【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で楽しく執筆できております。
 誤字報告もありがとうございます。いつも助かってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称です。
 よろしくお願いします。


ファニースロリーム

 人類史上最古の街にして、世界最大の都市――ラリス王国は王都アレクシスト。

 東西南北に分けられた都の中心には、四方を隔てる城壁によって守護された一等特別な区画があった。

 即ち、王都中央区である。

 

 ラリス王城の城下町である中央区は、他区と比してなお洗練された街並みをしていた。

 世界中から聡明叡智の賢者が集められた倫叡塔。古今東西の魔術や異能を研究する魔導院。対災厄本部である天文台。

 それらを擁する王都の中央こそ、まさしく世界の中心であった。

 

 当然、そこに居を構えられるのは、単なる資産家などではあり得ない。

 富、名声、力。それら全てを兼ね備えた真の実力者のみが、世界の中枢に足を踏み入れる事を許されるのだ。

 

 

 

 王都中央区、住宅街。

 強固な魔術刻印の施された塀の中に、近代ラリス建築で建てられた白亜の屋敷があった。

 重厚な造りの門には止まり木で休む鳥のレリーフが彫り込まれており、この建築物が如何なるものであるかを明瞭に示していた。

 ラリス王家公認の孤児救済組織。止まり木同盟および協会本部である。

 

 屋敷の最奥。昼の陽光が差し込む浴室のバスタブで、一人の上森人女性がくつろいでいた。

 長く艶やかな金髪は結い上げられ、白く透き通った肌は降り積もった初雪の様。しなやかな脚が組み替えられると、泡に塗れたつま先から一滴の雫が肌を滑る。その軌道は、非の打ちどころがない脚線美を描いていた。

 笹の葉のような耳が揺れ、翡翠の瞳が開かれる。やがて、完璧な形の唇が、僅か震えた。

 

「ちかれた……」

 

 圏外戦帰りの声は、当然のように疲労感に満ちていた。

 それでも、その森人――否、上森人王の血を継ぐ麗人、“翡翠魔弓”のアリエルはあまりにも美し過ぎる女性だった。

 現実感が無いくらい美人過ぎて、誰も彼女に懸想しないくらい。

 

「ふぅ……」

 

 細い嘆息を吐き切って、静謐なる上森人はバスタブを出た。

 魔法で出した湯で花の香りのする泡を落とすと、そのまま自身に【清潔】を掛けて水気を拭う。それから結っていた髪を解き、櫛を通して香油を塗っていく。

 本来ならば従者のやるべき事を、アリエルはあえて自分で行っていた。実のところ、他人に世話をされるとちょっぴり気疲れしちゃう性分なので、たまにはこうして一人の時間を満喫しているのである。

 

「よし……っと」

 

 そうして用意してあった服を着る頃になると、疲れ気味だった上森人はいつもの翡翠魔弓に戻った。

 気を抜いて良いのはここまで。いつ襲撃されても対処できるように武装も整える。常在戦場の心構えは、ラリス金細工のたしなみであった。

 

「待たせたな」

「いいえ、とんでもございません」

 

 脱衣室を抜けると、扉の前で控えていた森人女性が風呂上りのアリエルに一礼した。

 灰白色の髪が落ち、揺れた銀細工の鎖が小さな音を鳴らした。彼女の名はネフリティス。王都におけるアリエルの付き人であり、止まり木同盟最古参の同志である。

 その胸は豊満であった。

 

「本日はこれからどうなさいますか? 前は東区の協会に向かわれていましたが」

「それもいいが、まず机仕事をやっつけよう。そうしないと、休むに休めん」

「かしこまりました。用意はできております」

 

 掃除の行き届いた廊下を、屋敷の主であるアリエルは時折すれ違う職員に挨拶を返しつつ歩いた。その後ろを、お付きのネフリティスが追従する。

 つい先日まで圏外で戦っていたアリエルには、然るべき休息が必要である。しかし、一大同盟を率いる盟主にはやるべき事が山積しているのだ。

 

「さて、どれくらい溜まっている?」

「少々お待ちくださいね。何分、沢山ありまして……」

 

 専用の仕事部屋に入り、翡翠眼の麗人は大きな窓を背にした執務机に向かって腰を下ろした。

 これから、彼女がいない間に届いた連絡事項に目を通すのだ。普通の上森人なら、とりあえず保留する。何なら一週間くらい放置する。それが森人メンタルだ。

 だが、アリエルは違う。彼女は人の時間と森人の時間が違う事を熟知しているし、何より早く子供とコミュって癒やされたいのだ。

 アリエル女史、夏休みの宿題を七月中に終わらせて思い切りグータラするタイプだった。

 

「はい、こちらです。全て探知済みで、怪しい物は見つかりませんでした」

「うむ……」

 

 執務机にいつもの作業セットを用意してから、笑顔のネフリティスが書類の満載された籠を持ってきた。一つ、二つ、三つ……まだ増える。

 内心頬を引きつらせるアリエル。机の上にはカテゴリー分けされた手紙の山。それら全て、公私を併せたアリエル宛てのお手紙だった。

 

「人気者ですね、アリエル様。流石です」

「さて、どうだかな……」

 

 嘆息しかけたアリエルは、最も手を出しやすい位置の籠から手紙を取り出し、ペーパーナイフを使って中身を検めた。

 その籠の手紙は止まり木協会関係でまとめられたものだった。彼女にとって最も重要な書類である。

 

「リンジュの方は上手く行っているようだな」

「はい。組合や武行とも上手に折り合いをつけているそうで」

 

 幸先の良い事に、本日一通目のお手紙は純然たる吉報であった。

 去年、アリエルはリンジュ共和国の首都に止まり木協会の支部を設置したのだ。かつて、彼女の手の届かない場所で同じ事をした時は色々あって失敗していたものだが、今回は上手くいっているようである。

 

「ふむ。後で返信しよう」

 

 言って、アリエルはその手紙を最優先返信籠に入れた。内容は決まっている。応援メッセージだ。

 こういう時、上の者は何も干渉しない方がいい事を、彼女は経験で知っていた。

 

「どうぞ。こちらは先に封を切っておきました」

「ああ」

 

 次々と書類を検めて、ザッと読んでは対応の是非を決めていく。

 そのまま黙々と書類を整理していると、気が付く頃には返信不要籠が五つ目に突入していた。

 

「次は……あぁ、またか」

 

 やがて手に取ったるは、質素ながら上質な紙の封筒だった。

 差出人は、アリエルの実の叔父であり、つまるところ現在の上森人王である。

 

「という事は、中身もいつもと同じですか?」

「ああ。ご丁寧に、一字一句前と同じだ」

「あら、覚えてるんですね」

「嫌でも覚えるさ」

 

 内容は以前と同じ、アリエルの恋愛事情について問うもので、「よかったらお見合いのセッティングするよ?」とも書いてある。要するに、結婚圧力おじさんからの催促であった。

 念の為に読み切った後、それはポイッと返信不要籠に投棄された。

 

「お返しした方が良いのでは?」

「知らん。私は忙しいんだ」

 

 毎度毎度、アリエルの叔父は鸚鵡のように彼女に婚姻話を持ち掛けてくるのだ。厄介なのはその通りだが、当人は善意で行っていて、且つ無理強いしてこないのがせめてもの救いだった。

 アリエルとて、考えなくはなかった。結婚願望はともかく、子供はめちゃくちゃ欲しいのだ。けれど、ただでさえアリエルはやる事が多い上、彼女は自由恋愛主義者なのである。

 

 そもそも、相手がいない。同盟の異性は言わずもがな、自身を崇拝してくる同族も嫌だ。かといってアリエルを美術品かコレクションのように見てくる男はもっと嫌だった。

 可能なら、同じ意思を持ちつつ対等に話してくれる相手がいい。だが、そんな都合のいい相手がいるはずもないので、アリエルは半ば結婚を諦めていた。

 実際、その辺はさほど気にしていない。結婚は幸福の全てではないと、長いラリス生活で彼女は既に知り得ているのだ。

 

「まったく、叔父上ときたら……」

 

 嘆息して、アリエルはカップに入った紅茶に口を付けた。

 森人が好む薬草茶を飲まないあたり、翡翠魔弓のスタンスが表れている。

 

「ん?」

 

 一杯目の紅茶を飲み切った頃、手に取った報告書の一つを読んで、アリエルは眉を顰めた。

 どうやら、ある日を境にラリス王国辺境の隣にあるケナズの里が音信不通になっていて、調査したところ魔物災害によって全滅していたというのだ。

 またこの件に関しては、ケナズの里に隣接した領地を持つ貴族の協力の下、お抱えの斥候部隊による本格的な調査が行われる予定であるとも書いてあった。

 

 ケナズと言えば、古代のルーンを継ぐ一族である。里長もルーン王の直系なので、よほどの魔物でもない限り後れを取るとは思えなかった。

 そんな里が全滅したとあれば、並みの主級を超える強力な魔物が出たのだろう。報告書にある通り、調査が必要な案件であった。

 

「ルーンか。本来なら、当代の上森人王が仲介するべきだったのだろうな……」

 

 ルーンの歴史は、森人視点迫害の歴史である。

 森の安寧を至上とする上森人にとって、世界の(ことわり)……ひいては森に流れる魔力を乱すルーンは忌避されるものであった。例え、その始祖が同族であってもだ。

 故に、ルーンを継ぐ者達は亜人全体から迫害され、それぞれの領域を追放されたのである。

 

 研究の結果、既にルーン技術には世界の均衡を崩す程の力は無いとの結論が出ている。ルーンを禁忌とする理由など、今は無いはずなのだ。

 しかし、頑迷な森人は未だにルーン技術とその血統を嫌悪している。一度決めたらこうであるという、森人の悪い気質が出ていた。

 

「子供もいたろうに、痛ましい事だ……」

 

 散った命を悼むように呟いたアリエルは、報告書を保管用ボックスに入れた。後で読み返す為だ。

 

「さて……」

 

 暗くなりかけた心を奮い立たせ、アリエルはラストスパートをかけた。

 報告書を捌き、パーティのお誘いを断り、最後に第三王子派閥からの連絡に手をつけた。

 

「ん? イシグロ?」

 

 そうして手に取った手紙は、銀細工持ち冒険者であるイシグロからのものだった。

 王子曰く、彼はつい最近ジノヴィオス個人と雇用契約を交わしたそうである。イシグロについては雇用主直々に手出し無用と言われたものだ。どうやら、手懐ける事ができたらしい。

 

「イシグロさんですか。以前、西区の止まり木協会で沢山寄付して下さった方ですよね」

「ああ。カムイバラの方にもな」

 

 イシグロ・リキタカ。止まり木協会の支援者の一人で、幼き容姿の不遇な奴隷を庇護している男。

 現在、彼は王家公認で最新の英雄候補と見做されている。何故ならば、彼は迷宮探索以外にも数多くの戦功を挙げているからだ。

 最初の功はモブノの捕縛。次にリンジュでの猫又騒動。間を空けず桜闘会で優勝してみせ、あまつさえ賞金首を捕縛した報酬は止まり木協会に寄付していた。

 また、先の聖輪郷事変では常に騒乱の中心にいて、彼の銀竜剣豪と共に熾天使パレエスの撃破に大きく貢献した。それが、聖輪郷の膿を出すきっかけになったのである。

 加えて驚くべき事に、イシグロの奴隷である銀髪竜族は本当に銀竜一族の出身で、それどころかヴィーカの孫娘であったらしい。ヴィーカが第三王子に協力してくれたのは、そういった事情もあったのだろう。

 

 中でも、彼の功績で最も評価されているのは、三本の尾を持つ猫又関連だった。

 リンジュでは呪術師の猫又を討伐し、聖輪郷では猫又の核と思しき虫の捕獲に貢献。猫又虫の解析は着実に進行している。然る後、これまで人類に仇なしてきた組織の全貌を暴ける見込みである。

 その事から、協力者のシュロメ共々彼の功績は凄まじいものがある。それで望むものが被害者(てんしたち)の保護なあたり、紛れもない英雄の器であった。

 アリエル視点、かなり面白い男である。

 

 強くて、子供想いで、アリエルを個人として見てくれる。

 礼儀正しく、誠実で、穏やかな心を持っていて……。

 ふと、思った。イシグロって、結構いい男なんじゃないか?

 

「ああいう男なら……」

「どうしました?」

「いや、何でもない……」

 

 アリエルは小さく頭を振った。

 とにかく、そんなイシグロからの手紙である。俄然、興味が湧くというものだった。

 

「……ん?」

 

 無骨な文字で書かれた内容は、通り一辺倒の挨拶から始まり、新しい奴隷を購入した旨が書かれていた。

 その娘は、ルーン使いであるケナズの里長の娘だという。奴隷になったのは魔物災害によるもので、彼女は件の魔物を目撃したとも書いてあった。また、この事は第三王子にも連絡しているらしい。

 ザッと読んだところ、「森人の誼みで一回彼女の話聞いてくれない?」というものだった。

 ケナズ? ルーン? 魔物災害?

 

「どうされました?」

「いや、まさか、そんな偶然が……?」

 

 再確認用の籠から、件の魔物災害についての報告書を確認する。

 やはり、同じだ。手紙にあった娘の姓と、里長の姓が一致している。どだい銀細工のイシグロがケナズの里の情報を知っている訳がないのである。

 出来過ぎたタイミングで、繋がってしまったようだ。

 

 そういえば、イシグロはリンジュでも淫魔王国でも聖輪郷でも騒動の中心にいたのだった。今回も、そうなのかもしれない。

 運が良いのだか、悪いのだか。まぁ都合が良いのは確かだろう。

 

「ネフリティス、今すぐジノヴィオスの密偵に連絡してくれ」

「かしこまりました」

 

 そうして、アリエルは件の手紙を最優先返信籠に入れた。

 これは、第三王子派閥の者達とも連携する必要があるだろう。場合によっては、自分にお鉢が回ってくるかもしれない。どのみちケナズの娘とは会うべきか。

 

「復讐か……」

 

 ケナズの娘の怨讐を、イシグロは支援するつもりのようだ。

 どうやら、イシグロは単なる孤児の守護者ではなかったらしい。

 その娘が身も心も子供であったなら別だが、アリエルとしては悪くないと思える。

 そうでなくては、と。

 

 

 

 

 

 

 第三王子派閥に手紙を出して、暫く経った夜の事。

 件のイシグロ邸では……。

 

「ふぉぉおおおお♡ 頭じゅわ~なりゅぅぅぅ……♡」

 

 中庭にある噴水で、一人のロリババアが整っていた。

 何故か? 運動した後のサウナルーティンである。

 武器工匠のアダムスに武器の注文をしてからというもの、ここ最近は鍛錬場でひたすら訓練を続けているのだ。その後のサウナとくれば、こうもなろうという話だった。

 

「うへぇ~♡ 寒いのに寒くない……♡ 身体の中に火が灯ってるみてぇだぁ♡」

 

 中庭のデッキチェアに横たわり、真冬の夜の外気浴。シャーロットは溶けた餅みたいになっていた。

 例によって例の如く、この日もシャーロットは訓練漬けで、基礎トレーニングから始まりルーンを用いた実戦形式の模擬戦の連続だった。スタミナが切れ次第、エリーゼのチートヒールで強制的に再起動されたりもした。

 で、朝から夕方まで運動しまくって、夕食前に一番風呂からのサウナである。表に出さない不安もスッポリ抜ける。特に良いのが、整った後の食事だった。

 ちなみに、鍛錬場のシャーロット達を置いて、イシグロはレノとイリハと共に迷宮探索をしていた。シャーロットの訓練中も、レノのレベリングは欠かさない模様。

 

「エリーゼも噴水入れよ。気持ちいいぞぉ?」

「私はいいわ。竜族だもの」

 

 隣のデッキチェアでは、同じくサウナで一汗かいていたエリーゼがリラックスしていた。彼女は水風呂には入らないが、竜族なりに蒸し風呂ルーティンを楽しんでいるのだ。

 

「にしても、エリーゼの体質も難儀なもんだな。お前さんの杖さ、もっと早く造られてたらもっとチヤホヤされてたろうよ」

「かもしれないわね。けれど、そのお陰であの人と出会えたのだもの。結果的に幸運だと思っているわ」

「かぁ~、お熱いねぇ皆々様は!」

 

 同じ釜の飯を食う者同士、シャーロットと黒剣一党はすっかり仲良くなっていた。

 飯にサウナに戦闘訓練。そうして交流する中で、シャーロットは主人であるイシグロと奴隷であるルクスリリア達が将来を誓いあった仲である事を聞かされていた。

 ルクスリリアは飢えた淫魔。エリーゼは同胞に見捨てられた竜族。グーラは魔物災害の被害者で、イリハは過酷な環境から救済してもらったのだという。レノに至っては、元は敵側の戦士だったところを助けられたらしい。

 シャーロット視点、彼女達の境遇的にイシグロに惹かれるのはさもありなんといったところだった。

 

「アナタはどうなのかしら? 恋の一つや二つ」

「ンなもんある訳ぁ無ぇだろ。アタイぁ生まれてこの方ルーン一筋だっての」

 

 彼と彼女達は、出逢うべくして出逢ったといった感じだろう。それはもう惚れてしまうだろうし、その上で愛されるなら尚の事素晴らしい。

 けれども、既にシャーロットは他人の色恋に羨ましさを感じられる年齢ではなくなっていた。流石に、彼女達のように身を焦がすような恋愛などできる気がしない。性格的にも、状況的にもだ。

 だから、例え何があっても、シャーロットはイシグロに惚れるなんて事はあり得ないのだ。イシグロとて、それを望んでいる訳でもないだろう。変態趣味に付き合えというなら否は無いが、そこに愛は芽生えない確信があった。

 そう、確信である。シャーロットは恋をしない。そんな年齢じゃないのだ。既に諦めているのである。二千年より、前から。

 

「二人とも、ご飯できたッスよ~」

「ええ、今行くわ」

 

 そんなこんな、世間話などしつつサウナルーティンを三セットほど繰り返したところで、二人は寝間着に着替えてリビングへ向かった。

 

「あ、シャロ、いいところに」

「おう、どうした亭主殿」

 

 暖房の利いたリビングに入ると、ソファに座っていたイシグロが何か分厚い本を読んでいた。隣ではグーラも興味津々のご様子。

 

「これ見てみて」

「なになに?」

 

 手招きされ、シャーロットはソファの後ろから件の本を覗き込んだ。

 瞬間、シャーロットの深紅眼が見開かれた。視線の先にあったページには、ケナズ一族の娘さえ知らないルーンが書かれていたのである。

 

「す、すげぇ! それスリサズのルーンじゃねぇか! しかも戦闘用のルーン・コードまで! なんじゃこりゃあ!?」

 

 言うが早いか、主人から本を奪い取ったシャーロットは、最高級ステーキを貪る飢狼のように読み始めた。

 ルーンというものは使用文字こそ共通しているが、コードと呼ばれる応用法は家によって継承しているものが違うのだ。

 やがて、サウナ以外の理由で頬を紅潮させたシャーロットはこの本の持ち主に熱い視線を向けた。

 

「こ、これどうしたんだよ!? 秘伝ばっか書かれてるマジモンのルーン書だぜこいつぁ!」

「ああ。でん……ちょっとしたツテで、知り合いがプレゼントしてくれたんだ」

「プレゼント!? こ、こんなスゲェもんをかよ!?」

「うん、まあ。それ好きに使っていいってさ」

「うひょー! マジですげぇな亭主殿! ありがてぇ!」

 

 言って、シャーロットは再度ルーン書に没頭した。

 古今東西のルーンが記された魔導書。実はこれ、ついさっき届いた第三王子からの贈り物である。

 アリエルに手紙を送ったように、イシグロは雇い主であるジノヴィオスにもケナズ関連の情報を共有していた。その返信の手紙に、これが同封されていたのである。

 手紙には、「それ書庫で埃被ってたやつだから貰っちゃっていいよ」とも書かれていた。ルーニアの者達が秘匿していたルーン・コードは、ラリスにとってはその程度の知識に過ぎなかった。

 

「来たるべき戦いに備えて、といったところかしら。抜け目がないというか、節操がないというか……」

「ん、王子様、太っ腹」

「シーッ、一応黙っとくッスよ」

「確かに、黙っておいた方がいいかもしれませんね。以前ご主人様の仰っていたニード・トゥ・ノウの原則というものでしょう」

 

 背後の会話は、読書中のシャーロットには聞こえていない。

 今現在、未知のルーン書に没頭する彼女の瞳には、見た目相応の純粋な煌めきが宿っていた。

 復讐とは関係なしに、自分の知らないルーンの使い方を知れるのが嬉しいのだ。

 

「ご飯出来たのじゃ~。っと、シャロはそれ読むの止めるのじゃ」

「あっ! 今いいとこだったのに! もうちょっとだけ!」

「ご飯の後にするのじゃ」

 

 言いつつ、ロリオカン属性のイリハはシャーロットが読んでいた魔導書を取り上げた。

 無情な行いに憤慨して魔導書を取り返そうとするロリ森人と、それを結界で覆ってみせたロリ天狐。まんまゲームを止めさせる母親とソレに抵抗する子供の構図である。

 

「まさか、こんなにスムーズにいくとは……」

 

 そんな光景を眺めつつ、イシグロは第三王子からの手紙をアイテムボックスに収納した。

 この一件に関して、イシグロは第三王子派閥と共に件の魔物の調査および討伐を行う運びとなった。

 また、実働に際してはアリエルの指示に従うようにとも書かれていた。然るべき時に、イシグロ達は招集される予定だ。

 

 第三王子からのプレゼントは、どういう心持ちで受け取ればいいのだろうか。

 ともかく、やるしかない。一党でやるより、第三王子派閥の協力があった方がスムーズに進むはずだ。今は純粋にプラスな事だけ考えるべきだろう。どだい最初からそのつもりだったのである。

 その過程で、シャーロットに願いを叶えさせてやるのが、イシグロの役目であった。

 

「主様、これ預かっててほしいのじゃ。持ってたら、どーせ夜更かしするからのぅ」

「りょ。ほら、冷める前に食べるよ」

「わぁああああ! アタイのルーンがぁああああッ!」

 

 戦いに備える。それは、普段通りの黒剣一党ではあるのだ。

 気負わず、真剣に、彼女の復讐を完遂させる。

 容赦なくルーン書を収納したイシグロは、改めて決意を漲らせるのであった。




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◆森人あれこれ◆

・森人=エルフ。「もりひと」と呼ぶ人もいる。笹の葉のような長い耳を持ち、ステータス的に魔力と技量に秀でる。不老長寿で、身体能力が少しずつ衰えていく。二千歳は森人基準でも相当な歳だが、アダムスやシャーロットは上森人の血を引いているので普通の森人とは年齢観が異なる。

・上森人=ハイエルフ。「うわもりひと」と呼ぶ人もいる。森人にとっての上位種族。不老長寿だが、森人と違い死ぬまで身体能力の衰えがない。能力的には森人の上位互換で、竜族権能のような特殊な能力を持つ個体も少なくない。ルーンはそのうちの一つ。普通の森人より気持ち耳が大きめ。

・夜森人=ダークエルフ。「よるもりひと」呼びの人もいる。生態的には森人とほぼ同じだが、森人より土魔法の適性が高めといった特徴がある。また、性格は森人よりも若干人間寄り。元は上森人に仕えていたが、今は独立して夜森人の国で生活している。農業最強種族。

・半森人=ハーフエルフ。「はんもりひと」と呼ぶ事も。森人と人間の間に生まれた種族で、両種族の中間のような能力と生態をしている。森人と人間は種族的相性が良く、ラリス王国民のハーフエルフ人口はかなり多い。

・その他=長い歴史の中、故郷の森を出た事で土地や血統によって独自の文化や性質を持つ事になった森人がいる。リンジュの森人。ルーン一族。魔族国の森人など。
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