【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で継続できております。
 誤字報告もいつもありがとうございます。本当に感謝の極みです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は最後だけ三人称、よろしくお願いします。


炉者は再び(上)

 上森神樹(アルヴヘイム)の死守、および猫又の討滅。

 それが、当代の上森人王による最後の王命だった。

 

 森人(エルフ)とは、その名の通り森と共に生き、森に還る種族である。

 古代、第一大災厄よりも前、森人は世界に根を張る樹――上森神樹と契約を交わし、加護と庇護による共生を誓い合った。

 神樹との契約者こそが、他でもない上森人(ハイエルフ)なのである。

 

 そして、当代の上森王は、今際の際に命を発したのだ。

 森に生きる者たる誓いを果たせ、と。

 

「これより、王命に従いアルヴの森へ向かう。ネフリティス、この場にいる森人に戦闘準備をさせろ」

「は、はい……!」

 

 申し訳程度の状況説明を終えると、鋭い目をしたアリエルさんは足早に会議室を去ろうとした。

 シャロを除くこの場の森人を連れ、神樹との古の契約を果たしに向かおうというのだ。

 怨讐と強迫観念に染まったその瞳を、俺は最近よく目にしていた。

 

「お待ちください、アリエル殿」

 

 大股歩きで出て行こうとするアリエルさんの前に、ゆらりとマスクド・テンコ氏が立ちはだかる。

 急ぐ足を止められたアリエルさんの眉が寄った。彼女らしからぬ感情の表し方だ。

 

「話している暇はない。そこを退いてもらおう」

「状況が逼迫しているのは分かりましたが、少々早計に過ぎます。最低限、作戦を立ててから向かうべきかと。それに貴女は止まり木の盟主にして、ラリス王の信頼厚き金の森人。せめて、立場相応に職分を全うすべきです」

「これは森人の問題だ。無関係な者達を巻き込む訳にはいかない」

 

 落ち着いた声音で諭すテンコ氏に対し、アリエルさんは頑なな態度で応じた。

 いつもの……と言うほど親しい関係ではないが、そんな俺でも今の彼女は少し錯乱しているように思える。

 見ていると、テンコ氏の仮面の模様が変化して、この場の空気にそぐわぬニッコリマークを浮かび上がらせた。

 

「そう意地を張って負けた時、貴女は孤児達にどう言い訳するおつもりですか?」

「なに……!?」

 

 この時、凍ったような無表情だったアリエルさんの美貌が明瞭な憤怒の色に染まった。

 エリーゼでなくとも感じ取れる怒りに満ちた魔力。尚も仮面にニコちゃんマークを張り付けるテンコ氏はさも涼しげに相対していた。

 

「どれだけ賢い獣でも、ひとたび怒れば獲物に成り下がります。今の貴女なら、私でも倒せるでしょう。どうか冷静になられませ」

 

 真正面から視線が交差する。先に逸らしたのは、上森美女の方だった。

 

「……分かった。少し待て」

 

 眉間の皺を押さえ、アリエルさんは静かに深呼吸した。背後、ネフリティスさんからの強い視線を、テンコ氏は柳に風と受け流している。

 激情を吐き切ったアリエルさんを見て、俺も口を挟ませてもらう事にした。

 

「失礼。炎爪が現れたのなら、それは森人だけの問題ではありません。事前の契約通り、我々も討伐に向かわせて頂きます」

「イシグロ殿……ああ、そうだな。シャーロット殿にも失礼をした。許してくれ」

「いや、まぁアタイもすぐ出ようとしちまってたんで……」

 

 怒った人を見ると冷静になる。炎爪と聞いて熱くなってたシャロも、先のアリエルさんを見て落ち着いたようだった。

 

「何にしても情報が断片的に過ぎます。焦らず急いで作戦を立て、止まり木同盟の方とも共有しましょう」

 

 テンコ氏に促され、一同は再度席に着いた。

 さっき入ってきた止まり木同盟の人に関係者全員を招集するよう言いつけ、冷静さを取り戻したアリエルさんが口早に話し出す。

 

「まず、改めて状況を説明しよう。あの時、私の意識は神樹を介して上森人王と繋がり、王と森の現状を見せられたのだ。ああも痛みを伴ったのは、森と国境に施された結界によるもので、私を介した魔力波が他の森人に影響を与えてしまったようだ」

 

 現在、アルヴの森に在る神樹の根には、炎爪によって消えない火が点けられているそうだ。その火は勢いを増し、次第に幹の方へ燃え移っている。不幸中の幸いか、根を焼く炎は普通の木に燃え移る気配は無いそうだ。つまり、明確に神樹だけを燃やすって意思が宿ってる訳で。

 根に火を放った当の炎爪は、手当たり次第に森人を襲っているらしい。上森人の戦士を中心に抵抗しているが、そう長く持たない見込みである。

 また、崩御寸前に上森人王が起動した追加結界により、今現在アルヴの森は上森人の王族の許可がないと出入りできない設定になっているそうだ。要するに、炎爪を含め刺客である猫又を閉じ込めているのである。

 

「誰でもいい。王位継承権を持つ者が上森神樹と再契約すれば、事態は好転する。王権によって森の力を振るえたなら、炎爪も猫又も一掃できるはずだ」

「それは、相手側も把握してると思いますが。罠があるのでは……」

「だからこそ私が出るのだ。罠も伏兵も、正面から踏み潰すしかない」

 

 この戦いの勝利条件は、三つ。

 一つ目。アリエルさんか、彼女以外の王族が神樹内部に到達し、森の力とやらを解放して消火と猫又の探知を行う。

 二つ目。炎の根源である炎爪を討伐する。こいつが動く限り、消火したところで何度も火を点けられるかもしれないからだ。

 三つ目。下手人たる猫又の討滅。最悪、これは失敗してもいいが、叔父の遺言は叶えてやりたいとの事。

 

 どれか一つを達成すれば勝利なのではない。

 最低でも、一つ目と二つ目だけは達成しなければならない。

 妨害があるのは確実だ。炎爪自体も強力で、上森人王を斃した猫又の実力は計り知れない。

 

「……と、言う訳だ。盟友としてではなく、上森人の王族としてでもなく、この私に力を貸してほしい。頼む」

 

 その事を、会議室を出たアリエルさんは、ロビーに集められた全員に語った。

 この場にいるのは元からいた諜報部の実働部隊に加え、止まり木同盟所属の冒険者が数名。後者は召喚獣持ちの魔術師か、翼人系で固められていた。

 

「何言ってんです! 子供が危ない目に遭ってるんですよ! それを助けなくて何が止まり木同盟と言えましょうか!」

 

 アリエルさんの説明を聞き終え、止まり木同盟所属の鷹人女性が声を上げた。

 流石は孤児救済を至上命題とする止まり木同盟だけあり、子供の為なら命は安いと他の人達も士気を高くして同意していた。

 

「炎爪については、我々にも対処の義務があります。生憎、戦える面子は少ないですが、最大限のバックアップを行いましょう」

 

 当然と、テンコ氏の指揮で実働部隊も協力する運びに。

 現場に連れていくのは森の行動に特化した斥候と、戦闘力特化の戦士のみだった。全員、鋼鉄札上位程度にはやれそうだ。

 残りは作戦本部で待機して、後からやって来る止まり木同盟に情報を伝達する係である。その他、混乱する町民を宥める役割も負うそうだ。

 

「では、往くぞ……!」

 

 決意の漲ったアリエルさんの指揮で、臨時の神樹防衛部隊が宿を出た。

 時間をロスしたのは確かだが、これはガバではないだろう。こういう時こそ、落ち着いて事を運ぶべきなのだ。

 

 これより、害獣駆除に向かう。

 復讐と、安寧の為に。

 

 

 

 

 

 

 兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきを睹ざるなり。

 語弊を恐れずザックリ言うと、要は戦い=スピード勝負という話である。

 孫子の教えに自然に沿って、会議と説明を爆速で終わらせたアリエルさん率いる神樹防衛隊は、峠の暴走族もかくやという速度でアルヴの森へと向かって行った。

 

「緊急事態だ。門を開けろ」

「は、はい!」

 

 アルヴの森の入り口を王族的顔パスで通り過ぎ、そこで一同は班に分かれて別行動を開始した。

 一つはアリエルさん率いる神樹突入班。一つはテンコ氏率いる猫又捜索班。もう一つは我が一党たる炎爪討伐班だ。

 

「木がデカいな、これならラザニアで行けるか?」

「空戦車は厳しいかと。淫魔王国の時の引っ張り移動で行くのはどうですか?」

「ん、引っ張り?」

「アレ怖いんじゃよな~」

 

 いざいざ入ってみたアルヴの森は想像の倍は広大で、そこに生えている木々は一つ一つが大樹と言えるサイズ感。そんな森を、俺達はヘラジカ牽引飛行で移動していた。

 騎乗しているのはルクスリリアとグーラとシャロ。他はラザニアの鞍に付けた紐で引っ張られている。空中でウェイクボードでもしてるみたいな感覚だ。

 

「あっちだ。あっちの方から嫌な感じがする……」

 

 神樹の根は炎爪が放った火によって絶賛炎上中だが、当の炎爪の居場所は神樹の根と離れていて、今現在は手当たり次第に森人を襲っているらしい。

 そして、件の炎爪の居場所はシャロが先導してくれていた。曰く、この森に入った森人は例外なく強烈な焦燥感を覚えたそうだ。燃えてる根と、根を燃やした炎爪が暴れてるところの二つ。恐らく、神樹からの救難信号だろう。故に、その感覚が強くなる方向へ移動しているのだ。

 

「猫又か……」

 

 凄まじい速度で通り過ぎる木々を眺めながら、今回の事件について考える。

 アリエルさんによると、上森人王を殺したのは“裸足の猫又”なる存在らしい。

 これまでに確認されたのは、俺が殺した“陰陽術師の猫又”と、レノを改造した“白衣の猫又”である。そのうち後者は本体である虫が捕縛され、今はラリスの秘密機関で解析中だ。

 

 件の虫から齎された情報によれば、猫又は他にも複数存在し、かつて存在した魔王軍の関係者である可能性が高いそうだ。

 魔王軍幹部の一人、“邪眼”のファンリー。これまでに発覚している猫又一味は、二人とも魂レベルで彼女と酷似しているというのである。

 なお、当のファンリー自身は魔王戦争終結後に処刑されており、既にこの世に存在しないはずの人である。現段階では、猫又一味はファンリーの係累ではないかと見られている。

 

 二〇〇〇年前、魔族を率いて二度も戦争を起こした魔王軍。その目的は、徹頭徹尾アンチラリスであり、要するにラリス王国と当時の魔王国の立場を逆転させようとしていたらしい。

 そういえば、いつかの夢魔も似たような事を言っていた気がする。魔族が人類を支配し、夢魔も淫魔も種族特性に従って生きるべきなのだ、と。鵜呑みにする訳ではないが、奴は災厄後の世界の支配権を得たいはずである。

 

 仮に、である。

 猫又が魔王軍残党で、旧魔王国の理念の下に活動し、夢魔の語った通りの展望を持っているのなら。

 何故、災厄戦での一大戦力たる上森人王を暗殺した?

 

 この世界には、災厄と呼ばれる周年レイドイベントが存在する。

 人間族からはラリス王。獣人種からは獣王といったように、そのレイドバトルには古代の盟約によって各種族の王が参戦する。

 それで言うと、亜人種からは当代の上森人王が参戦する予定だった。災厄後の世界を支配したいなら、何かしらの目先の利益の為に人類側の戦力を削る理由は無いはずだ。

 あるいは、災厄関係なしに上森人王を殺す必要があったとか? 神樹に火をつけた理由は? 炎爪にケナズの里を襲わせたのは何故だ?

 

 あー、拙い。またドツボにハマりそうだった。

 ケナズの里を襲った理由と同様に、今は考えても仕方ない事だ。情報が無いから妄想はできても推理ができない。俺は安楽椅子探偵にはなれそうになかった。

 

 そもそも、俺は第三王子派の一員である。どのみちラリスに仇なす敵は己の安寧の為に排除しなくてはならない。

 ラリスが倒れると、俺の積み上げてきた後ろ盾が失われる。それは拙い。とても良くない。俺はただ異世界で皆とイチャイチャしたいだけなのだ。

 であれば、早急に片付けるべきだろう。

 

 本当に、猫又はどこまでも面倒な奴である。

 どこぞの鎖鋸男ではないが、「俺達の邪魔ァすんなら死ね」と言いたい。推理のような妄想を振り払った俺は、意識して腰の無銘に手を当てた。

 やはり、剣に触れてると心が落ち着く。

 

「止まってください! アレは……!?」

 

 鞍上にいたグーラの声に、ラザニアは空中で急ブレーキした。牽引されていた俺達も各々慌てて静止する。

 その時だ。風切り音にかき消されて気付かなかったが、どこか遠くから悲鳴が聞こえてきた。音源の方を射手スキルの“遠視”で見てみると、ツリーハウスの村みたいなところで森人と魔物が戦っていた。

 多くは小型の魔物だが、中には迷宮ボス級の大型系がいて、そいつらは大樹の幹を登っていた。樹上の森人は小型の対処に手一杯だ。

 

「見た事のない魔物ね」

「劣勢です。どうしますか?」

 

 彼等が戦っているのは、小型大型問わずにどいつもメタリックな装甲を纏っていた。図鑑に記載のない魔物で、ウェルン島最奥で転移してきた魔物に似ている。つまり、猫又の私兵の可能性がある。これは事前の情報にない。奴等の目的は追跡者の足止めか。

 見たところ、ディフェンス側の森人はかなり劣勢に見える。長く持ちそうにない。人道的には加勢すべきだが、今は一刻も早く炎爪を討伐すべき状況である。

 どうすべきだ? いや、迷ってる時間など無い。

 

「デカいのだけ倒す! 行くぞ!」

 

 応! という威勢の良い返事が一党全員から聞こえてきた。牽引用の紐を切り、黒剣一党が突貫する。

 木登り中のメタリックベアの背中にグーラのイナズマ・キックが炸裂し、エリーゼの追撃魔法で以て消し飛ばす。銃杖スタイルで樹上に到着した俺は、今しがた這い上がってきた名状しがたき魔物にエンチャ付きの【剛剣一閃】を各種補助スキル込み込みでぶち入れる。レノの射撃とイリハの牽制で落ちたメタルモンキーに、ルクスリリアの鹿上攻撃が炸裂した。

 一瞬の静寂。暴風となった一党が、その場の脅威を瞬く間になぎ倒した。

 

「おぉ! 誰だか知らんが助かった! ありがとう!」

「いえ。それより、申し訳ありませんが我々はここに留まれません。今のうちに陣形を立て直してください。まだ小さいのが残っています」

「わ、わかった……!」

 

 ザコは任せ、主級の魔物だけを殺し、炎爪の方向へ進軍する。

 敵の思惑が足止めなら、足を止めずに救助すればいいのである。

 

「無駄な行動に見えるか?」

「いいや、もしあそこで見捨ててたら、アタイはルーニアの誇りを失ってた」

 

 ヘラジカの鞍上にいたシャロに問うと、彼女はゆっくりと首を振った。

 ルーン使いを迫害したのは、誰あろうアルヴの森に住む森人達だ。シャロの立場なら、大なり小なり負の感情を持っていてもおかしくない。

 しかし、死んでほしいとまでは思っていない。そう、彼女は気高い人なのだ。

 

「ご主人様!」

「ああ! このまま突っ込む!」

 

 その後も、俺達は道中遭遇した魔物を鎧袖一触に蹴散らしていった。

 普段の指令が「命を大事に」なら、急いでる今は「ガンガン行こうぜ」である。ガンガン行ってる俺達は、なお素晴らしい行軍速度で以て目的地に向かっていた。

 

「炎爪が止まった! 近ぇぞ……!」

 

 シャロのレーダーが炎爪との距離が近い事を知らせて来る。そう言われずとも、既に俺は魔物の気配を察知していた。

 大丈夫、冷静さは保っている。魔力も体力も残っている。皆の状態も、いつも通りだ。

 

「なんかグーラ助けに行った時のこと思い出すッスね」

 

 ルクスリリアは普段通りだ。普段通り、戦いを前に無駄な緊張をしていない。

 

「あの時はロクに戦えなかったけれど、今の私達は違うわ」

 

 にやりと笑んだエリーゼは、誉れある戦いを前に口角を上げていた。

 

「作戦通り、開戦と同時にボクが前に出ます。頼みましたよ、イリハ」

 

 グーラは静かに猛っていた。鞍から下りた今は鎖を使ってスイング移動している。

 

「安心せい。準備は万端じゃ」

 

 森の惨状に顔色を悪くしているイリハは、それでも気丈に応えていた。

 

「ん、助ける……!」

 

 誰かを守る戦いだけに、レノの士気はいつもより高かった。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 そんな中、シャロは胸を押さえて苦しげに息を荒げていた。

 彼女の隣まで移動して、状態を診る。目を見開き、小さくなった瞳が揺れている。開ききった瞳孔が、遠く焦燥感の方へ向けられていた。

 

「シャロ」

「ああ、わかってる」

 

 冷静になる。そうでなくば、まともにルーンを描けない。

 幼馴染に造ってもらった短剣に手を当て、シャロは深く呼吸した。

 再度目を開いた彼女は、迷宮探索中の冷徹な目になっていた。これなら大丈夫だろう。

 

「ご主人様……!」

「あぁ……」

 

 どこまでも続く森を跳び渡り、とうとう俺もソレを感知した。

 遠く、遠くの空けた地で、不自然に紅い火の粉が舞っている。神樹によるものか、風に乗って報せが届く。何かが焦げる匂い。魔力に乗って、音が運ばれてきた。悲鳴、悲鳴、戦いの怒号……。助けを呼んだ誰かの声が、途切れた。

 

 やがて、夜闇にあるべきでない、煌々と燃える憎悪の炎が見えてきた。

 影に隠れて接近する。樹上から、ソレを見下ろした。目を焼くような炎に、異形のシルエットが浮かび上がる。

 

 ソレは、炎と鉄で出来ていた。

 四つの足の獣の上に、隆々たるヒトガタの上半身が鎮座している。人の部分の両手からは、カマキリの爪を思わせる赤熱の刃が生えていた。

 ヒトと獣の脊柱に沿って、紅い火炎が燃え盛る。頭からつま先まで、その体表は重機のような装甲が張り付いていた。

 ケンタウロスか。アラクネか。シルエットだけなら、そう見えなくもない。想定と異なる奴の姿を見て、不思議と腑に落ちる感覚がした。

 

 これまで、炎爪は既存の魔物が変異した特異個体だと想定されていた。

 しかし、実際は違った。奴を形成するパーツ一つ一つに、俺は見覚えがあった。

 あの爪は、いつだったか金策目的で戦った結晶カマキリのモノだ。それだけじゃない。轢殺暴れ牛に、ヘビサソリ野郎。炎の亡霊、炎の獅子、炎を操る骸骨騎士。それらを無理やり継ぎ剥ぎし、鉄板で以て押し固めている。

 魔物と魔物を組み合わせた、パッチワークの怪物人形。フランケンシュタインの怪物めいた人工物が、炎爪の正体だった。

 

「背後から行く。練習通りに」

 

 殺した森人戦士を見下ろして、まるで火葬でもしているように炎爪はその場に佇んでいた。

 攻撃のチャンスである。耐火ポーションを服用した俺は、不意打ち特化の斥候ジョブである“アサシンマスター”にジョブチェンジし、各種隠形魔法を発動してから地面に降りた。

 左右の手に、ドワルフ謹製の短剣を持つ。装甲破壊特化の“虎鮫”と、足止め特化の“鈍亀”だ。奴の装甲を破壊し、返す刀で内部に麻痺を入れる為だ。その隙に、仲間が一斉攻撃で大ダメージを与えてくれる。

 シャロには悪いが、一気に片付ける。出番はないかもしれないが、それはその時だ。ラストアタックに拘らせてやれる程の余裕はない。

 

 俺は隠形系能動スキルを使い、炎爪に接近した。

 見上げる程の巨体は、まだ此方に気付いていない。じっと、燃え盛る森人の遺体を見ていた。

 今、一足一刀の間合いに入った。

 

 次の瞬間だった。

 

 何の予兆もなく、ぼうと立ち止まっていた炎爪は、両手の爪を振り回して虚空を薙いだ。

 無造作な動きだが、力任せではなかった。技で以て制御され、目的を持って行われた斬撃である。

 危機察知チートは無反応だ。それは攻撃動作ではなかった。

 その爪の軌道に、光の線が描かれていた。

 

 ルーンを、描いたのだ。

 

 慣れた感覚。ルーンが弾ける。世界の理が捻じ曲がる。何が起こったか、ソイツは背後を振り返り……。

 目が、合った。

 

 ――復讐の悪鬼。

 

 迫り来る爪を見ながら、俺はそんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 闇夜の森の最深部。静寂の落ちた大樹の下に、威圧的な外套を纏う女がいた。

 女はかつて存在した軍隊の正装を着込んでおり、豊満な胸には卓越した武功を意味する徽章が飾られていた。その頭部には黒猫を思わせる耳。臀部から三本の尻尾が揺れている。

 腕組み、仁王立ち。その右眼は閉じられ。厳しい表情を浮かべていた。

 

「何故、ここに翡翠魔弓がいるのニャ……」

 

 現在、彼女は使い魔を通して上森美女率いる集団の行進を見ていた。

 件の武装集団は、上森神樹へ向けて一直線に移動している。

 上森人王が放った魔力波によって、外から引き寄せられてきたか。まさか、そう時を置かずに入ってこれる場所にいたとは想定外だった。

 足止めは効いているようだが、思った程の効果がない。これでは、最悪追いつかれる。

 

 第一の目的は果たしたが、細々とした仕掛けはまだ完了していない。

 何の準備もなく、現状の戦力でアリエルと鉢合わせになるのは都合が悪かった。

 

 喉の奥で嘆息し、黒の指揮官たる猫又は決断した。

 腰のベルトに装着していた通信魔道具を手にし、唇を近づける。発信先は、頼れる同胞だ。

 

「作業中止。()と合流し、直ちに撤収せよ」

 

 選んだのは、逃げの一手だった。

 了解の意を聞き、通信を切る。惑わず命令に従う兵は大好きだった。次いで、もう一人の同胞にも同様の指示を出そうとして、その手を止めた。

 そういえば、つい先日に妹は用済みになったのを思い出した。復活したばかりだが、これ以上活用できそうにない。空いたリソースは、別の事に利用したいところである。

 まぁ、どうなってもいい。

 

「さて、撤退戦といこうかニャ」

 

 通信魔道具を戻し、腰に下げられたサーベルを抜剣する。

 高く振り上げた刃を、思い切り大地に突き立てた。すると、切っ先から染み出た泥が大地に広がり、泥中から異形の生命が這い出てきた。

 

 不必要な機能を削ぎ落したヘビ。過剰な火力を積載したクワガタ。合成に失敗し、放置していたバッタの群れ。

 どれもこれも、愛しい捨て駒であった。

 

「魔力過剰充填、【大狂奔】……」

 

 捨て駒からして、それは絶対の下知であった。指示を受け取った瞬間、出来損ないの生命は蜘蛛の子を散らすように走り出した。

 奴等に与えた命令は、何の捻りもない殺戮。設計した通り、死ぬまで狩りを続けるはずだ。

 

「やる事なくなったし、さっさと帰るかニャ~」

 

 仕事は終わった。後は暴れ回っている()と合流し、外の理を使って脱出する。こんな事なら常に見張っていれば良かった。そうしたら、使い魔を出せなかっただろうが。

 ともかく、家に帰るまでが虐殺である。軍服の猫又は、名残惜し気に踵を返した。

 色々と邪魔は入ったが、結果的には上手くいった。これから忙しくなるだろう。その為にも、何とかして工場長を復活させたいが、それをするには魂を解放させるしかない。

 これからどうするかと、猫又は空を見上げた。

 

 その時だ。

 

「ぎっ……!?」

 

 殺気。提げたままだったサーベルを薙いだ瞬間、激しい火花と共に猫又の身体が弾き飛ばされた。

 人ではない。刃ではない。大きな爪による斬撃。空中で一回転した猫又は、着地と同時に追撃の雷を切り払った。

 奇襲だ。それも完璧に近い。

 

「おや、結構なお点前で」

 

 夜に染み入るように、軽薄な声音と獣の唸りが近づいてくる。ゆらりと、それは現れた。

 見上げる程の巨大な虎と、白い仮面を被った狐人。その手には、豪奢な拵えの太刀があった。

 

「馬鹿な、何故貴様がここにいる……!?」

「おやおや、旧魔王軍の徽章を付けておきながら、随分と平凡なお返事ですね」

 

 仮面の男――名前は知らないが、当然として軍服猫又はこの男の侵入を把握していた。

 使い魔からの情報により、アリエルと同様にこいつが現在何処にいるかも知り得ている。まだ、近くには来ていないはずだった。

 

「傀儡返し」

「なに……」

 

 男の手に、猫又の使い魔である蝶々が止まった。

 今でも魔力のラインは繋がっている。だというのに、その使い魔は一切の指示を受け付けなかった。

 

「詐術、幻術、篭絡術……蜜を与えればこの通り。この程度の低級使い魔、寝返らせるなどあまりに容易い。この程度の児戯、リンジュ旧家の間じゃあ挨拶みたいなものですよ?」

 

 つまり、これまで猫又が見せられていたのは、誘導の為の欺瞞情報だったという事。

 アリエルを見失っただけでなく、居場所を逆探知されている。

 情報戦に、負けたのだ。

 

「範囲拡大、【疾走令】!」

 

 判断は早かった。簡易召喚。足止め用の使い魔をけしかけ、軍服の猫又は外套を翻して逃走を選んだ。

 森を駆けながら、通信魔道具を取り出す。合流場所を変えねば、一網打尽にされる。

 しかし、その通信は届かなかった。

 

「ぐぁ!」

 

 瞬間、夜間迷彩の施された苦無が通信魔道具を持つ猫又の手を貫通した。

 

「逃げるか話すかハッキリしたらよろしいのに。随分と器用なんですねぇ」

 

 使い魔の対処を虎に任せ、仮面の男が追いかけて来る。

 真っ白な仮面が、神経を逆撫でするような笑顔模様を浮かべていた。

 

「やむを得んか……!」

 

 斬! サーベルで引いた裂け目から、戦闘用の使い魔が姿を現す。逃げるには、戦わなくてはならない。

 猫又の脳裏に、古い記憶と感情が過った。この程度の危機、何度も経験してきた。ヒリヒリする、堪らない。魔王戦争以来の感覚だった。

 

「各員、全身全霊で対象を撃滅せよ!」

 

 足元から泥が漏れ出る。精兵が、近衛が、傑作使い魔が召喚される。

 戦いの予感に、猫又は艶やかな唇を舌なめずりした。

 

 

 

 サーベルが虚空を薙ぐと、それが開戦の合図になった。

 

 裂け目から、巨大な腕が召喚される。目的は、単純極まる殴打攻撃。

 使い魔の部分召喚。熟達した召喚士が行うものだ。大味な攻撃を、白面の狐人は余裕を持って回避した。

 

 天狐の男は、王子から下賜された仮面の奥で口の端を歪めた。

 これでいい。これを狙っていたのである。

 

 所詮、自分は家を裏切った恩知らずだ。信頼は、実績で以て勝ち取らなければならない。

 やっと手にした自由である。ここで失う訳にはいかなかった。

 命令されたのではない。脅迫されたのでもない。自分の意思で、此処にいるのだ。

 

「頼みますよ、皆さん」

 

 上ずりそうになる声を抑え込み、シラヌイだった男は太刀を構えた。

 冷淡な精神は、自身を過大評価しない。せいぜい、時間稼ぎ程度しかできないだろう。後は、味方に期待する。

 

 とはいえ、いつもの事である。

 この身に余裕があった戦など、一度たりとも無かったのだから。




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 文中にある通り、炎爪の火は普通の火ではありません。だから森の木に燃え移ってないんですね。
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