【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

194 / 322
 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の燃料になってます。
 誤字報告もありがとうございます。本当の本当に感謝の極みです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称です。
 よろしくお願いします。


炉者は再び(下)

 上森神樹(アルヴヘイム)とは、森の意思を具現化した存在である。その始まりは現在に伝わる森人史よりも古く、一説には大災厄よりも遥か以前であると言われている。

 大いなる存在には、心はあれど善悪は無く、感情はあれど言葉は無い。神樹の契約者たる上森人(ハイエルフ)の王族は、神樹の声なき声を受け取る事ができるのだ。

 

 木々の息吹に声が乗り、森の悲鳴が木霊する。

 憎悪に満ちた炎が、神樹の根を燃やしていた。悲嘆、悲鳴、悲痛。無垢なる自然が、悪意によって侵される。

 このままでは、純粋なる神樹が悪性に染まってしまう。一度悪に墜ちた森は、人類に牙を剥くだろう。

 

 動けぬ神樹の代わりに、その痛みを取り除く。

 それが、王の血を引くアリエルの使命だった。

 

 木々の隙間を切り裂いて、純白の駿馬が疾駆する。青白く輝く蹄は地を蹴らず、水面を跳ねるようにして空を駆けていた。翡翠魔弓の愛馬、一角幻馬(ユニコーン)である。

 馬上、絶え間のない悲鳴を聞き、翡翠の眼の麗人は単騎森を駆けていた。

 

「まさか、こうも手玉に取られようとは……」

 

 風避けの結界の中、疾走する一角幻馬に跨ったアリエルは内心で歯噛みした。

 目下、彼女の目的は神樹本体に到達する事である。これにより、上森人王によって知らされた脅威の全てを退ける事ができるのだ。本来であれば少数精鋭の部隊で向かうはずだったが、今のアリエルは護衛一人連れぬ単独である。

 それというのも、道中アリエル達は幾度となく奇妙な魔物の襲撃に遭い、随行していた仲間達がアリエルを先に進ませるべく奮闘し、都度数を減らしていった為である。

 彼女の重要性を鑑みるに、通常あり得ぬ状況であった。

 

 とはいえ、劣勢だが、最悪ではない。

 先程、マスクド・テンコ率いる猫又捜索班から、指揮官と思しき別個体の猫又を発見したとの報が届いた。欺瞞情報を握らせた上で、奇襲による足止めをする予定であると。

 そも、以前に届いたイシグロからの情報が無ければ、王子もアリエルもこの件には積極的に関わろうとしなかっただろう。だからこそ、今現在何とか食い止められる場に居られるのである。

 

 間違いなく幸運と言える。手繰り寄せなければならない。文字通り、神樹が追い風を運んでくれている。愛馬の速度が増した。一刻も早く、神樹に宿る力を解放せねばならなかった。

 魂で感じる。そろそろ、聖域が近い。もうひと踏ん張りだ。

 

 やがて木々の迷路を抜けたアリエルは、白亜の門前に辿り着いた。

 聖域である。純白の門の先に高く長い階段が続いており、そこを道なりに進めば神樹へと繋がるのだ。

 

 そう、聖域には違いなかった。しかし、アリエルの眼前には聖域らしからぬ光景が広がっていた。

 記憶の通りなら、周囲を巡る水路には神樹を育む清水が流れ、精錬なる常春の風が吹いているはずだった。

 門は倒れ、草木は枯れ、白亜の石畳が黒く染まって散らばっている。戦いではなく、蹂躙の痕跡。無遠慮な暴力により、美しかった彼女の思い出は破壊されていた。

 

「おのれ……!」

 

 瓦礫の周囲に、聖域を守護する同胞の死体があった。馬を下り、駆け寄る。

 聖域を守る戦士は、上森人の中でも選りすぐりの強者が選ばれる。そんな強者達が、あまりにも無惨に殺されている。尋常の事態ではなかった。

 

 圏外帰りの身は、仲間の死に慣れてしまう。同胞の死を悼む暇もなく、翡翠魔弓の脳裏に戦術的思考が迸る。

 つまり、この先に聖域守護者を正面から打倒できる敵が待ち構えているのだ。

 障害以上の敵性存在。そう見做すべきだろう。

 

「仇は取る……」

 

 同胞の瞼を下ろす。立ち上がったアリエルは収納魔法から愛用の弓を取り出し、ところどころ砕けている階段へ向かい駆け出した。

 数段飛ばしに階段を上る。血の匂いが濃い。炎と氷と、雷の気配。剣呑な、戦いの痕跡があった。

 そして、聖域に足を踏み入れたアリエルは、広場に佇むソレを発見した。

 

「ああ、まだいたのかニャ?」

 

 神樹へ続く洞を背に、穢れの根源が在った。

 シルエットだけ見ると、巨大な蛇のようである。けれども蛇の頭の部分にはヒトガタの上半身があり、人の頭部に猫の耳が生えていた。スラリと伸びた女の腕は錫杖を持ち、左は肩から先が蛸の触手のようになっている。

 継ぎ接ぎの怪物女。カムイバラに現れた猫又と特徴が一致している。その足元には、血を分けた男の姿があった。

 

「兄上!」

 

 反射だった。魔法で生成した矢を番え、射る。呼吸よりも慣れた動きだ。音より速く、並みの一矢よりも強かな一射だった。無論、必殺の技である。

 そして、その矢は猫又の頭に直撃し、呆気なく無効化(・・・)された。

 

「ま~ったく、森人ってのはどいつもこいつも頭が悪くていけないニャ~」

 

 ぐしゃり、と。ニタニタと笑う猫又が、足元にいた上森人の王族を踏み潰す。

 挑発だ。怒りに呑まれそうになる頭を切り替え、アリエルは冷静に周囲を確認した。

 

 聖域守護者だけではない。聖域には王城勤めの近衛騎士の遺体もあった。どれも、惨たらしい最期を迎えたまま捨て置かれている。

 洞を見る。王族のみが通れる結界は、どういう訳か禍々しい穢れに染まっていた。

 

「あー、この結界ニャ? ()のあたしが作った術で弄らせてもらったニャ。今は誰も通れませぇ~ん。でも、あたしは優しいから、ここを通れる条件を教えてやるニャ♡」

 

 上からモノを言い、猫又は両目を三日月にして粘着質な言葉を継いだ。

 

「あたしはここを守護(まも)る。アンタはあたしを斃す。これで扉が開くニャよ」

 

 その時、聖域全体から錠前の締まるような音が聞こえてきた。今、結界術が成ったのだ。

 術者による解除方法の開示。呪術以上、契約魔術以下の強度。いずれにせよ、専門家ではないアリエルが力ずくで突破する事はできない仕掛けと見受けられた。

 

「つまり、今はあたしが神樹の守り手って事ニャ♡」

 

 くつくつと、嗤っている。

 まるで子供が虫の巣を潰すような、そんな幼稚な加虐性が猫又族の顔をした化け物から放散されていた。

 

「こいつら雑魚共の代わりニャねぇ!?」

 

 あまりにも、分かりやすい挑発だ。

 怒りに我を忘れさせ、思考を誘導したいのだろう。

 

「……よく、わかった」

 

 故に、と続ける。

 

「要は貴様を殺せばよいのだろう?」

 

 かくして、翡翠魔弓の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 天高く。夜と炎の境目に、鎧通しの刃が舞い上がる。

 それは虎鮫と銘打たれた短剣だった。バクスタ失敗と魔物のルーン使用に動揺したイシグロが、【受け流し】に失敗した為に起きた事象である。

 間一髪で身を守る事に成功したイシグロだったが、死神の鎌は二つ在る。体勢を崩した人間相手に、異形の怪物は対となる爪を振るった。

 

 赤が散る。再度、刃が舞い上がり、巻き込まれた手指が斬り飛ばされた。痛みを感じるより先に、動揺から復帰したイシグロは、斥候系ジョブ由来の曲芸的高速移動で退避してみせた。

 更に大きく距離を取るイシグロ。追撃せんとする炎爪。踏み込みかけた巨体の頭に、金色の光線が直撃した。天使の二挺拳銃による精密狙撃である。ほんの小さな弾痕。炎爪の頭部が燃え盛り、それは瞬時に塞がった。

 

「やぁああああッ!」

 

 後ろに下がる頭目に代わり、鉄塊の如き剣を担いだ獣が突貫する。淫魔による援護魔法を無視し、炎爪はグーラの一撃に刃を合わせた。

 ガギィッ! 刹那、鮮烈な火花が散る。力で勝ったのは黄金の眼の少女。赤熱する刃に罅が入った。たたらを踏んで後退する巨獣の胸に、追撃の雷蹴撃が突き刺さった。

 

「うわ!? 熱い!」

 

 結果、炎無効のグーラの足首に紅の炎が燃え移り、彼女の肌肉を焼いた。触れたら火傷のクソ装甲だ。

 

「下がれグーラ!」

 

 銀竜の治癒を受けた頭目が吠え、再度前衛を入れ替える。突然、前に出かけた怪物の巨体が傾ぐ。ステルス・シャーロットによる必中遠隔内臓破壊ルーンである。その間、後衛組の魔法が炎爪に全弾ヒットした。

 

「ダメだ! アタイの火力じゃ核っぽいトコに攻撃が通らねぇ!」

「ダメね。治癒じゃ消火できないわ……」

「わしが代わろう! 凄まじき陰の炎じゃ! 心を強く持たんと一気に焼かれるのじゃ!」

「すみません! 時間かかりそうです!」

「ご主人!」

「ああ! リリィはそのまま!」

 

 イシグロが前に出て、騎士系能動スキルの【陽動】を発動。即座に振るわれた刃を紅の炎に当たらぬよう【受け流し】、可能な限り釘付けにする。

 背後、魔力反応。攻撃役に回ったエリーゼが、仲間とタイミングを合わせて極大魔法をぶっ放した。怨嗟を湛えた眼が巡る。じっとレノを警戒していた炎爪の刃が閃き、エリーゼの【魔導極砲】を【受け流し】た。同時、もう片方の刃でレノとルクスリリアの魔法も後ろに流し切る。銀竜の息吹が斜めに逸れ、軌道上の木々を消し飛ばした。

 

「能動スキル!?」

 

 目を見開くイシグロ。大きく振り上げられた刃に、金色の光が凝集する。知っている、愛用の技だ。それ即ち、剣士系能動スキル【剛剣一閃】である。

 断ッ! 魂魄レベルの慣れで【受け流し】に成功したイシグロだったが、返す一撃を放てない。深々大地を抉った刃が斬撃線上に巨大な亀裂を生じさせ、激しい震動と共に盛大に過ぎる土砂を舞い上げた。

 土煙の中、影が翻る。イシグロはその場を逃れ、構える。次いで刃を構える炎爪に向かって、搦め手系の援護魔法が殺到する。幾閃、二刀のルーンが刻まれると、全ての魔法がイシグロ目掛け向かっていった。ルーンによる魔法ジャックだ。

 

「おぉっとォ!?」

「マスター!」

「無問題!」

 

 援護が途切れる。その間隙、炎の巨影が動き出す。

 一歩、四つの脚で繰り出されたのは、理性なき獣の突進ではなかった。地を滑るような侍の歩法。ソレを、主級の魔物がやればどうなるか。超高速斬殺暴走列車である。

 噴射炎を吹き出し、縦横無尽に刃を振るい。ゼロヒャク加速で迫る炎爪。後衛組は迷う事なく散開し、陰陽術で火傷を治したグーラが盾になるべく前に出た。

 

「ぐっ! ボクより速い!」

 

 お前は後とでも言うように、炎爪はグーラとの近接格闘を拒否した。ドリフトからの超加速、再度後衛組へ突貫する。

 足を止めれば近接殺しのカウンター武者。いざいざ動けば轢殺戦車。その性能はあまりにも厄介で、その技前は純粋に達者だった。

 

 どう動く? どう倒す? 頭目の男が最適武器を探る中、影で仕掛けが完成した。

 息を潜めていた森人の眼が、戦意を湛えて真っ赤に燃える。

 

「止めればいいんだろ!? こうやってよォ!」

 

 次の瞬間、炎爪の動きが不自然に鈍化した。慣性が死に、重力を忘れ、わざとそうしているかのように足も刃もスローモーションになっている。

 描き出したるは虹色のコード。範囲型の遅延ルーンが高速戦車を止めたのだ。

 しかし、そう長く持つものではないようで、炎爪の動きは徐々に早まっていた。魂魄強度で以て抵抗しているのである。

 

「チャンス! シータシータシータッ!」

 

 当然として、好機を逃すような黒剣一党ではない。目を焼くような一斉掃射が解き放たれ、闇夜の森に自然環境ガン無視の大破壊が齎された。

 ルクスリリアの赤黒魔力刃。エリーゼの二挺杖版【魔導極砲】。グーラの雷剣ビーム。イリハの守護霊付き鉄槍投射。レノのツイン・チャージ・ブラスト。シャーロットの貫通魔弾。イシグロは西部劇ガンマンめいて銃杖による魔弾を早撃ちした。

 周辺被害、あまりに甚大。もうもうと土煙が舞い上がる。

 

「やったッスか!?」

 

 やっていない。煙が十字に切り払われ、ところどころ傷のある炎爪が姿を現した。しかし、その傷は瞬きの間に再生される。

 否、猛攻を凌いだ奴の身体には先と異なる部位が見受けられた。怪物の背中、人間で言う肩甲骨の上角から新たに二本の腕が生え、それは既存の腕と同様に赤熱した刃を備えていた。

 都合四本四刀流。これによる剣撃乱舞で、魔法の嵐を【受け流し】たのだ。

 

「第二形態だ! 警戒!」

 

 瞬きと同じ速度。火勢を増した炎爪は、四つの腕で四つのルーンを刻印した。

 シャーロットの瞳に、単純極まる印が映る。全て同じ、基礎的に過ぎるコードだ。自身の能力を僅かに引き上げるルーン。既存の身体強化魔法に一歩も二歩も劣る残念技である。

 だが、四つも重ねがけしたらば、どうか。敏捷強化。ただでさえ素早い怪物が速さの一点に絞れば、その効果は如何ほどか。

 

「ぐあ!」

 

 僅か数パーセントのスピードアップは、問答無用で発揮された。空中のルクスリリアを跳ね飛ばし、グーラの迎撃を躱し、大樹を蹴って跳躍した炎爪は、光力銃を構えるレノに刃を振るった。

 

「無理!」

 

 瞬間転移。虚空を薙ぐ四刀。着地した炎爪。迫る前衛を見て、転瞬、四つの刃によるルーンが刻まれる。

 シャーロットに倍する速度で、それは形を成した。幾何学模様の如き虹色のルーン・コード。その意味を、赤髪の森人が誰より早く看破した。

 

「拙い! 逃げろ!」

 

 範囲型の足止めルーン。指定された領域の動きが遅延する。抵抗の際に解析され、覚えられたのである。

 咄嗟に避けた三人のうち、ルクスリリアに刃が振るわれる。狙いは首だ。直撃の瞬間、一瞬だけ体内の精を過剰消費したルクスリリアが無理な姿勢で回避した。以前、グレモリア戦で披露した超淫魔(スーパーサキュバス)化である。

 天賦の才と言うべきか、アクロバットに過ぎる体勢から大鎌を伸ばした超ルクスリリアは、新しい腕の一本をズバンと両断してみせた。

 

「再生したては脆いッスよ!」

「ナイス! シャロ発で二段攻撃、行くぞ!」

 

 異口同音の応答が響き渡り、黒剣一党が攻撃姿勢に移る。

 三本腕になった炎爪は、周囲を跳び回るルクスリリアを追い払いつつ、火炎を噴出して断たれた腕を再生した。

 怨嗟の眼が、ぐるりと周囲を見渡している。明らかにシャーロットを探していた。

 

「いつでも行けるぜ!」

 

 大樹の裏、当のシャーロットが声を上げる。音源へ向けて、炎爪が疾走した。四枚刃が振りかぶられ、太い幹ごと叩き斬らんと肉薄する。

 そして、【時止め】が起動した。

 

 誰もが止まった世界の中で、紅い眼の森人は思考よりも先に動いていた。

 実戦のような訓練の通り、杖で待機させていた魔法を発動する。自分と炎爪を結ぶ線、相手が動くだろう位置に、回避不能の罠を張る。その内訳は、爆弾爆弾アンド爆弾。例によって例の如く、設置系魔法は威力が高いのだ。

 静止世界が軋みを上げる。爆破範囲から逃れるべく、シャーロットは味方の方へ駆け出した。逃げる、逃げた。やがて時は動きだす。

 

 ドッガァアアアアアアン!

 シャーロットの背後で、とてつもない大爆発が起きた。駆ける最中に背を押され、ブワッと術者が宙に浮く。その身体を頭目の腕が支えた。

 

 この時、初めて炎爪に会心の一撃(クリティカル)が入った。見立て通りそれほど硬い訳ではないようで、炎爪は生命力の多くを失っていた。しかし、二枚目の装甲が核を守っていた。殺しきれてはいなかったのだ。

 だが、それでいい。天使が二挺の銃を構え、既に狙いを定めている。

 

「直撃させる……!」

 

 魔眼起動。レノの視界に、炎爪の内部構造が映った。

 核が胸にある事は、魔眼無しでも見て取れていた。魔法的防御の装甲が破壊され、再生途中の体表が晒されている。攻撃チャンスだ。

 より精密に更に視る、視えた。反射だ。当たると思ったから撃った。直撃、貫通! 驚愕の事実に、レノは目を見開いた。判断が早すぎたのだ。

 

「中に人がいる!」

 

 ぽっかり空いた胸部の奥に、肉の繭が確認できた。狙いが逸れ、核を撃ち抜けていない。

 よろめく炎爪。追撃できる。引き延ばされた時間、仲間は己が頭目を見た。

 

「ならァ!」

 

 伝播しかけた動揺を打ち消すように、頭目たる男が大声を上げた。

 

「引っ張り出して! 助ける! レノ!」

「ほ、細い管がいっぱい! そこは脆そう!」

「行けるな! シャロ!」

「あ、ああ! 承知したぜ!」

 

 イシグロの背後、シャロが新たなルーンを描く。再生の火を噴き上げながら、スタンを脱した炎爪が駆け出した。狙いは、ルーン使いの小さき森人。

 当然、皆が邪魔をする。ルクスリリアの攻撃を【受け流し】、エリーゼの魔法が頭部の半分を消し飛ばす。イリハが張った多重結界を突進で破壊し、速度が落ちたところに天才的戦闘勘で後の先を取ったグーラのフルスイングがヒットした。

 防御に使った前二本の刃が砕け散る。冗談のように吹っ飛び、空中で是正。炎爪の視線の先、限界まで【加速】していたシャーロットが、必殺のルーンを起動させた。

 

「「どっこい……!」」

 

 虹のルーンに手を突っ込み、ソレを掴んで引っ張り上げる。

 めりめりと引き抜き、ブチブチと繊維を引き千切る。転移してきたレノのシャイニング丸鋸が、核に接続された無機質な管を切断し、とうとうズブリと抜き出された。

 

「「しょオーッ!」」

 

 ハートキャッチ! ダイナミック必中遠隔モツ抜き攻撃だ。核自体が硬いなら、それそのものを切り取っちゃえばいいじゃんである。

 巨大なカブを引き抜くように、棺桶めいた肉の繭が全容を現した。虹色ルーンが閉じられると、再度駆け出そうとした炎爪は、糸の切れた人形のように動きを止めた。

 

 炎爪の躯体から、火葬されていた森人の遺体から、遠く燃え盛る上森神樹から。

 今、怨嗟の炎が、かき消えた。

 

 

 

 

 

 

 戦の風向きが変わった。

 愚直に突進してくる羽虫型使い魔を捌きながら、シラヌイは仮面の奥で眉を顰めた。

 

 戦いが始まった当初は一気に此方を潰そうとしてきた軍服猫又だったが、今は最低限の攻勢に甘んじている。けしかけてくる召喚獣や使い魔も低級の雑兵ばかりで、どうにも対手を殺そうという気概が感じ取れない。

 互いが互いの時間稼ぎを容認している状況である。末席とはいえ第三王子派閥の一員としては、厄介な猫又は殺せるものなら殺したいところ。が、かといってシラヌイの技前で濁流のような雑兵を掻い潜り、本体を瞬殺できるかというと全く以て無理無茶無謀である。

 

 風向きに変化があったのは、魔王軍の恰好をした猫又が蝙蝠型の使い魔を呼び出した後の事だった。

 件の使い魔はシラヌイに対して何をするでもなく、ただ術者の近くを飛んでいるだけだった。一度無理して倒してみたものの、同様の使い魔を再召喚されてしまった。そうなると、もうシラヌイにはどうしようもない。

 

 茶を濁す程度の攻勢に、役割不明の謎の使い魔。

 恐らく、猫又も何か秘策を練っているのだろう。そうでなくば、奴の立場で現状を良しとする訳がない。

 

 召喚獣の虎と連携しながら、シラヌイは周囲の状況を再確認した。

 猫又捜索班は、今現在アルヴの森の各地に潜伏している。森での活動に特化した斥候なので、戦闘能力は低いのだ。

 今も、シラヌイの感知していないところでこの戦いを見ているはずだ。近くに猫又からの伏兵がいれば、規定の手段で知らせてくれる。であるからこそ、シラヌイは安心して戦う事ができるのだ。

 

 とはいえ、周囲への警戒は強めておくべきだろう。

 増援か、伏兵か、遠隔の奇襲か。念の為、シラヌイは秘伝の陰陽術を使った。隠形への対処と、狙撃対策の結界だ。召喚獣の虎にも、消極的に立ち回るよう指示を出す。

 太刀を翻し、透明になっていた虫を斬る。まさか、これが本命とは言うまいが……。

 

「よし、もう十分だろう。作戦終了だ」

 

 猫又の指示に従い、その場の使い魔が一斉に動きを止める。

 ゾッとする程の統率だ。時が止まったように停止した雑兵。指揮官の猫又は安全圏を維持していた。

 来たかと、シラヌイは防御の構えを取った。表情を悟らせないよう、なおも仮面に笑顔を浮かばせる。

 

「まだ私は元気いっぱいなのですが、お疲れですか? 歳を取るってのは嫌ですねぇ」

「いいや、今しがた私の勝利が確定したのでな。ごほん、もう兵力を消耗させる必要もないニャって」

 

 余裕げに微笑む猫又からは、嘘や虚勢の気配はない。つまり、言葉の通りの確信を得ているという事か。

 匂いも音も本物で、幻術にはかかっていない。精神操作も受けていない。怪しい魔力の揺らぎもなければ、氣の流れにも問題は無い。探知用の陰陽術は発動中で、勘に優れた召喚虎も猫又一人を注視している。

 外部からの奇襲ではない? 無臭の毒か、呪いか。見えない虫が身体に入ったか? 当然として、それらの耐性はシラヌイの体内に仕込まれている。そうでなくとも、内を巡る氣に異常は無かった。

 神経を尖らせるシラヌイの前で、にちゃりと魔王軍の外套を纏った猫又は軍人らしからぬ嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「もう出てきていいニャよ~」

 

 その時だ。背後、数歩の距離に新たな気配。

 召喚獣共々横に跳び、立ち位置を変えて両者を捉える。

 唐突に現れたそいつは、靴も草鞋も履いていない――裸足(・・)の猫又女だった。

 

「救難信号が聞こえたので参った次第。いきなりの変更は止めてほしい」

「緊急事態だったのニャ。それより、さっさとソイツ殺すのニャ」

「ちょっと待って。まだ身体が万全じゃない」

 

 熱のない眼をした裸足の猫又は、事前の情報の通りに素足を晒していた。

 晒されているのは足首だけではなく、肩や大腿も露出しており、布より肌の面積の方が広く見える。

 大きくスリットの入ったドレス――獣人文化由来の古い民族衣装だ――を身に纏った姿は、暗殺者と聞いて想像し得る風体ではなかった。彼女は身に寸鉄を帯びておらず、それらしい物と言えば彼女の胸にある豪奢な首飾り程度である。

 武器が無いなら、徒手空拳の達人か。しかし、シラヌイの目にはどうにもこの女が強そうには見えなかった。茫洋と眠たげな瞳に、フラフラと揺れる不安定な体幹。凡そ茶屋で団子でも食べている方が似合いのように思える。

 

 ともかく、この女こそが上森人王を暗殺した猫又である。寸前まで感知できなかった隠形は、首飾りによる能力か、あるいは純粋な技術か。深域武装による異層権能や、魔眼の線もある。

 タイマンではなく、二対一。仮にこの裸足の猫又が想定通りの実力者なら、時間稼ぎさえ出来るかどうか分からない。

 が……。

 

「これも仕事ですかね」

 

 お仕事だから、やるしかない。

 内心逃げたくて仕方がないが、シラヌイは勇敢に見えるよう太刀を構えた。

 可能な限り情報を集め、無理だった時はさっさと逃げよう。命あっての物種である。

 

「あ、今治った」

「んならパパッと殺るニャ」

「承知」

 

 言うが早いか、裸足の猫又がシラヌイ目掛け突っ込んできた。やはり、素人に見せかけた武芸者。速い、速いが、反応できる。

 奴の首飾りが光っている。深域武装と当たりを付ける。ブラフの可能性もあるが、何か凄まじい権能を使われるかもしれない。可能性が高いのは、完全なる隠形あたりか。

 旧家出身のシラヌイは、自身が知り得る深域武装を思い出した。絶対切断の小太刀。水行の陰陽術を倍化させる錫杖。触れたモノ全てを腐らせる鈎爪。真に一撃必殺の奥義かもしれない。防御したら拙い技なのかもしれない。

 何も分からない。故にこそ、シラヌイは定石通り牽制した。速度重視の小規模陰陽術、多重発動。一度だ。一度凌げばいい。それから逃げて情報を持ち帰れば、イシグロかアリエルが殺してくれる。

 

 対し、裸足の猫又は真っすぐ突っ込んできた。氷の障壁を体当たりでぶっ壊し、金行の虎バサミを【震脚】で踏み潰し、木の根の網を左手の爪で切り裂いた。

 一部、見切った。要するに、近づかないといけないのだ。離れるべきだ。シラヌイは大きくバックステップした。罠を張った。警戒していた。観察していた。

 だが、しかし、既に戦は終了していた。

 

開け(・・)、【辺獄門(へんごくもん)】」

 

 次の瞬間、猫又と天狐の姿が消失した。

 カランと、真っ白な仮面が落ち、割れた。

 

 夜の森に、静寂が落ちた。

 

 

 

 同時刻、上森人王の居城で、翡翠魔弓の付き人であるネフリティスは、彼の王の遺体を見分していた。

 その身体には無数の打撲傷があり、凡そ暗殺被害に遭った王の遺体とは思えなかった。

 けれども、遺体の発見現場はおろか、広い城の何処にも争った痕跡は確認できなかった。

 また、件の報せが届くまで、誰も王の窮地に気づけなかったという。

 

 あり得ない、あってはならぬ王の暗殺。下手人は如何にして上森人王の居城に潜り込み、誰に気付かれる事もなく、こうも一方的に殴殺せしめたのか。

 一介の森人に過ぎないネフリティスには、推理も想像も出来なかった。

 

 ただ、事実だけがそこに在った。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
 作者のやる気に繋がります。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551



 こっちも投げてくれると喜びます。

 X(旧ツイッター)はじめました。よければフォローしてやってください。
 更新通知とか、更新の予告とかします。

https://twitter.com/iraemaru
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。