【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。継続の励みになっております。マジです。
 誤字報告もありがとうございます。いつも感謝しております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称、よろしくお願いします。


極光の秋(下)

 数刻前とは、別世界のようだった。

 

 偽りの空、偽りの風。流れの止まった水路に、散った花弁が溜まっている。

 人気はおろか生命の気配一つない熾後宮は、神隠しに遭った廃都といった様相を呈していた。

 

「うぅ、はぁ……痛い、痛い……くふふ……」

 

 静まり返った後宮を、一人の天使が跛行していた。

 しかし、その姿は凡そ天使族と聞いて想像されるものではなくなっていた。

 

「じゅす、ティーヌ……はぁ、はぁあ……! 今、行くからねぇ……! ぁあああ……」

 

 熾天使パレエスである。

 左右三対だった翼は右側の三枚が付け根から両断され、切り取られた右腕は上腕の半ばで再生が止まっている。燃え盛っていた光輪は光力不足によって焼失していた。

 それだけなら戦傷を負った天使族と言えただろうが、その身体は人間族の老人のように痩せさらばえ、艶やかだった長髪は燃え尽きた灰のように色が落ちていた。原則不老不死の高位天使にあるまじき事に、パレエスはみすぼらしい老人の姿になっていたのである。

 けれども、落ち窪んだ眼窩の奥は、今なおギラギラと異常な生命力を燃やしていた。

 

「げほっ! げほっ、ごぼぇ……! あ、あぁジュスティーヌ……そんなにはしゃいじゃ、ダメじゃないか……」

 

 パレエスの歩いた後に、赤い線が引かれていく。銀竜剣豪に斬られた首の傷から出血が続いているのだ。

 しかし、当の熾天使は自身が死に向かっている事を気にする事なく、幻の恋人との逢瀬を楽しんでいた。

 

 何故、包囲された熾天使パレエスが聖墓の下にある熾後宮を歩いているのか。

 時は遡り、つい先ほどの事である。ついに怒りの沸点を超えたパレエスは、ヤケになって聖輪郷全体に【追憶送還(リフレキネシス)】を使用したのだ。結果、聖輪郷にいた天使全員が魂の牢獄に捕らわれる事となったのである。

 それは彼の銀竜剣豪も同様だった。しかしただでは倒れなかった。権能の起こりを察知され、一度首を斬られてしまったのである。相打ちに近い状況で、何とか時間をかけて接着し今に至る。

 

「そう、ここさ……げほ! よ、喜んで、くれるかい? ははっ、はぁ……」

 

 やがて、老いたパレエスは、後宮の奥にある施設の前に辿り着いた。

 彼の目の前には両開きの大きな扉があり、この中で彼と彼女は式を挙げるのである。

 倒れ込むように扉を開けたパレエスが式場に入ると、場内の床には多数の見知らぬ天使が倒れ伏していた。彼女を奪い去ろうとした、ガリエーラの部下である。

 だが、曖昧になったパレエスにはその者達は目に入らなかった。彼はただ一点、祭壇に横たわる聖女を見つめていた。

 

「あぁ、ジュスティーヌ……」

 

 式場の奥。陽だまりの祭壇に、空色の髪をした美女が眠っていた。

 紛い物ではない、本物のジュスティーヌ。その聖躯である。死して五千年以上経過しているというのに、その姿は生きていた時と同じ美貌を保っていた。

 純白の花嫁衣裳を纏う彼女は、パレエスの目からは彼を誘惑しているように見えた。

 

「はっ、はぁっ! い、今、行くからね……!」

 

 一歩一歩、パレエスは祭壇に歩み寄った。

 やがて祭壇の前に辿り着くと、近くにあった箱を開錠し、淡く光る水晶を取り出した。

 この中に、これまで溜め込んだ無数の魂と、軸となる三つの魂が入っているのだ。

 

「【魂魄操作(ソウルキネシス)】……」

 

 右手に水晶を持ち、左手で聖女の心臓に触れる。必死にかき集めた光力で、水晶の中身を聖躯に注ぎ込んでいく。

 大小の光が躯に取り込まれていく様は、さながら小さな水槽の中身を大きな水槽に移しているかのようであった。

 そして、全ての光が取り込まれた時、ドクンと躯の心臓が動いた。まだ足りない。最後のピースをはめ込むように、パレエスは出来損ないの天使から抽出した魂の欠片を注入した。

 

 ゆっくりと、聖女の瞼が開かれる。

 夕陽を思わせる茜色の瞳。雲のように白い肌。澄んだ青空のような髪。

 瑞々しい生命力を取り戻したジュスティーヌは、毎朝そうしていたように上体を起こした。

 次いで、素足のまま祭壇を下り、ぱちぱちと瞬きをしながら周囲を見渡した。

 

「あぁ、ジュスティーヌ……。おはよう……ずいぶんよく眠っていたね……」

 

 目が合う。しかし、起床した聖女はすぐに別の方向を見た。まるで、起き抜けの頭で考え事をしているかのように。

 そんな彼女に気づかず、パレエスは蘇ったジュスティーヌに手を伸ばした。

 そっと、柔らかな頬に触れようとした。その時である。

 

「ぐべっ……!?」

 

 熾天使の頬に、強か裏拳がぶち込まれた。

 明らかに他者を殴り慣れた打撃。パレエスの頬骨は瞬時に粉砕され、その身体は水平方向にふっ飛び壁と衝突した衝撃で式場の一部にクモの巣状のヒビが入る。

 

「ジュス、ティーヌ……?」

 

 壁に叩きつけられたパレエスは、呆然とジュスティーヌを眺め見た。その視界いっぱいに、網膜を焼くような極光が迫る。

 光線一条。いや二条、いや三条。立て続けに放たれたビームは、ジュスティーヌの二つ名の由来となった攻撃魔法だった。

 極光の乱射が収まる。パレエスは愛しの聖女と言葉を交わす事もなく、あまりに呆気なく黒焦げの天使になってしまった。

 ぼとりと上半身と下半身が分裂し、次いで落ちてきた瓦礫が焦げた天使を埋めた。

 

「パレェエエエエエス!」

 

 次の瞬間である。怒号と共に、式場の扉が破壊された。

 現れたのは、ずぶ濡れ状態のイシグロとその一党。それから、十三番の騎乗する魔導人機だった。

 熾天使にトドメを刺すべく、白銀鎧によって彼の一党が【瞬間転移(テレポート)】してきたのである。

 

「……え? これどういう状況? パレエスは?」

「あの瓦礫に埋まってるとか?」

「警戒すべきはそこじゃないようね……」

「まさか……ジュスティーヌ様?」

「いやアレは尋常の生命ではないぞ。身体の中で無数の氣が暴れ回っておる。まるでヒトガタの爆弾じゃ……!」

 

 しかし、式場には佇む美女がいるだけで、憎き熾天使の姿は見えなかった。さしものイシグロも状況の理解が追い付かなかった。

 

「あ、あの中に……ファル達がいる……!」

 

 十三番の震えた声に反応し、ジュスティーヌと思しき美女が此方を見た。

 彼女の中に、イシグロが身を以て知った十三番の家族がいるというのだ。

 全てを察し絶望する十三番と異なり、イシグロ達は警戒を強めていた。蘇ったらしいジュスティーヌの聖躯には、第三王子に勝るとも劣らぬ圧を感じ取った為である。

 見ていると、彼女の頭上に車輪のような光輪が浮かび上がった。望洋としていた瞳に光が宿る。

 そして彼女は、顎に手を添えて、云った。

 

「……なるほど、時間が無いわね」

 

 利発そうな、それでいて快活そうな女性の声だった。

 ぽつりと呟かれた声音には理性と知性が確立されており、そこに当初一党が感じた怪物然とした雰囲気は見受けられなかった。

 

「ここはゼノちゃんの造った異境ね……。で、聖輪郷に繋がってるのかな? とりま出来るだけ飛んでけば被害は……いや、誰かに殺してもらった方がいいかっと、君は?」

 

 何事かぶつぶつ呟いていたかと思えば、いきなりイシグロの目を見て質問してきた。

 困惑するイシグロに向かってつかつか歩み寄って来る。武器を構えていいものか迷っている間に、彼女はパーソナルエリアなど知らぬとばかりに距離を詰めてきた。

 

「もしかして、あたしの言葉分かんない? 共通語だよね? 時代進んで通じなくなっちゃってんのかしら……」

「あ、いえ! はい通じてます」

「なんだ、なら良かった。貴方名前は?」

「え? えーっと……」

 

 答えようとしたその時に、背後から急接近する気配。暴風と共に急停止したのは、牢獄を抜けたヴィーカだった。

 彼は空中に静止して周囲を見渡し、死したはずの友が立ち上がっている姿を見て目を丸くした。

 

「ジュスティーヌ……」

「あっ、ヴィーカ君じゃん! 久しぶり! なんか蘇っちゃったみたい!」

 

 まんま古い友人に会ったようなテンション。翼を畳み、地に足を付けた銀竜は目を細めて記憶通りのジュスティーヌを見た。

 

「……まさか、本当に復活させたのか」

「そうそう、マジあり得ないわよね! なんか、死霊魔術をベースに色々使った……みたいな?」

「死霊魔術だと? つまり、貴様は不死者(アンデッド)の類いになったという事か?」

「それがちょっと違うっぽいのよ。えーっとね? 今、あたしの中に沢山の綺麗な魂があってね……っと、これは別にいいわね! 重要なのはそこじゃないわ!」

 

 呆気に取られるイシグロ達を置いて、旧知の二人は気安い会話を交わしていた。

 そして、一度言葉を切ったジュスティーヌは、神妙な顔になってヴィーカの目を見つめた。

 

「もうすぐ、この身体が暴走してしまうわ。迷子になってる子達があたしの中で暴れているの。暴走が始まったら、あたしじゃ抑え切れない。だから……」

 

 見つめ合う二人に、甘い空気は存在しない。

 ただ、揺るぎない信頼だけがあった。

 

「そうなる前に、あたしを殺してほしいのよ」

 

 銀竜の眉間の皺が深くなる。

 小さく口を開いたヴィーカは、呻くようにして喉を震わせた。

 

「……私に、仲間を斬れというのか」

「あら! 仲間だと思ってくれてたのね!」

「当然だろう」

 

 剣を握る力が強くなる。イシグロの後ろで、エリーゼが「お祖父様……」と心配そうな声を発した。

 

「ま、待って! その中にはわたしの家族がいるの! 殺しちゃダメ! 何か、方法が……」

 

 覚悟を決めた二人を遮るように、魔導人機から下りた十三番が声を荒げる。

 対し、ジュスティーヌは慈母のような笑みを浮かべてみせた。

 

「ええ、分かっているわ。ファルちゃんとリンちゃんと、ナッテちゃんね。信じてもらえないかもしれないけど、あの子達も消える事を望んでいるわ。このまま暴れ回るより、すっきり死にたいって」

「そんな……」

 

 十三番は何も言えなくなり、その場にへたり込んだ。聖女を見上げる瞳には、深い絶望が沈殿している。

 そんな彼女を気遣うように、イリハが翼の無い十三番の背を撫でた。エリーゼの治癒を受けても、その背の翼は再生しなかったのである。

 

「えーっと、改めて聞かせて頂戴? 貴方、名前は?」

 

 再度、イシグロは名を問われた。

 

「イシグロ・リキタカと申します」

「そう……」

 

 今この状況でイシグロの名を問う意図は分からなかったが、イシグロはできるだけ真摯に応答した。

 そして、満足そうな表情を浮かべたジュスティーヌは、気負う事なくヴィーカの正面に立った。

 

「ヴィーカ君、後はよろしくね」

「……分かった」

 

 ヴィーカは手に在る剣を放り、懐から新しい剣を手に取った。

 その刀身は浅く湾曲しており、凡そ鍛冶師の手になる代物とは思えぬ妖気を放っていた。間違いなく、彼の持つ中で最強の剣である。

 

「斬ってほしいのは、あたしの身体だけね。他の子を痛くしちゃダメ。できるでしょ?」

「任せろ……余裕だ」

「ふふっ、男の子なんだ」

「黙っていろ……」

 

 悠然と、泰然自若と、銀竜剣豪は手に持った剣を振りかぶった。

 その構えは、横薙ぎの軌道を描くものだった。一刀のもと、苦しませずに友の首を斬るというのだ。

 

 静寂。瞑目した銀竜剣豪は、一度深く息を吸った。

 目を見開く。刃が迸る――そのように見えた頃には、彼は既に剣を振り抜いていた。

 

 血は流れなかった。一見して、ジュスティーヌに傷らしい傷はなかった。痛みもまた、当然に。

 けれども、その首は皮一枚で繋がっていて、見事に彼女の命だけを刈り取っていた。

 

「流石、凄まじい剣技ね」

「鍛えているからな」

「ほんと、凄いなぁ……」

 

 穏やかな声。その喉から、小さな光があふれ出た。

 小さな光達は一度ヴィーカの身体を一周し、異境の出口の方へ飛んで行った。

 魂が解放されたのだ。

 

「見送りましょう」

「うん……」

 

 呆然と眺める十三番の肩を、エリーゼが支えた。

 一同は、世界に帰って行く魂を見送っていた。

 

 その時だ。

 

 グイと、遠くにあった魂が此方側へ吸い寄せられた。さながら透明な網にでも引っかかったかのように。

 吸い寄せられたのは一つではなく、漏れ出た魂の全てが式場の方へと戻されていた。

 

「なに、勝手な事をしてる……! コレは、僕のものだ……!」

 

 そして、瓦礫から這い出してきたパレエスの掌に凝集していった。

 権能によって、解放された魂を再び現世に繋げようというのだ。

 

「クソが!」

 

 反射的に駆け出すイシグロより先に、ヴィーカが既に斬っていた。

 奴の命は、刃で撫でるだけで消え去った。魂を掴む腕を斬り飛ばし、首と心臓を裁断し、焼け焦げた肉体をバラバラに切断する。その太刀筋は、常より僅かにブレていた。

 故に、最初に斬るべきモノを間違えたのだ。

 

「捕まえたぞ! ジュスティーヌッ!」

「えっ、ちょっと!? なに!」

 

 その時だ。どういう理屈か、式場にパレエスの声が木霊した。

 次いで、ジュスティーヌの中から一際大きな四つの光があふれ出し、祭壇の上に集合した。パレエスの身体からもまた同じく。二つは溶け合い、重なり合い、やがて大きな光となった。

 あまりにも眩しい光。眼を庇う一同の前で、それは姿を現した。

 

「……ふむ。さすが僕だ、何とかなったようだね」

 

 祭壇の上に、ぼんやり輝くヒトガタの光が座している。

 長い脚を組み、緩く両腕を広げ、如何にも満足げに顔のない頭を頷かせている。

 にちゃりと、頭部前方の下部に口らしき裂け目が生まれ、それは三日月型に歪んだ。

 

「随分と、当初の計画とは異なりますが……結果的に一つにはなれたので、まぁ良しとしておきましょう」

 

 光るヒトガタから、パレエスの声が聞こえてくる。

 怒っても、焦ってもいない、常と同じ余裕げな声音。

 目の無い顔が、この場の全員を見下ろしていた。

 

「肉体を捨て、魂のみの存在となった。なるほど、これが神話(・・)に語られる天使を作りし伝説の種族……亜神(デミゴッド)族というやつですか。いやはや、ふふふ……」

 

 不気味に笑うパレエスに、飛ぶ斬撃が飛来する。

 しかし、その物理攻撃はヒトガタの身体をすり抜け、祭壇と後ろの壁を両断するに止まった。

 

「無駄だよ。贅肉を脱ぎ払った今、誰も僕を傷つける事はできない……」

 

 銀竜の剣が迫る。魂を斬る連撃を、パレエスは完全に無視していた。

 そうして、悠然と浮かび上がったパレエスは、ややあって何か思いついたようにパチンと指を鳴らしてみせた。

 

「あとは、この国を綺麗にするだけですね」

 

 瞬きの瞬間、パレエスは何処かへと転移していった。

 パレエスのいた場所を、銀竜の剣が擦過する。

 その剣は、何も斬る事はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 肉体を捨てたパレエスは、まずその身に宿した魂を収め得る器を求めた。

 それに関して、彼にはすぐに思い当たるものがあった。

 条約締結後、秘密裏に開発していた新型魔導人機。即ち、パレエス専用機である。

 

「ふぅ……この中なら、ずっと一緒にいられるね。ジュスティーヌ」

 

 隠された倉庫に転移し、パレエスは漆黒の魔導人機に搭乗して一息吐いた。

 未完成の機体である。性能は正規品よりも劣るが、当座の器としては十分だ。本来なら、もっと調整を重ねてパレエス自身を適合者に変える予定だったのだが、適性のある魂を取り込んだ今その必要は無かった。

 

「さぁて、ハネムーンは何処に行く? 世界一周旅行もいいし、地下を見て回るのも面白いかもしれないね。吸血鬼共も、今の僕なら余裕だと思うしさ……」

 

 魔導人機の起動シーケンスを進めつつ、彼は体内にいる魂へ語り駆けていた。

 現在、パレエスの中にはジュスティーヌがいるのだ。その気になれば分霊を生み出して彼女を実体化させる事もできる。

 が、今出すと逃げていきそうだった。どうやら、急に起こした事でご機嫌斜めになってるらしい。パレエスは、ジュスティーヌのそういう面倒臭いところも好きだった。

 

「と、その前に……。もう必要もないし、聖輪郷(あそこ)壊しちゃおうか」

 

 瞬間転移。パレエスの駆る漆黒の魔導人機は、聖輪郷を見下ろす位置に着いた。

 格納空間から大型の錫杖を取り出し、構える。光力を充填していき、聖地サベイピアへ狙いを定めた。

 普段、聖輪郷は古代の魔導結界で守られているのだが、運よくヴィーカが破壊したところだった。

 今なら、一撃で堕とす事ができる。

 

「やめてって、それは何で? 確かに故郷ではあるけど、もう僕等には必要のないものだろう? それに、君との関係を知られた以上、生きてたら面倒な奴が沢山いるんだよ。だから、ついでに島ごと壊しちゃおうって話さ。ふふっ、優しいねジュスティーヌ……」

 

 魂に響く怒声も、今のパレエスには届かなかった。

 肉体を失った彼は、これまで溜め込んできた情念と欲望のみで動いているのだ。故に、ただでさえ他人の話を聞かない性質が強化されていた。

 

「ほら、怖いなら目を瞑って。すぐに終わるからさ……」

 

 甘く囁きつつ、テニスのサーブでも打つようにして破壊の奔流が解き放たれる。

 そこには一切の躊躇いがなかった。狙いは聖地サベイピア。その中心。聖墓である。そこには無防備な厄介者がいるのだ。今殺しておいた方が楽だから、今殺そうというのである。

 

 音よりも速く、雷よりも速く、破滅の弾丸が聖地に迫る。

 空を裂き、熱を置き去りに、奔る奔る突き進む。

 その弾丸は、狙い違わず墓標に向かい……。

 

 ギィイイイイイイインッ!

 

 そして、受け流された(・・・・・・)

 響き渡る轟音と、相殺された衝撃。光弾は聖輪郷を覆う雲の方へ飛んで行き、結果聖地に傷一つとして付けられなかった。

 

「なんっ……!?」

 

 目を見開くパレエス。魔導人機の中、強化された知覚でその元凶を確認する。

 アレを跳ね返すなど、パレエス自身であっても不可能である。障壁は貫通するし、着弾したら爆ぜるのだ。それを受け流すなど、全く以て理解ができない現象だった。

 ズームされた視界、そこに移った人影は……。

 

「さすが無銘だ、何ともないぜ」

 

 熱を持った剣をひと振り。その男は呟いた。

 空中の足場に立ち、此方を見上げる瞳は漆黒。みすぼらしい実用一辺倒の鎧は、どこをどう見ても迷宮潜りの様相だ。

 単なる冒険者。下等な種族。ただの人間で、小さき命。

 

「ふぅん、逃げなかったのか。勇敢じゃんね」

 

 誰あろう、イシグロ・リキタカである。 

 

「まッ! たッ! お前かぁああああ!」

 

 あからさまな挑発に、パレエスはまたしても引っかかった。 

 ロクに狙いも定めず、光の弾を撃ちまくる。同時に跳んだイシグロは、左手に杖を持ちパレエス目掛け駆け上がってきた。

 

「弾は俺がやる! 十三番は構わず突っ込め!」

「りょ、了解!」

 

 イシグロの後ろから、白銀の魔導人機が続く。不安定な光輪は、機体のコンディションの劣悪さを表していた。

 そんな状態で、向かって来ようというのである。

 

「堕ちろ! 堕ちろ! くっ、何故当たらない!?」

「もっかい心読めばいいんじゃない?」

「誰がやるか! ゴミ虫め! ウジ虫め! 近づいてくるな変態が!」

 

 数撃ちゃ当たると強化光弾を連射するも、イシグロは稲妻のような軌道で回避していた。それどころか、十三番に当たる弾を受け流す余裕さえあった。

 やがて錫杖が熱を持ち過ぎ、強制冷却状態に入ってしまった。パレエスは無意識に舌打ちし、他に使える武器はないか機体の格納空間を探った。

 この男、戦いが不慣れな上に機体も使い慣れていないのだ。

 

 

「くぅたぁばぁれぇええええッ!」

 

 後退しつつ、漆黒の鎧は格納空間から使い魔を呼び出した。

 光力を注がれたソレ等は、主の命令に従ってイシグロに向かい突撃。迫り来る飛翔体は鳥か魚か虫の群れといったところ。

 

「オールレンジ攻撃か? いやミサイルかな」

 

 突っ込んでくる使い魔は、イシグロ視点ドローン兵器に見えていた。数は八、速さはそこそこ。その軌道は、使用者の頭脳がマヌケなせいか極めて直線的で、あまりに分かりやす過ぎた。

 近づいてくるドローンを、イシグロは接近機動の途中で纏めて【雷網(サンダーネット)】で拘束した。バラバラに動かせばいいものを、纏めて使うからこうなるのだ。

 

「なに!? き、近接武器、近接武器……ぐぉ!?」

 

 間合いに入った。剣撃一閃、胸の装甲に傷が付く。

 浅く【切り抜け】つつ、イシグロは思った。なんか弱くないか? と。

 

 イシグロ視点、魔導人機搭乗時よりも生身パレエスの方がよっぽど強かったように思われた。狙いもガードも武器変更も、何にしたって判断が遅い。

 しかし、彼はあくまで魔導人機を使う事に固執しているようだった。あるいは、単に視野が狭くなっているのか。

 

「剣! これか! うぉおおおおおッ!」

「じゃけん【受け流し】ましょうね」

「何!? グワァアアアアアッ!」

 

 剣の間合いに入れば、素人がプロに敵うはずもない。空中での立ち回りも、イシグロは当然として練習していた。

 四方八方、斬撃の嵐。壁を蹴っては空駆けるイシグロが、漆黒の機体に大小新たな傷をつけていく。

 対し、標的を捉えるべく近接武器を振り回す魔導人機は、まるでレバガチャする初心者ゲーマーのようだった。

 

「この! 最強の兵器と聞いていたが、とんだ欠陥品じゃないか! あぁもう! 僕の操作についてこない!」

「お客様、台パンはお止めください。他のお客様のご迷惑になりますので」

「ふざけた奴! ひぎゃ!?」

 

 ズバァン! 近接武器を握る指が斬り飛ばされる。

 機体に連動した痛みが奔る。ここにきて、調子に乗っていたパレエスに恐怖の感情が過った。あの時、胸を刺されたトラウマが蘇ったのである。

 

「に、逃げな、おぉ!?」

 

 転移すべく一旦離れた機体の背に、何かが衝突した。いや違う。頭の上に、誰かが乗っているのだ。

 前方、イシグロが突貫してくる。背後、白銀の鎧が何かを投げたのだ。上方、金の髪をした淫魔が、転移阻害の杭を掲げていた。

 隠れていたのだ。極天の後ろに、このメスガキは。

 

「やめろぉおおおお!」

 

 第二のトラウマである。パレエスは反射的に逃げようとした。そして、聖墓に続きもう一度に奇跡が起こった。

 なんと、土壇場で覚醒したパレエスは件の杭が打ち込まれるより先に、ヤケで行使した【瞬間転移(テレポート)】が成功したのである。

 一瞬の浮遊感、転移した確信。どこに転移したのか分からないが、これで大丈夫だと思った。

 

「はい、ブスリ♡」

 

 が、そんな事はなかった。

 転移阻害の杭が装甲の隙間に突き刺さる。これにより、この機体は転移ができなくなったのだ。迎撃すべく腕を祓うと、淫魔はひらりと逃げていった。

 だが、実際に転移は成功したはず。反射的に理由を探ったパレエスの魂に、愛しい声が聞こえてきた。

 

『させないわよ、パレエス!』

 

 身体の中にいるジュスティーヌが、パレエスの権能行使を妨害したのである。

 パレエス視点、突然の裏切りだった。何故、彼女が自分の邪魔をしたのかさっぱり分からなかった。

 

「何故そんな事を……!?」

『え、本気で言ってるの?』

 

 頭の中に、呆れたような声が響く。

 魂に耳を傾けてみて、気づいた。パレエスに宿った魂は、満場一致で宿主の“死”に賛成していた。

 他の権能を試してみるが、どれも上手く起動しなかった。あまつさえ、飛行さえも。愕然とした。翼を失くしたパレエスは、魂の許可なく空を飛ぶ事ができない身体にされていたのだ。

 

『皆とはお話済みよ。貴方が生きる為に、あたし()の力は使わせない』

「こんの! 後でおしおきだぞ、ジュスティーヌ!」

『うわキモッ!』

「権能無しだとて!」

 

 左右からイシグロと淫魔が攻撃してくる。それをガードしている間に、正面に回った白銀鎧が組み付いてきた。

 雲海の上で、白黒の魔導人機が相撲を取る。いくらオリジナルの極天とはいえ、出力はパレエス機が圧倒していた。

 

「やぁああああああッ!」

「汚らわしい! 離せ、このガキ!」

 

 振り払おうとするが、何故か極天は愚直に押してきた。

 まるで、パレエスをこの場に固定しようとしているかのように……。

 

「……えっ?」

 

 そう思い至った時には、既に斬られていた。

 舞い上がる雷のようだった。聖墓から空中へ、翼を広げて飛んだのは、剣を握った銀竜だった。

 

 ――単なる一太刀。それで片が付いた。

 

 ファンの歴女に応援され、天狐の守護霊を憑依させ、孫娘からの支援を受けた。

 世界最速の竜、銀竜剣豪ヴィーカ。音速などを優に超え、漆黒鎧の核だけを斬ったのである。

 まさに、神業であった。

 

「出力が落ちる!? えっ、何だいきなり! 動け、このポンコツが! これだから機械は!」

 

 パレエスはコクピットをガンガン殴った。だが、精密機械の結晶は、いくら叩いても直らない。

 勇壮なる黒の機体が動力を失って墜落していく、そんな中、彼の魂から優しい声が聞こえてきた。

 

『助けてあげよっか?』

「ジュスティーヌ! 頼む、助けて!」

『おっけー』

 

 ジュスティーヌである。助けと聞いて転移させてくれるのかと思ったパレエスは喜色を籠めて即答した。

 だが、次の瞬間パレエスの身体は機体の外に吐き出された。脱出装置である。

 

「そっちじゃなぁああああい!」

 

 空中に投げ出されるパレエス。同時、なおもしがみ付いている極天の搭乗口が開き、中から十三番が飛び出した。

 その手は、パレエスに向けて伸ばされていた。

 

「お願い! 皆、手伝って……!」

 

 当人の意思とは関係なく、パレエスの手も十三番の方に伸ばされる。

 その手のひらが、重なった。

 

「せーの……!」

 

 息を合わせる。魂を重ねる。自分にはできない事も、皆と一緒ならできるはず。

 偉大なる英雄から、大切な家族を介し、十三番が開門する。

 言わずとも、伝わったのだ。皆を救う最善策が。

 

『【追憶送還(リフレキネシス)】……!』

 

 そして、十三番達は足を踏み入れた。

 魂の楽園へ。

 

 

 

 

 

 

 そこは、どこまでも続く草原だった。

 青い空は遠く、柔らかな太陽は暖かい。大きな木では可愛らしい鳥が鳴いていて、澄んだ川が流れていた。

 その場を形容するならば、楽園こそが相応しい。

 

 楽園には、背中に羽のある子供達がいた。彼女達は皆、楽しそうにはしゃいでいた。

 自由に飛んで、自由に駆けて、自由に遊ぶ。

 誰も彼女達を叱る者はいなかった。

 

「ごめん。皆のこと、助けられなかった……」

 

 楽園の中で、四人の天使がテーブルを囲んでいた。

 一人は矮躯の天使。三人は淡い髪色の美女だった。

 

「もう、謝る事じゃないでしょ」

「そうよ。それに、むしろ私達が謝るべきだわ。貴女に、これほどの重荷を負わせてしまって……」

「結局、何もしてあげられなかったね~」

 

 彼女達は、初対面同士だった。

 音声のみの関係。顔を見た事もない。

 それでも、紛れもなく家族だった。

 

「安心して。あの子達は、私達が連れていくから」

「悲しいばかりでは、報われないもの」

「遊び疲れるまで、ずっと見守ってるからさ」

 

 十三番とその家族は、遠くで遊ぶ子供達を眺め見た。

 思えば、あっちの楽園ではこんな事はできなかった。

 屈託なく笑い合う彼女達は、紛れもなく楽園の天使だった。

 

「ねぇ。私達、十三番ちゃんに贈り物を用意してきたの」

「贈り物……?」

「決まらないままで、離れちゃうところだったけれど……」

「今しかないもんね」

 

 三人は顔を見合わせ、くすりと微笑み合う。

 それから、もう一度十三番の目を見た。とても、優しい眼差しで。

 

「ずっと考えてたの。貴女の名前を」

「名前……?」

「ええ。そういう感覚自体が無かったから、少し難しかったわ」

「他の人からしたら、ちょっと変かもしれないけどさ。あー、嫌なら改名とかご自由にって感じなんだけど」

 

 代表して、母であり長女であるファルが口を開いた。

 

「貴女の名前は、レノ。もう番号でなんて呼ばせないからね」

 

 これまで、彼女は工場で振り分けられた番号で呼ばれていた。

 ファル達の名は、あの忌々しい男によって名付けられた忌み名である。

 けれど、十三番――レノという名は、家族が家族を想って付けた名前だった。

 

「レノ……」

 

 新しい名前を、レノは口の中で確かめた。

 不思議な響きだった。数字じゃない名前に違和感があった。

 それでも、大事にしようと思える。楽園の天使達と同じように、忘れちゃいけないものだと感じた。

 

「ありがとう……」

 

 末っ子からの感謝に、家族の方こそ救われたような顔になった。

 嫌な事ばかりの生涯だったが、こうなったのなら報われる。そんな表情。

 初めて会った家族は、末っ子を想う事で心から満たされた。

 

「レノちゃん、お元気で」

「幸せになりなさい、レノ」

「嫌な事あったら逃げちゃっていいんだよ。レノちゃん」

 

 小さな天使の身体が、徐々に粒子に還って行く。もう一緒にはいられないようだ。

 レノは初めて貰ったプレゼントを胸にしまい、強いて不器用な笑顔を作った。

 

「うん……お元気で」

 

 立ち上がり、テーブルから離れる。

 もう会えない家族へ。せめて、笑顔でお別れをしよう。

 そう、思ったのだ。

 

「十三番ちゃん」

 

 突然、背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこには遠い過去にいる友の姿があった。

 魔物に改造され、いつかレノが十三番として殺してしまった天使である。

 彼女は、十三番の中にいた幻だった。

 

「じゃあね、レノちゃん! 元気でね!」

 

 幻の少女は、笑顔で手を振った。 

 

「うん……!」

 

 レノもまた、控えめに手を振った。

 彼女の周りには、同じ楽園で生まれた少女達がいた。

 元気いっぱいだった子。怖がりだった子。最後の洗礼でいなくなった子。

 皆、去り行くレノを祝福していた。

 

「ありがとう……。皆の事、忘れないから……」

 

 こうして、彼女はちゃんと「さよなら」を言えたのだ。

 かけがえのない、友達に。

 

 

 

 

 

 

「ひぁあああああ!? あっ! がぁあああああああ! やめろやめろやめろ! 何処へ行くお前等! 僕の身体から出るなぁあああああああ!」

 

 聖輪郷外郭、トロス天原。雲に覆われた草原で、超越者になったはずのパレエスは胸を押さえてのたうち回っていた。

 痛みに悶え、草原を掻きむしり、背中を反らせて絶叫する姿は、哀れを通り越して失笑ものだった。

 

「うぁああああっ! ジュスティーヌ! ジュスティーヌ! なにやってる! このままじゃ、僕が死んでしまうんだぞ! 早く助けてよぉおおおお!」

 

 光り輝く身体から、絶えず無数の魂が溢れ出る。魂が抜け出るにつれ、パレエスの身体は小さくなっていった。

 やがて現代日本人の平均身長を下回ったあたりで、彼の身体に変化があった。その胸から、一際大きな魂が外に出たのである。

 

「ふぅ~! 脱出成功~!」

 

 やがて大きな魂は形を成し、ジュスティーヌの肉体を再現した。

 対し、全ての魂を失ったパレエスは、亜神に至る前の老天使の姿に戻っていた。

 

「レノちゃん、手伝ってくれてアリガトね! 貴女がいなかったら、あたしコイツの中で生き続けてたと思うわ!」

「う、うん……」

 

 受肉したジュスティーヌは、近くにいたレノの頭をナデナデした。撫でられた経験のないレノは、不思議と悪い気はしなかった。

 そんな二人をイシグロとルクスリリアが見守っている。今度こそパレエスを殺せるように、武器を握りながら。

 

「そんな、ジュスティーヌ! なんで、なんで僕から出て行った!? う、嘘だ! こんなはずはない!」

「だからキモいのよアンタ! 静かになさいって!」

 

 その時だ。ばさりと、二人の間に鋭利な翼が舞い降りる。

 銀竜剣豪ヴィーカである。その後ろから、イリハとグーラがエリーゼによって運搬されてきた。

 

「殺すが、構わんな?」

 

 一切の容赦もなく、ヴィーカは剣の柄を握りしめた。

 みしりと柄が軋む音を聞いて、パレエスは「ひぃ!」と悲鳴を上げた。

 

「それはいいんだけど、ちょっと待って。実は時間余っちゃっててさ」

「……早くしろ」

 

 殺意に満ちたヴィーカを制したジュスティーヌは、尻もちをついて怯えるパレエスの前でしゃがみこんだ。

 目線を合わせた熾天使は、美しい聖女を仰ぎ見た。その瞳に、常の虚飾や余裕は見受けられない。

 

「ねぇ、何でこんな事したの?」

「何で……?」

 

 それは、あまりにも興味本位といった風の問いだった。

 そもそも、何故ジュスティーヌを復活させたのか。その理由はイシグロやヴィーカからすると丸わかりだったのだが、当人はイマイチよく分かっていないらしかった。

 あるいは、この問いはジュスティーヌの善性の発露だったのかもしれない。もしかしたら、情状酌量の余地があるんじゃないかという。

 純粋で、それでいて善意によって発された問いはしかし、問われた側の心情を考慮してはいなかった。

 

「約束、したじゃないか……」

 

 パレエスはぽつりと呟いて、徐々に顔を赤くしていった。

 怒りによって、である。

 

「き、君は! 僕の反対を押し切って、地上に降りた!」

「ん? うん、そうね。まぁ聞く義理ないし」

「結婚するって約束があったろう!」

「そんな約束してなくない?」

「した!」

「いつ?」

「災厄の前!」

「……やっぱ、してなくない? 全く記憶にないんだけど」

「そんな事ない! そ、それに! あぁ! あろうことか君は! 君は!」

「うん」

「処女じゃなかった……!」

「え、何で知ってるの……?」

「墓を……」

「あー、キモいキモい。もういいわ」

「き、キモ……?」

「まぁ、あたしアレク君の恋人だったし」

「……え?」

 

 と、固まったのは、パレエスだけではなかった。イシグロの横、グーラもぽかんと口を開けていた。

 当時を知るヴィーカは、何も言わずに剣を提げていた。歴史書によると、アレクには人間族の伴侶がいたはずだ。

 やがて複数の目を向けられたヴィーカは、呻くように云った。

 

「アレクはそういう男だ……」

 

 まとめると、こうである。

 パレエスは、寝取られて、暴走したのだ。

 動機としてはありふれていて、だからこそ呆れる外なかった。どだい当人は否認している。事実かどうかすら疑わしい。

 

「しょーもな」

 

 色々察したイシグロは、我知らず率直な感想を漏らした。

 その耳をエリーゼが引っ張った。

 

「えーっと、それだけ?」

「それだけって、ジュスティーヌ! 僕がどれだけ傷ついたか、分かっているのか!?」

「はいはい。もういいわ」

「ぐげっ!?」

 

 言うが早いか、ジュスティーヌはパレエスの頭をがっしりと掴み上げ、自分から始めた問答を強制終了させた。

 みしみしと、熾天使の頭部が悲鳴を上げる。蘇った聖女は、全盛期に近い握力を取り戻していた。

 

「いだだだだ! やめろジュスティーヌ! 頭が割れる!」

「大丈夫、そんな優しい殺し方してあげないわ」

「ころッ……!?」

 

 ジュスティーヌの手に、眩い光が凝集していく。イシグロお得意の魔法の兆候に、聖なる力が付与される。

 

「あたし、【清潔(クリーン)】って魔法が一番得意なのよ。そこに、あたしの固有権能の【選定滅却(バニキネシス)】を使うと、必殺技の出来上がりってね」

「ま、まさかジュスティーヌ! それを僕に使う気か!?」

「うん。有情な方だと思うけど?」

「なんて野蛮な! いつから君はそんな乱暴な女になったんだ! 昔の君はそうじゃなかった! や、やっぱりあの男の影響か……!」

「元からだと思うけど」

「そんなはずな……!」

「ていうか……」

 

 ボッと、パレエスの足先に漂白の炎が灯った。

 やがて炎は全身を巡り、熾天使の身体を滅却し始めた。

 

「キモ過ぎ。生理的に無理ね」

「ぎゃああああああああ! あづいあづいあづいぃやぁああああ! なんでだよぉおおおおっ! あぁあああああッ!」

 

 世界が彼を消しに来る。

 恋をした聖女に汚物認定されたパレエスは、存在自体を消されていった。

 ただ殺すなんてレベルではない。肉体も魂魄も一切合切、彼の全てが消失する。さながら、捨てたゴミでも燃やすように。

 

「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! ジュスティ……! たすけ……」

 

 瞬間、声が途切れた。

 コロンコロンと、老いた天使の生首が転がる。不思議な事に、血は一滴も流れなかった。

 全てが消えていく途中で、ヴィーカがトドメを刺したのだ。

 

「証拠は残せ。面倒な事になる……」

「あっごめん、つい……」

 

 そうして、パレエスは首だけを残してこの世界から排除された。

 永きに渡り悪行を成していたパレエスの生涯は、この日をもって終了したのである。

 

 聖輪郷に風が吹く。

 雲に覆われた天原は、すっかり暗くなっていた。

 そんな中、ジュスティーヌが「こほん」とわざとらしい咳払いをした。

 

「えーっと、今の状況を説明するわね。まず、この身体にはあたし以外に複数の魂が入っていますが、色々あって暴走の心配はなくなりました。放っておけば、そのうち全ての魂が天に還ります。十三番ちゃん改め、レノちゃんの家族もです」

 

 言って、ピッと人差し指を立てるジュスティーヌ。

 委員長気質とでも言おうか、一同は自然と彼女の声に耳を傾けていた。

 

「なので、その時が来るまでに、あたしは成すべき事を成したいと思います。いいかな?」

 

 当然、誰も反対はしない。

 うんと満足げに頷いたジュスティーヌは、まずはとばかりに立ち尽くすレノに歩み寄った。

 

「レノちゃん」

「え? う、うん……」

 

 向かい合う二人は、身長差も相まって親子のようだった。

 片膝をついたジュスティーヌは、目線を合わせてレノを抱きしめた。豊満な胸に顔を埋めたレノは、目を白黒させていた。

 

「レノちゃんのおかげで、暴走せずに済んだわ。改めてお礼を言わせて? ありがとね、レノちゃん」

「う、うん? えっと、何て返せばいいの……?」

「ドヤ顔しちゃえばいいのよ。ほら、ドヤって」

「ど、どやぁ……」

「ふふっ、可愛い……。そんな可愛いレノちゃんには、あたしからもプレゼントがあります」

 

 そう言って、ジュスティーヌはレノの背を撫でた。捥ぎ取られた翼、その付け根を。

 聖女の手のひらから、淡い光が溢れる。すると、エリーゼの回復でさえ癒やせなかった翼が復活した。

 左右一対、天使の白い翼である。

 

「え? え? 今、何か背中で……」

「今、貴女の中にあった害ある全ての病を殺したわ。寿命も戻したし、怖~い寄生虫も殺しておいたからね。あ、でも機械とか呪い系はよく分かんないから、それは他の人に頼んでね」

「あ、え? あり、ありがとう、ございます……」

「良い子ね」

 

 極光天使ジュスティーヌ。

 彼女の罪は、聖輪郷の法に背いて地上の人類を救った事。

 彼女の功は、人類に潜む全ての病魔を根絶やしにした事。

 ジュスティーヌに殺せぬ病は存在しないのだ。それは、黒の猫又が技術の粋を集めて作った新型病原体であっても同様である。

 

「そうだ。あと、この雲も取っちゃいましょうか! いつまでも引きこもってちゃよくないしね!」

 

 サッと立ち上がって、パッと魔法を行使。すると、彼女の手から眩い程の光が照射され、聖輪郷を覆う雲を消し去っていった。

 まるで、床の汚れを拭き取るかのように、汚れた雲を清潔に変えてみせたのである。その所業に、ヴィーカを除く全員が瞠目した。

 

「ん~、あと何かできる事ないかなぁ? ヴィーカ君なにか思いつく?」

「知らん」

「えー。もう少し考えてよー」

 

 旧知の一党員にウザ絡みするジュスティーヌは、ヴィーカの横腹に軽いパンチを打っていた。銀竜剣豪は鬱陶しそうな顔をしていた。

 

「う~ん? あっ、いいのあるじゃん!」

 

 うんうん唸ってしばらく悩んだ後、ジュスティーヌは何か思いついたらしくポンと手を打った。

 

「ごめん! やっぱもう消えるわね! ヴィーカ君、あとよろしく」

「ああ……」

 

 さらっとヘヴィな事を言って、ジュスティーヌは何故かまたイシグロの顔を見た。

 何故か、彼女はイシグロを何とも言えない目で見るのだ。不気味というか、不可解である。

 

「イシグロ君」

「はい」

 

 そうして、何も説明する事なく、ジュスティーヌは神妙な顔をして口を開いた。

 

「レノちゃんの事、よろしくね」

「はい。何があろうと、自分が全ての責任を負います」

 

 実直な即答に、ジュスティーヌはニカッと笑った。

 酒場の看板娘みたいな、屈託のない笑顔だった。

 

「君、やっぱアレク君とは大違いね。あの人、そういうトコほんっと適当で……。あ、そだ。リアちゃんにもよろしく言っといて」

「奴はまだ眠っている」

「そうなんだ。相変わらずの寝坊助ね!」

 

 は~ぁ、と。

 ひとしきり笑った後、ジュスティーヌは姿勢を正してこの場の皆を見渡した。

 とても、晴れやかな表情で。

 

「じゃ、行ってきます。皆、お元気で」

 

 そう言い残し、ジュスティーヌは上空に向けて光を放った。

 魂の光と共に、ジュスティーヌの身体もまた光の粒となって消えていった。

 嵐のように現れて、春風のように去る。伝説に謳われる大聖女は、そういう女性だった。

 

 パレエスが死んで、ジュスティーヌもいなくなった。

 何もない草原を夕闇が覆う。

 戦いの後の静寂で、一人の少女が膝をついた。その眼から、一筋の雫が落ちた。

 

「うっ、うく……! うぅ、うぁああ……!」

 

 戸惑うように、悼むように、迷子になったかのように、レノは透明な涙を流していた。

 こういう風に泣いた経験もないのか、彼女は拭っても尽きない涙に混乱していた。

 家族がいなくなったのだ。その苦しみは察するに余りある。

 

「ご主人」

「え? でも……」

「でもじゃないでしょう?」

 

 イシグロは、そんな彼女を慰めるかどうか迷っていた。すると、ルクスリリアとエリーゼに肘打ちされた。

 そうして、イシグロはおずおずとレノの肩を抱き、その小さな身体を胸に寄せた。あやすように、背中を叩く。

 

「うわぁああああ……!」

 

 小さな少女の慟哭が草原に響き渡る。

 イシグロが撫でる背中には、ジュスティーヌに貰ったフワフワの翼があった。

 試験管で生まれ、隔離空間で育ち、道具として使われていた十三番は、今はレノとして惜別の涙を流していた。

 

 イシグロも、この件に関しては悔やみきれないところがあった。

 全て助けると大見得切ったが、このザマだ。レノ自身は無事に助けられたが、彼女の心を救えていない。彼女の家族を犠牲にしてしまったのだ。

 ロリコン失格だと、イシグロは自らを恥じた。

 

 だが、どうやら……。

 そんな悲劇を、許さない女がいたようである。

 

『レノちゃあん! 聞こえるぅううう!?』

 

 びくりと、ヴィーカを除くその場の全員が身を震わせた。

 いきなり脳内に声が聞こえたのである。しかも頭を押さえてしまうほどに喧しい女の声が。

 

「え? この声……」

 

 そんな中、レノだけがその声の主に気づいていた。

 

『レノちゃん!』

『私達!』

『生きてるよぉ!』

 

 三者三様、【念話】を通して元気な声が聞こえてくる。

 誰あろう、ファルとリンとナッテ――レノの家族の生存報告だった。

 気付けば、レノの涙は止まっていた。呆然と、現状に理解が追い付いていない。

 

『いやー、何でか私の身体だけ保存されてたらしいんだよね。そこに、ジュスティーヌ様が三人分の魂を入れてくれたの』

『まぁ一人の身体に三人の魂だから、ちょっと窮屈なのだけれど』

『しかも、なんかあたしめっちゃ弱くなってるし! ウケる!』

 

 かと思えば、急に騒がしくなった。

 久しぶりの家族団欒を聞いたレノは、何だか脱力してその場に尻もちをついてしまった。

 

「とりあえず、迎えに行こうか。じゅうさ……レノさん」

「う、うん。あと……」

 

 へたり込んだレノに、イシグロは手を差し伸べた。

 その手を取り、レノは不慣れでぎこちない笑みを浮かべた。

 

「わ、わたしの事は……レノって呼んで」

 

 二人は、ギュッと手を握り合った。




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 ほんへちょっと加筆しときました。



◆天使あれこれ◆

・亜神族
 デミゴッド族。災厄前に絶滅した種族。魂を分けて天使族を作った。
 現代、亜神の姿を見た者はいない。

・天使族
 亜神族によって生み出された種族。亜神族から万能の力を取り除き、他種族と共存するべくデザインされた。
 その能力は竜族や巨人族よりも生存方面に偏っており、癒やしの技や水を生み出す技を持っている。
 ジュスティーヌ。パレエス。ミロウルは亜神族が直接生み出した第一世代天使。

・漆黒の魔導人機
 パレエス専用に開発されていた機体。極天をベースに開発が進められ、技術の問題で少し大型化している。
 性能は極天の七割程度。極天自体、全盛期の半分程度の性能しか発揮できていないので、例え搭乗しても申し訳程度のパワーアップしか見込めない欠陥機である。

・極天
 白銀の魔導人機。広域殲滅型。戦争のどさくさに紛れて回収された機体。
 可能な限りの修復を試みるも、性能は全盛期ほど発揮できない。その構造は未だにブラックボックスだらけで、完全再現は現状の技術では不可能。

・聖輪郷を覆う雲
 イシグロがひと目で「ラピュタみたい」と思った雲。
 古代、亜神族が天使族を災厄から保護する為に作った結界。

・天使権能
 天使族固有の能力。竜族権能と異なり、一部を除き共通。
 聖水生成を基礎に、念力。念炎。念話など複数。
 魂魄操作、追憶送還はパレエス固有権能。ジュスティーヌはそれらを借りた。
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