【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。本当に感謝しております。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回も三人称です。
よろしくお願いします。
核と思しき肉の繭を切り取ると、炎爪の巨体は動きを止め、森人の遺体を火葬していた紅の炎は一瞬にしてかき消えた。
時を同じくして、シャーロットは森に入ってから感じ続けていた焦燥感が薄らいだのを自覚した。炎爪本体が活動を停止した事で、上森神樹の根を燃やしていた憎悪の火が消えたのである。
これにて、討伐完了と言えるだろう。
「こん中に人がいるんだな、レノっち」
「ん、そう。多分、わたしと同族……」
だが、シャーロットの復讐は終わっていない。
これまで、炎爪は単なる強力な魔物か、さもなくば猫又なる勢力の使役している使い魔のようなものと想定されていた。そう思っていたからこそ、純粋に憎む事ができていたのだ。
しかし、ここに来て炎爪の中に人がいるとなれば、義侠心の強いシャーロットはその理由を想像して自身の感情の行方を見失う事となった。戦っている最中は気にする余裕はなかったが、炎爪を無力化した今シャーロットは現実と向き合う必要に駆られたのである。
「シャロ、難しい時は俺がやってもいい。見届けるだけで十分だろ」
「あぁ……だが、まだ何も分かっちゃねぇんだ。とりあえず、中身を見てみねぇと」
復讐心を保つのは、辛く苦しいものである。ここにきて、シャーロットは自身が復讐から解放されたがっている事を自覚した。
早く楽になりたい。だから、炎爪の中身は殺しても罪悪感の湧かない奴がいい。そう願っている事に、彼女は自己嫌悪した。無事を祈るのが先だろうに、と。
とにかく中身を出してみるしかないとして、黒剣一党は核の解体作業を開始した。
硬い繭をイシグロの装甲破壊用ナイフで傷を付け、レノの光力カッターで切断する。生じた隙間に指をかけ、グーラが力任せにこじ開けると、暗く淀んだ核の中には確かに人の姿があった。
裸の少女である。椅子のような器具に拘束され、半透明の赤い粘体に埋もれている。意識はないようで、彼女は瞼を瞑っていた。
拘束具を破壊し、粘体の中から天使の少女を引っ張り出す。抱き上げると、彼女の背中には以前のレノと同じ翼を削ぎ取られた名残があった。恐らく、楽園出身の天使である。目を伏せるレノの手を、そっとイリハが握った。
毛布の上に横たえ、布を被せる。そうしていると、少女は安らかに眠っているように見えた。あどけない顔立ちは、暴れ回っていた炎爪の中にいた者とは思えなかった。
「うっ……こ、此処は? あれ? 私、身体が……」
ややあって、天使の少女が目を覚ました。よろよろと上体を起こすと、自身を取り囲む武装集団を見て身を竦ませた。
息を飲むシャーロットの後ろで、イシグロとエリーゼは武器を握りしめていた。演技の可能性を否定できないのだ。
「ひっ……!?」
わなわなと震える瞳で周囲を見る。それから、彼女は炭化した森人の死体を見て、ビクリと全身を震わせた。
恐怖なのか、何なのか。魔力に混じった感情が視えるエリーゼにも、少女の中に渦巻く複雑な激情を把握できなかった。ただ、彼女は外にも内にも強い負の感情を抱いているようである。
「ああ、なんて事……! こんな惨い……! わ、私のせいで……またッ! あの時みたいに……!」
頭を抱える少女。小さくなった目は焦点が合わず、此処ではない光景を見ているようだった。
やがて、目から光を失った少女は、もう一度イシグロ達を見た。
「お、お願いします。私を殺してください……」
大丈夫かと声をかけようとしたイシグロに、少女は細く弱々しい声を発した。
自棄になっている風ではない。その声音はあまりに悲痛で、何らかの覚悟に満ちていた。
「私の中で、まだ化け物が動き続けています……! このままでは、また同じ事が起こってしまいます。その前に、どうか……!」
彼女の必死な訴えは、イシグロからして嘘を言っているようには思えなかった。
加害者ではあれど、当人の意思では無かったのかもしれない。イシグロ視点、そも楽園出身と思しき天使がそうである可能性は極めて低い気がするのだ。
「お、お前さんがやった訳じゃ、ねぇのか……?」
だが、と思う。もしそれが事実なら、シャーロットの憤怒は何処へぶつければ良いのだろう。
同じくらい悲痛な声を吐き出すシャーロットに、少女は今にも自殺しそうな眼を向けていた。
「私ではない誰かが、私を急かし、動かすのです……!」
「なにを……」
「上森人を、殺せと……」
言葉の途中、少女の震えに呼応するように、関節部からチリチリと紅の炎が燃え始めた。
まるで、暴れ出ようとする怪物を抑え込んでいるかのように、少女は自身の体を抱きしめ、介錯を懇願していた。
「シャロ……」
剣を握りしめたイシグロは、自身の優柔不断さに嫌気が差していた。
合理主義者ぶった自分が言う。これはシャーロット個人の問題で、当事者ではない自分は口出しすべきでない。彼女の決断を待つのが先だ。手を貸して欲しいなら、その時すればいいだろう。
頭目としての自分が言う。今すぐこの少女を殺せ。加害者も被害者も関係ない。仲間の安全を確保しろ。だが、そうする事で皆に軽蔑される事が怖かった。そうはならないと分かっていても、考えるだけで恐ろしい。
石黒力隆が言う。出来る事なら、レノと同じように救ってやりたい。けど、世の中そう都合よく出来ていない。実際、こういう時に声を上げそうなレノとイリハが何も言っていない。つまり、そういう事なのだ。
結局、イシグロは何も行動を起こさず、ただシャーロットを見ていた。同じように、皆も彼女に注目している。決断を、迫られていた。
「な、なぁ亭主殿? 何とか治す手段はねぇのか?」
そんな中、未だ戦士の心構えができていないシャーロットは、あるかもしれない希望に縋った。
殺人童貞を卒業したイシグロや冷血竜族であるエリーゼと違い、手っ取り早く殺す選択肢を選ばない。選べない。間違いなく、気高い善性の発露であった。
「多分、難しい……」
けれども、善良さが残酷さになる場合は存在するものだ。
かつて、炎爪よりも多くの悲劇を生み出してきたレノは、身体中を余すことなく弄り回された同胞の中を
「もう、魂が人類のモノじゃなくなってる。使い魔とか、召喚獣とかに近い。命令が無ければ、動けない身体にされてる……」
「そ、それは、淫魔王国の女王様でも無理なのか? なんだ、凄いらしいじゃねぇかよ。ツテぇあんだろ?」
「や、女王様は解呪は出来ても魂の修復は管轄外。多分、ジュスティーヌ様じゃないと無理……」
「ジュスティーヌ様って、オイオイそりゃあ……」
御伽噺じゃねぇかと、シャーロットはへにゃりと力なく笑った。彼女は辛い時こそ笑うのだ。ただ、目だけが笑えていなかった。
炎爪の天使と、目が合う。苦しげに胸を抑える少女の身体は、徐々に人ではなくなっていた。強膜が黒く変じ、前腕から鋭利な刃が生えてきた。徐々に、徐々に、柔らかな皮膚が硬質化していく。再度、炎の怪物に成ろうとしているのだ。
「どうか、お願いします。せめてこれ以上、続かないように。もう誰も殺したくないんです……。わた、私が里を襲って、それだけじゃなくて……!」
これはもう、シャーロットには荷が重いだろう。そう判断したイシグロは、せめてもの慈悲に
エリーゼが此方を見ている。無表情で頷き合う。イシグロは、収納魔法から最も火力の高い刀を取り出した。
「すまねぇ亭主殿。アタイにやらせてくれ……」
その手を、シャーロットの手が止めた
主を見上げる双眸には、静かな決意が宿っている。
復讐からの逃避ではない。怒りに任せた決断でもない。その目には、紛れもなく信念があった。
「故郷の皆の為に、アタイがやらなきゃいけねぇんだ。こいつの為にもよ……」
少しずつ魔力を練り上げ、魔法を詠唱する。
冷気を迸らせる木杖を、少女の胸に当てる。怪物になりかけている少女は、心底安堵したように微笑んだ。
「ありがとうございます……」
「ああ……。里の皆が何て言っても、アタイはお前さんを許すよ」
そして、魔法が発動した。
硬く鋭利な氷の刃が、少女の胸に沈み込む。何の抵抗も無かった。肌を裂き、肉を通り、胸骨の一部を削って、心臓を貫通した。
やがて炎を侵すように、慈悲の冷気が駆け巡る。この純粋な身体から、ドス黒い怨念を拭うように。
少女の肉体は、一瞬にして氷像になった。
すると、凍り付いた少女の身体が少しずつ青白い粒子に還っていった。
魔物を殺した時と同じである。レノの言う通り、少女の魂は既に人の枠組みを外れていたのだろう。
「ははっ……あ、案外、サラッと終わるもんなんだな。こういうのって、もっとこう葛藤とか色々あるもんだと……思ってたぜ」
また、へにゃりと笑う。あえてお道化てみせるように、シャーロットは明るい声を発していた。
一歩後退し、倒れそうになる身体を支えられる。戦を貴ぶ種族、銀竜のエリーゼである。
「まだ、あの娘に指示を出した者がいるわ」
罪悪感に押し潰される寸前、エリーゼの優しい声がシャーロットの耳朶を震わせた。
そうだ、復讐すべき相手は他にいる。まだ、楽になってはいけないのだ。
「ああ、そうだ。その通りだ……!」
全身に力を籠め直し、シャーロットは自分の足で再起した。
まだ終わってない。終わらせてなるものか。その為に戦ってきた。里の皆だけじゃない。少女の献身を、その命を、無駄にしてはならない。
「そうしねぇと、誰も報われねぇ……」
今、復讐の理由が一つ増えた。
名も知らぬ少女に報いる為にも、ここで立ち止まる訳にはいかなかった。
全て背負って、シャーロットは明日を笑って生きるのだ。
〇
眩い金の残光が、穢された聖地を駆け巡る。
石片を巻き上げて迫る巨大蛇の尾を跳躍回避し、魔法を唱えて弭に青白い魔力刃を生成。大雑把に薙ぎ払われる触手を、裂帛の気合と共に切り裂いた。溢れ出た血を浴びぬよう退避すると、血が付着した地面が音を立てて溶解した。
中ほどで切断された触手の断面から、新たな身体が生えてくる。迷宮の主を超える再生力を持つ猫又は、与えられるダメージに何の痛痒も感じていないようだった。
対し、アリエルは苦しげに眉を顰め、頬に垂れる汗を拭った。その表情を見れば、何方に戦況が傾いてるか一目瞭然であった。
現在、神樹を祭る聖域は、森人を葬る殺戮領域と化していた。
戦場となった聖域は直径五〇メートル程の広場になっており、四つの角に祭事用の霊火台が設置してある。その中で、二階建て住宅レベルの巨大妖怪変化が暴れているのだ。射手を本領とするアリエルにとって、この場はあまりにも不利であった。
加えて、どういう訳かこの猫又は弓矢に対して絶対的な耐性を持っており、距離を問わず矢による射撃が無効化されるのだ。また、各種属性魔法に対しても強い耐性を施してあった。これでは、傷を付ける事はできても滅ぼす事が困難である。
あまりにも、あからさまに、それら全ては弓と魔法に適性のある森人への対策だった。魔物が人類の武装を持つとこうなる。そう思えるような光景だった。
「ケヒャヒャヒャヒャッ! 何だっけ! 何つってたっけかニャア!? あたしを斃すとか何とか言ってたのは何処のどいつかニャーッ!?」
火力不足のアリエルとは対照的に、猫又からの攻撃は一発入るだけでアリエルに致命傷を与えられる威力を持っていた。そのくせ異形の猫又は非常に強力な再生能力を持っている。
ならば聖域の外から極大魔法で狙撃すればいいだけの話なのだが、それが出来ない理由があった。何故なら、聖域には初代上森人王が施した結界が張られており、門以外からの出入りができない仕様なのである。
それだけではない。その門に関しても、猫又の講じた契約結界術によって逃走防止の呪いが施されているのだ。そうなると、一度逃走して態勢を整える事もできなかった。
「くっ、重い……!」
「おっと? ようやく回ってきたかニャ? いやぁ瘦せ我慢してただけかニャ? 可愛いねぇ可愛いねぇ!?」
そして、今アリエルを最も苦しめているのは、聖域全体に充満している正体不明の毒であった。
その症状は一つ、敏捷性の低下である。最初こそ余裕を持って猫又の攻撃を回避していたアリエルだったが、毒が回るにつれその足捌きは拙いものへと変じていった。
これがただの毒であれば、アリエルの治癒魔術でどうとでもなっただろう。しかし、この毒の性質は薬物や魔術とは異なり、むしろ呪術や陰陽術に近く、氣を感知できない者は症状を自覚するまで気付けなかった。
間違いなく、アリエルの実兄や聖域守護者が殺されたのは、この毒による鈍化が最大の要因と思われた。
遠隔攻撃を封じられ、いつ一発逆転を起こされるか分からず、毒による効果でその確率は時間と共に増していく。また、仲間が来るまでの持久戦も困難な戦況だった。
どう考えても、絶体絶命のピンチである。
「ほぉ~れほぉ~れ! もう跳ね回る事もできないんじゃないかニャ~? さっさと弓なんか捨てて、大人しく死んどけニャ!」
しかし、である。名実ともに遠隔最強の金細工と呼び声高いアリエルは、当然としてこの程度の逆境は何度も経験し、その全てを乗り越えてきた。
アリエルの背中には、多くの命が掛かっているのだ。上森人の王族として、止まり木同盟の盟主として、こんなところで死ぬ訳にはいかないのである。
心を燃やす。半刻後には仲間が助けに来るかもしれない。一秒後には猫又の変化が解けるかもしれない。次の一撃で、敵の再生能力に限界が来るかもしれない。
事実、先ほど神樹を燃やす炎は消えたのだ。イシグロが炎爪を討伐した証拠である。事態は良い方向へ向かい始めていた。
絶望はしない。希望はある。思う様に動かない足に鞭打ち、アリエルは猫又の攻撃を回避し続けた。
「っと、こんなんどうかニャ?」
ポイッと、猫又が何かを投擲してきた。
危険物かもしれない。反射的に射ろうとして、アリエルはその手を止め、ほんの僅かに硬直してしまった。
宙を舞うソレは、実の兄の生首だった。
「ぐふぁ……!」
次の瞬間、アリエルの横腹に蛸の触手が直撃した。決まったと、猫又は会心の笑みを浮かべた。
装備の物理耐性を貫通し、アリエルの肋骨がへし折れた。水平方向に吹き飛んだアリエルは、霊火台が設置された石柱へと叩きつけられた。
痛みには慣れている。意識も失っていない。弓はこの手に握られている。まだ、戦えるはずだ。
戦場において、痛みに喘ぐ暇など存在しない。反射に先んじた本能で、アリエルは即座に立ち上がろうとした。
しかし、一手遅れてしまった。超人の動きをしようとして、身体がついてこなかった。毒による鈍化の影響だ。
「これで終わりニャ! 上森人女一匹! 討ち取ったりぃッ!」
歓喜と愉悦に満ちた声と共に、致死の攻撃が放たれる。槍のように束ねられた螺旋回転する巨大触手。直撃しようものなら、アリエルの身体などバラバラにされる事だろう。
回避は不可能。魔力障壁は間に合わない。どだいアレに対して尋常な防御が役に立つだろうか。
眼前に迫った死を見て、アリエルの脳裏に過去の情景が過った。
少女だった頃、初めて森を出た時の感動。
世界の残酷さを知り、孤児の救済を願った。だが、残酷なのは世界だけではなかった。
やがて、かけがえのない仲間と出会い、その多くを見送った。
翡翠魔弓の名に、理想に、続く者が現れた。諫める者はいた。支える者もいた。
だが、アリエルは常に独り、誰一人として同じ立場に立つ者はいなかった。
家族を想う。子供達の未来を想う。
止まり木協会は、もうアリエルが居なくても大丈夫だろう。悔しいが、仇は討てそうになかった。何度も婚姻話を持ってきた叔父には、ちょっと申し訳ない事をした。
視界が戻る。
動かぬ身体を認識し、アリエルは心静かにその時を待った。
ふと、思う。
あの心優しい叔父が、どうしてああもしつこく婚姻を勧めてきたのか。
叔父に限って、単なる姪孫見たさの我欲とは考え難かった。
それは何故か? 今、分かった気がする。
孤高になってしまった姪っ子に、家族を持つ喜びを知ってほしかったのではないか?
死の寸前、戦い続けた上森人は、僅か小さく微笑んだ。
アリエルは迫り来る脅威を見て、そして……。
ギイイイイインッ!
快音。影が差す。ハッと見上げたアリエルの前に、雄々しい男の背中があった。
黒髪の剣士。地味な革鎧。怯む事なく地を踏みしめ、武骨な剣を振り切っている。
儚き定命者が、翡翠魔弓を救いに来たのである。
「い、イシグロ殿……!」
我知らず上ずった声を発するアリエルの視界の奥、巨大猫又の身体が横真っ二つに弾け飛んだ。グーラによる不意打ちが直撃したのだ。
一刀両断。天高く舞い上がる妖怪変化の大きな上体。瞬時の再生で再度ラミア形態をとった猫又に対し、黒剣一党はブライトさんも大喜びの弾幕を展開した。地に落ちたと同時、猫又は魔力障壁に身を隠した。
「アリエルさん、ご無事で!?」
「あぁ……! わた、私は無事だ……!」
「よかった」
振り返り、アリエルの無事を確認したイシグロは安堵したような微笑を浮かべてみせた。
そんなイシグロの笑顔を見た瞬間、全く以て予期せぬ事にアリエルの心臓はあまりに大きくドクンと跳ねた。
アリエル視点、何故かイシグロがキラキラ輝いているように見える。加えて何故だか頬が火照っている。新種の状態異常かもしれない。
「何故ニャ! どうして此処に入ってこれたのニャ!? 契約はまだ続いてるはず!」
障壁の中、猫又は悲鳴にも似た声を発した。実際、決闘に立ち入られぬようこの戦いが終わるまで聖域には誰も入れなくしてあったのである。
これに関しては、イシグロ達の知らぬ事だが、神聖なるアルヴの森に邪悪なる猫又が入ってこれた理由と同じである。
即ち、ルーン・コードによる出入り可能条件の変更である。ぶっちゃけチートであった。
「また結界か。シャーロットが解除します。お早く」
「ああ、分かった……! た、頼む手を……」
「こっちだぜアリエル様!」
「う、うむ……」
マスターキーたるシャーロットに手を引かれ、アリエルは洞を阻む結界の方へ移動した。油断なく無銘を構えたイシグロは、二人を守るように立ち回った。そんな男の勇姿を見て、アリエルは謎の高揚感を覚えていた。
当然、それを見逃す猫又ではなかったが、魔物退治のプロフェッショナルである黒剣一党ロリ組が妖怪変化の動きを釘付けにしていた。
「えーっと、これをこうだからこんな感じで……よし! もう通れるぜ!」
「ルーンが禁術扱いされてた理由分かった気がする、俺」
「うるせぇやい! ほら今のうちに!」
「あ、ああ……! 武運を祈ってるぞ、イシグロ殿!」
「ええ。魔物退治はお任せ下さい」
哀れ、試行錯誤を繰り返して展開した超絶高度な結界術は、内部の設定を弄られてあっさり突破されてしまった。
穢れの消えた洞を潜り、アリエルは神樹へ向かって行った。一度振り返った視線の先に、めちゃくちゃカッコいい背中が見えた。一〇〇〇歳超えの
「拙い拙い拙い! また失敗する! ていうか
聖域狭しと飛び回るロリを退けるべく自身の周囲に特大陰陽術を放った後、猫又は洞へ向けて力いっぱい戦術級魔力弾をぶっ放した。
当然、それはイシグロが【受け流し】た。あまつさえ受けた瞬間に流す方向をコントロールし、神樹に当たらぬよう夏祭りの花火のように打ち上げた。もしこの場に剣の使い手がいたならば、軽く現実を疑うレベルの絶技である。
ちなみに、現状この異世界において、イシグロほど【受け流し】を熟練している剣士は銀竜剣豪ヴィーカ以外に存在しない。
「準備完了! とりあえず、この陰氣に満ちた場を整えるのじゃ! ほいっとな!」
「ん~、やっぱこいつ魔法自体の効きが悪いッスね。デバフ重視でいくッスか」
「そうね。なら、闇の杖に替えるべきかしら」
「りょ! エリーゼ、新しい杖よ!」
「触手部分は手応えがありません! かく乱に専念します!」
「光力は通るみたい。大きいの撃つ、援護して」
「んじゃアタイは適当にお邪魔しちゃおっかな!」
「ニャアアアアアッ!? 何なのニャお前らぁあああ!?」
時が経つにつれ、玉ねぎの皮を剥くように猫又の弱点が暴かれていく。元より対森人特化構成をしている猫又は、弱点を突かれると脆かった。
また、イシグロ一党には特にこれといって精神的動揺が無かったのも大きい。例の陰陽術師風の個体が復活している事には驚いたが、それだけだ。黒幕かもしれない猫又を前にしても、シャーロットは迷宮探索のノリである。
畢竟、血が出るなら殺せるのである。殺せるなら、無駄に恐れる事もない。イシグロ率いる黒剣一党ロリ組は、もれなく頭目流のゲーマー思考が感染していた。
そして、頭目たる男はわざと聞こえるよう大きく吸気し口を開いた。敵への煽りは常套手段なのである。
「そうか! 君は頭が悪くて他に取り柄がないから、ちまちま森人対策した上で巨大化する事でしか精神的優位性を維持する事ができないんだね! かわいそ……」
ブチィッと、妖怪変化の頭の中で決定的な何かが引き千切れた。
事前情報にあった
生理的に無理! 猫又はぐちゃぐちゃになった思考で破壊力重視の陰陽術を唱えまくった。
「あぁもう! 増援がない! アリエルが入った! おしまいニャ! 途中まで完璧だったのに! お前のせいでなぁああああ!」
ロリを跳ねのけ、突貫する。勢いそのまま、イシグロに対して触手攻撃を放つ。
「オラァ!」
「ぎぃ!」
普通に流され、確定反撃。会心攻撃による大ダメージを受けた事で、突撃中の猫又は異世界物理法則に従って盛大にノックバックした。
以前なら避けていただろう攻撃を、今のイシグロは真正面から受けて立つ事ができる。そう、迷宮狂い氏はリンジュに居た時より強くなっているのだ。たかだか誘拐犯に苦戦していた頃のロリコンとは違うのである。
対応力もまた、同様に。
「はぐぁ……!? な、何が!?」
退避しつつ陰陽術を使おうとした猫又は、詠唱途中で何故だか強制停止させられた。
ダメージはない。他の小さい奴等の攻撃も当たっていない。見れば、ヒトガタ部分の胴に短剣が突き刺さっている。方向からして、イシグロからの【投剣】である。
だが、この程度の威力で詠唱が止まるはずもない。にも拘わらず、魔力の流れが阻害され、詠唱する舌がもつれてしまっている。
その剣にこそ、仕掛けがあった。
対魔術師及び対陰陽術師用アサシンナイフ、“
詠唱阻止、魔力阻害に特化した魔法職殺しのナイフである。迷宮内では使いでの無い、対人戦用の短剣だった。
「皆、このまま圧勝するぞ!」
頭目からの宣言に、異口同音の同意の声が響き渡る。
瞬時に立ち位置を変更する。イシグロが回り込むように走りだし、グーラが真正面の前衛に立つ。空中のレノが敵の動きを制限し、ルクスリリアがデバフをかける。シャロがルーンで因果律を操り、エリーゼの妨害闇魔法を強制的に直撃させた。最後方、十尾形態のイリハが式を編む。
何とかかんとか猛攻を耐えていた猫又だったが、イリハの陰陽陣を見て顔色を変えた。アレはヤバい。マジでヤバい。アレを食らえばマジで死ぬ。
今すぐ阻止しに動きたいところ、けれど身体は動かなかった。ルクスリリアの状態異常耐性低下デバフのせいで、イシグロとエリーゼからの麻痺蓄積が上限に達した為である。
「陰陽互根、五行相生……」
それは、究極にして最悪の陰陽術。
戦続きの世に生まれ、文字通りの必殺技として猛威を振るった激ヤバ・ウルト。
陰陽陣が形を成し、やがてそれは発動した。
「ほれ、【天意流転領域】!」
瞬間、術者を中心として世界の法則が改変された。
生と死の境界が曖昧に、真っすぐな物が歪み。清が濁に。天が地に。全て、生かすも殺すも思うがまま。
これぞ陰陽術の究極奥義、【天意流転領域】。何の因果か、猫又の生殺与奪権を今はイリハが握っていた。
「うごぇ……! あがっ! ぶぎゅ……ひぎぶぇぁ……!?」
まるで、泥人形をこねているかのようだった。
蛇の部分は根本からねじ切られ、両腕もぐにゃぐにゃに圧縮される。一つ一つの内臓を弄り、これかと思ってスイッチオン。すると、捩じ切られた腹の断面から、人類の形を保った猫又本体が大便みたいに排出された。脱出ボタンを押されたのである。
「はっ!? 一体なにグァ!?」
術が解ける。意識が切り替わる。慌てて上体を起こした猫又本体の喉に、再び
「起きろ」
次いで、声を出せなくなった猫又の頭部を掴み上げ、イシグロは一方の手に握った
効果は抜群だ。イシグロは匕首を引き抜き、女の身体を放り捨てた。死んではいない。この匕首は、殺す為の武器ではないのだ。
対猫又用アサシンナイフ、“
仮想敵を猫又族の女に限定し、威力も強度も度外視して造らせた匕首型の短剣。用途も性能も単純で、猫又族の女を行動不能にする。ただ、それだけの武器である。
「そんな、またこいつに……! こんな奴にぃ……!」
意識を失う寸前、復活したての猫又は、かつての自分を殺した男を睨みつけた。
視線の先、当の男は冷淡な眼で猫又の女を見下ろしていた。
「実はお前の身柄を引き渡すとボーナスが出るんだよ」
面倒な事に、こいつらは逃走手段を持っている。戦ってる最中に逃げられるのは勘弁だ。なら、気絶させてふん縛った方が楽じゃねと、イシグロはそう考えた。
ついでに王子からボーナス入るし、上手くいけば研究スピードが速まって猫又撲滅のタイムが短くなるんじゃないか? と。
猫又不殺の短剣は、悪意も害意もない打算によって生まれたのである。
「ぼー、なす……?」
そうして、上森人の王族を殺し、聖域守護者を惨殺した猫又は、くったりと意識を失った。
しかし、これはあくまで単なる状態異常の一種である。時間が経つと普通に動き出す仕様だ。なのですぐさま拘束具を取り付け、出荷状態にしておいた。
「こいつが炎爪操ってた奴か? そんな感じしねぇよな?」
「ええ。この個体はあくまでも門番。指揮官個体は黒い外套を羽織っていたと仰っていたので、黒幕は其方でしょう」
「にしても、こいつイリハん時と全く同じッスね。姉妹にしても似すぎッス」
「魔力の質が殆ど同じだわ」
「再生怪人枠かもしれない。イリハ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃ。なんか、思ったより呆気なかったのぅ」
「ん、フルボッコだった」
そうして一息ついていると、神樹の方向から清涼感のある風が吹いてきた。
淀んだ空気が浄化される。風に含まれる柔らかな魔力には、心地よい治癒の効果が含まれていた。
「おぉ! なんかすげぇ!」
「いい風ね……」
「これで探知ができるようになった訳か。逃走防止の結界も強化されるはずだし、残った猫又が見つかり次第すぐ応援に行くぞ」
「応ともさ!」
炎爪の討伐と、森の力の解放。目標のうち二つを達成した。後は残る猫又を討滅すればミッション・コンプリートである。イシグロ達は決意を新たにした。
その時である。
「よくもまぁやってくれたニャア……!」
低く、低く、静かな怒りを湛えた唸りが響き渡る。
武器を構え、声の方を見る。聖域の門を潜り、将校のような恰好をした猫又女が歩いてきた。
その双眸は、純粋な憤怒に染まっていた。
旧魔王軍の正装に、威厳ありげな外套。そのベルトには豪奢な造りのサーベルが下げられていた。
報告にあった指揮官個体だ。件の裸足の個体は見当たらないが、こいつはシャーロットの怨敵かもしれない相手である。
連戦になる。だが、一党の戦意に衰えは無かった。これからが本番で、今回は神樹の支援付きだ。負ける要素は存在しない。
「
ぬらりと、サーベルが引き抜かれる。
ぶわりと、戦意が解放される。
その標的は、明らかだった。
「イシグロ・リキタカ、また貴様か。聖輪郷だけでなく、此処でも我等の邪魔をするとは……」
「おい」
言葉を遮り、イシグロは指揮官個体を睨みつけた。
不快げに歪む面貌を気にせず、男は言葉を継いだ。
「あの魔物にケナズの里を襲うよう指示したのは、お前か?」
それは、あまりにシンプルな問いだった。
無駄で、無意味で、無価値である。答える必要など無い問いだ。
だが、指揮官個体はふとシャーロットの方を見て、
「くはっ! そういう事か! 事前の情報収集を怠っていたのは此方だったか!」
納得した。納得したから、気分が良くなり、答えてやる気になった。
「あぁそうだとも! だからどうした? 森に入る為、そうしたに過ぎない! ルーンってのは破壊工作にうってつけの技術だからな! あんな辺鄙な場所に巣など作れば、使ってくれと言っているようなものだろう?」
今にも襲いかからんとしたシャーロットを制し、イシグロは今後の為に口を開いた。
「何故、神樹に火をつけた?」
「かく乱だ。なにも神樹を全焼させたかった訳ではない。引きこもり共には生きていてもらわなくては」
「上森人王を殺した理由は?」
「ククク……教えてやりたいのは山々だが、禁則事項でな。言うと私の頭が吹っ飛ぶ」
「それは言っていいのか……」
「そうとも、言うとも! どうせ私は今宵に死ぬのだ! 好きに喋って何が悪い! そしてぇ!」
外套を翻し、両手を広げ、魔王軍の恰好をした猫又は、裂けんばかりに口の端を歪めた。
「此処で貴様も死ぬんだよ」
瞬間、背後に気配。
振り返るより先に、虚空より出現したソレが囁く。
「
〇
瞬きの間に、イシグロの視界は白黒に切り替わっていた。
まるで、古い映画の世界に迷い込んだかのような光景である。現在位置に変化は無いが、風景だけでなく周囲にいた仲間達もモノクロになっていた。
向こうからはイシグロが消えたように見えているようで、彼女達はキョロキョロと周囲を見渡していた。試しに触れてみるが、此方からの干渉はできないようである。
ここに来る寸前、危機察知に反応は無かった。気配に反応し、回避行動も取ったはず。にも拘わらず、どうやら既に術中らしい。
この期に及んでも、イシグロは冷静さを保っていた。炎爪との戦いの後、斥候から齎された報せの中に裸足の猫又に関する情報があった為だ。
マスクド・テンコと交戦し、突然両者が姿を消したというのだ。恐らく彼もこの世界に連れ込まれ、そうして敗れたのだろう。
「イシグロ・リキタカ、相当の使い手とお見受けする……」
視線の先。九畳程の距離を空け、白黒世界にカラーの猫又が佇んでいた。上森人王を暗殺せしめた裸足の猫又である。
事前の情報通り、豊満な胸には妖しく光る首飾りが乗っていた。
「我が名は、トゥイ。翻獅流のトゥイ。既に我等に後は無い故、死出の旅に付き合ってもらう」
トゥイと名乗った裸足の猫又は、左掌に右拳を当て、抑揚のない声音で云った。
ネオサイタマでもあるまいにと、イシグロは挨拶を無視しようと思った。が、少し思案して、やっぱり返す事にした。
「唯心無月流、イシグロ・リキタカ」
抱拳礼に対し、此方は古代ラリス流の開戦礼を返す。
ゆっくり、ゆっくり時間をかけつつ。その間イシグロは周囲の状況を確認した。
白黒のルクスリリア達は、軍服猫又と交戦を開始していた。見ると、止まり木同盟の冒険者達も参戦していた。神樹からのフィールド効果もあり、優勢のように見える。遠からずあの猫又は討伐される事だろう。
なら、自分のやるべき事は決まった。
頭を上げる。視線が交わる。
そうして、合図もなく。
戦いが始まった。
「シャーッ!」
初手、先に動いたのは裸足の猫又。何の予備動作もなく、数歩の距離をたった一歩で消し飛ばした。
左右の猫の爪が伸長する。手刀が迫る。剣を合わせようとして、二段構えの攻撃を察知。打ち払うように無銘を振るい、移動しながら連続爪攻撃を弾いた。
鍛錬された鋼鉄と、伸ばした猫の爪が擦過する。イシグロは柄越しの感触に違和感を覚えた。斬った気がしないのだ。否、それも違う。何か、自身の斬撃に勢いが無いような……。
「フシャーッ!」
二手、跳躍したトゥイが流れるような蹴撃を浴びせてきた。先と同様に剣を合わせてみると、違和感の正体に確信を得た。
モーションアシストがオフになっているのだ。
危機察知チートは健在だ。収納魔法も使える。コンソールも開いた。だが、モーションアシストだけが働いていない。
理由を探ろうとして、思い至る。気味の悪い白黒空間。ガチ武闘家の猫又。上森人王の暗殺。現代日本出身のオタク的直感が、推理より早く正答を導き出したのだ。
「ふん!」
その場に剣を放り捨て、蹴りに対して蹴りを合わせる。
拮抗は無かった。膂力の差により吹っ飛んだ猫又が姿勢を整え、四つの脚で着地した。
「だいたい分かった……」
コンソールを開き、確認する。やはり、イシグロのジョブが武闘家系上位職の“ストライク・アデプト”に変更されている。
要するに、アレだ。固有結界か、キリングフィールド・ジツか、エネルギー吸収アリーナか。ともかく、その効果は相手のジョブを武闘家系に強制変更するといったものだろう。
内心、イシグロは安堵した。これは必中でも無ければ必殺でもない。
「やはり、強い……! 剣だけじゃないんだね……!」
眠たげだった猫の双眸が、好物を前にしたかのような輝きを放っている。
それに相対するイシグロの双眸は、冷えに冷えて絶対零度になっていた。体内のロリ成分が僅かに減少した為だ。
意識を切り替える。イシグロは大きく呼吸しながら、ゆっくりと無手の構えを取った。
「スゥーッ! フゥーッ!」
その構えは、かつて少年期のイシグロが習っていたフルコンタクト空手のソレではなかった。かといって、異世界で習得した唯心無月流とも異なるものだった。
腰を落とし、ガードを下げ、両手の指を中途半端に開いている。地に足をつけ、無駄に力まず、自然体。その目はぼうと対手の全容を眺めている。
防御姿勢のようでもあり、攻撃の予備動作のようでもある。それは、イシグロ独自の構えだった。
元より、イシグロはこの猫又相手に尋常な殴り合いで勝てるとは思っていない。
だが、やりようはあると思った。だから、このように構えてみせたのだ。
ジャイアント・キリングの常套手段。要するに、分からん殺しをしようというのだ。
「いいね。もっかい行くよ……!」
睨み合いも程々に、静寂を破ったのはまたしても猫又だった。
ガードは低い。弱点がガラ空き。無防備な頭部へ、先程より長く伸ばした爪で切り裂く。
迫る、迫る。鉄にも勝る猫の爪。それを……。
「ぎッ……!」
パァン! と。
鋭い拳が打ち抜いた。
ガードではない。カウンターでもない。威力重視の拳でもなかった。
ただ勢いを殺された。トゥイは慌てず虚空を掴んで回転し、奇襲の蹴りを放った。
「なん……!?」
ガッという鈍い音と共に、またも猫又の攻撃は打ち抜かれた。
今度は貫手。咄嗟に後退する猫又の前で、イシグロは位置を変えず息を吐いた。
猫又は、「やる」と思い、満面の笑みを浮かべた。
イシグロは、「やれる」と思い、内心で笑んだ。
かつて、イシグロはスキルやステータスがまかり通るこの異世界において、現代地球で知られる格闘技の基礎は無意味であると結論付けていた。
事実、イシグロが習っていたフルコン空手の基本動作は、異世界での戦いではクソの役にも立たなかったのである。
語弊を恐れず簡単に言うと、異世界格闘技は攻撃有利で防御不利のガン攻めゲーであり、それ故ジャブやローキックといった牽制技の悉くが威力不足のハイリスクローリターン技になっていたのである。それは、モーション値や各種ステータスに加え、何よりジョブ由来のスキルが絡んでいる為であった。
だからこそ、以前リンジュの活鬼闘技場で見たように、この世界の格闘試合はノックバック強めの格ゲーのような殴り合いが横行しているのである。
空手使いのままではいつか痛い目を見る、そのように考えたイシグロは、銀竜道場で異世界なりの格闘技を習う事となった。
そうして毎日の鍛錬の成果で、フルコン空手の癖を抜く事はできた。手癖の受けは出なくなったし、その他の動作も封印できた。
だからといって、空手を棄てた訳でも無かった。使えるモノは使うのだ。
目指したのは、異世界物理法則に適応した徒手空拳の戦闘技術。
唯心無月流を基に、現代日本の格闘思想を混ぜ合わせるのだ。
俗にイシグロ道場と呼ばれる場にて、イシグロは何度となく模擬戦を繰り返していた。当然、それは徒手空拳同士の戦いも含まれる。仮説を立て、検証し、一つ一つ格闘理論を組み立てていった。
毎日毎日、身体の動かし方を練習し、攻めと守りの最適解を模索し、あらゆる敵と状況を想定して、都度対策法を構築する。
人、それを武術と云う。
「知らない構え、知らない技。いいね、本当に強い……」
創始者をして、まだまだ拙い技術と言える。
そも、イシグロ以外には使えないので、武術としては下も下である。
しかれど、今この場を生き残るには、最適解の一つと言えた。
「もっと見せてほしいニャ……♡ 戦おうニャ……♡」
異世界において、イシグロ・リキタカのみが扱える打撃武術。
魔物戦を度外視した、完全対人戦特化格闘技。
名を、“炉利式制圧術”。
「その言葉、宣戦布告と判断する……!」
モデルは複数。思想もごちゃ混ぜ。なれど真芯は揺るぎなく。
万民を守る英雄の拳ではない、
それこそが、イシグロの目指す武である。
「当方に迎撃の用意あり!」
無論、当然に。
とうに覚悟は完了している。
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ちな、妖怪変化の猫又戦で最初から止まり木の盟友が参戦してても猫又を滅ぼし切る事はできず、アリエルは少しずつ仲間が死んでいくというのを直視する結果になってました。
その中にイスラが居れば勝てましたね。現在、彼女はフォルスト町に向かっている最中です。