が、熾天使の頭を冒して染みる。

 カオス極まる情報は、ついに熾天使のキャパをオーバーした。

 

「うわぁあああああ!?」

 

 魂レベルの危機を察知し、パレエスはイシグロとの繋がりを切った。永遠のような一瞬が終わると、やっと現実が戻ってきた。

 視線の先で、剣を振りかぶった男が嗤っていた。すんでのところでガードする。

 

「やっぱりな。お前初めてかここは、力抜けよ」

「貴様! どうかしているのではないですか!?」

「お? 大丈夫ですか大丈夫ですか? バッチェ冷えてますよ~?」

「やめなさい! キヴォトスでは淫むご……ハッ! 私は何を……!?」

「やっぱ好きなんすねぇ」

「ふざけっ! この! 死ねよやぁあ!」

 

 なおも連携攻撃を試みる前衛を、光の奔流で払いのける。

 次いで光の矢を乱射するが、対するイシグロは神経を逆撫でするような薄笑いを浮かべながらその全てを斬り払っていた。

 

「お前をネットミーム塗れにしてやるよ!」

「だ、黙りなさいこの変態が! 私の心に入ってくるなぁ!」

「甘んじて享受しろ、鬼龍のように」

「もぉおおおおおッ!」

 

 この時、パレエスはイシグロ一人を抹殺すべく攻撃を続けていた。

 しかし、この場にはイシグロ以外の脅威がいるのだ。連携こそ、黒剣一党の本領である。

 

「はっ!? 後ろか……!」

 

 背筋が冷え、燃えるように熱い。生存本能の賜物か、パレエスは咄嗟に背後を振り返った。

 鋭角的な跳躍。死角を潜り背後を取ったグーラが、蒼炎纏う大剣を振りかぶっていた。

 

「はぁああああ!」

「ひぃあっ!?」

 

 激突! 咄嗟に張った光の障壁が、蒼炎の剣を受け止めた。

 否、受け止め切れていない、蒼の炎が障壁を焼き、分厚い刃が押し込まれる。

 ガリガリ音立て壁が割れる。それはさながら、ガラス窓一つで落下する隕石を防ごうとしたかの様。

 

「ぐぁああああああ!」

 

 バリィイイイイン! 障壁はぶち抜かれ、必殺剣が眼前に迫る。

 反射的に身を捻る。避けきれない! ただ掠っただけでパレエスの右肩から先が消し飛んだ。

 

「いだ! ぎゃああああ!」

 

 如何な高位天使とはいえ、初めて腕が捥げる痛みに耐えられる訳もない。パレエスは蒼炎が燃え移った右肩を押さえ、くるくる回転して勢いよく墜落していった。

 慣性に乗って床を滑る。ゴロゴロ転がって追撃を回避。肩の断面を蒼の業火が舐めている。再生ができない。この炎には、不死殺しの効果があるのだ。聖水による消火を試みるも、鬱陶しいタイミングで大鎌を持った淫魔が邪魔してくる。

 

「追撃!」

 

 再度、前衛三人が襲いくる。癒えぬ火傷をそのままに、パレエスは読心を浅く張ってのたうつように逃げ回った。

 そのまま格納庫の出口に向かおうとするが、その瞬間に心臓に痛みが生じた。ここは竜の定めた決闘場なのだ。死ぬか殺すか勝敗が決まるまで、戦場からの逃走は許されない。

 

「貴様かぁあああ!」

 

 三人の攻勢を避けながら、パレエスは青白い鎖を握り続ける銀竜を睨みつけた。

 その隣で、刀を構えて何事か詠唱する天狐が目に入る。

 

「陰陽互根、五行相生……」

 

 目にも留まらぬ指捌き。印を結ぶ、術式を編む。やがて天狐の周囲に五つの魔法陣が形成され 重なり交わり一つの陣へと姿を変えた。

 複雑で、緻密な、芸術作品の如き陰陽陣。かつて、未熟だった彼女が一度だけ見た事があったもの。

 

「これで終わりじゃ、【天意流転領域】……!」

 

 瞬間、術者を中心として再度世界の法則が改変された。

 生と死の境界が曖昧に、真っすぐな物が歪み。清が濁に。天が地に。全て、生かすも殺すも思うがまま。

 これぞ陰陽術の究極奥義、【天意流転領域】。発動したが最後、天使の命は幼狐の掌中である。

 

「死ねい!」

「待っ、がぼぉ!?」

 

 問答無用。ごくごく小さな範囲内で、イリハは天使の生殺与奪権を踏みにじった。

 血液の清濁を反転させ、神経の糸を継ぎ剥ぎする。光の力を闇に堕とし、全身の骨を虚弱に替える。内臓という内臓をズタズタにして、おまけに脳を弄ってやった。

 相手が常人であれば、即座に死に至るだろう残虐行為の極致であった。

 

「舐めるなぁああああ!」

「くっ! ここまでか……!」

 

 熾天使の翼から光が溢れる。崩れた理が元に戻り、右肩を除く最高位天使の全身は瞬時に再生された。

 イリハの背から十本目の尻尾が消失する。いくら天才といえど、文字通り肝腎(・・)の力が足りなかったのだ。

 

「貴様等!」

 

 怒りによって痛みを忘れ、狙いも定めず短距離転移、権能の過剰使用で鼻血を垂らすパレエスは、全員の頭上で後光を背負った殲滅形態を取った。

 この場から離れるには、戦場を定めた銀竜を退かすしかない。維持には集中が必要なのか、鎖を握りしめる銀竜は苦しそうな顔をしていた。少し突けば、解けるはずだ。

 

「ぬぅん!」

 

 近接は不利。光矢は弾かれる。ならば、見えざる腕で殴り飛ばす。熾天使は【念力(サイコキネシス)】の腕を伸ばし、エリーゼを攻撃しようとした。

 そんな熾天使の背後に、これまで雑に無視してきた性悪少女が忍び寄る。

 

「ここで逃げるのはルールで禁止ッスよね」

 

 最小最薄の気配。ちくりと、羽の付け根――いやらしい位置――に何かを刺された感触があった。

 熾天使が振り返るより先に、その効果が発揮された。即ち、転移阻止である。

 

「やっと出番ね……!」

 

 杭が差し込まれたとほぼ同時、銀竜はあっさり鎖を手放した。

 身を翻し念力パンチを悠々回避。王笏を二挺手にした銀竜は、唇を舐めて歯を剥いた。

 

「危ないわよ、私の後ろに隠れなさい!」

 

 轟! 轟! 轟! 言うが早いか、禁断の魔法弾幕が解放された。

 礫が舞い、槍が奔り、刃が飛んで槌穿つ。どっかんどっかん景気よくぶっ放される魔法は、パレエス一人を殺すべく殺到した。

 

「勝てるつもりですかぁっ!」

 

 極光の嵐を避け、熾天使も負けじと魔法を放つ。駆け引きはともかく、純粋なパワー勝負で負ける訳がないのである。

 弾幕には弾幕を、火力には火力を。パレエスは同規模の魔法をぶっ放した。格納庫全体が揺れ、破壊をまき散らす。銀竜の背後では、仲間が身を寄せていた。

 乱れ舞う火力の余波で、前衛組が近寄れない。魔法による押し合いは徐々に天使に傾いていった。

 

「はははっ! どうやら魔力だけしか能の無い竜族のようですね! 銀竜とて、所詮奴隷はその程度!」

 

 更に力を籠めていく。余剰魔力で生成された疑似竜族魔翼を広げ、エリーゼは何とか耐えていた。

 やがて天使の魔法が直撃する寸前。苦悶の表情を浮かべていた銀竜は……。

 

「引っかかったわね……」

 

 得たりと、会心の微笑みを浮かべた。

 広げていた翼を畳み、全ての魔法を受け止める。青白い魔力の塊に触れるなり、天使の放った魔法の全てが吸い込まれていった。

 

お返しよ(・・・・)……」

 

 再度、ばさりと翼を展開した瞬間、禍々しい魔力の突風が熾天使パレエスを襲った。

 

「ぎっ! がぁあああ!」

 

 呪詛に変じた魔力の嵐。天使の放った殲滅魔法が術者自身を傷つける。

 再生しかけていた腕に傷が付く。治癒が遅い、遅くなる。これは再生遅延の魔力。つまり、此方が銀竜の権能だったのだ。

 翼で受けた魔法に権能を付与し、威力据え置きで反射する。これこそ、エリーゼの翼であり、エリーゼの鱗であった。

 

「今度こそ頭を潰します!」

「援護は任せろッス!」

 

 落ち往く天使に、蒼炎を纏う剣と大鎌が迫る。

 障壁を張れば壊される。避けるにしたって読心抜きでは難しい。何より、痛みのせいで権能を使う余裕がなかった。

 パレエスは必死の思いで魔力を練り、出来たそばから放出した。

 

「近寄るな下郎共ぉああああ!」

 

 熾天使の輪郭がブレる。次の瞬間には、格納庫内に大量のパレエスが投影された。それらは見る間に数を増やし、やがて視界を塞ぐ程まで膨れ上がった。幻術魔法である。

 そんな中、パレエスは隠形魔法で姿を消し、地面を這って移動していた。冷静さを取り戻した成果というより、この場から逃げたいという意識がそうさせていた。背中の杭を抜こうと藻掻いてみるが、這ったままでは手が届かなかった。【念力(サイコキネシス)】を使おうにも、下手に行使すれば居場所がバレてしまう。

 

 強いて気を紛らわせ、状況を確認する。淫魔は近くの幻影を攻撃して、黒獣は鼻を使って索敵していた。

 竜族は狙いを定めず魔法を使い、天狐は陰陽術の式を編んでいる。

 よくよく見れば、後衛二人の後ろに例の醜い天使が目に入った。奴は、奴らに守られているのだ。

 

「そこか……!」

 

 ソレを見て、パレエスの脳裏に起死回生の一手が思い浮かんだ。

 あの天使を人質にして、聖輪郷まで逃げればいい。元はと言えば、奴等はあの天使を奪いに来たのである。まさか人質を見捨てる選択はしないだろう。

 それに、今は杭によって転移が阻害されているだけで、逃走自体は可能なのだ。今あの技を再使用しないあたり、何かしら制限があるに違いない。

 

 最高位天使たるパレエスは、件の天使を捕らえるべくイモムシのように地を這っていった。

 やがて【念力(サイコキネシス)】の射程圏内に到着した。誰も気づいていない。今がチャンスだ。よろよろと立ち上がったパレエスは見えざる手を伸ばそうとして……。

 ふと、ここで思い至る。

 

 ――あの男は何処にいる?

 

「ぐはっ!」

 

 その時である。隠形魔法で姿を消していたパレエスの胸から、無骨極まる剣が飛び出した。その切っ先に、神聖なる血がベッタリこびりついている。

 緩慢な動きで、振り返る。そこには、同じく隠形魔法で身を潜めていた男の姿があった。

 

「絶対やると思った……」

 

 瞬間、計六対の視線がパレエスを見た。

 してやったりと笑みを隠せていない淫魔の顔には、「作戦大成功!」と書いてあった。

 つまり、読まれて、踊らされて、ハメられたのである。

 

「チェンジ! フォーメーション・シータ!」

 

 主に応え、淫魔と銀竜が拘束魔法を発射する。天狐の刀から守護霊が飛び出て、黒獣の背に憑依する。背中に靴底の感触がして、蹴りの勢いで剣が抜かれた。大量の血液が噴出し、熾天使の身体が押し出される。

 考えずとも分かる。目の前の鎖に捕まれば、蒼炎の剣で殺されるのだ。

 

 その時、パレエスの視界がスローになった。

 ただ死を確信したが為、本能が生存方法を探っているのだ。

 

 このままでは、蒼炎に焼かれて死ぬのだろう。

 近接戦は勝ち目がない。遠隔魔法は反射される。策を練って奇襲をしても、逆手に取られてこのザマだ。

 

 死ぬ? 死ぬというのか、この私が? パレエスは唖然とした。現実を受け止め切れない。そんな事、あり得る筈がないのである。あっていい訳がないのである。

 計画の完遂は間近だった。これまで一生懸命頑張ってきたのだ。使えない部下や気に入らない女共に苦労させられて、何度枕を濡らした事か。

 そもそも、五対一など卑怯ではないか。武装を整える暇もなかった。そこを寄ってたかって攻撃するなど、戦士の風上にも置けない連中である。手下の数で言うならば、本来此方が圧倒しているはずなのだ。

 そうだ、自分は被害者だ。もう少しだったのだ。こんな何の因縁もない相手に殺されるなど、全く以て道理に合わない。あまつさえ、相手は白い翼を持たない下等種族なのである。

 

 鈍化した視界の奥、身体を縮こまらせた天使が、死ぬ寸前のパレエスを見ていた。

 その目からは、何の感情も窺えない。ただ状況を眺めているだけだった。小さく、醜い、出来損ないの役立たずが。そもそも、こいつの出来がもう少し良ければこんな目に遭わずにすんだのである。

 

 幸か不幸か。

 この時、パレエスの脳裏で奇跡的な閃きが発生した。

 錆びついていたパレエスの頭に、一筋の光明が見えたのである。

 

 まだ、詰んでいない。

 ここから逃げる方法は……ある!

 

「【聖水(ホーリーウォーター)】ぁ……!」

 

 どっばぁああああああああ! 合掌したパレエスの手から、決壊したダムのように多量の水が噴出した。

 一瞬にして、閉鎖された格納庫内に清浄なる真水が充満した。全身全霊の放水によって、この場の全てを洗い流そうというのである。

 慌てて各々退くイシグロ一党。対し、パレエスは聖水の生成を自動化させ、あえて水の中へと潜っていった。

 

 聖水の中、念力を使って杭を抜く。これで転移ができるようになった。あとはこのまま聖輪郷に帰れば何とでもなるだろう。

 何だか知らんがとにかく転移だ。負けそうになった熾天使は、この時勝利を確信した。

 

瞬間転(テレポ)ぐ! ぐぁああ……!?」

 

 そう思って転移を試みた瞬間、片方の翼が切断された。何と、泳いで参ったイシグロが翼の付け根を攻撃したのである。

 剣を手放し、水中で組み付いてくるイシグロ。再度、背中に転移阻害の杭を打たれてしまった。

 身体をジタバタさせて暴れるパレエス。水中で相手を殴り殺そうとするイシグロ。天使は死に怯える目をしていて、人間は不退転の殺意に満ちた目をしていた。

 

 二人は聖水の激流に飲み込まれ、水圧に負けて開いた扉に吸い込まれていった。

 流れ流れて廊下に飛び出、何度も壁に激突する。ようやく離れた天使の脚に、イシグロは鎖付の矢を突き刺した。

 

「ぎゃああ! 獣か貴様ぁああああ!」

 

 流れる天使に鎖を握ったイシグロが追従する。どかんばこんと壁に衝突しようとも、キレにキレてるロリコン男は気にせず鎖を手繰っていた。

 

「あああぁあああああ!」

 

 訳も分からぬまま光力を解放し、パレエスは壁を破壊した。新しく開いた大穴に、二人がポンと放出される。

 

 空に投げ出され、全身に冷たい風が当たる。パレエスは足に刺さった矢を引き抜いた。

 視界全体、聖輪郷の雲の中。このままだと墜落してしまう。翼を使って飛翔を試みるが、片側三枚の翼では上手く空を飛べなかった。

 

「墜ちろぉッ!」

「ぎゃ……!」

 

 魔力感覚。同じく落下中のイシグロから飛んだ魔法が被弾。飛ぶにしても転移にしても、こうも邪魔をされては集中できない。

 魔法の足場を蹴ったイシグロは、左手に奇妙な形の杖を持ち、右手に刀を握っていた。

 この状況になっても。こいつはパレエスを殺すつもりなのだ。

 

「なんなんですか! 貴様は!」

 

 覚束ない飛行の中、熾天使も応戦する。高度を下げ続ける空中戦は、あまりにも不格好が過ぎた。

 やがて二人は雲を出て、赤くなり始めた空に落ちていた。眩しい太陽が二人を照らす。戦いは、まだ続くのだ。

 

「【雷網(サンダーネット)】!」

「ぐっ、馬鹿な!」

 

 互いに自由落下を続ける中、イシグロが放った拘束魔法がパレエスの身体をミノムシのように縛りつけた。

 翼が閉じる。手も塞がる。高貴なる熾天使は、真っ逆さまに落下した。

 

「うわぁあああああ! 馬鹿なぁああああっ!」

 

 足場を蹴り、勢いをつけたイシグロは刀を振りかぶった。恐怖のあまり、パレエスは失禁した。別の意味の聖水が飛び散る。

 天使が墜ちる。致死の刃が迫る。転移ができずに死んでしまう。そうでなくとも地面に当たってぐちゃぐちゃになる。だのにどうしてまだ攻撃してくるのだ。お互い落下死は望まぬはずだ。

 

「転移、転移、転移! クソぉおおおお!」

「うるせぇ黙れ死ねぇあああああっ!」

 

 急接近からの刺突、腹に刃が突き刺さる。熾天使の口に杖の先端が突っ込まれ、次いで過剰な殺意が解放された。

 爆発、爆発、爆発! パレエスの口内で何度も魔法が炸裂する。

 まだ死なない。なので殺す。地上が迫る。殺し続ける。

 

「死ね! 死ね! 百万回死んで詫びろ! ゲームオーバーだ! ド外道!」

 

 聖輪郷の雲は、もはや遠い。

 眼下に、大きな湖が見える。

 最高位天使は、空も飛べずに殺され続け……。

 

 遠く煌めく太陽が、立ち上った水柱を照らした。

 

 

 

 

 

 

 嵐の雲に抱かれた聖輪郷。赤みがかった空の聖地は、不気味な静寂に満ちていた。

 次の瞬間、何の脈略もなく一人の天使が出現した。権能による長距離転移である。

 

「げほ! ぼえ! はぁ!」

 

 転移してきたのは、聖輪郷を統べる最高位天使――“不動”のパレエスである。

 しかし、その姿はひと目で異常と判断できるものであった。三対翼の片側は根本から切り取られ、焼け焦げた右肩はじゅくじゅくと再生を続けている。その全身は余すところなく傷だらけで、再生途中の顔面は半分だけが形を保って、残る左目は縮瞳と散大を繰り返していた。

 傷だらけのパレエスは、四つん這いになって水を吐き出している。やがて咳を止めて周囲を見渡し、決死の転移が成功した事を確信した。パレエスが転移した場所は、聖墓に続く廊下だった。

 

「うぁあ……! おい、誰か! 何やってる! 誰か私を助けないか……!」

 

 よろよろと立ち上がり、右足を引きずって歩き出す。身体の右側が言う事を聞かず、途中なんども転んでしまいそうになった。

 飛翔ができない。莫大な光力が半分を切っている。権能も魔法も派手に使いすぎたのだ。こうも消耗したのは生まれて初めてだった。

 

「クソ、誰か……! 誰かいないのですか……! げほっ、げほっ! おぇえ……」

 

 夕陽の届かぬ廊下は、なおも静寂を保っていた。

 本来なら、主人の到着に反応して従者が馳せ参じるべきだというのに。

 

 しばらく歩くと、聖墓の入り口が見えてきた。祝福に満ちた美しい光が溢れている。あそこに入れば、直接後宮に転移できるのだ。後宮にさえ辿り着けば、式の続きをする事ができる。ジュスティーヌが待っているのだ。

 パレエスは聖域に足を踏み入れ、そして……。

 

「え……?」

 

 聖墓に集う守護天使に、包囲された。

 誰も彼も、パレエスを包囲する天使は複雑な感情を湛えた目をしていた。あるいは困惑。あるいは虚無。あるいは押し殺した憎悪。その全てが負の感情だった。

 

 ふと違和感を覚え、聖墓を見渡してみる。

 真っ二つにされた墓標の下に、四角い穴が開いている。その穴には、下りの階段が設えてあった。

 その意味を、パレエスがよく知っている。その奥にある秘境を、パレエスだけが知っている。

 聖墓の下には、熾後宮に繋がる階段があるのだ。

 

「はぁ……え?」

 

 理解が追い付かない。脳が現実を拒んでいる。

 聖輪郷にヴィーカが現れたのは知っていた。だから熾兵を送り出し、奴等に足止めをさせたのである。

 いずれ秘密を暴くにしても、何もかもが早すぎるのだ。まるで、最初から聖墓の秘密を知っていたかのように。もしくは、予め内通者でもいたかのように……。

 

「おやおやおや、これはこれは! いやはやどうも! よくもっ! ははっ、はははっ!」

 

 後宮に繋がる階段から、やけに大きな足音が響いた。そうして姿を現したのは、パレエスと同じ六枚の翼を持つ古の女天使だった。

 

「ガリエーラ……! 中に、入ったというのですか……!」

「五月蠅いですねぇ! 会議をすっぽかして何処に行ってたのかと思えば! ははっ、何ですその恰好は! あはははっ!」

「それより、神聖なる聖墓で何をしているのですか。この守護兵共は……」

「黙れ! 今の貴様に発言権はない!」

「なっ……!?」

 

 ガリエーラの背後、後宮に繋がる階段から高位天使が次々と現れる。

 パレエスと同じ最高位天使に、上位天使が複数。皆、パレエスに対して絶対零度の視線を向けていた。

 

「ぶ、無礼が過ぎますよ! ガリエーラ! 貴女こそ、何様のつもりですか……!」

「何故怒っているの!? 何故! 何故!? どうしてそっちが怒ってるんだ! ふざけるな下衆が!」

 

 ガリエーラの怒号が木霊する。あまりの気迫に、パレエスは一時痛みを忘れた。

 

「そうさ入ったとも! 嗚呼、見たとも! あの気色の悪い像を! 目を背けたくなる全てを! そして、ジュスティーヌ様の聖躯(・・)をなぁ!」

 

 今現在、生前のジュスティーヌを見た事のある天使は、聖輪郷でもごく少数である。ガリエーラは、その少数の一人だ。

 それどころか、彼女とジュスティーヌは友人同士だった。その事を、パレエスは何故だか今思い出していた。

 

「ちがっ! 誤解ですガリエーラ! 私はただ……」

「……此処にいたか、パレエス」

「ひぃ……!?」

 

 背後に気配。振り向いてみた先に、翼を広げた銀竜剣豪が立っていた。

 その手には、刃こぼれ一つない剣が握られている。

 

「ヴィーカぁ……!」

 

 忌々しい銀竜を前に、パレエスの脳裏に過去の情景がフラッシュバックした。胸に溢れた感情は、怒りと憎しみである。

 あいつ(・・・)さえ居なければ、ジュスティーヌは穢れた下界に降りる事などなかった。人助けなどという大罪を、犯さずに済んだはずなのだ。

 そうなのだ。地上の者のせいで、彼女は死んだのだ。文字通り、身を削って……。

 

「熾天使パレエス、貴方を拘束する。貴方は天使族の法で裁く」

「裁判など必要ない! どのみち処刑以外の罰はあり得ないのだから、ここで殺してしまうが宜しかろう! 当然、私が()る!」

「いいえ、そうは参りません。でなくば、ジュスティーヌ様の献身が報われません……」

「その御方を、こいつが汚した! それに、今すぐ殺さねば何をしでかすか……!」

 

 声が遠い。世界が狭い。パレエスの認知が、少しずつズレていく。

 歪んだ視界の中で、パレエスは過去と現在を眺めていた。

 

「どいつもこいつも……! ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがってぇ……!」

 

 涙でぼやけた視界の隅に、見覚えのある天使を見つけた。

 最近、洗濯場に送った仮面の天使だ。

 その唇は、にんまりと弧を描いていた。

 

「くぁ……!」

 

 怒りのあまり、喉の奥から変な声が出た。

 ついに、ガチでキレたのだ。

 

「なんだ、なんなんだよお前ら! 何様のつもりだ!」

 

 地団太を踏む。傷が開いて、血が飛び散った。

 熾天使の醜態を、同族の全員が冷たい瞳で見下ろしていた。

 あの、仮面の天使さえも……。

 

「僕等の邪魔をするなぁあああああ!」

 

 瞬間、いくつもの事象が同時に発生した。

 熾天使の絶叫。閃く刃。無明の光。

 そして、静寂だけが残った。




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◆一党の強化まとめ◆

・イシグロ
 純淫魔契約により、一部魔族特性を得る(不老、再生、魔力適性など)

・ルクスリリア
 純淫魔になった事により、純粋にパワーアップ。
 最上位職の固有スキルで、イシグロ限定のバフが可能に。

・エリーゼ
 精神的に成長した事により、時限展開式の竜族魔翼を獲得。
 エリーゼの翼は祖父同様に唯一無二の専用翼で、半透明の青白い魔力の翼。触ってもすり抜ける。
 この翼に通常の飛行能力はなく、代わりにA地点からB地点への超高速飛翔が可能。クールタイムが長い上、小回りも効かない。あくまで移動技。
 また、この翼には攻撃魔法の変換・蓄積・反射の能力があり、反射の際には呪詛や祝福を付与する事が可能。魔法限定の当て身技。

・グーラ
 精神的成長により、種族特性の「心炎」と「獄炎」に新フォームが生まれる。
 蒼炎には再生封じの能力があるので、対魔物や対再生能力持ち種族に強くなった。
 また、上記スキルの強化により力が上昇した。

・イリハ
 精神的成長により十本目の尻尾が生えた。これは時限強化技扱い。
 十本目の尻尾の効果で、これまで使えなかった最高クラスの陰陽術を使用可能になった。
 ただし、効果は一度切で、使い切った後は十本目の尻尾は消失する。バッテリーとメモリが増設されたようなもの。
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