【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝感激です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、レノ視点です。
 よろしくお願いします。


天使のココロに花が咲く(中)

 ――楽園の外で、幸せになる。

 

 聖輪郷を離れる時、レノは家族と約束した。

 けれども、レノは“幸せ”がどういうものかをよく理解してはいなかった。

 

 幸せ、とは具体的には如何なる状態を言うのだろうか。

 長姉のファルは、毎日を楽しく過ごせる事と言った。

 次女のリンは、誰にも害されない環境に身を置く事と言った。

 三女のナッテは、誰かに愛される事と言った。

 

 それで言うと、既にレノは約束を果たせているのだろう。

 一党の皆と遊んだり、綺麗な街を見て回るのは、とても楽しいのだと思う。

 以前のように苦しい手術を受ける事もなければ、同族殺しを強制される事もない。

 頭目の言うところによれば、レノは愛されているらしい。

 この状態、この状況こそが幸せというのなら、現在のレノは間違いなく幸福なはずである。

 

 幸せの基準について、その他にも家族は同一の意見を持っているようだった。

 ファルもリンもナッテも、恋愛が在れば尚良し。好きな人と出会い、結婚して、子供を作りたいのだ、と。

 

 恋とは、何か。グーラに勧められて読んだ本に曰く、自分以外の存在に好意を寄せる事らしい。

 これがしたいというのであれば、自分も家族も達成済みなはずである。何故なら、レノとファル達は好き合っているのだから。

 しかし、どうやらそれは違うらしい。

 

「恋するとね、その人が気になって仕方なくなるんだよ。……多分」

「恋人同士で抱き合うと無常の幸福を得る。そう書いてあった」

「キュンキュンして苦しくて、それでも触れたくなるんだよ。知らないけど」

 

 恋とは何だと訊いてみたら、家族の誰も答えられなかった。本で読んだ。皆は恋に恋しているのである。

 要約するに恋とは好意の暴走で、つまりはパレエスの事だろう。そのように返すと、家族は微妙な顔になっていた。

 

「レノちゃんは、どうなの? してみたくない?」

「ん……興味はある」

 

 対象として真っ先に思い浮かんだのは、イシグロ・リキタカという男だった。

 あの日――聖女ジュスティーヌによって、レノが天使に戻った日。イシグロは傲慢なる父(ゴッド・ファーザー)からレノを護ってくれた。

 魂を抜き取られそうになった時、英雄のように救い出し、レノの身体を強く抱いてくれたのだ。

 意識をしない訳はなかった。

 

「だから、恋をするならあの人がいい、けど……」

 

 自分に、その機能はあるのだろうか。

 その疑問は、家族にさえも言えていない。

 

 

 

 イシグロは、レノを一党に加えてくれた。

 一党の皆は、レノを仲間と認めてくれている。

 愛されているのだ。

 

 しかし。当のレノ自身はイシグロ達を愛しているのだろうか。

 家族だと、仲間だと、友人だと、本当にそう思えているのだろうか。

 

 褒められたり、頭を撫でられたりすると、レノは嬉しい気持ちになる。それは事実だ。

 けれど、頭目を想って胸が苦しくなる事も、彼を目で追ってしまうといった事も、ふいに心臓が跳ねる事もない。

 自分は、ルクスリリア達と同じではなかった。

 

 愛される事には勇気がいる。であれば、愛するには何が必要なのだろう。

 失敗作、欠陥品……かつて言われた蔑称が、レノの頭から離れない。

 本質的に、自分は他者を愛せないのかもしれない。一人になるのが嫌だから、今より強固な関係性を希求しているだけで、本当は家族を含めて誰も愛していないのではないか。

 穢れきった自分には、他者を愛する機能が無い……?

 

「マスター……ん♡」

 

 一人の夜に、壁越しの営みを視て思う。

 恋がしたい。

 愛を得る為、安心する為、自分が尋常の生物である証明の為。

 そう思わねば、十三番に戻ってしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 淫魔王国に来て、二日目。

 淫魔女王との謁見の後、ケフィアムにある王城で、レノとエリーゼは一時イシグロ達と離れる事となった。精密な魔術式による検査の為である。

 診察前、レノとエリーゼは身体の中身を見やすくする為の魔法薬を飲み、次いでよく染みる目薬を点眼された。

 

「はい、じゃあここで横になってね~」

「分かったわ」

 

 検査室に着くと、先にエリーゼが診察を受ける事に。

 エリーゼは下腹部に何かヌルヌルした液体を塗布され、いくつかの魔道具を併用しながら検査を受けていた。術者の淫魔女王の後ろには、補佐役の淫魔の姿があった。

 

「……やっぱり、見立て通り魔王戦争以前の術式ね。当時はここまで洗練されていなかったけれど……うん、元を辿れば、解呪の糸口も見えて来るはずよ」

「そう……」

 

 診察の結果、エリーゼの解呪に進展があったようである。

 淫魔女王の診断を聞かされたエリーゼは、穏やかに微笑んでいた。

 解呪が進むと、嬉しいらしい。

 

「レノちゃんはこっちに来てくれる?」

「ん……」

 エリーゼと同じ検査を受けた後、レノは別の部屋に移動する事となった。

 沢山の魔道具に、小さな寝台。そこは、かつてレノが適合手術を受けた部屋に似ていた。僅かに身を震わせたレノを、淫魔女王が優しく支えた。

 

「大丈夫よ。痛い事も、苦しい事もしないからね~」

 

 寝台に横たわり、機械仕掛けの部位とその周辺を診察される。

 女王の言葉通り、その間は痛くも苦しくも無かった。

 

「へえ、そんなに美味しかったのね。今度、王城に取り寄せてみようかしら」

「ん、ヨーグルトとよく合う」

 

 苦しくないどころか、最中は淫魔女王と他愛ない会話をして、レノ的には穏やかな時間を過ごせていた。

 ラリスの第三王子も、聖輪郷のガリエーラも、国のトップには近づき難い雰囲気があるものだ。だが、淫魔族の女王にはソレが感じられなかった。あるいは、彼女の人となりがそう感じさせないのか。

 コミュ強の女王からパスされる話題に、コミュ弱のレノは気負う事なく素直に応答していた。

 

「レノちゃん、本当に頑張ってきたのね。偉いわ」

 

 全ての検査が終わると、レノは何故だか女王に抱きしめられた。

 小さな顔に大きな乳房を押し付けられると、聖女ジュスティーヌの事を想い出す。間違いなく、女王の方が大きい。それどころか、いつか見た魔牛族のメイドよりも巨大であった。

 レノは巨乳が好きだった。

 

「ねえレノちゃん、もうちょっとお話しない?」

「それは、なんで……?」

「貴女の……レノちゃんの奥にある呪い(・・・・・・)を解く為よ」

「ん、わかった」

 

 不可解だが、治療であるなら否はない。レノは淫魔女王と会話のキャッチボールを続けた。

 淫魔女王はレノから目を逸らす事なく、真剣に彼女の状態を()ていた。

 

「……ねえ、女王様」

「なぁに?」

 

 そうして、気付けばレノは自身の奥底に沈殿していた懊悩を吐き出していた。

 否、レノ視点その自覚がなかった。ただの話題の一つとして口にしただけに過ぎなかった。

 苦しむ事が当然な彼女にとって、悩む事は当然で、それを他人(・・)に共有しようという概念が無かったのである。

 

「もっと人を好きになるには、何が必要なの?」

 

 家族に訊いても分からなかった事。愛される事の不可思議と、それに見合う働きができていない申し訳なさ。感謝と同じくらい責任を取って欲しいと、そう思ってしまう傲慢さ。

 レノのたどたどしい話を聴く淫魔女王は、何処となく姉達に似た表情を浮かべていた。

 

「どうやったら、マスターを好きになれるの?」

 

 淫魔女王に話す過程で、レノは絡まっていた思考がまとまっていくのを自覚できた。

 畢竟、レノは一党の皆と心を共有したくて。そして、その足がかりとしての恋を知りたくて、それ以前に罪悪感で足踏みしているのである。

 特別は嫌だ。皆と同じがいい。それは、エリーゼやグーラやイリハが持っているものとよく似た願望だった。

 

「そうねぇ……」

 

 人工天使の奥にあった懊悩を聞かされて、淫魔女王は悩ましい声を漏らした。

 身動ぎ一つ、ブルンと揺れたその胸は豊満であった。

 

「……淫魔はね、恋をしない種族なの」

 

 暫くして、女王はその煽情的な唇を開いた。

 一般に、淫魔は恋をしないと言われている。淫魔視点、すべからく異種族の男は食糧であるべきで、他の魔族や森人の言う恋愛対象にはなり得ない。事実、淫魔は好みこそあれ人類のオスなら全部美味しく食べられるのだ。

 そんな性質を持つ種族が、食糧であるべき一人のオスに執着し、胸をドキドキ心をキュンキュンさせるものだろうか。

 

「けれど、祖たる女王は偉大な勇者に恋をしたわ」

 

 しかし、それは言説であって、事実ではない。

 初代淫魔女王。英雄シルヴィアナ。そして、一般淫魔のルクスリリア。

 確かに、数は少ない。課題は多い。種として健常な生き方ではないのだろう。

 

「この世界に、運命の人なんて居ないわ。時と想いが重なれば、自然と命を運んでくるものよ」

 

 重ねてきた時と思い出が、生きる糧を愛しい人に変える。

 恋愛に関する女王の言葉は、一国の君主とは思えないほど非合理的で、淫魔にあるまじきロマンティシズムに寄っていた。

 故に、レノにはまだ早かった。

 

「それは、どういう意味……?」

「ホントに人を好きになるには、とっても時間がかかるってコト」

「……わたしには、まだその資格がない?」

「そうじゃないわ。あくまでも一例……淫魔でも、恋はできるって言いたかったの」

 

 言って、淫魔女王は椅子に深く腰掛けた。

 

「レノちゃんには友達がいるでしょう? 思ってること、憧れてる娘に話してみるといいわよ」

「なにを?」

「さっき私に言ったみたいな事。そうじゃなくても、その友達が考えてる事を聞いてみるのもいいわ。自分の事を知りたいなら、他者との対話が必須なの。勇気と信頼がいるけどね」

「ん……」

 

 分かったような、分からないような。

 クエスチョンとアンサーではない、単なる言葉の応酬。それこそが、レノを成長させるのか。そして、恋愛には長い時間と他者との関わりが必須であると……。

 

「レノちゃん、世界は広いわ。私と貴女、貴女と誰か。その繋がりこそが、貴女の心を彩るわ」

 

 嫣然と微笑むその胸は、母性の象徴のようだった。

 

 

 

 診察が終わると、二人は解呪室にある浴場で身体を清める事となった。

 レノが診断を受けている間、エリーゼは別の部屋で呪いの緩和施術を受けていたらしい。

 

「随分と長かったわね」

「ん、色々話してた」

「問診かしら」

 

 合法つるぺたロリ二人、同じ浴槽でひと休み。白く濁った薬湯は、大事なところを隠していた。

 ちょこんと湯舟に浸かりながら、レノはリラックスしている銀竜令嬢を見ていた。

 

 エリーゼは銀竜剣豪ヴィーカの孫娘である。由緒正しい血統で、とんでもない魔力を持っている。レノが教えられた常識に照らし合わせると、彼女は竜族ヒエラルキーの頂点にいるべき存在のはずだ。

 そんな彼女は今現在イシグロの奴隷であり、主人とは将来を誓い合ってる仲らしい。

 

 また、エリーゼは自身にかけられた不妊の呪いを解きたがっている。つまり、銀竜の奴隷は人間の主人の子供を孕みたがっているのだ。

 その理由は、今のレノには分からない。

 

「んぅ……」

 

 ついさっき、淫魔女王に言われた事を想い出す。

 彼女に言ってみて、訊くべきだろうか。

 

「なにかしら?」

「え……?」

「訊きたい事があるけど、どうしようか迷ってる。そんな魔力をしているわ……」

 

 なんて迷っていると、レノの考えている事を読まれてしまった。

 エリーゼは魔力感覚に敏感で、魔力に混じった感情を視る事ができるらしい。そこまで詳細に言い当てられたという事は、それだけレノの思考が分かり易かったのだろう。

 

「ん……」

 

 少し、躊躇した。無遠慮に言葉にして、無意識に相手を傷つけてしまうのではないか。

 レノに他者との適正な距離感は分からない。まだ言って良い事と言ってはいけない事の区別がつかないのだ。

 うんうん唸って悩むレノを、エリーゼは急かさずに待っていた。

 

「エリーゼは……」

「ええ」

「なんで、マスターとの子供が欲しいの……?」

「それは、普通の事だと思うけれど……ああ、そもそも普通が分からないのね」

 

 思い切って問うてみると、訝しむ顔のエリーゼはやがて納得したような声を上げた。

 浴槽の中で、エリーゼが足を組み替える。ぽちゃりと、白く滑らかな生足が水面を跳ねた。ようやく温まって来たのか、その肌は僅かに上気している。

 

「竜族は、人間よりも長い時を生きるわ……」

 

 ややあって、エリーゼが言葉を紡いだ。

 その声音は、いつになく平坦だった。

 

「人間族はすぐに死ぬ。いくら純淫魔契約を交わそうと、あの人は私より先に居なくなるのよ……」

 

 淡々と云うエリーゼは、現実を受け入れているようだった。

 そう結論づけようとしたレノは、彼女の瞳を見て、否と思った。受け入れているのではない。エリーゼは、受け入れる準備をしているのだ。

 それは思考よりも速かった。彼女の中で押し殺され、家族の存在によって守られていた感性による反射だった。

 

「だから、彼との間に命を授かりたいのよ」

「それは……子供をマスターの代わりにするって事?」

 

 善の感性とは関係なく、エリーゼの言わんとする事を今のレノは理解できない。

 寿命の差でイシグロが先に死んでしまうから、その代替として子供を欲する。レノはそのように解釈した。

 そして、一歩遅れて「それは違う」と感性が否定した。

 

「……冷たい言葉ね」

「ご、ごめん……」

 

 レノの率直な問いに、エリーゼは一瞬眉を震わせた。対して、レノは感性に従って謝罪した。

 心の衝突に慣れないレノは、自身の発言を後悔した。それを把握しているエリーゼは、彼女に感情の嚥下の余裕を与えた後、幼子に語り聞かせるように口を開いた。

 

「彼の代わり……そういった側面がない訳ではないわ。子孫がいれば、あの人を忘れずに済むもの。古今東西、長命種と短命種はそうやって愛を契るものよ……」

「それが……」

「なに?」

「……それだけが、全部じゃない?」

「そうよ。なら、他に何があると思うかしら?」

 

 思考と感性が合致したレノの問いに、エリーゼは優しく教え導くように問い返した。

 つまり、このやり方が正しいのだ。手応えを得たレノは、次いで同じように頭と心を同期させた。

 

 エリーゼがイシグロに向ける愛情は、彼の喪失と共に行き場を失う。その代替として、自身との間に子孫を残す。血の繋がりによって、イシグロとエリーゼの間にあった繋がりを忘れずにいられるから。それは正解の一部であって、完璧な答えではないという。

 それ以外の理由とは、如何なるものだろうか。種としての繁栄や、家の拡充が目的ではないのだろう。前者ならば銀竜一族に向かうだろうし、後者であれば迂遠に過ぎる。

 メリット・デメリットではない、実利ではないという事。あるいは、子を成す事そのものが目的である、とか?

 

「……マスターが好きだから?」

「正解よ」

 

 式の途中の思考のおもらし。ぼそっと漏れた返答に、エリーゼはハナマルをあげた。

 好き、即ち愛が理由になるらしい。未だ繋がっていない感覚だが、不透明なまま腑に落ちてしまった。

 つまり、孕みたいから解呪を希望しているのではなく、愛の過程として懐妊を望んでいる。故に、エリーゼにとって解呪は絶対ではない。肝要なのは、彼と彼女が愛し合う事で、その過程をゴールとは捉えていないのである。

 

「どうして……?」

「なにかしら?」

 

 ふいに漏れた言葉は、レノにしては珍しく無意識下の情動に駆られた結果だった。

 常にない状況に一瞬固まったレノは、即座に復帰して言葉を継ぐ。

 

「どうして、エリーゼはマスターが好きなの?」

「さぁ? 何ででしょうね? ふふっ……」

 

 レノ的に重要な問いを、エリーゼは余裕気に笑んで流してみせた。

 何故、そこで笑うのか。それが分からないレノは、我知らずむっとしてしまった。

 

「ええ、そうね……。私を好きだから。愛してくれるから……かしら?」

「それだけ?」

 

 その理屈が正しいなら、イシグロからレノへの感情が言葉通りであるなら、レノも同じ感情を覚えるものではないか?

 さらに混乱したレノに、エリーゼはなおも大人ぶって人差し指を立てた。

 

「初めはそうだったわ」

「今は違う?」

「ええ。なら、あの人が私に飽きてしまって、私を愛してくれなくなったら、私の愛はどうなると思う?」

「……エリーゼは、マスターを好きじゃなくなる」

「それは在り得ないわね」

 

 人差し指を折る。はっきりとした断言からは、一切の見栄や虚飾が見受けられなかった。

 まるで、ごく当然の数式を答えるように、エリーゼは自身の愛に絶対の自信を抱いているようだった。

 

「むむむ……」

 

 レノの思考回路がエラーを吐いた。

 イシグロがエリーゼを愛するから、エリーゼはイシグロを愛するのだ。イシグロがエリーゼを愛さなくなったのなら、エリーゼはイシグロを愛さなくなるはずである。しかし、今はそうではないらしい。

 光輪から知恵熱を出しているレノを見て、微笑ましげに目を細めるエリーゼは詩人のように語り出した。

 

「……私の心に彼がいる。例え、彼の心から私が消えても、私の愛は変わらない。彼が記憶を失っても、二人が繋がりを失っても、愛だけは残り続けるのよ」

「それは……」

「だから、私の愛は永遠なの」

 

 それは、理由にも証明にもなってはいないのではないか? そう思うレノだったが、けれど不思議な事に天使の善性は納得していた。

 何かを言わんとしたレノを遮るように、エリーゼは朗々と云った。

 

「愛は心で育むものよ。燃え盛るような恋も、相手を欲する激情も、一時の病に過ぎないわ。真の恋とは、劇場の熱ではなくて、カーテンコールの物語なの」

「んぅ……?」

 

 分かるような、分からないような。少なくとも、レノの疑問に答えるものでは無いだろう。

 しかし不思議な事に、エリーゼの不可解な言葉から、淫魔女王の言葉に共通点を見出す事ができた。

 

 ――この世界に、運命の人なんて居ないわ。時と想いが重なれば、自然と命を運んでくるものよ。

 

 暫くして、レノの光輪が暗くなった。

 オーバーヒートして、クールタイムに入ったのである。

 

「……よくわかんない」

「もう少ししたら分かるわ」

 

 なおも気張って思考を回すレノを、エリーゼは微笑ましげに見守った。

 当然として、イシグロを含めたエリーゼ達はレノが何かに懊悩している事を把握していた。

 エリーゼ達は、あえて触れぬよう見守って来たのである。偏に彼女の成長の為に。自ずと相談してくれるよう、信頼を積み重ねようとしていたのだ。

 だからこそ、レノの状態は理解できる。彼女はまだ恋に恋する以前の段階で、自身の中に芽吹く想いの萌芽に名前を付けられていないのだ。

 ルクスリリアではないが、もっとシンプルに捉えればいいだけである。エリーゼは再度熱を発してきたレノの光輪を見て、そう思うのであった。

 

「……遅かれ早かれではあるのよね」

「ん、なにが……?」

「今日の事は、良いきっかけなのかもしれないわ……」

 

 エリーゼは微笑みながら、レノの頭を撫でた。

 我慢癖、頑張り癖のある彼女を窘めるように。

 

「レノ、貴女は賢いわ。情緒より先に知性が発達している……」

「ん……?」

 

 故に、筋道を教える。

 彼女は人形ではない。甘い言葉で慰めるつもりはない。

 ただ、芽吹きかけの感情に水を与えようというのである。

 

「さっきのお話で分かったでしょう? 考えるだけでは、心は成長しないわ」

「ん、そうみたい」

「沢山考えた後は、勇気を出して行動なさい。それから、貴女の心を観察するのよ」

「観察?」

「ええ。私は、貴女なりの恋を応援するわ」

 

 頭を撫でられる。ジュスティーヌとも、イシグロとも違う手のぬくもり。

 その時、一つ気付きがあった。

 

 顔が、熱くならない。

 

 

 

 

 

 

 二人の診察を終え、ホテルに戻ったイシグロは、その夜もレノを除いた一党員と激しく情を交わしていた。

 迷宮に潜り、房中術の一部を習得し、純淫魔契約者となったイシグロは、もはや人間の範疇を超えた精力と性闘力を持っていた。

 同じように、ルクスリリアをはじめ一党員も迷宮の狂気に順応し、主人への愛を深めていた。通常なら疲弊して然るべき情交を、毎日続けても元気が余るくらいには。

 

 いつものように交わって、いつものようにベッドを掃除する。

 そうしてぐーすか眠っていると、ふいにイシグロは目を覚ました。

 

 何か、脳裏で何処かと繋がっている感覚。

 この感覚には覚えがあった。天使権能の一つ、レノからの【念話(テレパシー)】である。

 

『マスター』

 

 皆を起こさないように、イシグロはゆっくりと上体を起こした。

 この通信は一方通行なので、此方の声は届かない。イシグロは続くレノの【念話】を待った。

 

『部屋、来て』

 

 何がなんだか分からんが、レノが自発的に何かをお願いするのは珍しい。イシグロは乳首に吸い付いているイリハを剥がし、ベッドを下りてバスローブを羽織った。

 それから言われた通り、レノにあてがわれた部屋の扉を開いた。

 

「レノ?」

 

 すると、部屋の真ん中にネグリジェ姿のレノが立っていた。

 ぼうと、右の魔眼が光を放っている。月明かりに照らされたその姿は、まさに天の使いといった形容が相応しい。

 

「どうかした?」

 

 天使の美貌に見惚れていたイシグロは、すぐに意識を戻した。

 彼女を、そういう(・・・・)目で見てはいけないのだ。

 

「うん……」

 

 念話ではない肉声。レノは小さく頭を振ると、じっとイシグロと目を合わせた。

 真剣な瞳である。閉め切られた窓ガラスから、優しい月光が降り注ぐ。イシグロは続くレノの言葉に意識を傾けた。

 

「ねえ、マスター」

 

 レノは言葉を探すように瞑目し、ややあって部屋に敷かれた絨毯を指差した。

 

「ここ、座って」

「え、なんで?」

「座って」

「ああ……」

 

 訳も分からぬまま、言われた通りの位置に正座した。すると、座位のイシグロは立位のレノを見上げる構図になった。

 イシグロは「なんか説教されてるみたいだな」と思った。

 

「マスター」

「なに?」

 

 ゆっくりと、レノは立ったままイシグロに近づいた。ぴたりと、男の膝と女のつま先が接触する。

 イシグロの首の角度が上がっていく。どこぞの魔法使いと違い、レノの胸は視界を半分にはしなかった。

 そして、レノはおもむろに自身の寝間着の裾に手をかけ……。

 

「……へ?」

 

 ひらりと、たくし上げてみせた。

 風が吹いたとか、トラブったとか、イシグロが催眠術をかけたとか、そういう訳では断じてない。

 レノは、見せるつもりで、見せていた。

 

「ん……お願いがある」

 

 当然、イシグロは硬直した。

 必然、股間も硬直し始めた。

 対して、レノはいつものアンドロイドめいた無表情で、特に赤面する事もなく、その小さな唇を震わせた。

 

「舐めて」

 

 イシグロの瞳に、レノの大事なところが映っている。

 レノはノーパンだった。




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 エリーゼ監督、痛恨の采配ミス。
 なお、本人は「ハグとかチューとかするんやろなぁ」などと思っていた模様。
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