【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。これがあるからこそ続いてるみたいなとこあります。
 誤字報告も感謝です。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。レギュ見てね。


ロリは臥し、空へ昇る(中)

「う、嘘よ! 至高にして究極の料理たる、このわたくしのSCS(スーパーコンソメスープ)が! そんな安っぽい汁物なんかに! なのに、なのに! どうしてこんなに美味しいのよぉおおお! あはぁああああああん♡」

 

「バカな!? なんだこのグルメ(ぢから)は! 一万、二万、三万……まだ増える! 僕の勝率は九十九割(きゅうじゅうきゅうわり)を超えていたはず……うわぁああああ! オォ~ン♡」

 

 時が過ぎ、会場を変え、フライシュ祭は熱を増す。

 高飛車そうな翼人と几帳面そうなドワーフ男を破り、森人忍者のシュロメさんは決勝戦へと駒を進めた。

 

「勝ったで候!」

 

 準決勝勝利後、沸きたつ観客を前に、シュロメさんはブイブイとピースサインをして喜んでいた。

 彼女は醤油と味噌を宣伝する為に故郷の外で活動しているらしい。二回戦以降もそれらを使って勝利したので、リンジュの調味料に注目が集まったと思いたい。

 何はともあれ、決勝進出おめでとうだ。

 

 

 

 フライシュ祭は日にちを跨ぐ催しだ。お次は三日後の決勝戦。

 となれば、お祭りモードも緩やかに盛り上がっていくもので、食欲をそそられた住民達は美食を求めて街の中をグルグルしている。

 祭りだ祭りだの大騒ぎというよりは、ゴールデンウィークとかクリスマスシーズンとかに近い雰囲気を感じる。

 

 さて、そんな街に中てられて、俺の胸にクリエイティブ魂が再燃していた。

 久しぶりに、転移前に食べてた料理を再現しようと思い至ったのである。

 幸い、リントは食材の種類や数には困らない。こと香辛料に限れば、王都よりも充実してるまである。

 ならば、アレを作ろうと思うのはごく自然な流れと言えるのではないだろうか。

 

「「「おかわり!」」」

 

 とある宿屋の食堂に、異口同音の声が響き渡る。

 元気いっぱいのその声は、ロリのソレでは断じてない。同業者――それも同じ位階の人型兵器達――即ち、王都西区に拠点を構える銀細工持ち冒険者である。

 右手に匙を持ち、空になった皿を持ち上げているのは、リカルトさんとラフィさん。それから牛鬼侍のイスラさんだ。

 

「いやぁ~、マジ美味ぇわコレ! 意外と酒に合うのもいいな!」

「ほんとほんと。おじさん的には、色々とトッピングできるってのが凄いと思うわけ。ん~、リンジュの漬物がよく合うねぇ」

「私としては、パンよりむしろ米との組み合わせが最高だと思えるな! 米のお陰で辛さの調節ができるのも素晴らしい!」

 

 口々に感想を述べる同業者に応じ、俺は鍋の中身をよそってやった。それは茶色くてドロドロして、少し鼻にツンと来る匂いを放つ液体だった。要するに、カレーモドキくんである。

 現在、俺は宿泊中の宿屋にある食堂を貸し切ってカレーを作っていた。食堂の扉には「休業中」と書かれた看板。ちなみに、店主も銀細工に混じってカレーを食べている。

 なんで知り合いの冒険者が来てるかというと、イスラさん経由で俺がリント市にいる事が知られた為だ。したら流れでこうなったと。

 

「うまし、うまし」

「なかなかいけるわね」

「ちょっと、辛い」

 

 勿論、最初に異世界カレーを振る舞ったのは一党の皆だった。それなりに好評である。

 辛さ別に作ってみたところ、レノとエリーゼが甘口派で、イリハとルクスリリアが中辛派。グーラは甘くても辛くてもいいようで、甘口と辛口をヘビロテしていた。

 流石、カレーの美味さは異世界でも通用するようである。

 

「う~ん、なんか違うよなぁ」

 

 が、当の作成者はその出来に納得がいってなかった。

 この世界にはスーパーで売ってるようなカレールーなど無いので、都度スパイスを配合する必要があるのだ。それが存外難しい。

 というのも、俺の知ってるカレーの香辛料が異世界には見当たらなかった為である。一応コショウやトウガラシ等はあるのだが、その他は異世界固有のスパイスなのだ。

 故に、カレーモドキ。地道に調べていくしかないだろう。全ては愛の為に、腹ペコで泣かれちゃ嫌だからな。

 

「ご主人、なんか悩んでるッスか?」

「悩んでるって訳じゃないよ。ただ、どうすればもっと美味しくなるんだろうって考えてるだけ」

「ボクは最高に美味しいと思います! 逆に、これ以上美味しくなるなんて想像できません!」

 

 そう言ってくれるのは嬉しいが、どうにも俺の中にあるカレーライサーとしてのプライドが現状のモドキっぷりに憤りを覚えているのである。

 前世、俺はあんまり自炊をしない人だった。けれども、カレー作りだけはガチだった。基本的には圧力鍋でドロドロにするタイプを作っていたが、スパイスのカレーも何度も作ったものである。俺好みの配合を編み出し、夢のドリームカレーを作った事だってある。

 そう、知ってるスパイスがあれば、あるいは材料さえ分かれば、異世界で日本のカレーを再現できるはずなのだ。

 

「どれがターメリックでどれがハラペーニョなんだか……」

 

 匂いと風味で決め打ちして、何となく配合してみて、まぁそれっぽいのは出来たのだ。結果、絶妙にコレジャナイ。

 そりゃ、食べなれたカレーと違うのは仕方ない。しかし、不気味の谷ならぬ不気味のカリーが俺の脳をモニョらせるのである。

 クソ、俺に料理系チートスキルがあれば、皆を裸に剥けるのに……!

 

「いやイシグロお前、これマジで美味ぇよ? これならフライシュ祭も優勝できちまえるんじゃねぇか? 今から飛び入り参加してこいよ。結構いけるかもだぜ?」

「然り、然り。それはそうと、おかわりを頂けないだろうか」

「あ、俺も頼むわ。辛口でよろしくぅ!」

「あいよ~」

「マスターがやるんだ……」

「私達が無礼(なめ)られるのが嫌なのよ、彼」

「分からん御仁じゃのぅ、ほんに」

 

 カレーのおかわりをよそいつつ、フライシュ祭の参加について考える。

 確かに、カレーと言わずとも現代日本の料理をお出しすれば優勝はともかく一定の斬新さは提供できるだろう。実際、一部の料理は再現できている。やろうと思えばって段階ではあるのだ。

 が、そこに俺が鳴り物入りで参戦して場を荒したくなどなかった。参加者は皆、ガチのガチで挑んでいたのである。巨人の肩の上から見下ろすなんてのは、真のロリコンに相応しい行いとは言えまい。

 もしやるとしたら、金も名誉も得ないオールハッピーな形にしたいかな。それで言うと、カレーが完成した暁には誰かにレシピを渡してもいいかもしれない。異世界人が作るカレーにも興味がある。

 

「お待たせ~っと……ん?」

 

 同業者にカレーのおかわりを配り終えた、その時だ。カランコロンとベルが鳴り、貸し切り休業中の食堂に客が来た。

 誰かと思って見てみると、それは見覚えのある二人組だった。

 

「突然の訪問、失礼します。こちらに“黒剣”のイシグロさんがいらっしゃると伺ったのですが……おや?」

 

 現れたのは、フライシュ侯爵家の御子息であるミラクムさんと、女軍人っぽい風貌の淫魔さんだった。

 この二人は、以前行われた異種間交流会で恋仲になった身分差歳の差身長差のある異種カップルである。

 成熟した女性と、成長途上の男の子のカップリング。十代半ばのミラクムさんは前に会った時よりも逞しい身体になっていた。

 

「ご無沙汰しております、ミラクム様」

「お食事中、申し訳ございません。家中の者から街でイシグロさんを見かけたと聞いたもので、挨拶に参った次第です」

 

 などと、爽やかスマイルで妙な事を仰るお貴族様。

 いくら迷宮潜りのよしみで友誼を許された相手とはいえ、貴族が庶民に挨拶に来るなど考えるだけで頭を抱えたくなる状況だ。

 俺は思考のギアを引き上げ、咄嗟に社交モードの集中力をひり出した。こういうの、個人的には突発的な戦闘よりキツいまである。

 

「い、一介の庶民には身に余る光栄と存じます」

「とんでもございません。イシグロさんは僕よりお強いのですから、どうか畏まらないでください。見て分かりますとも。つい最近も一つ修羅場を越えられたのではありませんか?」

 

 ふと見ると、優雅にボディランゲージをするミラクムさんは、俺の目をみながら三度ウィンクした。

 なるほど、彼も第三王子派閥の人だったか。

 

「なにぶん無頼の身ですから、迷宮に潜ってばかりで。どうぞ、お座りください」

 

 言いつつ、俺は座って話すよう促した。

 ミラクムさんは物怖じしてる店主と物怖じしない冒険者達に挨拶をした後、冒険者の流儀に合わせてどっかと椅子に座った。貴族モードはおしまいの合図だ。

 俺が対面の椅子に座り、続いて彼の隣に軍人淫魔さんが座る。後ろに控えようとする皆を手で制し、同数(・・)になるようルクスリリアを俺の隣に座らせた。

 

「改めまして。またお会いできて嬉しいです。イシグロさんもフライシュ祭を見に来られたのですか?」

「はい。出場者の中に知り合いがおりまして」

 

 イリハにお茶を淹れてもらって、軽い雑談を交わし始める。別に隠すような場でも話でもないので、内容も口調も適当でオッケーなはずだ。

 ちな、カレー食べてる組はミラクムさんを気にせずに食べていた。おかわり自由である。

 

「イシグロさんの収納魔法には相当な容量があると伺っております。機会があれば、運送の依頼をお受け頂ければと存じます」

「ええ。ギルドを通した依頼であれば、前向きに検討させて頂きます」

 

 雑談もそこそこに、少しずつ仕事の話にシフトしていく。

 ここらへんは誰に聞かれてもいい話題だ。俺がこうも真っすぐに返せるのは俺と王子の特殊な関係性を確認する為である。端から見ると俺がナマ言ってるように聞こえるかもしれないが、これを経る事でお互い安心できるのだ。

 そうしてひと通りの確認が終了すると、目の前のミラクムさんは徐々にソワソワを隠せなくなってきたようである。さながら、餌を前に「待て」をしている犬のようだった。

 

「……して、皆さんが食べているのは如何なる料理でしょうか? 店先から素晴らしい香りがしてまして、気になっていたのです」

 

 野獣の如き妖しい眼光。彼はこの場の皆が食べてるカレーを凝視していた。

 フライシュ家は先祖代々美食貴族であると聞いた。初めて見るらしいカレーを前にした為か、ミラクムさんの目に興味を超えた狂気が滲み始める。

 

「おっ、なんだミラクムの坊も興味あんのかい?」

「これイシグロが作ったんだぜ~」

「ほう、イシグロさんが……」

「え、まぁ……はい。これはカレーと言って、故郷の庶民料理になります」

「庶民料理、ですか? これ程のスパイスの塊を……?」

「いえ、本来はもっと安価な香辛料を使いまして」

「興味深いですね。ええ、実に興味深い……」

「わ、私が作ったものになりますが、お召し上がりになりますか?」

「はい、ぜひ!」

 

 食い気味の返答は、予想以上の声量で発せられた。興奮する貴族子息の隣で、鋭い眼の年上彼女が呆れている。

 まぁ、いくら何でも同派閥の味方を料理の出来如何で攻撃したりはしないだろう……しないよな?

 なんて内心疑いつつ、俺は残り少ない中辛のキーマカレーをよそって、お二人の前にお出しした。パンが無くなっていたので、カレーのお供はライスである。

 

「ふむ……やっぱり、見た事がない料理だ。入っているのは細かく刻まれた牛肉か。淫魔牛かな? 米はリンジュ産。なるほど、よく絡まるように炊いてあるのか……」

 

 ぶつぶつ呟いた後、急に無言になったミラクムさんは黙々と粛々とマジの眼になってカレーを食べはじめた。

 試験されてる訳でもないのに、何故だか緊張してきた。彼の隣にいる恋人は、「うちの子がごめんね?」とばかりの視線を送ってきた。ルクスリリアが軽く肩をすくめてみせる。

 

「……イシグロさん、この料理は未完成ですね?」

 

 完食後、ミラクムさんは匙を置いてから断言した。

 まるで戦闘中と思える程の眼光。今の彼には美食家としての凄みがあった。

 戦ったら俺が勝つの分かってるけど、なんか怖い。

 

「は、はい」

 

 ちょっぴり面食らってしまったが、全く以てその通りなので素直に頷く事にした。

 彼は唇を拭ったハンカチを収納魔法に戻してから、カレーの風味を思い返すように瞑目した。

 

「調理の工程はしっかりしているのに、香辛料の組み合わせがチグハグだ。どうやら、イシグロさんは此方の食材で故郷の味を再現しようとしているご様子。苦戦しているのは、香辛料関連……間違いありませんか?」

「そ、その通りです……」

 

 なんで分かるんだよ。俺は美食貴族の舌に戦慄した。コールドリーディングか何か?

 あの老執事もアレだったし、もしかしてフライシュ侯爵家ってこんなんばっかなのか? なら、決勝に現れるという御当主様は如何ほどの海原指数を持っているんだ。

 

「微力ながら、フライシュ家の血を引くものとして助言をしたく思います。どうか、話して頂けませんか?」

「え? はい。実は……」

 

 有無を言わせぬ迫力に促され、俺はカレー再現の進捗状況を答えた。

 故郷で食べてたカレーを再現したいが、香辛料の名前が違うので何を使えばいいか分からない事。一応形にはなったものの、得体の知れない違和感がある事。

 俺の説明を聞いたミラクムさんは、ふむと顎を摩りながら口を開いた。

 

「ターメリック、ハラペーニョ……コリアンダー、シナモン、ガラムマサラ……聞いた事がありませんね。淫魔王国には?」

「ありません。似た名前の物はありましたが……」

「似た名前というと?」

「シコリアァンダーと絶頂馬芹(イクミン)とハーメリックです」

「ちな全部媚薬の素材ッスよ」

「淫魔王国ェ……」

 

 まあ、彼に言った通りそれっぽくはなるのだ、それっぽくは。

 けど、俺の思う描くカレーには程遠いって話である、

 

「ちなみに、香辛料は何をお持ちでしょうか?」

「あ、はい。これくらいで……」

 

 言われるがまま、アイテムボックス内の香辛料を出していく。

 赤に茶色に黄色に真っ黒。これら全て、フライシュ領内で生産された香辛料だ。全部合わせると五十種類以上ある。

 カレーに使うスパイスを選定している間、感覚器官がバカになってたよね。

 

「なるほど。恐らく、これとこれとこれと……。これは使わない方がいいですね。香り付けはこの五つの中から、辛さはこの中から選べば間違いないかと。それと、この二つを混ぜると危険なので、今の段階では使わない方が無難でしょう。それから……」

 

 そうして並んだ膨大な数のスパイス瓶を、ミラクムさんは突然仕分けし始めた。

 用途別のスパイスと、カレーには相応しくないスパイス。後者の中には今現在使用しているやつもあった。

 

「……っと、これくらいでしょうか」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、お役に立てたなら幸いです」

 

 一応、善意でやってくれた事なのでお礼を言っておく。

 彼はとても爽やかな顔をしていた。あれ? この子、なにしに来たんだっけ?

 

「それでは、御縁がありましたら是非。引き続きフライシュ祭を楽しんでいって下さい」

「どうも、失礼しました……」

 

 ひとしきり香辛料の解説をした後、身分差カップルは去って行った。

 仲が良さそうで何より。

 

「変わった貴族様じゃったのぅ」

「あの淫魔、困ってたッスよ」

「食に対して真摯な方だと思います」

「変な人……」

「ラリス貴族だもの」

 

 よく分からんが、まぁいい。

 カレーの完成度が上がって、皆が喜んでくれるのは嬉しいし。

 

「カレーうどんとかも、作ってみるか」

 

 カレーが増えれば世界が広がる。

 美食貴族の協力を得て、俺のカレー作りは前進するのであった。

 

 

 

 

 

 

 雲に隠れた月の下、悪の魔の手が忍び寄る。

 迷宮都市リントのとある貸倉庫の前に、一人の森人が膝をついていた。

 受け止めきれない現実が、堅牢なはずの心を打ちのめした。

 

「そんな、ひどい、こんなこと……!」

 

 砕けた木樽。鼻をつく異臭。清潔で然るべき食料用の貸倉庫に、おぞましい数の虫が這っている。

 彼女の眼前には、無残に破壊された宝の残骸が転がっていた。

 

 明らかに、人為的な工作だった。

 卓越した忍びであるシュロメには、下手人のやり口が見え過ぎる程に()えていた。

 同格の斥候が鍵を破り、彼女の心を土足で踏み荒らしたのである。

 

 報復せねば。応報せねば。らしい(・・・)思考が渦を巻き、シュロメの復讐心を駆り立てる。

 しかし、それを押し流す程の激情が、彼女の心を蝕んでいた。

 

「うぅ、拙者の醤油がぁ……」

 

 決勝に間に合わない事より、倉庫を荒された事より、自身が悪意を向けられた事より。

 何よりも、手塩にかけて育てた味噌と醤油が、誰の口にも入らなかった事実こそが悲しかった。

 

「こんな、残酷な……! 人のやる事じゃないでござるよ……!」

 

 秋の冷たい風が吹く。

 決勝戦まで、あと二日。




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