【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。感想頂けるとやる気が漲ります。
 誤字報告もいつもありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 冒頭だけ三人称で、他一人称です。
 よろしくお願いします。


三年目・ルーンとシャーロット編
灰の目のシャーロット


 その日、故郷が燃えた。

 外の魔物が暴れたせいだ。

 

 真昼だった。炎を纏ったそいつは唐突に現れて、すぐ近くにいた小姓を真っ二つにした。

 次に、里長の屋敷が燃えた。やがて里中が炎に包まれ、青かった空が黒く染まった。

 里の戦士衆は、臆する事なく戦った。しかし、彼奴には剣も矢も届かなかった。

 

 退く事を決めたのは、他でもない里長(さとおさ)だった。迅速な決断だったが、次の瞬間には居なくなった。

 長の指示に従い、家人達は命を懸けて娘を逃がした。

 

 逃亡の始まり。

 振り返った先に見えたのは、炎の中で咆哮する化け物だった。

 

 その瞳には、憤怒だけが映っていた。

 

 

 

 夜、娘は目を覚ました。

 

 背中に痛みがない。首を巡らせたが、視界内に鉄格子は見えなかった。

 娘は経験した事のないほど上等な寝台に寝かされていた。

 奴隷商館の一室である。

 

「……ベッドってのは、こうも温いんだな」

 

 逃げに逃げて、ようやく運が回ってきたのだ。

 初めて、このナリで良かったと思えた。そうでなくば、今ごろ野盗か山賊の慰み者になっていただろう。

 

 この身は、まだ果てる訳にはいかない。

 残すべきを残した後にこそ、真の自由を手に入れられる。

 でなければ、民の献身に報いてやれぬ。

 

「待っててくれ。あぁ、上手くやるとも……」

 

 忘れる事など、できようか。

 

 

 

〇

 

 

 

 この異世界には、危険がありふれている事を忘れてはならない。

 慣れとは恐ろしいもので最近めっきり気にならなくなってはいるが、王都での刃傷沙汰は日常茶飯事なのである。場末の喧嘩でドッカンドッカン魔法が飛び交うのも珍しくない。こんなの絶対おかしいよ。

 街の外には普通に魔物がいて、領地を治める貴族や冒険者が日々巡回して被害を未然に防いでいるそうだ。それでも稀にボス級の魔物が現れて、毎年どこかで被害が発生しているらしい。実際、グーラはそのせいで父を失ったのだ。

 怖いのは魔物や暴漢だけではなく、大小の犯罪組織まで跋扈してる世界観である。どこぞの猫又など、組織ぐるみでイリハとレノに関わってきた訳で。

 

 俺とて無防備のまま暮らしてきた訳ではない。色々動いていくつか政治的な後ろ盾を得たが、それでも絶対の安全を保証するものではないだろう。

 以前戦ったコーリ商会のように、馬鹿は襲って来るものだ。

 

 転移してからの毎日、俺は心底「この世界は最高だ」と思い続けている。

 けれど、それは俺自身が強いからこそ言える言葉なのだ。

 チート持ちだから、銀細工だから、頼れる仲間がいるからこそ、俺はこのバイオレンス極まる異世界を楽しめているのである。

 

 話は変わるが、日本に居た頃の俺はごく一般的なオタク君だった。自然、古今東西の様々なサブカル作品を嗜んできた。

 そんな俺だから、無敵のヒーローを倒す方法を熟知していた。そうだね、人質だね。ヒーロー以外を殺せばいいのだ。

 要するに、守るべきものがあるから、ヒーローは強くもなるし弱くもなるのだ。

 畢竟、どれだけ後ろ盾を作ろうが、最終的に自分を守れるのは自分だけ。だから、一党の皆には自衛力を持たせているし、俺同様に鍛えてもらっているのである。

 

 異世界における一党は最大六人である。これは何かの決まりではなくて、迷宮の侵入可能人数の限界だ。そして、俺の手の届く限界でもある。

 我が一党の場合、一党から外れてしまうと外れた人はこれまで共有していた各種チートが使えなくなってしまう。いずれチート無しでも戦えるようにするつもりだが、まだまだ先になる予定だ。

 油断して下手をこくのは、ただの間抜けである。俺は馬鹿だが間抜けにはなりたくない。

 

 故に、俺はこれ以上庇護すべき対象を手元に置く気はなかった。

 しかし、呼び出しておいてそのままってのも、無責任というものだろう。

 それこそ、俺の間抜けが招いた事態であるからして……。

 

 

 

 突然のお手紙、思い出したロリ奴隷捜索契約。内心慌てる俺だったが、何はなくともホウ・レン・ソウだ。

 足の長い紳士こと奴隷商人クリシュトーさんから「新しい奴隷仕入れたよ」とお手紙が来て、俺としては一旦お迎えしようと思っている事と、仮に購入したとしてその時はどうしようかと、朝食後のリビングで皆に相談したのだ。

 また、誰か一人でも嫌なら奴隷購入は見送るとも付け加えた。

 

「まぁいいんじゃないッスか? 部屋余ってるッスし、家事専門の奴隷くらい居て良いと思うッス」

 

 ルクスリリアは消極的賛成。

 

「貴方は強者なのよ。思うまま、好きに振る舞えばいいわ。まぁ、鬱陶しい輩でなければ、召使いとして雇うのはアリかもしれないわね」

 

 竜族らしい意見を述べつつ、エリーゼは消極的に賛成。

 

「その、ボクが言うのもアレなんですけど、買ってあげられませんか? ご主人様の下なら、安心して暮らせると思うので……」

「わしからも頼む。主様以上の主人など、そうそう見つかるはずも無いのじゃ」

「ん、右に同じく。できる事なら、わたしもフォローする」

 

 残る三人は積極的賛成、ひとまず、満場一致で購入する方針に固まった。

 ではその後はどうしようとなったが、相談の結果それは相手次第で決めればいいという結論に至った。

 

 ともかく、一度見てみる事に。

 流石に、サークラな娘を入れる気にはなれないからな。俺はロリコンだが、見ず知らずのロリより今いるロリを優先する。

 俺はナチュラル・ボーン・ロリコンではあっても、ナチュラル・ボーン・ヒーローではないのだから。

 

「どう? 変なとこないかな?」

「大丈夫よ。ふふっ、以前より着こなせているわ」

 

 と言う訳で、朝から外行き用の服に着替え、俺達は一路奴隷商館に向け出発した。

 主人の俺は当然として、皆にもそれぞれ上等な衣服を着てもらった。皆、完璧に良いとこのお嬢さんである。

 

「お待ちしておりました。イシグロ・リキタカ様。どうぞ、お入りください」

 

 赤レンガ庁舎のような商館に辿り着き、門番に挨拶して武器を預ける。すると、VIP対応で応接室まで案内された。

 相変わらずお洒落な応接室で待っていると、そこにノックの音が聞こえてきた。

 

「お久しぶりでございます、イシグロ様。ストゥア商会のクリシュトーでございます」

 

 そうして現れたのは、奴隷商人のクリシュトーさんだった。再会したのは何時振りか。相変わらずのナイスダンディである。

 挨拶もそこそこに、お互いソファーに座して向かい合う。奴隷身分の皆は後ろで待機してもらっていた。普段なら座ってもらうのだが、ここは相手のホームである。ならば、相手ひいてはラリスのルールに合わせるべきなのだ。曰く強者ならそのへん蹴っ飛ばせるらしいが、流石にそこまで外れちゃいない。

 

「まず最初に、大変お待たせしてしまった事をお詫びさせてください。この度、連絡を差し上げたのは、イシグロ様に見合う奴隷を確保した為でございます」

 

 商談に移ると、いっそう真剣な表情を作ったクリシュトーさんは机の上に上質そうな羊皮紙を置いてみせた。

 羊皮紙には、件の奴隷と思しき少女のバストアップの似顔絵が描かれていた。

 

「彼女の名はシャーロット。種族は森人(エルフ)で、僅かにドワーフの血が混ざっているようです。辺境の街で衛兵に捕まり、犯罪奴隷となりました。主な罪状は複数回に渡る窃盗で、高価な武具を盗んだ事もあったそうです」

 

 白黒なので色は分からないが、シャーロットの髪はかなり長いようで、その隙間から森人らしい笹の葉のような耳が飛び出ている。目鼻立ちはくっきりしており、どことなく表情が分かりやすい顔をしていると思った。

 似顔絵の横には彼女の来歴が書かれていて、クリシュトーさんの言った通りの罪状が並んでいた。元はストリートチルドレンだったらしく、覚えているのは名前だけで、年齢さえも不明であると。記憶喪失の疑いありとも書いてある。

 そして、値段の欄を見て、俺は目を見開いた。シャーロットという少女は、一年分の家賃よりも安かった。それどころか、俺が複数確保している高級ポーションよりも安価だったのである。

 

「記憶喪失とありますが」

「はい、当人は何も覚えていないようです。魔法で確かめてみましたが、親や出身地も分からないと……」

「それなら、孤児院に行くべきでは?」

「年齢不詳の罪人を受け入れる孤児院は、辺境の街には無かったようです。経緯はどうあれ、罪には罰が必要かと存じます」

「そうですか……」

 

 いくつか質問をしていると、応接室の扉がノックされた。シャーロットが来たようだ。

 館の主が「入ってください」と言うと、ゆっくりとドアが開いていった。そうしてゆっくり歩み出てきたのは、似顔絵通り……否、似顔絵で見るよりずっと美しい女の子だった。

 

「おぉ……」

 

 エリーゼとは真逆の美少女というか、動のタイプって印象のロリである。身長は百四十七センチ程だろうか。似顔絵通りパッチリした瞳は灰色で、鮮やかな真紅の髪はお尻まで届いている。こうも髪が長いのは、恐らくドワーフの血の影響だろう。

 ルクスリリアと違ってシャーロットは手枷などの拘束はされておらず、その耳は緊張の為かピンと立って固まっている。真紅髪の少女は、俺達を見て目を見開いていた。

 

「当初、彼女は農奴になる予定だったそうですが、そこをストゥア商会が買い取った形となります。魔法についてですが、元から火起こしや洗濯程度の魔法を習得しており、教育によって簡単な読み書きを覚える事ができました。戦いの経験もなく、その他に特殊な技能などはありませんが、学習には意欲的で知能もまた相当に高いものと思われます」

 

 奴隷商人のセールストークを聞きながら、その間俺とシャーロットは見つめ合っていた。

 何か言いたそうな眼をしている。手枷はないが、声を出せない状態であるらしい。

 俺はクリシュトーさんに目配せした。

 

「【沈黙】を解除してください」

 

 廊下で待機している従業員がシャーロットの沈黙状態を解除した。声を出せるようになった赤毛の少女は、俺に向かって折り目正しい一礼をしてみせた。

 ストリートチルドレンと聞いていたが、奴隷教育によるものか思ったよりも落ち着いている。知能が高いという話は本当かもしれない。

 

「シャーロット。こちら、イシグロ・リキタカ様です。くれぐれも失礼のないように、ご挨拶なさい」

 

 重く平坦な奴隷商人の声。エルフ耳を震わせ、少女が息を飲む音が聞こえた。

 

「は、はひ! しゃ、シャーロットと申します。買ってくれると、とても嬉しいでしゅ……! えとえと、あのぉ……頑張りましゅ!」

 

 シャーロットと名乗った娘の口から、想像よりも幼い印象のアニメ声が聞こえてきた。

 加えて、その言葉は舌足らずでたどたどしかった。年齢不明の森人なので確信は持てないが、シャーロットは見た目よりも幼いのかもしれない。

 

「あ、あぁ……。私はイシグロです。どうぞよろしく」

 

 面食らいつつ名乗り返すと、俺も俺で子供相手にするような言葉遣いになってしまった。対し、シャーロットの瞳はパッと花咲くように輝いた。

 その時、俺は彼女の瞳の輝きに違和感を覚えた。違和感の理由は分からないが、俺はシャーロットの中に得体の知れない凄みを感じ取ったのである。

 そう、凄みだ。覚悟と言い換えてもいいだろう。ともかく、子供らしからぬ強い意思力を感じたのである。

 

「クリシュトーさん」

「ええ、かしこまりました。我々は席を外しましょう」

 

 言って、クリシュトーさんとシャーロットは応接室を出た。扉が閉まるまで、シャーロットは名残惜しそうに此方を見ていた。

 俺達だけになった応接室。遠ざかる足音を聞いて、俺は口を開いた。

 

「良い娘ではあると思う。境遇も境遇だし、前向きに検討したい。けど、何か違和感があった。皆はどう?」

「ッスね。アタシも同じ事思ったッス。眼で役を演じてたッスね」

「はい。それに、エリーゼをすごく警戒していました」

 

 思った事をそのまま伝えると、ルクスリリアとグーラも同意見だったようだ。

 何も悪意や害意を嗅ぎ取った訳ではないが、彼女の内心と表情には大きな乖離がある気がしたのである。

 

「不思議な色の魔力をしていたわね。それに、全く感情を漏らしていなかったわ、あの娘なりの処世術なのかしら……」

「魔力の事は分からんが、全身の氣が萎えておったのじゃ。相当、辛い目に遭ってきたんかのぅ」

「ん、かわいそう……」

 

 残る三人も、各々の感想を漏らした。

 何であれ、レノの言った事は大なり小なり皆が思った事である。可哀想なのはいけない。

 イリハの時と同じだ。この先どうなるかは分からないが、やれるだけの支援はしようと思う。

 

「お迎えしよう」

 

 報・連・相。

 結果、満場一致で彼女の購入は決定された。

 

 

 

〇

 

 

 

 戻ってきたクリシュトーさんに彼女をお迎えする旨を伝え、俺はシャーロットの購入契約書を書いた。

 それから、ロリ奴隷捜索契約も解除した。クリシュトーさんは「そうですか」と言って引き下がっていた。

 

 暫く後、森人らしい綿のワンピースドレスを身に纏ったシャーロットと対面した。

 肩にかけられた緑のマントには防寒魔術が施されているそうで、これはクリシュトーさんからのプレゼントである。

 

「魔力が通るけど、痛みは無いから安心してほしい」

「は、はい……!」

 

 ドッグタグのような奴隷証を手に取り、彼女の首に鎖を通す。首の後ろに手を回した際、彼女はびくりと身を震わせた。

 これで、彼女は正式に俺の所有奴隷になったのだ。

 

「あ、ありがとうございます! その、せいしんせーい、お仕えさせて頂きましゅ……!」

 

 目線を合わせて一歩引くと、彼女はぺこりと頭を下げてみせた。

 じゃらりと、奴隷証の鎖が音を立てる。長い髪に隠れた表情は、俺の角度からは窺い知る事ができない。

 

 その後、俺達は金で人を買ったとは思えないくらいあっさりと奴隷商館を出る事となった。

 時刻はお昼前といったところ。冬の空は澄んでいて、速足の太陽が暖かかった。

 

「お昼はまだ早いし、一旦帰ろうか」

「あいッス」

 

 新しい奴隷を購入し、寄り道せずに真っすぐ帰路を歩く。

 買い物より先に、落ち着ける場所でお話をすべきだと考えた為だ。

 

「ん、シャーロットはなんで後ろ歩いてるの……?」

「その、シャロは一番下の奴隷なので……」

「そう緊張しなくて大丈夫ですよ。ご主人様はとてもお優しい方なので」

「でもでも、シャロは奴隷だから……」

「気にしなくていい。わたしは自分からマスターのモノになった。それくらい良い所」

「そ、そうなのですか……!?」

 

 シャーロットの年下っぽさに中てられたか、レノとグーラが彼女と積極的に絡んでいる。

 そんな中、残る三人はシャーロットを見てしきりに首を傾げていた。

 

「どうした?」

 

 小声で問うと、二人は顔を見合わせてからぽそぽそと言った。

 

「あの娘、王都の景色に驚いてねぇッスよ」

「カムイバラに住んどったわしでも圧倒された街じゃ。何かしら反応あるはずじゃろ、普通」

「館から見ていたにしても、実際歩いた事はない筈だけれど……」

 

 後列の三人を見る。確かに、おどおどした動作で追従してくるシャーロットは王都の景色には特に反応を示していなかった。

 それどころか、グーラと手を繋ぎながらスイスイと人混みを避けている。しかも見て避けてるって感じでもない。それは子供らしい機敏さによるものというより、熟練した斥候のようだった。

 記憶喪失の疑いありとの話だが、どうなんだろうか。

 

「到着。ここが俺達が住んでる家だ」

「わぁ~、こんなに綺麗なお屋敷はじめて見ました……!」

 

 俺達の借家を前に、シャーロットは感嘆の息を吐いた。

 高級住宅街の中に建てられた中庭付き二階建て住宅。ワンルーム住まいが基本の王都では、かなりの豪邸である。

 

「入って、どうぞ」

「お、お邪魔します……」

 

 物理&魔導式の鍵を開け、中に入る。自動で魔導照明が点くのを見て、彼女はさらに驚いていた。

 そのまま手洗いうがいをレクチャーし、リビングに入ってもらう。暖炉型空調機を起動させると、またも目を丸くしていた。

 

「ど、どれも見た事のない魔道具ばかりです♡ すごい、すごいです、ご主人様……♡」

「成金だからね」

 

 さっきから、シャーロットの仕草がいちいち可愛い。演技だというのは分かっているが、それはそれとしてロリコン心にキュンと来る。

 例えるなら、芸術品としてのロリ。グーラが生麺焼きそばなら、シャーロットはカップ焼きそばなのだ。どっちも美味しい、どっちも好き。そういえば、異世界来てからこっち焼きそば食ってねぇな。あの黒いソースって何で出来てるんだ?

 

「とりあえず、遠慮せず適当に座って」

「あ、はい。えーっと、失礼します……」

 

 なんてどうでもいい思考は置いといて、俺はシャーロットにソファーに座るよう命令した。この娘、命令しないと動かなさそうだったし。

 それから、圧迫面接みたいにならないように俺とルクスリリアでソファー横のリビングチェアに座り、他はダイニングの方で待機してもらう。

 シャーロットとお話をする為だ。

 

「改めて、俺はイシグロ・リキタカ。イシグロが苗字で、リキタカが名前。色々と聞いておきたい事とかあると思うから、少しお話をしようか。まず、シャーロットの事を教えてもらえるかな?」

「はい! シャーロットって言います! そのぅ、シャロって呼んでくれると嬉しいです♡ ご主人様♡」

「ん? ああ、わかった。シャロ」

「えへへ、嬉しいです♡」

 

 それから暫し、俺と彼女はお互いの情報を共有した。

 彼女の話は、奴隷商館で知らされた内容と概ね相違なかった。気が付くと彼女はスラム街にいて、名前以外の記憶が無いのだという。

 

「は、はい、襲われないように武器を盗んでしまいました。反省してます……。それで兵隊さんを怒らせちゃって……でも、シャロはこんなにも素晴らしいご主人様とお会いできて、とっても幸せです♡」

 

 先ほどグーラとレノによくしてもらった為か、奴隷商館の時よりも彼女の声が明るかった。

 いや、ていうか、さっきからすげぇグイグイ来るなこの娘。大きな目がキラキラしてる。言葉通り受け取るほどピュアじゃあないが、やっぱり可愛いロリには甘くなってしまう。

 まぁ元よりそのつもりだったが、彼女のやりたい事は全部叶えてあげたくなっていた。

 

「……そんな感じで、俺は冒険者をやってるんだ。冒険者って分かる? 迷宮に潜って、魔物と戦うんだけど」

 

 続いて俺の事を話すと、一瞬彼女の表情が固まった。

 

「銀細工の、冒険者……。普段から、魔物と戦っておられるのですか……?」

「そうだ。俺と皆の六人一党で」

「そうなんですか……?」

 

 冒険者の存在は知っているそうだが、ルクスリリア達も迷宮探索をしている事を聞くと、彼女は身を強張らせていた。

 

「そ、それは、皆さんが奴隷だから……ですか?」

「ん? それはどういう……」

 

 何を言ってるか分からず聞き返したその時、俺は彼女の言わんとしている事に思い至った。なるほど、シャーロットは俺が皆を強制で迷宮に行かせていると思ったのか。

 迷宮稼業の方針に関しては、普通の冒険者同様に一党の皆で話し合って決めている。当然として、誰も強制などしていない。

 

「強要はしてないよ。皆、色々あったからね。迷宮に潜って、強くなろうとしてるんだ」

「強く……」

 

 小さな呟き。赤髪の森人はダイニングにいる皆を見て、同じくリビングチェアに座っているルクスリリアに目を向けた。

 

「ご主人の言ってる事は本当ッスよ。こんな強ぇご主人がいるんスから、乗っからないと損ってなもんッス。アタシ元々小淫魔ッスけど、今は二個上の大淫魔相当ッスよ」

「小淫魔……!? そ、その魔力は……」

「そりゃ、戦いまくった成果ッスよ。多分、淫魔ん中ならアタシかなり上位の強さだと思うッス」

「戦ってきたん、ですね……」

 

 ルクスリリアの話を聞くと、シャロは考え込むように俯いていた。

 鑑みるに、彼女は迷宮に行きたくないのかもしれない。そりゃ普通に考えれば、まともな人ほど恐れて然るべき稼業だと思う。ソロ時代の俺も、異世界転移してチートがあったから遊び感覚で潜ってた訳で、何も持ってなかったら絶対ノーだ。

 ルクスリリアは元兵士で、エリーゼとグーラは生まれからして戦闘種族。イリハは冒険者への憧れと高貴な血への誇りがあって、レノは戦いが日常だった。俺を筆頭に、皆さん迷宮探索には意欲的だ。どだい我が一党は外れ者の集まりで、大なり小なり戦わなければ生き残れない境遇だったのである。

 強くなった方が生きやすいからと、強くなる事を強要すべきではないだろう。勿論、その事を念頭に置いた上で、俺達は彼女をお迎えしたのである。

 

「安心してほしい。君に迷宮に行くよう無理強いするつもりはないよ」

 

 シャーロットの今後について、個人的には迷宮で強化してから解放するのがベストだと思う。しかし、迷宮に行くのを怖がってる娘を無理やりに連れていくのはそれこそ可哀想だろう。

 ならば、別のプランを示せばいい。極力彼女の意思を尊重するが、こっちもこっちで未知を示す事くらいしていいはずだ。

 

「い、いえ……! シャロは迷宮に潜ります! お願いします、行かせてください!」

「えっ、おぅ……?」

 

 想像よりも大きな返事に、俺含め皆が面食らっていた。

 俺を見るシャロの瞳は、異常な程の熱を発していた。覚悟を決めたような、怒れる目をしていたのだ。

 それが如何な感情によるものなのか、今の俺には分からなかった。迷宮で役に立たなければ、捨てられると思ったのか。

 

「大丈夫だよ。迷宮潜れないからって奴隷商人に送り返すとかしないから。というか、俺は君をどうこうしようと思って買った訳じゃないんだ。君が望むなら、今すぐ解放してもいいと考えてる。ただ、解放後のシャロの安全を気にしているんだ」

「えっ……? 解放? そ、それは、なんで……」

「とにかく、君は焦らなくていいんだよ。どうしたいか、何をしたくないか。できれば、君の意思を知りたいんだ。それをできるだけ叶えるつもりでいる。理解できないかもしれないけど、俺はそういう男で、皆もそれを願ってくれてる」

「叶える、ですか……」

 

 俺の話を聞いたシャロは、半ばソファーに沈み込むように呆然としていた。

 変な話、俺達はシャロに望む事などなにも無いのだ。なら、正のロリコン心で彼女の幸せを願うのが俺の望みであり、同じような境遇の娘を救うのが皆の優しさなのである。

 やらない善よりやる偽善。中途半端な自覚はあるが、身の丈以上の大事を成すより幾分も現実的だろう。

 

「わかりました……。申し訳ありません。少し、考える時間をください……」

 

 そうして、シャロは表情を隠すようにして俯いた。

 静寂が過る。暖房魔道具の動作音がやけに響いた。

 そりゃ、いきなり「君の望みを叶えてやろう」と言われても困るだろう。それが自身を購入した主人の言葉なら、不信感を抱いて当然だ。

 それまで、少しずつ信用を得ていくしかないと思う。その間、弱い彼女の安全を守らないといけない。生じる隙は、極力小さくするべきだ。

 

「とりあえず食事にするのじゃ。お腹が空くと暗くなるからの。グーラ、温め手伝ってほしいのじゃ」

「お任せください」

 

 そこに、イリハが声を上げ、火炎マスターのグーラが続いた。

 確かに時間的にはお昼時である。何を決めるにしても、お腹が空いてりゃ良い考えは纏まらない。

 

「え、あッ……! シャロも手伝います……!」

 

 俯いていたシャーロットも立ち上がって、二人と共に台所へ向かった。

 広いリビング・ダイニングに黒剣一党の四人が残った。自然と、顔を見合わせる。

 

「全部が全部、嘘を吐いている感じはなかったッスね」

「ええ。けれど、影の大きさが垣間見えたわ……」

「わたしの時とは違う気がする。何となくだけど、もっと前向き……?」

「裏表とかは、そりゃあねって感じはあるよな」

 

 アレで賢そうな娘だ。彼女も彼女で、俺に気に入られようと必死なのではないだろうか。偏に自身の安全を確保する為に。

 とにかく、時間が必要な事は分かった。さっきも思ったが、信用を得る事から始めないとな。

 

「お皿をお持ちしました~。うおっ……!?」

 

 そこに、複数の皿を持ってきたシャーロットが戻ってきて、何もない場所で足をもつれさせた。そのまま、重力に従って倒れていく。

 反射だった。俺は武闘家系移動スキルと斥候歩法を併用し、倒れゆくシャロを抱っこした。盛大に舞い上がったお皿は、レノが【念力(サイコキネシス)】で停止させた。

 

「大丈夫か? 怪我はない?」

「へっ? あっ、申し訳ありません! とんだご無礼を……!」

 

 ご安全に、ゆっくりと立たせる。見たところ、怪我は無かったのでご安心だ。

 ピンと起立した彼女は顔を赤くしていた。

 

「あら……?」

 

 テーブルの方から、エリーゼの声が聞こえてきた。

 

「し、失礼しまひゅ……!」

 

 慌てたように、シャロはパタパタ駆けて行った。

 今のは、演技では無かった気がする。勘だけど。

 

 

 

〇

 

 

 

「そうじゃな。まず、この部屋の掃除をしてもらうのじゃ。掃除の仕方は習っておるかのぅ?」

「はい、お任せください!」

 

 昼食後、イリハの提案でシャロに仕事をさせてみる事にした。

 仕事といっても、そう難しいものじゃない。俺やエリーゼも参加する黒剣一党の大掃除だ。仕事を与えず放置するより、何かさせた方が気が楽だろう。

 で、させてみたのだが……。

 

「んしょ、んしょ……! ふぅ、あとは端っこをぉ痛っだぁあああッ!?」

 

 モップ掛け中に転倒。

 

「あぁっ! すみませんすみません! 今すぐ片付けまグボェ!?」

 

 窓拭き中に水の入ったバケツを蹴り、次いで水で滑って尻もちをつく。

 

「あれ? これどう使うんでしょうわぁああああ!」

 

 魔導コンロを誤動作させて、防寒マントの裾を焦がす等々……。

 ドジっ娘属性とまではいかずとも、シャロは普通に不器用だった。

 ひと通りの家事は奴隷商館で習ったそうだが、どうにも上手くいかないようだ。

 

「うぅ、すみません……」

「大丈夫だよ。ぶっちゃけ、【清潔】で何とでもなるし。ほいっとな」

「えっ……!? それじゃあ、シャロは何をすれば……」

 

 シャロのこの不器用さに関しては、わざとであるとは思えなかった。

 気張っているからミスってるというか、そんで気落ちしてまたミスと……。

 何となく、そこに彼女の本質の一端があるように思えた。

 

「いい時間だし。じゃあ、今から買い物に行こうか。シャロの服とか、春物の服も買っちゃおう」

「そうね。レノの春服も選ばないと」

「わ、私は荷物持ちを……」

「や、マスターは収納魔法が使える」

「えっ、えぇ……?」

 

 掃除や魔道具の点検をしていると、買い物に丁度いい時間になっていた。

 昨日のお鍋で食材けっこう使ったからな。シャロの服も買う必要があるし、帰る頃にはいい時間になるか。

 

「ついでにドワルフの店に行こう」

「ドワルフ、ですか? それは、どのようなお店なのでしょう?」

「武器工匠だよ」

「武器工匠……す、凄そうですね!」

 

 借家を出て、商店街でお買い物。その日に安かった食材を見て、イリハシェフが献立を考える。

 そのまま馴染みの服屋に行って、魔法でサイズ調整してくれる衣服を購入。王都ともなると、こういう服も売っているのだ。

 

 で、買い物終わったら転移神殿エリアに向かう。しばらく歩き、大きな建物の間に挟まっている小さな店に到着した。

 玄関扉の前、塗り直されたらしい綺麗な看板には“武器工匠のアダムス”と書いてあった。

 

「アダムス? アダムス……」

「武器工匠って読むんですよ」

「あ。はい。ありがとうございます、グーラ先輩!」

 

 看板を眺めていたシャーロットを引き連れ、馴染みの扉を潜る。

 すると、来客を知らせるベルが鳴って、奥から人の気配が近づいてきた。

 

「あー、どうもどうもイシグロの旦那。いつもお世話になってまさぁ。そろそろ来ると思ってたんで、用意してありますぜぇ」

 

 のっそり奥から姿を現したのは、相変わらずイケメンオーラを放射している森人青年だった。

 パブリック・イメージ・ドワーフみたいな森人、略してドワルフこと武器工匠のアダムスである。

 そんなイケメンの極みのような彼だが、この日はどうにも怠そうだった。

 

「凄い隈ですが、どうされたんですか? お仕事が立て込んでいるとか」

「あー、ちょっと趣味の研究をね?」

「研究?」

「ほら、前に旦那に描いてもらった銃あるでしょ? アレを再現してみたんでさぁ。フリントロック式とか言うやつ」

「えっ!? 造れちゃったんですか?」

「まぁな。でもありゃダメだ。誰が撃ってもロクな威力が出ねぇでやんの。アレなら弩の方がよっぽどマシだ……っと、こちらご注文の短剣でさぁ」

「ありがとうございます」

 

 世間話をしつつ、新しいアサシンナイフを確認する。匕首の形をしたソレは、注文通りの性能をしていた。

 受け取った剣の解説を受けたところで、俺は後ろにいるシャーロットを紹介する事にした。今後どうなるかは分からないが、お世話になる可能性もゼロではないからな。

 

「シャロ。この方は武器工匠のアダムスさん、挨拶して」

「あだ、へ……?」

 

 横にスライドしてシャロに挨拶を促すと、当の彼女はポカンとしていた。

 

「はぇっ……?」

 

 シャロの姿を見たドワルフも、何故かポカンとしていた。

 同じ表情の森人二人が見つめ合うと、場に謎の静寂が満ちた。

 

 あっ、ていうか、待て。今のこれ、かなり無神経だったかもしれない。

 これまで気にしていなかったが、流石に同族の奴隷を見せるのはヤバかったか。

 

 一歩、ドワルフは後ずさった。

 どうしようと慌てる俺。

 シャロは震える指を持ち上げ、そして……。

 

「アダムスッ! 生きてやがったかテメェ!」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 え?

 

 シャロの唇から飛び出た大声に、黒剣一党は各々驚愕と困惑で以て硬直した。

 石化めいてストップしてると、シャロは受付机に飛び乗って、尚も呆然としているドワルフの肩をバシバシ叩き出した。

 

「久しぶりだなぁオイ! そうかそうか! テメェは里出てっちまったもんな! そりゃ生きてるか! しかもなんだ、生意気に武器工匠なんて名乗りやがって! てか武器工匠って何だ! 偉いのか!?」

「あ、姐御(あねご)……!? 一体全体、何がどうなって……」

 

 対し、ドワルフの口からも衝撃的なお言葉。ダブルびっくりで脳が追い付いてない、姐御とは……?

 

「あの、二人は知りあ……」

「いやぁ良かった良かった! 坊(ぼん)が生きてたんなら話が早いな! お前、アタイと子供作れ! 儲けてんだろ? ガキの一人や二人余裕で養えるよな?」

「はっ!? 子供? 姐御、さっきから何でぇ……?」

 

 二人の関係を訊こうとしたら、テンションの高いシャロの勢いによって遮られてしまった。

 さっきまでのロリロリしい言葉遣いはどこへやら、彼女は実に上機嫌そうに耳をピコピコやって舌を回していた。

 一同、ポカンである。いや、今でもポカンとなってるのは俺とグーラとレノくらいで、リリィ&エリーゼ&イリハは「あー」と納得したような顔になっていた。

 

「後継者ぁどうしようかと思ってたら、坊が残ってンなら安心だ! ぶっちゃけ全然好みじゃねぇが、選り好みする訳にもいかねぇやな! 坊もこのままケナズの血が途絶えるってなりゃ流石にひと肌脱いでくれるよな? いや脱ぐのは肌じゃなくて服か! ギャハハハハッ!」

「え、ちょっ! はぁッ!? 待て待て待て、どうなってる? 血が途絶えるって、どういう事です? 里長、まだまだ現役だったでしょう!?」

「おっ死んじまったよ! だから家(うち)のルーン持ってんのアタイだけなんだ! 坊としても厳しいだろうが、そこは王都のなんかスゲー媚薬とかで上手いこと勃たせてくれよな! 此処は一つ、奉公だと思ってアタイと子作りしちゃあくれねぇか? したら、アタイは……!」

「だ、ダメだこりゃ……。えっと、旦那からは何も聞いてねぇのかい?」

「旦那? いや旦那はお前……あんっ!?」

 

 瞬間、ピコピコしてたエルフ耳が固まった。

 ギギギ……と、油の切れた人形のように振り向いてくる。

 そして、目が合った。

 

「えーっと、二人は知り合いで?」

「まぁそうなりやす……。何も、聞いてねぇんですね。はぁ……」

 

 固まるシャーロットに代わり、ドワルフは頭痛を耐えるように返答した。

 

「シャーロット・ケナズ・ルーニア。あっしの家が仕えてた里長……そこの娘っすわ。なんか、色々あったみてぇだが……」

 

 ゆっくりと、この場にいる全員の視線が受付机に乗っかってるシャロに集まっていく。

 汗をダラダラ噴出し、大きな瞳をグルグルさせ、全身をガクガク震わせるシャーロット。

 それから、俺と目が合った彼女は……。

 

「しゃ、シャロ、きおくそーしつなっちゃったぁ♡」

 

 精一杯の媚びを売ってきた。

 いや媚びなのか? これ。

 

「年齢(とし)ぃ考えなよ、姐御……」

 

 アダムスは顔を覆った。

 シャーロットは慙愧に堪えぬとばかりに赤面した。

 

 うん、まぁ……怒ってもないし、騙されたとも思ってないよ。最初から、年齢不詳って聞いてたしね。

 生麺焼きそばも、カップ焼きそばも好きだよ、俺は。

 問題はそこじゃなくて。

 

「なんか、込み入った事情がありそうですね……」

 

 できれば、色々と説明して欲しいとは思う。

 困ってるなら、助けになりたいし。

 その気持ちに変わりはないのだ。




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 115話「炉利魂のカンパネラ」で言及あった設定が出てきた感じですね。
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