【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。あざす!
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回は一人称、イシグロ視点です。
よろしくお願いします。
熾天使パレエスの暴走から半月ほど経過してなお、聖輪郷は混乱の只中にあった。
聖墓の下の秘密。新造された魔導人機。雲の消失。聖女の復活。人工天使の存在。中でも直接的に最も被害が大きかったのは、パレエスが引き起こした集団催眠だった。
幸い、一連の騒動における死者はパレエス一人だったが、最高位天使を含め聖輪郷在住の天使は過去に例を見ない程に心を乱されていた。
惑乱の収まらぬ中、間を空けずに第三王子率いるラリス王国が介入し、条約違反の疑いありと聖墓を含めた聖輪郷全土に強制捜査が行われた。
したらば出るわ出るわ証拠の嵐。手記に雑記に実験記録。叩けば叩くだけ埃が出るし、搾れば搾るだけ汚水が溢れかえってきたのである。
パレエスの悪行については、その数の膨大さが為に未だ全容を把握しきれていない。
しかし、事の発端となったジュスティーヌ復活の件については、ある程度の情報が出揃った。
得られた情報を照らし合わせ、時系列順に並べる。以下は熾天使パレエスの華麗なる犯罪遍歴である。
計画の始まりは、ジュスティーヌの埋葬直後であった。
彼女の死にショックを受けたパレエスは、激情に身を任せてその墓を暴いた。それから空間拡張用の魔道具を使ってバレないよう墓の下に秘密基地を作り、そこに彼女の遺体と魂の残滓を保存した。
当初は死霊魔術による復活を試みたそうだが、数世紀の研究の末に接ぎ木の要領で他の魂を使う方針に変更。以降、本格的にジュスティーヌ復活計画が開始される。
同族における第一の犠牲者は、魔導人機の開発者である座天使ミロウルだった。良心の呵責に悩まされていた彼女を自死に見せかけて拉致監禁し、自身との間に何人か子供を作らせ、その魂を引き抜いた。
そうして手に入れた魂を使い復活の儀式を行うも、魂の相性が悪く儀式は失敗した。その後、ジュスティーヌに近似した純粋な魂を用意するべく人工天使の研究を開始。この頃はミロウルの魂を分けて実験していたようだ。
そして今から約二千年前、猫又の組織と接触。楽園計画が始動する。これにより、使用に耐える魂の量産が可能になった。
楽園の成功例を妃とし、子供を産ませ、そうしてより強い贄を用意する。日記に曰く、この頃のパレエスは機嫌が良かった。あと少しで計画が成るという確信があったのだ。
で、まぁ色々あって、全ての計画が頓挫した訳である。
何を論ずるまでもなく、彼の所業は聖輪郷の法に反しているし、第二次魔王戦争後に制定された人類平和条約にも余裕で違反している。
死霊魔術に触れるべからず。魔導人機に触れるべからず。邪法によって生命を作るべからず。イエローのスリーカードどころか、レッドカードでソリティアしてるまである。
これを処すにあたっては、極刑を超えた極刑こそが相応しい。しかし、当の天使は既に死んでいる。復活したジュスティーヌと、銀竜剣豪ヴィーカによって。残された最高位天使は頭を抱える事となった。
今後、パレエスの悪行を止められなかったとして、聖輪郷は厳しい立場に立たされるだろうとの見通しである。
パレエスについては、そんな感じ。
その他諸々も徐々に片付きつつある。
白黒の二機。残された魔導人機は、宣言通りヴィーカさんが破壊した。
そのうちパレエスが乗っていた黒いやつは新造機だったそうで、今はその開発資料を捜索中である。
アレを量産させてはならない。ヴィーカさんの戦いはまだまだ続くそうだ。
例の猫又については、あれ以降何の情報も入っていない。
残念ながら、パレエスの聖水放出のせいで逃げられたっぽい。あの時は逃げるパレエスとシュロメさんの安全を優先していたので手が回らなかったのである。
一応、王子派専属のメイドさんには、「ご心配には及びません」と言われた。恐らく、既に手を打ってあるのだろう。
パレエスの後宮にいた女性天使と、彼の世話をしていた仮面の天使はレノ達と同じくガリエーラさんが保護している。
彼女達の処遇は後々に決める予定だ。
あと、ヴィーカさんのカチコミを妨害してきたパレエスの私兵は、全員生かされているらしい。
どうやら、彼等は薬物によって洗脳と強化が施されていたようで、現在治療中だ。彼等もまた、レノ達同様にパレエスの被害者なのである。
楽園については、現在調査中である。
これは天津島捜索作戦と同じく一気に片付けるつもりのようで、作戦には俺も動員される予定だ。
俺の独断専行についてだが、第三王子からのお叱りはなかった。むしろ迅速果断と褒められたくらいである。
罰覚悟で出しゃばった手前、ちょっと拍子抜けだった。申し訳ないというか、いたたまれないというか。前にも思ったが、王子様は俺に忖度し過ぎじゃないだろうか。
いや、俺が負い目を感じる事を分かってやってるのかもしれない。相変わらず、いと尊き方の考えは分からん。分からん方がええのかもしれない。
今は空と地上を行き来して王子専属の運び屋兼メッセンジャーみたいな仕事をしている。せめてこれくらいしとかないと気が休まらない。
まぁ、大体こんな感じ。
まとめると、こうだ。
天使族は混乱中。ラリスに介入され、膿を出してる。
魔導人機は破壊。開発資料を捜索中。
猫又は逃がしてしまったが、ラリスの方で対処済みっぽい。
パレエスの私兵は無害になった。後宮の女官達も無事に保護された。
楽園も捜索中。カチコミには俺も参加予定。
俺はお咎めなし。今はせこせこ働いている。
なんつーか、戦いが終わった後の方がよっぽど忙しい気がする。
夜も人数分しかファイトしてない。
それくらい忙しいのだ。
さて、そんな事よりロリである。
厳密に言うと、ロリとその家族についてだ。
猫又の魔の手を離れたレノとその家族は、現在は最高位天使であるガリエーラ女史に保護されている。
生前、ジュスティーヌさんとガリエーラさんは友達だったらしく、彼女はレノ達の境遇に同情しているようだった。
また、ガリエーラさんの保護とは別に、彼女達はヴィーカさんに護衛されていた。
ヴィーカさんは、言外に「天使を信用できない」というスタンスを取っている。ガリエーラさんはちょっと不服そうにしていたが、ヴィーカさん相手には何も言えないようだった。
十三番ことレノは、戦いも調整もない現状に戸惑っているようだ。
それでも家族とお話できる環境は幸せいっぱいなようで、最近は同じベッドで寝ているらしい。
口下手で感情表現の希薄なレノだが、末っ子気質というべきか甘えん坊なところがあるのだ。
レノの家族についてだが、現在彼女達は一人の身体に三人の魂が同居している状態だ。
文字通りの三心同体。身体の主導権は入れ替えられるようで、各々細かいところで仕草や口調が異なっている。例えるなら、一つのコントローラーを使って三人でゲームしてるような感じ。
ファルとリンとナッテ。三魂一人になった彼女達は、「私達の事はファリナって呼んで」と言っていた。今はレノもそう呼んでいる。
聖輪郷は混乱していても、表面上彼女達の生活は安定している。
いざという時の護衛もいるし、安全ではあるだろう。
だが、ずっとこのままでいる訳にもいかない。
ヴィーカさんじゃないが、天使を信用し過ぎるのは危険な気がする。
だからといって、俺や王子もずっと彼女達を守ってあげられない。
酷な話だが、彼女達の道は彼女達で決めなくちゃいけないのである。
〇
空の旅は快適だが、空の島は面倒臭い。
というのも、レノ達のいる聖地サベイピアに入るには、まず光都ウォルピアの門で諸々の検査とドレスコードのチェックを受けてからじゃないといけないのだ。
それから、天使の案内で聖地に入る事を許されるのである。武装解除は分かるが、服装まで指定されるのは正直よく分からん。
その上、移動中はお静かにとの事で、私語厳禁なのである。しかも黙っているのは俺達だけではなく、他の天使も同様だった。やけに靴音が響く通路は、寒くもないのに寒々しい。
「こちらです。迷わないよう、きちんとついてきてください」
慇懃に過ぎる天使に案内され、橋を渡って聖地に入る。
サベイピアの外観はザ・聖なる砦って感じの建造物だ。中は立体的な構造をしていて、どことなくSF作品における巨大な人工衛星の内部って印象を受ける。
そんな立体建造物を進んでいると、時折天使とすれ違う。都度、彼等彼女等は俺等をチラチラ見てくるのだ。決して好意的とは言えない視線で。既に聖地には何度も訪問してるのだが、いつもこんな感じである。
盛大に暴れたはずのヴィーカさんは歓迎されているのだが、俺は全く歓迎されていなかった。
これに関しちゃさもありなんと言ったところ。いきなり来て、いきなりトップ殺したんだもんな。そりゃあ警戒するでしょうとは思う。
それにしても、あんま良い感じしないんだよな。見下されてるというか、珍獣扱いされてるというか。そうあからさまではないのだが……。
「どうぞ、あちらでお待ちでございます」
そうこうしていると、俺達は目的地に到着した。
連れて来られたのは、雲海の上の庭園だった。真ん中にあるガーデンテーブルには、顔見知りの姿がある。
「あら、もう来てくれたのね」
「ん……」
レノとファリナである。少し離れたところには、護衛のヴィーカさんとお世話係の天使さんも居た。
本日、俺達は大事な会議に出る事になっている。その前のお茶会にやって来たのだ。
「皆さん、おはようございます。お口に合うと良いのですが、どうぞお召し上がりください」
収納魔法から紙箱を取り出し、世話係の天使さんに手渡す。中身はイリハが作ったアップルパイだ。
促され、俺達も席に着く。世話役の天使がパイを切り分けてくれた。
「うわぁ! なにこれなにこれ! すっごい美味しそう……!」
「あ、ありがとう……」
何故、俺がこんな土産を持ってきたのかというと、二人がめちゃくちゃ喜んでくれるからである。
曰く、天使族は水と日光があれば生きられるらしい。んでもって、十三番時代のレノはこれまで食事をした事がなかったというのだ。
そこにきて、初面会で菓子折り持ってったら甘いお菓子に夢中になっちゃったのである。以降、俺は面会の都度に別のお菓子を持参するようになっていた。
「お、美味し過ぎる! 私こんなクソ美味ぇモン初めて食べたわ! ねぇレノちゃん!?」
「んっ、んっ、んっ……」
「あーもう、口ベタベタじゃないッスか。ほらこっち向くッス」
「パイはこうやって食べるんですよ、レノ」
不慣れな食器に悪戦苦闘しつつ、二人はとても美味しそうにパイを食べていた。
「ん、イリハ、すごい……」
「いやぁ初めて作ったんであんま自信無かったんじゃがのぅ。そう言われると悪い気はせんのじゃ」
「レノは果物系が好きなのね」
イリハ作のアップルパイを、二人はあっと言う間に食べ終わった。
食べた量はほんの僅かだが、二人ともとても満足そうな表情を浮かべていた。美味し過ぎる食事を摂ると、心と体が疲れてしまうらしい。
「お二人は、何か変わった事はありましたか?」
しばしの談話の後、最近の動向を伺う。
すると、二人は何とも言えない複雑な表情になった。
「まぁ変わった事はないかな~。あれからずっと同じだし」
「ん……鐘が鳴ったら勉強。鐘が鳴ったら休憩。苦しくないけど……」
「けど?」
「うぅん、わかんない……」
そう答える二人は、聖輪郷での生活に微妙な窮屈さを感じているようだった。
護衛のヴィーカさんを見てみる。彼は腕組み仁王立ちでじっと目を瞑っていた。
「お世話をしてくれてる人達はとても親切なのだけれど、あまり居心地は良くないのよね~」
「居心地というと?」
「言葉にするのは難しいのだけれど、後宮の子より距離が遠いと言えばいいのかしら……」
付け足すようにしてファリナさんが言う。声音からして、クール枠のリンさんの言葉だろうか。
曰く、他の天使から変な目で見られているらしい。いじめられている訳ではないようだが、どことなく避けられている感じがするというのだ。
「優しいんだけどね。ガリエーラさん。他の人と違ってお話聞いてくれるし」
パッション枠のナッテさんが言葉を継ぐ。
ちなみに、このパイについて保護者であるガリエーラさんはあまり良い顔をしていない。というのも、古いタイプの上位天使は清貧を美徳とするらしく、ガリエーラさんもレノ達にそういう食事を出しているそうだ。
「ん、ガリエーラはわたし達をコントロールしたいみたい。楽園にいた指導官と同じ」
「そ、そんな事ないと思うけどなぁ……」
歯に衣着せぬレノの発言を、キュート枠のファルさんが窘める。
良い人なのは間違いないのだろうが、ガリエーラさんは教育ママ的な性格をしているのかもしれない。
以前までは勉強もまた楽しいと言っていた二人も、今はちょっとウンザリしているようだった。
「あと、これ没収されそうになった」
「え? 何でですか?」
言いつつ、レノは机の上にあった本を立ててみせた。
それはグーラが貸した本で、彼女の激推しである“獣拳記”の子供向け版だ。
子供向けとは言うが、内容は教訓のある童話というよりは少年漫画めいていた。俺も読んだ事はあるが、強ぇ奴が強ぇ敵と戦うアツいお話だったのを覚えている。
「わかんない。けど、説明したら読んでいいって……」
「何か感想とかはない? あそこが良かったとか、ここが難しかったとか」
「ん、挿絵は綺麗だと思った」
「はい、はい! 挿絵がいいんですよね!! どの挿絵ですか?」
「えーっと、四章のここ……」
そうして、ロリーズは獣拳記の話題で盛り上がり始めた。
レノは口下手である。ダウナー系とでも言おうか、グーラとは別方向に引っ込み思案な気質をしているのだ。
それでも、交流を続けていくうちにルクスリリア達には心を開きつつあるようだ。
「絵が気になるんだ」
「ん……その、そうかも」
俺相手の場合、ちょっとぎこちないが。
嫌われてる訳ではない、それは分かる。パレエスの事もあって、彼女は軽度の男性恐怖症なのかもしれない。実際、この子この場の人以外には警戒心バチバチっぽいし。
「ラリスの王子様かぁ、どんな人なんだろ。やっぱイケメンなのかな?」
穏やかな時間が過ぎて、一度お茶をおかわりした頃、ファリナさんの中の誰かが夢見るような声を発した。
今日、これから第三王子を交えてラリスと聖輪郷の会議をするのだ。その時に、二人の今後の身の振り方を話し合う予定である。
「ん……ちょっと怖い」
件の会議では、彼女達の意思が最優先されると決まっている。
なので、俺は改めて宣言する事にした。
「大丈夫だ。何があっても、君の決断は全て俺が責任を持つよ」
「決断……」
「ああ。ファリナさんと居たいとか、王都の大学に行きたいとか、何でもいい、別に何かを頑張るとかじゃなくても、それでもいいんだ」
悪の魔の手から助けたからといって、俺はレノをどうこうしようとは考えていない。これまた正のロリコン魂によって、純粋に彼女の幸福を願っているからだ。
ただ、責任を負うつもりなのである。金銭面、生活面、安全面など。俺はジュスティーヌさんと約束したのだ。
「んぅ……」
如何なる感情によるものか、レノは両手をもじもじさせながら目を伏せた。
そりゃいきなり意思を尊重すると言われても、すぐに何かを選択できる訳はない。猶予期間が欲しいなら、それはそれでアリだと思う。
「んっと……その、ね……」
俯きつつ、レノはファリナの顔を窺った。
そして頷き合ってから、二人は俺の方を見た。
「先に、イシグロさんにお話したい事があるの」
そう言って話し始めたのは、母にして長女であるファル姉さんだった。
どうやら、今後について二人は毎晩寝る前に話し合っていたらしいのだ。
それで決まった事を、俺に相談したいと。
自分で考えて、家族と相談して、決めた事。
ちょうど、それが聞きたかった。
〇
同日、午後。
聖地にある円卓の間には、ラリスと聖輪郷の重鎮と事件の関係者達が集っていた。
東方の席には、最高位天使のガリエーラさんと同位階の天使が真剣な面持ちで座している。二人の後ろでは護衛の上位天使が背筋を伸ばした立位姿勢を保っていた。
南方の席では、レノとファリナさんがガチガチに緊張して座っている。その後ろでヴィーカさんが腕組み仁王立ち姿勢でこの場の全員を間合いに収めていた。
北方の壁際には、両国の書記官が並んで立っている。
西方の席には、第三王子が余裕げに微笑みつつ机の上で手を組んでいた。そして、彼の後ろにはフル武装の俺とその一党が護衛として立っていた。
そう、この部屋には両国の重鎮に混じって奴隷身分であるルクスリリア達がいるのである。
通常、この円卓の間に身分の低い者を連れて来る事はできないそうだ。同じく、銀細工の冒険者もである。
その上で、第三王子は俺の一党をラリス王族の護衛として雇い、あまつさえ全員を部屋に入れた。言外に俺の立ち位置を示しているのだ。
「では、始めましょうか」
一通りの挨拶を終えたところで、ジノヴィオス殿下は軽い調子で会議の開始を宣言した。
会議はつつがなく進行した。パレエス関連について正式に沙汰を下すのは、人類平和条約を結んだ国家間での首脳会議である。なので、今回は調査の進捗と互いの認識の確認だけで終了した。
結果、当座の措置として聖地サベイピアに捜査本部的な組織を置く事が決定された。トップのせいでこんな事になってしまったが、トップを止められなかった事には同階級のお二人にこそ責任があるのだ。完全にとばっちりであるが、最高位天使の二人は厳しい顔をしつつも受け入れているようだった。
「さて、彼女達についてですが……」
で、本題はレノとファリナの処遇についてである。
事前に決まった方針として、最終決定権はレノ達が持っている。何故かというと、当初天使側は「此方で決定する」の一点張りだったところ、ラリス側がノーを突き付けた為である。
なので、これから始まるのは、レノとファリナに対するプレゼン合戦だ。
「レノさん、ファリナさんはミロウル様の血を継ぐ御方。我々が保護するのが道理でしょう」
そう言ったのは、現在の保護者であるガリエーラさんだ。
彼女はレノ達の境遇に同情しており、故にこそ二人を立派な天使に教育するのだとも付け足した。
それは天使側の共通認識のようで、もう一人の最高位天使は黙って会議の進行を俯瞰していた。その目からは如何なる感情も見受けられない。
「我が国で保護する場合、レノさん達は僕個人の権限で身柄を預かる事になりますね」
対し、第三王子は多くの選択肢を提示してみせた。止まり木協会に入る。国に仕える。一般人として生きる等々。当然として、権威や武力による保護も約束するとも。
放任主義で、ある意味で無責任な王子の提案に、生真面目そうなガリエーラさんは眉間の皺を深くした。
「ですが、殿下は定命の身でしょう。であれば、僭越ながらお二人には未来を見越した教育を受けさせる方がよろしいかと存じます」
「かもしれませんね」
「では……」
「だからこそ、お二人に決めてもらう取り決めのはずです」
王子の発言により、レノとファリナに視線が集中する。
片や今の今まで幽閉されてきた女性、片や今の今まで戦い続けてきた少女。そう簡単に何かを選べるはずもない。
だが、このままの生活は嫌だという意見は一致していたようである。
「私達……失礼、ファルとリンとナッテはジノヴィオス殿下の保護を希望します」
先に口を開いたのは、ファリナさんだった。
ガリエーラさんに対して少し申し訳なさそうな顔を向けてから、彼女は朗々と言葉を継いだ。
「これまで、私達はずっと閉じ込められていました。だから。聖輪郷の外を見てみたいのです。地上の危険は承知しています。なので、時間をかけて……。旅をして、美味しいものを食べて、いつか誰かと恋がしたいのです」
ファリナさんの言葉は、模範的な天使からすると異端の願望――まさに堕天使の欲望だった。
それを聞かされたガリエーラさんは、僅かに目を見開いていた。
「そうですか。では、ファルさんとリンさん、それからナッテさんは僕が保護しよう。詳細は後に詰めるとして、それでいいかい?」
「え? あ、はい。よろしくお願いします」
いきなり砕けた第三王子に、ファリナさんはちょっぴり面食らっていた。多分、今の反応はナッテさんだな。
「わたしは……」
続いて、小さな天使に視線が集まる。
レノは瞑目して俯いた後、一度息を飲んでから顔を上げた。
「聖輪郷を離れ、奴隷身分としてイシグロ・リキタカと主従契約を交わしたく存じます」
「なっ……?」
奴隷身分での主従契約。言うまでもなく、この場合の主従とは主人と奴隷間の契約という事になる。
彼女は、聖輪郷と第三王子の保護を蹴り、俺個人の所有物になると宣言したのである。
「なっ、何を言っているのです!? それでは、貴女は……!」
腰を浮かせたガリエーラさんは、レノに対して信じられないものを見るような目を向けていた。
それはそう。何をしなくとも不自由なく生きられる権利を捨てて、あろうことか自らの意思で奴隷身分に落ちようというのだ。まともな神経をしているなら、その反応は自然である。
「ガリエーラさん、今一度彼の所有奴隷をご覧ください」
「なにを……!?」
反対しようとしたガリエーラさんを、第三王子の声が押し止めた。
言われた通り、ガリエーラさんは俺の隣にいる奴隷身分の者達を見て、瞠目した。
今まで気にしていなかったのだろうか。皆、奴隷身分不相応の装備を身に着けているのだ。それこそ並みの銀細工はおろか、各国最高位の戦士に匹敵する程の。
「少なくとも、彼の下なら多くの戦いを経験し、多くの力を得る事ができるでしょう。先ほどガリエーラさんが仰られた通り、僕の場合どうしても天使族ほど長くは生きられませんから。彼女は、僕の下ではなく彼女自身の力で身を守る判断をしたのでしょう。彼……イシグロさんの戦闘力については、言うまでもありませんね」
「それは、そうかもしれませんが……しかし、奴隷など」
奴隷は物だ。だから、他人の奴隷を粗略に扱えない。主人の立場が強い場合、尚の事。
それで言うと、曲がりなりにも俺はラリス王族のお墨付きだ。であれば彼女達は世間一般の奴隷身分とは一線を画した奴隷という事になる。
それに、俺は国に仕えるラリス金細工ではなく、自由民の銀細工だ。いざとなれば自力救済ができる。例え何があったとしても、力があれば何とかなる身分なのだ。実際、その為に鍛えている訳だし。
「レノさん、貴女は奴隷身分になるのですよ。奴隷に墜ちた天使を、天使族は同胞とは見做しません。それで構わないのですね?」
「ん……あ、はい」
「……せめて、相応の教育を受けてからではいけませんか? このままだと、貴女は恥をかいてしまいます」
「恥、ですか……?」
「ええ。あってはならぬ事です」
「ん、知って……ます。ですが、それが悪い事だとは思えません」
「善悪ではありません。貴女の心に傷が付くのです」
「……恥を恐れて生きる事は、無言のままに死ぬ事と同じである」
「それは?」
「獣拳記第七章第二十一項……ジュスティーヌ様の言葉です」
「……多分、別の人の言葉だと思いますよ。実際は」
はぁと嘆息したガリエーラさんは、半ば浮かしていた腰を椅子に沈めた。
どうやら、不承不承納得はしてくれたらしい。
「彼女はこう言っているけど、これは貴方の承認が必要だ。イシグロさんはそれで構わないかな?」
「ええ」
努めて力強く、且つ頼もしく見えるように胸を張って答える。
この件については、俺から提案した訳ではない。家族会議で話し合って、最終的にレノ自身が決断したのである。
理由の殆どはファリナさんと同じだ。そこに、過去に対するスタンスの違いがあったのだ。
冒険がしたい。レノは俺にそう言った。
友人達に誓ったように、彼女達の意思を継いで、色んな経験を積みたいのだと。
そして、もう一つ。彼女は「まだよく分からないけど」と前置きして、俺の目を見て言ったのだ。
――恋をするなら、貴方がいい。
完全に、決まった。ハートにズギューンである。
そこまで好感度を稼いだつもりはなかった。事実、リリィセンサー&エリーゼアイズによると彼女から俺への好意は希薄であるという。その上で、レノは俺を選んでくれたのだ。
「なるほど。はぁ……」
ゲンドウポーズを取ったガリエーラさんは、再度ため息を吐いた。
そして、一言。
「やはり、似てますね……」
その目元は、ほんの少し歪んでいた。
昔を懐かしむように。
〇
会議が終わると、俺達は待合室的な場所で待機する事となった。
簡素な部屋には、俺達だけしかいない。盗聴や監視は無いっぽいので、半分以上オフモードである。
「んぁ~、なんか背中痛ぇッス。やぁ~っと終わったッスね~」
「ただ立ってただけじゃないの」
「いや結構キツかったのじゃ。全員とんでもない氣しとったし」
「はい。中でもガリエーラさんは相当な使い手だったかと」
「なんかロッテンマイヤーさんみたいな人だったよなぁ」
「ろってん?」
立ちっぱなしだった会議の疲れを癒やすように、俺達は各々グデッと怠けていた。
思えば、ウェルン島に来てからこっち俺達は働きっぱなしだったように思う。
空飛ぶ島を探索し、白銀の魔導人機と戦い、猫又の潜む天津島を襲撃し、パレエスと戦闘。続いて聖輪郷上空でラストバトル。
これ、一日の出来事である。すげぇ長かった気がするゾ。
「お、来たか」
気配を察知して数秒後、待機室がノックされた。
「キルスティンでございます。」
「どうぞ」
入室を許可すると、「失礼します」という声の後に、ガチャリと扉が開いた。
現れたのは第三王子専属メイドであるキルスティンさんだった。
彼女は控えめに一礼した後、手に持っていた箱を机の上に置いた。
「こちら、レノ様の奴隷証と契約書でございます。ご確認ください」
パカッと開かれた箱には、すごく久々に見た奴隷契約セットが入っていた。
会議が終わってすぐ出してきたあたり、こうなる事も読んでいたのかもしれない。
「失礼……」
念の為、変な事が書いてないか契約書を読み込む。
特に変わった事は書いていない。魔力を流しても裏の文字が浮かび上がってくる事もなかった。
また、名前を書く欄には、既にレノの名前が書かれていた。俺以上に下手な字である。
「はい、確かに」
俺は異世界文字で名前を書き、筆を置いた。
続いてドッグタグのような奴隷証に魔力を流す。すると、薄い板の表面に俺の名前が刻まれていった。
「そろそろ来られるはずです」
キルスティンさんの予想した通り、しばらく後にノックの音が聞こえてきた。
入室を促す前に扉が開く。ファリナさんの後ろにはレノがいた。
「あ、もう書いたんだって、でっか!」
「おっきぃ……」
扉を開けるなり、二人はキルスティンさんの胸に目を奪われていた。
失礼なんじゃと思ってメイドの表情を窺ってみたが、当の本人はデキるメイド然とした澄まし顔を保っていた。
「あ、その……失礼します」
そうして部屋に入ってきたレノは、仕立ての良いシンプルな白ワンピースを着ていた。
淡いグリーンの髪に、ミステリアスなオッドアイ。彼女の側頭部には無骨なメカ耳が装着されていて、足元ではコンセントケーブルのような尻尾が揺れている。その背には、ジュスティーヌさんに治してもらったフワフワの翼があった。
改めて見て、思う。すげぇ可愛い。彼女は天使族だが、機械パーツや薄い表情も相まってアンドロイドっぽい雰囲気があるのだ。アンドロイドが嫌いなオタクなんていねぇのである。
「イシグロさん、早く付けちゃって」
「あ、はい」
レノの可憐さに心を奪われていると、ファリナさんに促された。
奴隷契約を催促する家族ってどうなんだろうと思いつつ、俺はドッグタグめいた奴隷証を持ってレノの前に跪いた。
「えっと……これを付ければ、レノは正式に俺の奴隷になる」
「ん……」
「契約後もレノの意思でいつでも解消できる、けど、元奴隷って過去は消えない。今なら、まだ無かった事にできる」
「ん……」
「本当にいいんだな?」
「ん、わたしは貴方がいい……」
俺の感覚だと、彼女は家族と共に安らかに生きる方がいいと思える。
けれど、彼女はそうはしなかった。家族にはいつでも会えるからと、俺の奴隷になると言い出したのだ。
誰かに唆されたとか、ノリや流れで言ったんじゃない。家族と話し合って、決めたのである。
「あ、あの……」
「何?」
それでも、彼女の情緒は幼いままだ。
小さい事で悩んでしまうし、決断したあとにも迷ってしまう。それが普通で、そんな普通を経験した事がないのだ。
「わたし、魔導人機がないと弱い……」
自信がなくて、傷つきやすくて、甘えたがりの女の子。
短い間でも、それくらいの事は分かる。
「背も低いし、耳もこんなだし、天使族なのに変な尻尾もある。全然、普通じゃない……」
俯きながら、上目遣いで顔色を窺ってくる瞳の、なんと弱々しいことか。
だからこそ、俺は彼女を肯定してあげなくてはならない。
良い成績を取ったからとか、何かに勝ったからとか、目標を達成できたからとか。
そんな理由など必要ない。ただ彼女の存在を肯定し、祝福する。
そうでなくば、世界は回らないのである。
「それでも、こんなわたしを仲間に入れて、いいの……?」
「ああ」
一切の惑いもなく、俺は即座に頷いた。
後ろの皆もそうだそうだと言っている。
それに、俗っぽい話をすると当人が気にしているメカ耳やメカ尻尾など、俺からしたらプラス要素でしかないのだ。
自分にとってのコンプレックスが、他人にとってのプラスだったりする。世の中、案外そんなもんである。
「じゃあ、付けるよ」
「ん……」
そうして、彼女の首に奴隷証を装着した。
細い首の後ろで、カチリと鎖が繋がる。
奴隷契約が結ばれたのだ。
「えっと、その……今後とも、よろしく」
手を放し、離れる。
彼女はカチャカチャと奴隷証を弄って、おずおずと俺の顔を見上げた。
視線が外される。ルクスリリア達を見て、ファリナを見た。
そして、もう一度俺を見上げてから、云った。
「ま、マスター……」
ぎこちなく微笑むその頬は、ほんのちょっとだけ赤かった。
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