【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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ろりぬい

 毎度おなじみ鍛錬場に、今日も今日とて激しい戦闘音が響き渡る。

 

 空に聳える大樹が燃え、火炎の礫が降り注ぎ、舞い上がった土煙が矢の雨になり、弾かれた矢が鉄条網に変じ、霜の降りた有刺鉄線が砂の大地を凍らせる。

 間髪入れずに連鎖する陰陽術は、形を変える度に勢いを増し、やがて対手を追い詰める。大自然の暴威に相対する森人は、障壁を張り、足で駆け、術を取り消し無理やり避ける。

 イリハ対シャーロットの模擬戦は、さながら弾幕系死にゲーボスとの戦いといった様相を呈していた。

 

「クソたれ! 術使いながら次の術組めるとか便利だな陰陽術は! 一回のルーンの間に二回撃たれてるみてぇだよまったく!」

「これでも加減しとるんじゃぞ。ほれほれ、足元がお留守じゃ」

「危ねぇ! 死んだらどうする!?」

 

 絶え間ない陰陽術爆撃に対し、シャロは時に魔法バリアを時にダッシュ回避を用いて耐え凌いでいた。反撃のルーンを使おうにも、九尾の天狐はその隙を与えてはくれないのだ。

 よく聞く言葉に「練習は実戦のように、実戦は練習のように」というものがあるが、俺達は普段からこの言葉を意識して訓練していた。

 銀細工歴の長いニーナさんのアドバイスに、唯心無月流の戦闘哲学。そこに二年間に及ぶ迷宮探索の経験を併せた訓練は、とにかく動いて痛みに慣れて生き残る為のものであった。

 

「練習通りやるッス! そんなんじゃ迷宮では生き残れないッスよ!」

「ルーン書に書いてあったやつです! 体捌きを併用してルーンを刻むんです!」

「わぁってるよ! それが出来ねぇから困ってんだ……っと!」

 

 言いつつ、クイックターンの際に小ルーンを発動させたシャロは、迫ってきた炎弾の全てを瞬時に水に変質させた。

 そして即座に周囲の水に魔力を送り、反撃とばかりに【水の矢】を生成・射出。迫り来る水魔法を、イリハは陰陽式を編みつつ右手の太刀で凌ぎ切った。

 

「あら、今のは上手だったわね」

「や、でも片手間で防がれた。弾が遅いから」

「とはいえ成功は成功だ。ナイスシャローッ!」

 

 俺の声援に応えるように、勢い付いたシャロはルーンと魔法を併用して攻勢に出た。

 ルーンを使って巨岩を生み出し、土魔法で射出する。相手の攻撃を魔法でガードし、ルーンを刻んで逆再生。一度流れを掴んだシャロは、存外けっこう戦えている。

 ルーンを使ったシャロの戦いは、なかなかテクいものだった。

 

 検討の結果、シャロのジョブはルーン系魔法中位職の“ルーンマスター”に決定された。

 理由としては、この形が最もオーソドックスなルーン使いのスタイルである事と、現状ルーンマスターが最もレベルの高いジョブだったからだ。

 いつ復讐の火蓋が切られるか分からない現状、訓練もレベリングも早い方がいい。ならば、槍や剣を一から練習するより効率厨的な視点で最速育成をすべきと考えた為だ。さっさと上位職に行って、ガンガン能力値を上げようぜである。

 

「チッ、防御が堅ぇ!? いい加減、崩れろ!」

「力んでないから疲れないのじゃ。ほれ、そろそろ五行連鎖始まるのじゃ」

「させるか! うぉおおおおッ!」

 

 左手の杖で魔法を使い、右手の短剣でルーンを刻む。魔法がルーンを、ルーンが魔法を補助し合い、且つ遠近攻防に対応できる。それがルーンマスターの戦いだ。

 今は練習用の安物を使っているが、ドワルフには既に彼女の専用武器を注文済みだ。注文を受けた彼は「最高のモンを用意しやしょう!」と意気込んでいた。どうやら、色んなコネを使って超特急で仕上げてくれるらしい。

 

「ん~、やっぱり強いルーン・コードは全体的に複雑だな。ああいう状況だと難しいか」

「そりゃ、あんなの覚えるだけで大変ッスからね。いい感じのタイミングで最適な文字書けるだけで大したもんッスよ」

「ボクなんかは近づいて斬るだけですけれど、シャーロットもイリハも凄いですよね。尊敬します」

「ん、射撃よりよっぽど難しい気がする」

「どのみち、一朝一夕で身に着くものではないでしょうね」

 

 ロリ同士のドンパチを眺めつつ、先日王子から貰ったルーン書を流し読む。

 シャロ曰く戦闘に向かないらしいルーン技術だが、戦闘用に組まれたルーン・コードは存外に沢山あった。しかし、その効果と複雑さは比例するようで、強力なものはその分画数が多く形も書き順も複雑なものばかりで、到底タイマン中に使えるものではないように思える。

 恐らく、強力な戦闘用ルーンは仲間に守ってもらう事が前提のコードなのだろう。パーティ・プレイなら有用だが、そういう奴ほど魔物は優先して狙うんだよな。タンクが弱い異世界、それメインではお話にならない。

 願わくば、いつでも全ルーンを使えた方がいいと思う。難しそうなら、一筆書きルーンの習熟に集中させる事も考慮しよう。

 

「しゃあ! 完成ぃ!」

 

 と思っていたら、魔法バリアの奥で赤毛の森人が凄絶な笑みを浮かべているのが見えた。彼女の眼前には、信号機カラーに輝く謎の文様。即座に人差し指でタップした瞬間、世界の理が書き換えられた。

 

「のじゃッ……!?」

 

 同時、イリハの手元で爆発が起きた。

 それはシャロによる攻撃ではなく、術者の魔力制御の失敗によるものだった。

 

 今のは、シャロの御業によるものだ。様々な事象の確率に干渉する戦闘用ルーン・コード――所謂、因果律操作技である。

 先の場合、イリハが魔力制御を誤る確率を百パーに書き換え、組み上げていた氣の式を崩して意図せぬ爆発を起こさせた感じである。

 因果律への干渉。どう考えてもチート。完全に強キャラのソレ。そんな技使う奴、どう倒せばいいんだって話である。

 が……。

 

「あれ? もっとデカい爆発起こるはずだったんだけどな……」

「途中で抑えたに決まっておろう。まぁそもそも大して痛くないのじゃ。ほい、お返しじゃ」

「ぎょえええええ!?」

 

 その実、割と欠陥の多いルーン・コードである。

 ルーン書に曰く、そもそも強者には抵抗されるし、もっと言えば操作できる因果には相当な制限があるようだった。実際、“相手が一秒後に死ぬ確率”とかを操作できる訳ではないらしいし、その対象とか効果とかもルーンによって細かく異なるし、さっきのは魔力制御限定の操作だって話だな。そもそも万物に干渉できるならルーン彫刻は今よりもっと流行ってただろう。

 つまり、何でもかんでも好き勝手弄れる訳ではないのである。それでも有用極まりないと思う。攻勢の起点に使うのは勿論、確定で敵の意表を突く事ができるのは純粋にアドだ。

 使いこなせれば、という注釈はつくが。

 

「ほいっとな」

「いでぇええええ!」

 

 で、だ。

 イリハの攻撃。シャーロットは倒れた。

 氷の刃がシャロの腹を切り裂いている。ドバドバと血が流れる光景は俺の心にダイレクトアタックである。

 

「エリーゼ」

「ええ」

 

 なので、すぐ回復。痛くなければ覚えませんので、苦しいけど仕方がないのだ。

 

「ん、次はわたし。一回休む?」

「まだまだ。もう少しでつかめそうなんだ……!」

 

 回復直後、シャロはすぐに立ち上がってみせた。

 そのまま、彼女はレノと戦い始めた。一党単位で順繰りに行う模擬戦を、一周ごとに休憩と基礎練を挟んで繰り返しているのである。

 アレコレ悪態吐いたり文句を言ったりするシャロだが、それでも一度として訓練を止める事は無かった。

 

「ガッツあるッスよね、シャロ」

「恐らく、倒れるまで続けるものかと」

「させてあげた方がいいわ」

 

 練習に意欲的なのは大歓迎だが、のめり込み過ぎるのは危険である。彼女が無理をしないよう、俺達は彼女の頑張りを見守っていた。

 

「う~ん……」

 

 シャロの戦いを見て、思う。やはり、何にしてもルーンは発生が遅い。

 それを補う為に通常魔法を使えたらいいのだが、彼女が習得してる戦闘用魔法は存外に少なく、どだい手札が貧弱だった。

 

 これに関しては、一応の解決策がある。

 レベルアップで覚える魔法を持っていないなら、通常魔術師ジョブを鍛えて新しい魔法を覚えさせればいい。そうすれば解決すると思う。勿論、検証は必要だが。

 とはいえ、それには相応の時間が必要な訳で……。

 

「急がないとな……」

 

 そう、急がなければならないのだ。

 いつになるか分からないが、俺達とシャロは第三王子派閥と共に件の魔物を討伐しに向かうのである。復讐までのタイムリミットがあると言えば分かりやすいか。

 だから、それまでに強くなろうと言うのである。しかし不完全な状態じゃ迷宮に行かせられない。迷宮に行かねば、レベルアップできない。レベルアップしなければ、ステータスを上げられない。ステータスを上げるには、ランクの高いジョブを育成した方が高効率だ。

 結論、ルーンマスターの育成を優先すべきとなる。

 

「ご主人様、そろそろ帰るべきかと」

「分かった。最後に型稽古して帰ろう」

「……ああ。わかったぜ、亭主殿」

 

 シャロが焦れる気持ちが分かるから、今はこうして訓練漬けをしているのだ。専用武器が出来次第、迷宮に向かう予定である。

 武器に関しては、完全にドワルフの領分だろう。今は待つしかない。

 

「ふん! ふん!」

 

 短剣術の鍛錬をするシャロの眼は、いつもより暗く淀んでいた。

 

「おっ、旦那じゃあねぇですかい」

「どうも」

 

 転移神殿に戻ると、件の森人と遭遇した。

 思っていたより、ずっと早い。ついに来たかと期待が高まる。

 

「ちょうど今、ギルドに託をね。けど、旦那がいるなら話が早ぇ」

 

 彼はシャロの方を見て、にやりと笑んだ。

 

「姐御の武器、できましたぜ」

 

 そう言うドワルフの眼は、不眠ポーションでパキパキにキマッていた。

 

 

 

 

 

 

 王都屈指の有能武器工匠・アダムスは、ルーンを継ぐケナズの里に生まれた森人である。

 残念ながら当人にルーンの素質は無かったそうだが、知識に関しては豊富だった。

 ルーン使いの武器についても、当然に。

 

「おう(ボン)、このアタイにナマクラぁ寄越しやがったら承知しねぇからな!」

「へっへっへっ。あっしぁこれでも王都で工匠を生業にしてんですぜ? これまで姐御が見た事もねぇようなモンをお見せしやしょう」

 

 そんな訳で、鍛錬場を出てすぐ遭遇したドワルフに付いていき、いつもの店で受け渡しの儀を行う事に。

 俺の無銘ロンソの製作期間が一ヵ月前後だったところ、なるはやで仕上げると言ってた通りシャロの武器セットは注文してから二週間と少しで完成ときた。ただでさえ早い異世界人の仕事ぶりだが、今回ばかりは常軌を逸しているとさえ思う。

 

「まず、こいつでさぁ……!」

 

 自信ありげなドワルフは、その成果の一つを受付机に置いてみせた。

 彼もまた、限界ギリギリまで気張っていたのだ。不眠ポーション服用後特有の眼が全てを物語っている。

 

「シャロが開けてくれ」

「ああ。わかった……」

 

 開けてみるよう促すと、シャロは一度息を飲んでから箱の留め具を外し、パカリと蓋を開けた。

 箱の中には、豪奢な鞘に納められた短剣が収められていた。その柄頭には緻密なカットが施された宝珠がはめ込まれており、どことなく儀礼用といった印象を受ける。

 シャロは件の短剣を手に取り、鞘から抜いて剣身を確かめた。晒された刃は静謐な輝きを放っていて、通常の短剣より幅広で肉厚だった。曇り一つない剣身に、シャロの赤い双眸が反射している。

 盗賊が使ってそうなソレでも、軍人が使ってそうなソレでもない。宮廷魔術師が持ってそうな魔剣、そういう印象を受ける代物だった。

 

「主な素材は真銀(ミスリル)金剛鉄(アダマンタイト)、それから青生魂寶(アポイタカラ)の合金で、顔見知りの刀工に鍛えてもらいやした。柄頭の石は最高純度の錬金賢石(れんきんけんせき)。そのお陰で、ルーンに使う魔力の親和性と、剣としての強度を両立できたんでさ。どうぞ、軽く刻んでみてくだせぇ。今まで使ってたモンとはダンチなはずですぜ」

「あ、あぁ……よし」

 

 刃の美しさに見惚れていたシャロは、意を決して柄を握り直し、剣を振って小さなルーン文字を刻んでみせた。

 すると、どうだ。刃が虚空を切り裂く際、ついさっき鍛錬場で見ていた時よりもルーンの完成が明らかに迅速だった。

 普通の短剣でのルーン刻印が三徳包丁でのスイカ切りなら、この短剣でのルーン刻印は日本刀によるスイカ切り。ただ空中で文字を書くだけなのに、それくらいの差があったのである。

 

「て、抵抗が無い……! 刃がスイスイ入ってく! それにスゲェ振り易いし、魔力の流れがスムーズだ……!」

「そりゃあ姐御専用の短剣ですからね」

 

 次々と色鮮やかなルーンを刻み、発動させる事なく破棄していく。

 そんなシャロを見ながら、ドワルフは短剣の説明を続けた。

 

「そいつに特別な機能はありやせん。ただ頑丈なだけのルーン用の短剣でさ。打ち合う事も想定して並みの剣よりずっと丈夫にしてあるが、魔術刻印の副作用でロクな威力は出ませんね。要するに、刃物としてのそいつは防御用って事でさぁ」

「なるほど。これじゃ攻撃は出来ねぇ訳か。不思議なもんだな……痛っ!?」

「つっても果物ナイフ程度には切れますんでお気をつけくだせぇ。それと、もし刃物として使いてぇ時は別途魔法を使ってくだせぇ」

「ああ。【音刃】とかか……」

 

 ドワルフの説明をまとめると、こうだ。

 ルーンマスター用の短剣はあくまでルーン刻印の為の道具であり、ひいては防御の為の短剣であると。だからこれを使って某うっかり魔術師をアゾる事はできないよって話だ。どうしてもアゾりたい場合、その都度エンチャ系の魔法を使ってね、と。

 頑丈なルーン用短剣。華美な見た目の割に、ドワルフらしい質実剛健さが垣間見える逸品だった。

 

「やるじゃねぇか、坊! 有り難く使わせてもらうぜ!」

「礼なら旦那に言いな。これの鉱石、旦那の私物なんだからよ」

「えっ!? すまねぇ遅れた! 亭主殿にも礼を言わせてくれ!」

「いいよ、余ってるし」

「へへっ、今の石商連の奴が聞いたら卒倒するでしょうよ」

 

 前から思っていたが、ドワルフは自身が設計する武器には無駄なギミックや不安定な鍛冶技法の使用を嫌う傾向にある気がする。

 それは、真に頼れる武器とは使い手の能力を発揮できる武器であるという彼の経験からくる思想によるものなんだろう。細マッチョ優男風のドワルフだが、これでも戦争経験のある従軍鍛冶師で、元鋼鉄札持ちの冒険者だったのだ。そういう考えに至るのも不思議ではない。

 要するに、技術者としての彼は木星帰りタイプなのである。変形機構やオールレンジ攻撃より、素直で堅牢な武器がお好みなんだな。それはそれとして武器にロマンを求めるあたり、俺とも話が合う訳で。

 

「で、こっちが本命でさぁ……」

 

 そんな木星帰り系技術者の彼は、さっきの箱を退かしてから、今度は長方形の大きな箱を置いた。

 これまた俺に促されたシャロが蓋を開けると、箱の中には大きな木製の杖が入っていた。

 

「姐御の手に馴染むよう、上森神樹(アルヴヘイム)の根っこを加工して造った杖になりやす。今は少し重く感じるでしょうが、迷宮に潜ってる間にちょうどよくなるはずでさぁ」

「上森神樹……!? それはまた、スゲェの持ってきたな……! てか使っていいのかよソレ!?」

「ちょっとしたツテでね、なんか大量に寄越してくれやした。今はもう、端っこの方なら普通に売ってますぜ。クッソ高ぇけどよ」

「いつの間にそんな事に……」

 

 皆して、箱の中の杖を眺める。大きさはシャロの肩ほどまであり、片手で振り回しやすくする為か宝珠の類いは付いていなかった。

 さっきのが宮廷魔術師の剣だとしたら、この杖は森の奥底にいる賢者の杖って感じである。

 

「へっへっへっ、見てくれぁ古臭ぇ木杖だが、中身はマジのガチで最新式よ。内部構造は聖輪錫杖を参考にしつつ、芯材には輝銀魔石(シルウィタイト)を使ったんでぇ。そんで、神樹は王都にいる森人の木工師に削ってもらったんだよ。勿論、普通の魔術師用じゃなくルーン使いに合わせてありまさぁ」

「森人が、ルーン使いの武器を? おいおい、それぁどういう冗談だ?」

 

 すると、シャロは武器工匠の男に剣呑な視線を向けた。

 以前サラッと言ってたが、ルーン使いは森人を中心に亜人族から迫害されてきたらしい。そういった事情もあって、シャロはドワルフの言う事に思うところがあるのだろう。

 

「はんっ、田舎モンの姐御は知らねぇだろうが、ルーン技術への偏見なんざとっくのとうに払拭済みよ。それどころか、新しい森人ぁ古い上森人流の考えにゃついてけねぇって奴も多いんでぇ」

「へ? そうなのか……? あぁ、うん。そっか、そうだよな……。時代は進んでんだもんな」

 

 が、実際にはシャロの思っていたような状況ではなくなっていたようだ。

 こういうの、どうなってるかなんて当人視点じゃ分からないよな。静かに俯くシャロは、じっと件の杖を見つめていた。

 

「で、木工の話は置いといてだ。杖に施した魔術刻印についてだが、さっき言った通り聖輪錫杖を参考にして造った訳よ。厳密にいうと“聖印”ってやつだな。そん時、手伝ってくれた奴がちょっとアレな女でよ……」

 

 かと思ったら、急に歯切れの悪くなったドワルフはバツの悪そうな顔を浮かべる。

 その時だ。突然、店の扉のすぐ近くで、キキーッ! と既視感のある甲高い音が聞こえてきた。

 やがて、背後の扉が勢いよく開かれた。

 

「お待たせ、待った? ぼくが来たよ!」

 

 バタンと開け放たれた扉から、ベレー帽を被った淫魔が現れた。誰あろう、異世界版レオナルド・ダ・ヴィンチこと、万能の天才・パイモ女史である。

 ていうか、彼女の後ろの開け放たれた扉から見える位置に、マウンテンバイクっぽいものが駐車されていた。

 その完成度は以前戦車工匠・ケイン氏の店で見たモノよりずっとソレらしかった。異世界チャリンコ、完成していたのか……!?

 

「ぱ、パイモさん、それは自転車……」

「やぁやぁイシグロさん、あの件とかこの件とかではお世話になったね。この通り、人力二輪車はある程度の成功を見たよ。今はもう各パーツの技術の進歩を待つ段階で、ぼくの出番は終わったところかな」

「は、はあ」

「それより、イシグロさんのとこにルーン技術の使い手がいると聞いたんだよね。お手伝いの暁には杖を用いたルーンの検証に参加させてもらえるって約束だった訳だが……」

 

 自転車の話題をあっさり流し、呆気に取られている面々を置いて、相変わらずマイペースなパイモさんは自分の言いたい事をまくし立てていた。

 やがて、一同の視線はドワルフに集まった。約束とは?

 

「……この杖には光力銃の聖印モドキを基にした新しい魔術刻印を施したんでさ。で、それを組み上げるのにパイモの手を借りた訳よ。言っとくが、あっしぁそんな約束ぁしてねぇぜ? そん時が来たら口添えするってだけでさぁ」

「そうですか」

「うむ! で、君が噂のルーン使いのアネゴ君か! 会うのを楽しみにしていたよ!」

「おう……!?」

 

 困惑するシャロ。流石の彼女も、パイモさんの強引さにはたじたじのご様子である。

 

「シャロ、大丈夫?」

「まぁ減るもんでもねぇしな。いや魔力は減るし、もうすっからかんなんだが……。まっ、見たけりゃ見せてやるよ」

 

 なんて言いつつ、ルーンの実演をせがまれたシャロはまんざらでもなさそうな表情で快諾した。

 次いで無造作に、ささっと指でルーンを書いて、その場に拳大の氷を生み出してみせた。

 

「ほうほうほう! これがルーンというやつか! 何もないところから魔力の揺らぎもなく生成されたね! 氷の方は……おやおや! 全然冷たくないじゃあないか! なんだい、これ!? もっと見せておくれよ!」

「別にいいけどよ。何なんでぇ? この女ぁ?」

「気にしたら負けよ……」

 

 困惑しつつ、シャロは次々ルーンを描いていく。その光景を、パイモさんは熱の籠った眼差しでスケッチしていた。

 

「ふぅん、つまりその形は氷を生み出す為のルーンじゃなくて、何かを固める為のモノなんだな。で、逆位置で融解になるわけか……」

「おう。そうだが、今のでよく分かったな」

「当然、ぼく天才だから」

「んじゃ、このルーンはどんな意味があると思うか分かるか?」

「ほう、今度は炎か。やはり熱くない。つまり実際には炎ではない? 幻? うぅむ……」

 

 ルーン・クイズなんかを始めちゃって楽しそうなお二人だが、このままだと杖の説明に入れない。

 なので、俺はアイテムボックスから例のルーン書を取り出し、パイモさんに押し付けた。

 

「クイズもいいですが、これにルーンの知識が纏まってるんでこっち見てもらっていいですか?」

「ん? なんだい、これはぁぁぁぁっとぉ!? おいおいおい、こんな便利なモノがあるなら先に言っておくれよ。じゃ、今からぼくは読書タイムに入るから、くれぐれも邪魔しないでくれたまへ」

 

 言うが早いか、分厚い魔導書を手にしたパイモさんはその場に寝転がって中身を読み始めた。とことんマイペースだなこの人……。

 なんて呆れていると、ドワルフはごほんと一つ咳払いをした。

 

「あー、さっき言った通り、この杖には聖印を基にした新しい魔術刻印を施してあるんでさぁ。細かい仕様はともかく、これまでの魔法触媒とは桁違いの性能をしてるんだぜ。どうぞ、握ってやってくだせぇ」

「おう。そんじゃ失礼して……」

 

 おっかなびっくりといった感じで箱にあった杖を手に取ったシャロは、その石突をカツンと床に触れさせた。

 次いで魔力を流し込むなり、それはスポンジが水を吸うよりも早く浸透していった。

 

「うお!? スルッと入ったぞ! なんじゃこれ!?」

「だろ? それがそこの淫魔が組んだ魔術刻印の効果でさ。軽い気持ちで頼んでみたが、これ以前と以後じゃあ触媒の性能に相当な差がついちまうぜ。ここまでいくと後で魔導院の連中に報告しないといけねぇや。面倒臭ぇ……」

 

 何だか知らんがとにかく凄いらしい。パイモさん、またやらかしたのか。

 

「報告ですか?」

「ああ。“要約法儀”ん時もそうだったが、魔導院に一から十まで教えてやんねぇといけねぇんだ。今でも解析終わってねぇのに、お次は汎用性の高い魔法触媒用の新技術ときたもんだ。奴さん達、腰抜かすだろうぜ」

「へえ」

 

 ふと、そんなスゲェ技術革新を起こしたらしいパイモさんを見てみる。

 現在、彼女は別の紙に何かしらを書き込んでいた。ずいぶん楽しそうだ。

 

「そんなに凄いの?」

「あ、あぁ……なんつーか、マジのガチでアタイ専用って感じがする」

「旦那も触ってみな。ちと、思った通りにゃならんだろうがよ。へへっ」

 

 促され、ちょっくら俺も使わせてもらう事に。受け取った杖に魔力を流してみる。が、なんだか様子が変だ。さっきのシャロみたいに上手く魔力が入っていかない。

 

「へっへっへっ、その杖は姐御の魔力に合うよう調律してあるんでさぁ。さっきの新技術の副作用みてぇなもんだな。で、魔力には色々あるから、得意属性とか種族とかでさらに絞って効果を高めるって寸法よ」

「なるほど……?」

 

 何となく、分かる。

 要するに、大きなメリットを得る為に小さなデメリットを複数受け入れているのだろう。この杖の場合、シャーロットかあるいはシャーロットに近い属性を持つ人しかまともに運用できない感じだろうか。

 貸し借りができず後に残す事もできなくなる代わり、ハイエンドの専用武器として見れば実質メリットだ。ある意味、グーラのぶちぬき丸に通じる所がある。あれ実質グーラしか使えない剣だし。

 にしても、種族ごとの魔力か。あんまり気にしていなかったが、エリーゼ曰く森人には森人の、獣人には獣人特有の魔力があるらしいんだよな。もっと言うと、個人差なんかもあるらしく、また得意な魔法や属性なんかもあるんだとか。

 

「得意属性か……。ちなみに、シャロの得意属性は何なの?」

「ん? あー、アタイぁ森人だからな、水と風と、あと土魔法が得意だぜ。他もまぁ出来なくぁ無ぇって感じで、あぁ闇系はからっきしだな」

「ちな、アタシは特にないッスね。魔族なんで、聖属性はキツいッスけど」

「私も無いわね。そもそも、生まれつき魔法が使えなかったもの」

「ボクは炎と雷でしょうか。魔法というより、種族特性ですが」

「わしも特に無いかのぅ。陰も陽も大丈夫じゃ」

「ん、わたしは水と聖属性。あと炎も少々」

「どうでもいいが、あっしぁ水系の魔法しかまともに使えねぇんでさ。故郷じゃあ魔術師としても落ちこぼれだったぜ」

 

 ふと、思い出した。そういえば、羊人少女一党の少年魔術師くんは火魔法に特化しているらしかった。確かに模擬戦でも一つの魔法しか使ってこなかったな。

 

「まぁ使いてぇ属性に絞って効率上げるのは前からあった手法だが、これまではその属性以外を犠牲にしてた訳よ。で、件の魔術刻印の場合はそういうデメリット無しで魔法関係無しに魔力伝達の向上と魔力増幅効果を上げてくれるのさ。さっきも言ったが属性だけじゃねぇ。そこから更に種族とか性別とかに合わせて搾ってやれば、最終的にゃあ属性特化の触媒を超える訳よ」

「ほぅ、なんか面白いですね。もしかして、俺の銃杖も強化できたりしますか?」

「あー、難しいと思うぜ。つーのも、旦那ぁ人間族だから強化倍率が低いんでぇ。それに、旦那ぁ得意属性とか無ぇでしょ? このパイモの魔術刻印は、色々尖った奴用って話ですわ」

「なるほど」

「要するに、だ」

 

 ピンッと、ドワルフが気障ったらしく指を鳴らす。

 

「名実ともに、コレの真価を発揮できるのぁ姐御しかいねぇ訳よ。ケナズのルーンを継承した姐御だけが、使いこなせるんでぇ」

「アタイだけの……」

 

 左手に杖を持ちながら、右手にさっきの短剣を手に取るシャロ。

 それから、戦闘時と同じ速さでルーンを刻むと、その空中文字はキラキラと眩い光を放っていた。

 

「すげぇ……全然魔力を吸わねぇ上に、操りやすくなってやがる……! これなら、イリハとも撃ち合えるかもしれねぇ……!」

 

 やはり、良い武器を持つと世界が変わる。

 これまで模擬戦で使ってた杖――銃杖は「なんか使いにくい」と言われた――や短剣とは、そのビフォー・アフター具合が段違いなのだろう。

 

「装備の方もそろそろ届くはずですぜ。全部揃った暁にゃ、ルーン使いとして迷宮に潜れるようになってまさぁ」

「ああ、ああ! これならやれるぜ! ありがとな!」

「へっ、いいって事よ……」

 

 ちなみに、シャロ専用の防具と装飾品の作成は、ドワルフの監修の下ルーン使いにアジャストされた装備になる予定である。

 武器は揃った。そこに防具と装飾品で、完全武装が整う。それから、シャロのパワー・レベリングを目的とした迷宮探索が始まるのだ。

 少しずつ、彼女の復讐に近づいている。

 

「よし! できた……!」

 

 さて、そろそろお暇しようとなったその時、床にいた女性が歓声を上げた。

 パイモさんである。勢いよく立ち上がった彼女は、その手の紙をシャロに向かって押し付けてきた。

 

「これこれ! 一回試しにこれルーンで書いてみておくれよ!」

「えっ、何だぁ?」

 

 その紙には幾何学模様じみた謎図形がデカデカと描かれていた。

 どうやら、それはパイモさんオリジナルのルーン・コードなようだが、それは素人目線でも複雑極まりないものだった。

 

「えーっと、色の指定まであんのか。順番も複雑だな……」

 

 ああでこうでと言いながら、シャロはあんちょこ片手にルーンを書き始める。この人、頼まれると拒めないタイプなのかもしれない。

 徐々に、徐々に、ルーンが刻まれていく。空中文字の色は書き足す度に色を変えて、それはやがてゲーミング・ルーン・コードになった。

 

「おいおい、これなんか危ないやつじゃねぇだろうな?」

「ぼくを信じて。万が一、億が一に失敗したとしても、爆発とかそういう痛くて危ない事は起こらないはずさ」

「効果は何なんでぇ?」

「それは見てのお楽しみ」

 

 なんて言いつつ、喉が渇いたのかパイモさんは水筒から水を飲み始めた。

 念の為、俺はアイテムボックスから盾を取り出しておいた。

 

「よし出来た。使うぞー」

 

 出来上がったルーンを、シャロは無造作にタップしてみせた。

 一秒、二秒……特に変化は現れない。

 結果、何も起きなかった。

 

「何かあったかしら? 魔力は……分からないわね」

「失敗でしょうか?」

「や、なんか違和感がある……」

「まぁそんなもんですわな。いくらパイモでも、本読んだくらいで新しいルーン・コードの構築なんて出来る訳がねぇ。実際、魔導院の奴等も何個か作って匙投げたらしいしな」

 

 困惑する一同。肩をすくめるドワルフ。

 魔力に敏感なエリーゼが何も言わない以上、魔法的なアレコレが起こったとも思えない。

 

「……実験は成功だぁ」

 

 そんな中、ベレー帽の淫魔は妖しい笑みを浮かべていた。

 

「おい……な、何だ今のは? アタイぁ、おかしくなっちまったか……?」

 

 そして、当のシャロはというと、慌てたように周囲をキョロキョロしていた。

 どうやら、二人にしか分からない事が起こったらしい

 

「お、お前等ぁ大丈夫か!?」

 

 かと思ったら、いきなり大きな声を上げた。

 狼狽していらっしゃる。一応、一党員のパラメータを見ているが、誰もダメージや状態異常を食らってはいない。

 強いて言うならシャロのMPがかなり減ってるが、これは鍛錬場帰りだから仕方ない。

 

「ん、まぁ」

「そ、そうか! あっ、おい! それよりお前! 今のは何だ?」

「おやおや、分からないまま使ったのかい?」

「途中から訳分かんなくなったんだよ!」

「しょうがないにゃあ」

 

 シャロの問いに、パイモさんは尚も悠然と水を飲んでいた。

 ふと見ると、彼女の水筒から水滴がひとつ落っこちた。

 

「いやね? できるんじゃないかと思ったら、試してみたくなるものだろう?」

 

 言って、彼女は唇を拭い、自身の足元を指差した。

 そこには、床に落ちた水滴の跡があった。

 先ほどの一滴だけではない、複数。

 

「さっき、ぼく等(・・・)の時を止めたのさ」

「……え?」

 

 どうやら、ルーンで時を止めたらしい。

 静寂が過る。理解が追い付いていないのか、シャロやドワルフだけでなく、エリーゼなんかも呆然としていた。

 そんな中、俺は床の水滴を見て、ピンとくるものがあった。

 

「……な~る」

 

 だいたい分かった。

 要するに、キンクリとか、絶対停止の結界系の時止めって事だろう。

 ともかく、ザ・世界的な時間停止ではないようだ。これからの異世界、時止め対策が必須になるかもしれないな。

 

「時を、止めた……? な、なんでぇそいつぁ……竜族権能とかそこらへんの話か?」

「いいや、ルーン技術の応用だとも。逆に、なんで誰もやらなかったんだい? 思いつくだろう、普通」

「んな訳……あるかぁああああああッ!」

 

 瞬間、一斉に騒ぎ出す森人組。

 質問攻めするドワルフに、頭を抱えて叫ぶシャロ。理解が追い付いてないルクスリリアとグーラ。唖然とするエリーゼとイリハに、考え過ぎて輪っかをオーバーヒートさせるレノ。

 そんな中、俺は顎に手を添えて……。

 

「実に面白い……」

 

 そう、一言呟いた。

 夢が広がりんぐ。




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