【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。感謝です。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
翌日未明、西区のギルドで正規の依頼書を受け取った俺は、最近すっかりゴブサタだった空戦車に乗り込んで、一路空の旅へと飛び出した。
行き先は、ラリス王国から見て北東にあるゲパルト領。迷宮ギルドのあるアイゼン市には向かわずに、ケナズの里に最も近い町に直行である。
「ぎぇ~! なんかここまで速ぇと高ぇ怖ぇとか分からなくなるなオイ!?」
「杖を手放さない事ね。落ちたら大変よ」
「ん、その時は助ける。間に合わなかったらゴメン」
「た、頼むぜレノっち。お前さんだけが頼りだ……」
道中、朝から顔を強張らせていたシャロは、初めての空戦車にビビッていた。
そら上空一〇〇メートル以上の高さで時速一〇〇キロ以上出して飛んでんだからそうなるよって話だ。今でこそ慣れて何ともないが、イリハも最初は怖がってたし。
「えへへ♡ あったかいです♡」
「よーしよしよしよしよしよしよし!」
ちな、俺は座席の関係で膝の上にグーラを乗せて座っている。
万が一にも落ちないように、対面姿勢で抱きしめ合う。彼女はこうやって身体を密着させるのが好きなのだ。
「じゃあ、今日は次に見えた町で一泊しよう」
「早くないッスか? もう少し行けるッスよ」
「ほれ、あそこの雲を見るのじゃ。降ってきそうじゃぞ」
「消し飛ばしても良いのだけれど?」
「おっかねぇこと言うもんじゃねぇぜ……」
「冗談よ。ふふっ……」
冬のお日様はすぐ居なくなるので、当然として移動時間も短くなる。夜間飛行は危険が危ないのだ。
王都から都市へ、都市から町へ。そうして、俺達はいくつかの拠点を経由し、件の集合場所にやってきた。
「……なんか、懐かしい気がするぜ。ちょっと前までは普通に来てたんだけどな」
ラリス王国北東、ゲパルト領はフォルスト町。
亜人種の領域――上森人が居を構えるアルヴの森に近いこの町は、冬だというのに活気があった。
積もった雪が退かされた通りには子供の姿がチラホラあり、モコモコのコートを纏った婦人が世間話などしている。アルヴの森からの輸入か、マッチョなドワーフ人足が元気よく箱や木材を運んでいた。また、王都やカムイバラより道行く人の亜人率が高い気がする。
石造りメインのラリス王国では珍しく、建物は木材がメインに使われているようだった。全体的に二階建て住宅が多く、王都と比べて背の高い家が見当たらない。地面も土がむき出しで、雪の影響で湿った道は人の足で舗装されていた。
何となく、王都とは別種のファンタジー味を感じられる町だった。
「着いたぜ、亭主殿」
「ありがとう」
この町には何度も来た事があるらしいシャロに案内され、集合場所に指定されたギルド管轄の酒場に到着する。
木と石のハイブリッド酒場である。待ち合わせ場所に選ばれたそこは、お馴染み王都西区のクソデカ転移神殿風でもなければ、重要文化財じみたカムイバラの転移神殿にも似ていない。迷宮の無い町にあるこの酒場は、地方の冒険者依頼斡旋所である。
要するに、異世界ファンタジーモノでよくある冒険者の集う酒場だった。こういうの好き、ワクワクしかしねぇぜ。
ギギギ……と重たい音を立て、ガッツリ閉じた扉を開ける。
すると、中にいた同業者達から一斉に鋭い視線が飛んで来た。
見慣れない一党。奴隷と主人のロリとロリコン。頭目の胸には、ラリス王国の銀細工。ついでに全員一等級装備。
「「「うげっ!?」」」
結果、瞬間、当然に、彼等は俺等から目を逸らした。
改めて観察する。パッと見、ここの冒険者に強い奴はいなそうだ。いいとこ鋼鉄札が数人で、他は鉄札程度である。まぁ外の魔物は経験値あんまくれないからね、しょうがないね。
「失礼。王都から依頼で来た者です」
「あ、はい」
全員捕捉し、どう戦うか考える。単騎でいける確信を持ちつつ、俺は受付にいたお姉さんに依頼書を手渡した。
暫く待てというので暫く待つと、先のお姉さんに呼ばれて二階の奥に案内された。
「失礼します。イシグロ様をお連れしました」
「ええ、どうぞ、お入りください」
応接室である。促されるまま入室すると、そこには仮面を被った狐人男性がいた。彼が本任務の実働部隊を指揮するエージェントである。
桜色の髪に、種族を表す狐耳とフサフサ尻尾。装備はリンジュの陰陽術師風で、腰には太刀が下げられている。目が合うと、顔を覆う仮面がニッコリと微笑んだ。
そう、
「お、お主は……?」
いや、まぁそれはいい。
怪し過ぎる風体だが、その程度じゃ王都冒険者の怪しさランキングを更新するには至らない。そこはいいのだ、別に。
その声。その物腰。顔を隠して正体隠さず。俺は、イリハは、彼の事を見知っていた。
「ドーモ、イシグロ・リキタカ=サン、マスクド・テンコです」
「シラヌイさんですよね? 九尾の枝の……」
「はて?」
仮面で顔は見えないが、どこをどう見ても彼はシラヌイさんその人だった。
九尾の枝のシラヌイ。聖輪郷での戦いより前、イリハを連れ帰ろうとした九尾の枝の家臣である。誘致に失敗して斬りかかってきたので、普通にハメて制圧した。あの後、衛兵に捕まったのは確認しているが、それ以降どうなったかは聞き及んでいない。
てっきり実家に帰ったものと思っていたが……。
「まさか、またイリハを狙って……!?」
「いいえ、私はシラヌイではありません。偶然王子に勧誘されて、ラリス金細工として働いています。九尾の枝家とは実際無関係」
「いや、その狐耳とか。どう見てもシラ……」
「シラヌイは存在しない。いいね?」
「アッハイ」
欺瞞! と言いたいところだが、彼の胸には実際ラリス式の金細工が下げられているではないか。何たるミノフリ・ジツ! 彼は沈みゆく泥船から一抜けしたのである。ワザマエ!
まぁ何だか知らんが、今は第三王子に仕えているようだ。とはいえ、過去の所業は消えはしない。俺は然るべき警戒心を保ちつつ、彼に促されて席に着いた。他者の目もないので、皆も着席である。
警戒されるのは当然と理解しているようで、相対するマスクド・テンコと名乗ったシラヌイさんは存外と真摯な態度を保っていた。キリッとした表情を浮かべる仮面のせいでイマイチ締まらないのだが。
「それはそうと、驚くくらいに都合がいい時に来てくださいましたね。案内役を残して翌朝に出発する予定でしたので、イシグロ殿も同行して頂ければと」
怪しさ満点なエージェントはともかく、どうやらタイミングはばっちりだったようだ。部隊員は集まりきってるそうで、そこに俺が来て翌朝に出発である。やはり速度、速度こそが全てを解決する。
話が簡便なのは歓迎だ。俺は味方化した狐男と別れ、諜報部隊が借りているらしい宿屋に向かった。
一泊して、ケナズの里に行くのである。
〇
時は進んで翌朝である。
第三王子直属の調査隊は、数台の幌馬車と共に町を出た。
俺達は空戦車に乗って殿を務め、シラヌ……マスクド・テンコ氏はお札から呼び出した召喚獣の巨大虎に乗って移動していた。
ちな、件の召喚虎を見たイリハは……。
「はぇっ? それ、カムイバラ十二神将の霊獣じゃ……?」
「おや、ご存じでしたか。実はこれ、故郷の競売で超安値で手に入れたものでして。どうやら然る名家が没落した折に出品されたものらしく……」
「隠す気ねぇなこの人」
なんか、初邂逅が仕事モードだったにしても、前より明らか明るくなってる気がせんでもない。職場環境が変わった事で、元の人格を取り戻したとかそんなんだろうか。
とはいえ一定の距離間を保っているあたり、彼も弁えた大人である。
「さて、ここから森に入ります。九尾に五行を説くようですが、冬の森にはご用心を」
しばらく進んで森に差し掛かると、監督役のテンコ氏の号令で部隊の警戒レベルが引き上がった。
幌馬車から戦闘要員と思しき人達が現れ、剣を抜く。俺達も空戦車を下り、武器を提げて歩いた。
「もう少し、もう少しか……」
硬く強張ったシャロの声が、冷たくなった耳朶を震わせる。
町の近くの街道はともかく、森の道には雪が積もっている。木々は今でも緑を蓄え、時折重さに耐えかねた枝が白い塊を落としていた。
「雪が深いので、足を取られないよう気を付けてください」
「ええ。私達は特にね」
「それよりラザニアに乗せてもらった方がいいのじゃ。エリーゼ、手を」
「ん、飛んだ方が楽。即応性も上がる」
「あ、それもそうッスね。よっこらせっくッス!」
対雪仕様の車輪の軋みに重なって、雪道を踏み鳴らす足音が連続する。流石に王子選りすぐりの調査部隊だけあり、部隊は野外での行進に慣れているようだ。俺とて雪系ダンジョンには慣れてるが、それでもやっぱり歩きづらい。
そんな中、俺達一党は戦力として期待されているのだ。せめて役割を全うせねばと、気合を入れて前に進む。ルクスリリアとレノは空を飛び、グーラとシャロはすいすい歩いていた。エリーゼとイリハは守護獣の上で警戒である。
「……ここが、ケナズの里です」
やがて、一行は目的地に到達した。
森の道を抜けた先にあったのは、白に覆われた廃墟だった。
門も、壁も、柵も無かった。燃え残りの黒と、陽を照り返す白。レンガで組まれた円筒は土台部分で両断され、そこかしこに大小の瓦礫が散らばっている。どこを見ても、一つとして無事な家屋は無かった。
ただ美しいだけの白雪が、凄惨な現実を隠していた。
「ははっ……」
シャロの喉が震え、乾いた音を漏らした。
現実感がない。顔にそう書いてあった。
何もない。無くなったのだ。見開かれた両目の奥には、どんな景色が映っているのだろう。
「皆さん、作業を開始してください」
テンコ氏の指示に従い、馬車に乗っていた人達が動き出す。
ある人は召喚獣に指示を出し、ある魔術師は積もった雪を除去しはじめる。斥候の人は連携して里の測量を始めていた。
残る人達は幌馬車から何かしらの魔道具を取り出して、いくつかの機器と連結してレーダーらしきものを立てている。中には野営の準備を始める人もいた。
熟練している。手慣れていた。この程度、よく見る光景なのだろう。規律正しく一斉に動き出す部隊を、シャロは透明な瞳で眺めていた。
「今日一日は里の安全確認を行い、翌日から本格的な調査を開始します。イシグロ殿は里の中で待機を」
「わかりました。天幕は此方で用意してますので、我々の分はお構いなく」
「かしこまりました」
何かあったら笛を吹くのでと、俺達は待機となった。
特にやるべき事もないようなので、俺達は野営の準備を終わらせた後に里を見て回った。
「痛ましいですね……」
「ん……」
この異世界、魔物による悲劇はありふれている。
グーラもまた、魔物災害によって故郷を追われた被害者の一人だ。この光景には思うところがあるのだろう。
「ここ、アタイの家だ」
雪をかき分け、坂を上る。里全体を見下ろせるところに、一際大きな屋敷の残骸があった。
シャロの実家は、横半分だけが残っていた。玄関には左右を分ける鋭利な断面があり、向かって左側が瓦礫の山になっている。
扉のない玄関から入ると、屋内にまで雪が積もっていた。
白い廊下を歩き、煤に塗れたドアを開く。扉の先は、割れたガラス窓や灰でいっぱいで、家具も軒並み倒れ、壊れていた。
そんな中、部屋の隅に置かれた安楽椅子だけが原型を保っていた。
「死んだ爺ちゃんがさ。昔、この椅子でよく昼寝してたんだよ、暖炉の火に当たって、何回も読んだ本持って……。あー、こっちの机はもう直らねぇな」
思い出を探るように、残った家の中を見て回る。細かくなったガラス片が、歩く度にジャリジャリと音を立てた。
崩れた階段を飛んで移動し、二階に上がる。そこも一階と同様だった。屋敷内の殆どがモノクロで埋め尽くされ、触れると崩れそうな程に脆くなっていた。
けれど、そこには確かに生活感の残滓があった。この家には、シャロの家族が住んでいたのだ。
「アレ、あそこにある石、真新しくないッスか?」
「墓標のようね」
入る時は気づかなかったが、大きな庭に一つの岩が鎮座していた。
明らかに運ばれてきたものだった。岩の上に雪が積もっている。
墓標と思しき岩の表面には、「ケナズの民」という文字が彫りこまれていた。
「多分、先に来てたゲパルト家の人達が立ててくれたんだろうな」
「……ああ。有り難ぇ話だ」
シャロは墓石に積もった雪を払い、深く彫られた文字をなぞった。
この場所は、里を一望できる場所だった。俺は黙祷を捧げた。合図もなく、皆も続く。
「今ぁ瓦礫置き場みてぇになってるけどよ、あそこに畑があったんだ。春になると、野菜がいっぱい実ってな。里の皆で収穫すんだ」
立ち上がったシャロは、思い出を辿るように里のあちこちを指差していった。
彼女の口からは、幸せに満ちた思い出というより、何て事もない日常が語られた。それこそが彼女にとってのかけがえのない宝物だったのだ。
「そんで、あそこの家が
その時、言葉を止めたシャロの頬を涙の筋が過った。
「ホントに無くなっちまったんだな。アタイの家族だけじゃねぇ。酒蔵のジョーに、炭職人のミーア。あそこの家の夫婦は、ついこの前にガキが産まれたばっかでよ……」
思い出を辿る手を下ろし、シャロは静かに涙を流した。
「みんな、あいつに殺されちまった……」
ギュッと、優しい両手が拳を握る。
彼女の腰には、ルーンを刻む剣と杖があった。
乱雑に、涙を拭う。赤い瞳が、復讐心を超えた激情を湛えていた。
「ぜってぇ、アタイがぶっ殺してやる……!」
低く放たれた声音は、数えきれない程の感情で溢れていた。
一日目の調査は拠点の設営と周辺の安全調査で終わり、続きは翌日に回された。
曰く、炎爪の身体の一部でも残っていれば、そこから占いで居場所を特定できるそうだ。その為、一度里を隅々まで調べ、外の調査はそれからになる。
「多分、アタイはこっちに逃げたんだと思う。そこからはサッパリだ」
翌々日、調査開始から三日目。俺達は斥候の女性と共に里の外を回っていた。
襲撃当時のシャロの逃走経路を進み、彼女が飛び込まされた川へ向かうのだ。
ちなみに、現在俺達を先導してくれている斥候女性は、以前天津島捜索作戦の際に担当してくれたメイドさんだった。ていうか今もメイド衣装だった。
ナンデ? と聞いたところ、これはそういう装備らしい。有用な補助効果が付いてるとか何とかで。そういえば、ゲームでもメイド服はネタ装備に収まらない性能してた事が多かった気がする。
「炎爪の痕跡がありますね」
斥候メイドさんと一緒に森を探索していると、そこら中に不自然な倒木や木々の傷を発見できた。
野生動物では無理だ。並みの魔物の仕業でもあり得ない。明らかに、巨大な魔物による痕跡だった。
「一度ここで戦いがあったようですね」
「お分かりになられるのですか?」
「ええ。最近、鍛えてまして」
斥候ジョブで獲得した能動スキルを使用する。これにより、痕跡から何があったかが大体分かる。
炭化した木片。真っ二つになってる木。雪に隠れて異様にへこんでいる地面。痕跡を追い、戦闘があった場所を探索する。真っ二つになってる木に、周りのモノと違う傷を発見した。風魔法によるものだ。戦いが終わった場所の雪を掘ってみると、折れた剣を発見した。
他にもいくつか戦いの痕跡を探ってみたが、形見の物品は見つかっても一つとして遺体を発見できなかった。ゲパルト卿の調査では外は未確認と聞いているのだが……。
「この川だ、アタイが落ちたのは。ていうか深ぇなオイ。普通に死ぬだろ。よく生きてたな」
やがて、件の川を発見した。
川の流れに従って、周囲の木々がなぎ倒されている。そのまま坂を下っていくと、一刀両断された大樹を発見した。ここでも戦いがあったようで、相当な激戦だったのが分かる。
斥候スキルで探索し、木の根に刺さった槍の穂先を発見した。シャロを逃がしてくれた人の武器らしい。
「ここから、また里に戻ったようですね」
激戦の後、炎爪は再び里の方へ向かったようだ。
「ん?」
と、半ば道になっている痕跡を追っていると、空けた所で違和感を覚えた。
それを感じ取ったのは俺だけではないようで、斥候メイドさんも立ち止まって周囲を見渡していた。
「どうしたのじゃ?」
「……消えてるんだ。ここで」
聳え立った大樹の前で、全ての痕跡が消えている。
雪で隠れているとはいえ、ここから動けば何かしら痕跡が残るはずだ。推測されている炎爪の体では考え難い事だった。
「どういう事ッスか?」
「炎爪はここに止まって、それ以上動いてないんだよ。追跡ルートが途絶えてる」
「それはあり得る事なのでしょうか?」
「飛んで行ったんじゃないかしら?」
「多分、あいつに翼は無かったと思うぞ」
「翼は無くても飛べる奴は飛べるのじゃ」
「いえ、その線もなさそうですよ」
意見を言い合っていると、斥候メイドさんが口を開いた。
彼女は雪を退かした地面に謎の魔道具を押し付け、何かデータを取っていた。
「翼による飛翔にしても、魔力による飛行にしても、このレベルの巨体では飛び発つ際に必ず周囲に影響を及ぼします。それがありません」
「では、どうやって……」
「ん、転移した?」
ふいに漏れたレノの発言に、俺とメイドさんは瞠目した。
確かに、それなら辻褄が合う。天使による転移とは別に、俺は別の手段での転移の存在を知っていた。猫又一味が使っていた、黒い影による転移だ。
もしそうだとしたら、この一件はレノの時と同じ猫又案件って事か?
「転移の可能性は?」
「想定の範囲外です。なにぶん、転移能力持ちの魔物など、これまでは……」
そう、これまではいなかった。
しかし、それは既に存在するのである。
ウェルン島の最奥、突如として出現した四体の魔物。
もし、アレを里の中で出現させられたなら。
「とにかく情報共有を。里に戻りましょう」
探索を切り上げ。俺達は急いでケナズの里に戻った。
「悠長に報告書を書いてる時間はありませんね。急ぎ、殿下とアリエル様に連絡を送りましょう」
その事をテンコ氏に伝えると、当日中に斥候メイドさんがグリフォンに乗って飛び発って行った。
夜もぶっ通しで飛べるとの事で、明日には王都に届くようだ。
「それにしても、転移か……」
まだそうと決まった訳ではないが、実際そうなら、これまでの魔物退治の常識が通用しなくなる。どだい自然発生する魔物と判別できない。どこにでも出現するシリアルキラーとか、どう警戒すればいいという話だった。
「つまり、ここ探ってても奴には会えねぇって事か?」
「そうと決まった訳ではないわ。けれど、大分きな臭くなってきたわね……」
一旦、落ち着こう。
もし黒幕が例の猫又だったとしたら、ケナズの里への襲撃には何か理由や目的があるはずだ。
今にして思えば、被害者の頭部が未発見というのも如何にも人の意思が関わっているように思える。ファンタジー的に、死霊魔術とかその辺も奴さん方ならやりかねない。頭だけで何ができるかは知らないが。あるいは、脳だけを何か自律兵器的なモノに使うとか、そういう線もあるか? いやいや、考えが飛躍し過ぎている。そもそも考えても仕方ないだろ、これは。
考えるべきは、対策である。仮に次に猫又が狙うとしたら、ケナズと同じルーン使いって考えてしまうが、それこそラリスが考慮してないとは思えない。
「他のルーンの里は、この事をご存じなのでしょうか?」
「一応、この件に関しては注意喚起がされているはずです。まだ届いてはいないでしょうが」
「迷宮潜ったから分かるが、炎爪は銀細工一人二人で相手するもんじゃねぇ。いくら警戒してたとしても、ルーニアの里じゃあ勝てねぇよ。亜人との相性が悪いんだ、あいつぁ……」
「ええ。今はとにかく、アリエル殿からの指示を優先しましょう。少し早いですが、現場を確認した後に撤収します」
そういう訳で、俺達はフォルスト町に戻る事になった。
拠点に戻り、上からの指示を待つのだ。
本当に、きな臭くなってきた。
「クソ猫め。来るなら来い……」
一度だけでなく、二度まで、三度までも俺の邪魔をしてくる。
戦いではなく、駆除が妥当だ。全滅させねば安心できない。そうじゃないと安眠できないのだ。
それに、その為に、ドワルフに特注の刃を造ってもらったのである。
いざという時は、来てしまうもんで。
嫌な話だ。
〇
翌朝の撤収作業は迅速に行われた。
体力を残しておく必要もないので、強行軍じみた帰り道になった。行きとは逆に、俺の空戦車が先頭でぶっ飛ばし、道中出た魔物を殺して回っていた。
それから、俺達が町に着いた翌日の夜に、来客があった。
「待たせたな」
対策本部のある宿屋。その会議室に現れたのは、指揮官たるアリエルさんご本人だった。
彼女の付き人として、円卓にいたネフリティスさんもいる。
「例の猫又が絡んでいる可能性があると聞いてな、先んじて馳せ参じた。後からすぐに動ける盟友達が来る予定だ。それから、現在集まってる範囲の猫又一味の情報も持ってきた」
付き人のネフリティスさんが広げた紙には、以前聖輪郷の一件で捕縛した猫又から得た情報が乗っていた。
色々書いてある中、はじめに俺が読んだのは、猫又一味と戦う際の注意点だった。
やはり、猫又族の弱点はそのままらしい。
「では、詳しく聞かせてもらおうか」
言いつつ、どっかり着席するアリエルさん。そうして、調査部隊を預かるテンコ氏が報告と説明を始めた。
会議の場には、俺の一党と止まり木の二人。それからマスクド・テンコ氏がいる。現在、テンコ氏の仮面は真面目な顔を浮かび上がらせていた。
一通りの情報を纏め終えると、テンコ氏は転移の可能性について言及した。対するアリエルさんは「うむ」と重々しく頷いてみせる。
「王国領やアルヴの森には転移防止の結界が張られている。これは影による転移も阻害できるはずだ。直接の転移は無いと思うが、それでも脅威には違いないな」
どうやら、元々ラリスの主要国には天使対策の転移阻害が施されているそうで、それは凡そ小さな村にも適用される仕様らしい。
しかし、どこの国にも属していないルーン使いの里は、そのような恩恵を受けていないという。
「やはり、私達だけでは手が足りないな。捜索範囲が広すぎる」
そもそも転移は見せ札で、戦力を分散させる事が目的なのかもしれない。あるいは本当にただ転移持ちの魔物がいて、本能に従って動いてるだけなのかもしれない。
結局のところ、対策のしようが無かった。どうしても後手に回ってしまうのだ。一応、天使対策マニュアル的なものが応用できるらしいが、それでも人手が全く足りない。
「仕方ない。私がアルヴの森に行って、上森人王の手を借りてこよう」
「ですが、アリエル様、それでは……」
「叔父上も王だ。公私は分けるだろう」
ラリス金細工のアリエルさんだが、元々彼女は上森人の王族の一員である。加えて言うと亜人種全体の英雄且つアイドルらしいので、彼女が云うならと手助けしてくれるかもしれないとの事だった。
もはや第三王子派閥だけで対処できる問題では無くなっている気がする。なるべく早く猫又案件の証拠を見つけ、王家や貴族にも協力してもらわねば。
「私は今からアルヴの森へ向かう。君達はいつでも動けるように待機を。ここにやってくる予定の止まり木の盟友にもそう伝えておいてくれ。ネフリティス、用意を」
パッと始まった会議はヌルッと終了し、誰より早くアリエルさんが立ち上がった。
指揮官として、とても頼もしい。何にせよ決断が早く、自ら動いてくれる上司は素晴らしいと思う。
彼女に続き、俺も立ち上がった。
何はなくとも、前に進んだ感覚があった。
少し気持ちが上向きになった。
そう思った時だった。
「ぐぁっ……!?」
次の瞬間、アリエルさんが倒れた。
何の予兆も無かった。外の魔力に揺らぎは無かった。まるで、糸が切れた人形のように、上森人の美女がその場で倒れたのである。
「がぁああああっ! 何だ何だ何だ!? いぁああああッ!」
「シャロ!?」
アリエルさんだけではない、シャロとネフリティスさんまで頭を押さえて苦しみ出した。反射的に崩れ落ちるシャロの身体を支える。
「シャロ! 大丈夫か!? ルクスリリア、人呼んで来てくれ!」
「りょ、了解ッス!」
顔を覗き見ると、シャロは尋常な状態ではなかった。
砕けんばかりに歯を噛みしめ、体内魔力が乱れに乱れている。身体の不調に呼応して、多量の汗を流していた。
コンソールを確認するが、特に状態異常の類いは見受けられなかった。
「エリーゼ、回復を」
「ええ。分かったわ」
緊急事態だ、武装させてもらう。エリーゼに王笏を手渡し、“祝福”付きの回復をかけてもらった。体力回復と状態異常回復、どっちもだ。
「ぎぁあああ! なん! だよこれぇえええ!? 痛い痛い痛いぃいいい!」
「治まらない……!」
「氣の流れに変化はないが、一度整えてみるのじゃ。効果があるようなら他の者にも」
「頼む、イリハ」
シャロを横たえ、イリハに任せる。チートヒールが効かないならと、アイテムボックスから緊急時用の高級ポーションを取り出した。どれだ、どれを使えばいい。
「くっ、どういう事だ……! 何が起こって!? 此処は、ぐっ! あぁぁぁぁッ!」
「アリエル殿、気を確かに」
テンコ氏がアリエルさんを診ている。彼女は片膝をついて耐えているように見えるが、それでもかなりキツそうだ。
ルクスリリアが開けた扉から、調査部隊の人が駆けつけてきた。外へ注意を向けると、この部屋以外からも悲痛な叫びが聞こえてくる。平気そうにしてるのは、森人以外の種族だった。
「あ……へ?」
と、また唐突に、症状はピタリと治まった。
静寂が戻る。叫び声が止んだ。三人の森人は、呆然とし表情を浮かべていた。
「だ、大丈夫か……?」
「ああ……。何だったんだ、今の……」
何事も無かったように、シャロは上体を起こした。
その顔に先ほどまでの苦痛の色は見受けられない。残る二人も同様だ。
「そんな、馬鹿な……」
否、アリエルさんだけは深刻そうな顔をしていた。
顔が青い。瞳孔が収縮している。頬にひと筋、冷や汗をかいていた。
「いや、現実か……。アレを受け取ったのは、上森人か王族か……。ああ、なんという事だ……!」
それから、地獄の底から響くような低声が、彼女の喉から漏れだした。
「上森人王が暗殺された。刺客は“裸足の猫又”。アルヴの森に炎爪が現れ、
静かな憤怒を宿したアリエルさんが、右の拳を握りしめる。
指の隙間から、制御下にない翡翠色の魔力が舞い散った。
「王命だ。見つけ次第、討滅する」
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何も起きないはずがなく。
◆亜人種◆
・エルフ、ドワーフ、鬼人など。
・牛鬼人は亜人種。牛人は獣人種。魔牛人は魔人種。