【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


ロリは臥し、空へ昇る(下)

 光の届かぬ都の影に、悪の蕾が花開く。

 

 ラリス王国は迷宮都市リント。とある屋敷の奥の間で、美食四天王のお耽美担当ギュムレーが片膝をついて臣下の礼を取っていた。

 彼の視線の先には、簾に浮かび上がる人影があった。

 

「はい、全て味王(あじおう)様のご命令通りに……。証拠は残していません。不心得者共の始末も、祭の後に完了する予定でございます」

「……うむ、大儀である」

 

 現在、この空間には美食四天王のギュムレーと味王と呼ばれた二人だけが居た。

 四天王と言いつつ何故この場に他のメンバーがいないのかというと、先のフライシュ祭でシュロメと戦った四天王達に変化があった為である。件の忍者の料理を食べてから、彼等は味王への忠誠を捨て純粋に美食の探求に没頭し始めたのだ。

 ともかく、今さら味王との繋がりを絶てる訳も無し。例の破壊工作を終えた今、然るべき機を待って粛清する予定である。

 

「して、やれるのだろうな……?」

「当然でございます。シュロメとか言う田舎森人は、このギュムレーが輪切りにして差し上げましょう」

 

 美食四天王に敗北は許されない。

 その為ならば、対戦相手の倉庫を荒らす事も辞さないし、食材を買い占めるし、場合によっては人質を取ったりもする。

 そろそろ彼等にもこっち(・・・)の仕事を教え込むつもりだったが、愚かにも光に焼かれたようである。萎びた野菜は、捨てるしかない。

 

「すべてはラリス美食界の為に……」

 

 恍惚と、ギュムレーは敬愛する主に首を垂れた。

 くつくつと。簾に隠れた味王が笑った。

 

 味王の目標は一つ、世界征服である。

 グルメ(ぢから)によってフライシュ領を征服し、やがてラリス王国の美食界を手に入れる。

 今こそ、真の美食を忘れたバカ舌共を教育すべき時なのである。

 

 嗚呼、何たる事か!

 フライシュ祭決勝を前に、シュロメは秘蔵の調味料を失い、対するギュムレーは準備万端!

 森人忍者に勝ち目なし。邪知暴虐の味王に、フライシュ祭が穢されてしまう……!

 

「勝ったな、ガハハッ……!」

 

 こみ上げる愉悦を抑え切れず、悪の首魁が呵々大笑した。

 その時である……!

 

「その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 轟! という破砕音。瞬間、味王の座す空間の壁が破壊された! 反射で飛び退いたギュムレーの足元に巨大な槍が突き刺さる! ただの一投によって、頑丈なラリス建築が木っ端の如く粉砕されたのだ!

 土煙が舞い上がり、闇夜の底に光が差す。あまりに大きな月を背に、泰然自若と戦士が在る。

 

「なにやつ! 名を名乗れ!」

「……ほう」

 

 味王を庇う立ち位置で、出刃包丁を構えたギュムレーが誰何する。対する影は勝手知ったると屋敷に上がり、床に刺さった槍を引き抜き……。

 

「この街で、余の名を問うか……」

 

 ひと薙ぎ。小さな嵐が渦を巻き、周囲の埃が切り払われる。眩い程の月光が貴種の半身を照らした。

 群青の髪が揺れ、鷹の如き眼光が悪の首魁を射貫く。ぶわりと、家紋の描かれたマントが翻った。

 

「この面貌、忘れたと申すか。下郎」

「ふ、フライシュ侯爵……!」

 

 ギュムレーが呻く。味王が慄く。

 彼こそ、フライシュ侯爵家の現当主であり、ついさっき家に帰ってきたばかりのラリス貴族である。

 あまつさえ、直近の仕事は圏外での防衛戦だった。つまり、バチクソにストレスが溜まっている状態である。

 

「食は命だ。美食は華だ。美食祭は民の心を慰撫する為に行われる。夜陰に乗じて蔵を荒すなど、言語道断。疾く詫び、首を垂れよ。さすれば民としての死を許す」

 

 静かな怒りを湛えた瞳が、罪深き二人に注がれる。

 その時、ギュムレーは悟った。全て、知られている。しかし証拠は残していないはずだ。まさか、彼奴等に先を行かれたか!

 貴族の視線から逃れるように、ギュムレーは簾の奥の主を見た。僅かな静寂の後、覚悟を決めた味王は馴染みの刃物を手に取った。

 

「バカな事を! ここにラリス貴族が来る訳がない! こやつはフライシュ侯爵を騙る不埒者ぞ! であえ、であえぃ!」

 

 蹴りで簾を突き破り、肉切り包丁を持った老人が声を張る。

 命令に反応し、味王のグルメ力で狂化されたグルメソルジャーが現れる。彼等の目は一様に虚ろであった。

 

美食(グルメ)で民を操ったか。外道め……」

「この者等は自ら匙を取ったのよ! 食の為に、ワシの為に死ねるのだ! 本望であろう!」

 

 多勢に無勢。両手の指では足らぬ程の強兵を前に、侯爵は不動の姿勢を保って哀れな料理人達を睥睨した。

 顔見知りの板前に、美味い魚を食わせる女将。皆、行方不明の領民だった。

 みしりと、槍を持つ手に力が籠る。選別が必要だ。

 

「みじん切りにしてやれい!」

「「「キェエエエエエッ!」」」

 

 自我を失くしたグルメソルジャーが飛び上がる。ギュムレーが腰を落とす。味王は包丁を構え、突貫した。

 しかし、それは戦いにはならなかった。蹂躙さえも、成立しなかった。

 その様は、まさに……。

 

「ならば此方は活け造りだ」

 

 お料理ショーだった。

 

 

 

 味王の館、その裏口。

 外で控えるシュロメの前に、元四天王の三人が跪いていた。

 

「連絡が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、これはもう……どうしようもなかったんでござるよ」

 

 元とはいえ、仲間が犯した罪はあまりに重い。

 この度の当主エントリーは、シュロメの通報に加えて彼等の内通があったが為の即断即決即実行であった。

 無論、お咎め無しとは行かない。全てを覚悟した上で、身内の罪を告白したのである。

 

「……どうしようもないんでござるよ」

 

 こうして、味王の世界征服計画は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

「……という事があって、拙者は優勝したでござる」

「スピード解決過ぎる」

 

 決勝を二日後に控えた朝。宿屋一階の食堂で、シュロメさんがそんな事を言いだした。彼女の隣には、フライシュ侯爵家のミラクムさんが座っている。

 おまけに、お二人とも不眠ポーション服用後特有の目ん玉パキパキ状態だ。カチコミから現在に至るまで、ずっと起きていたらしい。

 

 それにしても、どこぞの上様もびっくりの暴れっぷりである。

 普通、こういう時ってなんやかんや料理で対決するもんじゃないのか? 少ない選択肢を工夫で何とかするのが料理系作品の王道展開だろう。

 

「いやぁ、侯爵殿の怒りっぷりは凄かったでござるよ。当時、拙者のメンタルもぐちゃぐちゃにござったが、いやはや」

「ええ、僕も父上があそこまで激昂する姿は初めて見ました」

 

 結局のところ、料理界隈も暴力ありきであったとさ。暴力は全てを解決するのだ。

 ごほんと、ミラクムさんは話を戻すように咳払いをした。

 

「ともかく、ギュムレーは捕まり、シュロメさんは不戦勝という事になりました。しかし、そのような結末では民は不満に思う事でしょう」

 

 確かに、決勝を楽しみにしてた人に向かって「対戦相手が不正したから、シュロメさん不戦勝で優勝でーす」なんてやったら、むしろシュロメさんにヘイトが向きそうだ。

 

「そこで、炊き出しを行う事に決まったのです」

「炊き出し、ですか」

 

 なるほど、お料理バトルは中止して、代わりに料理を振る舞うという事か。

 まぁそれならお祭り勢の溜飲はある程度下げられるか。出費の事を気にしなければ、悪くない考えだと思う。

 

「で、その話を何故私に?」

 

 それはいいとして何で俺に話したのか、これが分からない。

 普通に部外者だし、普通にパンピーだ。それ以前に、暴力要員の出る幕はもう無いと思う訳で。俺、関係ないやんである。

 

「はい。この件に関しまして、折り入ってイシグロさんにお願いがあるのです」

 

 すると、ミラクムさんは真剣なお顔を作り、ただでさえ真っすぐだった背筋を更にピシッとしてみせた。

 交渉ではなく、お願い。口八丁手八丁で言い包めようって面構えじゃあない。とても真摯な雰囲気を感じ取れた。彼に呼応して、俺も自然に姿勢を正していた。

 そして、彼は口を開いた。

 

「……イシグロさんに、カレーのレシピを売って頂きたいのです」

「かしこまりました。最新版のメモがあるので、今から書き写してお渡ししますね」

「……へ?」

 

 アイテムボックスから筆記用具を取り出し、メモ用紙の隣に上等な羊皮紙を広げる。俺が書こうとしたところ、隣席のエリーゼがやってくれた。相変わらず美しい字である。

 現在、貸し切り中の厨房にある給食サイズのお鍋には、俺特製異世界カレーが入っている。ミラクムさんのスパイス厳選もあって、かなり実物に近くなった。配合のバランスは研究の余地ありだろうが、今のカレーは胸を張ってカレーと主張できるくらいにはカレーしている。

 炊き出しに使いたいからそれ売ってくれってんなら、全然オッケーである。ぜひ活用してほしい。で、ゆくゆくは異世界にカレーブームを起こしてもらいたい。

 

「い、イシグロさん? よろしいのですか? カレーはイシグロさんの故郷の料理だと伺いましたが……」

「まぁ私が権利を持ってる訳じゃないので。何ならお金の方は大丈夫ですよ」

「いえ、それだけは……フライシュ家の者としてできかねます。冒険者に面子があるように、美食家にも美食家としての面子がございますので」

「でしたら、有難く……」

「イシグロ殿……」

 

 元々、現代知識で金儲けしようとは思ってなかった。そういうのは俺には向いてない。なら欲しがってる人にあげちゃってもいいさって感じである。

 まぁ、それは置いといて……。

 

「それより、材料の方が問題ではないでしょうか」

 

 言わずもがな、カレーは大量の香辛料を使う。

 前世の大航海時代ほどじゃないが、異世界でもスパイスはお高いのだ。カレーを炊き出しに使うなら、現代日本よりもコストがかかること請け合いだ。

 

「資金については問題ございません。金銭を失うより、フライシュ祭の信頼を失う方が問題ですから。運搬についてですが、イシグロさんにお運び頂ければと。ギルドを通して、指名依頼で」

「なるほど……」

 

 ミラクムさん曰く、カレーについてはダメ元で言ってみて、メインは俺への運搬依頼の方だったらしい。

 何を作るにしろ炊き出しには大量の食材が必要なので、それを俺に運んでほしいというのである。

 早速、ロリの宅急便のご依頼だ。

 

「……ちょっと、考えさせて下さい」

 

 で、ちょっと一旦シンキングタイム。

 依頼内容は悪くないのだが、時期が拙かった。それだと、皆が祭を回れないじゃないか。

 先の聖輪郷の一件から、そんなに時は経っていない。今は休暇中なのである。普通にフライシュ祭を楽しんでいたところ、休暇中に緊急の仕事が入るのはあまりにも残酷だろう。

 

 ふと、隣の席でレシピを書き写しているエリーゼを見た。彼女は何も言わず、横目で俺の返答を待っていた。

 視線を感じ、別のテーブルを見る。レノは、何故か心配そうな顔をしていた。

 その時だ。俺の脳裏に、何か線が繋がる感覚があった。

 

『マスター、この人達、困ってる……?』

 

 レノからの【念話(テレパシー)】だ。声はなくとも、表情に乏しくとも、彼女の感情が伝わってくる。レノの心は、善意に満ちていた。

 ああ、やっぱり、レノは利他的なのだ。利己的な俺とは全然違う。有体に言って、良い子なのである。

 俺は皆とアイコンタクトしてから、努めて力強く頷いた。

 

「承りました」

 

 その時、俺の脳裏に幼少期に読んだ小説の内容が過った。

 面倒臭いペンキ塗りは、労働だと思うから苦しいのだ。ペンキ遊びだと思って真剣にやれば、それは楽しい時間に変わるのである。

 

「その代わり、カレー作りには俺達も協力させてください」

「は、はい……!」

 

 何より、お祭りは準備が一番楽しいのだ。

 その楽しさを、皆と共有したいと思う。

 文化祭の出し物だと思えば、休暇中の突発イベも良い思い出に変わるだろう。

 

「それでは早速、リント城に参りましょうか。王城と同等の、ラリスで最高の厨房ですよ」

 

 そんな訳で、カレー炊き出し計画は始動したのである。

 宴の始まりだ。

 

 

 

 リント城の厨房に案内された後、俺達は二班に分かれる事となった。

 残ってカレーを作る班と、買い出し班である。

 

「うぉおおおラザニア鬼速ぇーッ! このまま飛んでる奴等全員ぶっちぎってこうぜ!」

「空戦車よりずっと速いッス!」

 

 俺とルクスリリアでラザニアに跨ってフライシュ領の空を爆走。町や村を回り、フライシュ侯爵の紋所を見せつけ香辛料を買い占める。

 その際、ラザニアの速力が前よりパワーアップしてる事に気が付いた。荷物無しの速度は完全にスーパーカーのソレである。

 

「ただいま~。カレーどんな感じ?」

「うわ! 早すぎでござる!? もっと時間かかるものと!」

「おかえりなのじゃ。今は一斉に作ってみて、どれがいいか試してるところじゃよ」

後処理(・・・)が楽しみです!」

「さすが侯爵家の料理人ね。素晴らしい腕をしているわ」

 

 カレー作りはリント城勤めの料理人が行っている。初めてのメニューだというのに、どれもしっかり美味しかった。流石、美食貴族のお抱えである。

 だが、まだだ。まだ終わってない……!

 

「辛さ以外にも個性を出しましょう。カレーには色々あるんです」

「ですね。キーマ一種だと物足りない……。ベースが完成次第、色々と試してみましょうか」

「トッピングも選べるようにするのとかどうッスか?」

「いいですね、やりましょう!」

「しかし、それだととんでもない事になるでござるよ。ほら、資金が……」

「問題ありません」

 

 結局、いくつかパターンを作る事になった。

 メインは甘口、中辛、辛口の三種。これには現状で最も完成度の高いキーマカレーを使う。

 そこにチキンやポークもやってみて。変わり種にグリーンやカボチャも作っておく。トッピングには現状カレーに合いそうな物を適当に用意する予定である。

 

「ミラクム殿、御当主様からの援軍でござる! きっと役に立ってくれるでござるよ!」

「よう、オレ様が手伝いに来たぜ!」

「私のデータが加われば、炊き出しの成功率は百割を超えるでしょう」

「旨味の芸術を見せてあげるわ」

「まぁ今回の件、白なのは判っていますからね」

 

 そこに、改心した元美食四天王が参戦。なお、残る四天王と首魁は牢屋で楽しく拷問中だ。

 

「将来的にはカレーラーメンとかも食べたいな……」

「カレーラーメンだとぉ!? なんだそれは!」

「あ。カレーうどんもあったか」

「カレーのうどんでござるか!」

「あっ、忘れてた。カツカレーあったじゃん」

「ほう、カツカレー?」

「えっと、カレーにカツをトッピングするってだけなんですが……」

「カツとは何でしょうか。それもイシグロさんの故郷の料理ですか?」

「あ、はい。そうですね」

「……素晴らしい。イシグロさん、是非ともそれらのレシピも買い取らせてください」

「と、とりあえずそこらへんは後で……」

 

 リント城の料理人に、元美食四天王。そこにイリハとシュロメさんとミラクムさんの力が集まり、カレー作りは順調を超えて絶好調に進んでいった。

 むしろ、深夜テンションでヒートし過ぎたまである。

 

「ん~っ! どれも美味しいです!」

 

 なお、研究中のカレーはスタッフが全て美味しく頂いた。

 我が一党にフードロスは無いのである。

 

「……ふむ。悪くない」

 

 スパイスの匂いに誘われて厨房に現れた御当主様にも、我等がカレーはご好評だった。

 話によると、その後に味王氏とギュムレー氏の目の前でカレーを食べるという拷問があったそうな。

 

「よっしゃ! 今からガンガン作ってくでござるよ!」

「朝ですね! 本番ですね!」

「っべーわ、俺まったく寝てねぇわ」

「のじゃ~」

 

 不眠ポーションの影響でパキパキになった開発スタッフ。その中には監修の俺とイリハも含まれていた。

 なお、他の一党員達は適当に街ブラしていた模様。結局俺抜きでエンジョイしてんじゃねぇか。教えはどうなってんだ、教えは。

 

 で、だ。

 

 時は進んでフライシュ祭本番。

 事前に伝えていた通りシュロメさんは不戦勝で、代わりに炊き出しが行われる。

 会場ではシュロメさんと元四天王、それからリント城の料理人達が会場でカレーを作り、民たちに配った。勿論、裏――リント城の厨房――では補充用のカレーを用意している。

 

「美味すぎィ! 美味美味(うまうま)! チキンがデカ過ぎます!」

「ああ~、たまらねぇぜ。もう一度食べたいぜ」

「ん~まっ! あぁッ! これこそ食通だな!」

 

 結果、異世界カレーは大好評。

 フライシュ祭を楽しみにしてた人達も、炊き出しのカレーには満足そうにしていた。

 というか、完全にカレー祭りである。

 

「ん、どうぞ」

「ありがとうね、天使のお嬢ちゃん」

 

 ちなみに、カレー配り係の中にはレノも加わっていた。

 人の役に立つのが嬉しいのか、給食係みたいな恰好のレノは活き活きしているように見えた。

 

「よかったんですか? シュロメさん、優勝したのに全然目立ってませんが……」

「祭が成功する方が大事でござるよ」

 

 レノをほっこり見守ってる間、休憩に来たシュロメさんに気になってた事を訊いてみる。

 本来なら、優勝者として名誉を手に入れているはずだったのだ。そこに誉があるからこそ、頑張る人達がいるのである。

 

「それに、悔しいがアレには敵わんと思ってしまった。拙者はリンジュの忍びでござるが、相応に料理人としても誇りがあるんでござるよ。次は、これ以上のものをお出しするでござる」

 

 そう答えるシュロメさんは、曇りのない晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 この人も大概善人だ。やっぱ金細工は人が出来てる。

 

 

 

 さて、お料理イベは終わっても、フライシュ祭はまだ続く。

 レノの手が疲れてきたところで、俺達はカレーエリアを抜けてお祭りを見て回る事にした。

 

 何がなくとも活気のあるリントには、祭を見に来た観光客の他にも外の人等がたくさん出稼ぎに来るのである。

 出店は食べ物系が多いのだが、当然としてそれ以外のものもあったりした。最終日特有の寂しさを抱きつつ、俺達はそれらを見て回った。

 

「あ、あ、あれどうやってるんですか? 剣を食べてますよ!?」

「剣飲み芸じゃな。喉奥を開いてやるらしいのぅ」

 

 大道芸を見たり。

 

「あそこ、南区のニック楽団が来てるッスよ」

「見に行きましょう」

 

 王都から出張してきた音楽団のライブを聴いたり。

 

「ん、当たった」

「お嬢ちゃん、ホントに迷宮行ってねぇんでしょうねぇ?」

「ええ、証明できますよ」

 

 玩具のクロスボウを使った射的屋を荒したり。

 

「レノ、次はあれを狙うッス」

「ん、わかった」

「おぉ見事じゃ」

「うわぁああああ!? なんでそれ当てるんだよぉおおお!?」

「グーラ、真似できそう?」

「いいえ、ボクでも無理だと思います」

 

 俺もグーラも、未だに異世界初心者だ。ひいきのつもりはないが、特にレノにはこの世界で色んなものを見てほしいと思う。

 何かに興味を持つ。今、これより大切な事はないはずだ。幸い、レノは様々な物事に関心を寄せていた。

 

「ん~」

 

 中でも気になったらしいのは、絵であった。

 五百ルァレで描いてもらった似顔絵に、レノはひどく感嘆していたのだ。

 獣拳記の挿絵を見た時も、防具のデザイン案を描いてた時もそうだったのだが、どうやらレノはイラスト全般が好きらしい。

 今度、別の区の美術館にでも行こうか。ルクスリリア以外は楽しめるだろう。

 

「……皆の分も描いてもらいましょう」

 

 似顔絵を見て、エリーゼが言う。いや俺はいいよと言おうとしたが、銀竜令嬢の横顔を見て口をつぐんだ。

 ほんの一瞬、常と変わらぬ美貌が揺らいで見えたのである。

 

「そうだな。すみません、全員分と、あと集合してるの描いてもらってもいいですか?」

 

 俺のアイテムボックスは、アホほど容量がある。

 思い出を残す事に、置き場を気にする必要はなかった。

 

「まぁ、悪くないわね……」

「描いてもらっといてそれッスか」

「言うて如何にも修行中って感じじゃったでのぅ」

「上手だと思いますが」

 

 俺はこれまで、彼女達が安心して暮らせるように、このバイオレンスな世界を生き残れるのに十分な力をつける事を目標にしてきた。

 金も大事だ。後ろ盾も必要だ。ただ、それだけだと心が貧しい。

 そんな当たり前を思い出せたのは、祭一番の収穫だったと思っておこう。

 

「マスター」

「ん?」

 

 広場で休んでいる最中、レノは人の流れを眺めながら、小さな声を漏らした。

 

「すごい、ね……」

 

 その時だ。恐る恐る、俺の手に触れるものがあった。

 小さく、柔らかい、ちょっと冷たい天使の手。俺は、何も言わずにその手を包み込んだ。

 彼女の意思を尊重するように、優しく。

 

 何が「すごい」なのか。レノの言葉の真意は分からない。

 ルクスリリアが何も言わないあたり、レノの頬がほんのり赤くなってる理由は当然そう(・・)ではないのだろう。

 前よりちょっと幸せだったら、それでいい。

 

 フライシュ祭、来てよかった。

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああ! やめろやめろやめろぉおおおおおお!」

「こんな美しくない死に方は嫌だああああああ!」

 

 後日、祭が終わったリント市の広場では、文字通りの公開処刑が行われていた。

 リント城勤務の治癒師付きで、例の二人が料理(・・)されるのだ。

 

「コロセ! コロセ! コロセぇえええええ!」

 

 処刑当時、彼等の罪状を知った民達はフライシュ祭以上に熱狂していた。

 中でも、王都から来ていた東区名物冒険者の美食熊人グレイソンは烈火の如くにキレ散らかしていた。

 

「これが、少しでもシュロメさんの慰めになれば良いのですが……」

 

 被害者であるシュロメには、彼等からの慰謝料に加えてフライシュ家からも謝罪金が渡されていた。

 それでも、癒やせるような傷ではなかった。無くなった味噌も醤油も、戻ってはこないのだから。

 

「パパパッと殺って、終わり!」

「さっさと殺そうぜ! 日が暮れちまうよ!」

「いえいえ、まだまだこれからですから」

 

 熱狂するリント市民。狂喜乱舞する処刑人。半ば我を失ってるグレイソン。

 処刑は最高のエンターテイメントだった。

 

「……いや、普通にドン引きでござる」

 

 自分より怒ってる人を見ると、冷めてしまう。

 今のシュロメの感情はまさにそれだった。

 日本でも異世界でも、食い物の恨みは恐ろしいのであったとさ。

 

 ちなみに……。

 

「オレ様は故郷に帰って、修行のやり直しだ。師匠にドヤされるな」

「同じく。データだけでなく、ソウルの方も学ばなければ」

「わたくしは、もっと奥底にある旨味の極意を掴むつもりよ」

 

 綺麗な身体になった元四天王は、リント市にある店を取り上げられ、財産を没収され、フライシュ領から追放された。

 一応、ガチ犯罪はやってないとはいえ、絶賛料理され中の連中と同じ組織に入っていたのだ。お咎め無しとはいかなかった。

 

「次は負けねぇぞ。シュロメ……」

 

 けれども、彼等の目に曇りはなかった。

 強くなって。再戦する。そう誓ったのだ。

 紛れもなく、彼等は根っからの料理人なのである。

 

 シュロメの戦いは、これからだ。




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