【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。楽しく書けています。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。

 今回は三人称、エリーゼ編です。

 何故エリーゼをヴィーカの孫にしたのかというと、頂いた感想に触発されたからです。
 こういう事平気でします。


少女の居場所

 蒼い月の夜。

 

 エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィアは、“愛”と共に生まれた。

 

 その日、父は我が子の誕生を寿いだ。

 その日、母は我が子の健勝を祈った。

 

 エリーゼは、愛で以て生まれ、

 やがて愛を失い、

 愛に飢え、死んでいない。

 

 弱き竜、儚き娘。

 宝を持たぬ貧しき子。

 

 誰でもないエリーゼは、思う。

 せめて、心だけでも、と。

 

 

 

 古今東西、竜族の赤子は貴重である。

 元より強靭な個である竜族は、人間のように子を成して命の灯を次代へ繋げる必要がない。よほどの事がない限り、ほっといても存続できるのだ。そのせいか、竜族は繁殖能力が極めて低い。

 が、必要かどうかでなく、それはそれとして愛の結晶が欲しいというのは竜も人間も変わらない。子を欲し、けれども叶わぬ竜族夫婦の如何に多い事か。

 大災厄の後、絶滅しかけたという歴史もある。感情的にも、実利的にも、子が生まれるのは喜ばしい事なのだ。

 

 そんな中、とある竜の一族に、ビッグニュースが報じられた。

 傲魔竜と宝銀竜の夫婦が、子を授かったというのだ。

 ただでさえめでたいニュースに加え、親が親であり、血統が血統であった。それはもう、一族総出でレッツパーリィである。

 

 傲魔竜アヴァリといえば、当代最強の竜魔導士で知られ、莫大な魔力と精密な魔法行使能力を有し、“呪詛”の権能を持つ最新の英雄である。

 宝銀竜テレーゼといえば、銀竜剣豪ヴィーカの娘であり、“祝福”の権能を持つ絶世の美女だ。その美貌は竜族一位。よしんば彼女が二位だとしても、竜族一位なのだ。

 なにより、生まれたのがヴィーカの孫というところが素晴らしい。ヴィーカの血統なんてナンボあってもええですからね。エリーゼの生誕で最も喜んだのは、彼の銀竜剣豪を輩出した一族の長であった。

 

「アヴァリ! よくやった! お前を一族に迎え入れてよかった!」

「そのお言葉ありがたく。しかし、順序が違いますな、長殿。逆鱗に触れますよ」

「おぉそうだったな! テレーゼもよくやった!」

「あら、はしたない。そうも喜んでは、長の威厳がなくなりましてよ」

「今日くらいは構わぬさ!」

 

 そんなこんなでお披露目会。

 赤子のエリーゼは、煌びやかな宴の最中代わる代わる色んな竜族の人たちに抱っこされた。

 一族の竜が挨拶に来る度、エリーゼの顔を見ては頬を緩ませ、歓喜の魔力をむんむん放出していった。

 髪の色がヴィーカと同じだとか、顔立ちは母親似だとか、目の色は父親と一緒だとか。

 竜族のイメージからは考えられぬ、賑やかで和気あいあいとした雰囲気の宴であった。

 

「エリーゼは本当に愛らしい……目元などお前そっくりではないか」

「ふふっ……赤子にしてこの魔力、貴方の子でもあるのよ」

「長ずれば私をも超えるかもしれぬな、はははっ!」

 

 大人たちは、エリーゼを祝福すると同時に、その将来に大いに期待していた。

 なにせ当代と古代の英雄ハイブリッド。魔法最強と近接最強が合わさり最強無敵に見えるのだ。どいつもこいつも頭がおかしくなっていた。

 

「おはようございます、エリーゼ様」

「ええ、おはよう……」

 

 新竜期、エリーゼは周囲の大人から蝶よ花よと愛されて育った。

 幼子にして、母譲りの美貌の持ち主であったのもあるが、何よりもエリーゼはその心根こそ一等美しかったのだ。

 

「今日は如何なさいますか?」

「何もないのでしょう? なら、書斎に行くわ」

「かしこまりました」

 

 在るべくして在り、驕らず、媚びず。それでいて華やかで、たおやかで、古典文学の似合う真の令嬢。

 生まれながらの貴人。命令されずとも、自ずと傅きたくなるような淑女であったのだ。

 

「おはようございます、エリーゼ様」

「礼は結構、続けて頂戴。武こそ騎士の本懐、励みなさい」

「はっ……!」

 

 両親に愛され、侍女たちにも愛され、近衛の騎士たちにも愛されていた。

 その頃のエリーゼは、皆から愛されていたのだ。

 

 しかし、エリーゼの竜生は、5歳の頃からおかしくなりはじめた。

 

「エリーゼ様、あまり大きくなりませんね……」

「一度医師に診てもらうべきでは?」

 

 竜族は、身体の成長が人間よりも早い。

 10歳で成竜を迎えるのだ。それ以上は不変となり、不老不死になる。自然、5つの頃には人間でいう10代前半くらいの容姿になるものである。

 けれど、エリーゼは違った。

 

「エリーゼ様は、本当にアヴァリ様のお子なのだろうか……?」

「馬鹿、聞かれたらどうする……!」

 

 1歳、エリーゼは新生竜だった。2歳、当然としてエリーゼは幼竜だった。

 3,4,5歳になって尚、エリーゼは幼竜の姿のままであった。

 それはまるで、同い年の人間族(かとうしゅぞく)の子供の様だった。

 

「病など、そんなはずはないわ……」

 

 エリーゼは祖父譲りの髪と、父譲りの瞳と、母譲りの美貌を持って生まれ、心身ともに美竜姫であると称えられた。しかしそれは将来性込みの賛美。幼竜時代が盛りなのではない。

 幼竜の美貌とはつまり、犬や猫の愛らしさ。竜族の女としては、相応しくないのである。

 

 この事で最も懊悩していたのは、当のエリーゼであった。

 愛により育まれたエリーゼは、母のように美しく、父のように強くなりたいと願うようになっていたのである。

 とても、純粋に。

 

 時は過ぎていく。

 

 いつだったか、エリーゼの母が城から姿を消したのは。

 いつだったか、父がエリーゼと話す機会が減ったのは。

 いつだったか、侍女たちがエリーゼを見る目に、侮蔑の色が混じりはじめたのは。

 

「本当、気味の悪い子ですわ……」

「一年にほんの少ししか背が伸びないなんて、どこか何かが狂っているのよ。病もないようだし、呪いなのかしら?」

「さぁねぇ……でも、やっぱり可能性としては……」

 

 竜族とは、魔力に敏感な種族である。

 竜の角は“権能”の源であると同時に、魔力を感知する感覚器官でもあるのだ。

 そういう感覚に敏感な竜族は、往々にして魔力に混じった“心”を感じ取る事ができる。

 

「いやだわ、態度ばかり大きいんだもの。混ざりものの癖に……」

「誰と交わったらあんな竜が生まれるんだか」

「前の騎士長は、そういえば青い瞳でしたわよね?」

「あー、あの大男? 強いばかりで頭の悪い……」

「そういえば、テレーゼ様が城を出たのも、騎士長が変わってからよね?」

 

 色付きの魔力。それは、表に出していい類のものではない。そういうものである。竜族が無暗に心を晒すなど、あり得ない事だ。

 森人もそうだ。心を静める事こそ森人の得意技。魔力に乗る感情は、ごく微弱。まして他者に心を悟られるなど、未熟の証である。

 

「おはようございます、エリーゼ様……」

「ええ、おはよう……」

 

 それが、下位の翼竜種ならどうか。

 それなりに高い魔力を持ち、魔力の操作が下手で、別に魔力に感情を乗せる事を恥だと思わない下位翼竜種(しもべたち)は、魔力感覚に秀でた竜族から見て、どうだろうか。

 

「はぁ……」

 

 エリーゼは、下位翼竜種が嫌いになった。

 けれど、それを表に出す事はなかった。

 エリーゼは高貴な竜族なのだ。下の者など、気にするべきではない。

 

 時は過ぎていく。

 

 6歳を過ぎたエリーゼからは、次々に欠陥が見つかって行った。

 容姿の異常性だけでなく、能力の異常性までも明るみになったのである。

 

「うぅむ、素晴らしい魔力だ。だが、どうにも形にならぬな。もう一度やってみろ」

「はい、お父様……」

 

 父からの魔法指導。

 魔力に秀でたエリーゼは、何故かあらゆる魔法の行使ができなかった。

 魔力はあった。父に勝るとも劣らぬ、莫大な魔力が。しかし、それを使う事ができなかったのだ。

 

「エリーゼ様、そろそろお止めになった方がよろしいかと……」

「はぁ、はぁ……いえ、もう少し続けます……」

 

 近衛騎士の下での、武技の鍛錬。

 ヴィーカの孫、テレーゼの娘。魔法はなくとも剣ならばと、エリーゼ自身そう思っていた。

 だが、これもダメだった。竜族にあるまじき膂力の欠如。竜族魔翼(つばさ)の展開ができず、竜族鱗鎧(よろい)も纏えない。諦めきれなかったエリーゼは、騎士が止めるまで技を磨くべく励んだが、それが実を結ぶ事はなかった。

 

「このままじゃ、このままじゃいけないわ……」

 

 やがて、運命の時が来た。

 幼子の姿で、魔法も使えぬ、力も弱いエリーゼの、権能お披露目パーティである。

 その宴には、祖父のヴィーカも出席するとの噂もあった。

 

「まさか、成竜で権能なしとはな……」

「もしやまだ成竜していないのでは? 年月を経れば、あるいは……」

「角は生えきっているではないか。我が子など、六つの頃には権能を有していたぞ」

「まさか、飛ぶ事さえできぬとはな……翼竜(ワイバーン)族の子供でもあるまいに……」

「あれがアヴァリ様の子か……?」

 

 10歳の誕生日であった。

 慣例により、一族総出で祝福されるべき場で、彼女は一族から見放された。

 身体の成長限界。魔法の無才。膂力の欠如。純粋竜族にあるまじき、“竜族権能”の未発現……。

 その様を、祖父のヴィーカも見ていた。

 

「申し訳、ありません……」

 

 生まれながらの貴人。英雄の子。英傑の孫。

 かつて、真の令嬢と謳われたエリーゼ。

 一族から見放され、侍従にまで見下され、あまつさえ偉大なる祖父にまで恥を晒してしまった。

 

「申し訳……ありません……!」

 

 竜族の子供は貴重だ。

 誕生は、とても喜ばしい事だ。

 だが、弱い竜は別だ。

 

 竜の竜たる所以とは、力にこそ在り。

 銀竜の一族であるならば、尚の事。

 そう、教えられてきた。

 

「俯くな、前を向け」

 

 恥辱に沈むエリーゼに、英雄は言葉をかけた。

 端から見ると、それは何に見えた事だろう。

 人間の感性なら、叱咤激励に見えたかもしれない。

 竜族の感性だと、死体蹴りに見えたかもしれない。

 

「弱さを認めろ。己を愛せ」

 

 英雄にどんな意図があったのかは、分からない。

 エリーゼが、その時どんな感情を抱いたかも、誰にも分からない。

 彼女はその日、“己”を知ったのだ。

 

「努々、忘れるな。我が孫よ」

 

 

 

 宴の後、エリーゼは実家の宝物庫で保管される事となった。

 誰あろう、父の指示によってである。

 

「エリーゼ、お前は脆い。だが価値はある。死なぬよう、傷つかぬよう父が守ってやる」

「はい、お父様……」

 

 母はエリーゼを愛さなかったが、父はエリーゼを愛し続けた。

 幼竜のまま成竜になった希少種。魔力を持ち、魔法を扱えぬ矮小な命。権能を持たぬ珍妙な竜。

 傲魔竜アヴァリ(エリーゼの父)は、娘を“宝”として愛した。

 娘は、父の所有物になったのだ。

 

 竜族は財宝を愛するものだ。

 それは殆どの竜族が持つ嗜好であり、父はそれが顕著な竜だった。

 だからこそ、エリーゼはとても大事にされた。

 

「エリーゼ様、お加減は如何でしょうか」

「悪くないわ……」

 

 宝物庫の最奥。最も大切で、貴重で、脆い宝を置いておくところで、エリーゼは保管される事となったのだ。

 宝の管理は信頼できる最上級の侍女に任せ、宝物庫は近衛最強の騎士に守らせ、城には常時翼竜族の兵士を駐在させた。

 

「久しいな、エリーゼ、身体の調子はどうだ?」

「はい、問題ありません。お父様……」

「うむ、美しい毛艶だ。良い仕事であるな……」

「ありがとうございます……」

 

 決して、宝に傷がつかぬよう、父は娘を保管した。

 嘘偽りない、愛ゆえに。

 

 

 

 そうして、100年と少しが経った。

 その間、エリーゼは一度も宝物庫の外を出ていない。

 

「おはようございます、エリーゼ様」

「ええ、おはよう……」

 

 宝物庫といっても、人間種が有している様な狭い物置部屋の様なものではない。

 古の空間魔法により拡張され、魔法により疑似的な月と太陽を再現し、庭や娯楽室なども存在するそこは、いわば城の中にある城であった。

 

「エリーゼ様、お手入れの時間にございます。どうぞ、こちらへ」

「ええ、分かったわ……」

 

 そんな場所で、エリーゼは100年の時を過ごした。

 最も信頼していた近衛騎士が死に、世話係の侍女が代替わりし、一年に一度会う父と話をしたりして。

 エリーゼは、腐る事なく生きていた。

 

「エリーゼ様、お散歩の時間ですよ」

「ええ、分かったわ……」

 

 幼子の時分、褒め称えられた淑女のまま。

 生まれながらの貴人の佇まいで、真の令嬢として。

 独り、俯く事なく過ごしていたのだ。

 

 ただ、飢えてはいた。

 

 

 

 ある日、それは突然にやってきた。

 傲魔竜の住まう城が襲撃を受けたのだ。

 

「オラオラオラァ! こんなんじゃ肩慣らしにもなりゃしねぇぞ!」

「一番強い奴! 出て来いやぁー!」

 

 襲撃者は世にも珍しい双子の竜族兄弟であった。

 背の低い魔術師の兄と、背の高い戦士の弟だ。

 

「チッ、どいつもこいつも腰抜けばっかじゃねぇか!」

「兄ちゃん! 兵士が逃げてくぜ! 追わなくていいのか?」

「馬鹿が、いいんだよ別に。狙いはあのクソ野郎なんだからな……」

 

 兄弟は傲魔竜アヴァリに恨みを持っていた。

 理由は単純。親の仇である。決闘でなく、奇襲で。誇りも誉れもなく、母はアヴァリに殺されたのだ。

 なので、復讐に来たのである。ついでに宝を奪いに来た。ちなみに理由の四割は後者だ。

 

「ふむ、よく来たな若竜共。最近の竜にしては骨がある。良い殺気だ」

「はっ、老いぼれが。決闘しにきてやったぜ、クソ野郎」

「母ちゃんの仇! オレが取ってやるぞォ!」

「二人がかりで決闘とは、まぁ良い……。相手をしてやろう、この傲魔竜アヴァリがな……!」

 

 大災厄より前、竜族同士の殺し合いなど珍しくもなかった。

 だが、現代だと珍しい。他竜族の城に殴り込んで宝を巡って争うなど、イマドキの竜族からすると野蛮に過ぎる。

 しかし、アヴァリは違った。彼は強欲で傲慢で、自身が欲しいと思った宝は力で手に入れてきたし、気に入らない奴は全員ぶっ殺してきた。相対する兄弟もまた、昔気質の蛮族竜であったのだ。

 

「私は我が財宝の全てを賭けよう。もちろん報復もさせない。貴様らは何を賭ける?」

「全てだ……!」

「オレも同じだ!」

 

 そして、財宝や誇りの為ならば、命を賭けて戦うのが昔気質の竜族男児というものだった。

 城の中には、既に下僕翼竜はいない。ほとんど兄弟に殺されたからだ。生き残った奴は逃げた。アヴァリは気にしない。どうせすぐ増えるからだ。

 

「ははははっ! 久しいなぁこの感じ! 存外やるではないか若いの!」

「落ち着け弟! 幻術に惑わされるな!」

「うぉおおおおおッ!」

 

 傲魔竜の玉座の間にて、三人の漢たちが戦っていた。

 呪詛が飛び、魔弾が爆ぜ、斬撃の余波で壁が崩落する、竜族同士の殺し合いだ。

 不死同士の殺し合いは凄惨で、血生臭い。四肢欠損と瞬時再生。飛び散る竜血。美しさなどない。狙いは常に一点、互いの心臓のみ。駆け引きなど、けん制など、全て一撃の為の布石である。

 故に竜族の決闘は、あまりにもあっさりと決着する。

 

「はははっ……! 見事だ、若いの……!」

「うるせぇ、死ね」

 

 ぐしゃりと、エリーゼの父の心臓が潰された。

 呆気なく、最新の英雄は死んだ。

 その戦いの勝者は、兄弟であった。

 

 アヴァリは既に息絶えている。心臓が潰されたのだ。再生する事はない。

 二対一とはいえ、尋常な決闘である。彼の一族からの報復はない。そして、勝者は全てを得るのである。

 

「さて……復讐も済んだし、あとは……」

「お楽しみの時間だな! 兄ちゃん!」

「おうよ!」

 

 兄弟が襲撃した理由は、復讐と財宝の簒奪である。そう、財宝だ。宝物庫の最奥にある、最高のお宝が真の狙い。

 それこそ、噂に聞く傲魔竜の娘であった。

 

 ヴィーカの娘、テレーゼ。アヴァリの妻といえば、竜族視点……否、異世界人視点最高に激マブの竜姫として有名である。

 ならばその娘は、きっと凄まじい美女に違いないと思ったのだ。実際、噂によると生まれながらの貴人とか真の令嬢とか言われてたらしいし、そんなん絶対激マブやんといった思考である。

 で、復讐の後でその娘を食べるのだ。蛮族思考の極みである。

 

「えーっと、どこだぁ……?」

「この扉じゃねぇか? オレでも壊せないぞ、これ」

「お、さすが弟。よし、今開けるぞ」

「兄ちゃん、オレ身体が熱くなってきたぞ!」

「うるせぇ! 集中させろ!」

 

 娘がいるのは、宝物庫の最奥であると思われた。

 アヴァリはよほど娘が大事と見え、宝物庫は恐ろしく厳重な施錠がされていた。

 物理的な罠や鍵は全て弟が破壊し、魔術系の仕掛けは兄が解除していった。

 

「はぁ! はぁ! もうすぐ、もうすぐテレーゼの娘を……!」

「もう我慢できねぇー!」

 

 道中、兄弟の息子は絶好調だった。

 あまりにも絶好調過ぎて、二人は歩きながら衣服を脱いでいった。全裸フルチンだ。

 戦闘後の熱が、今か今かと放出の時を待っていた。ギンギンだ。

 

「ここがその娘のハウスか!」

「いいから入ってみようぜぇ!」

 

 そうして、ギンギンフルチン兄弟は、宝物庫に押し入り……。

 

「我が名は、エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア。月夜に生まれし竜。傲魔と宝銀の娘。銀竜剣豪ヴィーカの孫。例え身体は屈しても、心まで屈するとは思わない事ね……」

 

 そこに、ちんちくりんがいた。

 

 噂通り、娘は美しかった。だがその美貌は、あくまで子供のソレであり、将来が楽しみだねとなる美しさだった。

 佇まいも噂通り高位竜姫そのもので、名乗りも最高に決まっている。もし一連の流れを平均的竜族女子がやれば、どんな竜族男子でも悩殺できてしまいそうなほど洗練されていた。

 だが、幼竜だ。いや幼竜に見える成竜だ。かわいいねとは思えても、全く全然これっぽっちも滾らない。

 

「弟よ、あの娘を犯せ」

「む、無理だよ兄ちゃん、ほら……」

 

 せっかくだからと事に及ぼうとしても、剣が無ければバトルができない。

 フルチン兄弟のギンギンは、エリーゼを見てしおしおになってしまったのである。

 それはまるで、花が枯れる様を早送りしたような光景であった。枯れたのは兄弟の性欲だが。

 

「くっ、不調法者……!」

 

 エリーゼは覚悟していた。

 城が襲撃され、父が敗れた事を悟った時、エリーゼはこれから起こる最悪な事態を、すぐに覚悟したのである。

 殺されるか、弄ばれるか。竜族を増やす為の孕み袋になる事だって、覚悟の上で竜の名乗りを上げたのだ。

 せめて、心だけでも、と。

 

「どうする、兄ちゃん?」

「あぁ~、そうだな~」

 

 にも関わらず、全くそんな事にはならなかった。

 別に期待していた訳じゃない。誰が好き好んで親の仇の慰み者になどなりたいものか。抵抗できる力があれば、エリーゼはとっくにやっていた。

 それはそれとして、屈辱であった。

 

「あー、まぁ……売るか」

「誰に?」

「人間種だよ。ナリはコレでも、ヴィーカの孫だ。人間どもの中にゃ、そんだけで高く買う奴もいるだろうぜ」

 

 そんなこんな……。

 

 エリーゼは戦利品として回収され、ラリス王国の老舗奴隷商会に売られる事となった。

 ついでのように不妊の呪いをかけて子孫繁栄ルートを潰してきたのは、せめてもの愉悦要素だったのだろうか。

 

 ともかく、こうしてエリーゼは外に出る事ができたのである。

 奴隷として、ではあるが。

 

 

 

 エリーゼが商品になってから、しばらく。

 

 かつてとは比較にならない安物の服を着せられ、ろくな調度品もない部屋で、座る椅子もボロい木の椅子で。

 しかし、エリーゼは高位竜族としての気品を保っていた。

 

「月なんて、100年ぶりに見たわ……」

 

 真に美しい者は、何があっても美しいのだと、エリーゼは信じている。

 例え泥の中であろうと、恥辱に塗れようと、奴隷に身を窶そうと。

 エリーゼには、己を愛する強さがあった。

 

 やがて買い手候補が現れたとの事で、エリーゼは別室で待機させられた。

 少し上等な服を着せられ、商会の女性従業員により身を清められ、何度も何度も「失礼のないように」と念を押された。

 だが、エリーゼにはどうでもいい事だった。誰に買われようと、自身がどうなろうと、全て些事だと思っていた。

 

 己は、ただ己であればいい。

 エリーゼは、約100年醸造し続けてきた信条を曲げるつもりはなかった。

 

「ふぅ……角の封印は息苦しいわ」

「静かに。くれぐれも失礼のないように、相手はあの……」

「分かっているわ。大変ね、貴方も……」

 

 そして、買い手候補がいるという部屋の前まで連れられ、ドアを開ける前に全ての封印を解除された。

 鮮明になった五感。解放された魔力感覚。手錠足錠はそのままだが、別に構わない。

 

「連れて参りました」

 

 で、準備完了となって、ドアが開けられた。

 

 

 

 ――その時である!

 

 

 

「ひゃ……っ!?」

 

 爆発だった。

 それは、生まれつき敏感な魔力感覚を持つエリーゼ視点、目の前で超巨大爆弾が起爆したかの様な衝撃だった。

 いや、爆発というには指向性があり、持続し過ぎている。それはさながら、爆発的な魔力の濁流であった。

 

 部屋には三人の下等種族がいた。奴隷商人と、ちんちくりんの淫魔と、絶えず爆発し続ける魔力源の人間族の男。

 それは、その青年から、エリーゼへ向けて放たれた、感情の乗った魔力であったのだ。

 

「かわいい……!」

 

 圧を増す魔力の奔流。それは、かつてエリーゼに向けられていたとある感情に似ていた。

 匂いで言うと果実。色で言うとピンク。味で言うとハチミツ。音で言うと「ゴゴゴゴゴ……!」で、触感で言うとふわふわねっとり。

 

 瞬間、エリーゼの脳内に閃く約100年前の記憶。

 母に抱かれ、父に見守られ、侍女や近衛に傅かれていた。

 誰もがエリーゼを肯定し、皆がエリーゼを尊重していた時分。

 己以外が、己を愛していた時の、あの感覚。

 

 これは、まさしく“愛”だ。

 

 いや、父からの愛というにはねっとりし過ぎている。けど愛だ。

 母から受けた事のある愛とも少し違う。それになんか脂っこい感じもするが、ともかく愛だ。

 下僕からの愛とも違う、あれはこんなに強烈じゃなかった。だが愛だ。

 

 今、エリーゼが感じた愛とは。

 初対面のこの男が向けてくる愛とは……。

 

 太陽のように眩く、

 暖炉のように熱く、

 青空のように純粋で、

 お菓子のように甘い……。

 

「我が名は、エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア」

 

 エリーゼは、愛で以て生まれ、

 やがて愛を失い、

 愛に飢え、死んでいない。

 

「月夜に生まれし竜。傲魔と宝銀の娘。銀竜剣豪ヴィーカの孫」

 

 弱き竜、儚き娘、

 宝を持たぬ貧しき子。

 

 誰でもないエリーゼは、思う。

 せめて、心だけでも、と。

 

「人間の貴方に、この私を愛でる覚悟はあるのかしら……」

 

 その時、100年ぶりに、

 己以外が、エリーゼの“飢え”を満たした。




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