【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の励みになっております。
 誤字報告もマジ感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、色んな奴視点です。
 よろしくお願いします。

 ちょっとしたアンケがあります。
 お気軽にどうぞ。


終わりと始まりの場所へ

 主からの連絡はなくとも、楽園の運営は続く。

 

 楽園とは、人工的に量産された天使の教育機関である。人工天使は生き物なので、当然としてその管理者は毎日交代制で働いていた。

 同族を管理し、教育し、出荷する。そんな職場にまともな奴を勤めさせる訳にもいかないので、運営側の天使もまた楽園上がりの天使で占められていた。

 

 指導官の仕事は、生まれてきた天使を管理し、然るべき教育を施す事である。

 反復学習によって思想を植え付け、権能訓練によって光力の扱いに慣れさせ、洗礼によって魂の位階を向上させる。

 その中から優秀な個体を選別し、偉大なる父(パレエス)に献上するのだ。

 

 第一楽園指導官。個体名、ローズ。

 彼女もまた、楽園生まれの天使である。

 人工芝の広場にて、現在彼女は権能訓練中の天使達を監督していた。

 

「ふむ……六番、【念炎(パイロキネシス)】は考えてから使うように。七番、力み過ぎています。八番、貴女はもっと思い切ってやってみなさい」

「「「はい!」」」

 

 一人一人指導しながら、ローズは手持ちの板に天使達の点数を書き加えていった。

 指導官にはノルマがあり、天使達にはボーダーが設定されている。基準に満たない天使は、楽園を追放される仕組みだ。追放された天使は指導官の適性がなければ良くて熾後宮の女官になるか、最悪の場合は取引先の実験体として売却される。

 心を壊しながら職務を全うする指導官が多い中、ローズはこの仕事を心底楽しんでいた。

 偏に、ローズ自身の性癖が為。

 

「皆さん、お疲れ様でした。それから、休憩が終わり次第十三番は此方に来るように」

「はい!」

 

 訓練終了後、ローズは一人の天使の名を呼んだ。十三番と呼ばれた天使が純真な笑顔で指導官の下に駆け寄ってくる。

 ローズに呼び出されたのは、十三番目の長期生存例だった。魂の質は基準値ギリギリで、光力や知能も平均以下。なにより髪の色がジュスティーヌとは真逆の濃い金髪なので、楽園の基準だと殆ど欠陥品扱いである。

 けれども、いやだからこそ、ローズはこの個体に目を付けていた。やがて来るお楽しみの為に、せっせと好感度を上げていたのである。

 

「これから、貴女には特別な祝福を授けようと思います。これを授かれば、貴女はよりいっそう偉大なる父(ゴッドファーザー)に貢献できる天使になれるでしょう」

「祝福ですか? こ、光栄です! よろしくお願いします!」

 

 祝福と聞いて素直に目を輝かせる天使を見て、ローズは心の中で舌舐めずりした。

 十三番は既に廃棄が内定している。なら、楽しんでもいいだろう。以前、ローズ自身も体験させられた事だ。する側に回ると、凄く気分が良いのである。

 

「では、此方へ……」

「え? あ、はい!」

 

 性欲を抑えられなくなったローズは、十三番の手を握って指導官用の廊下を進んだ。強い力で引っ張られる十三番は、半ば混乱しつつも素直に従っていた。

 そうして、誰にも見つからぬよう十三番を自室に招き入れる。バタンと、静かな廊下にドアの閉まる音が響いた。

 

「きゃっ……?」

 

 入室と同時、十三番をベッドの上に投げ、辛抱堪らずローズはその身体に覆いかぶさった。

 目を血走らせ、鼻息を荒くするローズ。彼女を見上げる十三番は、優しい指導官の変貌に得体の知れない恐怖を覚えていた。

 

「しゅ、祝福とは……?」

「ああ、祝福な。ククッ、可愛いなぁお前は」

「痛っ……」

 

 戸惑い揺れる瞳を覗き込み、更に興奮したローズは十三番の胸を鷲掴みにした。

 むにゅりむにゅりと豊満な胸が形を変える。十三番は突然与えられた痛みによって眉を歪めた。汚れを知らぬ身体だ。手に余る大きさである。こんな状況になってなお指導官を信じている十三番の純真さに、ローズはこの時点で達しそうになっていた。

 

「し、指導官……んっ、これが祝福なのでしょうか……?」

「ん? あぁ勿論そうですよ。ほら心を落ち着けて、私を受け入れるのです」

「ひっ……!? わ、わかりました……」

 

 十三番の素晴らしいところは胸の豊満さだけではない。ムッチリとした太ももは他の天使よりも早熟で、肉付きの良い尻は桃のように整った形をしている。

 さすさすと、ローズは十三番の身体を執拗に撫で回した。艶やかな肌に唇を落とすと、純粋な天使の身に悪寒が走った。そんな十三番の拒否反応に構わず、性欲に支配されたローズは彼女の柔肌に赤い跡を残していった。

 思う存分少女の柔肌を味わったところで、ついにローズは十三番の着ている衣に手をかけた。彼女の秘部に直接触れようというのだ。流石にこれには十三番も抵抗した。

 

「なっ、何してるんですか? やめてください本当に……!」

「暴れるな、暴れるなよ……!」

 

 嫌々と必死に身をよじる十三番。

 抵抗する弱者を虐げて悦に入る指導官。

 加熱した欲望は、遂に危険な領域へと突入する……!

 

「お邪魔しまーす」

 

 がちゃりと、何の脈略もなくローズの部屋の扉が開いた。

 視線が集まる。目が合う。入室してきたのは、黒髪黒目の男だった。彼はローズ達を見てから、硬直した。

 気まずい静寂が過る。混乱するローズと十三番を置いて、男は背後にいる仲間の方を見た。

 

「どっち……?」

「うーん、これは強姦ッス!」

「クズ確定、ぶっ殺します。イヤーッ!」

「ンアーッ!」

 

 瞬間、甲高いカラテシャウトが響き渡り、指導官もとい強姦魔のローズは強かに壁へと叩きつけられた。

 一瞬の出来事に唖然とする十三番に、男の後ろにいた淫魔がひょこひょこ寄ってきた。

 

「大丈夫ッスか? まだ処女保ってるッスか?」

「しょじょ……?」

「よし捕縛完了。行くぞ」

「了解ッス! 一応これ着るッス! じゃ、ついてくるッスよ!」

「は、はい……?」

 

 そうして、三人は簀巻きにされたローズを引きずって楽園の広場へと向かって行った。

 広場に入ると、そこはつい先程までとは雰囲気を異とする空間になっていた。

 

「あ、貴方達は何者ですか? 我々はただ、パレエス様の言う通りに職務を全うしているだけで……」

「我々はラリス王国の者だ。現在、この施設には条約違反の疑いがかけられている。楽園側の天使は抵抗せずに大人しくしていろ」

「ら、ラリス!? では貴女は……?」

「私はガリエーラです。安心してください、誰も悪いようにはしません」

 

 武器を持つ他種族の兵士と、手を挙げて無抵抗を示す指導官。それから、十三番と同じ楽園生まれの天使達が集められていた。

 指導官を包囲しているのは、他種族の兵士と翼の多い天使だった。

 状況が分からない。十三番はキョロキョロと辺りを見渡して、同じ日に生まれた天使を見つけて少しホッとした。

 

「クソ、こうなったら……」

 

 そんな中、無抵抗を示している指導官の一人が意を決したように呟いた。

 大多数の指導官はともかく、運営側の一部は私欲で罪を犯しまくっている。であれば、裁きが無いとは考え難い。

 ならば、一か八かに賭けてやる。件の指導官は懐から試験管を取り出し、その中身を一気飲みした。

 

「貴様! 何をしている!」

 

 近くにいた兵士が容赦なく剣を振るう。指導官の首に無骨な刃が直撃した。

 しかし、その剣は根本からへし折られた。彼女は賭けに勝ったのである。

 

「うぉおおおおおっ!? こいつは凄ぇ! これが力天使って奴かぁあああ!」

 

 骨格レベルで身長が伸び、女の細腕がパンプする。周囲の指導官を押しのけ、メリメリと筋肉が膨張し、バリバリと服が引き千切れる。

 巨乳というより大胸筋。ヒップというより大殿筋。身長およそ9フィート。顔は据え置き天使美女。

 楽園の広場に、下着姿のゴリマッチョ女天使が爆誕した。

 

「ふはははっ、趣味で研究を続けていた甲斐があったじゃないか! 素晴らしい、素晴らしいぞこの肉体! 美しい……!」

 

 空間を歪ませるような筋肉の圧。圧倒的万能感が彼女の胸に充満した。今なら熾天使にだって勝てるだろう確信がある。周囲の兵士は楽園の天使を警護するように後退した。

 マッドサイエンティスト系ゴリマッチョ天使はにやりと凶悪な笑みを浮かべ、腕組み仁王立ち姿勢を取った。全員殺して逃げ果せる自信があった為だ。

 

「さて、どいつから殺してやグボッ!?」

 

 が、できなかった。

 一瞬の交錯だった。背後に回った褐色ケモミミ少女が巨大化天使に膝カックンして、下がった顎に黒髪男のガゼルパンチが突き刺さったのだ。

 生け捕りにする。天使に血を見せない。どっちもやらなくちゃいけないのが雇われ銀細工の辛いところだった。

 

「仕方ありま……あれ? もう倒しちゃってます?」

「はい。リリィ、縛っといてくれ」

「了解ッス! 淫魔流捕縛術を見せてやるッスよ!」

「予定通り俺とグーラで探索するから、皆はここの天使を守っててくれ」

「わかったのじゃ」

 

 何事もなかったかのように、彼等は元の作業に戻っていった。

 その姿を、十三番は呆然と眺めていた。

 

 楽園の広場には、無抵抗の指導官と天使達。それから拘束されたローズとゴリマッチョ指導官が気を失って倒れている。

 今日もいつもと同じだった。日常の中、ローズに呼び出され、いきなり身体を弄られて、かと思えば顔見知りの指導官がムキムキマッチョに変身した。住み慣れた場所に、見知らぬ兵士が沢山いる。

 何処か遠くで、楽園が崩れる音がした。

 

「はっ、はぁ、はぁ……!」

 

 緊張の糸が切れた為か、十三番の中に漠然とした不安の波が押し寄せてきた。

 呼吸が浅くなり、身体が震えてくる。理解不能な寒さを感じて、十三番は両手で自身の身を抱いた。

 

「大丈夫……」

 

 柔らかい声。震える十三番の手を、小さな手が包み込んだ。

 見ると、左右で色の違う瞳と目が合った。

 

「大丈夫だから、怖がらなくてもいい……」

 

 小さな手から、優しい温もりが伝わってくる。

 洗礼によって冷えた手が、同じくらい冷たい手で温められる。

 気づけば、十三番の目から涙が溢れてきた。

 

「わた、私これからどうなるんですか……?」

「楽園の外に出るの」

「そ、外……?」

 

 外と言えば、聖典に曰く穢れに満ちた土地のはずである。

 つまり、この人達は十三番達を連れ出しにきたのである。あんな乱暴なやり方で、穢れた大地に突き落とそうとしているのだ。

 十三番は余計に不安になった。

 

「怖い、です……、すごく、何をすればいいのか、わからないです……」

「そうだね、怖いよね」

 

 ギュッと、さらにしっかり手を握られる。

 幼い姿の同族は、同郷の幼子に心から共感していた。

 

「なら、お話してみて」

「話……?」

「貴方には、いっぱい仲間がいるでしょ」

 

 淡い髪の天使が視線を外す。彼女の視線の先には、十三番と同じように怯えている天使がいた。

 不安なのは、自分一人じゃなかった。そう思えば、少しだけ不安が紛れた気がした。

 また、無抵抗な指導官達は何かから解放されたような凪いだ表情をしている。その顔に、悲壮な色はなかった。

 

「うん……」

 

 改めて、目の前の天使を見る。

 どことなく、その顔立ちは楽園の子に似ていた。

 僅かに落ち着きを取り戻した十三番は、自然とこの天使の事を知りたくなっていた。

 

「あ、貴女の番号は……?」

「番号はないけど、名前はある。レノって名前……」

 

 そして、レノと名乗った天使は、ぐにゃりと口元を歪めてみせた。

 人生経験の浅い十三番でも分かるぎこちない笑顔。目の前の他者を安心させようと思って、そんな顔をしているのだ。その思いやりこそ、十三番の心を温めた。

 そして、レノと名乗った同胞は、ゆっくりと言葉を継いだ。

 

「貴女達と同じ、楽園生まれの天使だよ」

 

 後に、楽園を出た十三番は、このように振り返った。

 あの時の彼女は、まさに聖女のようであった、と。

 

 

 

 

 

 

 えずくような緑の匂いは、文明人には耐え難いものがある。

 鬱蒼とした森は太陽の光が届かない。木々の擦れる音に混じって、時折獣の唸り声が聞こえてくる。遠くでは、自然発生した魔物と現地の野生動物が熾烈な縄張り争いを繰り広げていた。

 

 弱肉強食の世界で、ソレ(・・)はじっと身を潜めていた。

 獣に踏まれぬよう、鳥に見つからぬよう、同じサイズの虫に食われぬように、全神経を尖らせて恐る恐る周囲を警戒する。

 大きな芋虫に似た薄汚れた虫モドキ。ソレは、猫又の死骸から這い出た外装だった。

 

 イシグロの不意打ちを受け、一度は死を覚悟した猫又だったが、運よく戦いのどさくさに紛れて地上に降りる事ができたのだ。これまた運よく、影による脱出が成功したのである。

 だが、問題はその後だった。元の外装は敵の手中にある。何とかして仲間と連絡を取る為に、猫又はこの姿のまま最寄りの拠点に向かう必要に迫られたのである。

 

 緊急用のこの外装は、あまりにも脆弱だ。

 その辺の獣はおろか、本来無害なはずの鳥にさえ殺されてしまう。屈辱に耐え、泥に塗れ、木々の騒めきに怯えながら這いずるしかなかった。

 加えて、敵は獣だけではなかった。振り向いた瞬間、迷宮狂いと目が合うかもしれない。今現在も森人の忍者に追われているのかもしれない。ひとたび追手の存在を意識すると、全く気が休まらなかった。

 それでも、進むしかなかったのだ。

 

 何日経過したのか、時間感覚がおかしくなっていた。

 虫となって蠢く猫又は、奴等に対する怨讐のみで動いていた。

 そして、ソレは遂に辿り着いた。

 

 ラリス王国内、とある森の奥に隠された洞窟。

 その場所こそ、猫又一味が用意していた非常用の拠点だった。

 

 安堵に警戒を緩めそうになった猫又は、慌てて周囲を見渡した。

 追手の気配はない。獣の気配も遠い。しばらく警戒を続けたが、誰も来ず何も起こらなかった。

 今度こそ、安堵を抱いて動き出した。

 

 やっと、帰れる。

 新しい外装に着替え、風呂に入り、文明人らしい生活に戻れるのだ。

 それから、家族に伝えなくてはならない。聖輪郷での出来事と、彼奴等の脅威度を。

 準備が整い次第、今度はこっちから攻め込んで奴等の尊厳をグチャグチャにしてやるのだ。

 

 虫に改造してやる。

 魂を加工してやる。

 死骸を獣に食わせてやる。

 

 これまで押し込めてきた楽しい妄想が、蠢く虫の肢を早めていた。

 気分を良くした虫が洞窟に入り、少し進んだ先の壁面に触れる。

 幻術が解け、扉が開く。通路に灯りが灯って、主の帰還を歓迎した。

 その時だった。

 

「はい、もういいでござるよ~」

 

 浮遊感。突然ひょいと摘み上げられ、ポイと何処かに押し込められる。

 硬く冷たい感触。頭上で何かが締まる音。この感覚には、覚えがあった。

 再び、ガラスの瓶に入れられたのである。

 

「案内ご苦労。お陰で調査が捗ったでござるよ」

 

 透明なガラス越しに、森人忍者が嗤っていた。

 子供のように笑う森人の美貌は、惨めに汚れ切った今の猫又とは対照的に、風呂上りのように清潔だった。

 

「あぁ、あぁぁぁ……」

 

 純粋な絶望が猫又を覆う。

 悪態の一つも出てこない、完膚なきまでの敗北感。仮にこの外装に放尿の機能があれば、無様に失禁していただろう程の屈辱。

 

 全て悟ってしまった。気付いていなかった事に、気付いてしまった。

 要するに、この猫又は今の今まで誘導されていたのである。

 さながら、厄介な害虫を巣ごと根絶やしにするかのように。

 

「なるほど、此処がお前達のハウスでござるか。存外と質素な暮らしをしてるでござるなぁ」

 

 あまつさえ、最悪のタイミングで捕まってしまった。

 拠点の場所が割れた。であれば、間もなくラリスの手が伸びてくる。リンジュは同調し、怒りに燃える天使達も攻めてくるだろう。

 家族に、迷惑がかかってしまう。それが何より嫌だった。

 

 自害をしようと思ったが、何故か身体が動かない。

 遅れて気づく。瓶の中に真っ白な粉が入っていた。この個体だからこそ分かったが、それは迷宮用の痺れ薬だった。

 到底、この外装が耐えられるものではない。

 

「じゃ、よろしく頼むでござる」

 

 忍者の呼びかけに応え、背後の草むらからメイド服を着た集団が現れる。

 命令を受けた侍女達は、よく訓練された動きで洞窟内の拠点に入っていった。間違いなく、国が教育した銀細工級の斥候であった。

 

「安心するでござる。殺しはしないでござるよ、殺しは……」

 

 そう言って、森人忍者はガラス瓶をのぞき込んだ。

 その右眼は、満天の星空を切り取ったかのように輝いていた。

 

 こうして、第三王子の派閥は猫又の尻尾を掴んだのである。

 

 

 

 

 

 

 リンジュの暑い夏が過ぎ、冬に備える秋が来た。

 秋になった事で夏場ヘロヘロになって休んでいた馬人車が再開し、道場通いの門弟達が師匠の奢りでドカ食いしていた。

 役所勤めの人々も制服をきっちり着るようになり、隠居した町人は涼しい風を感じながら道楽に耽っている。

 リンジュの秋は、今年も活気に満ちていた。

 

「はい号外号外! なんとビックリ! 刷りたてホヤホヤの号外だよ! 明日からはこの話題で持ち切り間違いなし! さっさと読んで周りの人に自慢しちゃいな!」

 

 リンジュ共和国、首都カムイバラ。

 石畳の敷かれた広場の真ん中で、威勢のいい鬼人男の声が響く。彼の前には刷ったばかりの瓦版が山積みされていた。

 すると、彼の前にある瓦版はコミケの壁サー同人誌のように買われていった。王都民程ではないが、カムイバラ人も時世や流行には敏感なのだ。

 

「ほう、これは本当にござるか」

「マジだったら見てみてぇよな!」

「いや、言うて聖輪郷だろ? ちょっと信じらんねぇなぁ」

 

 そして、真新しい瓦版を読んだ人々は、一様に驚愕の表情を浮かべる事となった。

 

「なんでぇなんでぇ! 情報の早さとくればうちが一番だろうがよ! それに、今までうちがホラぁ吹いた事あったか?」

 

 疑わしげな目を向けて来る客に対し、売り子は自信満々に言ってのけた。

 この鬼人は猫万屋という優良読売の一員である。以前、真っ先に九尾の没落を報じたのも猫万屋だった。今更その正確性を疑う気にもなれないが、それはそれとしてビックリしちゃったのである。

 

「まさか、聖輪郷の雲が晴れるなんてな……」

 

 瓦版には、空に浮かぶ天使の国――聖輪郷を覆う雲が綺麗さっぱり消え去ったとの報が書かれていたのである。

 一般ピーポーからして、天使族はともかく聖輪郷は文字通りに雲の上の存在である。けれども、全く馴染みのない国ではなかった。

 なにせ時たま近くを浮いてる事もあるし、数年に一度カムイバラの真上を通り過ぎるのである。あの分厚い雲が無くなったとなれば、じゃあ中身はどんなんだと気になってしまうのが人情だろう。

 雲に隠されてた国、すごく気になる。聖輪郷が近くに来たら見てみようと、町人達は軽いお祭り状態になっていた。

 

「すみません。私にも一つ頂けますか?」

 

 売上好調の瓦版。ひとしきり列を捌いた頃、受付鬼人の前に杖をついた翼人が現れた。

 髪は色が抜けたような灰色で、その手足は枯れ木のように細く、如何にも弱々しい。背中には、すっかり艶を失くした翼があった。

 彼の頭上には、僅かに輝く光輪が浮かんでいる。

 

「おっ、エミール先生じゃねぇか! 読みてぇってんなら届けてやるからよ! 家でじっとしてなって!」

「そうは参りません。それに、歩くのはいい運動になりますからね」

 

 そう言って、エミールと呼ばれた老天使は、近くの長椅子に座って件の瓦版を読み始めた。

 瓦版の見出しには、大きな文字で「聖輪郷の異変」と書いてあった。記事の内容はただ筆者が見たままの情報が羅列されているだけで、三流読売にありがちな陰謀論などは書かれていなかった。

 これが事実なら、時が経てば自然に明らかになる事だ。けれども、事前に知っていれば余計な騒ぎが起こる事はないだろう。読売業者はきちんと職分を全うしたと言える。

 

「ふむ……」

 

 一通り読み終えたエミールは、瓦版を懐に入れて思索に耽った。

 天使族といえば、色んな種族がいる中でも一等変化を厭う種族である。まさか自主的に雲を晴らしたとは思えなかった。何かがあったのは分かるが、何が起こっているかは分からない。

 また、これが単なる自然現象だとも思えなかった。ぼうと空を見上げながら、エミールはつい先月の事に思いを馳せた。

 

 夏の夜の事だった。エミールの私塾に突然東区長が訪問してきて、エミールに病の疑いありと言ってきたのである。そこまでは覚えているのだが、以降の記憶が曖昧だった。

 曰く、あれから半月ほど眠っていたらしい。そして、長い眠りから目覚めたエミールはすっかり老いてしまっていた。

 医師によると、もう少しで魂が天に還るところだったという。

 

 目覚めと同時、エミールは曖昧だった自身の過去を思い出した。

 熾兵の館と呼ばれる場所で生まれた事。訓練を受け、戦士の適性なしと間者としての調整を受けて此処にいる事。誕生から現在までの全てをエミールは東区長のバンキコウに話した。

 結果、エミールが裁かれる事はなかった。それどころか、何事もなく元の生活に戻る事ができた。体調を整えて塾に戻ると、塾生やその親達には驚く程に心配されたものである。

 

 あれから、しばらく。

 休養を取り、今はこうして以前と同じ生活を送っている。私塾も再開したし、外を歩く体力も取り戻した。

 幸いな事に、以前まで頻発していた軽度の譫妄や頭痛等の症状は完治していた。間者としてのエミールは消滅したのである。

 

 聖輪郷の一件について、老いたエミールは漠然とした繋がりを感じていた。

 けれど深入りはしないし、証拠も無しに不安がる事もしなかった。

 ただ良い変化があればいい。そう心に留め置くに任せるエミールだった。

 考えても仕方がない事は、考えないのが一番なのである。

 

「よいしょっと……」

 

 そろそろ帰ろうかと、エミールは膝に負担をかけないよう慎重に立ち上がった。

 元から痩せっぽちだったのに加え、老いた事でエミールの足腰は余計に細くなってしまった。枝のような両足は、人一人を支えるにはあまりに心許ない。

 

「よいしょ、よいしょ……」

 

 半歩進んで、立ち止まる。半歩進んで、立ち止まる。区長に貰った杖を三本目の足として使い、エミールはゆっくりと歩いていた。

 杖を突いて歩きながら、エミールはカムイバラの民を見るでもなく眺めた。元気に駆け回る子供達。忙しそうにしている魚売り。ベイゴマで遊ぶ忍者たち。自身を追い抜いていく人々を見て、老いた天使は穏やかに目を細めていた。

 

「あっ、先生みっけ!」

 

 そうしていると、老天使に向かって甲高い声が掛けられた。

 声の主は塾生の少女だった。てててっと寄ってきた彼女の手には、塾で使う筆記セットがある。

 

「こんにちは。授業は午後からですよ」

「うん! 先生迎えに来たの! ほら、まだ暑いでしょ? 途中で倒れちゃってないかって!」

「はは……ありがとうございます」

 

 どうやら、塾生の少女はエミールを心配して迎えに来てくれたようである。

 教師と生徒の二人で、天使の営む私塾に向かう。そうしていると少女の方が自然に何歩も先を行くので、道中の少女は何度も立ち止まっては振り返っていた。

 

「先生、大丈夫……?」

 

 一生懸命ついてくるエミールに対し、塾生の少女は心配げな表情を浮かべていた。

 夏までは細っこいながらも瑞々しい生気に満ちていたエミールが、今は杖を突いてよぼよぼと歩いているのだ。

 あまりの変わり様を前に、つい心配してしまうのは致し方ない事であった。

 

「ええ。なにぶん足が遅くて、申し訳ありません」

「ううん、それはいいの……」

 

 心配ないと柔らかな笑みで返すエミールだったが、優しい少女は憂いの情によって目を伏せた。カツンと、天使の杖が石畳を突いた。

 

「そう悲しそうな顔をしないでください」

 

 杖を持っていない方の手で、エミールは少女の頭を撫でた。僅かに涙を湛えた瞳に、朗らかに笑む好好爺が映っている。

 その顔は、以前までとは大分異なっている。けれど、間違いなくエミール先生の顔であった。

 

「確かに、以前のようには動けなくなってしまいました。重い物も持てなくなりましたし、杖がないと転んでしまいます」

 

 原則、天使族が老いる事はない。

 天使の命は魔族に近い。経年劣化によって日光から得られる光の量が減って行き、徐々に性能を落としていく。そして、最期は光の粒になって消えるのだ。それでも、その肉体は死する寸前まで若く健康なままである。

 ある意味、老天使となったエミールは極めて稀な存在なのである。この状況を、当のエミールは寧ろ楽しんでいた。

 

「ですが、だからこそ今を生きてる実感があるのですよ」

 

 天使は変化を厭う種族である。

 隣人を愛するが故に、隣人を疑う事ができない。故に法に頑迷で、汚れを嫌い雲に隠れて生きてきた。そして、地に足着けて生きる同胞を堕天使と呼んで見下している。

 しかし、エミールは違う。気付けばすぐに成長する子供達と過ごしてきた事で、変化自体を肯定するようになっていた。

 

 強くなる事だけが成長ではない。

 清いままでいる事が正しい訳ではない。

 良し悪しに拘わらず、変化こそが本当の成長であると思うのだ。

 

「それに、皆さんと同じ時間を生きられるようになりました。こんなに嬉しい事はありませんよ」

 

 故に、眼前に迫った最期までをも心安らかに受け入れていた。

 遠からず、エミールはいなくなる。天使にはあり得ぬ老化によって、天寿を全うするのである。

 短くなった命を、精一杯生きる。その感覚は、以前までのエミールには無かったものだ。

 自分自身も成長している。エミールは、その確信が誇らしかった。

 

「先生は……」

「はい」

「どれくらい、生きられるの……?」

「そうですねぇ」

 

 不安そうな少女の問いに、エミールは顎に手を添えて記憶を探った。

 光力の殆どを失い、日光での回復もごく僅か。臓腑が弱っているので食も細い。残された命は、極めて短い。

 エミールの寿命について、医者の言うところによると……。

 

「あと三十年くらいらしいです」

 

 言うと、少女はポカンとした顔になった。

 それから、満面の笑顔を咲かせた。

 

「めっちゃ長いじゃん!」

 

 けらけら笑う少女に、今度はエミールが虚を突かれた。

 エミール視点、三十年などあまりに短いと思っていたのである。

 けれども、納得した。そうだった。並みの人間族は、天使と違って百年も生きられないのである。

 

「ふふっ……そうですね」

 

 どうやら、自分はまだまだ生きられるらしい。

 我知らず、エミールの胸にワクワクとした高揚感が湧いていた。

 きっと、楽しい時間が始まるのだ。

 

 エミールが地上に降りたのは、そう命令されたからだ。

 塾を開いたのも、現地に溶け込む為だ。自分の判断ではなく、無意識にそう誘導されたのだ。

 自分の考えで事を成した事など、一度も無かった。

 

 けれど、今は違う。

 これからの三十年は、自分の意思で生きられるのだ。

 

 確かに、地上は汚れている。

 色んな人がいて、騒がしくて、どこを見ても悲劇に溢れている。

 楽園は此処よりよっぽど綺麗で、清潔で、思想も思考も整頓されて争い事は無いのだろう。

 

 それでも、これでいい。今がいい。

 この大地で、隣人達と生きる事が、エミールにとっての幸福なのだ。

 

「……そうですね。まだまだ、これからです」

 

 杖を突いたエミールは、しっかりと地に足をつけ、歩き出した。

 幸せの待つ、我が家へ。




 てなわけで、これにて聖輪郷編終了です。
 お疲れ様でした。
 ぬわ疲。

 あと、総文字数も150万文字突破しましたね。してます、多分。
 まさか体力気力共に乏しい私がここまで書き続ける事ができるとはって感じです。
 それもこれも、ここまでお読みいただいた読者様の応援あっての事と存じます。
 毎回しつこく前書きにある通り、感想・評価などいつもありがとうございます。ガチでこれのお陰で続いていると言っても過言ではありません。

 さて、まぁ話はぶった斬って、良い機会なのでまたアンケします。
 アンケっつーか、調査ですね。前にも似たようなのやりました。その第二回目です。

 お気軽にどうぞ。
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