【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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ひろりぼっちの反逆(下)

 もし、この異世界に転移なり転生なりをしたならば、俺は冒険者になる事をお勧めする。

 何故なら、異世界において迷宮稼業の成功はつまり、半ば人生の成功を意味するからだ。

 強くなれるし、儲かるし、モテるようにもなるらしい。異世界迷宮、潜るっきゃない。

 

 しかし、である。

 とても儲かる迷宮稼業だが、のっぴきならない副作用が存在する。

 俗に、“迷宮の狂気”とか“深域毒”とか、“冒険者病”と呼ばれるもので、要するに潜りまくると人として箍が外れるよというものだ。

 そういうのがあるから、銀細工は様子のおかしい人ばかりなのである、と。

 

 具体的にどう箍が外れるかは個人差があるようで、ウィードさんみたいに性欲が爆発するパターンもあれば、ニーナさんのようにマトモで居続ける人もいる。

 最悪なのが法に反する堕ち方をするパターンで、以前戦った“白銀の狂犬”のモブノや狼剣士のジャルカタールがソレである。

 

 幸い、これまで俺の一党に狂気に堕ちたロリは居ない。

 せいぜい、俺の精力が転移前よりお盛んになってたりとか、エリーゼの戦闘欲が上がってたりとか、グーラの食欲が去年よりも増してるくらいだ。

 そういった事情もあり、俺は“迷宮の狂気”なるものをあまり警戒していなかった。

 してなかったのだが……。

 

「迷宮行く行く行くぅううう! あぁやだもう今うんこ漏れる~! うんこ漏らす~! おぎゃあああああ!」

 

 シャーロット女史、恥も外聞もなくウンコテロ予告。遥か年下の娘にあやされている模様。すごい光景だ。

 恐らくだが、現在のシャロは件の狂気に侵されているのだと思う。

 復讐に取り憑かれているか、あるいはレベルアップ時の快楽の中毒になっているのかもしれない。

 つまるところ、休む暇があるなら戦っていないと気が休まらない状態なのだ。

 

 事態を矮小化する訳ではないが、俺は彼女の心境を何となく理解できた。

 要するに、受験生が抱く不安に近いのではないだろうか。

 何はなくとも、詰め込んで勉強しないと落第してしまうかもしれないという恐怖、落第したら人生が終わるのだという強迫観念。

 実際には、勉強は適度に休憩を挟む方が捗るとされている。どだい寝ないと記憶は定着しないのだ。しかし、分かっちゃいるけど止められない。かといって好きでやってる訳でもない。

 すると次第に思考回路がショートしていき、終いにゃ人格にまで悪影響を及ぼしてしまう。

 

「どうしたもんか……」

 

 腕を組み、呟く。

 以前図書館で読んだ本に曰く、狂気の進行は不可逆であるらしい。一度深域毒を吸い込むと、よほどの超人でない限り真っ当な人に戻る事はないそうだ。

 故にこそ、リンジュで戦った犯罪者共は更生の余地無しと全員処刑されたのである。

 

 それでも、やり方次第で狂気の克服は可能らしい。

 要は一気に過剰摂取するのが良くないのだ。少しずつ日常に慣らし、緩んだ箍をくっ付ける。その為にも、休息日を挟む必要があるのだが……。

 

「亭主殿~! 迷宮連れてって連れてって連れてって~! 何でもするからさぁ~!」

「ん? 今何でも……」

 

 と、いけない。何でもコンボが入るところだった。

 ロリに「何でもする」と言われて何にもしないほど俺の自制心は強くないのだ。

 

 さて、それはともかく実際問題どうすべきだ。

 今日一日を鍛錬に回すとかはどうだろう。いや、一時的にでも復讐とは無関係の事に集中させるべきか。何か代償行為になるものは無いか。

 

「ご主人様」

「あぁ、どうしたグーラ」

 

 その時だ。袖を引っ張られた方を見ると、上目遣いのグーラと目が合った。

 

「大丈夫です。ボクは一人で留守番できますよ」

 

 少し言葉足らずな感はあるが、言いたい事は伝わった。

 うんうんと、他の仲間も頷いている。

 シャロのパワー・レベリングは、メンバーをローテーションして五人一党で挑んでいる。それは、待機中の一党員の安全の為の処置だった。

 六人一党であれば、確かにもっと経験値の美味い迷宮に潜る事ができる。これまた書籍に曰く、狂気の度合いは迷宮の位階による差が無いらしい。つまり、下位も上位も同じくらいの量の毒を吸う訳だ。

 

「わかった。ありがとう」

 

 ならば、彼女の意を汲むべきだろう。

 今度。なにか埋め合わせをしないとな。

 

「シャロ、明日上位迷宮に行こう。だから今日は休ませてくれないか?」

「上位……?」

「ああ。もっと強い魔物がいるから、もっと強くなれるぞ」

「う、うん、わかった……」

 

 という訳で、不承不承ながら納得してもらった。

 それって根本的な解決になってませんよね? って話だが、仕方ない。今は質を上げて量を減らすのが賢明と言えよう。

 

「お? 誰か来たか」

 

 さて、そろそろ朝食を食べようとなった時、来客を知らせる魔導チャイムが鳴り響いた。

 例によって俺が玄関の戸を開けると、そこには荷台を引いた夜森人(ダークエルフ)の姿があった。

 

「よう、待たせたなぁイシグロの旦那!」

 

 誰あろう、ガリガリダークエルフの戦車工匠・ケインさんだ。

 現在時刻は太陽が出たばっかりで、早起きさんが多い異世界でもお宅訪問には不適当な時間帯である。けれど、過剰にキラキラしてる彼の目を前にしては何も言えなかった。

 なんか、異様な熱量を感じるのだ。

 

「は、はあ。おはようございます」

「そんな事より、やっと納得のいくモンが出来たんだよ! それを真っ先に見せたくてな! つい早起きしちゃったぜ!」

「と、いうと?」

 

 よっこいしょと、彼は引いていた荷車から一台の二輪車を下ろしてみせた。

 それは、紛う事なき自転車だった。サイズ的には大人用で、造形としてはマウンテンバイクに近いか。ゴムタイヤを履いた車輪は太めで、ハンドルにはちゃんとブレーキレバーも付いている。また、後輪にはキャリアが装着されていた。

 

「おぉ、マジで自転車。やりますねぇ……」

「勿論、旦那のだけじゃねぇよ。他にもあるからな、ぜひ見てくれ」

 

 とりあえず、残るチャリを一旦アイテムボックスに入れ、中庭に行ってから取り出した。

 大人用サイズの自転車の他には、子供用と思しき小さな自転車が五台。こっちのにはリアキャリアが付いてなかった。

 大が一つで小が五つ。間違いなく俺と皆用だろう。シャロが来る前の一党フルメンバーの異世界自転車が揃った訳だ。

 

「これが完成形ッスか」

「だいぶスッキリしたわね」

「この大きさならボクでも乗れますね!」

「ん、これなに?」

「前にパイモが乗っていたのと同じやつじゃ。淫魔王国で色々あってのぅ」

 

 俺用と同じく、皆用自転車も素晴らしいクオリティだった。

 フレームに使われてるのは何かしらの合金なようで、重量は日本で乗ってたチャリよりも重かった。

 

「おっと、久しぶりだなコレ」

 

 促され、サドルに腰を下ろす。跨ったままサイドスタンドを上げ、ペダルに足をかける。そのままゆっくり漕いでみると、それは想定よりもスムーズに動いた。俺の脚力が上がってるせいか、妙にペダルが軽い気がする。

 ハンドルも切れるし、ブレーキも利いてる。ゴムタイヤの質も高いようで、変に跡が付く事もなかった。

 漕いだ感じ嫌な摩擦は感じないし、チェーンの音も心地よい。ギアチェンジは出来ないようだが、まぁ筋肉でどうとでもなるだろう。

 

「我ながら良い仕事したんだよな! どうよ、自信作だぜ?」

「いやぁ本当に凄いですね。これはもう販売されるんですか?」

「それはまだまだ先になりそうだ。こいつぁコスト度外視で作ったからな。まだまだ売りモンにはなんねぇよ」

 

 どうやら、ケインさん的には完全高級路線で売りたいらしいが、広く売るなら安くすべきだと商会の人にアドバイスされたらしい。最終的には鉄札冒険者でも買える値段になるよう頑張るんだとか。

 そんな中で、これは俺用に作ってくれたものらしい。出資者の特権である。

 

「はいはいはい! アタシも乗ってみたいッス!」

「じゃあもっと広いとこ行こうか」

 

 皆も自転車には興味津々なご様子だ。

 中庭だと練習できないので、然るべきところで乗ろう。

 

「ケッ、こんなのガキのオモチャだろ……」

 

 けれど、シャロはご機嫌斜めだった。

 まぁ明日までの辛抱だから。

 

 

 

 

 

 

「ひぃやっほぉーう! 最高だぜぇーっ!」

 

 二時間後、運動公園の一角ではロリ用自転車を乗り回すシャロの姿があった。

 泣いた鴉がもう笑う。先程までの駄々っ子ムーブはどこへやら、それはもう楽しそうにペダルを漕いでいらっしゃる。

 

「うぉおおおお! ケイデンス上げるッス!」

「楽しいですね! 走るのとはまた違う感じです!」

「うわっとと!? 着地ん時に転びそうになるのぅ」

「ん、待って」

 

 シャロだけではない、皆も自転車で大はしゃぎである。

 今俺達がチャリンコを漕いでいる此処は、前にお泊りしてメイドプレイをした運動公園のダートエリアである。

 異世界人は運動神経が良いからか、彼女等は自転車の運転をすぐに習得した。今となってはモトクロスみたいに跳び回っている。スポーツ万能のグーラなど、ジャンプの最中に一回転なんかしていた。

 

「私はこっちの方がいいわ」

 

 ちなみに、エリーゼは俺が漕ぐチャリのリアキャリアに乗る方がお好みらしい。

 決して、初挑戦の自転車で転びまくったが為ではない。

 

「ひと漕ぎでこんなに動けるのは驚きです。収納魔法持ちの運び屋さんは、もう馬に乗らなくなるかもしれませんね」

「主様のトコでは皆これに乗ってたんかのぅ?」

「うん、まぁそれなりに。他にも、ペダル無しでも動くやつとかあったよ」

「やっぱり、進んでるのね。アナタの故郷は」

 

 個人的には、自転車よりもバイクの方が馴染み深い。いちいちキックスタートしてた愛車が懐かしいね。

 何にせよ、自分で運転する乗り物は楽しいもんで。後ろに銀髪竜ロリお嬢様がいるなら尚の事すばらしい。

 

「ありゃ何だ、新手の召喚獣か? しかし魔力は無ぇようだが……」

「聞いた事がある。最近、毎朝二つの車輪に跨って爆走する淫魔の噂を……。まさか完成していたとは」

「知っているのかライデン」

 

 ダートエリアには他にも人がいて、中には召喚獣の騎乗練習をしている冒険者の姿もあった。

 ふと、その中に見覚えのある姿を発見した。

 

「おや、イシグロさんではありませんか。こんにちは~」

 

 眼鏡っ娘淫魔のニーナさんだ。

 珍しい事に、彼女は赤黒い体毛の馬に騎乗していた。基本的に図体のデカい異世界馬よりも、前世で見たサラブレッドに近い。なかなかのイケメンホースである。

 

「こんにちは。ニーナさんは乗馬の練習を?」

「あ、いえ、乗馬という訳ではなく……」

 

 見ると、彼女は手綱を持ってはおらず、その馬も馬具を装着していなかった。

 まるで、野生の馬に跨っているみたいだが……

 

「おい、あまりニーナさんに近づくなよ。変態野郎」

「え……」

 

 訝しんでいると、件の馬が無愛想な声を発した。

 流暢な異世界語。聞き覚えのある声。赤黒い馬の正体は、百合吸血鬼のクリシャナさんだった。

 

「キェアアアッ! 喋ったぁ!?」

「ええ、クリシャナさんの変身能力で馬に成ってもらってるんです。なので、乗馬と言うよりは連携訓練ですね」

「ふん、貴様のような下等種族には出来ない芸当だ」

「おう……?」

「まぁ楽しいならいいんじゃないかしら」

 

 ボフンと、誇らしげに鼻息を吹くクリシャナ号。鬣など揺らして立派なお馬さんぶりである。

 考えようによってはヨツンヴァインで文字通り馬乗りされてる訳だが、屈辱的ではないのだろうか。いや嬉しそうだな、うん。思い返せば俺も皆の馬になった事あるし、あの時は存外悪い気はしなかったな。

 

「それにしても、皆さんが乗っている車輪は新しい人力車か何かでしょうか? とてもお速いですね」

「え、あ、はい。自転車と言って、とある淫魔が開発したものになります。速さは乗り手次第ですかね」

「むっ、ニーナさん、ぼくの方が速いですよ」

 

 と、何故か流れでグーラとクリシャナさんでスピード勝負をしてもらう事に。

 そのまま位置に着いてよーいドン。盛大な土煙を巻き上げ、吸血馬と自転車が鎬を削る。

 両者ともに完全にオートレースのスピード感である。馬とチャリなのに。

 

「おぉ、どっちも速いな」

「銀細工級の馬だものね」

「グーラ! もっと気張るッスよ!」

「あんまり力むとペダルが壊れるんじゃよ」

「ん、もっと頑丈じゃないと……」

 

 結局、レースは吸血馬のクリシャナ号が勝利したが、チャリンコ乗りのグーラも中々いい勝負をしていた。

 

「負けましたぁ……」

「ぼ、ぼくの方が速かったぞ……!」

「おめでとうございます。どうやら、自転車は疲れづらいのが利点のようですね」

 

 リンジュに行った際、京都名物めいた馬人車は原付くらいの速度を出していた。

 恐らく、もっとマシンの性能が上がれば更なるスピードと航続距離を実現できるのではないだろうか。

 

「それでは、私達はここで走ってますので」

 

 モトクロスやらレースやらも程々に、馬術訓練? をするニーナさんとお別れする。

 俺達はランニングコースでサイクリングだ。

 

「いい風ね……」

「ん、こういうの、凄く良いと思う」

「お嬢さん方ぁ質素だねェ。若いモンぁもっと刺激求めるもんじゃあねぇのかい?」

「満たされてるんじゃよ」

「かーっ! 言ってくれるねぇ!」

 

 夢にまで見た自転車デート。

 後ろにエリーゼを乗せ、皆も各々自転車を漕いでいる。

 某父ちゃんの回想シーンを思い出す。まさしく幸せの光景と言えるだろう。

 

「っと、ここらでお昼休憩しようか」

 

 いい時間なので、湖の近くにあった東屋で休憩。自転車のサイドスタンドを立て、テーブルにお昼ご飯を並べていく。

 こうしていると、前世趣味でやってたツーリングみたいだ。当時はソロツーだったが、今はロリツーである。

 

「んぅ~! たまにはこういう濃い味も良いッスね~!」

「ほれ、スープも呑むのじゃ」

「ありがとうございます。いただきます」

「ん、熱を維持できるの、ホントに凄いと思う」

 

 本日のお昼は先ほど売店で購入したラリスサンドやその他屋台メシである。そこに、水筒に入れたコーンポタージュをプラスだ。

 寒い冬に湯気の立ってるコーンポタージュ。芯から身体が温まるってなもんよ。

 

「亭主殿の収納魔法もそうだが、スゲェなこの水筒。アタイの知らねぇうちに色々と進歩してんだなぁ」

「多分、王都が進み過ぎてるだけッスよ」

「淫魔王国も大分進んでますよ。ボクの村には村長の家にしか魔道具はありませんでしたし」

「格差じゃな~。わしの実家も薪と竈で料理しとったのじゃ。まぁ火起こしは陰陽術じゃったが」

「そういえば、聖輪郷には魔道具が無かったわね」

「ん、魔道具嫌いの上位天使の方針で極力使わないようにしてたんだって。最近、死んだけど」

「パレエスか。これから聖輪郷も近代化してくのかね」

「何でも新しくなる事が必ずしも良い事とは限らないと思うけれど……」

「そう、それよ! 最近の若ぇのはやれラリス式だリンジュ式だのチャラついた装飾に傾倒しやがるんでぇ!」

「でも飯はラリスのが良いって言ってたじゃないッスか」

「それは、それ。言っちゃアレだが、故郷の飯はヒンソーだったからなぁ」

「そういうところもボクのいた村と同じですね。ご馳走といえば、父が狩ってきてくれた獣のお肉で。家畜のお肉を食べたのはご主人様が拾い上げて下さってからですね」

「主様の奴隷になってからのが美味しい思いしとるんじゃの~、わし等」

「ん、わたしなんて、あのままだったら家族共々殺されてた」

「お、お前等、苦労してんだな……」

 

 なんて話をしつつ、食後のお茶など飲んでまったりする。

 ふと見ると、近くの湖で釣りをしている人を発見した。

 彼等の使っている竿にはリールが無く、棒の先端に糸がくっついているモノだった……ってうお!? マグロみたいな魚釣ってる人いる!

 

「すげぇな、異世界フィッシング……」

「ん? 亭主殿ぁ釣りやった事ねぇのかい?」

「まぁ釣り堀でなら」

「アタシは無いッスね。淫魔王国の魚は基本養殖ッスし」

「釣るより罠のが獲れるんじゃ」

「冬の川で鮭を獲った事ならありますよ」

「それは釣りなのかしら……?」

「素手ですね。こう、狙いを定めて……」

「や、そもそも釣りって何?」

「なんだレノっちは釣り自体知らねぇのか。よぉし、んじゃあアタイが教えてやっか!」

 

 どうやら、シャロ以外に釣り経験者はいないらしい。

 という訳で、湖の近くにあった小屋で道具一式を貸してもらい、ロリ生初の釣りにチャレンジする事に。

 ちなみに管理人のドワーフお爺さんに曰く、釣った魚は持ってっていいらしい。あと、「この湖には人食い魚はいねぇから安心していいぜ!」との事。人食い魚いる湖とかあるのか、異世界……。

 

「ん、これがエサ? 魚は虫を食べるの?」

「あまり触りたくないわね……」

「しょうがねぇなぁ竜族のお嬢様はよ」

 

 桟橋のようなトコに移動し、エサを付けて釣り糸を垂らす。一番良い竿を貸してもらったが、これにもリールは付いてなかった。何だっけ、昔床屋で読んだ古い釣り漫画に出てきた竿に似てるんだが……。

 

「おっ? 釣れた!?」

 

 なんて考えていると、あっと言う間に釣れてしまった。

 釣り針にはハリセンボン体型のピラニアみたいな魚がくっ付いていた。目が合う、今にも噛みついてきそうな凄みだ。普通に怖い。

 

「この魚は食べられるんでしょうか?」

「あー、そいつぁダメだ。臭くて食えたもんじゃねぇや」

「しゃあ! アタシも釣れたッス! なんか面白いッスねこれ!」

「おう、それは食えるやつだぜ! 適当に塩振って焼くと美味ぇんだ!」

 

 異世界は魚までアグレッシブなようで、エサと見るや警戒なくバトルを挑んでくる。まさに入れ食い状態だ。

 他の釣り人はというと、普通に力負けしてたり餌だけ取られたりしている。異世界フィッシングはゆったりした趣味って感じじゃなさそうな。

 

「あっ、また取られてしまいました……」

「やったのじゃ! 大きいの釣れたのじゃ!」

 

 膂力ステが絡んでるのかと思えば、釣果的にはグーラよりイリハのが多い模様。ステータスとは関係なしに、釣りスキル的なもんでもあって、それが高い方が釣り易いとかあるのだろうか。

 

「なるほど、だいたい分かったッス……。ちょっくら真ん中の方行ってくるッス! 行くッスよ、レノ」

「ん、大物の探知は任せて」

 

 何だかんだ言いつつ釣りにハマッたらしい飛行組は、ボートも無しに湖の中央まで飛んで行った。どうやら、飛びながら釣りをするらしい。

 落ちたら大変だが、まぁ大丈夫だろう。

 

「えーっと、なぁ……ちょっといいか? 亭主殿」

「ん?」

 

 ちょこちょこ場所を変えて釣り糸を垂らしていると、シャロはもごもごと口を開いた。

 見ると、彼女は気まずげに水面を見つめていた。

 

「……駄々ぁこねて、すまんかった」

 

 言葉にするのも恥ずかしい。けれど恥ずかしがるのを見られたくない。そんな風に、素面と赤面の間で言葉を継ぐ。

 不規則に揺れるエルフ耳が、彼女の不安定な心境を表していた。

 

「そういやぁ、ついさっき思い出したんだよ。迷宮って、行き過ぎると色々変になっちまうらしいな。無理にでも此処に連れてってくれて、ありがとな」

「いいよ」

 

 言って、俺は虹色に光る魚を釣り上げた。さっき教えてもらった。これは食えないやつだ。

 食うのが目的って訳じゃない。それでも、魚を釣った事自体が嬉しく、釣りをしている時間が楽しいと思える。

 それはきっと、俺が根っからの釣り人だからではなく、皆と……シャロと一緒だからなのだろう。

 

「シャロはさ」

「うん?」

 

 虹色魚をリリースし、俺の方も問いを投げる。

 

「全部終わったら、何したい?」

 

 問うと、シャロは俺の方を見やり、すぐに釣り糸の先に視線を戻した。

 湖の中心で、飛行組が魚群探知をしていた。別の桟橋ではヌシっぽい巨大魚とグーラが格闘していて、虫網みたいな網を持ったイリハがオロオロしている。その隣で、エリーゼが長靴を釣り上げていた。

 暫しの沈黙、赤い目のシャーロットは色の無い声を発した。

 

「……考えてなかったな」

 

 大きなバケツの中には、釣った魚が沢山泳いでいる。この魚は、ガンガンに塩を利かせて焼くと酒が進むのだと、嬉しそうに語っていた。

 シャーロットは、復讐の為だけに生きている訳ではない。酒を呑み、飯を食って、風呂を楽しむ心が残っているのだ。

 ややあって、長生きしている森人は、「そうだなぁ」と軽い音を漏らした。

 

「やっぱ、ルーン彫刻だな。アダムスの野郎はああ言ってたが、皿とかコップに彫刻するってのも悪くねぇもんだぜ。何せ綺麗だ」

 

 曰く、武器へのルーン彫刻は廃れたが、陶磁器への彫刻技術は残っているらしい。ケナズ・ブランド的な感じで結構人気だったとか。

 それを復活させたいのだと、彼女はそう続けた。

 

「その前に、恩返しさせてくれよな。返し切れねぇくれぇあるけどよ。時間かけてもやり遂げるからさ。だから長生きしてくれよな、亭主殿」

「あぁ」

 

 結局、その日は午後いっぱいを釣りに費やし、食用の魚は専門の氷特化魔術師に頼んで冷凍してもらった。

 世間話に聞かされたのだが、曰くその魔術師さんは元鋼鉄札の冒険者らしい。また、何故かニヤニヤ顔で娘自慢をされた。今度次の子が産まれるのだとも。

 迷宮稼業を続けられなくなっても、彼の人生は続いているのだ。

 

「釣りって意外と楽しいのね」

「次は自分でエサ付けてくれや」

 

 当然として、シャーロットにも。

 復讐の後は、確実に訪れるのだから。

 

 

 

 

 

 

 それから、俺達は迷宮探索を続けた。

 普段の習慣以上、強化月間以下のペース。元々中位職だったシャロは、あっと言う間にレベルを上げていき、今やルーン系上位職の“ルーンエスカトス”に昇格した。

 

 勿論、程々のタイミングで休息日を設けた。

 時に郊外へ自転車デートに出かけ、西区の美術館に行ってルーン始祖の打った短剣を見に行き、毎度お馴染み異世界スーパー銭湯にも行ったりした。

 そして、冬の終わりが見えた頃……。

 

「……来たか」

 

 第三王子から手紙が届いた。




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 先天的に迷宮の狂気を無効化ないし軽減できる人とかもいます。
 シュロメやディエゴがまさにソレで、ガンガン潜っても狂気に飲まれる事はありません。逆に言うと、極限状況でもマトモで居続けてしまう訳ですが。
 ウィードやリカルトが比較的マトモなのは、そもそも迷宮探索の頻度が低いからですね。
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