【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の励みになっております。
 誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、一般冒険者視点です。
 以前からちょくちょく登場していた羊人少女一党の大剣使い君です。
 よろしくお願いします。


一点炉破(中)

 迷宮稼業は楽じゃない。

 魔物に腕を食い千切られた時、ディエゴはその事を痛感した。

 幸い、大枚叩いて買った剣は無事だった。

 

 王都西区に居を構える大剣使いの少年――ディエゴは、羊人少女カリッセ率いる冒険者一党の一員である。

 前衛指揮役の武闘家、羊人少女カリッセ。後衛魔法職、ハーフドワーフ少年のラモン。前衛攻撃役、人間族のディエゴ。冒険者になってそろそろ一年というこの一党は、村を抜け出た幼馴染の集まりだった。

 

 現在、三人はギルドから鋼鉄札を授けられている。この位階は駆け出しを過ぎて一端の冒険者として認められた証拠である。かといって、彼等が一人前の戦士と見做された訳ではなかった。

 鋼鉄札持ちの冒険者など、どこにでもいる十把一絡げの迷宮潜りで、こと王都では掃いて捨てる程に跋扈する首輪付きの無法者に過ぎなかった。畢竟、ディエゴ達は銀細工のような英雄候補でもなければ、王国騎士団のようなエリート戦士でもないのだ。

 

 ディエゴ達は弱い。カリッセの一党が昇格できたのは、その人品と生還率が認められたが為であった。残念ながら彼等の迷宮踏破率は低く、稼ぎに関しても冒険者の平均を下回っている。

 当然として、生き残るだけでは生きてはいけない。冒険者にあるまじき事に、ディエゴ達の迷宮稼業は常に火の車だった。

 冒険者は稼げる。そこに間違いはないが、冒険者の全てが儲けている訳ではない。魔法薬(ポーション)は高い。武具の手入れも無料ではない。どだい王都は物価が高過ぎる。

 腕一本の再生費用など、何をかいわんや。

 

「クソッ……」

 

 相棒のいない安宿で、ディエゴは我知らず悪態を吐いた。

 今月二度目の迷宮探索に失敗してしまった。あまつさえ、撤退の最中にディエゴの右肩から先を魔物に食い千切られてしまう始末。腕一本の再生治療は、一党の財布に会心の一撃(クリティカル)を食らわせた。

 

 治療費だけではない。普段から、自分は一党の足を引っ張っている。五指の揃った真新しい右腕を見て、普段快活なディエゴは陰鬱に自嘲した。

 頭目のカリッセは指示を出しつつ戦える。魔術師のラモンは炎魔法の達人だ。そんな中、いつまで経ってもディエゴは大剣を担いで突っ込む事しかできないでいる。

 上手に味方を護るとか、敵の攻撃を華麗に捌くとか、そういった前衛らしい立ち回りができないのだ。そのくせ、今回に限らず最も魔法薬の消費量が多いのもディエゴだった。

 思えば、幼馴染以外の冒険者と組んだ時、真っ先に連携を崩していたのはいつもディエゴだった。

 

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 よく研磨された愛剣を抱いて、ディエゴは弱々しくも重たい溜息を吐いた。

 金が無いから、良い武器を買えない。良い武器を買えないから、魔物を倒せない。魔物を倒せないから、金が稼げない。せめて一党員の誰かに収納魔法持ちがいれば、持ち込める道具が増え、持ち帰られる聖遺物(レリック)が増えただろうに。

 現実が重く、夢を忘れかけている。対等だと思っていた幼馴染が、最近はあまりにも遠い。

 

「あー、クソ……座ってたらダメになる……」

 

 ディエゴは頭を振って、脳裏に過る妄想を強いて追い払った。

 こういう時は、倒れるまで素振りをしてからグースカ寝るのが一等良いのだが、治癒師に曰く再生したばかりの腕に負担をかけてはいけないらしい。

 

「よし……」

 

 ともかく、このまま部屋に籠っていると魂まで腐っていく。ディエゴは予備の剣を下げ、外に出る事にした。

 何か美味いものでも食べれば、気も楽になるはずだ。

 

「おっ、初めて嗅ぐ匂いだ。うまそ~」

 

 故郷の農村と違い、ラリスの王都は常に賑わっている。

 忙しそうな奴もいれば、暇そうな奴もいる。皆がディエゴを知ってる村より、皆が皆に関心のない街は居心地が良かった。

 それに、王都は遊びに事欠かない。娯楽も食べ物も、気を付けていないと金はすぐに消えてなくなるが、ただ歩くだけでも楽しかった。

 ただ散歩するだけで、誘惑と戦う羽目にはなるが。

 

「あぁん? お前、今なんつった? もっぺん言ってみろや、テメェ!」

 

 いつもの広場に着いたと同時、喧騒に紛れて粗野な男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 喧嘩か脅しか、いずれにせよラリスじゃ日常茶飯事である。一年も住めば慣れるもので、ディエゴは怖じる事なく声のした方向を見た。

 

「え……」

 

 ぽかんと、ディエゴの口が間抜けに開く。怒鳴り声を上げる男達の前に、とても美しい少女の姿があった。

 冬空を反射する白金色の長髪は、一切の淀みがない清流のようだった。楚々と佇む面貌は、どこか小動物を思わせる愛らしさ。それでいて、凛とした立ち姿は深窓の令嬢といった表現が相応しい。

 幼馴染の羊人にはない色気。娼館で相手をしてもらったお姉さんとは別の魅力。白金髪の少女は、気高く咲き誇る一輪の花のようだった。

 

「って、そうじゃないだろ……!」

 

 見とれている場合じゃない。怒鳴る男は鋼鉄札で、見たところ少女は一般人である。ともかく、助けてあげないといけない。

 少なくとも、ディエゴの憧れる英雄なら、そうするはずだ。

 

「待ッ……!」

 

 ぴしり、と。

 助けに出ようと剣に手をかけた瞬間、ディエゴの右腕に鋭い痛みが迸った。

 腕を噛み千切られた時の痛みがフラッシュバックする。急に身体が冷え始め、指先が震えて感覚が消える。目の前に成すべき正義が在るというのに、勇気がなくて動けなかった。

 

 凍りついた身体で、ディエゴは目だけで周囲を見渡した。

 広場にいる同業者は何も気にせず通り過ぎている。気付いているらしい奴等は、いつもの事と面白がっているようだった。

 何故、誰も動かない? なんで誰も助けない? 自分への苛立ちを自覚せぬまま、ディエゴは悲鳴に似た激情を心の中で叫んだ。

 

「待て、熱くなっても良い事はないぞ」

 

 なんて思いながら藻掻いていると、白金の少女を庇うように竜族の女剣客が現れ、あっと言う間に男達を撃退した。あまつさえ、少女もまた毅然と男達に言い返していた。

 二人共、ディエゴにできそうにない事を、あっさりやってのけていたのである。

 

「この度はお助け頂いてありがとうございました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「名乗る程の者ではない。ただ、ああいう輩には丁寧な対応をしても無駄な事は覚えておくといい」

「肝に銘じておきます」

 

 去り際、美しい少女は竜族の女性に礼を言っていた。

 もし、あの時に割って入ったのがディエゴだったら、少女に感謝されていたのは自分だったはずだ。そう思ってしまう事にこそ、劣等感を抱いてしまう。

 

「お久しぶりです、師匠」

 

 かと思えば、件の竜族は顔見知りの銀細工持ちであるイシグロと親しげに話し始めた。

 イシグロ・リキタカ。“黒剣”の異名を取り、“迷宮狂い”と綽名される人類最新の英雄候補。今になって、同業者が彼を畏怖する気持ちがよく分かる。自分達とは、持って生まれた器が違うのだ。

 自分は、ああはなれない。そうはできない。彼がたったの二ヵ月で過ぎ去った場所に、ディエゴは半年以上止まっているのだ。

 

 ディエゴは、銀竜剣豪に憧れて村を出る決意をした。物語に謳われるヴィーカは、紛れもない英雄である。

 白金髪の少女にとって、あの竜族剣客は英雄なのだろう。イシグロもまた、ギルドが認める傑物だ。そんな二人と比べ、自分はどうだ。少なくとも、主人公などではない。良くて端役止まりである。

 どこにでもいる、仲間の足を引っ張るだけの粗忽者。それが、誰でもないディエゴだった。

 

「……ははっ」

 

 変な笑いが出て、全身から力が抜けた。

 全てが終わった後に、やっと身体が動くようになっていた。

 言い訳には、できそうにない。

 

 真新しい右腕は、正常だった。

 

 

 

 

 

 

「皆で武術を習うわよっ!」

 

 ディエゴの右腕が往時の膂力を取り戻した頃、転移神殿の片隅でカリッセが宣言した。

 頭目の突飛な提案に、一党員の幼馴染二人は顔を見合わせた。

 

「武術って、僕等一応習ってるよね?」

「ああ」

 

 ハーフドワーフのラモンの言う通り、この三人は各々戦闘技能を修めていた。カリッセは実の祖母から護身術を教わっているし、ディエゴは村の自警団に剣の扱いを教えられた。魔術師のラモンとて、王都に来てからグウィネス流の棒術を習っている。

 一応、王都の教練士(ドクトレ)からも迷宮での立ち回りを教わった。素振りだって基本毎日やっている。

 

「そうじゃなくて、もっと本格的なの! 良いの見つけてきたんだから! しかもリンジュの凄いやつ!」

 

 そう言って机に叩きつけられたのは、何かしらの文字列が書かれた安紙だった。

 文盲のディエゴには何が書いてあるか分からない。代わりに、魔術師らしくインテリ気質のラモンが手に取った。

 

「えーっと? なんか、ギルド主導でリンジュから呼んだ凄腕の人に教えてもらえるみたいだね。教官はゲルトラウデさんっていう竜族の女性で、教えてくれるのは唯心無月流ってやつらしい。近接戦闘なら何でも教えてくれるみたいだよ」

「唯心無月流……って、それイシグロさんの流派じゃねぇか!」

「そうなのよ! これ習ったら、もっと強くなれると思わない?」

「どうだろう。無暗に手札を増やしても、必ずしも強くなる訳じゃないと思うけれど。ほら、拳法だって沢山の流派の技を習うより一つの流派を極めた人のが強いって言うじゃないか」

「ふっふっふーっ! それがね、無月流は他流派を習ってる人にもオススメなんだって!」

「誰に聞いたんだよ」

「ゲルトラウデさん! 昨日、鍛錬中に見かけてね! この人がそうなのかなーって思って話しかけてみたの!」

「すげぇな、お前……」

 

 どうやら、この催しに参加する事に二人は前向きであるらしい。

 自分はどうだと考えた瞬間、一度失った右腕に痛みが迸った。既に慣れた錯覚だ。眉根が寄ってしまったのは、本当に痛みによるものなのか。

 

「けどよ、金かかんだろ」

 

 返答した声は、思っていたよりも低かった。幸い、二人とも気にしていないようである。

 実際、王都の教練士には相応の金銭を支払ったものだ。今でこそ当時よりは余裕があるが、それでも無駄遣いできる程の余裕はない。

 そういえば、ディエゴに大剣を勧めたのは件の教練士だったのを思い出した。少なくとも、あのまま二刀流を続けていたら今頃迷宮の肥やしになっていただろう。

 

「それがね、銀細工未満はタダなんだって!」

「へぇ、凄いね……」

 

 曰く、カリッセ達が来る前から西区ギルド主導で初心者支援をやっていたそうで、今回もその一環のようだった。

 

「無月流か……」

 

 イシグロと同じ流派。それを習えば、自分も彼の英雄に近づけるかもしれない。

 憧憬への近道だというのに、何故だか遠ざかりたい気持ちがある。

 だが、そうも言ってはいられない。

 

 結局、一党全員で参加する事となった。

 

 

 

 翌朝。迷宮用装備を身に纏ったディエゴ達一党は、転移神殿近くの運動場に来ていた。

 運動場の四方は二階建て住宅程の石壁で囲まれていて、広さはサッカーグラウンドほど。ここは普段から王都民にも無料で開放されており、一般地球人よりもスポーツや格闘技に関心のある異世界人にとっての憩いの場である。

 

「おい、あれ見ろよ。ニーナさんとクリシャナさんだぜ……!」

「疲れ目に効くぜぇ! 来た甲斐あったな!」

「淫魔族と吸血鬼、何も起きないはずがなく……」

「挟まりてぇよなぁ!?」

「「「ぶち殺すぞヒューマン……!」」」

 

 そんな広々とした運動場には、ザッと数えて五十人以上の西区冒険者が集まっていた。タダとはいえ、こういったイベントに無関心な冒険者にしては珍しい参加者数である。

 しかも、彼等の位階はバラバラで、下は木札から上は銀細工まで揃っている。中には“風舞”のニーナや“七つの闇”のクリシャナといった大物に加え、ラフィやウィードのような素行の良くない奴まで来ていた。

 極めつけに、西区の看板冒険者であるイシグロ一党が参加していたのである。大と小の六人組は、頭目と一緒に準備体操なんかを行っていた。さながら休日の散歩中に寄ってみました的な雰囲気だ。

 

「あ……」

 

 そうやって周囲を見渡していたディエゴは、視界の隅に先日見かけた白金髪の少女を発見した。

 運動と縁の無さそうな彼女の胸には、新人冒険者の証である木札が下げてある。訳も分からぬまま気まずい気持ちになったディエゴは、反射的に少女の視界から逃げるように場所を移動した。

 何故か。顔が熱い。

 

「集まったようだな」

 

 急に赤面したディエゴを訝る幼馴染の視線を無視していると、リンジュ風の恰好をした竜族美女がギルド職員達を引き連れて現れた。ドスンと、彼女の横に大きな木箱が設置される。

 何となく予想していたが、彼女もまた先日見かけた竜族剣客だった。ゲルトラウデと名乗った彼女が冒険者達に話を始めるが、元のお行儀がそうさせるのか黙って話を聞く冒険者は少数派だった。 

 

「ふむ、やはりそうか……。おい、貴様。参加番号十一番、カント」

「え? あ、はい!」

 

 ゲルトラウデの話の途中、ずっと仲間と喋っていた若い冒険者が名指しされる。名を呼ばれた少年は反射的に姿勢を正していた。

 

「直剣を使うようだな」

「そ、そうですけど……おっと!?」

 

 無駄な問答を省くように、ゲルトラウデは職員が持ってきた箱から一本の直剣を取り出し、件の少年に放り投げた。

 慌ててキャッチする少年を置いて、竜族の剣客は箱の中から木刀を取り出し、だらりと提げた。

 

「教練を始める前の余興として、今から貴様を……いや、さっきから私を舐めている奴全員を叩きのめす。遠慮せず、いつでもかかってこい。何なら一斉に襲ってきても構わんぞ。私は木刀(コレ)でやってやろう」

 

 瞬間、この場の冒険者から大なり小なり怒気が噴出した。何であれ、冒険者は舐められるのが嫌いなのだ。

 よくも悪くも注目が集まる中、ゲルトラウデは右手の木刀を余裕気に担いでみせた。空いた左手で、くいくいと手招きをしてみせる。

 ブチッと、この場の誰かの堪忍袋の緒が切れた。

 

「しゃあ! 一番乗りィッ!」

 

 あえて挑発に乗ってみせ、銀細工持ち鬼人のラフィが突っ込んだ。彼に続くように、手に手に武器を持った冒険者が竜族一人をボコすべく襲い掛かる。

 バッと砂埃が舞い上がり、激しい乱闘が始まった。あまりの状況に軽く引いているディエゴが周囲を見ると、案の定イシグロやニーナは「しょうがないにゃあ」といった顔で状況を俯瞰していた。白金髪の少女もまた同様に。

 ていうか、さっきまでディエゴの隣にいたカリッセまで乱闘に混じっていた。

 

「ディエゴは行かないの?」

「いや、オレは遠慮しとく」

「らしくないね」

「そうか……?」

 

 隣にいたラモンの問いに、ディエゴは小さな声で答えた。

 確かに、普段のディエゴなら我先にと突っ込んでいたかもしれない。何も考えず武器を担ぎ、真正面から剣を振り下ろしていた事だろう。

 だのに、何故そうしなかったのか。感覚的に、ディエゴはこの選択を自身が成長した結果だとは思えなかった。

 

「さて、大人しくなったところで本題に入ろうか。皆、静かにして聞くように」

「「「ふぁい……」」」

 

 ラフィやカリッセ含め乱闘参加者がボコボコにされた後、余裕綽々といった風のゲルトラウデは自身が創始した武術流派の説明を始めた。

 曰く、無月流はヴィーカ流剣術をベースに色んな武術の要素を取り入れ、迷宮内外問わず戦場で立ち回るに肝要な技術を習得する為に起こした武術流派であるらしい。

 また、無月流の基本は自主練習の継続にあり、これをやっていれば強くなる訳でもないという。重要なのは、習った技法を如何に応用するかであると。

 

「画一的な教導では、貴様等は銀細工には成り得ない。むしろ才能を潰してしまう。自分で立てない人工英雄は脆いのだ。だから、教練士も最低限しか教えない。貴様」

「はい……」

「よく見ていろ」

 

 すっかり大人しくなったカント少年の前で、木剣を持ったゲルトラウデが何度か素振りをしてみせた。

 縦振り、切り上げ、横薙ぎ。何の変哲もない剣技が披露される度、少年の目は見開かれていった。

 

「……分かったか?」

「何となく、ですけど……」

「そうか。才能あるよ、貴様」

 

 不意に褒められた少年は、顔を真っ赤にして目を背けていた。

 目の前で木剣を振られて、何が分かったというのだろうか。それこそディエゴには何が何だか分からなかった。

 その時、ディエゴの胸にドロリとした正体不明の激情が漏れ出てきた。あの少年まで、妬ましいのか。

 

「このように、人それぞれ目指すべき道は異なる。無月流は貴様等が極みに至るまでの手助けをする。後に別の流派の技を習うのも大いにアリだ。地味な鍛錬法だが、無駄にならない事は保証する。ただ土台を作る為の修行法、あるいは体調を整える為の体操くらいに捉えていい。では、これから武器別で班になってもらう」

 

 それから、参加者達は各々のグループに分かれていった。

 先の少年は剣士グループ。カリッセは少数しかいない武闘家グループ。魔術師のラモンはその他のグループ。

 イシグロ一党とニーナは別枠で集められていた。

 

「む、お前は……」

 

 ディエゴの前に立ったゲルトラウデは、筋骨逞しい大剣使いの身体を頭からつま先までジロジロと観察した。

 身長はディエゴの方が高いはずだが、目の前の竜族には遥か高みから見下ろされている感覚があった。

 

「貴様はこっちだ」

「え?」

 

 てっきり自分も剣士グループに入れられると思っていたディエゴだったが、どういう訳かイシグロ一党のいる特別枠に入れられてしまった。

 周囲は銀細工か銀細工級の奴隷のみ。唯一の鋼鉄札であるディエゴは、どうにも肩身が狭かった。

 

 グループ分けが完了すると、ゲルトラウデは各班を巡って簡単な型を披露してみせ、同じ動きを反復させていた。

 ディエゴのいる特別枠は、強者同士で模擬戦をするようだ。

 

「貴様等はあいつ等の動きを見ていろ」

「ん、わかった」

「は、はい……」

 

 かと思ったら、ディエゴともう一人――イシグロ一党の奴隷天使――は模擬戦の見学を言い渡された。

 そうして始まった無月流の体験稽古は、当初蔓延していた浮ついていた雰囲気が消え、さながら噂に聞くリンジュ道場の様相を呈していた。

 件の少年剣士など、何かに取り憑かれたように剣を振っている。

 

「すげ~……」

 

 そんな中、見学を言い渡されたディエゴと天使奴隷は、イシグロ達が戦う様子を見ていた。

 銀細工級の戦いは、どこをどう見て学べばいいか分からなかったが、とにかく凄い事だけが理解できた。

 

「ここまでだな」

 

 あっと言う間に時が過ぎ、午前の稽古は終了した。

 一応、午後にも行う予定だが、見切りをつけたら帰ってもいいらしい。これまた竜族剣客曰く、無月流は「合わん奴には合わん」そうだ。

 

「ディエゴはどうする?」

「オレは残るよ」

 

 午前は見学しかしていなかったし、特に何か勉強になった訳でもない。

 とにかく、あの少年剣士のように何かを掴まなければという気持ちになっていた。焦りだけが貯蓄されていく。

 

「ふむ、意外と残ったな」

 

 昼食休憩後、午後の稽古には半分程の冒険者が残った。

 午後は人数が少なくなった為か、参加者に個別の指導が入った。例の少年剣士は更なる教えを授かり、午前とは別の素振りを反復していた。

 同グループのイシグロは、当人の希望で短剣術の型を教えてもらっていた。どういう訳か、イシグロは一度見せられただけの型を一発で覚えていた。ここでも、ディエゴは彼との間に大きな壁を感じ取った。

 

「無駄に力むな。腕の力は最小限でいい。初めから、思い出しながらゆっくりやってみろ」

「は、はい……!」

 

 ディエゴは剣士グループがやっているのとは別の剣技を教わり、ゲルトラウデの前で何度も繰り返した。

 覚えが悪いせいか、何度もダメ出しを食らった。その都度修正しても、今度はさっき出来ていた事が出来なくなった。

 ひとまずの合格をもらうと、ディエゴの心身は疲労困憊になっていた。

 

「くっ……! はぁ、はぁ……!」

 

 木製とはいえ何度も大剣を振っていると、筋肉が鉛になったような錯覚を覚える。どだい単調な素振りは面白くなく、意味があるのか分からない事をもう一度やろうとは思えなくなっていた。時間の無駄なのではないかと、ゲルトラウデに対して疑念が湧く。

 身体よりも心が疲れた。膝をついて休憩するディエゴの近くで、イシグロは先ほど習った短剣術の型を繰り返していた。傍目から見ても集中しているのが分かる。

 

「イシグロさんは……」

「ん?」

 

 型稽古が終わったタイミングで、ディエゴはイシグロに声をかけていた。邪魔してしまったかと思い口をつぐみかけたが、彼は此方に耳を傾けてくれた。

 ディエゴは硬くなった唾を飲み下し、思い切って口を開いた。

 

「イシグロさんは、どうしてそんなに頑張れるんですか……?」

「頑張れる?」

「いやだって、めちゃくちゃ強いじゃないですか。剣だってオレよりずっと上手いのに、今度は短剣術まで……」

 

 付け足された言葉は、己を恥じるように早口になっていた。

 実際、ディエゴ視点だとイシグロの鍛錬は過剰に見えて仕方ない。ともすれば、強くなる事以外に興味が無いのではと思える程に。

 

「ふぅむ……」

 

 木製の短剣を提げ、イシグロはこの場の皆と同じように鍛錬している奴隷達を見た。無視されているのではなく、彼はディエゴに合わせて言葉を選んでいるようだった。彼がそういう男な事くらい、分かっている。

 視線の先、小さな奴隷達が一定の型を繰り返していた。天使奴隷は奇妙な形の杖を持ち、クリシャナと模擬戦をしている。お互い魔法を使っていないので、ガチの模擬戦ではないのか。

 一党の仲間を見るイシグロの瞳は冬の空より澄んでいて、春の太陽のように暖かい。

 

「……守りたい人がいるから、だと思います」

「守りたい人……」

 

 イシグロが自身の所有奴隷を大切にしている事は、界隈ではあまりにも有名である。実際、一度ちょっかいをかけた銀細工をギルド公認で集団リンチしたらしい。

 イシグロの守りたい人と言われても、ディエゴにはピンと来なかった。彼女達は奴隷身分であり、いわば家具や使い捨ての魔道具である。まして家族でもなければ、恋人などでもないはずだ。

 であれば、イシグロが彼女達を庇護する理由に理解はできずとも見当はつく。“黒剣”のイシグロ・リキタカは、恵まれない彼女達に英雄の奴隷であるという箔と力を付けさせているのだ。

 偏に、弱き者達の安寧の為に。

 

「そんなの……」

 

 そんな生き方は、あまりにも英雄的に過ぎる。

 中位の迷宮探索で四苦八苦し、少女一人助けられず、今こうして腐りかけているディエゴとは比べるまでもない。

 心根も、剣才も、男としての器量さえ、何もかもが違い過ぎる。

 

「ディエゴさんもいつか分かりますよ」

「そんなもん、でしょうか」

「そんなもんです。多分、恐らく……まぁ分からなくても幸せにはなれますよ。あくまで個人の感想なので……」

「……そうですか。ちょっと行ってきます」

「え……?」

 

 言って、ディエゴは大きな木剣を引きずりながらゲルトラウデの方へ歩き出した。

 これ以上、イシグロと話すと惨めになりそうだったし、このままでは憧れの英雄には近づけないと思ったからだ。

 せめて、自分らしく。自惚れ無しに迷宮稼業は勤まらない。

 

 狭くなった視線の先、ゲルトラウデは白金髪の少女を指導しているところだった。

 相手への礼を考える余裕もなく、ディエゴは彼女の背中に声をかけた。

 

「む、質問なら少し待っていろ」

「いえ、遅れましたが、オレもゲルトラウデさんに一発くれてやりたくなったんです。いつでもかかってこいって、仰ってましたよね」

「確かに言ったが……」

 

 訝しむ二人を前に、ディエゴは大剣を担いでみせた。

 少女への罪悪感はあったが、ディエゴは強いて無視した。前の自分はもっと厚顔無恥だったはずなのだ。

 

「わたくしは大丈夫ですよ」

「うむ、そうか。では、かかってくるといい」

「……ありがとうございます!」

 

 少女が離れる。対面したゲルトラウデは、右手の棍棒を構えた。

 変に身構えると、動けなくなりそうだった。

 

「ぐぅ……うぉらぁあああッ!」

 

 迷宮の主もかくやという咆哮を上げ、ディエゴは勢いよく剣を振り下ろした。

 ガッと、木剣と棍棒が衝突し、鍔迫り合いになる。ディエゴの剣撃を受け止めたゲルトラウデは、僅かに眉を震わせた。

 

「うぉおおおおおッ!」

 

 膂力を全開にし、ジリジリと地面を削って押し込んでいく。相手は竜族だが、力は此方が上である。

 このまま相手を潰す勢いで、心の靄を燃やした少年は更に力を籠めていった。

 勝てるはずがない。どうせ負ける。けれど、せめて一発くらい。ディエゴは誰に対してか分からない憤りを胸に、剣の柄を握りしめた。

 

「ふん!」

「ぐぁ……!」

 

 しかし、あまりに呆気なく。

 ディエゴの力が最高潮になった瞬間、急に跳ね上がった木剣が少年の鼻頭に激突し、冗談のように吹っ飛んで仰向けに倒れてしまった。

 視界いっぱいに、冬の厚い雲が見える。正面からねじ伏せられてしまったのだ。どうやら、膂力で勝っていたと思ったのは、ディエゴの思い過ごしだったらしい。

 

「意気は良いが、邪念で剣が鈍っている。ちゃんと集中しろ。その腕で、よく生き延びてきたものだ」

 

 上から降ってきた声に、ディエゴは反射的に上体を起こした。

 冷淡で、抑揚のない声音。起き上がらせようと差し伸べられた手は、触れてもいないのに酷く冷たい確信があった。

 視線を感じる。見られている。困惑している幼馴染に、頬を引きつらせているイシグロ。ゲルトラウデの背後、白金髪の少女と目が合った。

 彼女は、無様に倒れるディエゴの姿を見て、聖女のように微笑んでいた。

 

「クソがぁッ……!」

 

 如何なる感情の発露より先に、ディエゴは全速力でその場を逃げ出していた。

 突き刺さる視線から、あまりに気高い英雄から、迷宮稼業から逃げるように。

 

「ふむ、逃げ足も速いのだな。大したものだ」

 

 ディエゴの背中に、ゲルトラウデの言葉は届かなかった。

 届いていたら、余計に傷ついていただろう。

 

 

 

 

 

 

 運動場から走りに走り、気付けばディエゴは馴染みの酒場で酒を呑んでいた。

 迷宮に潜った事で酒に強くなったのか、何杯呑んでも潰れる予感がしなかった。貯金をしなければいけないのは分かっているが、止められなかった。

 辛気臭い顔で酒を呑む姿は、誰が見ても典型的なヤケ酒だった。

 

「やっぱり此処にいたね」

 

 隣から、見知った声が聞こえてくる。

 相手が誰なのかは分かっているが、反応するのも億劫だった。

 というより、親友以外なら逃げていた気がした。

 

「いきなりケンカ売って、いきなり帰って、カリッセ怒ってたよ。ゲルトラウデさんに失礼だーって」

「うるせぇよ……」

 

 強いてドスを利かせて返してみたが、当の親友はどこ吹く風である。

 構わず隣に居座るつもりなのか、そいつもディエゴと同じ酒を注文した。

 

「まぁディエゴって見た目によらず繊細なトコあるから、なんかあっても溜め込んじゃうよね。こうやって呑んでるのも、らしいっちゃらしくて安心だよ」

 

 そのまま、二人は会話らしい会話もなく同じ酒を呑んだ。

 愚痴も慰めもない。ただ一緒にいるだけの空間。それでも、今のディエゴの心境にはそれが最も効果的だった。

 沈んでいたディエゴの本音が、ふわふわと浮かび上がってくる。

 

「一党にさ……」

 

 男同士だから、親友相手だから。ディエゴは杯を置き、何か言う気になっていた。

 親友の変化に、ラモンは無言で以て返答した。

 

「バカで、ダサくて、すげぇ悩むようなさ……」

 

 暫しの沈黙。

 

「オレとか、いらなくねって思ってた……」

 

 カランと、ガラスの中の氷が鳴った。

 故郷では味わえない美酒なのに、ロクな味がしなかった。

 

「確かに。バカだしダサいよね」

 

 同じ故郷の親友には、言葉を選ぶような沈黙は必要なかった。

 遠過ぎず近過ぎず、けれど無遠慮に触れる事もなく、二人は二人にとって最も適切な距離を保つ。

 それだけで良かった。

 

「けど、だから僕とカリッセは生きてる。君が居ないと、普通に困る」

「……そうか」

 

 音もなく嘆息し、ディエゴは小さく声だけを漏らした。これ以上何か言おうものなら、強張る喉が震えてしまいそうだった。

 仮に、今のラモンの言葉をイシグロに言われたら、ゲルトラウデに言われたら。余計いじけて何も返せなかっただろう。

 親友に言われたから、腹に収める事ができた。

 

「そんなもんか」

「そんなもんだよ」

 

 恥も、憤りも、ディエゴは酒と共に呑み干した。

 喉を焼いた酒は、今まで呑んだ中で最も美味かった。

 そして、いつもの二人は並んで店を出て行った。

 

「明日、またやるってさ」

「謝らないとな……」

「気にしてなかったっぽいけど」

「……そうしねぇと、オレもっとダサくなんじゃん」

 

 宿で眠って、明日に備えるのだ。

 

 

 

 そんな二人を、静かに這いよる影が見つめていた。

 まるで、獲物を見定めるかのように。

 ねっとり、と。




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 強い冒険者はガッツリ稼げる迷宮稼業ですが、弱い冒険者は基本カツカツです。特に鋼鉄札は差が激しいです。
 イシグロの場合、一党員が所有奴隷なので収益の分散が起こらない上、迷宮の道中で拾える通常ドロップの全てを持ち帰る事ができるので同じ迷宮探索でも他冒険者より遥かに儲けています。何より回転数がダンチです。
 平均銀細工は月一回潜るかどうかで、且つオール・オア・ナッシングです。通常ドロップはほっとくと消えるので撤退時に拾う事ができません。
 収納魔法を使える仲間がいない一党では、道中の通常ドロップを拾う余裕がなく持ち込めるアイテムにも限りがあるので、収納魔法の有無は稼ぎだけでなく迷宮踏破率に大きく関わってきます。なので、収納魔法が使える人はそれだけで優遇されます。



◆迷宮稼業のお金事情◆

・収入
 聖遺物=レリック。ボスドロップおよび通常ドロップアイテムの事。これを各地のギルドで換金し、その全てをラリス王家が買い取っている。一般人は知らない使い道がある。
 最低難易度の迷宮=一回踏破でギルド職員一ヵ月分の給料に相当。
 下位迷宮=上記より少し上。フルメンバーの場合、これを六等分。
 中位迷宮=所によりマチマチだが、平均して一回の踏破で2000万ルァレ程。フルメンバーの場合、六当分。
 上位迷宮=3000万ルァレ程度の儲け。フルメンバーの場合、六等分。
 冒険者依頼=隊商の護衛や魔物の討伐など、おしなべて迷宮稼業に比べると見入りが低い。ここから引退後のコネができたりもする。王都は冒険者依頼の数が少なく、辺境に近づくにつれ迷宮外の仕事が増えていく。
 副業=禁止事項に抵触しない範囲の商売や制作物の販売。魔術師系の冒険者は魔法薬や魔術刻印の施工などで生計を立てる者も少なくない。その他、土木工事や飲食店のバイト、用心棒など。

・武器の性能と価格
 王族級=10億以上。性能は超一線級に毛が生えた程度。
 超一線級=1億以上。金銀最上位。アリエルやイシグロ一党が使用。イシグロは素材を提供しているので割安。
 一線級=1千万~1億。武器種、素材によってまちまち。性能は超一線級より少し低い程度。平均金銀はこれを一つは持ってる。
 二線級=1千万以下。銀細工にとっての予備、平均以上の鋼鉄札にとってのメイン武器。一部の性能を特化させれば十分に遣える。
・市販上等品=物による。引退冒険者のお下がりや死亡した冒険者の遺品。平均以下の鋼鉄札はこれを目標にする。
 市販中等品=普通の武器屋で買える少し質の高い武器、補助効果は一つ二つしかない。
 市販下等品=転移神殿内で格安で販売している武器。補助効果は付いていない。転移直後のイシグロはこれを大量に購入し、使い潰していた。
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