【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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炉鉄城

 結論から言うと、シャーロットは記憶喪失ではなかった。

 そして、彼女の過去は俺の想像以上にお辛かった。

 話の途中、感情移入したグーラが泣いちゃったくらいに。

 

 本名、シャーロット・ケナズ・ルーニア。

 ルーンを継いでるケナズさん家のシャーロットちゃん。

 遠く上森人王家の血を引くお嬢様である。

 

 この異世界、苗字持ちは希少である。また、三つもあれば賤しからぬ身分が証明される程度には貴重な要素でもある。

 そんな彼女が奴隷身分になったのは、突如として里を襲った魔物災害によるものだった。

 

 冬のある日、人里離れた故郷に強力な魔物が現れて、抵抗虚しく家や人は無残に焼き払われた。

 里長の娘であったシャーロットは、家人の助けもあって何とかその場を逃げる事ができたが、件の魔物は逃げる彼女を執拗に追いかけてきたのである。

 その際、忠誠心に厚い家人達はシャーロット一人を逃がす為に決死の特攻を仕掛け、次々と灰になったという。

 

 万事休すとなった時、一矢報いんと戦う覚悟を決めたシャーロットに、側近の魔導士が半ば強引に彼女のルーンと魔力を封印し、流れの速い川に突き落としてきたそうだ。

 戦う力を奪われ、川に流され、結果的にはそのお陰で逃げ切れたそうだ。例の魔物は、ルーンを失ったシャーロットを見失ったのである。

 

 しかし、生き残った先が楽園(パラダイス)とは限らない。命からがら助かったのも束の間、シャーロットは山賊に捕まってしまったらしい。

 檻に入れられて、物のように運ばれて、何処かの町に到着した。けれどもそこで腐る事なく、シャーロットは隠し持っていた針金を使って脱走に成功したそうだ。

 そうして、シャーロットはストリートチルドレン……いやチルドレンかどうか曖昧だが、ともかく浮浪の身になったのである。

 

 最初に、然るべき機関に魔物被害の報告をしようとしたそうだが、その町に冒険者ギルドは無く、衛兵に言ってみても新手の物乞いと思われて話を聞いてくれなかったという。首に下げていた里長の証は、金目の物として山賊に取られていたのだ。

 また、町にはシャーロット以外の浮浪者もいたので、安心して休む事もできなかった。そもそも、シャーロットは温室育ちのお嬢様だ。従者のいない浮浪生活は、あまりにも過酷だった。

 

 曰く、当時のシャーロットの精神はかなり荒んでいたらしい。

 故郷を焼かれ、山賊に捕まり、気付けば知らない町で浮浪生活。この状況で冷静に立ち回れる奴など、いようものか。

 

 結局、彼女は生きる為に物を盗むようになった。

 最初は露天の食物を盗み食いしていたそうだが、次第に武器や貴金属類にまで手をつけていった。

 何と、シャーロットには盗みの才能があったのだ。

 

 この技術を使って、生き延びる。そう思っていたシャーロットだったが、そんな生活が長く続く訳もなく、衛兵に追われた彼女はすぐに捕まってしまった。

 罪人に口無しというべきか。ケナズの名も、魔物被害についても、誰も彼女の話を聞いてくれなかったらしい。

 結果、シャーロットは刑罰として農奴になる事が決まった。

 

 そんなこんな荒れていたシャーロットだったが、奴隷倉庫で待機している間に冷静さを取り戻したそうだ。

 目標を立て、計画を考え、決意し心に留め置いた。彼女のやるべき事は、大きく分けて二つ。ルーンの継承と、件の魔物への復讐だった。

 

「あいつは、何があってもアタイが殺してやる……! そうしねぇといけねぇんだ……!」

 

 そう云った時の彼女は、ドワルフと再会した時と真逆の濁った瞳をしていた。

 何十年、何百年かかっても成し遂げてやるのだと、森人らしく長いスパンで計画を練っていた。

 そうしないと、精神を保てなかったのかもしれない。

 

 暫く後、農場に運ばれる寸前のシャーロットの前にストゥア商会の者が来て、何故か彼女を買い取っていった。

 訳も分からず別の館に移され、奴隷商人・クリシュトーに会い、何故買い取られたかの説明を受けた。

 奴隷商人に曰く、王都には好んで子供を買う主人がいる、と。だからお前を買い取ったのだと。そいつは、イシグロ・リキタカという銀細工持ち冒険者らしい。

 俺だった。

 

 イシグロという男は、当代最優の冒険者との呼び声高い英雄候補であるらしい。

 それに加えて、彼は買い手のつかない少女奴隷を購入し、ただ保護するだけではなく己の身を守れるよう鍛えているらしい。

 あまつさえ、強力な武器まで与えている……らしい。

 

 この時、シャーロットは「これだ!」と思ったそうだ。

 ようやく運が回ってきた、と。

 

 運命を感じたシャーロットは、まずイシグロ何某に気に入られるよう立ち回った。

 記憶喪失のフリをして、自身を子供だと偽った。元より読み書き計算等は出来たが、あえて熱心に奴隷教育を受けてみせた。幼気(いたいけ)な奴隷風の礼儀作法を身につけ、とにかく健気に見えるよう演技の練習もしていたそうだ。

 購入された後は他の奴隷同様に強くしてもらって、解放後に何とか子供を作り、その血に宿るルーン技術を伝授する。

 それから、復讐するつもりなのだ。

 そう、そのつもりだったらしいが……。

 

「で、媚びまくってたんですかい」

「あぁそうだよ! 媚びに媚びてたよ! どうすれば良いか分からなかったからな! やったんだよ、必死に! その結果がコレさ! 里の子供等思い出して、健気で利口なガキぃ演じて、バレたからこうして酒に逃げてる! これ以上何をどうしろってんだ! コンチキショー!」

 

 語気強く言い放ち、酒気を帯びて顔を赤くしたシャーロットは樽ジョッキに入っていたビールを一気飲みした。

 グビグビ呑んで、バァン! と叩きつける。完全に厄介酔漢のソレであるが、王都じゃよくいる類いの輩なので珍しくも何ともない。

 言っちゃアレだが、シャーロットの演技は割とボロかったように思う。早晩バレてたと思うよ、俺は。

 

 夜、西区にある大衆酒場で、ドワルフを含めた俺達は彼女の経緯を聞いていた。酒が好きとの事だったので、望むまま注文して。

 ちなみに、此処に来るまでにシャーロットにはエリーゼのチートヒールをぶちかまし済みである。その結果、心身共に全快したシャーロットは現在の呑兵衛おっさんロリに進化したのである。ついでに肩こりと腰痛も治ったそうな。

 

「なるほど、そういう事情があったんじゃな。頑張ったのぅ、ほんに」

「ん、偉い偉い……」

「レモンしゃぶるッスよ~」

「うぅ、優しいなぁお前ら……! んちゅぅうううう……!」

 

 酔っ払いムーブをするシャーロットを、聞き上手の三人が相手している。

 狐っ娘のバブみに中てられたか、シャーロットはされるがままレモンにしゃぶりついていた。彼女の前にはビールだけでなく様々な種類の酒が置かれている。火酒に清酒に果実酒、ドワーフ流のメガちゃんぽんだ。

 

「はぁ……にしても、そっか。無くなっちまったんだな。全部……」

 

 かつての主から故郷が無くなった事を聞かされたアダムスは、ロックグラスに入ったウイスキーを舐めるようにして呑んだ。カランと、大きな氷が音を立てる。

 

「アダムスさん……」

「あー、いいんですいいんです。あっしの事ぁ気にせんでくだせぇ。元々、あっしぁ里の空気が嫌で出てったクチでさぁ。実家にも、かれこれ魔王戦争からこっち帰ってねぇんで……」

 

 シャーロットとは今日が初対面だが、何だかんだアダムスとは二年近い付き合いがある。お互いの過去を詮索した事こそないが、世間話の一つや二つは経験済みだ。

 話によると、彼は約二千年前の魔王戦争に従軍鍛冶師として参戦し、その時の経験を活かしてラリスで工匠になるべく頑張ってきたそうだ。

 最初は刀剣類専門の剣工匠。それから少しずつキャリアアップを重ね、今や武器全般のエキスパートである武器工匠の座まで上り詰めたのである。

 

「なんか、今の里はもっぱら皿とか酒器とか作ってるらしいんすわ。そんで、まぁ……あーやっぱ出て良かったなって、思っちまった。技とかその辺の貴賎って話じゃあねぇよ? ただ、あっしぁ剣とか槍のが好きで、それ以外じゃ満足できねぇんでさ。我ながら冷てぇ事に、だからか故郷が消えても悲しくねぇんだ……」

 

 里を出た事に未練はない。ショックはあるが、悲しみはない。それでも、何も思わない訳でもないのだろう。

 皮肉げに笑むアダムスの瞳には、複雑な感情が渦巻いているようだった。

 

 曰く、ドワルフにはルーンなるものの才能は無かったそうで、そういう意味でも里を出る事に未練は無かったのだろう。

 ていうか、ルーンについてまだ詳しく説明されて無いんだよな。聞ける雰囲気じゃないので黙っているが。

 

「そんで、どうするんです? 復讐とか何とかの話はよ」

「あぁん?」

 

 一杯目のウイスキーを呑み終えたアダムスが、五杯目のビールを呑んでゲップをかましてるシャーロットに向かって問うた。

 問われた方の赤髪森人ロリババアは、運ばれてきた生ハムを口に放り込みながら云った。

 

「ンなもん、失敗だぁ失敗。何もかんも終わりだよ。雇い主にゃアタイの本性バレちまったし、もうどうしようもねぇ。だから、こうして死ぬ前にシコタマ飲み食いしてンだ」

 

 誰憚る事なくぶっちゃけるシャーロットは、完全に捨て鉢になっていた。アダムス用に運ばれてきたブランデーを引ったくり、あろうことか一気飲みなどしている。

 そんな元上司の醜態を、アダムスは何ともいえない顔をして見ていた。

 

「言っときますがね、あっしぁ姐御と子供作るなんてマッピラ御免ですぜ。どだい姐御相手じゃ勃つもんも勃たねぇや」

「はんっ、アタイだって御免だね! 誰が好き好んでテメェみてぇなヒョロガリに股なんざ開くか!」

「ひでぇ事言いやがる。それ以前に、復讐なんて上手くいく訳ないでしょう。いくらド田舎っつっても、ラリスとは直の取引があったんだ。遅かれ早かれ奴さん等ぁ調査に動くし、そんで見つかりゃ在野の銀か金細工が出張る。したらそこでお終ェだ。んな危なっかしい魔物、ラリスが見逃す訳ねぇでしょう」

「分かってんだよンな事ぁよ! でも、見つからねぇかもしれねぇだろ! それまで生き残っててくれりゃいい! アタイだって上森人の血ぃ継いでるンだ! ちょちょっと潜ればすぐ殺れるようになる!」

「阿呆抜かしてんじゃあねぇぜ。あんなぁ姐御、迷宮行った事ねぇ奴ぁ知らねぇかもしれねぇが……」

 

 そのまま、旧知の元主従は喧々諤々の口喧嘩を開始した。

 シャーロットの主張には、やはりというか穴があった。魔物への復讐に取り憑かれて、その実現可能性から目を背けているように思える。

 対して、ドワルフは冷静だった。冷静に、「復讐なんか無駄だから止めろ」と言っている。確かに、放っておいてもラリスが対処する問題なのだろう。淡々と、粛々と、シャーロットの心を置き去りにして。

 

「どう? 見つかった?」

「いいえ、どうにも全ての特徴と一致するものは……」

「特異個体って説が有力ね……」

 

 その間、俺は皆と相談し、彼女の復讐の実現可能性を検討していた。

 首を突っ込むかどうかを決める為に。

 

「つっても、なんかそんな強そうじゃないッスよね。上位の奴なら、もっと攻撃範囲デカいと思うッスし」

「一発で里燃やせないあたり、せいぜい中位程度かのぅ。上位にもなると天気変えたりするのも珍しくないのじゃ」

「や、破壊規模だけで決めつけるのは良くない。でも、そうじゃない魔物にこの一党が負けるとは思えない。今のところ、然程リスクは高くないと思う」

「シャーロットが逃げ切れたのを鑑みるに、足も遅いですよね。矢が通らなかったと言ってましたから、防御特化でしょうか?」

「炎を使うって判っているのだから、然るべき対策をすれば楽に狩れるでしょうね」

「油断するのは良くないけど、まぁ殺れない敵じゃ無いとは俺も思う。そもそもコレを上に伝えないのは不誠実だし、早くしないと先越されちゃいそうな」

 

 古今東西の魔物図鑑で、シャーロットの言う“炎纏う魔物”の正体を探る。

 そうして暫く検討した結果、当座の黒剣一党の方針は決まった。

 

「里長が勝てなかった相手に姐御が勝てる訳ねぇでしょう? そもそも、ただでさえ戦闘向きじゃねぇルーンまで失くしてる姐御がどうして戦えるって言うんでぇ? そういうのは元々身体が強ぇ奴が言うもんですぜ」

「テメェこそヒョロガリのクソザコだろうが! それに、アタイは杖術と短剣術を修めてる! 途中で投げ出した泣き虫坊と違ってな!」

「あっし、元鋼鉄札で~す! この渡世、弱ぇ工匠が生き残れるほど甘くぁねぇんでぇ!」

「嘘吐け! 仮にそれがホントだったとして、ンならそれこそアタイができねぇ訳がねぇだろ! 強くなれりゃ、アタイだって……!」

「では、倒しに行きましょうか。一緒に」

「「……はぁ?」」

 

 彼等の言い合いに割り込むと、二対の視線が注がれた。シャロだけでなく、アダムスからも強い眼光が飛んでくる。

 彼女の話を聞き、彼女の願望を知り、その上で決断した。復讐を諦めさせるのではなく、黒剣一党は彼女の個人的復讐を手伝おうと思う。

 俺を篭絡し、土台を整えて復讐を完遂する遠大な計画。シャーロットは失敗だと思ってるようだが、実のところその成否は関係ない。出来ると踏んだから、じゃあやろうかとなったのである。

 

「そりゃ、旦那が出張るんなら殺れるでしょうが……」

「やるなら早くした方がいいかと。次の被害が出る前に」

「おいおい、アタイが言うのも変な話だが、いくら強いったって人間のお前さんが勝てる相手じゃねぇよ。実際、父ちゃんは……」

「シャーロットさんのお父上が如何ほどかは存じませんが、冒険者は対魔物戦が本領です。お話を伺った感じ、勝てない相手では無いなと判断致しました。当然、油断するつもりはありません」

「言っとくがな、姐御。旦那ぁ里長よりずっと強ぇぜ。何なら、ルーンの始祖より上かもしれねぇ」

「いやでも、アタイはお前さんに何も……」

「大丈夫です。お任せください」

 

 ここで、シャーロットが遭遇した魔物の情報をまとめておく。

 そいつは全身に炎を纏っていて、その身体には剣も矢も届かなかったそうだ。また、人の首を斬れるくらい鋭利な爪を持っていたらしい。

 おまけに、魔力か何かの感知能力に優れ、逃げるシャーロットを執拗に追いかけ回してきた。ついでに足も遅いものと思われる。

 

 それら全てに該当する魔物は見つからなかったが、一部要素を持つ魔物ならいくつか該当する魔物がいた。

 恐らく、その特異個体バージョンではないかと推測できたのである。その候補なら、普通に討伐経験があった。

 

 これまた図書館情報になるが、迷宮外に出現した主級の魔物は時たま特殊な個体になるケースがあるらしい。

 特異個体。それは、元になった魔物から順当に進化する魔物だそうだ。知能が発達したり、本来ない筈の力を手に入れたり、環境に適応したり。要するに、狩りゲー界隈における亜種とか堕天種とかその辺かなぁと。

 それなら、勝てない相手じゃない。

 

「それに、シャーロットさんが持つ情報はすぐにでも然るべき人に伝えねばならないと存じます。窃盗の罪で奴隷身分にこそなっていますが、情状酌量の余地はあると思います。当座の保証人ならアダムスさんが居ますし、顔見知りの商人がいらっしゃればシャーロットさんの身分を保証して下さるかと」

 

 推測になるが、シャーロットの里で起きた事件について、時系列的に今現在調査が始まったかどうかって段階と思われる。

 そこにシャーロットさんの情報は万金に値するはずだ。逆に、何も言わないのは人類全体への裏切りと見做される可能性がある。

 

「つってもよ、アタイは奴隷で、お前は銀細工だろ。ルーンも証も失ったアタイの言葉なんか、誰が信じてくれんだよ……」

「それも大丈夫です」

 

 衛兵に無視された経験からか、シャーロットはかなり人間不信になっているようだ。

 しかし、そこに関してはハッキリ「大丈夫」と言える根拠があった。

 

「私には、アリエル様とのツテがございます。ギルドにも、それなりに深い繋がりを持っていますので」

「……え? はっ!? アリエルってお前、あのアリエルか?」

「はい。確か二つ名は、“翡翠魔弓”のアリエル……だったかと。恐らく、そのアリエル様です」

「マジかよ……」

「あー、そういやぁ、旦那ぁ止まり木協会に寄付とかしてたっけか」

「そういうつもりで寄付をした訳ではなかったんですけどね。ともかく、会えるかどうかは分かりませんが、お手紙くらいは届けてくれるのでは、と」

「そ、それじゃあ、アタイの復讐は……」

「勿論、お手伝いしますよ。シャーロットさんの希望通り、一党(うち)のやり方で鍛えましょう」

「本当か……!」

 

 一瞬、希望を見出したような表情を浮かべたシャーロットだったが、すぐに意気消沈したように顔を伏せてしまった。

 さっきまでの口喧嘩の勢いはどこへやら、灰色の瞳が上目遣いに俺を見てくる。

 

「いやでもよぉ……ナリはこんなでも、アタイ子供じゃあねぇよ? これじゃ、お前さんの流儀に反してるだろ……」

 

 イシグロ・リキタカという冒険者は、子供を買い取って自立できるよう鍛えているのだと聞いたそうだ。それで言うと、ロリではない自分はその対象ではないと考えたのか。

 だが、俺視点は無問題だ。むしろウェルカムである。何故なら、シャーロットはロリだからだ。

 

 彼女はロリだ。私がそう判断した。

 シャーロットはロリババアで、つまりはロリである。異論は受け付けない。身体の大きさではない、魂がロリなのだ。不安定に揺れるその心にこそ、拙者は彼女の中に“ロリ”を見た。

 ロリならば、助けない理由がないのである。

 

「大丈夫です」

「え……?」

 

 故郷を失った少女を安心させるように、俺はにっこり笑いかけた。

 そもそも、シャーロットは知らないようだ。エリーゼもイリハも、普通に百歳超えてるのである。そうとくりゃ千歳も二千歳も変わらんよって話で。

 

「いやだから、アタイはお前さんを利用してやろうと……」

「屋敷でお伝えした事を覚えていますか? 今も、その気持ちは変わってませんよ」

「お、おぅ……」

 

 言うと、シャーロットは赤くなった顔を隠すように樽ジョッキに口を付けた。

 照れてる、可愛いね。屋敷で気づいたのだが、ああも明け透けにモノを言うシャーロットだが、その実かなりの初心である。

 そして、ルクスリリアが言っていた。このロリババア、処女である。淫魔の前には全てがスケスケなのだ。

 

 そもそも、最悪やれずとも良いのだ、この計画は。

 上への報告について、さっきはアリエルさんを出した訳だが、他にも俺には第三王子との繋がりがあるのだ。協力を申し出れば、上手く計らってくれるに違いない。彼については、そういう信頼はある。

 

「とはいえ、当然シャーロットさん自身にも相応の危険が伴います。強要はしません。アダムスさんではありませんが、全部私達に任せるというのも選択肢の一つだと思います」

「なっ? なんだよ、それ……! そんなの、お前が損するだけじゃあねぇか!」

 

 俺かラリスか、ほっといても復讐対象が討伐されるのはほぼ確定である。話を聞いた以上、俺から情報が漏れるのもまた確定だ。

 そこに飛び込むかどうか。その選択だけは、彼女が下さなくてはならない。

 元より、死ぬ覚悟自体はできているのだろう。それに加えて、俺達を巻き込む罪悪感を呑み込めるかどうかだ。

 

「……ああ。ちくしょう、なんて男だ。お前さんは」

 

 ビールを空にし、杯を置く。

 そして、赤髪の少女は卓に手のひらを突き、頭を垂れてみせた。

 真紅の髪がはらりと落ちる。

 

「……頼む、アタイに協力してくれ! アタイに仇を取らせてくれ! この借りは、一生かかっても返すから!」

 

 一世一代、そんな意気の籠った懇願だった。

 彼女は、諸々の罪悪を呑みこんでいる。シャーロットは、世間知らずなロリでもなければ、青さを失ったババアでもない。

 まさしく、ロリババアであった。

 

「それを聞きたかった」

 

 これにて、方針は決定された。

 復讐の為、彼女を強化する。実際にトドメを刺せずとも、参戦する事に意味があるはずだ。

 復讐を止めるのが真の優しさとは思わない。復讐に加担するのが悪だとも思っていない。ただ、どうあれ彼女の心は晴らすべきだ。

 復讐は無意味だと宣う奴は、それは余程の幸せ者である。

 

「へっへっへっ! なら、あっしも手伝いましょうかねぇ!」

 

 そこに、旧知の仲からの援護射撃。

 ドンと杯を置いて、ドワルフはいつも通りの快活そうな声を発した。

 

「姐御の武器は、このアダムスが責任持って組んでみせやしょう。安心しな。姐御相手に金ぁ取らねぇよ」

(ぼん)、テメェは反対してたんじゃ……」

「なに、旦那がいるなら問題ねぇさ。あっしが反対してたのは、姐御が一人で死にに行く事だからな」

「そうか。ああ、すまねぇ……」

「いいって事よ……。だから、子供については勘弁してくれよな!」

「あっ、テメェ! それが本音だろ!」

「さぁどうだか? どのみち姐御ぁあっしにゃ勿体ねぇや」

「皮肉か? おん!?」

 

 わざとらしく巫山戯てみせて、あえて乗ったシャーロットがわちゃわちゃと騒ぎ出す。

 タイミングよく、そこに注文していた料理が届いた。

 

「まぁ今は呑みなさいな。戦う前の休息は、どんな戦士にも不可欠よ」

「あぁ、呑むともよ! にしても、此処のは良い酒ばっかだな! アテも美味ぇの何の!」

「故郷じゃあ肉なんてそうそう食えなかったからなぁ……」

「そういえば、王都来たことあるんスか?」

「何回かな。来る度に建ってるモンが違ぇが、お城はいつも同じだな。むしろ、見る度に頑丈になってる雰囲気だ」

 

 それから、俺達は一切の気兼ねなく飲み会を楽しんだ。

 ドワルフも混ざってどんちゃん騒ぎ。何気に、こんな冒険者らしい呑み方したの初めてかもしれない。前に同業者だけでやった時も、何気にずっと周囲警戒してたしな。

 

「な、なぁ……」

「はい」

 

 呑みに呑んで、店の喧噪が無くなりかけた頃、ちょっぴり大人しくなったシャロが俺の近くに寄ってきた。

 

「その……アタイの事ぁ、またシャロって呼んでくれよ。他人行儀も止めてくれねぇか……?」

 

 顔が赤い。こうもなると、酒によるものか否か判断できなかった。あるいは、あえて酔ってみせたのか。

 正しく酒の力を借りたのだ。彼女なりの歩み寄りに、俺も応えようと思う。

 

「わかった。これからよろしく、シャロ」

「ああ。えっと、亭主殿(ていしゅどの)……!」

 

 その時、彼女は初めて屈託のない笑顔を見せてくれた。

 きっと、これが素の笑顔なのだろう。

 

 やはり、ロリには笑顔が一番だ。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、あっしはこれで。姐御がなに使うか決めたら店に来てくれや」

 

 あれから数軒ハシゴして、ドワルフは自宅へ帰って行った。

 元々寝不足だったところ、早く帰って体調を整えるそうだ。偏に、シャロに最高の武器を用意する為に。

 そして、借家への帰り道……。

 

「ヴォエエエエエエエッ!」

 

 当のシャロは体調を崩していた。

 透き通るほど綺麗な水路に、麗しい美少女の口から虹色に輝くモノ(マンガ的表現)が放出されている。

 呑み過ぎである。

 

「お、おかしい……アタイはもっと酒ぇ呑めたはずだ。なのに何で……うっ、ぷ……ヤベェもう一回やっちまうかも!」

「もう若くないんじゃよ」

「いやアタイの祖父は上森人だから普通の森人とは違……あっ、ちょっと出る! うぉえぇぇぇ……!」

「ん、聖水飲む」

「あ、あんがとよ、天使の嬢ちゃん……」

「や、わたしはレノ。こっちは天狐のイリハ」

「自己紹介はしたろうに、覚えてないようじゃな」

「すまねぇ歳取ると人の名前が……うっ」

「おぅ吐け吐け。吐けば楽になるからのぅ」

 

 ああも呑めば、こうもなろう。なんせハシゴ中ずっとメガちゃんぽんしてたのである。

 そのお陰で、シャロからは故郷の事などを聞かせてもらえた訳だが。

 

 彼女の故郷――ケナズの里は、ルーンという異能を継承してきた一族の住まう場所だったそうだ。

 ケナズの里はルーン彫刻という技術を使って生計を立てていた。シャーロットは里長の娘で、技術を身につけてから彫刻士や細工師として働いていたらしい。

 ルーン彫刻……どっかで聞いたワードと思っていたが、途中ドワルフが教えてくれた。既に廃れた古代技術で、血統に頼り過ぎててこれ以上の発展性がない技術であると。

 

 余談だが、森人とドワーフの間には異世界的美男美女が生まれやすいらしい。

 女子の場合、静謐な森人の美貌とドワーフの豊満さが合わさり最強のムチムチ長身美女が生まれるそうだ。男子の場合はムキムキ長身色男である。

 実際、里長一家は美男美女の巣窟だったそうな。

 

 だが、そこに貧乳チビが生まれてきた。誰あろう、シャーロットその人である。

 案の定、適齢期を過ぎた彼女には浮いた話がひとつも無かったという。

 

 幸いシャロには兄がいたので、ケナズ家の跡取りには困らなかったし、優しい両親は彼女の望まない婚姻をさせようとしなかったそうだ。

 しかし、である。自由恋愛が許されても、自由に恋愛できる訳ではないのが悲しいところ。モテない彼女はルーン彫刻にどっぷり浸かり、腕前だけなら里一番の彫刻師になっていたと。

 それでも、そんな故郷を、シャーロットは愛していたのである。

 

「も、もう吐けねぇ……! でも気持ち悪い……! おぇ、うぉえ……!」

「あれ、治した方がいいかしら?」

「したら酔いも冷めちゃうからなぁ」

 

 そして、全てを失ったのだ。塞ぎ込んでも仕方ないと思った。

 一時的でも酒で忘れられるなら、眠りにつくまでそのままでいいだろう。呑まないと眠れない夜だってある。鮮明な夜は、今の彼女にはあまりに酷だ。

 

「イリハ、任せていい?」

「うむ、任せるのじゃ。これでも酔っ払い女の介抱は慣れておるからのぅ。ほれ、おぶってやるのじゃ」

「す、すまねぇ……」

 

 そうして、何とか借家に帰り、さっと風呂に入れ、終いにゃ歯磨きもしてもらって……。

 

「ぐがー、んごー」

 

 酔いに身を任せるように、彼女は眠りの世界へ旅立った。

 大口を開けつつヨダレを垂らし、ついでにボリボリ腹を搔いている。凄まじいおっさんムーブだ。

 素晴らしい。「ナイスですね」と言って差し上げますわ。

 

「エリーゼ、回復してあげて」

「ええ」

 

 と、寝ているところにチートヒール。これで熟睡できるはずだ。加えて、精神系の状態異常も治せるので悪夢に悩まされる事もないだろう。

 途中、起きた時に不安にならないように同じく精神系状態異常用と入眠用の魔法薬も置いておこう。水差しにレノの聖水を入れて、置手紙と魔導ランタンもセット。最後に毛布をかけて……これでいいだろう。

 

「ご主人、今が好機ッス。寝てる間に抱いとくッスよ」

「可哀想なのは抜けない」

「あら、意気地がないのね? アナタ……」

「そういう問題でしょうか」

 

 流石に、立場を盾に彼女をどうこうしようとは思わない。

 それこそ、俺の心臓がサイコガンされてしまう。それは俺のロリコン道に反する行いである。

 

 ラリスと協力し、獲物を見つける。彼女を鍛え、魔物を討伐する。

 そうして初めて、彼女は新たな人生を始められるのである。

 自ら踏み入った茨の道を、手を引いて先導しようというのだ。

 マトモじゃないが、元より俺も異世界もマトモじゃないのである。

 

「おやすみ……」

 

 ともかく、今はゆっくり休んでほしいと思う。

 願わくば、良い夢を見れますように。

 

 音を立てぬよう、俺は扉を閉めるのであった。




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 シャーロットからのイシグロの呼び方、「旦那」はドワルフと被るし、「旦那様」はどこぞの家政婦みたいだし、「大将」はちょっとオッサン過ぎる気するしで、色々迷った結果「亭主殿」になりました。
 ルーンについてはそのうち。
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